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黄輪雑貨本店 新館

双月千年世界 4;琥珀暁

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    新連載。
    "He" has come to "our world"。

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    1.
    「はじめに、大地有りき。
     その方は、大地を訪れた。

     次に、人有りき。
     その方は、人のうちの一つを訪ねた。

     三に、言葉有りき。
     その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。

     その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

     ゼロは初めて出会ったその人の手を握り、祝福した。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第1項から第6項まで抜粋)」



     その土地は、古来より交易の要所であったと伝えられている。
     北と西に港があり、一方で東と南には牧草が生い茂っている。自然、農産物と海産物の輸送はそこで交わることとなり、自然に物々交換、即ち商売の元となる活動が生まれた。
     いつしか人は、その土地を交点の中心、「クロスセントラル」と呼ぶようになった。

     その日もいつもと変わらない、活気に満ちた一日であった。
     遠くから産品を持ってきた男たちが、それを掲げて大声を出し合っている。
    「いい鮭を持ってきてるぞー! 誰かいらんかー!」
    「羊肉と交換でどうだ!?」
    「羊はいらん!」
    「山羊ならあるが……」
    「野牛だ! 野牛の肉を寄越せ! じゃなきゃ交換しない!」
    「野牛なんてそんな……」
     しかし取引の大半が、上滑りしている。鮭を持ってきた男の要求に適うものを、誰も持ってきていないからだ。
     結局鮭を持ってきた狼獣人の男が折れ、要求を下げていく。
    「分かった! じゃあ水牛でもいい!」
    「ねーよ」
    「……豚」
    「ねーっつの」
    「チッ、仕方無えな。じゃあさっきの羊で……」「悪い、もう交換した」「何ぃ?」
     散々自分の要求を通そうとしていた狼獣人が憤り、羊を持ってきていた猫獣人の男に絡み出す。
    「なんで手放してんだよ、おい」
    「だって交換してくれないし」
    「今なら交換するつってんじゃねーか」
    「もう無いって」
    「ふざけんな! もうちょっとくらい待つって考えがねーのか?」
    「あ? 何でお前の都合で待ってなきゃいけないんだよ」
     狼獣人も猫獣人も互いに憤り、場は一触即発の様相を呈し始める。
     その隙に、何も持ってきていない男たちがそろそろと、鮭の詰まった樽に群がり始める。狼獣人の気が相手に向いているうちに、盗もうとしているのだ。
     その雑然とした状況を眺めながら、一人の短耳がぼそ、とつぶやいた。
    「……なんでこう、うまく行かないんだろうなぁ」

     と、その男の肩を、とんとんと叩く者が現れた。
    「ん?」
     振り向くと、そこには白髪の、しかしまだ顔立ちが若く、優しい目をした、ひげだらけの短耳の男の姿があった。
    「なんだ?」
     男が尋ねたが、白髪男はきょとんとする。
    「**?」
     白髪は何か言ったようだが、それは男が聞いたことも無い言葉だった。
    「なんだって?」
    「**? ……**、……***」
     白髪は困ったようにポリポリと頭をかいていたが、やがて何かを思い出したように、ポンと手を打ち、何かをつぶやきつつ、手を忙しなく組み合わせる。
    「『*********』、……通じる?」
    「ん? ああ、通じるが、今あんた、何て?」
    「あ、ちょっと魔術を使ったんだ。やっぱあいつの術は使い勝手いいねぇ。応用性と即効性が段違いだ。
     えーと、それでちょっと教えてほしいんだけど、……ここはどこ?」
    「クロスセントラルだ。あんた、どこから来たんだ?」
     男に尋ねられ、白髪は困った顔をした。
    「えーと、どう言ったらいいかな。********なんて言っても分かんないよね。まあいいや、遠くからってことにしといて」
    「ああ、うん……?」
     戸惑う男に構わず、白髪はこう続けた。
    「僕の名前はゼロって言うんだ。君は?」
    「え、ああ……、ゲートだ」
    「そっか。よろしく、ゲート」
     白髪――ゼロは嬉しそうに笑って、ゲートの手を握った。
    琥珀暁・彼訪伝 1
    »»  2016.07.01.
    * 
    神様たちの話、第2話。
    「すごい遠いところ」から。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
    「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
     初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
     このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
    「それで、さっきのケンカは?」
    「ケンカ?」
    「ほら、なんかケモノっぽい人たちが、殴り合いしてただろ?」
    「ケモノって……、お前、あいつらが人でなしとでも言ってんのか?」
     呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
    「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
    「そうなのか? ふーん……」
     まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
    「片方が猫獣人、もう片っぽが狼獣人だよ。猫獣人は猫っぽいの、狼獣人は狼っぽいのだ。
     狼獣人の方は魚を何樽も持ってきてたから、多分北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
    「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
    「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
    「あ、そりゃそうか」
     どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
    「肉はどこから運んでくるの?」
    「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
    「じゃああの野菜は?」
    「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
    「西には何があるの?」
    「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
    「なに?」
    「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
    「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
    「ふーん……」
     と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
    「あ、そう言えば聞いて無かった」
    「ん?」
    「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
    「ああ……。
     いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
     そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
    「……んー?」
     事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
    「どうした?」
    「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
    「……か……ね?」
     今度はゲートが首を傾げる。
    「なんだそれ?」
    「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
     じゃあ魔術って、知ってる?」
    「まじゅ、……なんだって?」
    「無いと思うけど、****は?」
    「何て言った?」
    「……いや、何でも。大体把握した。
     とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
    「水なら、近くに井戸があるぜ」

     二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
    「どうした?」
     ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
    「いやね、何か変なんだよ」
    「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
    「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
    「マジかよ」
     人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
    「痛い……腹が痛い……」
    「気分が悪い……また吐きそう……」
    「ううぅぅぅぅ……」
     と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
    「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
    「え、やだ」
     が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
    「移ったらどうすんだ」
    「触りたくない」
    「呪われるかも……」
     否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
    「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
    「え?」
    「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
     よし、じゃやるか」
     人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
    「『********』」
     唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
    「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
     全員が20歩分は飛び、どさどさと木陰に送り込まれる。
    「よし。じゃ、診てみようかな。あ、井戸の水は飲まないでね。お腹痛くなっちゃう原因かも知れないし」
     何が起こったのか分からず、ゲートも含めて全員が唖然と見ている中、ゼロは悠々と歩いて行った。
    琥珀暁・彼訪伝 2
    »»  2016.07.02.
    神様たちの話、第3話。
    井戸端騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。
    「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」
    「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」
     ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。
    「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」
    「は?」
    「治療する。ゲート、君は井戸の水を誰かが飲んでしまわないよう、見張ってて」
    「お、おう」
     命じられるが、ゲートはそれを不相応と思うことも無く、素直に従った。
    「おーい、井戸の水は飲むんじゃねーぞ! ヤバいらしい!」
    「えっ、なにそれこわい」
    「ヤバいって、何が?」
     口々に尋ねられ、ゲートはしどろもどろに答える。
    「いや、俺も良く分からんが、あいつがそう言ってた」
    「あいつ? あの白髪のヒゲじいさん?」
    「じいさんじゃ無かったぞ。結構若そうだった」
     皆の視線が、ゼロの背中に向けられる。
    「……怪しくない?」
    「言われたら怪しいけど……、なんか」
    「うん、なんか」
    「なんか、だよなぁ。なんか信じたくなる」
    「うーん」
     話している間に、ゼロが井戸へと戻ってくる。
    「みんな落ち着いたよ。30分もすれば元気になる」
    「さんじゅっぷん、……って?」
    「え、……あー、どう説明したら良いかな、ちょっと昼寝するくらいの間って感じかな」
     答えつつ、ゼロは井戸の縁から身を乗り出し、底に目を向ける。
    「みんな、飲んでないよね」
    「ああ」
    「ちょっと、調べてみるか。……『*********』」
     ごぽ、と音を立てて、ずっと下の水面から水が一塊、ゼロの元へと浮かんでくる。
    「み、水が……!?」
    「なにあれ!?」
    「あいつ、何を!?」
     ふたたび全員が騒然とする中、ゼロだけは平然とした様子で水を眺める。
    「濁ってる。土の色じゃないな。……うーん、あんまり考えたくないけど、これは多分、あれの色だよなぁ」
     ゼロは空中に浮かんだ水を一度も触ること無く地面に捨て、周囲にとんでもないことを尋ねた。
    「今朝か夜中くらいに、ここで用を足した人はいる?」
     その質問に、周囲は一斉に顔をひきつらせた。
    「はぁ!? 井戸を便所代わりに使う奴がいたってのか!?」
    「うん。水の濁った色が、どう見てもあの色だし。で、それを飲んであの人たち、腹痛起こしたみたいだよ」
    「お、俺じゃないぞ?」
    「やるわけねーだろ」
    「そうよ! 皆で使ってる井戸なのに……」
     周囲が騒ぐ中、一人、こっそりと輪を離れようとする者がいる。
     ゲートはそれを見逃さず、彼の腕をつかんだ。
    「おい」
    「あっ」
    「まさか、お前か?」
    「……よ、酔っ払って、そんなことしたような気が、するような、しないような」
    「てめぇ!」
     あっと言う間に囲まれ、彼は袋叩きにされた。

     散々殴られたその短耳が縛られたところで、ゼロは苦い顔をしつつ、皆に告げた。
    「このままこの井戸を使ったら、間違い無くお腹を壊す人が続出する。だから、この井戸は埋めた方がいいよ」
    「えぇ!?」
    「無茶言うなよ!」
    「そうよ、これが埋まっちゃったら、水が飲めなくなるわ!」
     騒ぐ皆を、ゼロは慌ててなだめる。
    「あ、いやいや! ちゃんと別のを掘るから! ご心配なく!」
    「『掘る』だって!? 簡単に言うなよ!」
    「どれだけ苦労したと思ってんだ!」
    「あ、あ、すぐできるから! ちょっと探すから、待ってて!」
     ゼロはぱたぱたと手を振って皆を制しつつ、その場から離れた。
     残った皆は、それぞれ顔を見合わせる。
    「待っててって言われたけど……」
    「どうするつもりなんだろう?」
    「なあ、結局この井戸ってもう飲めないのか?」
    「お前、飲む気になれるか?」
    「……うん、無理」
     と、そうこうしているうちにゼロが戻ってくる。
    「お待たせー! いいところがあったよ!」
    「へ?」
    「みんな来て! とりあえず、穴を開けるだけ開けるから、その後の作業を手伝って欲しいんだ」
     ゼロに言われるがまま、皆は彼の後に付いて行った。
    琥珀暁・彼訪伝 3
    »»  2016.07.03.
    神様たちの話、第4話。
    神の御業。

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    4.
     元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。
    「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」
     誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。
    「ん、まあ、別にいいんじゃない?」
    「大して違わないし、さっきのとこと」
    「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」
    「あ、それは思った。あっちの方、市場に近くて埃っぽい気がしてたし」
     そして続いて、当然の質問も投げかけられる。
    「でもどうやって掘るの?」
    「道具も何にも無いぞ」
     これに対し、ゼロはあっけらかんと答えた。
    「あ、大丈夫、大丈夫」
     そう返すなり、ゼロは地面に視線を落とす。
    「この辺りかなー。あ、みんな離れてて。土とか石とか飛ぶから」
    「お、おう」
     周囲が10歩ほど離れたところで、ゼロがまた、ぶつぶつと唱えた。
    「『********』!」
     次の瞬間、地面が勢い良く盛り上がり、大量の土が噴き出す。
    「うわあっ!?」
    「ちょ、え、なにあれ!?」
     あっと言う間に地面には大穴が空き、底の方には既にじわじわと、水が溜まり始めている。
    「よし、これでいいかな。後は周りを固めれば……」「ゼロ」
     と、周囲の人々と同様に、遠巻きに成り行きを見ていたゲートが、明らかに警戒した様子で尋ねる。
    「お前、何者だ?」
    「僕?」
     しかし依然として、ゼロは平然とした様子のままである。
    「なんだろね?」
    「ふざけんな。今の今までずっと気にしちゃいなかったが、お前、おかし過ぎるだろ」
    「そうかなぁ」
    「そうだよ。なあ、みんな?」
     ゲートの問いに、周りもぎこちなく応じる。
    「う、うん」
    「変だよね……」
    「さっき人を投げ飛ばしたのも、今、地面を掘ったのも」
    「一体何をどうしたんだ……?」
     周囲からいぶかしげな視線をぶつけられても、ゼロはまだ、けろっとした顔をしていた。
    「何って、魔術を使ったんだってば。
     あ、そっか。魔術って言うのはね、人ができる以上のことをできるようになる技術なんだけどね。皆も知りたかったら教えるよ。どうする?」
    「どう、って……」
     あまりにも険や邪気、その他どんな悪感情を微塵も感じさせない、飄々とした態度のゼロに、次第に人々の警戒が薄れていく。
    「うーん、どうって言われても」
    「怪しいけど、なんかなー」
    「便利そう」
    「それってすぐ使える?」
     問われたゼロは、これもあっけらかんと答えた。
    「才能次第かなー。使える人と使えない人はいるし。でもまあ、教えるだけならいくらでも教えるよ。
     あ、でも……」
    「でも?」
    「お腹空いたから、誰かご飯食べさせてほしいな、……って。ダメかな?」
    「……」
     全員が唖然とし、沈黙が流れる。
    「……ぷっ」
     その沈黙を、ゲートが破った。
    「変な奴だな、お前。まあいい、俺が恵んでやるよ」
    「ありがとう、ゲート」
    「その代わり、俺にも教えろよ。まあ、俺には使えんかも知れんが」
    「うん、教える、教える」
     結局この間、ゼロは最後まで笑顔を崩すことは無かった。



    「ゼロの前に、病に倒れた人と、毒に侵された井戸があった。
     ゼロは病に倒れた人を助け、新たな水をもたらし、村を救った。

     ゼロは村人たちに、『わたしの知識を授けよう』と言った。
     村人たちは皆、教えを乞うた。

     ゼロは人々に知恵と知識を授けた。
     これが我々の、礎である。

     ゼロは無と闇の中にあった我々に、標と光をもたらした。
     ゼロこそが我々の、神である。

    (『降臨記』 第1章 第2節 第1項から第4項まで抜粋)」

    琥珀暁・彼訪伝 終
    琥珀暁・彼訪伝 4
    »»  2016.07.04.
    神様たちの話、第5話。
    原初の情報処理。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「えーと」
     ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。
    「お?」
     と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。
    「……うぇ」
     途端に、ゲートは顔をしかめた。
    「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」
    「ううん。いや、僕もできるかどうか半信半疑なんだけどね」
    「は?」
    「大昔に聞きかじっただけだし、本当にできるのかなーって」
    「ってことはお前、何か分からんものを作ってるってことか?」
    「そうなる」
     ゼロの返答に、ゲートは呆れた声を漏らした。
    「お前って、本当に変なヤツだよな」
    「うん、良く言われる。……これくらい茹でればいいかなぁ」
     ゼロは鍋をかまどから上げ、中身をざるに開ける。
     すっかりどろどろになった内容物をすくい取り、今度は網を張った木枠の中に詰めていく。
    「……これがどうなるんだ?」
    「んー」
     ゼロは木枠を見つめながら、ぽつりぽつりと説明する。
    「繊維ってあるよね、木とか草とかの、ほら、糸みたいになったところ」
    「ああ」
    「それを****性の、……あー、まあ、灰だね。それと一緒にお湯に入れてしばらく煮込んで、こうやって水を切るとね、**ができるらしいんだ」
    「**?」
     聞き返したゲートに、ゼロはもう一度、ゆっくりと説明した。
    「紙だよ、か・み」
    「かみ、……って何だ?」
    「後で分かるよ。じゃ、今度は**を作ろうかな」
    「なんだって?」
     ゲートは何度も聞き返すが、その度にゼロは、うっとうしがるようなことをせず、丁寧に答えてくれる。
    「筆だよ、ふ・で。
     人にモノを教えるには、その教えたことを覚えさせなきゃ意味が無いだろ?」
    「そりゃそうだ」
    「だから覚えやすくさせるために、筆と紙を作ってるんだ」
    「はあ……」
     ゼロは前掛けを脱ぎながら、ゲートにこう尋ねた。
    「この辺で毛の長い動物っている?」
    「ああ」
    「どんなの?」
    「羊とか山羊だな」
    「その毛ってすぐ手に入るかな」
    「俺の友達にフレンって羊飼いがいる。気前いいヤツだから、聞けばくれると思うぜ」
    「案内してもらっていいかな?」
    「ああ」

     ゲートはゼロを伴い、友人の羊飼いの元を訪ねた。
    「おーい、フレン、いるかー」
     が、羊が放牧されている野原を見渡しても、友人の姿が見当たらない。
    「変だなぁ。いつもこの辺りにいるのに」
    「そうなの?」
    「ああ。もう市場も閉まってる頃だし、そっちに行ってるってことも考え辛いんだが……?」
    「他にこの辺りで仕事してる人はいる?」
    「おう、大抵知り合いだ。そっちに聞いてみるか」
     二人は放牧地を回り、他の羊飼いに話を聞いてみた。
    「フレン? あー、なんか慌ててたな」
    「どうも、羊が逃げたっぽいぜ」
    「どこ行ったか分かるか?」
    「朝はここから西の方を探してたし、昼くらいにはぐったりして株に座ってたのを見た」
    「じゃあ多分、今は東を探してるんじゃないか?」
    「そっか、ありがとな」
     そこでゲートとゼロは、顔を見合わせる。
    「どうする?」
    「僕らも探してみようか」
    「だな」
     と、まだ近くにいた他の羊飼いが、さっと顔を青ざめさせた。
    「おいおい、ゲートよぉ? 知ってるだろ」
    「何を?」
    「最近、変なのがこの辺りに出るってうわさをだよ」
    「変なのって?」
    「見た目は一見、でけー狼だって話だ。だが『変なの』ってのがな……」
     そこで羊飼いたちは言葉を切り、異口同音にこう続けた。
    「8本脚で、頭は2つ。しかも人を喰うって話なんだ」
    「ま、マジかよ」
     これを聞いて、ゲートも不安を覚える。
    「最近じゃ、東に出るってうわさだ。だからフレンのヤツ、『俺の羊が食われるかも』つって探し回ってたんだ」
    「でも西を探しても見つからないから、仕方無しに東へ、……ってことだろうな」
    「下手すると、あいつも……」
    「やべーな。……な、なあ、ゼロ?」
    「うん?」
     ゲートは後ろめたい気持ちで、ゼロにこう提案した。
    「このまま、待つって言うのは、まずいか? 他のヤツに言えば、毛は手に入るし」
    「ええっ!?」
     対するゼロは、目を丸くする。
    「危ないって話なのに、放っておくの?」
    「仕方ねーだろーが。俺もお前も、そんなバケモノに対抗できるような腕っ節は無いし、武器も無いだろ?」
    「でも魔術はあるよ」
    「……い、行く気なのか、ゼロ?」
     一転、今度はゲートが驚かされた。
    「行くよ。危ないって言うなら、なおさらだ」
     ゼロはいつも通りののほほんとした笑顔を浮かべて、そう断言した。
    琥珀暁・遭魔伝 1
    »»  2016.07.07.
    神様たちの話、第6話。
    遭遇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。
    「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」
     呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。
    「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」
    「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」
    「そうだよ。お前、本当にどうにかできるのかよ?」
    「できると思うよ」
     あっけらかんとそう返され、ゲートは返事に詰まる。
    「できる、って、なんで、……うーん」
     あまりにも気負い無く答えられてしまい、強く反対できなくなる。
    「魔術ってのは、そんなこともできるのかよ?」
     どうにかそう尋ねてみたが、これに対しても、ゼロはしれっと返す。
    「色々できるよ。人の怪我や病気を治すことも、地面の奥深くから水を掘り出すことも、****より高い火力で森を焼き払うこともできる。
     本当に長けた人が魔術を使えば、不可能なことなんかこの世には無いさ」
    「……お前の言うことだから信じるけどさー」
     口ではそう言いつつも、ゲートはまだ、心の中では半信半疑の状態だった。

     やがて二人は草原を抜け、森へと入っていた。
    「おい、おい、ゼロって!」
    「どうしたの?」
     きょとんとした顔で振り返ったゼロに、ゲートは冷や汗を額に浮かべながら、引き返すことを提案した。
    「これ以上はまずいって、マジで。もう日も暮れかけてるし、森の奥に入っちまったら、真っ暗だぜ?」
    「あ、そっか。そうだね」
     そう返し、ゼロはぶつぶつと何かを唱えた。
    「『******』」
     途端に、二人の間にぽん、と光球が生じる。
    「これで明るくなったろ?」
    「……お、おう」
     十数歩程度歩いたところで、またゲートが声をかける。
    「な、なあ、ゼロ」
    「どうしたの?」
    「は、腹減らないか?」
    「ちょっとは。でもフレンが危ないかも知れないし、帰ってご飯を食べるような暇は無いんじゃないかな」
    「……だよな」
     また十数歩ほど歩き――。
    「な、なあ」
    「今度は何?」
    「しょ、正直に言う。怖い」
    「大丈夫だよ。僕がいる」
    「……勘弁してくれよぉ」
     しおれた声でそう返したが、ゼロはこう返す。
    「きっとフレンだって、同じ気持ちだよ? しかも一人だ。
     算術的に、フレンの方が2倍は怖い思いをしてるはずだよ。それを放っておくの?」
    「……そ、そう言われりゃ、……我慢するしかねーじゃねーか」
    「うん、よろしく」
     ゲートはゼロを説得するのを諦め、渋々付いて行った。

     と――。
    「あれ?」
     突然、ゼロが立ち止まる。
    「ど、どうした?」
    「何か聞こえなかった?」
    「な、何って?」
    「犬っぽいうなり声。今にも襲いかかってやるぞって言いたげな感じの」
    「よ、よせよ。こんな時に、悪い冗談だぜ」
    「いや、本気。……あ、やっぱり聞こえる。後ろ斜め右くらい」
    「え」
     言われて、ゲートがそっちを振り向くと――。
    「グルルルルル……」
     確かに、犬のような何かが、そこにいた。
     ような、と言うのは、「それ」はゲートの知る形をした犬では無かったからだ。
    「あ、頭が2つ、……脚が、8本、……しかも尻尾が2本ある!
     で、で、ででで、……出たあああぁぁ!」
     その異形の怪物を目にするなり、ゲートはその場にへたり込んでしまった。
    「あ、ちょっと、ゲート! ゲートってば!」
     これには、流石のゼロも慌てたらしい。彼は両手をゲートの腋に回し、勢い良く引っ張る。
    「立って! 重くて上がらないって!」
    「あ、あわ、あわわわ……」
     一方、ゲートは目を白黒させ、泡を吹いている。
    「……もう。見た目に似合わずって感じだなぁ、ゲートは」
     ゼロは短くぶつぶつと唱え、魔術を使う。
    「『********』! そこらで休んでて!」
     途端にゲートの体が宙を舞い、近くの木の枝に引っ掛けられた。
    「おわっ!? ちょ、や、うわっ、近いって!」
     引っ掛けられた場所は、ちょうど怪物の前だった。
    「あ、……ごめん、方向間違えた。まあ、でも、すぐ終わるから」
     ゼロはそう弁解し、またぶつぶつと唱えだした。
    「……吹っ飛んで! 『*******』!」
     次の瞬間、ゲートの目の前が真っ赤に染まり――そのまま、彼は弾き飛ばされた。
    琥珀暁・遭魔伝 2
    »»  2016.07.08.
    神様たちの話、第7話。
    魔物騒動、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……はっ」
     気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。
    「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」
     傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。
    「さっきのは?」
    「やっつけた」
    「生きてるのか?」
    「死んでる」
    「俺、死んだのか?」
    「君は生きてる。僕も生きてるし、フレンもさっき見つけたけど、無事だった。木の上でやり過ごそうとしてたらしい。あと、羊はあっちにいた」
    「……あ、見つけたのか?」
    「うん」
     ようやく意識がはっきりし、ゲートは上半身を起こした。
    「よお、ゲート。助けに来てくれたんだって?」
     と、友人の羊飼い、猫獣人のフレンと目が合う。
    「あ、……ああ」
    「俺はこの通り無事だよ。このゼロって人があの化物を倒してくれた、……って、今説明されたばかりだったっけ。すまんすまん」
    「……ゼロ。マジでお前、何者だよ」
     ふたたび仰向けになったゲートに対し、ゼロは無言で首を傾げる。
    「だから、何者なんだって」
    「何者って言われてもなぁ」
     ゼロは肩をすくめ、一言だけ返した。
    「この世界じゃ、ただの居候だよ」



