「アサシン クリード」は歴史や文化をどこまで忠実に描いてきたのか?Ubisoft所属の歴史家が解説
次回作で日本がどのように描かれるのか、ヒントが見つかるかも?
2025年2月14日に発売予定の『アサシン クリード シャドウズ』。歴史体験を届けることで知られるこのシリーズにおいて、ついに日本舞台の作品が誕生する。しかし、主人公のひとりが黒人であることや、戦国時代末期の日本の描き方がリアリティに欠けることなど、発売前から不満の声が集まっている。
関係ないようだが、筆者は2024年11月13日・14日にインド・ハイデラバードで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「IGDC 2024」に参加した。そこで、「『アサシン クリード』における文化的忠実性にどう取り組むか」という講演があることを知り、聴講してみることにした。
講演者はUbisoft Montrealに所属するマクシム・デュラン氏だ。同氏は歴史家として『アサシン クリード III』や『アサシン クリード ユニティ』に携わり、歴史について学ぶことを目的としたコンテンツ「ディスカバリーツアー」の制作にも関わっている。『アサシン クリード シャドウズ』に携わっているわけではないようだし、講演中に同作への言及があったわけでもない。そのため、本講演の内容を直接『アサシン クリード シャドウズ』に当てはめることはできないことを先に強調しておきたい。デュラン氏自身も「あくまで私個人の視点から」という前置きから解説を始めた。それでも、Ubisoftが同シリーズをどのように捉えているかや、歴史的・文化的忠実性にどう向き合ってきたかが少しわかるはずだ。『アサシン クリード シャドウズ』で日本がどのように描かれていくのかについても、何かヒントが隠されていないとも限らない。
「アサシン クリード」は2007年から続く人気シリーズで、さまざまな地域の歴史を描いてきた。タイトルにある「アサシン」からもわかるように、主人公はアサシン(暗殺者)としてステルスと戦闘を繰り返して冒険を繰り広げていく。近年の作品の多くはRPG要素が増え、ステルスゲームという印象が薄くなった。古代エジプトやギリシャからフランス革命中のパリや産業革命時代のロンドンまで、さまざまな歴史的舞台が取り上げられてきた。これによって、「歴史を追体験するゲーム」というイメージが広く普及しているだろう。『アサシン クリード オリジンズ』、『アサシン クリード オデッセイ』、『アサシン クリード ヴァルハラ』向けに作られた「ディスカバリーツアー」もこのイメージを裏付けるコンテンツと言えるだろう。
しかし、デュラン氏によると、Ubisoftは初めからリアルな歴史体験を追求しているわけではなく、あくまで歴史エンターテイメントを手掛けていると言う。
「歴史とは大きなパズルのようなものです。一部のパズルピースはあるのですが、どれくらいの数のピースが欠けているかや、パズルの全体がどれくらい大きなものなのかは誰にもわからないんです」
情報が限られている以上、そもそも完全に史実のゲームを作ることは不可能、ということになるだろう。
「『アサシン クリード』のように歴史に没入するゲームは、まずフィクションであることを受け入れることが大切だと思います。その方が、純粋にゲームを楽しむことができるようになります。最初から過去を忠実に描くことを目的としているわけではないのです。とはいえ、もちろんたくさんのリサーチをしますし、そこで得た知識をどのようにゲームに落とし込むかについて考えていきます」
「アサシン クリード」の新作を企画するとき、キーメンバーはゲームの舞台や基本的なコンセプトを考える。舞台に関する歴史的資料が参照されるだけでなく、その地域や時代を描いた小説・映画・ゲームといったフィクションも見ていく。
「人々がフィクションを通して、舞台にどういうイメージを抱いているかを知ることが非常に大切です。史実を描いたとしても、人々のイメージから大きくズレたものはエンターテイメントとして成立しにくいので」
もちろん実際の歴史と真剣に向き合っていないわけではない。Ubisoft社内には世界各地に拠点を構える歴史家がおり、デュラン氏もそのひとりである。さまざまな専門分野の歴史家や地理学者もコンサルタントとしてプロジェクトに関わる。
「さらに、コミュニティー・エキスパートと呼んでいる人々にも協力してもらっています。コミュニティー・エキスパートとは、その作品で描こうとしている地域の出身者のことです。現地の人々を巻き込むことは必要不可欠と考えています。いくら史実を押さえていても、その文化で生まれ育った人々の視点と大きく異なることがありますから」
デュラン氏は現地人の視点を取り入れることで、ゲームで描く世界の解像度が上がり、より深い体験になると考えている。
さまざまな資料を参考にし、多種多様なエキスパートを巻き込み、そのすべてを下敷きに「アサシン クリード」の世界が描かれていく。
「史実として描くのかフィクションとして描くのか?」はそれほど簡単に答えられるものでもないそうだ。ケースバイケースで、史実に重きを置く場合もあれば、ほぼフィクションであるケースもあるという。
「部分的に史実を採用し、それを私たちのニーズに合わせてフィクション化するものを僕は『選択的に忠実』なアプローチと呼んでいます。一方で、可能な限り史実を目指す『完全に忠実』なアプローチをとることもなくはないんです」とデュラン氏は説明した。
