『指輪物語』はいかにして日本アニメのルックを獲得したのか?『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』神山健治監督インタビュー

「2年で『ロード・オブ・ザ・リング』というタイトルに恥じない映画をどうやれば作れるのかを考えました」

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J・R・R・トールキンのファンタジー小説『指輪物語』を原作に、ピーター・ジャクソンが監督・共同脚本を務めた映画「ロード・オブ・ザ・リング」は、壮大な原作の世界を圧巻の映像として見せ高い評価を受けた。この映画と同じ舞台を、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』や『精霊の守り人』の神山健治監督が長篇アニメーションとして描いた『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』が2024年12月27日(金)に劇場公開となる。映画「ロード・オブ・ザ・リング」の時代から200年前に起こった戦いを、原作では名前が語られていないヘラという名の王女を主人公にして描いたもの。日本が得意とする作画によるアニメ制作のノウハウやデザインが、ハリウッド映画として世界に問われるという意味でも画期的な作品だ。

【概要】王女ヘラの父である偉大な王ヘルムのもとで、誇り高き騎士の国ローハンは長らく平和を享受してきた。しかし、ヘラの幼馴染であるウルフが敵として現れ王国の平和が脅かされる。ローハンの民を守るためにヘラはウルフと戦う。

神山健治監督。

――映画「ロード・オブ・ザ・リング」をアニメで作る企画に携わるようになった経緯について教えてください。

2021年の5月だったかな? 「ロード・オブ・ザ・リング」をアニメで映画にしようという企画がワーナー・アニメーションから上がって、これをアニメで作れるんだろうかと相談されたのが最初です。ピーター・ジャクソン監督の「ロード・オブ・ザ・リング」三部作が本当に大好きだったので、個人的には面白そうだなとは思っていたんですけど、実際やったとしたらスタジオ的にも本当に大変だし、そもそも不可能なんじゃないかとも思っていました。

――ローハンの戦いを描くといった具体的な話ではなく、漠然と「ロード・オブ・ザ・リング」をアニメ化するといったものだったのですか。

いちおう初めから、「追補編」にあるヘルム王のストーリーで、独立した映画にしようということだったと思います。その段階では僕も追補編をそこまで読んでいなかったので、すぐに読んでみましたが、ローハンが舞台なので、さらに手描きのアニメで映像化するのは難しいと感じていました。ローハンだと人間と馬しか出てこないので、アニメ的な要素が少ないんですよね。

――最終的に監督を務めることになりました。

「ロード・オブ・ザ・リング」をハリウッド映画として監督できるチャンスなんてそんなにはないですから。個人的には12歳のときにハリウッド映画(正確には「スター・ウォーズ」)の監督になりたいと思っていたので、これは興味深いオファーだなと思い引き受けました。

――アニメーション制作をSola Entertainmentが手がけることになりましたが、どちらかといえば3Dでアニメを作ってきた会社です。

Sola Entertainmentでは僕も『ULTRAMAN』や『攻殻機動隊 SAC_2045』を作っていますが、いずれも3Dでした。今回はオーダーが手描きのアニメということで、メインスタッフを少しずつ集めていきました。僕も作画でのアニメ作りは数年ぶりだったので、どういった人材が必要かというところから始めました。制作期間もプリプロ、ポスプロを入れて2年ということでしたから。今の日本のアニメ映画は3年とか4年かけるのが普通ですからね。

――それでも作り上げました。

2年で「ロード・オブ・ザ・リング」というタイトルに恥じない映画をどうやれば作れるのかを考えました。アニメではレイアウトから1原(第一原画)までがいちばん時間かかる部分です。でも昨今はそれを担えるアニメーターの数が絶対的に少ない。制作期間中に段階的にアニメーターのスケジュールを調整して参加してもらうという方法が昨今のアニメ業界では常態化していますから。それに馬を描ける、描きたいアニメーターもほとんどいない。そこで、3Dでアニメを作っていたときに身につけたスキルもすべて使って、最終的に手描きの作画アニメに持っていこうと考えました。

――2Dの作画アニメでCGをですか?