     既に夕暮れが迫っていたが、ゼロの光球を放つ魔術のおかげで、三人とフレンの羊は無事に帰路に着くことができた。
    「うわさにゃ聞いてたけど……、アンタがゼロなんだって?」
    「うん」
    「不思議なことができるって聞いてたけど、本当なんだな」
    「僕には不思議じゃないけどね」
    「是非教えてもらいたいね。この光を出すのだって、俺が使えるようになりゃ、夜通し歩くことだってできるしさ」
    「でも一人起きてたって、みんな寝てるしつまんないよ? 羊だって寝てるだろうし」
    「そりゃそうだ、ははは……」
     すぐに打ち解けたフレンに対し、ゲートはまだ、いぶかしんでいる。
    (こいつ……、このまま放っておいていいのか?
     ワケ分からん術を使うってのが、俺にとっちゃ最大の恐怖だ。その気になりゃ、クロスセントラルのど真ん中でさっきの爆発を起こすことだってできるだろうし。
     周りと相談して、こいつをこっそり縛るなり何なりした方がいいんじゃ……)
     と、そこまで考えたところで、フレンと楽しそうに話すゼロの横顔が視界に入る。
     その途端、ゲートの中の猜疑心は、呆気無く溶けてしまった。
    (……あほらしい。こいつがそんなに、危険なヤツかよ? こんな無邪気に笑ってるようなヤツが)

     一方、ゼロはフレンから根掘り葉掘り、怪物のことを聞いていた。
    「じゃ、あの化物って、ここ最近この辺に現れたって感じなのかな」
    「らしいな。俺もうわさを聞いたのは、5日前か6日前か、それくらいだった」
     話の輪に、ゲートも入る。
    「バケモノが出たって話が?」
    「ああ」
    「確かイーストフィールドとかにも羊を飼ってる人たちがいるって聞いたけど、市場とかでは聞かなかった?」
     そう問われ、フレンは尻尾を撫でながら、おぼろげに答える。
    「あー……、いや、大分前に聞いたかも」
    「それって、いつくらい?」
    「うーん……、はっきりとは覚えて無いが、20日前だったか、30日前だったか」
    「半月以上前?」
    「はんつきって?」
    「あ、いや、まあいいや。じゃあもしかしたらイーストフィールドにいたのが、こっちに来たのかもね」
    「かもな。……なあ、ゼロ? それが一体、何だって言うんだ?」
     尋ねられたゼロは、珍しく真面目な顔をする。
    「さっきの化物とイーストフィールドのが同じ個体だったなら、やっつけたんだし、話はこれで終わりだけどさ、もし別の個体だったなら、被害はもっと増えるかも知れない。
     2体以上いるってことは、殖える可能性があるってことになるもの」
    「あ……!」
     ゼロの説明を受け、フレンも、そして傍で聞いていたゲートも顔を強張らせた。
    「もうちょっと詳しく調べた方がいいみたいだね。下手すると、クロスセントラルの中にまで入られるかも知れないし。
     そしたらもっと、被害が出る。人を食べるってうわさもどうやら、本当らしいしね」
    「そうだな」
    琥珀暁・遭魔伝 3
    »»  2016.07.09.
    神様たちの話、第8話。
    対策と教育。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。
    「あ、できてるできてる」
     ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。
    「これが紙?」
    「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。
     あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」
    「アンタの頼みだし、断るつもりは無いが」
     そう前置きし、フレンは腹に手を当てる。
    「腹減った。先にメシ食いたい」
    「同感」
     ゲートにもそう告げられ、ゼロも同様に、腹に手を当てる。
    「そう言えば、僕もお腹空いてた。じゃ、先にご飯食べようか」

     フレンが持ってきた羊肉のおかげで、その日の夕食は豪華なものになった。
    「はぐはぐ……、いやー、こんだけ肉食ったのは久々だなぁ」
    「ゼロにゃ命を助けてもらったんだ、こんくらいしなきゃ吊り合わないぜ」
    「別にいいのに……。
     っと、そうだった。今のうちに、対策を考えておこうか」
     ゼロは肉を刺していた串を使い、テーブルに図を描く。
    「僕の認識だと、ここと周りの街ってこんな位置関係なんだけど、合ってるかな」
    「って言われても、良く分からん」
    「この交差点の真ん中がここ、クロスセントラル。で、僕から見て右の方に行くと、イーストフィールド。こんな感じだよね」
    「あー、なるほど。ああ、大体そんな感じだ」
    「で、イーストフィールドで20日以上前に化物を見かけたって話だったよね」
     尋ねられ、フレンはこくこくとうなずく。
    「ああ、そうだ」
    「そこから西にずーっと行って、6日前にこの近くでも見かけた、と」
    「ああ」
    「こことイーストフィールドって、どれくらい離れてるの?」
    「徒歩だと5日か6日かかる」
    「ふむふむ、……単純計算したら人間より大分遅いなぁ。まあ、一直線に来るってわけじゃないか。
     でも、まあ、それなら対策する時間はたっぷりあるかな」
    「対策?」
     まだ串にかぶりついていたゲートに尋ねられ、ゼロはにこっと笑って返した。
    「あんなのが大勢来たら、魔術抜きじゃとても勝ち目は無い。少しでも使える人を増やしておかなきゃ」



     翌日、ゼロはゲートを手伝わせ、筆と紙を大量に造り始めた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
     しかしゲートは納得がいかず、ゼロにこう尋ねる。
    「なんで俺まで手伝わなきゃ行けないんだよ」
    「人手が足りないから」
    「そんなに作るつもりなのか?」
    「できる限りね」
    「でもさ、お前こないだ、『魔術は素質がある奴しか使えない』みたいなこと言ってなかったか?」
    「うん、言ったよ」
     ゼロは鍋をかまどから上げつつ、こう返す。
    「だからできるだけ多くの人に試してもらわないと。見た目や性格だけじゃ、その人が使える人なのかどうかって分かんないし」
    「ああ、なるほどな。……俺はどうなのかなぁ」
    「うーん」
     ざるに鍋の中身を移しながら、ゼロはぼそ、とつぶやいた。
    「ホウオウなら見ただけで分かるんだけど、僕にはそんなことできないからなぁ」
    「ほう、……何だって?」
    「僕の友達の名前。見ただけでその人の魔力がどのくらいあるのか分かる、すごい奴だよ。
     実は攻撃魔術の大半は、ホウオウから教えてもらったんだ。多分だけど、あいつと勝負したら8割方、僕が負けるだろうな」
    「そんなに強いのか? じゃあさ、そいつに助っ人に来てもらえば……」
    「あー、無理無理」
     鍋の中身が空になったところで、ゼロはまた鍋に水を入れる。
    「あいつ、今すごく大変なことをしてるところだから。そりゃ、僕だって助けてほしいけど」
    「大変なことって?」
    「一言で言うと、世界を支えてるところなんだ」
    「は?」
    「いや、なんでも。……じゃあ僕の生徒第一号になってみる、ゲート?」
     ゼロは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ゲートに筆と紙、そして木炭の粉と膠(にかわ)で作った墨を手渡す。
    「ええと、まず、何から言おうかなぁ」
     鍋が煮詰まるまでの間、ゲートはゼロから魔術の講義を聞くことになった。
    「あー、と」
     が、始まる直前にゲートが手を挙げる。
    「ん、何?」
    「これ、どうすりゃいいんだ?」
    「僕が言った内容を書けばいいじゃないか」
    「書くって、……んん、まあ、うん」
     ゲートが逡巡したのを見て、ゼロははっとした表情を浮かべる。
    「えーと、……今更だけど、僕、この辺りの文字って知らないんだよなぁ」
    「もじ? ……って?」
    「……そっか、そこからか」
     ゼロは自分でも筆を取り、紙にいくつか絵のようなものを書きつける。
    「じゃあ、まず、第一。文字を教える。魔術はその後」
    「おう」
     こうしてゼロの最初の授業は、人に文字と数字を教えることから始まった。

    琥珀暁・遭魔伝 終
    琥珀暁・遭魔伝 4
    »»  2016.07.10.
    神様たちの話、第9話。
    授業は順調。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。
     元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。
    「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」
    「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」
     なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり書き取りをやらせるようなことはせず、世間話から入っていく。
    「こないだフレンって人から羊肉をご馳走になったんだけどね、実は僕、それまで羊肉ってあんまり好きじゃなかったんだ。独特の臭いがあるなーって思ってて。
     でも全然、臭みが無かったんだよね、フレンが持ってきたお肉。もう一発で好物になっちゃったよ。また食べたいなぁ、あれ」
    「あはは……」
    「じゃ、今日は動物の名前を書いて行こうかな。まず僕が挙げたこれ、『ひつじ』。書いてみて書いてみて」
    「こう……、かな?」
    「そうそう、大体そんな感じ。じゃ、僕からも質問。シノンは何が好きなの? 食べ物に限らなくてもいいんだけど」
     ゼロに尋ねられ、長い耳に銀髪の女の子、シノンが答える。
    「あたしはー……、猫かなぁ。あ、ヒトの方じゃなくて、ケモノの方の猫ね」
    「ああ、可愛いよね、猫ちゃん。僕が前に住んでたところでも一杯いたんだけど、こっちでも会えて嬉しかったなぁ。……で、『ねこ』は、こう。あ、書いてくれてるね」
    「合ってる?」
    「ばっちり。みんなも書けた? ……うん、書けてる書けてる。
     でもキュー、君の字はなんか独創的過ぎるね。ちょっと判り辛い」
    「そっか?」
    「君らしい、ご機嫌な字なんだけど、もうちょっと丁寧に書いた方がいいかな」
    「んー、……こうか?」
    「あ、いいね、いい感じ。さっきより読める。じゃあキュー、今度は君の好きな動物を書こうかな。何が好き?」
     ゼロからの講義を聞くと言うより、彼と世間話をしているような感覚で、授業はのんびり進んでいく。
    「ふー……、話し疲れちゃった。今日はこのくらいにしよっか。明日もよろしくね、みんな」
    「はーい」
     基本的に、ゼロが休みたくなったところで授業は終わりとなる。
    「……時計作んないとなぁ。疲れるまでやったらそりゃ、疲れちゃうし」
    「とけい?」
     ゼロの独り言を聞きつけ、まだ教室に残っていたシノンが尋ねる。
    「時間を計る道具だよ。ま、近いうちに用意しとくから」
    「うんっ。楽しみにしてるね」
    「……あ、そうだ」
     と、ゼロはポン、と手を打つ。
    「良かったら作るところ、見に来る?
     ゲートは仕事あるって言ってたし、一人で行こうと思ってたんだけど、一人じゃ寂しいし。君、明日ヒマかな?」
    「うんうん、ヒマヒマ。全然ヒマだよっ」
    「なら良かった。じゃ、明日の朝にね」
    「はーい」



     そして、翌日。
    「ゼロ、ゼロっ! もう起きてるーっ?」
     早朝、まだ太陽が地平線から姿を表すか表さないかと言う頃に、シノンがゲートの家の戸を叩いてきた。
    「ふああ……、なんだよ、こんな朝っぱらから」
     眠たそうに目をこすりながら玄関に立ったゲートに、シノンは顔をふくらませる。
    「違うっ。ゲートじゃなくてさ、ゼロ。ね、もう起きてる、ゼロ?」
    「まだ寝てるっつーの。ふあっ……、お前そんなに、ゼロと出かけんのが楽しみだったのか?」
    「うんっ!」
    「……まあ、起こすわ。ちょっと待ってろ」
    「はーい」
     数分後、やはりゼロも眠たそうに顔をこすりつつ、玄関に現れた。
    「おひゃよぉ……、ふあ~あ」
    「おはよっ、ゼロ!」
     満面の笑顔で挨拶するシノンに対し、ゼロとゲートは揃って欠伸する。
    「……本当に、早めに時計作んないとダメだなぁ。
     僕、どっちかって言うと遅く起きるタイプだし。9時まで寝かして、とか分かってもらえるようにしないとなぁ、……ふあ~」
    「遅起きしたいってのは、俺も同感。……くあ~、眠みいなぁ」
    琥珀暁・魔授伝 1
    »»  2016.07.13.
    神様たちの話、第10話。
    天文学と時間。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」
     そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。
    「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」
    「カンソク?」
    「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。
     それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれていくんだ。一番分かりやすいのは、月だね」
    「ん、……うーん?」
    「今日と明日で、月が空に浮かんでる位置がちょっとだけずれてるってことさ。
     で、このずれもある一定の周期がある。ある程度時間が経てば、元の位置に戻ってくるんだ」
    「へー、そなの?」
     明らかに要領を得なさそうな様子のシノンに、ゼロは昼の空に浮かぶ赤い月を指差した。
    「例えばあっちの月は、およそ28日で元の位置に戻る。もういっこの白い方は、およそ26日で戻ってくるんだ。
     で、まず考えたのが、赤い月の方を『1ヶ月』と言う単位として定めようかなって」
    「いっかげつ?」
    「そう、月が一周してくる期間。月ひとつ単位ってこと。まあ、後々もうちょっと細かく観測して、一ヶ月を何日にするか考えることにするけどね」
    「ふーん……」
     話が難しくなってきたためか、シノンはつまらなそうに返事をする。
     それに構わず、ゼロは話を続ける。
    「で、太陽の軌道も日が経つにつれて、少しずつずれてきてるんだ。
     僕が村に来て100日近く経ってるんだけど、軌道全体がずっと南寄りになってきてて、それにつれて日照時間、つまり一日のうちで明るい時間帯も短くなってきてる。
     それでね、ちょっと計算してみたら、面白いことになりそうなんだ」
    「なになに?」
     面白い、と聞いてシノンの顔がほころぶ。
     しかし次の説明を聞くうちに、またつまらなそうな顔になる。
    「月が両方とも満月になる頃に、太陽の位置も一番南に来そうなんだ。面白い偶然だろ?」
    「……そーだね」
    「でね、こうしようかなって思ってることがあるんだけど」「ねーえ、ゼロぉ」
     飽き飽きと言いたげな顔をして、シノンが話をさえぎった。
    「まだその話、続くの? つまんないよー」
    「……そっか、ごめん」
     ゼロは肩をすくめ、話題を変えた。
    「そうだ、前から聞こうと思ってたんだけど」
    「なーに?」
    「シノンって、一人で暮らしてるの?」
    「うん」
    「お父さんとかお母さんは?」
    「いないよ」
    「そうなの?」
     と、シノンは表情を曇らせる。
    「ずっと昔に死んじゃった。おばーちゃんがまだ生きてた頃に教えてくれたんだけど、バケモノに食われちゃったんだって」
    「あ、……ごめん、本当」
    「いいよ」
     気まずい空気になり、ゼロはそれ以上、自分から何も言わなくなってしまった。

     丘の上に着き、ようやくゼロが口を開いた。
    「えーとね、何しようかって言うとね」
    「うん」
     朝と打って変わって憂鬱そうな表情を浮かべているシノンに、ゼロは恐る恐ると言った様子で説明し始めた。
    「ここから村が見渡せるよね」
    「見渡せるね」
    「で、太陽が僕たちの後ろにある。と言うことは僕たちの前側、つまり村の方に向かって影が伸びるわけだ」
    「そうだね」
    「そこで、ここに長い棒か何かがあれば、村に影が差す。その位置で、時間を決めようかって」
    「ふーん」
     明らかにつまらなさそうに返事するシノンに、ゼロの歯切れも悪くなる。
    「あー、と、……まあ、ここまで一緒に来てくれたからさ、お礼するよ」
    「お礼? なになに?」
     尋ねてきたシノンに、ゼロはこんな提案をした。
    「そろそろ魔術をみんなに教えようと思ってたんだけど、一番先に、君に教えてあげる。僕の授業で一番成績がいいのは、君だし。もしかしたらすんなり使えるかも知れない」
    「マジュツって、ゼロが水を引っ張り上げたり、人を放り投げたりしてたヤツのことだよね? あれちょっと、やってみたかったんだー」
    「期待に添えると良いんだけどね。……っと、この辺りが丁度いいかな」
     村全体を見下ろせる位置で立ち止まり、ゼロは辺りをきょろきょろと見回す。
    「手頃なのは、……んー、無さそうだな」
    「そだね」
    「じゃ、作るか。シノン、僕の後ろにいて」
    「はーい」
     シノンが自分の背後に回ったところで、ゼロはぶつぶつと唱え始めた。
    「……『グレイブピラー』!」
     途端に地面がごそっと盛り上がり、ゼロの背丈の3、4倍ほどの石柱がゼロたちの前方、村の方に向かって伸びていく。
    「お~、すっごーい」
    「はは、どうも。……よし、いい感じ」
     村の方にできた影を眺め、ゼロは満足気にうなずいた。
    「ここで数日観測したら村の皆と相談して、あの影がどこら辺に差したら何時だ、って決めることにしよう。
     さて、シノン。約束通り、魔術を教えてあげるよ」
    琥珀暁・魔授伝 2
    »»  2016.07.14.
    神様たちの話、第11話。
    最初の生徒。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。
    「なにそれ? ピカピカしてる」
     尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。
    「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」
    「うん」
    「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思ってもらえば」
    「ふーん」
    「……っと、これこれ。基礎中の基礎、一番簡単な魔術。いい? 見ててね」
     そう言って、ゼロは右手の人差し指を立てる。
     と、その指先にぽっ、と火が灯った。
    「おわっ」
     それを見て、シノンは驚いた声を上げる。
    「これ、火?」
    「そう。魔力を熱エネルギーに、……あー、と、まあ、火を起こせる術だね。見たまんまだ。
     魔術は呪文と魔法陣で組み上げる、一つの『装置』みたいなもんなんだ。流れとしては、呪文や魔法陣を使うことで、何を媒体にして、どれくらい魔力を使って出力するか決定する、って感じになるかな。
     今、僕が見せたこの『ポイントファイア』は、僕自身の魔力を原動力とし、僕の指先を媒体として、こうして火として出力させた。その手順を、今から説明するね」
    「う、うん」
     ゼロの話が理解しきれなかったらしく、シノンの顔に不安そうな色が浮かぶ。
     しかし丁寧に魔術の使い方を繰り返し説明され、太陽が二人の頭上に来る頃には、シノンの指先にも火を灯すことができるようになった。
    「……不思議。熱くない」
    「また今度詳しく説明するけど、呪文には大抵、自分に跳ね返ってこないように保護する構文が加えられてる。熱く感じないのは、そのせいなんだ」
    「ふーん……」
     自分の指先に灯った火を見つめながら、シノンはこう尋ねた。
    「これ、もっと大きくできる?」
    「できるよ。さっきの構文の、魔力使用量の辺りをいじれば」
    「どれくらい大きくできるの?」
    「いくらでも。でも、さっきの構文そのままだと、自分の魔力をガンガン使うことになっちゃうから、そんなに大きくはできない。
     もっと大きなものにするには、別の魔力源がいる」
    「ゼロが持ってる、そのピカピカした本とか?」
     火を灯していない方の手で「目録」を指差され、ゼロはうなずく。
    「うん。でも君には使えないかな」
    「なんで?」
    「1つ、これは僕の友達が僕のために作ってくれたモノだから。僕以外には使えないように設定されてる。
     そしてもう1つの理由は」
     ゼロは諭すような口調で、こう続けた。
    「君は魔術師としてはひよっこ中のひよっこ、まだ卵の中から出て間もない雛だからさ。
     いくら便利だからって、子供に刃物や棍棒を持たせたりなんかしないだろ?」
    「……そだね」
     シノンは素直にうなずくが、こう続ける。
    「他にその、魔力源になるものってある?」
    「色々。純度の高い石英とか、錫と金とか銀とかを合わせた合金とか。それも近いうち、探さなきゃね」
    「どうして?」
    「君が思ってることの、延長の話」
    「え?」
     驚いた顔をしたシノンに、ゼロはいたずらっぽく笑いかけた。
    「分かるよ。そんな顔で『もっと強い術はあるの?』って聞いてきたら、そりゃもう丸分かりだ。
     君もあのバケモノたちに対抗したい、倒したいと思ってる」
    「……うん」
     いつの間にか空は曇りだし、ぽつ、ぽつと雨が降り始めていた。
    「ありゃ、降ってきちゃったな。しばらくここで、じっとしてようか」
    「うん」
    「良かったらその間、君の話を聞かせてほしいな」
    「……うん。分かった」
     大きな木の下にゼロがしゃがみ込み、シノンは彼の懐に入るように、彼の前に背を向けて座り込む。
    「おいおい、猫じゃないんだから……」「あのね」
     シノンはゼロをさえぎって、自分の過去を、静かに話し始めた。
    「あなたがやっつけたバケモノと同じかどうか、分からないけど。
     あたしのお母さんとお父さんと、もしかしたら弟か妹も――バケモノに、食べられたの」
    琥珀暁・魔授伝 3
    »»  2016.07.15.
    神様たちの話、第12話。
    人、なのか?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。
     それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。
     でもその途中で、バケモノに襲われて……」
     そこまで話したところで、シノンは自分の膝に顔を埋める。
    「そっか。……それで、君とおばあちゃんだけが助かった、と」
    「うん。……いやなこと、言う人もいた。あたしのこと、『両親を食わせて自分だけ助かった卑怯者』って」
    「ひどいことを言うなぁ」
    「でも、本当のことだもん。あたしは、お母さんたちが襲われてる間に逃げたから、生き延びたんだし」
     顔を埋めたままのシノンの頭を、ゼロは優しく撫でる。
    「本当だとしてもさ。そんなこと言う奴は人間が腐ってるってもんだよ。それに、その時はそうするしか無かったんだろう。
     ねえ、辛いことを聞くかも知れないけど、そう言う話って、昔からずっとあったのかな」
    「分かんない」
    「ま、そりゃそうか。襲われて死んだ人間が『襲われた』って言って回ることなんかできないし。
     となると、……やっぱり、気になるところだな」
    「なにが?」
     顔を挙げずに、シノンが尋ねる。
    「襲われ過ぎな気がする。それも、明らかに人が多い地域を襲ってる節がある。
     まるで人が増え過ぎないように、誰かが謀ってるような……」
     言いかけて、ゼロは首を横に振った。
    「……まさか、だな。いくらなんでも、バケモノがそんな意志を持ってるとは思えない。
     ただ、でも、……この手の話を、『授業』を受けてたみんなから聞いてるんだ。村の半分くらいの人が来てる中から、そのみんなに、だ」
    「珍しい話じゃないもん。
     隣の家のテオさんは西の村にいたけど、バケモノから逃げてこの村に来たって言ってたし、向かいの家のメイだってそう。友達もみんな、親や兄弟、友達の誰かを失って、逃げて、この村に来てる。
     みんな、親しい人を襲われて、自分が襲われかけて、……そして明日にでも襲われて、食われるのよ」
    「……させるもんか」
     ゼロの、いつも通り明るい口調の、しかし力強い言葉に、シノンはようやく顔を上げる。
    「ゼロ?」
    「僕たちはバケモノにとって丁度いい食べ物なんかじゃない。僕たちは知恵と自我と希望を持った、れっきとした人間なんだ。
     僕がいる以上、もうバケモノから逃げ回る生活なんて、誰にもさせやしないさ」
    「……」
     雨音が止み、雲間から太陽の光が切れ切れに届き始める。
     シノンはくる、と向きを変え、ゼロと向き合う形になった。
    「シノン?」
    「ゼロ」
     と、シノンはゼロに顔を近付け――静かに、口付けした。
    「え、ちょ、……もごっ」
     顔を真っ赤にしたゼロからすっと離れ、シノンは彼の耳元でつぶやく。
    「ゼロ。あたし、あなたのこと、……あなたのこと、不思議な人だって思ってる。
     ううん、あなたは『人』なのかな? もっと、すごい、人を超えた何か。そんな気がする。ねえ、そう言うの、何て呼んだらいいの?
     人よりもっとすごい、人を超えたもののことを」
    「……あんまりそんな風に呼ばれたいとは、思わないけど」
     そう前置きして、ゼロはこう返した。
    「僕のいたところじゃ、そう言うのは『神様』って呼んでたよ」
    「じゃあ、神様」
     シノンはもう一度、ゼロに口付けした。
    「お願い。あたしたちを、助けて」



