特別インタビュー
俳優・町田啓太、「星のや京都」で和むひととき
1000年の“雅”な旅のゆくえ。
2024.12.27
俳優・町田啓太と訪れたのは、平安貴族が別邸を構え、雅な遊びに興じた京都・嵐山にたたずむ「星のや京都」。大河ドラマで町田が演じる藤原公任とのゆかりがある地で、1000年を超え受け継がれる「美」について思いをはせる。
観光客でにぎにぎしい渡月橋のたもとの舟待合からゆっくりと滑り出した舟は、大堰川(おおいがわ)を上流へとさかのぼっていく。渡月橋の喧噪は次第に小さくなり、やがて穏やかな川面と自然林を映し出す風景だけが広がりはじめる。
もう何百年いや何千年前も続いてきた変わらぬ古都・嵐山の風景なのだろう。舟が進むにつれて時代をもさかのぼっていくような気分になってくる。
15分ほどで舟は水辺に立つ星のや京都の舟着き場に到着する。
舟を降り、木戸をくぐった途端に飛び込んでくるのは、どこか懐かしさを覚える古の世界だ。多種多様な古木に囲まれた古い日本家屋。建物をつなぐゆるやかな坂と小道。苔むす石──。
現代の喧噪、慌ただしさが見事に遮断された世界がそこには広がっている。
この日、初めて星のや京都を訪れた町田啓太は、こんなふうに感じていた。
「東京にいるとどうしても、コンクリートジャングルの中を行き来していて、なんとなくグレーな世界だなと感じてしまう。でも、こういう景観の中に身を置くと、ああ、日本に古くからある文化は美しいな、目にも心にも優しいな、と感じる。五感のすべてが働いて、万物の素晴らしさ、美しさに気づかされるんですね」
初日に敷地内で撮影を行い、翌朝、インタビューという1泊2日のスケジュールだった。町田はこの間、一歩も門をくぐり出ることなく、もちろん街に足を延ばすこともなく、終日、この水辺の施設に身を置きつづけた。
インタビュー当日は、朝からあいにくの雨。しかも雨音が聞こえるような本降りだ。インタビューは、町田の宿泊している一室で行うことになっていた。
町田が一日を過ごしたのは、眼下に大堰川を見下ろす角部屋だった。かつて文人が暮らしていた私邸のような趣の建物である。
畳敷きの和室でインタビューはスタートする。
冒頭、町田が窓越しに大堰川を眺めながらつぶやいた。
「普通、雨降りって憂鬱になったりすると思うんですけど、昔の人は、こういう場所でそれをも情緒的に楽しんでいたんだな、というのがわかりますよね。雨の音、雨の匂い、川の流れ。そうした自然の事象を感じ取り、それを美しい言葉で表現する。
昨日の夜も、この中を歩きながら虫の音を聞いていて、日本人はその虫の声を感じ取って、1000年も前から表現していたんだなと思ってました。僕が田舎育ち、山育ちだから、余計にそう思うのかもしれないですが、すごく好きな場所だなと思ってました」
変わらず雨は降りつづくものの、部屋から眺める靄(もや)った川辺の光景は、風流でたしかに悪くない。私たちを古へと運んでいくにはぴったりのシチュエーションだった。渡月橋の下を流れる川は、橋を挟んで、その上流を大堰川、下流を桂川と称する。いま部屋のすぐ脇を流れるのは大堰川ということになるが、町田にとっては極めて縁深い川だった。
実はいま、大河ドラマ『光る君へ』で町田が演じている藤原公任(きんとう)がまさにこの川に舟を浮かべ、歌を詠んでいたという記録が残っているのだ。
さかのぼること約1000年、986年の秋に行われた円融上皇の遊覧で、公任は、大堰川の舟上から次のような歌を詠んでいた。「小倉山 嵐の風の寒ければ もみぢの錦 着ぬ人ぞなき」(『大鏡』)──。
公任二十歳のときの歌だが、のちに『拾遺抄』に編纂(へんさん)されたときには、次のように変わっている。「朝まだき 嵐の山の寒ければ もみぢの錦 着ぬ人ぞなき」──。
いずれにしても、たったいま、町田の部屋から見える景色のどこかで藤原公任が歌を詠んでいたということで、1000年という歳月が行き来するかのような不思議な感覚が立ち上がってくる。
役を演じるにあたって、町田は、もちろん、自分なりに書物にあたり、藤原公任を分析し、理解しようとした。
「藤原公任は歌人として名を成し、一方で公卿でもあって、政治も司っていた。相当頑張って働いていたと思うんですが、思うようには出世できなかったんですね。歌人、文化人としてとてつもなくすごい人だっただけに、本人も若いときは苛立ったりもしていた。その後『拾遺抄』を編纂したりして名を上げるんですが、出世できない鬱憤(うっぷん)をそこで晴らしていたのではないか、とかいろいろと想像してみると面白いし、人物像も浮かび上がってきますよね」
同期が出世で先を越していったり、人事に対して不満を抱いたりするたびに、公任は、しばしば反発して参内をボイコットしたり、辞表を出したりしている。出世に対する人間の欲は、1000年前もいまもさして変わらぬ、ということなのだろう。
一方、公任は、30歳の頃には検非違使別当(最高責任者)を任されている。検非違使は、現代の裁判官と警察官を兼ねたような強大な権力を持つ官職だ。
その後結局、公任は、60歳で出家し、76歳でこの世を去る。
大河ドラマ『光る君へ』も終盤を迎え、まもなくエンディングへと向かっていく。町田の1年半に及ぶ仕事もようやく終わりを迎えようとしている。
窓から見える雨の大堰川を眺め、しばし、1000年前へと思いをはせてきた私たちだが、やがて現実へと意識を戻していく。
俳優・町田啓太の旅は、学びを重ね、なおも連なる
34歳の役者は、これからどんな新たな仕事に挑んでいくのか。
