図書館司書やハローワークの職員ら、非正規の公務員が低賃金・不安定雇用に陥る「官製ワーキングプア」の問題が近年、社会的に注目されるようになった。しかし公務員の非正規化には歯止めがかかるどころか、むしろ加速していると立教大コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授は指摘する。
背景には、公務員を取り巻く厳しい環境変化とともに、職務を限定せず異動を繰り返して出世していく正規雇用の職員を中核に、そして専門性の髙い人材や女性を周縁に位置付けてきた「日本型雇用システム」の問題もあるという。待遇改善には何が必要かを、上林氏に聞いた。(ライター・有馬知子)
●定数削減で専門職を非正規に置き換えるようになった
――公務員の非正規化は、どのように進んできたのでしょう。
政府は1997年、公務員の定数削減に伴い、ジョブローテーションとOJTで職員一人一人の業務範囲を広げる方針を打ち出しました。これによって自治体が相次いで、図書館司書ら専門職の正規採用を抑制し始め、非正規へ置き換えるようになりました。
その後、生活保護受給者や待機児童が増え、ケースワーカーや保育士の需要が拡大しました。さらにDV被害者や児童虐待家庭などへの相談支援窓口も、つぎつぎに新設されました。こうした仕事を担うようになったのも、非正規公務員です。
総務省によると、地方公務員数はピークだった1994年の約330万人から、2021年には約280万人に減りました。一方、非正規公務員は増加し、2020年度には正規職員並みに働く非正規公務員数は、少なくとも約70万人に達しました。さらに2020年4月の「会計年度任用職員制度」導入を機に、非正規公務員のパート化も加速しています。
――なぜパート化が進んでいるのでしょうか。
同制度は、自治体ごとに呼称や手当の支給条件などが異なっていた非正規公務員を「会計年度任用職員」に一本化し、支払うべき手当などを定めています。この制度によって、フルタイム非正規の待遇は正規に近づく一方、パートに支払われる手当が限定されました。
制度の原案段階では、フルタイムかパートかにかかわらず、非正規公務員全体の待遇改善を目指していたのですが、さまざまな曲折があり、最終的には目的からかけ離れた内容になってしまったのです。
会計年度任用職員制度の開始以来、多くの自治体がコストを抑えるため、非正規公務員の就業時間を1日15分だけ縮め、勤務実態はフルタイムと同じなのにパートとして扱うようになりました。これによって、官製ワーキングプアの問題がより深刻化しています。
●扶養されているから低収入でいいという「女性軽視」が背景に
――「官製ワーキングプア」を生み出した根底には、何があると思いますか。
非正規公務員の7割以上を占める、女性への軽視があります。かつての日本型雇用システムは、男性が家計を支え女性が介護・育児などを賄うことで、国家の社会保障支出を抑制してきました。しかし今や専業主婦は「絶滅危惧種」並みに珍しい存在となり、ダブルワーク、トリプルワークで生活をやっと成り立たせているシングルマザーもいます。
にもかかわらず行政組織にはいまだに、パート女性は扶養されており、収入は低くても差し支えないという認識がまかり通っているのです。民間の非正規労働者と違って「公務員=安定」というイメージが、問題意識をあいまいにしている面もあるでしょう。
――行政サービスに影響は出ていますか。
図書館司書、児童相談所の児童福祉司、DV相談に応じる婦人(女性)相談員などは非正規であっても、高度な知識と長期の経験が求められる専門職です。しかし会計年度任用職員制度導入以降、政府は通知などで「非正規には責任ある領域を任せるべきではない」というメッセージを発信してきました。
この結果、被虐待児の支援方針を決めるケース会議など重要な意思決定の場から、現場を最も知る専門職非正規を排除する動きが強まっています。こうした組織では、いわば専門知識や業務経験の浅い「素人」である正規職員が処分決定を下すことになり、行政サービスの質の劣化を招いています。