     2時間後、ゼロとシノンは丘を下っていた。
    「……」「……」
     二人とも何も言わず、手をつないで、黙々と歩を進めている。
    「あれ?」
     と、村人が二人に気付き、手を振る。
    「おーい、ゼロじゃないか。それとシノンも。
     どうした二人とも? そんなぼんやりした顔して」
    「ぅえ? あっ、あー、どうも、リコさん」
    「あっ、えっと、ども」
    「……んー?」
     声をかけてきた村人は、そこで半ばけげんな、しかしどこか納得したような顔をする。
    「まあ、なんだ。寒くなってきてるから、風邪には気を付けろよ、二人とも。ひゃひゃひゃ……」
    「ああ、うん。気を付ける」
    「は、はーいっ」
     そのまますれ違ったところで、ゼロがぽつりとつぶやいた。
    「……どう思われたかなぁ」
    「多分、あなたが思ってる通りじゃない?」
    「だよなぁ……」
     恥ずかしそうに頭をポリポリとかくゼロに、シノンは耳元でささやく。
    「ねえ、ゼロ。明日から、あたしの家で住まない?」
    「うひぇ?」
     素っ頓狂な返事をしたゼロに、シノンは噴き出した。
    琥珀暁・魔授伝 4
    »»  2016.07.16.
    神様たちの話、第13話。
    時間の制定者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「別にいいぜ。俺は全然構わない」
     ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。
    「いいの?」
    「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。
     あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」
    「それは本当、ごめん」
     ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲートは苦笑しながらこう続けた。
    「ま、これからも俺ん家に来てくれよ。流石に授業やられるのはきついけど」
    「ありがとう、ゲート」
    「にしても急だな? なんかあったのか、あいつと」
    「……色々ね」
     そう答えたゼロに、ゲートはニヤニヤした笑みを浮かべた。
    「ほーほー、そーか。ま、俺から見てもあの子は可愛いし、いい子だ。大事にしてやれよ」
    「うっ、うん」

     ゼロの住まいがシノンの家に移されて以降、彼の授業もそこで行われることになった。
     それと並行し、魔術の素質があると見た者には、シノンにやったように「集中講義」を行い、魔術の基礎を身に付けさせた。
     さらに丘の上に建てた石柱から伸びる影と、月の動きを基本として、彼は時間と日付を定め、皆にその「ルール」と見方を広めた。
    「で、あの影の先が丁度、広場の真ん中に差すくらいを『正午』と呼ぶことにする」
    「分かった、『タイムズ』」
    「たい、……え? なに、タイムズって?」
     きょとんとした顔でそう尋ねたゼロに、時間の説明を受けていた村人の一人が答える。
    「あんたは『神様』だって、あんたの奥さんが言ってた。『人よりすごい人』だって。俺たちはみんな、そう思ってる」
    「お、奥さんって、まだシノンは、そんなんじゃ」
     顔を赤くし、しどろもどろになるゼロに構わず、村人はこう続ける。
    「だけど一方で、『神様』とは呼ばれたくないとも聞いてる。
     でも俺たちはあんたに色々教えてもらったし、いっぱい助けてくれてる。『神様』は間違い無く、あんたなんだ。俺たちは是非ともあんたに、敬意を表したいんだ。
     だからせめて、その『時間』って言う決まりを定めるあんたを、『時間(タイムズ)』って呼びたいんだ。駄目か?」
     この願いに、ゼロは依然として顔を赤くしながら、かくかくとうなずいた。
    「ああ、うん、まあ、その、……呼びたいなら、……いいよ、……どうぞ」
    「ありがとう、ゼロ・タイムズ」
     こうしてゼロは「時間の制定者=『タイムズ』」とも呼ばれるようになり、より一層の支持を集めるようになった。



     そんな生活が、一月、二月と続き――やがてゼロの元に、2つの情報が飛び込むようになった。
    「おい、タイムズ。もう魔術を覚えた奴は20人を超えてる。『もっと強い術を知りたい』って奴も出てきてるんだが、どうする?」
    「ねえゼロ、またバケモノのうわさを聞いたの。南の村から逃げてきた人が教えてくれた」
     一つは、彼の魔術指導が着実に実を結び、より高次の指導を求める声が上がっている話。そしてもう一つは、怪物を目撃した、あるいは襲撃された話である。
     そしてその両方に対応するため、ゼロはある決断を下した。
    「分かった。何とかする。
     でも、どっちも準備する内容は一緒だけど、時間と手間がかかる。だから、人を一杯集めておいてほしいんだ。できるかな?」
    「ああ、請け負うぜ」
    「分かった。何すればいいの?」
     尋ねる村人たちに、ゼロはこう命じた。
    「まず第一に、強い魔術を使えるようにするために、道具を作らなきゃならない。二つ目は、その原料集め。
     この近くに水晶とか、金属が掘れるところはある?」
    「それは……」
     と、南の村の件を報告した村人が苦い顔をする。それを見て、ゼロは察したらしい。
    「南、か。丁度、バケモノが出たって言う」
    「う、うん。そこが鉱床に一番近い」
    「そうか……」
     ゼロは一瞬表情を曇らせ、そしてすぐ、こう返事した。
    「分かった。僕が採りに行こう」

    琥珀暁・魔授伝 終
    琥珀暁・魔授伝 5
    »»  2016.07.17.
    神様たちの話、第14話。
    南へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。
     でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。
     だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」
     ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。
     しかし、誰もが目をそらし、応じようとしない。
    「……分かった」
     ゼロは表情を堅くし、そう答えた。
     と――。
    「ま、……待てよ」
     ゲートの手が挙がる。
    「ゲート。もしかして、来てくれるの?」
    「お、おう。人手がいるんだろ? じゃあ行くさ。お前の役に立てるって言うなら、なおさらだ」
    「俺も行くよ」
     続いて、羊飼いのフレンも挙手する。
    「もし羊が食われたら敵わんし。ただ、羊毛刈るハサミより重いの持ったこと無いから、役に立てるか分からんが」
    「すっごく助かる。他にはいない?」
    「あ、あたしも!」
     シノンも手を挙げる。
    「ゼロに教えてもらった人たちの中だったら、あたしが一番、魔術をうまく使えるもん!」
    「うん、君にはお願いしようと思ってた。嬉しいよ、シノン」
     3人集まったところで、他の村人たちも続き始めた。
    「俺も行っていいか?」
    「わ、わたしも!」
    「あー、と。やる気になってくれてすごく嬉しい。嬉しいんだけど」
     が、そこでゼロが両腕で☓を作る。
    「あんまり多過ぎてもダメなんだってば。人数が多いとバケモノに気付かれちゃう危険が大きくなる。
     僕はあくまでも、バケモノをこの村から追い払いたいんであって、無理にバケモノを見付けて殲滅(せんめつ)する気は無いんだ。今はまだ、そこまでできそうにないし」
    「う……、そうだよな」
    「タイムズ、理想は何人くらいなんだ?」
     尋ねられ、ゼロは即答する。
    「僕も含めて、5人が限度。ゲートとフレンとシノンは連れてくつもり。
     あと一人、腕っ節に目一杯自信があるって人がいてくれたら嬉しい」
    「そんなら俺の出番だな」
     と、手を挙げていた村人たちの中から、黒い毛並みをした、筋骨隆々の狼獣人の男性が一歩、前に出る。
    「このメラノ様は腕自慢で通ってる。その力、あんたに貸してやるぜ」
    「大助かりだ。よろしく、メラノ」
     こうして南の鉱床へ向かうメンバーが決まり、他の村人たちはそれを支援することになった。

     その準備を進めるため、村中で作業が進められた。
    「タイムズさーん、馬は2頭でいいー?」
    「ありがとー、十分だよー」
     南までの道を行く馬車を用意する村人たちに手を振りつつ、ゼロは付いてきたゲートとシノンに計画を説明する。
    「元々南の村にいたリズさんたちから聞いた話だと、鉱床は村からさらに南、大きな山の麓にあるって話だ」
    「その山なら知ってる。『壁の山』だな」
     そう答えたゲートに、シノンが続く。
    「誰もその向こうを見たことが無いって言う、あれ?」
    「そう、それだ。あれが世界の端っこだなんて言う奴もいるが、真相は未だ謎。
     他には死後の世界と俺たちの世界とを隔ててる境目だとか、あの向こうはずっと壁が続いてるだけだとか、色々言われてる」
    「何があるにせよ」
     ゼロはそう返し、にこっと笑う。
    「いつかあの向こう、見てみたいね」
    「ん?」
    「もしも僕たちがバケモノを全部倒しちゃって、どこまでも自由に行けるようになったら、きっとその謎も解き明かせるはずさ。
     海だってきっとそうだ。これも聞いた話だけど、海にもバケモノがいるらしいね」
    「うん。あたしも人から聞いただけだけど、でっかいタコとか、ながーいヘビとか」
    「それもきっと、僕たちは倒せる。倒して、その向こうに行くんだ。
     楽しみだろ?」
     そうゼロに問われ、二人は顔を見合わせる。
    「……そんなこと、考えもしたこと無かったな」
    「うんうん。でも、……行ってみたいね。山の向こうとか、海の向こうとか」
     二人の顔にわくわくとした色が浮かんでいるのを見て、ゼロもにっこりと笑った。
    「すべては、近隣のバケモノ退治がうまく行ってからさ。
     さ、次はお弁当作りしてるところに行こう。美味しく出来てるか、味見もしたいし」
    「あはは……」
    琥珀暁・南旅伝 1
    »»  2016.07.21.
    神様たちの話、第15話。
    寒くて温かい旅路。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。
    「さむ……」
     ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。
    「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」
     御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。
    「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」
     フレン自身ももこもこと重ね着しながら、自分のところで作ったマフラーや帽子を袋から取り出す。
    「手袋あるか?」
     尋ねたメラノに、フレンがごそごそと袋に手を入れながら応じる。
    「あるぜ。耳当てはどうする?」
    「欲しい。尾袋は?」
    「大きめのが欲しい」
    「あるある。アンタみたいなフサフサめの尻尾でも十分入るぜ、メラノの旦那」
    「おう、助かる」
     と、二人のやり取りをぼんやり眺めていたゼロが、ぼそっとつぶやいた。
    「尾袋って言うのもあるのか……」
    「何言ってんの? そりゃあるって」
     それを聞いていたシノンが、けげんな表情になる。
    「無かったら『猫』とか『狼』とかの人、凍えちゃうよ」
    「それもそうだ。いやさ、前に僕がいたところには、あーゆー感じの耳や尻尾を持ってる人がいなかったって話、したよね」
    「そう言ってたね」
    「だから、あーゆーのも見たこと無くって」「ゼロ」
     ゼロの話をさえぎり、シノンが口をとがらせる。
    「もしかして、まだ村に馴染んでないの?」
    「えっ?」
    「ゼロの話の半分、前にいたとこの話なんだけど」
    「そうだっけ」
    「そーだよ。それともさ、村が好きじゃないの?」
     そう尋ねたシノンの頭を撫でながら、ゼロはこう返す。
    「もし村のことが好きじゃなかったら、こうして寒い中、バケモノがいるってところにわざわざ行こうなんて思わないよ」
    「……だよね。でも、やっぱり村の話、少ない気がする」
    「んなことねーって」
     話の輪に、ゲートが入ってくる。
    「最近のこいつ、俺と会う度に村の話ばっかしてんだぞ。リンのばーちゃんが畑を耕すのを手伝ったとか、ロニーが逃がした馬を一緒に追いかけたとか、よくもまあそんなに色々、人助けしてるもんだよなって思うよ。
     ま、実を言うと村の話って言うより、お前の話の方が多めなんだけどな」
    「ちょ」
     顔を赤くするゼロに構わず、ゲートはゼロから聞いたシノンの話を、彼女に聞かせる。
    「料理、苦手って聞いたけど本当か?」
    「え、そんなこと言ってた?」
    「フレンからもらった肉、焦がしたって」
     それを聞いて、シノンはゼロの耳をつねる。
    「ちょっと、ゼロ! 言わないでよ、もお!」
    「ごめんごめん」
    「あと聞いたのは、同じくフレンからもらった毛糸で編み物したけど、手触りがゴワゴワ、チクチクしてて痛かったって」
    「それも言ったの!? やめてよぉ」
    「おいおい、俺から贈ったヤツ、全部ダメにしてんじゃねーだろーな?」
     フレンも渋い顔をして、話に加わる。
    「もしかして、こないだのヤツもか?」
    「あ、いやね、その話はあくまで、『一緒に住み始めた頃は』って前置きしたんだよ」
     ゼロは苦笑しつつ、弁解する。
    「今はとっても美味しい料理を出してくれるし、今被ってる帽子だって、シノンが作ってくれたものなんだ。ほら、ふかふかだろ?」
    「ああ、そうだったのか。道理で見覚え無いと思った。上手いじゃん」
    「えへへっ」
     フレンにほめられ、シノンは嬉しそうにはにかむ。
    「今夜のご飯も頑張っちゃうよ。楽しみにしててねっ」
    「いいねぇ、若奥様の手料理か」
     ニヤニヤしながらそう返したメラノに、ゼロは顔を赤くしてうつむき、一方でシノンも、恥ずかしそうに笑った。
    「……えへへー」
    「ってかな、話を戻すとだ」
     と、ゲートが続ける。
    「俺もそこそこ、ゼロとは親しくしてるつもりだけど、こいつの故郷の話は数えるくらいしか聞いてないんだ。
     それを聞けるってことは、やっぱお前に、自分のことを知ってほしいと思ってるんだよ」
    「そっか、……そうだよね」
    「相思相愛だねぇ、お二人さん」
     フレンに茶化され、ゼロとシノンは、今度は揃って顔を赤くした。
    琥珀暁・南旅伝 2
    »»  2016.07.22.
    神様たちの話、第16話。
    「知る」を知る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。
    「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」
     ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。
     そしてゼロも、それに応じた。
    「大丈夫、大丈夫。準備するからちょっと待ってて」
     そう言って、ゼロは持ってきた青銅のスコップで、辺りに円を描く。
    「その間にご飯の準備もお願い」
    「はーいっ」
     シノンがにこにこと笑いながら、馬車の中から道具を取り出す。
    「俺は馬を見とくよ」
     ゲートも馬車に戻り、馬たちにえさをやり始める。フレンとメラノもかまどを作るため、周りの石や枝を集めに行った。
     その間にシノンが箱を抱えて馬車から戻り、ゼロに声をかける。
    「ここ、置いていい?」
    「いいよ。円の中なら大丈夫」
    「それも魔術?」
     尋ねたシノンに、ゼロはスコップを肩に担ぎながらこう返した。
    「そう。どんな術か、分かるかな? こないだ教えたところだけど」
    「んーと」
     シノンは箱を地面に置き、ゼロが引いた円と線、文字を観察する。
    「これはー、……火の術?」
    「そう」
    「効果範囲は、この円の内側」
    「うん」
    「効果は、燃やすとか火が出るとかじゃなくて、空気をあっためる?」
    「正解。時間も設定してるけど、どのくらいか分かる?」
    「えーっと、半日と、それと8時間?」
    「足して、足して」
     苦笑するゼロにそう言われて、シノンは指折り数えて答える。
    「20時間」
    「ばっちり。それくらいなら朝まで持つ」
    「でもゼロ、ここに時計無いよ? 明日の朝まで大丈夫って、どうして分かるの?」
    「多少曇ってるけど、日が落ちるのは後30分ってところだ。村での最近の日没時間は、おおよそ14時を20分くらい過ぎた辺りだった。まだ村を離れてそんなに経ってないし、日没の時間は同じくらいだろう。
     と言うことは――結構おおまかな計算になるけど――今の時刻は14時ちょっと前くらい。保温時間が20時間なら、明日の10時まで大丈夫ってことになる」
     ゼロの説明を聞き、シノンはぱちぱちと、楽しそうに拍手する。
    「そっかー。やっぱりすごいね、ゼロは」
    「そんなにすごくないさ。使ったのは魔術の基礎だし、後は観測と、簡単な算数の結果ってだけ」
    「それができるのが、すごいんだよ」
     シノンは唇をとがらせ、こう続けた。
    「あなたが簡単だって言ってること、5ヶ月前には誰にもできないことだったんだよ。時間を計ることも、一日の昼と夜がどれくらい続くのかって知識も、魔術のことも。
     それを教えてくれたのは、全部、あなた」
    「……うん、そうだったね」
     スコップを地面に差し、ゼロは肩をすくめる。
    「僕が、全部。何もかも」
    「そう、全部。あなたのおかげで、あたしたちは賢くなれた。あたしたちは、『知れた』」
     シノンはゼロに近付き、ぎゅっと抱きついた。
    「あなたはそう呼ばれたくないって何度も言ってるけど、やっぱりあたしたちには、あなたが神様だよ。
     あなたはこの先もきっと、あたしたちをもっと賢くしてくれる。あたしたちはもっと、色んなことを知られるようになる。……よね?」
     耳元で尋ねられ、ゼロはシノンを抱きしめ返して答えた。
    「勿論だよ」
    「何がだ?」
     と、いつの間にか背後に立っていたゲートが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
    「わあっ!?」「きゃっ!?」
    「なんだよ、今更愛の告白でもしてたのか?」
    「いや、そう言うのじゃなくて、……ああ、まあいいや」
     ゼロはシノンに抱きつかれたまま、ゲートに顔を向けた。
    「もうそろそろフレンとメラノが戻ってくる頃だし、座る場所作ろっか」
    「おう。……で?」
     そう尋ねたゲートに、ゼロたちはきょとんとする。
    「なに?」
    「二人とも、いつ離れるんだ? まさか抱き合ったまま料理も食事もするのか?」
    「……あはは」「……えへへ」
     二人は照れ笑いを浮かべながら、急いで離れた。
    琥珀暁・南旅伝 3
    »»  2016.07.23.
    神様たちの話、第17話。
    夜の番。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。
     しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。
    「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」
    「ああ、普通に美味い」
     フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。
    「ありがとっ」
    「だけどゼロ」
     と、ゲートが不安そうに辺りを見回す。
    「夜はどうするんだ? この辺りはぱーっと開けてるから、もしバケモノどもが近くまで来たら、ここにいるのが丸分かりだぞ」
    「交代で見張りをしよう。もし何か異状があったら、僕を起こしてくれ」
    「分かった」
    「5人いるから、夜は常に3人眠って、2人起きて見張りで。その間の時間を計れるように、こう言うのも作ってる」
     そう言って、ゼロは木とガラスでできた、ひょうたん状の筒を箱から取り出した。
    「中に水と油が入ってて、引っくり返すと当然、油は上に、水は下に動く。水が全部落ち切るまで、2時間かかるように作ってある。つまりこの道具で2時間計れる。
     これを一回引っくり返すごとに、1人ずつ交代しよう。で、順番はどうしようか?」
     ゼロがそう尋ねたところで、フレンが毛糸を懐から取り出す。
    「くじならすぐ作れるぜ」
    「じゃ、それで行こう」
     5人はくじを引き、最初にゼロとメラノが見張りをすることが決まった。
    「これからの旅路を考えれば、できる限り疲れを溜め込みたくない。大分早いけど、シノンとゲートとフレンはもう寝てて」
    「分かった」

     シノンたちが眠ったところで、メラノがゼロに声をかけてきた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
    「変なこと聞くようだが」
     そう前置きされ、ゼロはぎょっとした顔をする。
    「変なこと聞かないでよ」
    「あ、いや、単にだ。シノンと仲いいよなって話なんだ」
    「ああ、うん、まあね」
     恥ずかしそうに答えたゼロに、メラノは続けてこう尋ねた。
    「前にはいなかったのか?」
    「って言うと?」
    「彼女とか、奥さんとか」
    「いや、シノンが初めて。前いたところでは、僕は勉強と研究と趣味にしか打ち込んで無かったから」
    「趣味?」
     メラノに尋ね返され、ゼロは上を指差した。
    「天文学」
    「て……ん……、なんだって?」
    「星とか、月や太陽の動きを見るのが好きなんだ」
    「ほー……? そんなもん見て、何が楽しいのか分からんなぁ、俺には」
    「あはは、良く言われる」
     あっけらかんとしているゼロに、メラノも相好を崩した。
    「お前のことを変な奴だって言うのと、いやすごい奴だ、神様だって言うのとがいるが、やっぱり俺には、あんたは変な奴にしか思えん。
     いや、勿論あんたが色々やってくれてるおかげで、村の暮らしが良くなってる、良くなりそうだってことは分かってるし、感謝もしてる。
     ただ、それを差し引いてもやっぱり変だ」
    「そんなに?」
     肩をすくめるゼロに対し、メラノは腕を組み、深々とうなずいて返す。
    「ああ。何よりも俺が変だって思うところはだ。そのヒゲ面だな」
     そう言われて、ゼロは自分のあごに手をやる。
    「やっぱりちょっとくらい整えた方がいいかな」
    「って言うか剃れよ。似合わん」
    「そっかなぁ。シノンはかっこいいって言ってくれたんだけど」
    「あいつにしてみりゃ、お前の何でもかんでもがかっこいいんだろ。ベタぼれだしな。
     だけどシノンもすっかり変わったぜ。お前が来る前までは、あんなに明るい奴じゃ無かったんだがな」
    「え?」
     意外そうな顔をしたゼロを見て、メラノはくっくっと笑う。
    「まさかって顔すんなよ。お前もあいつが村に来た経緯は知ってんだろ?」
    「……ああ、まあ。聞いたよ」
    「来てすぐ、周りから散々言われたから、相当参ってたんだろう。始終うつむいててよ、家から出て来ない日すらあったんだぜ?
     何なら他の奴にも聞いてみたらどうだ?」
    「……いや、いいよ。過去の話はあんまり」
    「そっか。……っと」
     話している間に水時計の中の水がすべて下に落ち、2時間経ったことを示した。
    「次はフレンだったな」
    「うん、呼んでくるよ。それじゃおやすみ、メラノ」
     ゼロはぺらぺらとメラノに手を振り、馬車の中に入った。
     フレンが来るまでの、一人になったそのわずかな間に、メラノはぼそ、とつぶやいていた。
    「ヨメさんの悪い話してもけろっとしてやがる。本っ当に怒らねーな」
    琥珀暁・南旅伝 4
    »»  2016.07.24.
    神様たちの話、第18話。
    予定の遅れ。