「これまでも、いただいた仕事をひとつひとつ一生懸命やってきて、その後の仕事へとつなげてきた。でも、それプラス、もう少し自分で動いていかなければならないといまは思っています。年齢も上がってきたし、待っているだけだと、ただ時間は過ぎていくだけなので。これまであまり挑戦してこなかった役とか、ちょっと億劫(おっくう)だなと思っていたキャラクターや作品もときにはやったほうがいいかなと思って、いろいろアプローチはしています」
仕事の幅をさらに広げて、役者としての経験値を上げていく。30 代半ばの役者には欠かせぬことでもあるのだろう。
「日本の作品だけじゃなくて、海外の作品にもいろんな人の協力を仰ぎながらやっていきたいと狙ってもいる。もちろん、日本で育った日本の俳優だから、プラットフォームは日本だと思いますが、いまは、ありがたいことに配信コンテンツとして世界に作品が届きやすくなっている。そんなことも視野に入れつつ活動の幅を広げていくのはまさにいまだな、と思っています」
町田はさらに言葉を重ねる。
「僕には合わないんじゃないかなとか、これをやると無理をしちゃうんじゃないかと挑戦せずにいると、自分が思っている場所、自分の範囲内でしかやってないわけです。そこから踏み出してみたら、もうちょっと何か学びがあるんじゃないかと、やってみたいというフェーズに入っている感じです」
もっとも、町田がこれまで、新たな分野に挑んでこなかったかといえば、そんなことはない。その象徴は、『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』(NHK総合)への出演だ。
現代社会に現出する最先端の話題を解説していく教養番組への出演は、町田にとって、大いなる挑戦だった。社会問題や事象をコンパクトに解説していくという、町田にとってはまるで畑違いの仕事だった。
しかし、これが見事にはまった。
当初、オファーを受けた2021年の段階では、開発番組としてパイロット版が2回放送される予定だったが、翌年4月からレギュラー化。以来、ほぼ週1のペースで現在まで続いている。
放送時間は、15分と短いが、その中にこれでもかと言葉を凝縮し、押し込んでくる。テーマは、「完全栄養食」「アニマルウェルフェア」「水素」「物流最前線」「デジタ
ルファッション」などなど実に多岐にわたる。
「お話をいただいたとき、これは相当な速度でしゃべらないといけないぞ、と覚悟した。そもそも僕は普段、早口ではないので。家で滑舌棒として割り箸を口に挟んでしゃべったり、海外のトークショーを見たり、アナウンサーのしゃべりを意識したり。とにかくどうわかりやすく伝えられるかに傾注した。そしたら、レギュラー化と言われ、お、ワンクール続くのか、頑張ろうと思っていたら、1年と言われ、ちょっと脳みそが危ないかもしれないと思ったぐらいなんです(笑)」
内容をかみ砕き、自分で一度きちんと理解したうえでしゃべらなければ、視聴者には届かないからと、テーマごとに真剣に向き合っている。
「毎回毎回が勉強で、この意味は何だろうと調べ、理解してとやっています。いずれ教科書にも載るようなニュース用語やワードで、自分のためにもなっている。こういう勉強って、大人になってからはなかなかできないですよね」
『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』の放送回数はすでに80回を超えた。町田にとっても、長寿のレギュラー番組となっている。
「いろんな人から声をかけられます。病院の先生や、大学教授とかから、『すごい賢い役者さんだなと思って見てます』とか言われて『いや、番組が賢いだけで、僕が賢いわけじゃないです』って毎回訂正するのが大変ですが(笑)」
2024年は、町田にとって前年にも増して忙しい一年となった。どんな印象の一年だったのか。
「……ちょっと記憶が薄い。もうずっと、何かしらやっていたなという感じがあるのと、とにかく専門的な仕事が多かったなという印象。ギター、龍笛、書といった特殊技能が多すぎて、台本の読み込みと同じかそれ以上に習い事に時間を費やした感じです。面白かったけど、時間は常にパツパツで、もうあっという間の一年でした」
ここ嵐山では雨は変わらず降りつづいている。
再び1000年前の大堰川に思いをはせた町田が言う。
「昨日、夕食を食べたあとに、奥にそびえる立派な紅葉の木を見に行ったんです。樹齢はおそらく300年以上と聞いて、うわーっと思ったけれど、いや、それよりずっと前、1000年も前の時代に僕はいるじゃないか、と気づいたら、ちょっと恐ろしくなりました。対比ができないぐらいの年数。そんな不思議な感覚を得られた古都の旅でした」
町田啓太の旅は、学びを重ねながら、なおも連なっていく。
町田啓太(まちだ・けいた)
1990年生まれ。俳優、劇団EXILEメンバー。映画『チェリまほ THEMOVIE 〜30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい〜』『太陽とボレロ』『ミステリと言う勿れ』、テレビドラマ『テッパチ!』(フジテレビ系)、『ダメな男じゃダメですか?』(テレビ東京)、『unknown』(テレビ朝日系)、『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』(NHK)など話題作に多数出演。大河ドラマ『光る君へ』にて藤原公任役を好演中!
取材協力/星のや京都
掲載した商品はすべて税込み価格です。
Photograph: Sunao Ohmori(TABLE ROCK.INC)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: KOHEY(HAKU)
Text: Haruo Isshi