長崎名物、ちゃんぽん。
麺の上に炒めた野菜やお肉、魚介などがのった栄養満点な料理である。しかし、よく考えてみると、東京生まれの筆者は「ちゃんぽん」がどういう食べ物なのか詳しく知らない。
そんな話を長崎県からほど近い、熊本県・天草市出身の『メシ通』担当編集者ムナカタ氏にしたところ「やっぱり知らないですよね……」と少々、残念がっていた。というのも地元天草では、ちゃんぽんは日常的に食べられているらしく、もはやソウルフードなのだとか。
そこで生まれたのが今回の企画。
「ちゃんぽんをほとんど知らない人のための入門編」として、テレビ番組『マツコの知らない世界』に出演した“ちゃんぽん番長”こと林田真明(まさあき)さんに、ちゃんぽんの基礎知識について教えてもらった。
ものすごくハードルが低い。けれど、知れば知るほど結構奥深いちゃんぽんの世界をどうぞ。
話す人:林田真明さん(ちゃんぽん番長)
1968年、長崎県雲仙市小浜町生まれ。2006年頃までボディビルダーとして活動し、九州クラス別ボディビル選手権で3位に入賞した経験を持つ。食事制限のあるボディビルを辞めた反動で、ちゃんぽんにのめり込み、108日間連続でちゃんぽんを食べた記録も併せ持っている。普段は雲仙市役所の観光物産課で働く公務員で、趣味が高じて「小浜ちゃんぽんマップ」を作成するなど、町おこし&ちゃんぽん業界全体の活性化に取り組んでいる。人呼んで「ちゃんぽん番長」。
三軒茶屋は“リトル長崎”
── 今日は、よろしくお願いします。私は東京で生まれ育ったので、普段ちゃんぽんに触れる機会があまりなく……。
ちゃんぽん番長(以下、番長):もしかして飲んだあとのシメはラーメンですか?
── 東京では、ラーメンが定番ですね。
番長:長崎では深夜1~2時になると、ちゃんぽん屋さんがにぎわってくるんですよ。逆にラーメン屋さんがないくらい。
── そんな日常的に食べられているんですか! 東京でちゃんぽんを食べるとしたら「リンガーハット」くらいしか思い浮かばないですよ。
番長:はい、おそらくみなさん似たような感じだと思うのですが、東京の個人店だと、三軒茶屋の「長崎」と「來來來(らいらいらい)」がおすすめですね。どちらも食材を長崎から仕入れているので本場の味そのもの。なぜか両店とも三軒茶屋にあるので、三軒茶屋は“リトル長崎”ですよ。
──し、知りませんでした……。
▲三軒茶屋「長崎」のちゃんぽん(800円)。ボリューム満点で、味付けはあっさり目
www.hotpepper.jp
番長:ただ、ちゃんぽんはもともと家庭で食べる料理。だから各家庭によって味が異なるんですよ。母の味みたいなものでしょうか。ひと昔前はお肉屋さんで鶏肉を買ってきて、そこから炊きだして作っていましたが、今ではいろんな食品メーカーから「ちゃんぽんスープの素」が販売されているので、それを使うのが一般的です。
▲長崎県内ではさまざまなちゃんぽん関連の商品が販売されている(写真提供:林田真明氏)
── 自宅で食べる料理なんですか! てっきり外食のメニューかと思ってました。
番長:ちゃんぽんを作れば、ご飯は炊かなくていいし、みそ汁も作らなくていいから楽なんですよ。しかも鍋1つで済むから、洗い物も少なくなりますし。何より、麺・肉・野菜・魚介がそろっていて栄養バランス的には最高ですから! とはいえ、子どもの頃は「今日のご飯はちゃんぽんよ」と言われても、あんまりうれしくなかったんですよ……。だって野菜が多いじゃないですか。野菜を残すと親に「食え!」って怒られました。でも大人になるにつれ、ちゃんぽんのうまさ、ありがたみがわかってくるんですよ。
── 子どもの頃から大好きと言われるよりもリアリティーがありますね。あの滋味深い味わいは、確かに大人になってからジンワリ良さが分かってくる気もします。
▲三軒茶屋「來來來」のちゃんぽん(1,000円)は、少し濃いめでコクのある味わい
若者の空腹を満たすために生まれた
── そもそも、ちゃんぽんとは、どういう料理なのでしょうか?
