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パートやアルバイトで働く人ならば、一度は「年収の壁」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。現在、年収「103万円の壁」を、最低賃金の上昇率(1.73倍)に合わせ「178万円の壁」に引き上げる議論が進められており、マスコミやSNSなどで「年収の壁」がよく話題に取り上げられるようになっています。今回は、「年収の壁」とは何かについて解説します。「年収の壁」を超えて働くメリットも紹介しますので、今後の働き方の参考にしてください。
壁には「税法上」「社会保険上」の2種類ある
労働者は、年収が一定の金額を超えると、税金や社会保険料の負担がアップします。「年収の壁」とは、アップするボーダーラインを指します。
たとえば、会社員として働く夫または妻(以下、扶養者)がパートで働く妻または夫(以下、被扶養者)を扶養している場合、被扶養者は税金や社会保険料を負担する必要がありません。
しかし、被扶養者の収入が「年収の壁」を超えた場合には、扶養から外れて税金や社会保険料を支払う必要があります。
「年収の壁」には、大きく分けて「税法上の壁」と「社会保険上の壁」の2種類があります。「税法上の壁」は、「超えると税金が増える壁」です。被扶養者の税金が増える場合と、扶養者の税金が増える場合があります。一方、「社会保険上の壁」は、「超えると社会保険料が増える壁」です。被扶養者であっても扶養から外れて自ら社会保険に加入して、社会保険料を納める必要が出てきます。
では、まず「税法上の壁」から具体的に見ていきましょう。
・100万円の壁…住民税がかかる
年収100万円は、住民税がかかるかどうかのボーダーラインです。被扶養者の給与収入が100万円以下の場合、住民税はかかりませんが、100万円を超えると住民税がかかるようになります。ただし、お住まいの地域によっては、100万円未満(96万5000円・93万円を超えた場合)でも住民税がかかる場合があります。
・103万円の壁…所得税がかかる
年収103万円は、所得税がかかるかどうかのボーダーラインです。所得税は、年収からさまざまな控除を受けて残った金額(課税所得)に所定の税率をかけて計算します。一般的にパートの場合には、年収から給与所得控除55万円と基礎控除48万円が差し引かれます。つまり、年収103万円以下なら所得がゼロとみなされ、所得税がかかりません。しかし、103万円を超えると所得税がかかります。
また、「103万円の壁」は、扶養者が「配偶者控除」を受けられなくなるボーダーラインでもあります。被扶養者の年収が103万円以下の場合、扶養者は、配偶者控除として自身の所得から38万円を差し引くことができます。もっとも、「103万円の壁」を超えても150万円までは「配偶者特別控除」が受けられ、所得から38万円を差し引くことができるので税額は変わりません。
・150万円の壁…配偶者特別控除に影響
「150万円の壁」は、「配偶者特別控除」の壁です。扶養者は、被扶養者の年収が150万円までなら、38万円の控除が受けられます。しかし、被扶養者の年収が150万円を超えると、配偶者特別控除の金額が段階的に少なくなり、扶養者の税金が増えることになります。被扶養者の年収が201万6000円以上になると、配偶者特別控除はゼロになります。
配偶者特別控除は、扶養者の収入にも制限があります。扶養者の合計所得金額が900万円(年収1095万円)、950万円(年収1145万円)を超えると段階的に減少し、1000万円(年収1195万円)を超えると利用できなくなります。
次に、「社会保険上の壁」には以下のようなものがあります。
・106万円の壁…社会保険の扶養から外れるケースも
パートでも年収106万円を超え、次の五つの条件を満たすと、自らの勤務先で社会保険に加入しなくてはならなくなります。
〈1〉所定労働時間が週20時間以上
〈2〉月額賃金が8万8000円(年収約106万円)以上
〈3〉雇用期間が2か月を超える見込み
〈4〉学生でない
〈5〉勤務先の従業員数が51人以上(または50人以下でも労使合意のある会社)
現在、「106万円の壁」については厚生労働省が改正案を提出しており、賃金と企業要件などを撤廃して、社会保険への加入要件を「労働時間が週20時間以上」のみとする方向で議論が進んでいます。
・130万円の壁…社会保険の扶養から外れる