日本は「小さな政府」を標榜して正規公務員を削減する一方、複雑で困難な事例を伴う行政需要が高まったにも関わらず専門職員の非正規化を進めてきました。その結果、福祉的な機能が後退して支援を要する社会的弱者に支援が届かなくなり「自己責任」を建前として切り捨てることにつながったと言えます。
●専門職で異動限定の「ジョブ型正規公務員」を導入すべき
――「官製ワーキングプア」の問題は、公務員全体にどんな影響を及ぼしていますか。
非正規の固定化が、専門職の意欲低下や離職を招いています。また正規職員にとっても、2~3年で部署を異動するキャリアパスでは、専門知識や資格を生かせません。「学んだことを生かして地域を良くしたい」という志を持つ若者の、公務員離れにもつながっています。
非正規公務員の増加は、職場の分断も招いています。ゼネラリストの正規職員が、経験豊富な非正規職員を「賃金も職位も下なのに、仕事では教えを請わねばならない煙たい人」「自分の立場を脅かしかねない存在」とみなし、パワハラや雇止めを招くこともあります。特に産業が空洞化して、公務員以外の雇用の受け皿が小さい地域ほど、非正規公務員への風当たりは強いと感じます。
――非正規公務員の待遇改善には、何をすべきでしょうか。
例えば北欧諸国は、公務員の7割を女性が占め、福祉国家を支えています。日本の行政組織も男性中心の考え方から脱却し、女性の非正規公務員が実質的に「基幹職員」であることを認識して、実態に見合った処遇に変えるべきです。
具体的には、異動限定で専門職型の「ジョブ型」採用枠を設け、非正規からの転換を進めるのです。ゼネラリストに偏りすぎた正規職員のキャリアパスの見直しと、非正規の待遇改善をセットで進めることで、正規職員にも専門性を生かせる道が開けます。
ただこのためには、行政組織内の部署ごとに正規公務員を割り振る定数管理(正規公務員数管理)から、行政需要に合わせ、一定の人件費の範囲ならば何人でも雇えるという人件費管理への発想の転換が不可欠です。現在の定数管理では、割り振られた人数が部署ごとの既得権となり、組織の硬直化を招いているからです。
人事制度改革には時間がかかるので、パートをフルタイムに転換し、目の前にいる職員の待遇改善も進めるべきです。ある市では、ベテランケースワーカーの離職防止のため、福祉事務所のパート職員を全員フルタイムに転換し、賃金を1.4倍に増やしました。
●当事者が一枚岩では動きづらいが、社会に現状を訴える必要がある
――少子高齢化で財政がひっ迫する自治体が、正規職員を増やすのは難しいのでは。
実はここ2年ほど、地方公務員の人数は少しずつ増加しています。年収1千万円を超えるシニア層の大量退職に伴い、年収の低い若手を雇用する余地が生まれているからです。
ただ採用した若手を従来通り、年功で賃金の上がるゼネラリストとして育成すれば、将来的に地方財政はひっ迫するでしょう。むしろ異動もなく、その分人事ローテーションにともなうストレスから解放されるので、相対的に低水準の年収で済む「ジョブ型公務員」を増やした方が、今後の財政負担を軽減できると言えます。
年収200万円程度の専門職非正規をジョブ型正規職員として採用して、処遇を倍にしたとしても、1人の正規職員の退職で、4人の非正規をジョブ型正規にすることができます。
――非正規の待遇改善を、社会的なムーブメントにすることはできるでしょうか。
当事者自身が声を上げるのが近道ですが、中には現状維持のままでいい、という中高年のパートもいれば、雇い止めのリスクを恐れて声を上げられない若手もいて、一枚岩では動きづらいのが難しいところです。
SNSの署名活動などを活用し、当事者がリスクの少ない形で、社会に現状を訴える必要があります。また大都市より、むしろ公務員が雇用の大きな受け皿になっている地方から当事者活動が生まれれば、より説得力が強まり、現状を変える力になると期待しています。
【プロフィール】上林陽治氏 立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科特任教授、地方自治総合研究所委嘱研究員。主な著書に『非正規公務員のリアル』(日本評論社、2021年)、『未完の「公共私連携」(編著、公人の友社、2020年)』など。新著に『格差に挑む自治体労働政策』(編著、日本評論社、2022年)。