番長:ちゃんぽんのルーツは、1899年に長崎市にある中華料理店「四海楼(しかいろう)」。初代店主の陳平順(ちんへいじゅん)さんが、お金を持っていない中国人留学生のために、ありあわせの具材で作ったのが最初だと言われています。中国の福建料理に「湯肉絲麺(とんにいしいめん)」というものがあり、それがベースになったのではないかと。
──そんな由来があったとは。
番長:でもすごいのは、ちゃんぽんが最初に登場してから現在まで100年以上たっているのに、ほとんど変わっていないんですよ。これは最初の発明が完璧だったということです!
── なるほど。同じく長崎名物の「皿うどん」とは、ルーツが異なるんですか?
番長:あ、皿うどんは焼きそば寄りですね。それにパーティーメニューなんですよ。親戚や友人が来た時に、大皿で注文して食べる料理です。麺はパリパリ派かしっとり派に分かれるので、家庭内でちょっとした紛争が起こるんですよ(笑)。
▲三軒茶屋「長崎」のメニューにもしっかり「皿うどん」が
── 皿うどんについても全然知らなかったです……。話を戻しますが「ちゃんぽん」とは、どういう意味なのでしょうか?
番長:これは諸説ありまして、ひとつは中国語で“ごはんを食べましたか”という意味の「シャオハン」が語源になっている説と、沖縄由来の方言で「ごちゃ混ぜ」を意味する「チャンプルー」や、英語「シャッフル」が変化したなどの説があり、正確には解明されていません。だから、ちゃんぽん仲間たちと、語源は何なのかといつも語り合っているんです(笑)。
── なんだか、ちゃんぽんにロマンを感じますね。
ちゃんぽんは全国でご当地化しまくっている
番長:ところで、ひとくくりに「ちゃんぽん」と言っても地域性があるんですよ。たとえば長崎県内でも長崎市と平戸市、小浜町では、ちゃんぽんのスタイルがそれぞれ異なります。
── え、同じ県内でも異なるんですか!?
ちゃんぽん番長によると、長崎市のちゃんぽんは、鶏ガラと豚骨がベースのスープに、唐灰汁(とうあく)の太麺を使い、具材の野菜がたっぷりのっている。唐灰汁とは、炭酸ナトリウム・炭酸カリウムを配合したもので、麺に混ぜることで独特の風味や苦味が出るという。
一方、同県内にある平戸市のちゃんぽんは、鶏ガラとあごダシをベースにした甘みのあるスープが特徴。そして番長のホームタウンである小浜町のちゃんぽんは、長崎市同様、鶏ガラと豚骨をベースにしたスープだけど、あっさりしていて、トッピングに生卵がのっているだとか。ちなみに先ほど紹介した東京・三軒茶屋のおすすめ店である「長崎」は小浜スタイルで、「來來來」は長崎市スタイルだそう。
▲番長の住む小浜町のちゃんぽんMAP。見ているだけで行ってみたくなる!
番長:それに、全国各地にご当地ちゃんぽんが存在するんですよ。たとえばカレー消費量日本一の鳥取県にはカレーちゃんぽんがありますし、佐賀県武雄市は海がないので、ちゃんぽんの具に海鮮がなく、味が濃いんです。また鉄鋼業で栄えた北九州市の戸畑は、製鉄所で働く人が短い時間内でササっと食べられるように調理時間が短い蒸し麺を使っていたり。他にも、栃木県・高根沢町では小松菜が名産なので、小松菜を使った緑色の高根沢ちゃんぽんがあったり。
──それぞれの土地に根ざしたちゃんぽんが生まれ、発展しているわけですね。
番長:まさにそのとおり。そういう現状をなんとか全国の方々に知っていただいて、業界全体を盛り上げようと考えて、ご当地ちゃんぽんを集めた「ワールドちゃんぽんクラシック(WWC)」というイベントも主催しています。
「ワールドちゃんぽんクラシック」とは、北は北海道から、南は九州・熊本県までのご当地ちゃんぽんが一堂に会する夢の祭典で、年1回開催されている。ちゃんぽん番長は実行委員として活動しているのだ。これは行ってみたい。
▲2019年のWCCは、さる1月末に熊本県・天草で行われた
▲これが各地を代表するご当地ちゃんぽんのラインアップ
▲WCCは毎回多くの人出でにぎわう。これは2019年天草で行われた様子(写真提供:林田真明氏)
「日本三大ちゃんぽん」とは
番長:いま、全国にさまざまなご当地ちゃんぽんがありますが、“日本三大ちゃんぽん”と言われているのは長崎(長崎市)・小浜(長崎県雲仙市小浜町)・天草(熊本県天草市)のちゃんぽんです。
── ここで、熊本県の天草市が出てくるんですね!