現在、「106万円の壁」の条件に該当しない人でも、年収が130万円を超えた場合は、自らの勤務先の社会保険に入るか、国民年金・国民健康保険に入る必要があります。
年収130万円と判断される金額には、給与だけでなく、交通費、残業代、ボーナスなどの金額も含みます(106万円の壁では交通費、残業代、ボーナスは含みません)。ですから、年収が130万円を超えるかどうかを判断する際、計算を間違えないようにする必要があります。
問題は「社会保険上の壁」、手取りが減らないようにするには
「税法上の壁」と「社会保険上の壁」で、影響が大きいのは「社会保険上の壁」です。「税法上の壁」を超えると確かに税金が発生しますが、税金がかかるのはあくまで「超えた分」に対してなので、多少超えたくらいではそれほど税金は増えません。
しかし、「社会保険上の壁」を超えると、給与収入全体に対して社会保険料がかかります。社会保険料の負担は年間で15万円、20万円などと高額になります。そのため、社会保険に加入しない方が手取りが多くなるといった逆転現象が起きる場合があります。「社会保険上の壁」に該当する人が「働き損」と呼ばれるのは、このためです。
では、社会保険料を支払っても手取りが減らないようにするには、年収をいくらにすればよいのでしょうか。以下の条件で計算してみました。
<前提条件>
◇社会保険料は給与収入の15%
◇所得控除は基礎控除と社会保険料控除のみ
◇住民税は所得割10%+均等割5000円
<106万円の壁の手取り額>
◇給与収入105万円…手取り額103万7000円
◇給与収入106万円…手取り額89万6000円
◇給与収入125万円…手取り額104万7700円
給与収入が105万円の場合、手取り額は103万7000円ですが、給与収入が106万円になると社会保険料がかかり、手取りが89万6000円に減り、逆転現象が発生します。「年収124万円」までであれば働き損になってしまいますが、給与収入が125万円程度になれば、手取り額が104万7700円となり、逆転現象が解消できます。
<130万円の壁での手取り額>
◇給与収入129万円…手取り額124万1000円
◇給与収入130万円…手取り額108万3800円
◇給与収入153万円…手取り額125万円
給与収入が129万円の場合、手取り額は124万1000円ですが、給与収入が130万円になると社会保険料がかかり、手取りが108万3800円に減り、逆転現象が発生します。「年収152万円」までであれば働き損になってしまいますが、給与収入がおよそ153万円になれば、手取り額が125万円となり、逆転現象が解消できます。
なお、実際には他の控除などを受けることで手取り額が変わってきますので、あくまで参考程度に見てください。
「年収の壁」を気にせず働くメリット
年収が「社会保険上の壁」を超えると、手取りは確かに一時的に減少しますので、手取りの減少ばかりに目が行きがちですが、年収の壁を気にせず働くことで、手取りは壁を超える前よりも増やせます。それに、次のようなメリットも得られます。
・傷病手当金や出産手当金がもらえる
健康保険に加入すると、傷病手当金と出産手当金がもらえます。傷病手当金は、業務外の病気やケガで会社を休んだ場合に、通算1年6か月にわたって給料のおよそ3分の2に当たる金額がもらえる制度。また、出産手当金は、出産のために会社を休んだ場合、出産日前42日から出産日後56日までにわたって給料のおよそ3分の2がもらえる制度です。自分で社会保険に加入することで、これらのお金がもらえます。
・将来受け取る年金が増える
厚生年金に加入すると、将来、老齢厚生年金を受け取れるようになります。国民年金だけの場合、保険料を40年間支払うと、将来に受け取れる老齢基礎年金は、年81万6000円(2024年度)ですが、厚生年金に加入することで、これに上乗せして年金が受け取れます(金額は支払う保険料・加入期間により変わります)。
・障害厚生年金、遺族厚生年金も受け取れる
厚生年金に加入している人が万一、所定の障害を負ったり、亡くなったりした場合には、障害厚生年金・遺族厚生年金も支払われます。加入していない場合よりも、より手厚い保障が受けられます。
手取りが大きく減ってしまうのを避けるために、壁を意識して働くのは一つの考えです。しかし、働く意欲があり、働ける状況にあるのであれば、「年収の壁」を気にせずに働くのもよいのではないでしょうか。(ファイナンシャルプランナー 高山一恵)