「カーネーション」 
第10回～第２週 「運命を開く」

 

 

お父ちゃんは、

このおっちゃんの事が苦手です。

そやけど、おじいちゃんの事は、

もっと苦手です。

お父ちゃんは昔、

松坂の家に出入りしていた、

呉服屋の番頭やったそうです。

娘の嫁入り道具の着物を持って

きたはずの、若い番頭が、娘を

連れて逃げてしもたんやさかい、

おじいちゃんがお父ちゃんを

嫌うんも、無理はありません。

 

（正一にお茶を出す千代）

千代）　あの～。

正一）　うん？

千代）　「お金もうちょっと待って下さい」

　てお父様に言うといて。

正一）　ハハハ…。

　親父は、金の事なんか気にしてない。

　お前と、子どもらが心配なだけや。

　元気なんか？

千代）　うん。

正一）　不自由してないんやな？

千代）　はい。何も不自由なんか。

正一）　それやったら、そう言うとくわ。

千代）　はい。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

おっちゃんは、

おじいちゃんに言われて、

うちらが貧乏してへんか、

病気してへんか、

ガリガリに痩せてへんか、

泣いてへんか。

そういう事を確かめに来てたんです。

ほんま、このまま何にも気付かんと

あんじょう帰ってくれたら

よかったんやけど…。

 

男性）　知ってますんかいなあ？

正一）　ん？

男性）　小原のお嬢ちゃんの事。

　えらい事になってまんねんでえ。

正一）　何？

 

この、いらん事しいな

おっさんのおかげで…。

 

正一）　おい！ 降ろしてくれ。

男性）　へい！

 

おっちゃんは、また来た道を、

引き返さんとあかんようになりました。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

（桝谷パッチ店を覗く正一）

糸子）　はい、どうぞ。

正一）　糸子！

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜通り＞

（人力車に乗った正一の横を歩く糸子）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜小原家＞

（帰って来る善作）

善作）　帰りよった、帰りよった。

正一）　善作君。話がある。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

正一）　そしたら、糸子があっこで働い

　とんのを、あんたらは「知らんかった」

　言うんか？

善作）　はあ…

　恥ずかしい、話なんやけども。

正一）　おかしな話や。女学校まで行か

　せてもうとう娘が、自分からあんな狭

　い店で、汚いおっさんに交じって働き

　たがる…。信じられんなあ。糸子。

糸子）　はい。

正一）　お前、嘘ついとんちゃうか？

糸子）　え？

正一）　お父ちゃんらかばうために、

　嘘ついとうやろ？

糸子）　ついてません。

正一）　ほんまは、あんなとこで働きとう

　ない。そやけど、お父ちゃんの稼ぎだ

　けでは暮らしていかれへん。お母ちゃ

　んと妹らに、楽させたれんのは自分だ

　けや。それでしょうがないから、働きに

　行っとう、そうちゃうんか？

千代）　お兄様。

正一）　何や？

千代）　糸子は

　そないけなげな子やありません。

正一）　それもそやな。

糸子）　おっちゃん。

　うちお金なんかもうてません。

正一）　何？

糸子）　あっこに置いてもらう代わりに、

　ちょこっと手伝うてるだけなんです。

正一）　分からんなあ。

　何でそないあの店におりたいねん？

糸子）　ミシンがあるさかい。

正一）　ミシン？

糸子）　はい。

（糸子を見る善作）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜夜＞

（食後、足の爪を切っている善作）

ハル）　糸子。あんた、

　今日は皿洗わへんのんか？

糸子）　今日は、頼むわ。

　お父ちゃん。

糸子）　バレてしもたさかい言うんちゃう

　けど、うち、桝谷パッチ店で働きたい。

　女学校やめさせて下さい！

（畳に両手をつく糸子）

善作）　何やと！？

ハル）　やめとき！

糸子）　頼みます！ 働かせて下さい！

善作）　女学校やめるてか？ 

　パッチ屋で、働くてか？ 

　ふざけるのも大概にせい！

糸子）　ふざけてへん！

　ほんまに働きたいねん！

善作）　わしがどんだけ苦労して、

　女学校行かしちゃあってると

　思てんじゃ！？

糸子）　分かってる！ 分かってるけど、

　うち、どないしても…。

（糸子を蹴る善作）

ハル）　やめときちゅうてんや！

善作）　離せ！

糸子）　頼みます！

善作）　黙れ！ 二度と、ほざくな！

（糸子を蹴り飛ばす善作）

善作）　パッチ屋なんぞ、行ってみい！

　金輪際許さんぞ！

（出て行く善作）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜女学校＞

（頬にあざを作った糸子が、

 ぼんやり空を見ている）

生徒）　小原さん、どないしたん？

糸子）　ん？

生徒）　うちのお芋、あげよか？

（一本差し出す生徒）

糸子）　ううん。やっぱし頂戴。

（袋を取り、芋菓子を食べる糸子）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜川沿いの道＞

（芋菓子を食べながらぼんやり歩く糸子）

糸子）　泰蔵にいちゃん、お帰り。

泰蔵）　おう。

（通り過ぎてから足を止め、

 糸子のあとを追う泰蔵）

泰蔵）　どないしたんや？

糸子）　やられてしもた、お父ちゃんに。

泰蔵）　ほうけ…。

糸子）　うん。

泰蔵）　だんじり見るか？

糸子）　ううん。うちな…。

　うちのだんじり見つけてん。

泰蔵）　うん？

糸子）　ミシン、ちゅうねんで。うちは…

　うちのだんじりに乗っちゃるねん、絶対。

泰蔵）　よっしゃ。

糸子）　うん。

（笑顔で糸子の頭をなで、立ち去る泰蔵）

 