CGといってもフィニッシュワークのような重たい部分ではなく、CG1原と呼ぶものを作ることにしました。アニメーターの人たちに正確なレイアウトと正確なアニメーションの1原を1年後に用意するから、残りの1年で作画を仕上げてくれという、乱暴に言うとそんな作戦でした。動きについてはモーションキャプチャーも使っていますし、3Dアニメーターが手付けてやってくれたところもあります。あるものは何でも使ってクオリティとスピードを上げようとしました。

――キャラクターデザインに高須美野子さんを起用した理由を教えてください。

今回、テレコム・アニメーションフィルムにすごく助けていただいたんです。それで、「ロード・オブ・ザ・リング」をやるうえで向いている方がいれば参加してもらえないかという話の中で、高須がいいのではと推薦してもらいました。僕も仕事をするのは初めてだったので、どういうものを描いていた方なのかは知りませんでした。「ローハンの戦い」はヒロインが1人しかいなくて、ほかは割とゴツいおじさんが多いんです。そういうキャラクターも同時に描ける方で、同じトーンで1人ですべてのキャラクターを描けるところが魅力でした。

――高須さんのキャラクターの長所のようなものがあれば教えてください。

まずは馬を描きたいと思っているところですよね。それに高須さんの絵は、アニメにする都合だけを考えていないところがある。面倒な髪型だったり衣装だったり、立体的なキャラクターの造形だったり。

――総作画監督も高須さんが担当しました。それだけいろいろと任せたくなる仕事ぶりだったのでしょうか。

総作画監督をほぼ1人でやっていただいています。重要なところに投入した形ですが、メインキャラクターについては彼女が手を入れています。今のアニメの制作で、それってなかなかできないことで、作品を通して1人の人が見きるというのは難しいことですが、これだけの作品であるにもかかわらず、最後まで総作画監督として全部を見てくれました。それが絵の統一感というところにつながっているかと思います。

――結果として非常に日本アニメに近いルックを持った作品になりました。元がそうした依頼だったとはいえ、世界で受け入れられるかは未知数です。自信はありますか。

受け入れられるものを作れたか、ということについては、僕もわからないですね。日本のアニメは、昨今配信などで世界中に受け入れられていると思いますが、この映画は、そういったアニメともまた少し違うので。

――成功を期待したいですね。

今まで日本のアニメーターたちが培ってきたものは世界に通用すると思います。それをこういう形で上映する。日本のアニメを普段見ない人も見るでしょうから、普通に映画として見られるものになっているといいですね。自分なりに仕掛けた部分もあるので、今はそれをどう見てもらえるのか楽しみでもあり、不安でもあります。

――仕掛けとは、どのような?

実写の映画を見ていた人たちが、違和感なく見られるようにするための工夫といえばいいのかな? Unreal Engineというハリウッドの実写作品でも使っている3Dゲームエンジンを使って、キャラクターと馬、建物などの対比を実際の人間サイズに合わせ、3D空間に作ったセットでモーションキャプチャーで撮った人間の芝居を、実写のようにライティングしたうえでカメラで撮影してレイアウトに可能な限りリアリティを持たせています。

――作画は日本のアニメ的なルックですが、脚本は海外のスタッフが書いたものです。日本のアニメのストーリー作りやキャラクター造形とは違ったところはありましたか。

いろいろありましたけど、まずは手描きでできることとできないこと、苦手なこと、得意なことを擦り合わせるところからでした。キャラクターに関しては、各キャラクターのバックグラウンドの捉え方? キャラでいうと敵役のウルフにいちばんあったかもしれません。ヴィラン(敵)ですが、日本ではヴィランも魅力的ではなければ面白くないという考えがありますが、勧善懲悪が基本なのか? 戦う動機については日本のアニメよりはシンプルになっているなと感じました。