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    5.
     南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。
     そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走っていた。
    「念のために、食糧を多めに持ってきてて正解だった。……それでもこれ以上時間をかけたら、帰れなくなっちゃうけど」
    「怖いこと言うなよ。このまま全員飢え死に、凍え死になんて、冗談にもなりゃしない」
     御者台に着いていたゼロの言葉に、横に並んで座っていたフレンが苦笑する。
    「俺が死んだら、かわいい羊たちは全部路頭に迷っちまうぜ」
    「そりゃ羊たちが可哀想だ。何としてでも帰らなきゃ。……そう言えばフレン」
    「ん?」
    「奥さんとかいる?」
    「いや、独り者だ。残念ながらモテないもんでね」
    「へえ? 渋いおじさんと思ってたけど」
    「思われてたんなら、俺にとっちゃ不本意だな」
     フレンはふーっとため息をつき、憮然とした目を向ける。
    「俺はまだ、おじさんってほどじゃない。コレでも若いんだぜ、俺」
    「あれ、フレンって今、いくつ?」
    「いくつって?」
    「年齢、……って言っても、そうか。暦(こよみ)――今が何年ってことも、定めてないんだもんな。
     帰ったらそれも決めないとなぁ」
    「色々やるコトだらけだな。……何もかもが変わっていくな」
     不意にそんなことを言い出したフレンに、ゼロはきょとんとする。
    「って言うと?」
    「お前が来る前まで、やるコトなんてそんなに無かった。
     俺は羊を飼って、ゲートは畑に行って、シノンは山菜取って、メラノは狩りに行って。いっぱい取れたら交換できないか、市場に持ち寄って。
     ずっと、ずーっと、何日も、何十日も、何百日も、その繰り返しだった。それ以上の変化も無く、ずーっと。
     それを打ち破るのは、バケモノだけ。バケモノが突然襲ってきて、全部食い荒らして、そこから逃げて、そしたらまた別の村で、同じような日々の繰り返し。
     俺もいつかは羊と一緒にバケモノに食われておしまい。そうなる前に奥さんもらって子供作って、……って思ってたんだが、何かお前が来てから、それどころじゃ無くなったって言うか、他のことばっか考えてて、そんなヒマ無いって言うか」
    「ごめんね。今だって、こんな南の方まで連れて来ちゃって」
     謝るゼロに、フレンはニヤッと笑って返す。
    「構わんよ。同じコトを言うようだが、同じ日々の繰り返しから、アンタは解放してくれたんだ。危険や困難はあれど、今までに無い経験ばっかりしてる。
     こんな楽しいコトは、コレまで一度も無かった。感謝してもし足りないよ」
    「そう言ってくれれば、ほっとする。僕自身もこの寒々しい旅に参ってきそうだったんだ、実は」
    「だと思ったぜ。この10日、奥さんと二人っきりになれないってのは辛いだろうしな」
    「いや……、まあ、それも無くは無いけど」
     ゼロはくる、と振り返り、馬車の中で毛布にくるまって眠るシノンをチラっと見て、前に向き直る。
    「蒸し返すようだけど、予定がずれ込んできてるせいで、食糧が心細くなってきてる。帰りも同じくらいかかるとなれば、馬が危ないかも知れない。
     冗談やからかいじゃなく、命の危険がじわじわ迫ってきてる。その上、ゲートも何度かこぼしてたけど、いつバケモノが狙ってくるかって危険も、依然として続いてる。
     これで不安にならなかったら、頭がおかしいよ」
    「違いないな、ははは……」
     一笑いして一転、フレンの顔が曇る。
    「……あと、何日かかる?」
    「計算では2日。どれだけ難航しても、流石に明日には村に到着する。そこからもう1日で、鉱床に行けるはずさ」
    「帰りはどうする? 村で食糧がもらえりゃいいが」
    「多めに原料を掘って、村で交換してもらおう。バケモノのせいで掘りに行き辛くなってるだろうから、きっと喜んでくれるよ」
    「なるほどな。流石……」
     と、フレンが話を止め、猫耳をぴくぴくと動かす。
    「どうしたの?」
    「なあ、自分のコトだからピンとは来ないんだが――猫獣人ってのは、他のヤツが気付かんような物音や匂いやら、そう言うのにいち早く気付けるらしいんだ。
     ゼロ、お前今の、グオーってのは、……聞こえなかったか?」
    琥珀暁・南旅伝 5
    »»  2016.07.25.
    神様たちの話、第19話。
    吹雪の中の接触。

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    6.
     ゼロの顔から、笑みが消える。
    「……どっちから?」
    「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」
    「どれくらいで接触しそう?」
    「多分、そんなにかからん」
    「何頭いそう?」
    「1頭だけっぽい」
    「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」
     そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光る板を取り出した。
    「ちょっと場所替わって。目視できた瞬間に攻撃したい」
    「お、おう」
     御者台の左側に座っていたフレンと場所を替わり、ゼロは呪文を唱え始めた。
    「……***……***……、準備できた。馬を慌てさせないようにしてて」
    「ああ」
     やがて吹雪の音に混じり、確かに獣のような、グオオオ……、と言ううなり声が近付いて来る。
    「……来た!」
     ゼロは板を掲げ、叫んだ。
    「『ファイアランス』!」
     次の瞬間、炎の槍がぼっ、と音を立てて、馬車の左へと飛んで行く。
     間を置いて、それまで切れ切れに聞こえていたうなり声が、きゃひんと言う、泣いたようなものに変わる。
    「当たったか!?」
    「うん。でもまだ近付いて来る。
     シノン、起きて!」
    「おっ、起きてるよっ!」
     膝立ちの姿勢で、シノンが寄ってくる。
    「こっちに来て手伝って! 左にバケモノだ!」
    「分かった!」
     わずかに村に残っていた原料で作られた杖を手に、シノンも戦いに加わる。
    「『ファイアボール』!」
     先程の、ゼロが放ったものと比べて幾分小さい火球が、同じように吹雪の中へ飛んで行く。
     しかし飛んで行って数秒経っても、何の反応も返って来ない。
    「……当たってないっぽいね」
    「って言うか、聞こえなくなった?」
     3人、息を殺して気配を探るが、既にうなり声も、泣くような声も聞こえない。
    「……ひとまず、撃退したって感じか」
    「みたいだね。ごめん、寝てたのに」
     小さく頭を下げたゼロに、シノンはふるふると首を振る。
    「ううん、危なそうだから一応、起きてたよ」
    「そっか」
     そのままシノンの肩を抱き、頭を自分に寄せたゼロを横目で眺めつつ、フレンがこぼす。
    「独り者にゃ目の毒なんだがねぇ。オマケに御者台の定員は2人なワケだし」
    「あ、ごめん」
     離れようとしたシノンに、フレンは手をぱたぱたと振って制止する。
    「俺は気疲れしたから休むわ。またどっちか疲れたってなったら、交代するよ」
    「はーい」

     やがて吹雪も止み、雲間からチラホラと日が差し始めた。
    「わあ……、きれい」
     その光景を見て、シノンが嬉しそうな声を上げる。
    「でもオレンジ色がかってきてる。もう日が暮れそうだ」
    「早いね、日が暮れるの」
    「冬だからね。まだ短くなるはずだよ」
     ゼロの言葉に、シノンは目を丸くする。
    「そうなの?」
    「バケモノ対策とか色々あったから、最近は細かい観測ができてないけど、もうあと3週間もすれば、冬至――一年の中で一番、昼が短い日が来るはずだ。
     でね、考えてたんだけど、その日を一年の始まりにしようかって思ってるんだ」
    「始まり?」
    「そう。その冬至の日を、暦の始まりにしようと思ってるんだ。
     ちゃんとそれを決められて、1年を計れるようになったら、僕たちの村は、いや、世界は大きく変わる。『歴史』を作れるようになるんだ」
    「レキシ?」
    「人が生きた、証だよ。今は誰がいつ、何やったかなんて、生きてる内の分しか覚えられないし、その間しか認識できない。
     でも紙に、何年何月に何があったって書き留めて保存しとけば、きっとずっとずっと未来の人にだって、僕たちがどんな生き方をしたかって言うことは、伝えられる。
     僕たちも、僕たちがやったことも、誰かに憶えていてもらえるんだ」
    「……」
     ぎゅっと、シノンがゼロの袖を握る。
    「あたしが生きてきたことも、憶えててもらえるの?」
    「勿論さ。僕が死んで、君が死んだその後も、紙に書いておけば、僕たちのことを、ずっとずっと憶えててもらえる」
    「……いいね。考えるだけで、楽しい」
     シノンは嬉しそうにつぶやき、ゼロに寄りかかった。
    「あたしのことも、ゼロのことも。ゲートやフレンや、メラノのことも。
     みんな、憶えていてくれますように」
    「……ああ。僕も、願うよ。みんなのことを、後のみんなが憶えていてくれることを」
     ゼロも自分の頭をシノンの頭に乗せ、そう返した。

    琥珀暁・南旅伝 終
    琥珀暁・南旅伝 6
    »»  2016.07.26.
    神様たちの話、第20話。
    惨劇の名残。

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    1.
     ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。
     だが――。
    「こ、……こりゃあ」
    「ひでえな……!」
     村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。
     家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。
    「襲われた、……か」
    「血も乾いてるし、足跡もカチカチだ。襲われてから2日か3日以上経ってるみたいだね」
     唖然とする一同に対し、ゼロは冷静を装った口ぶりで、状況を分析している。
    「でも村の人は全員やられたってわけじゃ無さそうだよ。
     服とか毛布とかが残ってない家がチラホラある。バケモノたちがそんなの食べるわけ無いしね。
     それにほら、バケモノの足跡に混じって、靴っぽい足跡もあっちこっちに付いてる。大半が東の方に向かってるから、何人かはきっと生き残ってるさ。それに、えーと」「ゼロ」
     まくし立てるようにしゃべり続けていたゼロに、シノンが抱きついた。
    「分かってるよ。あなた、すごく戸惑ってるし、それにとっても悲しんでるってことも」
    「え? ど、どう言う意味かな」
     震えた声でそう返したゼロに、シノンは涙混じりの声で返す。
    「あなたが悪いんじゃない。あたしたちは全速力でこの村に来たんだもん。それでも間に合わなかったんだから、どうしようもなかったんだよ」
    「……し、シノン。いや、……僕は、……その、僕は、……ぐっ」
     ゼロはまだ何か言おうとしたが、やがてシノンの頭に被せるように顔をうつむかせ、そのまま黙り込んだ。

     ゼロたち一行にとっては幸いなことに、バケモノの姿も村跡には無かった。
    「とりあえず、ゼロのことはシノンに任せとこう」
    「ああ。俺たちじゃ何言ったって、耳に入りゃしないだろうからな」
     ゲートとフレンは食糧や使える資材が無いか、辺りを確かめることにした。
    「メラノの旦那は?」
    「見回ってもらってる。もしバケモノがまた来たりなんかしたら、今のヘトヘトな俺たちでどうにかできるか分からんし。ゼロはまだ立ち直ってないだろうしな」
    「言えてるな」
     瓦礫を転々と回り、どうにか無事に残されていた野菜や果物を袋2つ分ほどかき集めたところで、メラノが戻って来た。
    「とりあえず辺りにバケモノらしいのは見当たらねえ。多分大丈夫だ」
    「ありがとよ、旦那。んじゃゼロの気分が良くなったら、結界張ってもらおう」
    「おう。……っと、来た来た」
     3人で固まっているところに、ゼロとシノンも入ってくる。
    「ごめんね、みんな。もう大丈夫」
     ゼロは、口ではそんな風に言ってはいるものの、未だ顔色は悪い。
    「それが大丈夫って面かよ。お前のヒゲといい勝負ってくらい真っ白じゃねえか」
     単純な気質らしく、メラノがずけずけと指摘した。
    「ともかく、先にメシ食おうや。それに全員疲れ切ってるし、少しでも休めるうちに休まなきゃ、全員共倒れになっちまうぜ」
    「……そうだね。うん、君の言う通りだ」
     フレンとメラノが集めた食糧を調理する間、ゲートとシノンは、未だ蒼い顔をしているゼロに声をかける。
    「ゼロ。辛いってのは見て分かるが、それでもお前がしっかりしてくれなきゃ、この旅を無事に終わらせられない。
     まず、今後の予定を考えようぜ」
    「ああ、うん。とりあえず――僕が最初考えてた予定通りには行かなかったけど――食糧は補充できた。あれだけあれば、当初の予定プラス2日か、3日は持つだろう。
     だから今日はここで一泊して、明日の朝早くから鉱床に向かって、2日かけて原料を確保しようと思う。で、集められたらまっすぐ北に戻ろう。それならギリギリ、食糧は持つはずだ」
    「まっすぐ?」
     尋ねたシノンに、ゼロは「あ、いや」と小さく答える。その一瞬の間から、ゲートは彼が何を思っていたのかを察した。
    「ゼロ、南の村の生き残りがいるかどうか、確かめたいんだろ?」
    「……ああ。余裕があるなら、探して保護したい。それは確かに僕の希望だ。
     だけどそんなことをすれば、ほぼ確実に僕たちは、クロスセントラルに到着する前に食糧が尽きて、飢え死にしちゃうだろうから」
    「だけど俺はな、ゼロ」
     ゼロの意見に対し、ゲートはこう返した。
    「お前が人を見捨てて平然としてるようなヤツじゃないってことを、十分知ってる。
     ここで確認せずに帰ったら、お前多分、一生気になって気になって仕方無くなるんじゃないか?」
    「……僕もきっとそう思うよ」
     力なくうなずいたゼロの手を、シノンが握りしめる。
    「じゃあ行こう? あたしだって、もしそれで助かる人がいるなら、絶対行くよ」
    「でも、食糧が足りなくなる危険が……」「そう言うことなら」
     反論しかけたゼロのところに、フレンがやって来る。
    「みんなが鉱床に行ったとこで、俺が周りに何か食べ物が無いか、探してみるぜ。
     もし鉱床の方の人手が足らんってことなら、その時はそっちを手伝うが、5人もいて全員かかりっきりってこともそうそう無いだろうし」
    「うーん……」
     フレンの提案に、ゼロは考え込む様子を見せ、やがてうなずいた。
    「そうだね。往路で迷いかけたことを考えれば、復路でも同じことが起こる可能性は高い。それを考えれば、食糧は現状でも十分か怪しい。
     それを補うことを考えれば、どっちみち食糧は探さないといけないしね。頼んだよ、フレン」
    「ああ、任せてくれ。……あ、そうそう。メシできたぜ」
    琥珀暁・襲跡伝 1
    »»  2016.07.29.
    神様たちの話、第21話。
    ようやくの到着。

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    2.
     翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。
    「鉱床はどの辺りだ?」
    「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」
     小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。
    「この先が多分、鉱床かな。
     じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシノンは原料を採るのに専念する。フレンは山の方に登って、食べられそうなものを集める。メラノは僕たちとフレンのところとを回って、僕たちを手伝いつつ、フレンの無事を確保して」
    「おう」
    「んじゃ早速、見てくる」
     フレンとメラノが山を登り始めたのを確認し、ゼロたちは洞窟へと入っていった。

    「こりゃいい」
     洞窟の奥、鉱床である岩壁の前に着いたところで、ゼロが嬉しそうな声を上げた。
    「一目見て高純度だって分かるね、この石英。いい素材になりそうだ」
     ゼロは早速、持ってきたつるはしでカン、カンと岩壁を叩き、掘り出した鉱物を手に取る。
    「ほら、この水晶。向こう側が見える。相当質がいいよ」
     それを見たシノンが、ゼロと反対側から水晶を覗き見る。
    「綺麗だねー」
    「掘るのはこう言う透明なやつでいいのか?」
     尋ねたゲートに、ゼロは嬉しそうにうなずいた。
    「うん。とりあえず2時間、ここで水晶を掘り出そう。それくらい掘れば、20人分にはなるだろうから」
    「よし、やるかっ」
     ゲートが袖をまくり上げ、岩壁に向かったところで、ゼロはシノンにこう指示した。
    「僕とゲートが掘る。シノンは掘ったやつを外に運び出して。坑道は暗かったけど、君なら魔術を使えるから大丈夫だよね?」
    「だいじょぶ、大丈夫ー」
    「何かあったら大声で呼ぶんだよ。ほぼ一本道だったから、呼んだらすぐ聞こえるはずだし」
    「分かってるって。ほら、掘って掘って」
     シノンに促され、ゼロも岩壁を掘り始めた。
     掘り始めて20分もしないうちに、小屋から持ってきた荷車一杯に水晶が積み上げられる。
    「じゃ、一回持って行くねー」
    「うん、お願い」
     シノンが荷車を押してその場から離れたところで、ゲートが口を開く。
    「なんつーかさ」
    「ん?」
    「シノンも子供じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいと思うんだが」
    「あー、うん。分かってるんだけどね、頭では」
     弁解しつつ、ゼロはこう続ける。
    「でも何か、構いたくなるって言うか、気になるって言うか」
    「はは、言えてる」
    「それに、あんなのを見た後だから、心配になっちゃって」
    「あんなの、……ああ」
     廃墟と化した村を思い出し、ゲートは小さくうなずく。
    「この辺りにゃもう見当たらんとはメラノも言ってたが、それでも不安だよな」
    「うん。それに生兵法は怪我の元とも言うし」
    「な……ま?」
     聞き返したゲートに、ゼロは岩壁を掘り続けながら説明する。
    「聞きかじったことをすぐに実践しようとすると、大抵ろくなことにならないって意味だよ。
     シノンはきっと、僕から学んだ魔術をバケモノ相手に試してみたくて仕方が無いと思うんだ。馬車に乗ってた時に襲われそうになったことがあったけど、その時もシノンは、勇んで魔術を放ってたしね。
     でも学んでからそんなに間も無いし、自分の魔力が限界になるまで使い続けたことも無いだろうし、彼女が魔術を使い慣れてるかどうかって考えると、はっきり言えばまだ怪しい。
     今のところ可能性としては微々たるものだと思うけど、もしもバケモノが戻って来て、シノンがそれに出くわしちゃったりなんかしたら、きっと良くない結果になる」
    「……なるほどな」
     とは言え、この時は杞憂だったらしく、シノンが空になった荷車を運びながら、ゼロたちの元へと戻って来た。
    「運んできたよー」
    「ありがとう、シノン。……そろそろメラノが来てもいい頃だと思うんだけど、ちょっと辺りを探して来てもらってもいいかな?」
    「はーい」
     そのままくるんと踵を返したシノンに、ゼロが付け加える。
    「あ、山に登らなくていいから。周りにいなきゃ、そのまま戻って来て」
    「分かったー」
    琥珀暁・襲跡伝 2
    »»  2016.07.30.
    神様たちの話、第22話。
    人では敵わぬモノ。

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    3.
     ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
    「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
     そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
    「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
     結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
     しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
    「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
     シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
     と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
    「……え?」
     その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
    「……う……あ……」
     フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。

    「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
     前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
    「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
     そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
     しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
    「バケモノだ! 上にいやがった!」
    「あ、えっ、あのっ」
    「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
    「え、じゃ、えっと」
    「逃げろ!」
     メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
     それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
    「ひっ……」
     立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
    「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
     横で怒鳴っていたメラノが、消える。
     呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
    「あ……ひ……やあっ……」
     シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
     やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
    「……い……や……」
     一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
    「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」

     目の前が暗くなる。
    「……っ」
     双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
    「来たよ」
     だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
    「まだ大丈夫?」
     ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
    「……ぜ……ろ?」
    「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
     背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
    「そこでじっとしていて」
    「う……うん」
     うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
    「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
    「……」
     シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
     そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。

     双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
    「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
     対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
    「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
     君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
     ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
    「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
     ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
    「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
     今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
     僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
     ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
     そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
    「欠片(ビット)一粒残らず燃え尽きろ――『ジャガーノート』!」
     次の瞬間、ばぢっ、と奇怪な音を立てながら、双頭狼の背中がぱっくりと割れ、火を噴き上げた。
    琥珀暁・襲跡伝 3
    »»  2016.07.31.
    神様たちの話、第23話。
    喪失。

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    4.
     双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。
    「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」
     ゼロは魔杖をぽい、と捨て、手をバタバタと振って、焦げかけた手袋を冷ます。
    「落ち着いてきたら構文を書き直さなきゃ、危なっかしくて使えないよ。
     ……っと、シノン。大丈夫?」
     ゼロがくる、と振り返り、シノンと目が合った途端、シノンは泣き出してしまった。
    「ぜっ、……ゼロぉぉ」
    「うん、出血も止まってるみたいだね。あんまり深い傷じゃ無さそうだ」
    「きっ、きず、っ、て」
     嗚咽を上げながら尋ねたシノンのほおを、ゼロが布で優しく拭く。
    「言いにくいんだけどね、びっくりしないで聞いて欲しい。
     シノン、さっきのヤツに引っかかれたみたいだよ。右のほおに、爪痕が着いちゃってるんだ」
    「……えっ」
     言われて、シノンは自分のほおに手を当てる。
    「……あ」
     確かにびりっとした、突き刺さるような痛みがある。手のひらにも、べっとりと血が付いていた。
    「ごめんね。僕がもう少し早く、君が戻って来ないことに気が付いていれば、……メラノやフレンはともかく、君を傷付けさせることはさせなかったのに」
    「……ううん、助けて、くれたもん。ありがと。
     それで、……その、……メラノと、フレンは?」
    「これも、……言いにくいことなんだけど、その、一言だけ言うとね、……絶対、振り返っちゃダメだよ」
    「……っ」
     シノンは自分の足元を見て、自分のものでは無さそうな大量の血の跡が、雪道に残っていることを確認する。
     そのまま、その血の跡を目でたどろうとしたが、ゼロが彼女の目に手を当て、こう続けた。
    「見ちゃダメだってば」
    「……わか、った」
     背後の惨状を察し、シノンは目を覆われたままうなずいた。

     と――。
    「勝手に、殺すな……」
     うめくような声が、前方から聞こえてくる。
    「フレン?」
    「おう……」
     恐る恐る尋ねたシノンに、フレンの声が応える。
     ゼロが手を離したところで、顔を真っ青にしたフレンが、ガタガタと震えながら歩いてくるのが見えた。
    「生きてたの?」
    「ああ。いきなり背後から襲われたんだが、俺はどうにか山肌を滑り落ちて逃げた。
     メラノの旦那が叫んでる声がしたから、多分戦ってたんだと思うが、……あの様子じゃ、太刀打ち出来なかったみたいだな」
    「……」
     ゼロは答えず、シノンの肩をぎゅっと抱きしめた。



     メラノを失うと言う大きな痛手はあったものの、残った4人で2日間採掘と食料確保に努め、どうにか木箱2つ分の原料と袋4つ分の食糧を確保することができた。
    「じゃあ、出発するぜ」
    「うん」
     フレンが馬に鞭をやり、馬車を動かす。
    「最初の予定を変更して、近くに生き残りはいないか探す。それで良かったな?」
    「ああ」
     ゲートの確認に、ゼロは小さくうなずく。
    「……ごめんね」
     そうつぶやいたゼロに、シノンが尋ねる。
    「どうしたの?」
    「メラノに。助けてあげられなかったし、ちゃんとお墓も作れなかった」
    「おはか?」
    「亡くなった人が、あの世で安らかに過ごせることを願うためのものだよ」
    「あのよ?」
    「……ごめん、シノン。説明するには、ちょっと疲れたよ」
    「うん、また今度、聞かせて」
    「ああ」
     話しているうちに馬車は鉱床から遠く離れ、ふたたび真っ白な平原の中へと踏み込んでいった。

    「……」
     馬車の中の空気は重い。
     これまで明るく振舞っていたゼロが一言も発さず、ずっとうつむいたままでいるからだ。
    「……あのよ、ゼロ」
     耐えかねたらしく、ゲートが口を開く。
    「なに?」
     応じたゼロの声は、普段とは打って変わって沈んでいる。
    「お前の気持ちは分かる。……とは、言えない。きっとお前は、俺やらフレンやら、シノンが思っているよりずっと、強い決意でみんなを守ろう、みんなを助けようと思ってるだろうしな。
     だけど、そりゃ無茶ってもんじゃないのか?」
    「……」
     ゼロは答えず、真っ赤に腫れた目だけを向ける。
    「いや、お前には無理だとか、そんなことを言うつもりじゃない。お前はすげーヤツだ。俺たちの想像をはるかに超える、ものすげーヤツだってことは分かってるつもりだ。
     でも――俺なんかがこんなこと言ったって意味無いだろうが――何にだって限界はあるもんなんじゃないか?」
    「……」
    「いや、つまりさ、俺が何を言いたいかって言うとだな」「みんなでやろ、ってことだよ」
     しどろもどろになり始めたゲートをさえぎり、シノンが話を継いだ。
    「ゼロ、何でもかんでも一人で抱え込みすぎだもん。ゼロのすごさはあたしもゲートも知ってるけど、ゼロが繊細な人だってことも、同じくらい知ってるよ。
     だからさ、一人でああしよう、こうしようって突っ走らないで。あたしにできることはあたしに任せて。ゲートにできることはゲートに任せたらいいんだし」
    「……」
     ゼロはシノンにもゲートにも目を合わせず、小さくうなずいた。
    琥珀暁・襲跡伝 4
    »»  2016.08.01.
    神様たちの話、第24話。
    「もしかしたら」。

