弾けるスペインの泡、カヴァの世界へ②
「世界3大スパークリングワイン」の一角を占めるカヴァの世界を紹介する4回シリーズ。今回と次回は2回にわたって独自の取り組みで、高品質かつコストパフォーマンスに優れたプレミアム・カヴァを造るボデガ(ワイナリー)を紹介する。
写真:浮田泰幸
取材協力:カバ原産地呼称統制委員会(Consejo Regulador de la Denominacion de Origen CAVA)
侯爵家所有だった畑の、古木のブドウを使った「母に捧げるカヴァ」
「スマロカ」は果樹の苗木を世界中に販売していた農場経営者だったカルロス・スマロカ氏が1983年に興したボデガ。1999年、スマロカ氏は土地の有力者モニストロル侯爵が所有していたサン・サドゥルニ・ダノイアの400haの広大なブドウ畑を購入することに。それは、ワインの品質と今でいうサステナビリティを重視したスマロカの企業姿勢に侯爵が共鳴したからこそ成立した取引だった。これを機にスマロカは一気に生産量を拡大する。畑はオーガニック認証を取得。世界No.1にも輝いたことのあるジローナのレストラン「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」でもここのカヴァが採用されるまでになった。
この連載の初回に、カヴァの主要品種がマカベオ、チャレロ、パレジャーダの三つであることは述べた。マカベオは果実味が豊かで甘く、カヴァに「わかりやすい美味しさ」を与える。チャレロはレモンやリンゴを思わせる香りがあり、どこか日本の甲州種を思わせる。高い酸がワインにフレッシュ感を与えると共に、熟成を助ける。パレジャーダはフローラルな香りがあり、やはり酸が高い。
多くの生産者が3品種をほぼ同じ割合でブレンドしているのに対し、スマロカではサン・サドゥルニ・ダノイアで最も高いポテンシャルを発揮するとされるチャレロを中心に据えることでボデガの特徴を出そうとしている。品種特性のよくわかるチャレロ100%のアイテムもある。
家業を後継した3人の息子たちが母親(創業者の妻)のヌリアさんに捧げる銘柄として造ったのが、単一畑・単一品種にこだわった「ヌリア・シリーズ」である。「ヌリア・オメナッジェ・グラン・レセルバ2017」(5500円前後 *価格はネットショップでの実勢価格)は、ペレテスという区画の樹齢70年の古木を含むチャレロの果実のみで造るプレミアム・カヴァ。
澱引き前の熟成期間は6年間。テイスティングしてみると、きめ細やかな泡、洋梨、白い花の香りにブリオッシュを思わせる心地よいイースト香が混じる。口当たりはシルクの手触りのように滑らか。「時間がカヴァの風味を育む」と多くの生産者が言うが、樹齢といい、熟成期間といい、このカヴァは時間の恵みの証である。
創業者のカルロスさんはすでに一線は退いているものの、毎日のように畑に立つ。ヌリアさんも健在で、エステート内のバラの花の咲く小道を歩くのを日課にしているという。
ローマ時代のアンフォラを模した「立たないボトル」に入った逸品
時間の恵みという点では一枚上手なのが「セジェール・クリプタ」の看板商品「クリプタ」(15000円前後)である。これは8年間という破格の熟成を経てから澱引きされる極めて特殊なカヴァ。
セジェール・クリプタ(旧アグスティ・トレジョ・マタ)は、1953年にアグスティ・トレジョ・マタ氏がワイン研究所を立ち上げたことを発祥とするボデガ。ペネデス地方の環境の異なる三つの地区──沿岸、盆地、高地──に畑を有し、それぞれに適したブドウを栽培(いずれも樹齢は50年以上)。糖分添加ゼロのブルット・ナチューレと極少量の糖分を添加するエクストラ・ブルットのみ、格付けで言うとレセルバとグランレセルバに特化したカヴァ造りをおこなっている。
沿岸地区の畑で穫れるマカベオを主体にしていることもこのボデガの特徴。マカベオ100%のカヴァも造っていて、それには収穫日を3回に分けた果実を使う、樽熟成をかけたベースワインを使うなど、独自の工夫を凝らす。
「並外れたカヴァ」を目指したトレジョ・マタ氏はローマ時代のアンフォラ(ワインや水の貯蔵・運搬に使われた甕〈かめ〉)にインスピレーションを得て、その形をワインボトルに取り入れることを思いつき、ガラス工房に特注して瓶底の尖ったユニークな外観を創り出す。そうして1978年に生まれたのが「立たないボトル」に入ったクリプタ(地下聖堂の意)だった。
見た目の奇抜さだけでなく、中身のカヴァのクオリティーが好評を博し、“世界で一番予約の取れないレストラン”として一世を風靡した「エル・ブジ」(2011年閉店)に採用された他、国内のグルメガイドでスパークリングワインのトップに選ばれるなど、プレステージを獲得している。
繊細な泡立ち、焼きリンゴを思わせる香りとミネラル感、口の中では厚みが感じられ、後口にドライフラワーの風味が残る。食事のメインコースに合わせても、料理と堂々と渡り合いそうなスケール感のあるカヴァだ。
カヴァの可能性を広めるチャレンジングな造り手
「ヴィラルナウ」はスペインの貴族の一員であるヴィラルナウ家が興した由緒あるボデガ。1982年からは、シェリーの「ティオペぺ」で知られるゴンザレス・ビアス社の一員となっている。エステートはサン・サドゥルニ・ダノイアの最も標高の高い場所に広がる。「海抜は250mあります。標高の高さは良質なブドウを実らせるのに必要な昼夜の寒暖差があることを意味します」と、醸造・品質責任者のエヴァ・プラサス・トルネさんは言う。
このボデガの特徴を一言で言うなら、先進性である。モダンなデザインの建物、乾燥地のスペインでは極めて重要な水資源の保全など、サステナビリティへの取り組み、ワイン・ツーリズムの推進、そしてカヴァ造りにおいても現代のクリエイティブなガストロノミー(美食)に合わせるためのこだわりが込められている。
テイスティングした中から二つのアイテムを紹介しよう。
「ブルット・ナチューレ グラン・レセルバ オーガニック 2016」(日本未輸入)は、在来品種のマカベオ、パレジャーダに国際品種のシャルドネ(25%)、ピノノワール(5%)をブレンド。熟成期間は7年。カヴァらしさを残しつつ、その枠を超えた普遍的なおいしさを実現している。ナッツを思わせる香ばしい酵母香、熟れた洋梨のコンポートの香りにアーシーなトーンが厚みを加える。
「アルヴェール・デ・ヴィラルナウ バレル・ファーメンテッド 2016」(日本未輸入)は、チャレロ100%。熟成期間は42か月。ベースワインの半分をクリ材の樽で熟成させることで複雑みを与えている。トロピカルフルーツ、ドライフルーツの香りに焼き栗を思わせるスモーキーなトーンが混じる。口の中でも香りと同様のコクを感じる。狩猟肉やキノコを使った料理と合わせたい。
本連載は全4回の予定です。次回は12月23日(月)掲載予定です。