番長:長崎と熊本は隣県同士ですが、有明海上の航路でつながっていて距離的にも近いので、長崎県雲仙市と熊本県天草市の文化圏はほぼ同じなんですよ。天草は第一産業の従事者が多い地域なので、一杯でスタミナがつくちゃんぽんが重宝されました。特徴は、鶏ガラや豚骨に、魚介からのダシを合わせ、醤油や塩で調味したさっぱりしたスープですね。そして、とにかく熱いんですよ。何回もフーフー吹かんといかん。
ちなみに、ちゃんぽん番長がマツコさんの番組にて「日本一美味い店」として紹介した天草郡苓北町にある「明月」のちゃんぽんは、「バケモノ」と称すくらい絶品なんだとか。今は評判になり過ぎてしまったために、お店が回らなくなり休業しているらしい。ああ、食べてみたい……。
── ここまでご当地ちゃんぽんが点在するとは想像していませんでした。でも、鳥取のカレー味ちゃんぽんとなると、「えっそれもアリなの?」と思いがちです。そもそも、ちゃんぽんの定義って何なのでしょうか?
番長:ちゃんぽんは自由な食べ物なんですよ。麺を煮込んであり、野菜もあれば、それはもう「ちゃんぽん」なんです。だから、ちゃんぽんは無限の可能性を秘めた食べ物なんですよ。
── 無限の可能性……! では、ちゃんぽんの未来はどうなると予想しますか?
番長:うどん、ラーメンに次ぐ第3の麺になれればと考えています。栄養学的な視点だけでみたら、ちゃんぽんの立ち位置のほうが上なんじゃないでしょうか。あと最近は「麺ナシ」という新しい注文方法も出てきているんですよ。
▲北海道・網走にも、ご当地ちゃんぽんがあるのだ!(写真提供:林田真明氏)
── えー! ちゃんぽんの麺ナシ!?
番長:はい。だから野菜やお肉、魚介がたっぷり入ったスープですよね。これは健康やカロリーを気にする人たちにとってはいいですよね。ちゃんぽんの新しい食べ方ですよ。
── でも麺がないなら、ちゃんぽんの定義がもう崩壊していませんか?
番長:まあ、その辺は……いいじゃないですか(笑)。
▲イベントでは小浜代表として、ちゃんぽん作りにも積極的に参加している(写真提供:林田真明氏)
ちゃんぽん=栄養満点の完全食
ということで、「ちゃんぽん入門編」として今回のお話をまとめると、要点は以下の通り。
- 1899年、長崎市内の中華料理屋「四海楼」が作った料理
- 「ちゃんぽん」の名前の語源は解明されていない
- 長崎県内でも地域によって、ちゃんぽんの味わいは異なる
- 全国各地に、地域に根ざしたご当地ちゃんぽんがある
- ちゃんぽんを「麺なし」で注文する方法が出てきている
何より、ちゃんぽんは栄養満点の完全食。
この寒い今の時期、あったかいちゃんぽんを食べて、体の芯から温まりたい。
番長、ありがとうございました!
書いた人:名久井梨香
フリーライター。東京都出身。新卒で大手広告会社に就職するも、会社員は向いていないと挫折。1年で退職し、その後フリーライターの道へ。趣味は、Jリーグとカレー。週1回、新宿ゴールデン街でバーテンダーもやっています。