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    5.
     前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。
    「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」
     そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。
    「厳密には寒くなるって言うより、昼が短くなるって話なんだけど、まだ後10日くらい先かな。クロスセントラルに戻る頃がちょうど、一番短くなると思う。
     まあ、日照時間が短くなるんだから、実質的には寒くなるってことは間違い無いんだけど」
    「やっぱ寒くなんのかよ。んじゃ防寒具、編み直すかなぁ。尾袋使うの、もう俺だけだし」
    「……そうだね」
     しゅんとした顔になるゼロに、フレンは肩をすくめて返す。
    「あー、しょげんなって、ゼロ。重ねて言うけどさ、アイツは自分で突っ込んだんだからよ、お前が間に合う間に合わないの話じゃなかったんだって」
    「うん、まあ、……分かってるつもりだよ」
    「まあ、そんでさ。もうひとつ気になるのは、もっと寒くなるってのに、生き残りなんかいるのかなって、さ」
    「それは、……考えてないわけじゃない」
     ゼロは表情を堅くし、フレンから目をそらす。
    「確かに徒労かも知れない。見付けてみたら手遅れだ、なんてことは十分に有り得ることだ。
     でももしかしたら、万が一、そう言う可能性も捨てきれない。僕たちが行くことで助けられる命があるかも知れない。
     それに、……話を蒸し返すようだけど、……僕はやっぱりこれ以上、人が死ぬのは見たくないんだよ」
    「そりゃ、俺もだよ。ま、変なコト言っちまったけども、俺もアンタと同じ気持ちだ、同じ意見だってコトを強調したかったんだ。
     見付けられるといいな、生き残り」
    「……うん」
    「で、ゼロ」
     フレンはどこまでも続く雪原を見回し、こう尋ねた。
    「当てはあるのか? まさか勘だのみだったり、バケモノの鳴き声を頼りにしたり、なんてバカなコトは言わないよな?」
    「ああ、勿論さ。ちゃんと考えてある。
     南の村跡を探って、村の人たちがどこへ向かったか、足跡とかである程度の見当は付けてる。その方向から、目立ちそうな木とか川とか、村の人が目印にしそうなものを追って行く感じで進もうと思ってる。
     だからフレン、まずは川まで進んでみよう」
    「おう、分かった」

     ゼロの指示通り、馬車はまず、南の村跡の近くにあった川まで進み、そこから川に沿って北東へと進んだ。
    「もし見付からなくても、この方向ならクロスセントラルに近付けるからね。無駄骨を折るようなことにはならないさ」
    「なるほどな」
     その日は吹雪も無く、一行は遠くまで見渡すことができた。
     しかし地面は一面雪で覆われており、人の足跡などは見当たらない。
    「あるのは、鹿やトナカイなんかの足跡ばかり、……か」
    「ダメ元なんだからよ、気ぃ詰めんなって」
     なだめるゲートに、ゼロは珍しく、苛立った目を向けた。
    「ゲート、どうしてそんなことばかり言うんだ?」
    「ん、……あ、いや、気にすんなよってことで」
    「見つかってほしくないのか?」
    「いや、そうじゃねえよ。そりゃ誰か生き残りがいたら、そっちの方が嬉しいさ。……だけど、……正直に聞くけどさ、お前は見付かると思ってんのか?」
     尋ね返したゲートに、ゼロは表情を曇らせる。
    「僕は元来、楽天家な方だ。大抵の物事は自分の気の持ちようで『いいことだった』と思えるはずだ、……って思って生きてきた。
     だけど世の中は、世界はそうじゃなかったってことは、今は良く分かってる。どう捉えたって悪いことにしかならないって物事も、この世には確かにあるんだ。
     今取り掛かってることは、結果的にその一つになるのかも知れない――このまま、いもしない生き残りを闇雲に探し回って、僕たちは凍死するか、あるいはバケモノに襲われるかも知れない。そう言う考えは、確かに何度も僕の頭の中をよぎってる」
    「……」
     ゼロはゲートから顔を背け、ぼそぼそとした声でこう続けた。
    「だけど、……やっぱり、僕はどこか楽天家のままなんだろう。もう一方の『もしかしたら』を、僕は捨て切れないんだ。
     もしかしたらまだ生き残りがいて、助けを待っているんじゃないかって」
    「そうかもな」
     ゲートはぽんぽんとゼロの肩を叩き、こう返した。
    「俺だってフレンだってシノンだって、そっちの『もしかしたら』を期待してるクチだよ。だからこうやって、帰りを遅らせてんじゃねーか」
    「……うん」
     ようやくゼロが振り返り、ゲートに向かってうなずきかけた。
     と――その顔が、驚愕したものに変わった。
    琥珀暁・襲跡伝 5
    »»  2016.08.02.
    神様たちの話、第25話。
    いのり。

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    6.
    「ゲート!」
     驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。
    「な、何だよ?」
    「後ろ! あれ見て!」
    「後ろ?」
     言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。
    「あれ、って……、え、まさか?」
    「行こう!」
    「お、おうっ!」
     ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。
     その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から飛び降りた。
    「……やっぱり!」
     ゼロがばさばさと表面の雪を振り払い、その塊が人であったことを、ゲートも確認した。
    「生きてる、……のか?」
    「いや、……残念だけど死んでる。ひどくやつれてる。多分南の村からここまで、ずっと歩いてきたんだろう。
     外傷は無いから、恐らく凍死だと……」
     ゼロの説明が、途中で止まる。
    「どうした?」
    「……ゲート! 手伝ってくれ!」
    「え? 何を?」
    「下だ! 下に誰かいるんだ!」
    「……は?」
     ゼロに言われるがまま、ゲートは慌てて、二人で遺体を横にずらす。
     遺体の下には穴が掘られており、そこに顔を真っ青にした短耳の子供が2人、うずくまっているのを確認した。
    「こっちも死んでる、……のか?」
    「バカなこと言うな! 死にかけてるけど、まだだ! まだ生きてる!」
     ゼロは早口にそう返し、懐から金と紫に光る板を取り出して、呪文を唱え始めた。
    「助けてやる! 死ぬんじゃないぞ! 『リザレクション』!」
     魔術が発動された瞬間、辺りは温かな光に包まれる。
    「なん……だ? 何か……浴びてるだけで……心地良い……ような……」
     思わず、ゲートはそうつぶやく。
     そしてその感想は、子供たちにも同様であったらしい。みるみるうちに顔色が良くなり、同時にぱちっと目を開けた。
    「……おじいさん、だれ?」
    「おじさんじゃない?」
     二人に揃って尋ねられたところで、ゼロはボタボタと涙を流し始めた。
    「良かった……助けられた……!」

     念のため、ゼロたちはこの周辺に倒れていた人々の様子も改めたが、やはり生き残っていたのはこの子供たち、2人だけだった。
    「はい、お芋のスープ。すぐ冷めると思うけど、気を付けて飲んでね」
     シノンが作ったスープをごくごくと飲み干し、二人は同時にため息をついた。
    「はあ……」「おいしい」
    「ねえ、あなたたち、名前は?」
     おかわりを注ぎながら尋ねたシノンに、二人は揃って名前を名乗る。
    「わたしはヨラン」
    「ザリンです」
    「よろしく、ヨラン、ザリン。あなたたち、南の村の子だよね?」
     続けて尋ねたが、ヨランたちは揃って首をかしげる。
    「わかんない」
    「おとうさんが『あぶない』っていって、ここまでつれてこられたもん」
    「そっか」
     同じようにスープを受け取りながら、今度はゼロが尋ねる。
    「どうしてお父さんは、君たちを村から連れ出したのかな?」
    「なんか、がおーっていう、おっきないぬさんがいた」
    「おおかみだよ。おとうさん、すごくこわいかおであたしたちをひっぱってった」
     続いて、フレンが尋ねる。
    「お前ら、姉妹か?」
    「うん」
    「ヨランがおねーちゃん」
     最後にもう一度、ゼロが質問した。
    「君たちを穴に入れたのは、お父さん?」
    「うん」
    「さむいからここにはいりなさいって」
    「確かに、ああすれば子供たちだけでも助かる可能性は高まる。……でも、相当な決断だったろうな。
     自分の命を犠牲にしてでも、……か」
     ゼロはシノンにスープの器を返し、袖をめくり始めた。
    「どしたの?」
     尋ねたシノンに、ゼロはこう答えた。
    「お墓を作る。この子たちを身を挺して守った人に、敬意を払わなきゃ」
    「あたしも手伝うよ」
    「ありがとう。助かる」

     ゼロたちは川から離れたところにいくつもの穴を掘り、そこへ亡くなった人々を埋葬した。
    「墓石も立てて、……これでよし。後は、祈ろう」
    「いのる?」
    「お墓の説明した時に言っただろ? 『あの世で安らかに過ごせることを願う』って。その儀式さ」
     シノンにそう返し、ゼロは墓石の前に屈み、両掌を組んだ。
    「……」
     と、シノンもその横にしゃがみ、同じように両掌を組む。
    「こんな感じ?」
    「うん、そんな感じ。後は心の中で、この人たちの冥福を願うんだ。『どうか生き残った人たちのことは心配せず、安らかに眠っていて下さい』って」
    「分かった」
     シノンはうなずき、ゼロと共に、静かに祈る。
     そして二人に続いて、ヨランとザリンも座り込み、両掌を合わせた。
    「おやすみなさい」
    「げんきでね」
     その様子を眺めながら、ゲートとフレンも苦笑しつつ加わった。
    「元気でってのは何か違うよな……」
    「だなぁ」
     そのまま6人で、黙々と祈りを捧げ続けた。

    琥珀暁・襲跡伝 終
    琥珀暁・襲跡伝 6
    »»  2016.08.03.
    神様たちの話、第26話。
    ゼロの仮説。

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    1.
     ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。
    「ゼロが帰って来た!」
    「タイムズ、生きてたのか!」
    「みんな無事なのか!?」
     村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。
    「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。
     全員無事には帰れなかった。残念だけどメラノが死んだ。途中で、バケモノに襲われたんだ。
     あと、南の村の生き残りを2人連れて帰って来た。まだ小さい子たちだから、優しくしてあげてほしい。
     皆の方はどうだった? バケモノは出なかった?」
     尋ねたゼロに、村人は表情をこわばらせる。
    「出たんだね?」
    「あ、ああ。村に出たわけじゃないが、結構近くで出くわした。向こうは気付いてなかったみたいだから、何とか逃げられたけど」
    「いつ?」
    「3日前だ。西の方に」
    「それ以外には?」
    「北でも見た。4日前に」
    「じ、実は俺も見た。5日前に、東で」
    「……」
     一連の目撃報告を聞き、ゼロも顔色が変わる。
    「時系列で見れば、東、北、西とぐるぐる回ってるのか。でも南には出なかった?」
    「ああ」
    「聞いたこと無いな」
    「僕たちも南から帰って来たけど、出くわさなかった。妙だね」
     ゼロの言葉に、村人たちはさらに表情を堅くする。
    「妙って、何が?」
    「まるで偵察してるみたいだ」
    「てい、……え?」
    「僕たちをじーっと、遠巻きに見つめてきてるみたいな、そんな気持ちの悪さがある。
     連日のように目撃されてたのに、この3日ぱたっと見なくなっちゃったって言うのが、すごく不気味だ。
     もうあんまり、時間に余裕が無いのかも知れない。みんな、大急ぎで準備に取り掛かってくれ」
     真剣なゼロの眼差しと声色に、村人たちはゴクリと息を呑み、大慌てで馬車から原料を運び始めた。
     と、共に運び出そうと動きかけたゲートとフレンの肩をゼロがとん、とんと叩き、横にいたシノンの手を引く。
    「ゲート、フレン、シノン。ちょっと、話しておきたいことがある」
    「何だよ、改まって?」
    「……いや、話したいって言うよりも、どちらかと言えば自分の頭の中を整理するために、話を聞いて欲しいって感じかな。
     ともかく、4人で話せるところに行こう」

     場所をゼロとシノンの家に移し、ゼロは――穏やかで優しげな、しかしどこか盤石の自信をほのかに見せる、いつもの彼らしくない素振りで――ぽつぽつと話し始めた。
    「みんなはバケモノのことを、獣(けだもの)の延長線上のものと思っているかも知れない。いや、誰だってそう思うだろう。僕だってこの目で見るまでは、そう言うものだって思ってた。
     だから僕のこの仮説は、はっきりと、『そんなわけない』って笑い飛ばしてくれて構わない」
    「何が言いたいんだ?」
     首を傾げるゲートに応じず、ゼロは話を続ける。
    「僕は感じているんだ。バケモノに何か、単なる獣以上の意志が宿っていることを。
     いや、意志と言うよりも、それはむしろ行動規範(プロトコル)と言うべきものだろうか」
    「こうどうきはん?」
     きょとんとするシノンに、ゼロは優しく説明する。
    「『こう言うことが起これば、何があろうとも必ずこう動くべし』って言う、ものすごく厳格な命令って意味かな。
     そう、まさにそれなんだ。バケモノたちは執拗に、ヒトを襲い続けている。まるで誰かからそう命じられているかのように」
     ゼロの意見に対し、フレンは肩をすくめて返す。
    「考えすぎだろ。襲ってきてんのもハラが減ってるからとか、そーゆーヤツだろ」
    「それなら妙な点がある。南の村跡で、僕たちは食糧をかき集めただろ?」
    「ああ。……あ?」
     うなずいたフレンが、そこで首を傾げる。
    「そう、そこなんだ。もしバケモノが空腹で、手当たり次第に食い荒らしたって言うなら、何故食糧はそのまま残されてたんだろうか? 食い荒らされた跡すら――人間以外には――見当たらなかったし。
     君と初めて会った時にしても、近くをうろついてた羊には目もくれずに、君や僕らを襲ってきた。明らかに僕たちより羊の方が、食いでがあるように見えるのにね」
    「……確かにな」
    「それにもう一つ、変なことがある。
     旅の往路で、僕たちはバケモノとすれ違った。あれは今思い返してみると、南の村から逃げてきた人たちを追ってたんだろう。
     だけどフレンの言う通り、空腹を理由として襲いかかっていたと言うのなら、僕たちが見付けたヨランたちのお父さんや、一緒にいた村の人が五体無事に遺ってたってことも妙だ。かじったような跡すら無かったよね?」
    「そう……だな」
     フレンに続き、ゲートも神妙な顔になる。
    「今までの遭遇談をまとめると、バケモノは『生きてる人間』しか襲っていないんだ。そこに僕は、獣としての本能以上の『何か』を感じずにはいられない。
     あいつらはまるで、僕たち人間だけを狙って攻撃してきてるようにしか思えないんだ」
    琥珀暁・創史伝 1
    »»  2016.08.05.
    神様たちの話、第27話。
    団結。

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    2.
    「……」
     ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。
    「で、でも、ゼロ?」
     と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。
    「それって、結局、どう言うことなの?」
    「どう、って?」
    「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」
    「……分からない。そうだね、確かに君の言う通りだ。
     この仮説には、現状の打破に結び付くような要素は無い。単に僕がそう言う気がするってことを、掘り下げて考えただけのことだ。
     ごめんね、変なこと言っちゃって」
    「いや」
     と、ゲートが首を振った。
    「案外、大事なことかも分からんぜ?
     要するに、お前の言うことが確かだとしたら、あのバケモノは今までずっと、俺たち人間だけを狙って来たわけだ。
     だとしたらムカつく話じゃねえか。シノンのトコみたいに家族で仲良く暮らしてた奴らは、そいつのせいで生活ブッ壊されたんだって話になる。ヨランたちだって、バケモノがいなきゃ今でも父親と一緒に、南の村で平和に暮らしてたはずだ。
     人間として、そんな話を許せる気はしねえよ。だろ、ゼロ?」
     ゲートにそう返され、ゼロは深々とうなずく。
    「ああ、その通りだ。許せない。許すわけには行かない」
    「だとするならよ、丁度良く、バケモノは俺たちの村を襲おうとしてる。
     そいつらを全部ブッ倒しちまえば、今まで殺されてきた皆の仇を、俺たちがばっちり討ってやったってことになるんじゃないのか?」
    「うん、そうなる」
     ゼロの目に、強い意志の光が宿る。ゲートの顔も、紅潮していく。
    「やってやろうぜ、ゼロ。
     今までバケモノに追われ、殺されてくばっかりだった俺たちが、逆にあいつらをぶちのめしてやるんだ!」
    「……ああ、やってやろう!」
     がしっと堅く握手を交わした二人に、フレンとシノンも続く。
    「メラノの旦那の無念は、俺が晴らしてやる。いいや、今まで死んでいった仲間や友達の分もな」
    「仇討ちなら、あたしがまず、やってやりたいもん。どこまでも付いてくよ、ゼロ」
     四人で手を合わせ、ゼロが場を締めた。
    「見せつけてやろう。
     あいつらが僕たちを蹂躙するんじゃない。僕たちがあいつらをねじ伏せてやるんだ、……ってことを」



     防衛準備は、恐るべき速さで進められた。
     まず、ゼロが武器製造のすべての工程を指示・監督し、村中が武器工房と化した。一方で防衛線も二重、三重に構築され、あちこちにやぐらが建てられた。
     その他のあらゆる指示も、ゼロがあちこちを駆け回って、矢継ぎ早に出されて行く。
    「子供たちと戦えない人たちは村の中央にいつでも移動できるようにしておいてくれ! いざと言う時は、古井戸を改造した地下壕に避難するんだ!
     バケモノはいつ、どの方向から、どのくらいの数で攻めてくるか、まったく不明だ! だから少しでも素早く確実に対応できるよう、見張りは2人で、3交代で切れ間無く続けることを徹底してくれ!」
     そしてゼロの補佐として、シノンたちも動き回っていた。
    「杖、できた!? じゃあ半分は井戸の周りに並べといて! 避難する人の邪魔になんないようにね!」
    「魔術使えるやつは杖持って俺と一緒に、村の端を巡回だ! 見付けたら迷わず即、撃ち込め!」
    「いいか、『ライトボール』の緑のヤツは異状無しの合図だからな! 異状があったら赤い球だぞ! 忘れんな!」
     クロスセントラルの村人50人余りはゼロたちの指示の下、可能な限り万全な態勢で、バケモノの出現を待ち続けた。



     そして、準備を始めてから二昼夜半を回った未明前――その時は、来た。
    「南東やぐらから赤球! バケモノが出たぞ!」
    「東のやぐらからもだ!」
     報告を受け、ゼロはシノンと村人5名を率いて走り出した。
    「行くぞ、みんな! まず南東からだ!」
    「おう!」
     すぐに現場に到着し、ゼロたちはバケモノと接敵する。
    「こないだのと違う……! 牛みたい! でっかい角あるよ、ゼロ! それに脚が6本!」
    「ああ、突進されたら防衛線が危ない。可能な限り遠巻きに攻撃するんだ!」
    「はいっ!」
     ゼロの号令に合わせ、シノンを含めた村人6人が魔術を放つ。
    「『ファイアボール』!」
     6個の火球が、六本脚の巨牛の顔面を焼く。
     しかし巨牛はぶんぶんと頭を振って火を消し、突進し始める。
    「怯まない……! みんな、第二撃用意! その間に僕が撃つ!」
     命令を出しつつ、ゼロが魔杖をかざす。
    「これならどうだ! 『フレイムドラゴン』!」
     ぼっ、ぼっと小刻みに破裂音を立てて、村人たちが放ったものより二回り大きな火球が3つ、巨牛に飛んで行く。
     立て続けに3発眉間に食らい、巨牛の動きが止まる。
    「今だ! 目を狙って当てろ!」
    「はい!」
     村人たちの第二波が巨牛の目を焼き、その奥までねじ込まれる。
     巨牛は耳と鼻、口から火を噴き、そのまま倒れ込んだ。
    「……やった?」
    「やった、……ぽいな。血がめちゃめちゃ出てるし」
    「よし、ここは抑えた! 東のやぐらに……」
     命令しかけたゼロの顔がこわばる。
     その視線の先を追ったシノンも、自分の背筋が凍りつくのを感じていた。
    「4つ、……5つ、6つ、……7、……うそ……」
     あちこちのやぐらから、続けざまに赤い光球が飛ばされていたからだ。
    琥珀暁・創史伝 2
    »»  2016.08.06.
    神様たちの話、第28話。
    無明の夜戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。
    「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」
    「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」
     付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。
    「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」
     どうにか皆をなだめ、態勢を整えさせつつ、ゼロが攻撃する。
    「『フォックスアロー』!」
     ゼロの構える魔杖から紫色の光線が9つ放たれ、巨牛の体を貫く。
    「今だッ!」
     ゼロの号令に合わせ、火球が先程と同様、巨牛の頭を燃やす。
    「……よし! 倒せた!」
    「また来てる、ゼロ! 今度は狼みたいなの!」
     一体倒してもすぐ、新手が押し寄せてくる。
    「きりが無え! どんだけ倒せばいいんだ……!?」
    「ゼロがいるってのにこんなに苦戦してんじゃ、他のとこはもう……!」
     悲観的な意見を、ゼロが一喝した。
    「諦めるな! 確かに僕だけじゃ苦戦してるけど、でもみんながとどめを刺してるじゃないか! だったら、僕抜きだって戦えるってことだ! そうだろ!?」
    「そ、……そっか、そうだよな」
    「ああ、みんな頑張ってるさ! きっと生きてる! それにまだやぐらも倒れてないし、僕たちは村の外で全部、バケモノを倒してきてる! まだ村は無事だ!
     このまま押し返すんだ! 一匹たりとも、村に近付けるな!」
    「おうッ!」
     ゼロは何度も村人たちを鼓舞し、焚き付け、戦意を維持させる。



     だが――。
    「……ひでえ」
    「もしかして、……これ、マノかよ」
    「あっちのは、メイ、……の体、か」
    「こんなこと……!」
     村の南東から東、そして北東へと進んだところで、ゼロたちは戦闘要員だった村人の死骸をいくつも発見する。
    「もう5、6人は死んでるぞ、これ……」
    「やっぱり、……やっぱり、ダメなのか……!?」
    「なあ、タイムズ、どうなんだ……? 俺たちは、生き残れるのか……?」
     シノンも含め、村人たちは顔を青ざめさせ、または土気色に染めながら、ゼロを見つめる。
     ゼロもまた、今にも泣きそうに顔を歪めながら、こう返した。
    「生き残らなくちゃならない。ここで僕たちも死んだら、何も残らないじゃないか」
    「……でも……でも……!」
     これまでずっと、ゼロに付いてきたシノンも、既にボタボタと涙を流している。
     と――半ば棒立ちになっていた彼らの前に、またもバケモノが現れた。
    「また出てきた……!」
    「もう俺たち、10体は倒してるってのに、まだ出てくるのか……!?」
    「いつまで続くんだ……もういやだ……」
     村人たちの戦意は、目に見えてしぼんでいく。
     ゼロはもう一度鼓舞しようとしたらしく、口を開きかける。だが、迷ったような表情を見せ、そこから何もしゃべろうとしない。
    「……ゼロ?」
     シノンが泣きながら、ゼロにしがみつく。
    「どうしたの? 撃ってよ、ゼロ!」
    「……」
    「……ゼロ……」
     やがてシノンも、何も言えなくなる。
     この時ゼロの目に、この半年間で初めて絶望的な色が浮かんでいたのを見たからだ。