完全に忠実なアプローチは、例えば実在する建築物を再現するときに採用されることがあるらしい。しかし、建築物であっても、なにかしらの形でフィクションが取り入れられることも珍しくない。
「例えば、『アサシン クリード ユニティ』のノートルダム大聖堂が良い例です。ノートルダムはパリ……いや、世界中で最も有名な建築物のひとつですよね。作品の舞台であるフランス革命の最中に破壊され、60年後に修復されました。ゲームの時代設定は破壊される前ですが、採用しているのは60年後のバージョンです。最初はフランス革命時代に忠実にしていましたが、テストプレイで多くのユーザーがノートルダム大聖堂として認識できていないことが判明しました。これだけ有名なランドマークがユーザーに認識されないのは問題なので、フランス革命時代にはなかったあのアイコニックな尖塔を上に乗せました」
このようなことが発生したとき、忠実に描くべきかどうかは毎回チーム内で議論されるという。
建築物や自然に街並みをリアルに描くかどうかについて、「エモーショナルな体験であるかどうか」、「技術的に可能かどうか」、「レベルデザインとして成立しているか」といったことも念頭におかれている。
「エモーショナルに描きたいのは、絵画も同じだと思います。景色をそのまま描けば確かにリアルではありますが、人々に感動を呼び起こすのであれば少し大げさに、ドラマチックに描くと効果的です」とデュラン氏は説明した。
「技術的に可能かどうか」はわかりやすく、そのときのテクノロジーで実現不可能であれば史実とは違った表現をしなければならない。デュラン氏は『アサシン クリード ユニティ』におけるサント・シャペルの内部を例に挙げた。パリを代表するこの礼拝堂のステンドグラスは非常にディテールが細かく、どの窓もユニークなアートが施されている。2014年当時、ゲームにこれだけのディテールを施すのはパフォーマンス上難しかった。そこで、開発チームはリアルに感じられる表現を目指しつつも、ディテールを減らす必要に迫られた。
2012年にリリースされた『アサシン クリード III』では18世紀のアメリカの独立戦争が描かれ、ボストンが舞台となった。当時のボストンの主なランドマークは街の中心に密集していたが、2012年のテクノロジーでは大量の大型建築物を隣接させることが難しかった。結果、ランドマークは実際のロケーションとは別の場所に配置された。これも「技術的に可能かどうか」という理由で史実とは異なる描写になったが、実はレベルデザインにも関わるらしい。すべてのランドマークが同じ場所に密集していると、ほかのエリアを探索するメリットが減ってしまうからだ。
デュラン氏はキャラクターの描き方についても触れた。アサシンたちは本来、目立ってはいけない存在だが、むしろゲームで最も目立つ存在として描かれている。プレイヤーとしては、目立たないキャラクターよりも魅力的なデザインのキャラクターとしてプレイしたいと思うのが自然であるからだ。このように、史実と大きく矛盾した描写をあえて採用することも少なくない。
歴史上の人物については、しっかりと目立つように描かれている。実際の見た目が地味であったとしても、プレイヤーにとって認識しやすいように誇張した描き方をしている。
このようにして、史実とフィクションを融合させた表現によって「アサシン クリード」の世界が作られていく。だが、リサーチで得た豊富な知識をなにかしらの形でユーザーに伝えたいという気持ちもあったそうだ。そこでUbisoftは『アサシン クリード II』からデータベースを充実させていき、ゲーム内百科事典のようなものが誕生した。
学校の教師や博物館から、授業や展示として使いたいという声が徐々に届くようになった。この需要に応えたかったが、史実とフィクションの境界線が曖昧であること以外にも、複数の問題をクリアする必要があった。「アサシン クリード」は暴力が発生する大人向けのゲームだし、膨大なボリュームもとても授業や展示に適したものではない。そこで、古代エジプトを舞台にした『アサシン クリード オリジンズ』(2017年)は、発売後に「ディスカバリーツアー」というコンテンツがリリースされた。
「本編にあったエリアを教室向けにリアレンジして、戦闘も排除し、年齢と関係なしに誰でも歴史について学べる体験を目指して作りました。従来のビデオゲームと違って、プレイヤーはこれといった目的を課せられることなく、あくまで学習を念頭において作ったコンテンツでした」とデュラン氏は述懐した。
「しかし、『アサシン クリード ヴァルハラ』(2020年)向けに作った最新のディスカバリーツアーではアプローチを少し変えました。『アサシン クリード』本編により近い形で、ストーリードリブンな内容になっていますし、ゲームプレイを通して達成感を味わえるようにしています」
テストプレイや人間の心理を研究した結果、人はエモーショナルな体験を通してより簡単に学習できるとわかったことが、アプローチを変えた理由だという。
「アサシン クリード」シリーズは歴史エンターテイメントとして広く愛されている。問題があるとすれば、プレイヤーはどの部分が史実で、どの部分がフィクションなのか、多くの場合はわからないということだ。デュラン氏は史実の情報を提供するデータベースをゲーム内に含めることや、「ディスカバリーツアー」のようなモードを実装することが、この問題を解決するひとつの方法だと考えているらしい。「アサシン クリード」シリーズ本編及び「ディスカバリーツアー」の今後に期待したい。『アサシン クリード シャドウズ』に「ディスカバリーツアー」が実装されるかどうかも気になるところだ。
最後に。余談だが、ハイデラバードで食べたビリヤニは実に美味であった。