（対岸から見ている奈津）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜呉服問屋＞

店主）　毎度。

善作）　おお、毎度。

店主）　お待たせしてすんまへんな。

　もう忙しゅうて。

善作）　景気の方はどないでっか？

店主）　どないもこないも例の銀行の

　取り付け騒ぎ以来、わやだっせ。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

店主）　婚礼支度ゆうたら、

　あとはまあ…これでんなあ。

善作）　いやいやいや、そやさかい、

　こんな安物やのうて、もっと上物を

　見せてんか。ごっつい上得意の娘

　さんの、嫁入り支度なんや。値はな、

　な～んぼ張ったかてかめへん。

店主）　まあ、お見せするのはかまし

　まへんけどな、こっから上のもんは、

　掛け売りできまへんで。

善作）　えっ？ 掛け売りがでけへん？

店主）　ええ。

善作）　そらあ、どういうこっちゃね！？

店主）　堪忍しとくなはれ。せやさかい、

　ほんまに景気がわやゆう事でんねん。

　例の金融恐慌のあおりで、うっとこも

　ようけ踏み倒されましてな。これまで

　のようなのんきな商売はやってられ

　んようになってまんのや。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

（店の看板を架け替えている木之元）

栄作）　おう、毎度、ハハハハ！

善作）　お前、何してんや？

栄作）　え？ 見てのとおりや。

　店の改装や。

善作）　今度は、何屋やったかいな？

栄作）　えっ？ 電気屋や。

善作）　電気？

栄作）　見ててみい。

　ごっつい繁盛させたるさかい。

　もう大金持ちになってなあ、

　今度こそ、嫁もろうちゃんで～！

　アハハハハハハ！

善作）　ええな、お前…。

栄作）　えっ、何がよ？

善作）　気楽で。

栄作）　気楽な事ないで！

　金ない、嫁おらん、人生真っ暗じょ。

　アハハハハハハハハ！

善作）　羨ましいなあ。ほなな…。

栄作）　買うてや！

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜小原家＞

糸子）　お父ちゃん、話あんねん。

善作）　どけ。

糸子）　うち、ええ加減な気持ちで

　言うてんとちゃうねん。ほんまに

　パッチ屋で働きたいねん！

善作）　消えや！

（湯飲みを投げつける善作）

ハル）　何や？ 何が割れたん？

 

怖かった…

けど言えました。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜夜＞

 

１回言えたら、２回言える。

 

糸子）　お父ちゃん。うちを桝谷

　パッチ店で働かせて下さい！

（糸子に水を掛ける善作）

一同）　あ～っ！

ハル）　やめとき。「やめとき」って

　言ってんのに！ これ！

（善作を押さえるハル）

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜昼・店＞

 

２回言えたら、３回言える。

 

（善作の前に座り、畳に両手をつく糸子）

善作）　おい、今、あれすんなよ。

糸子）　お父ちゃん、

　うちを桝谷パッチ店で…。

善作）　じゃかあしい！

　今、こちらと大事な話をしてるんじゃ！

　後にせえ、後に。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

（便所の前で立ちはだかる糸子）

糸子）　うちはほんまの本気やねん！

善作）　ええから、

　「どけ！」ちゅうてんねん！

糸子）　うちはほんまに働きたいねん！

善作）　「あかん！」ちゅうたらな、

　あかんのじゃ！

（便所に入る善作）

糸子）　お父ちゃん！ お父ちゃん！

 

けど、まだまだ先は長そうです。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

 

＜小原家の前の通り＞

さよ）　おとうちゃん、

桝谷）　ん？

さよ）　じっと見たらあかんで。

桝谷）　うん。

さよ）　何食わん顔して、

　ちらっと見るんやで。

桝谷）　分かった。行くぞ。

（歩きながら小原家をのぞく桝谷）

桝谷）　ちらっ。

（通り過ぎる２人）

さよ）　おった？ 糸ちゃん。

桝谷）　おらん。

さよ）　ほんまに？ よう見たん？

桝谷）　あんまし見えへんやし。

　店ん中暗いよって。

さよ）　ほな、もう一回通ろか。

桝谷）　行こう。

　よし、行くぞ、行くぞ。…ちらっ。

さよ）　あかんわ。

　今度は、もうちょっとそば通ろか。

桝谷）　あんまし近づいたら

　バレてまうぞ！

さよ）　バレたかてかめへんやん。

　うちら別に糸ちゃんさらおう

　ゆうんちゃう。元気な顔見に

　来ただけなんやさかい。

桝谷）　そやな。よし。

 

そないして、親方とおかみさんは、

何回も何回も、うちの前を通りました。

会いたいけど…

今はまだあかんねん。

待っといてな。うち頑張るさかい。

 

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
 

善作父ちゃんマジ怖い。でも、これがこの

時代のある意味正しいお父ちゃん像でも

ある。ここまできっちりやってくれるといっ

そ清々しいというか、思いっきり糸子に肩

入れできていいけどｗ こんなに怖いお父

ちゃんなのに全然負けてない糸子も凄い。

ホント、凄いよ糸子。強烈な性格だわ…。

 

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