     その時だった。
    「ボーッと突っ立ってんじゃねえぞ、ゼロ!」
     ぼっ、と音を立て、火球がバケモノの体を、左右両方から貫く。
     火球が来た方向にきょろきょろと首を向け、シノンが叫ぶ。
    「フレン! それにゲートも!」
     バケモノの両側から、ゲートとフレンの隊が現れた。
    「こんなとこでへばっててどーすんだよ? まだどっかにいるかも知れねーだろーが」
    「あ、……ああ、うん、そうだね」
     ゲートに叱咤され、ゼロはかくかくとうなずく。
     続いて、フレンも怒鳴る。
    「ギリギリだけどもな、俺たちはまだ生きてる! ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが生き残れねえんだよ!
     考えてもみろよ、お前ら何匹倒した? 俺んトコは7匹だぞ」
     ゲートが続く。
    「俺んとこは6匹だ。それだけで13匹も倒したってことになる。ゼロ、お前んとこはどうなんだ? 5匹くらいはやってんのか?」
    「10匹やっつけたよ」
    「すげーじゃねーか。やっぱお前はすげーよ」
     ニヤニヤしながら、ゲートがゼロの肩を叩く。
    「となりゃもう、23匹になる。まだ大勢いると思うか?」
    「……確かに、あの大きさのバケモノがまだ、20体も30体も残ってるとは考え辛い。そうだね、もしかしたらもう、峠を越してるのかも知れない」
    「だろ?」
     ゼロたちの会話に、他の村人たちも表情がほころび始める。
    「そっか、この3隊でそんだけ倒してるなら、他んとこだって結構やってるよな」
    「って言うかまだ、村で生き残ってる奴の数より多いってことは無いよな……?」
    「じゃあもうちょっと頑張ったらやれる、……かも、ってこと?」
     ゼロ自身も気力が戻って来たらしく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
    「みんな。……正直言うと、僕も参ってた。倒しても倒してもきりが無いって、打ちのめされそうになってた。
     でもゲートとフレンの言う通りだ。20体以上も倒してて、まだこの2倍も3倍も残ってるなんて思えない。ましてや無限に湧いてくるって言うなら、とっくの昔に村は滅ぼされてるはずだしね。
     あと何体いるのか、確かに分からない。でも油断せず、緊張を途切れさせず、ひたすら倒し続ければきっと、終わりは来る。明けない夜は無いようにね」
     ゼロの言葉に、その場にいた皆が大きくうなずいた。
    琥珀暁・創史伝 3
    »»  2016.08.07.
    神様たちの話、第29話。
    夜明け前の約束。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。
     あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。
    「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」
     西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える。
    「見えない! こっちにはもういないぞ!」
    「ありがとう、でもまだ警戒を解かないでくれ! 太陽が昇ってきたら、また光球で報告して!」
    「分かった!」
     上から横へと視線を変えたところで、ゼロの目に疲れ切ったシノンの姿が映る。
    「大丈夫、シノン?」
    「だいじょぶ、だいじょぶ。でもなんか、どっと疲れが来たなーって」
    「そうだね、僕も気を抜いたら倒れて爆睡しちゃいそうだ。でも、もう一頑張りしないと。少なくとも、夜明けまでは辛抱しよう」
    「夜明け……。あと、どれくらい?」
     尋ねたシノンに、ゼロは東の空を眺めながら答える。
    「1時間も無いと思う」
    「そこまで行ったら、終わり?」
    「そうしたい。夜明けと同時に緑の光球を8つ確認できたら、皆を集めて終わりにしよう」
    「うん、分かった。……ふあ、あ」
     うなずくと同時に、シノンから大きな欠伸が漏れる。
    「疲れた?」
     尋ねたゼロに、シノンはぶんぶんと首を横に振る。
    「大丈夫、大丈夫。まだ行けるよ」
    「無理しないで、……って言いたいけど、もうちょっと頑張ってくれると嬉しい」
    「うん、分かってる。……ん、と」
     シノンがわずかに顔をしかめ、右ほおに手を当てる。
    「いたい……」
    「え、ケガしたの?」
    「ううん、こないだの傷。首振るとまだ、ぴりぴり来るの」
    「そっか。……ごめんね、うまいこと治せなくて」
     ゼロは申し訳無さそうな顔で、シノンのほおに手をやる。
    「治療術は苦手じゃない、……はずなんだけど。まだこんなに、痕が残ってる」
    「治してくれた時、動揺してたからじゃない? 魔術は精神状態で効果が大きく変わるって、あなたが自分で言ってたし」
    「それはある。確かに君が血だらけになってて、ひどくうろたえた覚えがある」
    「……ふふっ」
     シノンはゼロの腕にしがみつき、ニヤニヤ笑う。
    「あたしにはそれだけで嬉しい。あなたがあたしのことで、そんなにも戸惑ってくれるんだもん」
    「いや、でも、そのままにしておくわけには」
    「いーの。あたしのことなんかより、他にもっと、あなたにはやることあるでしょ?」
    「そんなこと言ったって」
     言いかけたゼロの口に人差し指を当て、シノンはこう切り出す。
    「ね、ゼロ。今更なんだけど」
    「うん?」
     シノンは上目遣いにゼロを見上げ、尋ねる。
    「あたしのこと、どう思ってる?」
    「どうって?」
    「周りはさ、もうあたしのこと、あなたの奥さんだって言ってくれたりするけど、あなたはどうなのかなって」
    「そ、そりゃ、まあ、その」
     ゼロは顔を真っ赤にし、ぼそぼそとした声で返す。
    「思って、ない、なんてことは、無い」
    「じゃあ」
     シノンはゼロから離れ、続いてこう尋ねた。
    「この戦いが終わって、あなたが『こよみ』を作ったらさ、ちゃんとあたしのこと、奥さんにしてくれる?」
    「……」
     ゼロは依然として顔を真っ赤にしたまま、静かに、しかし大きくうなずいた。

     その時だった。
    「……っ」「な、……に?」
     村中に響き渡るようなとてつもない獣の叫び声が、ゼロたちの耳を揺らす。
    「今のは、……なに?」
    「とんでもないのが、まだ残ってるみたいだ。……でも多分、あれで最後って気もする」
     ゼロは表情を変え、毅然とした態度で全員に命じた。
    「みんな、本当に、本当に今、疲れて疲れて疲れ切ってるかも知れないけど、でも、出せるだけの元気を今、出し切ってほしい。
     あの叫び声の主を、何としてでも撃破、駆逐するんだ!」
    「おうッ!」
     村人たちは奮い立ち、魔杖を掲げて鬨の声を上げ、そのまま駆け出した。
    琥珀暁・創史伝 4
    »»  2016.08.08.
    神様たちの話、第30話。
    最後の巨敵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。
    「ゼロ、今の聞こえたか?」
     合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。
    「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」
    「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」
     言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの顔にも同様に、緊張が走っていた。
    「……かなりまずい」
    「ああ。やべえかも」
     二人の予想は当たっていた。
     やぐらは既に横倒しになっており、見張りたちは血まみれで転がっている。
    「あ……うあ……」
    「ひい……ひっ……」
     しかしまだ、辛うじて息はある。
    「クレイとバクは二人を助けて! 残りはあいつに集中攻撃の準備だッ!」
     ゼロの命令に、見張りを助けに行った2人以外は魔杖を構え、距離を取る。
     その全員の目に、やぐらの半分ほどの巨躯の、「獰猛」をそのまま形にしたような、誰も見たことの無い、異形の怪物が映っていた。
     いや――一人だけ、「それ」を形容できた者がいた。
    「まるで……獅子(ライオン)みたいだ」
     ゼロがぽつりと放ったその一言に、ただシノンだけが反応した。
    「ら……い……おん?」
    「あとで……、説明する。とにかく、今はあいつを倒すことに集中して!」
    「う、……うん!」
     ゼロたちが迎撃準備を整えている間に、「ライオン」もはっきりと、ゼロたちを標的として認識したらしい。
    「グウウウ……グオオアアアアアッ!」
    「群れ」の中心にいるゼロに向かって、大気がびりびりと震えるほどの叫び声を上げた。

    「ライオン」はゼロを見据え、一直線に飛び掛かってくる。
    「『マジックシールド』!」
     しかしそう来ることを見越していたらしく、ゼロは魔術の盾を「ライオン」との距離、50メートルほどのところで展開した。
     その直後、がつん、と硬い物同士がぶつかり合う音が響き、「ライオン」は額から血しぶきを上げる。
    「うおぉ!?」
    「やったか!?」
     魔杖を構えて待機していたゲートとフレンが驚きと、期待の混じった声を上げる。
     だが「ライオン」は痛みを感じる素振りも見せなければ、泣き声も上げていない。そのまま後退し、ふたたび突進して、ゼロの「盾」に体当たりを繰り返す。
    「マジかよ……!」
    「頭潰れんぞ!? ……い、いや、それより」
    「ゼロの『盾』が、割れる……!」
     五度、六度と頭突きを繰り返したところで、「盾」にひびが走る。
    「こ……れは……きつい……っ!」
     魔術が力技で押し返され、さしものゼロもダメージを受けているらしい。ぼたっ、と彼の鼻から血がこぼれ、白いひげを赤く染める。
    「攻撃するか、ゼロ!?」
    「やらなきゃお前が潰されちまうぞ!」
     焦る周囲に対し、ゼロは落ち着き払った声で応じる。
    「大丈夫、まだ貯めてて!
     可能な限りの、最大限のパワーで撃ち込まなきゃ、こいつは絶対倒せない! 僕が時間を稼ぐから、みんなチャージに集中するんだ!」
    「わ、分かった!」「おう!」
     ゼロに命じられるがまま、村人たちは自身の魔術に魔力を込め続ける。
     その間に――どうやってそんなことができるのか、横にいたシノンにすら分からない、そんな方法で――ゼロは「盾」以外にもう一つ、魔術を発動した。
    「『ジャガーノート』!」
     バチバチと気味の悪い音を立てて、「ライオン」の周囲に黄色がかった、白い火花が散る。
    「グオ……オ……」
     ここで初めて「ライオン」の喉奥から、苦しそうな声が漏れた。
    「まだまだあッ!」
     さらにゼロは魔術を重ねる。
    「『フレイムドラゴン』! 『フォックスアロー』! 『テルミット』!」
    「む、無茶だよゼロ!? そんなに術、使ったら……!」
     立て続けに放ったゼロの魔術により、「ライオン」の全身が炎に包まれる。
    「……グウ……ギャアア……」
    「ライオン」の絞り出すような鳴き声が、悲鳴じみたものに変わっていく。
     しかし一方で、ゼロの方も限界に達したらしく――。
    「……っ、……ここまで、……かっ」
     ゼロが膝から崩れ落ちる。「盾」も粉々に砕け散り、火花や炎も消失する。
    「ゼロ!?」
    「……」
     ゼロは倒れ伏したまま、答えない。
     一方、「ライオン」も相当のダメージを受けたらしく、その場から微動だにしない。
    「ど……どうする……?」
    「俺たち……撃つべきなのか……?」
    「ゼロ……ゼロ!」
     一様にうろたえつつも、村人たちはゼロに命じられたまま、魔力の蓄積を続ける。
     やがて「ライオン」の方も、よたよたとながらも、ゼロの方へと歩み始めた。

     突如、ゼロが顔を挙げ、大声で叫ぶ。
    「チャージ完了だ! 一斉放射アアアッ!」
    「……っ!」
     村人たちは動揺しつつも、ゼロの言葉に従った。
    「は、……はいっ!」
     その場にいた、魔杖を手にした村人23名が一斉に魔杖を掲げ、魔術を放つ。
    「『ファイアランス』!」
    「ライオン」の前方二十三方向から、炎の槍が発射される。
     先んじてゼロが傷付けていた「ライオン」の毛皮、皮膚、爪や牙を、煌々と赤く輝くその槍は次々刺し、削り、貫き、千切って行く。
    「グアッ、グ、ギャアアアッ……」
     ふたたび炎に包まれ、「ライオン」は絶叫する。
    「シノン」
     まだ横になったまま、ゼロがシノンの裾を引く。
    「とどめは、君が刺せ」
    「……分かった」
     シノンは魔杖を構え直し、ゼロから教わった最も威力の高く、そして最も難しい術を発動させた。
    「『エクスプロード』!」
    琥珀暁・創史伝 5
    »»  2016.08.09.
    神様たちの話、第31話。
    「歴史」の第1ページ。

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    6.
     その一晩中を、井戸を改造した避難壕の中で過ごしていた村人たちは、朝の気配を感じて恐る恐る、外に出始めていた。
    「バケモノは……?」
    「さあ?」
     きょろきょろと辺りを見回し、やがて村人の一人が、西の方が明るくなっていることに気付く。
    「もう太陽、出てるね」
    「は?」
     その村人の言葉に、もう一人が呆れた声を漏らす。
    「お前、どこ見てんだ? 日の出は東からだろ。まだ出てねーよ」
    「え? ……あ。
     じゃあ、あれ、……何?」



     シノンが放った術が直撃し、「ライオン」の上半身は爆散、蒸発していた。
    「……や、った?」
     ぺたんと座り込んだシノンと対照的に、いつの間にかゼロが立ち上がり、彼女の頭を優しく撫でていた。
    「やったよ。満点の出来だ。発動のタイミングもばっちり、制御も完璧。威力も申し分無しだし、標的だけを正確に破壊した。
     もう僕から教えることは、無さそうだね」
    「……えへへ」
     シノンは顔を真っ赤にし――かけ、ぷるぷると頭を横に振った。
    「じゃなーい!」
    「え?」
    「そーゆー態度、奥さんに取る!?」
    「あ、……あー、いや、ごめん。
     うん、その、なんだ、……えーと」
     ゼロはしゃがみ込み、シノンの肩を抱いた。
    「ありがとう。助かった。君がいてくれて、本当にうれしい」
    「……及第点にしたげる」
     と、ゼロたちのところに、他の村人たちが集まってくる。
    「おーい、タイムズ! 大丈夫かー?」
    「うわ、赤ひげになってんぞ、お前」
     周りからの言葉に、ゼロは自分の鼻とひげを確かめる。
    「……あー、本当だ。ちょっとやり過ぎたな。
     ちょっと、これは、休ま……ないと……な……」
     途端に、ゼロがばたりと倒れる。
    「ゼロ!?」
     が――倒れたゼロは、安らかな顔で寝息を立てていた。
    「……寝てる?」
    「みたい」
    「仕方ねーな。運んでやるか」
     ゲートがゼロの体に手を回し、担ぎ上げる。
    「もう他にバケモノはいないみたいだし、そのまんま寝かせてやろう」
    「……そだね」
     村人たちが辺りを見回しても、それらしいものはどこにも見当たらない。
     残ったやぐらからも、無事を報せる緑の光球が7つ昇っていることを確認し、ゲートが声を上げた。
    「誰かやぐらと避難壕のヤツらに、もう終わったって伝えてくれ。それと、メシにしようって」
    「あ、おう」
    「準備するわ」
     三々五々、村人たちが散った後には、シノンとゲート、そしてゲートに背負われたゼロが残った。
    「んじゃ、ま。とりあえず、お前ん家に運ぶぞ」
    「あ、うん」
     シノンの家に向かううちに、彼らの前に琥珀色の光が差す。
    「お、……日の出だな」
    「一晩ずーっと戦ってたんだね、あたしたち」
    「……うん、……おつかれさま」
     と、ゲートの背後でむにゃむにゃと、ゼロがつぶやく。
    「おつかれさま、ゼロ」
    「……今日はもう寝るけど、明日、……って言うか今晩は天文学的に大事な日だから……日暮れまでには……起こしてほしいな……」
    「分かった。『こよみ』の始まり、だよね?」
    「うん……それ……むにゃ……」
     また、ゼロの寝息が聞こえてくる。
    「……やれやれ。忙しいヤツ」
    「だねー」
     ゲートとシノンは顔を見合わせ、互いに苦笑した。



     こうしてクロスセントラル初の、いや、この世界初の「戦争」は、人類の勝利で幕を下ろした。
     死傷者は10名以上に及んだものの、その4倍以上もの村民が無事、生きて朝日を目にすることができた。
     後にこの戦いは、ゼロ自身によって「紀元前日の戦い」と名付けられ、世界の歴史の1ページ目に記される出来事として、後世の誰もが知る物語の一つとなった。

     ゼロは――いや、人類はこの日初めて、「歴史」を築いたのである。
    琥珀暁・創史伝 6
    »»  2016.08.10.
    神様たちの話、第32話。
    蜈句、ァ轣ォ縺ョ蠑溷ュ撰シ帶眠荳也阜繧定ヲ句ョ医k閠 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     夜を徹して行われた防衛戦が終息し、村人たちのほとんどは、朝から日暮れを迎える頃まで眠りに就いていた。
     しかし2名、ゲートとフレンだけは依然として、寝ずの番を続けていた。
    「ふあ~……あ……」
    「眠みいな~……」
     互いに目の下にクマを作りつつも、あちこちをうろうろと巡回し、異状が無いか探る。
    「流石に誰もいやしねーな。みんな、眠っちまってるらしい」
    「こんな時にバケモノが出たらおしまいだな。……だからこそ、俺たちがこうしてうろついてるワケだけどもな」
     眠い目をこすりつつ、二人は村を一周し終え、ゼロが掘った井戸に到着する。
    「寒いけどもよ、俺は冬に飲む冷たい水が好きなんだよな」
    「分かる分かる。味が違うよな、味が」
     井戸から水を汲み上げ、二人はごくごくと喉を鳴らして飲み込んでいく。
    「……ぷはーっ! あー、目が覚めてきた気がする」
    「気だけかよ。……いや、俺もしゃきっとした気はするけど、確かに今横になったら即、いびきかいて寝ちまうわ」
    「だろ? ……お?」
     と、村の大通りを、真っ赤な髪の若い男がひょこひょこと歩いているのにゲートが気付き、声をかける。
    「そこの変な耳したあんた。見かけない顔だけど、どこから来たんだ?」
    「*、**?」
     毛玉のようにふわふわとした、ピンク色の垂れ耳を持つその男は橙と黒のオッドアイを見開き、ぎょっとした顔をしつつ、良く分からない言葉で応じてきた。
    「ちょ、……あー、なんか前にもこんなことあったな。あんたもさ、分かる言葉で話してくれないか?」
    「*? ……ああ」
     と、男は耳をコリコリとかきながら、ようやくゲートたちと同じ言葉で話し出した。
    「ゴメンね。コレで分かるかな」
    「ああ、分かる」
    「良かった。ちょっと聞きたいんだけど」
     男は辺りをきょろきょろと見回しながら、二人に尋ねる。
    「昨日か昨夜くらいに、ココで変なコト無かった?」
     男の言葉に、ゲートとフレンは顔を見合わせる。
    「あったっつーか」
    「変なコトだらけっつーか」
    「あ、やっぱり? ココだけ妙に魔力の歪みが発生しまくってたから、何かあったんだろうなーって。
     えーと、じゃあ、キミたち。モールって知らない? 語尾がねーねーうるさい、黒髪で細目の人だったと思うんだけど。最後に見た時は」
    「……いや?」
    「知らん」
     男の質問に、ゲートたちは首を横に振る。
    「あ、そう?
     じゃあゼロって人は? 若白髪で童顔のクセにひげもじゃの人。こっちは変わってないはず」
    「そいつは知ってる」
    「昨夜の戦いのリーダーだ」
    「あ、じゃあコレ、ゼロの仕業か~。ならいいや」
     それだけ言って、男はくるんと振り向き、ゲートたちに背を向けて去ろうとする。
    「ちょ、何だよ?」
    「何って、確認だけだよ。ソレ以上のコトは何も無いよ」
    「ワケ分からんヤツだな。誰なんだ、アンタ」
    「ボク?」
     男はきょとんとした顔で、こう返してきた。
    「ボクのコトなんかどうでもいいよ? 知ってどうすんの?」
    「ゼロの知り合いだってんなら、会わせてやるぞ。家、知ってるし」
     そう答えたゲートに、男は肩をすくめる。
    「いや、安眠の邪魔しちゃ悪いよ。コレだけ歪みが出るような術を乱発したんなら、今頃ぐーすか寝てるだろうしね。
     まあ、彼が起きたらさ、鳳凰から『新しい世界で上手くやれてるか不安だったけど、案外馴染んでるみたいだから安心したよ』って伝言があったって言っといて」
    「ほ……おー? ……ホウオウ?」
    「そうソレ、そのホウオウ。んじゃね~」
     それだけ言って、男はその場からひょこひょことした足取りで去って行った。



    「え、本当に?」
     夕方になり、ゼロが目を覚ましたところで、ゲートは昼間出会った男からの伝言を伝えた。
     途端にゼロは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「本当にホウオウ?」
    「そう言ってた。お前が言ってた、『すげー強い奴』のことだよな?」
    「多分そうだ。この世界、……と言うかこの近隣で、ホウオウなんて名前の人が他にいるはずも無いし。
     まったく、彼らしいな」
     ゼロは床から起き上がり、傍らで寝ていたシノンの肩を揺する。
    「ほら、シノン。そろそろ起きて。このまんま寝起きの時間がずれ込むと、後が辛いよ」
    「……ん~……うん……」
     シノンがゆっくりと起き上がったところで、フレンが提案した。
    「もうそろそろみんな起きてくる頃だからさ、代わりに俺たち、ココで寝ていい?」
    「あ、そっか。今まで起きてくれてたんだよね。うん、いいよ。寝てて」
    「すまん、助かるぜ」
    「こちらこそ」
     ゼロたちが床を離れるとほぼ同時に、ゲートとフレンがそこへ横になり、そのまま眠りに就いた。
    琥珀暁・創史伝 7
    »»  2016.08.11.
    神様たちの話、第33話。
    新しい世界のはじまり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     時間はさらに過ぎ、真夜中を迎えようとしていた。
     ゼロは起きていた村人たちを集め、夜空を指差した。
    「計算と観測が正しければ、今日の正午には赤と白の二つの月が、同時に満月になっていたはずだ。残念ながらあんまりにも疲れすぎて、見逃しちゃったけど」
    「あ、俺見てたよ。どっちも確かに真ん丸っぽかった」
    「よかった。ありがとう」
    「で、タイムズ。今夜が記念すべき日だって言ってたけど、それだけなのか? 他に何かあるって言ってた気がするんだが……?」
    「説明、長くなるけどいい?」
    「分かりやすさ重視で短く説明して欲しい」
     シノンにそう注文され、ゼロは苦い顔になる。
    「じゃあ、頑張るよ。……まず、あの二つの月についてなんだけど、おおよそ364日に一度、どっちも満月になる日があるんだ。さっきも言った通り、それが今日。
     一方で、日の出が遅くなったり早くなったりしてることはみんな、何となく分かってるだろうけど、それもここ数日が、一番遅くなる頃なんだ。こっちの周期は――まだ半分程度しか観測してないから恐らくだけど――365日くらいのはず。
     364日と365日、数字としてはかなり近いよね?」
    「そうだね。1日違い」
    「だからこの365日くらいを、『1年』として数えようと思うんだ。と言ってもこのままじゃ色々ズレとか出るから、もうちょっと調整する予定だけど。
     まあ、ともかく。その1年の始まりにするには、今夜が一番丁度いいんだ。だからみんなにこうして集まってもらって、認識してもらおうと思って」
    「分かったような、分からんような」
    「まあ、とりあえず今夜はそう言う設定するのに丁度いいって話か」
     首を傾げる村人たちに、ゼロも頭をかきつつ続ける。
    「ごめんね。もっと時間をくれれば、丁寧に説明するんだけど」
    「みんな寝ちゃうよ。ただでさえ昨夜の疲れ、抜けきってないんだし」
     シノンに釘を差され、ゼロは残念そうな顔をした。
    「う、うん。まあ、そこら辺はまた今度にするよ。……んじゃ、もうそろそろ打ち上げるか。昨夜の労いも兼ねて」
     そう言って、ゼロは魔杖を掲げ、呪文を唱えた。
    「『ファイアワークス』」
     次の瞬間、夜空にぱっと、様々な色の光が散る。
    「おおっ」
    「きれー……」
     夜空いっぱいにきらめく光を目にし、村人たちはどよめく。
    「これから毎年、この日をお祝いの日にしようと思うんだ。
     だからお祝いの日にふさわしく、こうして花火を上げようかなって。……気に入ってくれたかな?」
     恥ずかしそうに尋ねたゼロに、シノンが飛びついて抱きしめる。
    「すっごくきれいだよ! すっごく気に入った!」
    「良かった、はは」
     と――村人たちが苦笑いしていることに気付き、ゼロは面食らった様子を見せる。
    「あれ? 気に入らなかった?」
    「いや、って言うかさ」
     村人の一人が、渋い顔で尋ねてくる。
    「そもそも『今夜は特別な日になるから』って言ってただろ、お前」
    「あ、うん」
    「それさー、少なくとも俺は、お前らが結婚するって話なのかなーとか思ってたんだけど」
    「え」
     他の村人たちも、うんうんとうなずいている。
    「それ、わたしも思ってた」
    「そーそー。まさか月の講義聞かされるとか思わんわー」
    「って言うか、しろよ。今ここで、結婚」
     いつの間にか、そこにいた村人全員で、ゼロとシノンを囲んでいる。
    「この数ヶ月、なし崩し的に一緒に暮らしてやがるけど、いい加減はっきりしろって」
    「そーだそーだ。俺たちが見届けてやるからさ、ちゃんとコクれよ」
    「いい機会だと思うわよ、タイムズ」
    「あー……うー……」
     ゼロは顔を真っ赤にし、村人たちとシノンの顔とを交互にチラチラ見返し、やがてうなずいた。
    「分かった。それも丁度いいよね。いや、そう言う話じゃなくてもさ、昨夜の襲撃をしのいだら、どの道その話はしようって二人で言ってたし、まあ、うん、その、えーと……。
     た、単刀直入に言うよ」
     ゼロはシノンの手を取り、彼女の目をじっと見つめて、静かに尋ねた。
    「シノン。僕と結婚してくれるかな?」
    「……ぷっ」
     が、シノンは笑い出してしまった。
    「あははは……、今更過ぎて何か、おっかしい」
    「ちょ、ちょっと」
     困った顔をしたゼロに、シノンはクスクス笑いながら抱きつき、キスをした。
    「もがっ」
    「いーよ。あたしもはっきり言う。あなたの奥さんになるよって」
    「……ありがとう」
     二人は互いに顔を赤らめつつ、もう一度唇を重ねた。