――ただの悪役にはしたくなかったということですか。

そうですね。今回は特にローハンが舞台で人間同士の戦争なので。それに物語の中心になる戦争への動機を最も持っているはずのキャラクターなので。

――米国とのコミュニケーションには苦労しなかったんでしょうか。

ジョセフ(Sola Entertainmentのジョセフ・チョウCEO)が間に立ってくれたので困らないと言えば困らなかったですが、ただ英語を喋らないとなかなか直接の意思を受け取ってもらえないのもあるので、最初は脚本への要望の真意や、演出意図が僕の言葉として伝わっていない感じがして、その辺は苦労がありましたね。

――キャラクターを演じる海外と日本の声優について教えてください。

ヘラを演じてくれたガイア・ワイズは本当に明るくて、実写でそのままヘラを演じてもいいんじゃないかなというくらい魅力的でした。演者としてもキャリアを積み上げつつある女優さんですから、声優は初めてでしたが、果敢に真摯に挑戦してくれました。日本語版の小芝風花さんも、可愛らしいのに芯の強い女優さんだと思いましたね。ドラマを何本か見て大丈夫と確信していましたが、実際この映画のヒロインにぴったりだと思っています。

――ヘルム王役のブライアン・コックスも重厚でした。日本語版は市村正親さんでどちらも大ベテランです。

ブライアンは流石の一言。マイクの前に立って、あとは数回リハをやったら彼の思うヘルムを演じてもらうだけでした。若い頃にラジオや舞台で鍛えられているので、声だけでもその演技力に凄みと暖かさを感じました。日本語版の市村さんも、ブライアン同様、伝説の王を見事に表現してくださいました。2人とも迫力があるのは当たり前で、子供たちへの愛情も激しさの裏に通底していて聞き入ってしまいました。

――ウルフ役のルーク・パスクァリーノもハマってました。

実際のルークは、ウルフのように鬱々としていなくてユーモアのあるハンサムガイです。体を使わないで演技することが初めてだったので、よくアクションの前にプッシュアップやダッシュをスタジオの中でやっていましたね。日本語版の津田健次郎さんについては説明はいらないですが、ウルフの複雑で危うい心象を、見事に表現してくれています。

――映画「ロード・オブ・ザ・リング」を見ていなかったり、原作の『指輪物語』を読んでいなかったりしても見て大丈夫な映画でしょうか。

この作品だけ見る人にも1本の映画としても成立してないといけないというのは、シナリオ段階で話し合われていたので、いちばん意識したところです。ヘラは原作に名前が出てこないオリジナルキャラクターですが、観客以外で唯一、ヘルム王を最初から最後まで客観的に見届けるキャラクター。単体の映画として必要なキャラクターでした。結果、物語を締めるために必要な、もう1人の主人公になっています。

――監督が思うこの作品の見どころを教えてください。

「ロード・オブ・ザ・リング」でプロダクションデザインを手がけたWētā Workshopが全面協力のもと、三部作と同じ舞台設定を使って、共通の世界となっています。おかげで三部作のファンが見てもニヤッとできる部分もある。あとは、日本のアニメの歴史でもこれほどまでの騎馬戦を、それも手描きで描いたアニメはないんじゃないでしょうか。そのすごみがこの作品の見どころではないかと思います。

――巨大な象のようなムーマクが登場するシーンは迫力がありました。

ムーマクもそうですし、その後をついて走る軍勢も細かいところまで動いている。なかなか見たことがないものだと思います。後半のアニメオリジナルの設定として登場するブリッジタワーでの決戦。ピーター・ジャクソン監督も面白がってくれたところなので。そのほかも全編息もつかせぬ戦闘が描かれるので、ぜひ劇場で見てもらいたいですね。

――ありがとうございました。

映画『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』は12月27日より公開中。


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ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い

Warner Bros. Animation | 2024年12月27日
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