     こうしてこの夜、ゼロは「双月暦」を制定し、そして同時に、シノンを正式な伴侶とした。

    琥珀暁・創史伝 終
    琥珀暁・創史伝 8
    »»  2016.08.12.
    神様たちの話、第34話。
    古き朋友。

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    1.
     双月暦の制定以降も、ゼロは様々なものを創り、築き上げた。
     その一つが、後に国の礎の一つとなる力――即ち「武力」だった。

    「紀元前日の戦い」を契機に、彼は村を守るための自警団を組織し、バケモノの襲撃を防ぐための防壁と監視塔を築くうち、結果として戦力を手に入れた。
     それはやがて防衛だけではなく、近隣の村落に出向いてバケモノを駆除、撃退する部隊へと進化し、その活躍は近隣村落の感謝と尊敬を集めることとなった。
     それに伴って各村との連携が密になり始める一方で、物々交換を主とした取引の件数は飛躍的・幾何的に膨れ上がり、破綻しかけていた。



    「タイムズ様!」
     いつの間にか尊称を付けて呼ばれることにもすっかり慣れたらしく、ゼロは謙遜することも無く、その呼び声に応じた。
    「どうしたの?」
    「本日も市場で喧嘩沙汰があり、ここ数日、まともな取引が行えません! いくら警備団の人間を増やしても、一向に収まりが付く気配がありません!
     どうか取引が円滑に進むよう、お力を示して下さい!」
     近隣の村人からの陳情に、ゼロは深くうなずいて返した。
    「うん、うん、安心して。対策は講じてある。明日か明後日には、公布するつもりをしてる。それまでは何とか、現場の話し合いで収めてもらえないだろうか」
    「さ、さようでございましたか! ご配慮に気付かず、失礼いたしました!」
    「いやいや、僕の方こそ対応が遅れて、迷惑をかけちゃったね」
    「いえいえ、滅相もございません! では、私はこれにて失礼いたします。
     期待しておりますぞ、タイムズ様!」
    「うん、頑張ってね」
     陳情を処理し、ゼロはふう、とため息を付く。
    「早いところ、おカネを用意しなきゃな。でもなー……」
     一人になったところで、ゼロはぼそぼそと、誰に言うでもないつぶやきを漏らしていた。

     と――。
    「国、いや、文明を一から創るのは、さぞや楽しいだろうね。君が昔ハマってたゲームみたいな感じだよね。
     傍から見てる私も結構ワクワクさせてもらってるよ、君の建国譚にね」
    「……え?」
     いつの間にか、ゼロの目の前には二人の人間が立っていた。
    「君は、……君は、まさか?」
     驚くゼロの顔を見て、その猫獣人はニヤッと笑った。
    「私が誰だか、分かるよね?」
    「分からないわけが無い。そんな言葉遣い、君以外にいるもんか!
     死んだかと思ってたよ、モール! まさかこうやって会えるなんて!」
     名前を呼ばれ、モールは肩をすくめる。
    「死んだようなもんだけどね。ま、中身は前のまんまさ」
    「だよね。その姿を見ただけじゃ、君だってまったく分からないよ。猫耳生えてるし」
    「アハハ、もう私にも『元』が何だったかあやふやだね」
     二人で楽しそうに一笑いし、ゼロが真顔になる。
    「それで、その子は? 狼獣人、……じゃ無さそうだな。毛並みとか耳の形がなんか、ちょっと、違うような……?」
    「ああ、狐っ子さ。山越えたトコにゃ、わんさかいるね」
    「山? ……山ってあの、南にある山? まさかモール、君、あの山を越えたの?」
     一々驚愕するゼロの反応が面白いらしく、モールはケタケタ笑っている。
    「へっへっへ、私にかかりゃチョイチョイってなもんだね。
     とは言えちゃんとしたルートを確立、構築するにゃもうちょい時間がかかる。ソレでもあと2、3年かけりゃ、向こうとの交流ができるようになるはずさね。
     ソコでいっこ、話があるんだよね」
     そう言ってモールは、その狐獣人の少女の肩に手を置いた。
    「この子の故郷で、かなりデカそうな金鉱床を見付けたね。君の計画する貨幣鋳造計画に、大きく貢献ができるはずだね。って言うか、計画が止まってる最大の原因は、ズバリ貴金属が無いからだろ?」
    「お見通しかぁ。うん、そうなんだ」
     恥ずかしそうに笑うゼロに、モールはニヤっと笑って返した。
    「君もどうやら権力と軍隊を手に入れたっぽいし、ちょっと手を貸してくれないかね?」
    「どう言うこと?」
    「その故郷に巣食ってるのさ、バケモノがね」
    琥珀暁・邂朋伝 1
    »»  2016.08.14.
    神様たちの話、第35話。
    千年級の会話;その椅子に座ったのは……。

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    2.
    「バケモノ……!?」
     三度驚く顔を見せたゼロに、モールは斜に構えて答える。
    「驚くような話じゃないはずだね。君だって散々見てきたろ?」
    「ま、まあ、そうだけど。いや、でも」
    「聡明なゼロ。君の考えてきたコト、言いたいコトは、同じく聡明なこの私にゃ、ちゃあんとお見通しだね」
     ゼロの言葉を遮り、モールはそう言ってのける。
    「皆がバケモノって呼んでた、アレ。
     あんな歪(いびつ)なイキモノが自然発生したり自然繁殖したり、ましてや何百年にもわたって生存圏を維持したりなんか、できると思うね?」
    「……いいや、思わない。あれは生物であって、生物ならざる存在だ」
     ゼロの言葉に、モールは嬉しそうに微笑んだ。
    「やはりゼロ、君は超絶級の大天才だね。ちゃんと、その点が分かってるね。
     そう、アレは結論から言えば『造られた』存在だ。何かしらの目的のためにね」
    「目的だって?」
     尋ねたゼロに、モールが平然と答える。
    「この世界を支配するって御大層な目的があったんだろうね、ソイツには。
     そのためにはまず、この世界に国だの街だのって共同体(コミュニティ)があってもらっちゃ困るワケだね。
     共同体ってヤツにゃ必ず組織だった思考、系統だった認識、お堅く言えば『文明』やら『文化』ができる。そう言う下地があるトコに、外から無理矢理武力制圧だの洗脳だのをけしかけたところで、100人中1人か2人か、あるいは5人か10人かは、絶対なびかないね。人間ってそーゆーもんだしね。
     ソイツにしてみりゃ、100人中100人が自分に心酔・心服し、未来永劫崇め奉って欲しいんだよね」
    「だからバケモノに村々を襲わせて、その共同体を形成しないようにしてたってわけか。
     そしてそのバケモノを、自分が倒してしまえば……」
    「倒したヤツは間違い無く英雄になる。100人中100人が、心服するコトになるね。
     そう、今の君のようにね」
    「……僕がその座を奪ってしまったと言うわけか」
     そう言ったゼロの額を、モールがちょんと突く。
    「ま、座っとけってね。そんなクソみたいなコト企てるヤツに、むざむざ渡したいような座じゃないからね。
     ゼロ、君こそその座にふさわしい男だね」
    「恐縮だなぁ。……まあ、僕が言うのも烏滸(おこ)がましいけど、確かに君の言う通り、そんな企みを――人間の尊厳を土台から奪うようなことをするような奴に、この座を渡したいとは思えない。
     だけどその話を聞いて、不安が一つある」
    「うんうん、なるほどね。その発案者が、アイデアと活躍の舞台を奪った君に報復するかも、ってコトだろ?」
    「ああ。こんな大それた計画を実行するような相手が本気で僕を殺しに来るようなことがあれば、僕が勝てるかどうか甚だ不安だし、交戦時の被害も計り知れない。
     せっかく築き上げた『この世界』が破壊されるようなことがあれば……」
     不安げな表情を見せるゼロに対し、モールは依然として皮肉げな笑みを浮かべている。
    「多分、無いね」
    「どうして?」
    「やるってんならとっくにやってるだろうからね。
     君が双月暦だか何だかって暦を制定して、どれくらい経つね?」
    「今年は双月暦6年だ」
    「だろ? やるってんなら元年の1月3日くらいに、……じゃないか、双月節3日だっけね、そんくらいで襲撃してくるだろうね」
    「ああ、うん。閏週を設定したから」
    「ソレさ、本当に君らしい、ロマンチックな設定の仕方だよね、アハハ。
     まあいいや、ともかく3日どころか、6年経っても何の音沙汰も無い。ってコトはだ、コレからも恐らく、襲撃なんてのは無いかも知れないよ?
     もしかしたらその発案者、うっかり死んじまったのかも知れないね。計画して、バケモノの種を蒔くだけ蒔いといて、うっかり自分がそのバケモノに襲われて……、なーんてコトになってるのかもね」
     そううそぶくモールに、ゼロは苦笑を返した。
    「だと、いいけど。
     ……あ、と。話を戻さないか、そろそろ」
    「あ、そうそう、忘れてたね」
     モールは傍らの狐獣人に、ぺこっと頭を下げた。
    「ごめんねー、エリザ。古い友達に会ったもんで、ついつい話が弾んじゃってね」
    「いえ、先生がみょんに楽しそうなん見るんも珍しいんで、アタシも見てて楽しいし」
     そこでようやく口を開いたその少女に、ゼロも頭を下げた。
    「済まなかったね、随分話し込んじゃって。……えーと、エリザちゃんだったっけ?」
    「あ、はい」
     その少女――エリザも、ゼロにぺこりと頭を下げた。
    琥珀暁・邂朋伝 2
    »»  2016.08.15.
    神様たちの話、第36話。
    変化と進化。

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    3.
     エリザを見て、ゼロが尋ねる。
    「さっきから気になってたんだけど、その子は?」
     尋ねられ、モールがニヤッと笑って答える。
    「私の弟子だね」
    「弟子だって?」
     その返答に、ゼロがけげんな顔を返した。
    「君が弟子を取ったってこと? イメージ沸かないなぁ。そう言うの、嫌いなタイプだと思ってたんだけど」
    「モノを教えてるってだけさ。かなり筋がいいんだよね、この子。私の魔術やら何やら、ひょいひょい覚えてくれるもんでね、すっかり私のお気に入りさ。
     勿論、上下関係なんかクソ喰らえってなもんだけどね。コイツにも『先生って呼ぶな』っつってんだけどね」
    「なんぼなんでもソコは大事やん。教わっとるワケやし」
     そう答えたエリザに、モールは肩をすくめる。
    「いーっての。……ま、ソコ以外は気楽にやってるけどね。妹みたいな感じで扱ってるね」
    「ああ、そう言う方が君らしい。ホウオウに対しても君、よく『おねーちゃんに任せときなってね』って言ってたし」
    「アハハ、言ってた言ってた」
    「おね……?」
     きょとんとするエリザに構わず、ゼロとモールは昔話に花を咲かせている。
    「……ああ、三人で色々やってた時が懐かしい。あの頃は本当に、楽しかった」
    「今だって楽しいね。この新しい、……いや、ドコだろうと、気ままに旅するってのが、ね」
    「そうだね、君はずっと、『気楽に放浪の旅ってのが私の夢だね』って言ってた。夢が叶ったわけだ」
    「そーゆーコトさ。ま、むしろ君の方が今、楽しくないかも知れないね。ひとつところでじっとしてたいタイプだって言ってたしね」
    「いや、今は今で楽しいよ。さっきも君が言ってた通り、こうやって現実で国造りするのは、ある意味夢だったから」
    「そりゃ良かった。アイツはどうなんだろうね?」
    「楽しんでるんじゃないかな? あの後、直接会ったわけじゃないんだけど、人づてに様子を聞いたんだ。彼は彼で、気ままにやってるっぽいよ」
    「ソレもアイツらしいっちゃらしいね、アハハハ」
    「確かにそうだ、ふふふ……」
     ゼロは椅子から立ち上がり、モールたちに付いてくるよう促した。
    「今日はもう遅い。もっと色々、ゆっくり話をしたいんだけど、僕の家に泊まっていってくれる?」
    「ああ、喜んで。魔物の話だって今日、明日で状況がガラッと変わるワケじゃないしね。ソレにもっと、エリザの話を君にしてやりたいし。
     構わないよね、エリザ?」
     モールの問いに、エリザはこくりとうなずく。
    「よっしゃ、そんじゃ行こうかね」
     モールたちを連れ、ゼロは執務室を後にした。
    「で、ゼロ」
     その途中で、モールがニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「ココ、ただのお役所ってワケじゃないよね?」
    「って言うと?」
    「王様がお城に通って、平屋に住むっての?」
    「ああ……」
     ゼロは小さくうなずき、恥ずかしそうに微笑む。
    「まあ、そうだね。ここが僕の家だ」
    「やっぱりね」
     そう返し、モールは廊下の真ん中で立ち止まる。
    「世界初のお城ってワケだね、ココは」
    「そうなる」
    「ただ、私らのイメージするような宮殿だとか城塞だとかにゃ、まだちょっとばかし程遠いけどね。
     ま、ソレも時間の問題か。後10年、20年も経ちゃ、ソレもできあがるだろうねぇ」
    「どうだろう? まだまだやることは一杯あるから、とてもそこまで手が伸ばせないかも知れないし」
    「ソレでも30年はかからないだろうね。
     予言したげるよ。きっと30年以内に、ココにはでっかい城が建ってるね」
    「君が予言だって?」
     モールの言葉に、ゼロは苦笑して返した。
    「徹底した現実主義者のくせに、予言だの占いだの言い出すとは思わなかった」
    「新しい世界に来たんだ。どんなモノだって、色々変わるもんさね。……いや、変えていくって方が正しいかね」
    「なるほど。それもいいかも」
    「『なるほど』? 君だって変わったじゃないね」
     そう言って、モールはゼロの背中を小突いた。
    「あいてっ」
    「朴念仁だった君に奥さんがいるとか、聞いてビックリってもんだね。ソコら辺も聞かせなよ、ゼロ」
    「あ、うん、それは勿論。むしろ喜んで紹介したいよ」
    「ヘッ、ノロケちゃって」
     モールは笑いながらもう一度、ゼロを小突いた。
    琥珀暁・邂朋伝 3
    »»  2016.08.16.
    神様たちの話、第37話。
    ゼロの家族。

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    4.
     ゼロの住む部屋に通されたところで、モールたちは赤ん坊を抱えた長耳の女性から、挨拶を受けた。
    「ようこそいらっしゃいました。わたしがゼロの妻、シノン・タイムズです」
    「どーも。私はモール。こっちのはエリザ」
    「ど、ども」
     師弟揃って頭を下げ、すぐにモールがシノンにすり寄る。
    「可愛い子だね。何ヶ月?」
    「え? ええ、ありがとうございます。4ヶ月になります」
    「男の子? 女の子? お名前は?」
    「男の子です。名前はバルトロ」
    「ほうほう。概ね、奥さん似だね」
    「あら、そうかしら」
     元々から人懐こい性格のためか、二言三言交わす間に、シノンとモールは親しく会話し始めていた。
    「で、もう一人は?」
    「えっ?」
     が、モールの一言に、シノンは目を丸くする。
    「どうして子供が2人だと? ゼロからお聞きに?」
    「違うね。後ろ、後ろ」
     モールに示され、シノンは背後を振り返り、「ああ」と声を上げる。
    「こっちにいらっしゃい、アロイ。お客さんにご挨拶して」
    「はい」
     とてとてと歩み寄ってきた子供を見て、モールは満面の笑みを浮かべた。
    「やぁやぁアロイ、君の方はお父さん似だね。耳だけ長いけど」
    「うん」
    「私はモール。よろしくね」
    「よろしく」
     モールがアロイの前にしゃがみ込み、とろけそうな笑顔で握手を交している間に、ゼロはエリザに声をかけていた。
    「エリザちゃん、そう言えば君は今、いくつなのかな」
    「さあ……? 先生に会うまでアタシ、年の数え方とか全然知りませんでしたから」
    「あ、そっか」
    「先生と会うてから8年経ちます。ソレ以外は、アタシの年数はさっぱりですわ」
    「そうか……。
     良かったら色々聞かせてもらえるかな? 君のお師匠さん、僕の子供たちに夢中みたいだから、君のことをじっくり話してもらいたいな」
    「はあ……」
     きょとんとした顔を見せたエリザに、シノンも寄ってきた。
    「わたしも興味あるわ。毛並みが『狼』とちょっと違うし、この辺りの子じゃないわよね?」
    「ええ、山の向こうに住んでました」
    「本当に?」
    「らしいよ。お師匠さんと一緒に、山越えしたんだって」
     夫の言葉を聞いて、シノンはさらに興味深そうな目を、エリザに向ける。
    「すごく聞きたいわ、その話。ね、エリザちゃん。お菓子は好きかしら」
    「はい」
     素直にうなずいたエリザを見て、シノンは嬉しそうに微笑んだ。
    「じゃあ、用意するわね。お菓子食べながら、ゆっくりあなたのこと、ゼロと一緒に聞かせてね」
    「は、はい」
     と、いつの間にかモールが、エリザの側に立っている。
    「お菓子? 随分文化的だね。砂糖も作ったっての?」
     モールの問いに、ゼロが答える。
    「ああ。あと、小麦粉も作れるようになってきた」
    「そりゃすごいね。……ねえ、エリザ」
     モールはエリザの頭をぽんぽんと撫で、こう言った。
    「こっちでも色々、勉強しといた方がいいね。
     どんなコトでも学んでおいて損は無いってコト、ちょくちょく言ってるけども、この街では特に覚えといた方がいいコト、一杯あるだろうからね」
    「はい。確かゼロさんも、魔術教えてはるんですよね?」
    「あ、うん」「いや、そんなのよりもだ」
     ゼロがうなずいたところで、モールがそれをさえぎる。
    「人と街を治める方法、美味しいご飯を毎日食べられる秘訣、その他いくらでも、魔術以外に学べるコトはいっぱいあるからね。
     私からは魔術くらいしか教えられないけど、ソレ以外はこの街で、たっぷり修めて覚えときな」
    「はいっ」
     話している間に、シノンが皿いっぱいに焼菓子を持ってくる。
    「お待たせしました。さ、聞かせてちょうだい、エリザちゃん」
    「あ、はい。……えーと」
     戸惑う様子を見せたエリザに、シノンがにこっと笑みを返した。
    「そうね、まず山の向こうのお話から、……ううん、あなたの故郷の話から、聞かせてもらえるかしら?」

    琥珀暁・邂朋伝 終
    琥珀暁・邂朋伝 4
    »»  2016.08.17.
    神様たちの話、第38話。
    大魔法使いの登場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。
    「ひっ、ひっ、ひいっ……」
     腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。
    「アカンてアカンてアカンて……ッ!」
     男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
     男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、6つの爛々と光る、真っ赤な目――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
    「助けてえええ! だっ、誰かあああ……ッ!」
     そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。

     その時だった。
    「ほい」
     ボン、と音を立て、六つ目の狼の片脚が爆発、四散する。
    「……お、……え、……な、何?」
     来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
    「あんた、助けてって言ったじゃないね」
    「え? ……え? 誰?」
     声のした方を向くと、そこには三角形でつばの広い帽子を深く被った、猫獣人らしき男の姿があった。
    「い、今の、アンタがやったん?」
    「ああ。……あーっと、まだ動くなってね」
     猫獣人は杖を掲げ、残った脚をガクガクと震わせて立ち上がろうとする六目狼の前に立ちはだかる。
    「きっちり燃やしといてやろうかね。『フレイムドラゴン』!」
     ぼ、ぼっ、と音を立て、人の頭ほどもある火球が5つ、六目狼の頭と胸を刺し貫く。
    「ゴバ、……ッ」
     六目狼は残った口から大量の血を吐き、どしゃっと水気を含んだ音を立てて、その場に崩れた。
    「……な、何なん? アンタ、何者や?」
     死の危険が去ったことはどうにか理解したものの、男は別の恐怖を、その三角帽子の「猫」に抱いていた。
    「何者って? まあ、んー、何て言えばいいかねー、……じゃあ、大魔法使いとでも」
    「大、……まほ、……う?」
     猫獣人の言っている言葉が――意味が、ではなく、単語そのものが――分からず、男は呆然としながら聞き返す。
    「あー、何でもいいね。説明、めんどいしね。
     ともかくさ、助けてもらったヤツに対してさ、何か言うコト無いね?」
    「……あ」
     男はそれを受けて、どうにか平静を取り戻した。
    「ありがとうございます、……えーと」
    「ん?」
    「あの、お名前は」
    「あ、私の? んじゃ、モールで」
    「モール……、モールさん、ですか」
     名前を繰り返した男に、モールは口をとがらせる。
    「人の名前聞いたんだから、あんたの方も名乗ってほしいんだけどね」
    「え、わし? ……あ、そうですな、ええ。わしはヨブと申します。ヨブ・アーティエゴです」
    「ん。よろしくね、ヨブ」
     そう言ってモールは、ヨブと名乗った狐耳の男に笑いかけた。

     そのまま二人で下山しつつ、モールはヨブから色々と話を交わしていた。
    「へー、砂金ねぇ」
    「そうなんですわ。さっき会うたとこからもうちょい上の方に洞窟みたいなんがあるんですけども、そん中に川がちょろっと流れとりましてな」
    「地下水脈か。そん中で採れるってコト?」
    「ええ。割りと適当にざばっと掬(すく)うても、結構キラキラっと採れるんですわ」
     そう言ってヨブは腰に提げていた袋を開き、モールに中身を見せる。
    「確かにキラキラしてるね。で?」
    「で、……ちゅうと?」
    「キラキラしたの取れましたー、わーい、……で終わりじゃないよね?」
    「そら、まあ。後は鉛を混ぜて溶かして、より大粒の金を取り出します。
     ほんで、それを指輪とかピアスとかに飾り付けするのんを生業にしとります」
    「宝飾屋ってワケか。……にしちゃ、飾りっ気無い格好してるね」
     モールにそう評され、ヨブは反論する。
    「いやいや、砂金採りするのんに小洒落た格好してどないしますねん」
    「ああ、そりゃそうだね。じゃ、自宅じゃソレなりにカッコ付けてるワケだね」
    「そら、もう」
    琥珀暁・狐童伝 1
    »»  2017.05.01.
    神様たちの話、第39話。
    砂金と宝飾屋。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うん、いいね。かっこいいデザインだ」
     ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。
    「ですやろ?」
    「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」
     砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもらったお礼にと、自分が造った腕輪を渡した。
     モールはその腕輪がすっかり気に入ったらしく、右腕に付け替えたり、左腕に戻したりして、ずっといじくり回している。
    「正直言や、こんな原始スレスレの世界じゃろくなものも手に入らないだろって思ってたけど、なかなかどうして、こんなにいい逸品をもらえるなんて思ってもなかったね。
     いやいや、見直したよ、ヨブ」
    「ほめられとるんかけなされとるんか、よお分かりませんなぁ」
     苦い顔を向けたヨブに、モールは「いやいや」と肩をすくめて返す。
    「ほめてるさ、素直にね。
     ……ってか、そうだ。ちょいと色々聞いてもいいね?」
    「なんでっしゃろ」
    「いやさ、私ゃコレまであちこち回ってきたんだけどもね、ココみたいに大きな村は初めて見るんだよね。ざっと見た限りじゃ、商売してたりおめかししてたり、かなり文化的なコトしてたみたいだしね。
     他んトコはもっとちっちゃくまとまってるか、さもなくばグチャグチャに引っ掻き回されて壊滅してるかって状態だったんだけどもね」
    「さっきのんみたいなバケモノが時々出る、みたいな話はわしもよお聞きますな。
     ただ、ここは狡(こす)い奴が仰山おりまして、落とし穴掘ったり落石使うたりとか、罠を仕掛けて撃退しとるんですわ」
    「はっは、すごいねぇ。なるほど、ソレでこの村は他に比べて文化的だってワケか」
    「ちゅうても万全、盤石っちゅうわけには行きませんけどな。さっきのわしがええ見本ですわ。恥ずかしながら、わしは昔っから鈍臭い、鈍臭いとよお言われとりまして」
    「センスはいいのにねぇ」
     モールにそうほめられたものの、ヨブは肩をすくめ、こう返す。
    「それだけで生かさせてもろてるようなもんですわ。正直、装飾具造る腕あらへんかったら、カネも手に入りませんやろし、飯も住むとこもさっぱりでしたやろし」
    「あん?」
     モールは納得が行かない、と言いたげな表情を浮かべる。
    「君、卑屈になりすぎじゃないね? 宝飾屋だって立派な仕事だね。君がいなきゃ、その腕の立つ奴らはみんな、クソダサいまんまだろ?」
    「……ぷっ」
     モールの言葉に、ヨブが噴き出した。
    「はは……、そうですわ。言うたらそうですな」
    「だろ? 後ろめたく思う必要、全然無いってね。そんな風に自分を卑下してばっかじゃ、女も寄ってこないね」
    「あー……、いや、わしにはもう、十分ですけどな」
     そう返したヨブに、モールはけげんな表情を浮かべる。
    「って言うと?」
    「わし、昔おったんです、奥さん。今はもう、亡くなってしもたんですけども」
    「ありゃ、そうだったか。ゴメンね、変なコト言って」
    「いやいや、そう思うんも無理は無いですわ。こんなしょぼくれたおっさん……」
     言いかけたヨブの鼻を、モールがつかむ。
    「ふひゃっ!?」
    「だーから言ってるじゃないね、卑屈になるなって。君の腕は確かだ。私がバッチリ保証してやるね」
    「は、はんはひほひょうひゃれひぇひょ……(アンタに保証されても……)」
    「なんだよ、私じゃ不満だっての? えっらそうにしちゃってねぇ」
     モールは鼻をつかんでいた手を、ぴっと離す。その拍子に、ヨブの口と鼻から妙な音が漏れた。
    「ぷひゃっ!」
    「アハハ、『ぷひゃ』だって、アハハハハハハ」
     モールは顔を真っ赤にするヨブを見て、ゲラゲラと笑い転げていた。
    琥珀暁・狐童伝 2
    »»  2017.05.02.
    神様たちの話、第40話。
    二人の邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と、玄関の戸が開く気配がする。
    「おう、おかえり」
     玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。
    「ただいまー」
    「ん? 君、子供いたの?」
    「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」
    「ああ、そっか、そうだっけね」
     程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。
    「……お客さん?」
     きょとんとした顔で尋ねた女の子に、モールは手を振る。
    「ああ、お邪魔してるね」
    「は、はじめまして」
     女の子の陰に隠れつつ、その子の弟らしき男の子が挨拶する。
    「はーい、はじめまして」
     そう返したモールを見て、ヨブが苦笑する。
    「モールさん?」
    「なんだよ」
    「子供、お好きなんです?」
    「なんで?」
    「顔、めっちゃニヤけてますで」
    「……」
     恥ずかしかったのか、モールは三角帽子を深めに被り、ぷいっと顔を背けてしまった。
     しかし子供たちは意に介していないらしく、モールが顔を背けた方向へぐるっと回り込む。
    「モールさんて言うのん?」
    「ん、ああ。モールだ。よろしくね」
    「よろしゅう、モールさん」
     女の子はにこっと笑い、こう返した。
    「アタシはエリザ。後ろのんが弟のニコルです」
    「ああ、うん。どうもね、エリザにニコル」
     顔を隠していてもモールが赤面しているのを察したらしく、ヨブはこの間、くっくっと声を漏らし、笑いをこらえていた。

     ヨブがにらんだ通り、やはりモールは、子供に対して非常に好意的であるらしかった。
    「ほーら、今度はちょうちょだ」
     会って30分もしないうちに、モールはすっかりヨブの子供たちと仲良くなっていた。
     モールが魔杖の先にぽん、と光を浮かべ、それを鳥や兎、猫など様々な形に変えて天井高く飛ばすのを、子供たちは目をキラキラと輝かせて眺めている。
    「なぁ、なぁ、モールさん! 次は? 次は?」
    「ふっふ、お次はー……」
     言いかけて、モールは「おっと」とつぶやいた。
    「もう日が暮れる時間か。そろそろお暇しなきゃね」
    「えー」「もっと見せてーな」
     去ろうとするモールを、子供たちが引き止める。
     そしてヨブも、子供たちに続いた。
    「モールさん、今日はウチに泊まらはりませんか? ちゅうか、そのつもりで用意しとったんですけども」
    「え? ……あー、君がいいってんなら、お言葉に甘えちゃおうかね」
     モールの返事を受け、ヨブは嬉しそうに笑みを浮かべる。
    「ええ、是非。もうそろそろご飯の用意もできますんで、もうちょっと待っとって下さい」
    「あいあい。んじゃエリザ、お次は何が見たいね?」
    「えーと、えーと……」
     エリザは口ごもり、手をパタパタさせている。どうやら見たいものが、言葉でうまく表現できないらしい。
    「なんだろ? 動物かね?」
    「うん、あのー、おっきいやつで、しっぽがあって、あしが長くて、かおも長くて、……何て言うたらええんやろ、えーと」
     そう言って――エリザはくい、とモールの魔杖をつかみ、引っ張った。
    「こんなん」

     直後、笑っていたモールが目を見開き、絶句する。
     自分の魔杖の先から、光る馬がひょい、と飛び出し、天井に向かって走り去ったからだ。
    「……え?」
    「あ、コレ。コレやねん」
    「ちょ、……君? 今、どうやったね?」
     モールは血相を変えて、エリザに尋ねる。
     が、エリザはきょとんとした顔で、何の裏も悪気も無さそうな口調でこう返した。
    「どうって、今モールさんがやらはったみたいな感じで、でけるかなー思て」
    「でけるかなー、……じゃないね。確かに呪文は口で唱えてはいたけども、ソレを全部覚えたっての? しかもアレンジまでして」
    「うん」
    「じょ、冗談じゃないね!」
     モールは唖然とした様子を見せ、エリザの頭をぺちっと叩く。
    「あいたっ?」
    「んなコト、チョイチョイっとできるもんじゃないね!
     呪文の構文からして、この世界の言葉じゃないんだよ!? しかも『こっち』の言葉で応用利かすなんて、とんだ離れ業だね! あまつさえ、魔術はマフ持ちじゃなきゃ、……いや、こんなコト君らに言ったって何が何やらだろうけどもね、……ああ、いや、いいや。
     エリザ、ご飯前に何なんだけどね」
     モールは慌てた素振りでエリザの手を引き、屋外へ連れ出した。
    琥珀暁・狐童伝 3
    »»  2017.05.03.
    神様たちの話、第41話。
    MUAF(マフ)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「どないしたん、モールさん?」
     家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。
    「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」
    「何が?」
    「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」
     モールは説明しつつ、呪文を唱え始める。
    「魔術使用可能因子(Magic Using Available Factor)、その頭文字を取ってマフ(MUAF)。
     コレはヒトだとか、多少脳みその進化した生き物の中に含まれるコトがあるモノなんだけどもね」
    「……?」
     モールの説明に、エリザはきょとんとするばかりである。
    「あー、いいや、ともかく魔術が使える素質だね。逆に言えば、ソレを持ってないとまず、魔術は使えない。
     何で私がこんなにビックリしてるかって言うとね、元々私がいた世界じゃ、生まれながらにしてコレを持ってるヤツは、100万人に1人だとか、1000万人に1人だとか言われてたからさ。
     ソレなのにさ、今日偶然会った君がマフ持ちだなんて、誰が予想するかってね。……いや、でもこの世界は、私の世界とは大きく在り様が異なってるもんねぇ。君みたいにふわふわで超可愛い耳と尻尾を持ってるヤツなんて、私のトコじゃ一人も見かけなかったしね。
     だから逆に、ココはそーゆー世界なのかも、……っと」
    「えーと……?」
     話に付いていけていないらしく、エリザは戸惑った様子を見せている。しかしモールはそれに構わず、話を続けていた。
    「検査終了だね。やっぱりエリザ、君はマフ持ちだった。しかもコレは、……いや、……もしかして……だとすると……」
     それどころか、モールは一人でぶつぶつと独り言を始めてしまい、エリザは完全に放置されてしまった。
    「……んもぉ、何やのん?」
     エリザは唇をとがらせながら、モールの尻尾をぐにっと握り締める。
    「……つまりこの世界は派生型の……うぎゃあ!?」
     尻尾を締められ、モールは大声を出して飛び上がった。
    「いてててて……、うー、尻尾ってこんなに敏感なんだね、……じゃないや。
     何すんのさ、エリザ?」
    「こっちのセリフやん。何やワケ分からんコトぎょーさんブツブツ言うて、何なんっちゅう話やん?」
    「あー、そうだったね。ゴメンゴメン。……えーと、まあ、ともかく。
     結論から言うとエリザ、君には魔術を使える素質があるね。ソレもかなりの素質だ。ちょっと修行すれば、私みたいにひょいひょいっと扱えるようになるかも知れないね」
    「え、ホンマに?」
     モールにそう聞かされ、エリザは目を輝かせた。
     と、家からヨブが出てくる。
    「どないしはったんです、モールさん? ウチの子に何かありました?」
    「ん? ああ、まあ、色々ね。
     んじゃ、詳しいコトはご飯の後に話そうか、エリザ」
    「はーい」

     そして夕食を終えた後、モールはヨブたち一家を並べ、こう切り出した。
    「ヨブ、君の娘さんには稀有な才能があるね。私が君を助けるのに使った、魔術の才能がね」
    「はあ」
    「でもコレは、放っといて伸びるような才能じゃないね。誰かが使い方を教えなきゃ、一生埋もれたままの才能だ。
     だからヨブ、私はこの子に色々教えてやりたいんだけど、構わないかね?」
     そう問われ、ヨブはけげんな顔になる。
    「教える、……ちゅうのんは、モールさんがこの村に住んで、っちゅうことですか?」
    「ソレか、私の旅にこの子を連れていくかだね。
     勿論、まだ10歳にも満たなさそうな幼子をウロウロ連れ回すなんてかわいそうだし、できれば前者がいいよね。
     だけどもし、この村が私を受け入れないってコトになったら、その時は私に預けてほしいんだよね」
    「無茶言わんで下さい」
     モールの提案に対し、当然ヨブは渋る。
    「今日会ったばかりのあんたに、娘を預けろと?」
    「分かってる。無茶だってコトは、十分承知さね。
     でもソレだけの価値がある。だからお願いするのさ」
    「うーん……」
     ヨブは眉間にしわを寄せ、うなるばかりである。
     その後もモールは熱心に説き続けたが、結局ヨブは、首を縦に振ることは無かった。
    琥珀暁・狐童伝 4
    »»  2017.05.04.
    神様たちの話、第42話。
    モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。
    (ダメだこりゃ)
     村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。
     そればかりか、彼らの中にはモールへいきなり殴りかかってくるような者さえおり、そうした粗暴で野蛮な人間を嫌うモールは、この村に留まることをあきらめるしか無かった。
    (あーあ……、残念だね。折角アレほどの逸材を見付けたって言うのにねぇ)
     モールは渋々、村から出る支度を整えることにした。

     その日の昼過ぎには旅支度が終わり、モールはヨブたちへの挨拶もそこそこに、村を出て行った。
    「あー……、エリザのコトでちょっとウキウキしてたけど、その他で全部帳消し、って言うよりマイナスだねぇ。
     もう二度とあんな居心地悪い村に来るコトは無いだろうね」
     そんなことを一人、ブツブツとつぶやきながら、モールは村から北へと進み、やがて海岸へ行き着く。
    (そー言やハラ減ったねぇ。魚とか捕れるかなぁ)
     モールは荷物を木陰に下ろし、魔杖に紐と針を付け、釣りを始めた。
    「……ふあぁ」
     が、始めて10分もしないうち、モールは眠気を覚える。
    (ちょっと寝るか。自動で釣れるように魔術かけときゃいいし)
     モールは魔杖に魔術をかけ、その前でごろんと横になった。



     うとうととし始めたその刹那、モールは一瞬だけ、夢を見た。

    「無いコトは、無い」
     そう返した彼に、モールは問いかける。
    「ドコ?」
    「北中山脈。ボクたち一門がもしものために作ったモノがあるんだ」
    「行こう」
     もう一人が立ち上がる。
    「これ以上、じっとしてはいられないよ」
    「賛成」
     モールも続く。
     が、彼は苦い顔をする。
    「問題が3つある」
    「3つ? 何さ」
    「第1。モール、キミの……」



    「……ん、あ?」
     はっと目を覚まし、モールは上半身を起こす。
     と同時に、視界に金と赤の、ふわふわした毛並みが映った。
    「……あ?」
     モールが間の抜けた声を上げた途端、その毛玉がふわっと震え、持ち主が振り返った。
    「あ、おはよう、モールさん」
    「……いや、おはようじゃなくってさ、エリザ」
     モールは上半身を起こし、エリザをにらむ。
    「君がなんでココにいるの? もう村から大分離れたはずなんだけどね」
    「こそっと付いてきてん」
    「付いてきてん、……じゃないね」
     モールは呆れつつ、エリザにデコピンする。
    「あいたっ」
    「さっさと帰るよ。私ゃ旅に出るつもりなんだし、コレ以上村に滞在する気も無いしね」
    「あ、ソレなんやけど」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アタシも旅、一緒に行きたいなーって」
    「は?」
     モールは再度、エリザにデコピンする。
    「あいたっ、……何やのん、さっきからアタシのおでこ、ぺっちんぺっちんしよって」
    「そりゃするさ。寝ぼけたコト抜かしてるからね。
     いいかいエリザ、君のお父さんと話し合って、連れてけないし私も住めないって結論になったってコト、横で聞いてたろ?」
    「そんなん、お父やんとモールさんが勝手に話しとったコトやん。アタシは行く気満々やし」
    「アホか。君みたいなちっちゃい子が勝手に行きたいだの何だの言って、ソレが通ると思ってるね?」
    「通すもん」
    「どーやら3回目のデコピン食らいたいみたいだね、このアホは」
    「アホ言うなや、……ていっ」
     言うが早いか、今度はエリザがモールにデコピンした。
    「うわっ!? ……こんのおバカっ」
    「アホ言う方がアホやもーん。……まあ、このまんま出てったら、確かにお父やんもニコルも心配するやろし、いっぺん帰ろ?」
    「君が決めるコトじゃないっての。……とは言えだ。君の言う通りだし、帰るけどもね」
     モールはエリザの手を引き、渋々村へと引き返した。
    琥珀暁・狐童伝 5
    »»  2017.05.05.
    神様たちの話、第43話。
    強情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。
    「何のつもりですか、モールさん」
    「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」
     モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。
    「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」
     そう言って踵を返しかけたところで、エリザが言い放った。
    「帰らへんよ」
    「は?」
     ヨブが振り返ると同時に、モールがエリザの頭をぺちんと叩いた。
    「アホっ」
    「いったー……、もう、ええかげんにしてーな。ホンマにアホになるやんか」
    「もうとっくにアホだっつーの。なんべん言えば分かるね!?」
    「……大体察しました」
     と、ヨブは呆れた顔を見せる。
    「エリザ、お前が行きたい行きたい言うて、モールさんとこに付いて行ったっちゅうことで間違い無いな?」
    「うん」
    「やっぱりか」
     そう言うなり、ヨブはエリザの側に寄って、ばしっと彼女に平手打ちした。
    「いたあっ……!?」
    「わがまま言うんも大概にせえ! モールさんがどんだけ困っとるか、分からへんのか!」
    「……分かってへんのはお父やんやろ」
     真っ赤になったほおに手も当てず、エリザは言い返す。
    「アタシはモールさんに付いてって、ベンキョーしたいねん。
     このまんま村にいとっても多分、お父やんのアトついで、お父やんみたいに村中から『どんくさいヤツ』って後ろ指さされるだけやん」
    「んなっ……」
     ヨブの顔に怒りの色が差すが、エリザは止まらない。
    「アタシはそんなん、だれにも言わせへん。『エリザはすごいヤツやで』って言わせたるんや」
    「……~っ」
     ヨブは顔を真っ赤にし、ついにこう言い捨てて、背を向けてしまった。
    「そんなら勝手にせえ! もうお前なんか知らん!」
    「……」
     そのまま歩き去っていくヨブを眺めつつ、モールがエリザの手を引く。
    「ホントにおバカか、君。ちゃんと謝れって」
     対するエリザは、キッとモールをにらみ返す。
    「アタシがあやまるコトなんか何もない。周りから言われとるコト、そのまんま言うただけや」
    「んなコト言ってるうちは、絶対連れてかないよ」
    「せやったら勝手に付いてく」
    「なら蹴っ飛ばす」
    「ならけり返す」
    「……」「……」
     そのまま、二人でにらみ合い――。
    「……この強情娘め」
     モールは杖の先で、エリザの頭をがつんと殴った。
    「あだっ……!」
    「最後通牒だ。私に付いてって殴られまくるか、お父さんのトコに謝りに行くか、今選べ」
     エリザの頭から、血がポタポタ流れている。
    「じゃあね」
     モールも踵を返し、そのまま村の外まで歩き去った。

     村の外に出て、モールは振り返る。
    「……とことんまでアホか、君は?」
     そこには血と涙を流しながら付いて来る、エリザの姿があった。
    「アホでもっ、なんでも、……グスっ、行くって決めたんや、……ひっく、死んでも付いてくで、……ひっく、モールさん」
    「ああそうかい、分かったよ」
     そう言ってモールは、魔杖を振り上げた。
    「……っ」
     それを見てエリザは頭を抱え、しゃがみ込む。
     が――モールは魔杖の先をとん、とエリザの頭に置き、呪文を唱える。
    「『キュア』」
    「……え?」
    「治療術の初歩だね。実演は今の一度きり。呪文は今日だけ教えてやる。後は自分で練習しろ。明日までにできなきゃ今度こそ帰れ。
     分かったね?」
    「……」
     エリザはぽかんとした顔で立ち上がり、綺麗に傷が消えた自分の頭を撫で、それからうなずいた。
    「……うん。分かった」



     ここから「大魔法使い」モールと少女エリザの旅が――即ち、歴史上最初の大英雄と称される、彼女の物語が始まる。

    琥珀暁・狐童伝 終
    琥珀暁・狐童伝 6
    »»  2017.05.06.
    神様たちの話、第44話。
    放浪講義。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。
    「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」
    「はい」
     にっこり笑って答えたエリザに、モールはちょん、と空に向かって人差し指を立てる。
    「やってみ?」
    「はーい」
     言われるがまま、エリザは呪文を唱え、モールがやってみせたのと同じように、空中に人差し指を向ける。
    「『ファイアボール』!」
     次の瞬間、ぽん、と音を立てて、彼女の握りこぶし程度の火球が空に向かって飛んで行った。
    「おー、上出来。……いやぁ、教えがいがあるね。今んトコ、全部使えてるしね」
    「えへへ……」
     と、エリザが照れ笑いを返したところで、モールは一転、神妙な顔をする。
    「……」
    「どないしたん?」
    「いや、……君さ」
     モールはエリザの手をつかみ、たしなめた。
    「火傷してるね」
    「……バレた?」
    「バレないワケ無いね」
     エリザの指先を治療しつつ、モールは彼女の術を考察する。
    「呪文聞いた限りじゃ、保護構文はちゃんとしてたね。となると原因は、パワーオーバーか」
    「ぱ……わ?」
    「君の魔力が強すぎて、私が組んだ呪文じゃ制御しきれてないってコトさ。
     とは言え、呪文を優しく書き直すなんてのもナンセンスだしねぇ。カンタンなコトしかやらないヤツは、いつまで経ってもカンタンなコトしかできないしね。
     となると……」
     モールは自分が持っていた魔杖をひょいと掲げ、こう続けた。
    「ちゃんとした装備を整えるか」
    「そうび?」
    「君の魔力に見合うだけの武器と、後、コレからの旅を安全に過ごせるような服装だね。
     ただ、服とかそう言うのはともかく、武器ってなるとねー」
     モールは困ったような表情を浮かべ、魔杖を下ろす。
    「魔力が活かせるような武器を造るのが、この世界じゃまず無理なんだよねぇ」
    「どう言うコト?」
    「設備も素材も無いってコトさ。実を言うとさ、私も今持ってるこの魔杖じゃ満足してないんだけどもね、かと言って納得行くレベルのモノを造りたくても造れないし。
     ま、設備の不足については魔術やその他知識でカバーできなくは無いんだけども、素材ばっかりは実際に無きゃ、どうしようも無いね」
    「ほな、どうするん?」
    「どうにかするとすりゃ……」
     そう言いながら、モールは懐から袋を取り出した。
    「あちこち旅する途中で、集めるしか無いね」
    「その袋って、もしかして……」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤニヤと笑って返す。
    「そう、金さ。と言っても、君のお父さんからもらったとか盗んだとかじゃないね。君のお父さんが教えてくれた秘密の採取場で、私も採ってきたのさ。
     そうだ、ココでいっこ教えておこうかね」
     モールは袋の中の砂金をエリザに見せつつ、講義を始めた。
    「金とか銀、あと銅なんだけどね。この種の金属は魔術、って言うか魔力との親和性が高いんだね」
    「しんわせい?」
    「平たく言や魔力を溜めやすいし、放出もしやすい素材ってコトだね。
     だからその辺りの金属を素材に使えば、かなり質のいいモノができるね。……ま、この量じゃ杖一本ってワケにゃ行かないけども。せいぜいアクセントにするくらいだね。
     そもそも金単体じゃ柔らかすぎるし、杖本体にゃ銀とか銅の方がいいけど」
    「んー……? 杖いっこ造るのんに、結局何がいるん、先生?」
     尋ねたエリザに、モールは腕を組みつつ、ぽつりぽつりと答える。
    「そうだねぇ……、先端部分はやっぱり高純度の水晶がいいねぇ。柄の部分は最悪、ソコらの木材でも十分なんだけど、できるなら金属製にしたいね。頑丈だし。
     つっても銀や銅そのまんまじゃ、やっぱり柔らかすぎて使い物にならない。錫(すず)とか亜鉛とか、亜銅(ニッケル)と混ぜて合金にしなきゃ、まともなモノにゃならないね」
     そう聞いて、エリザは首を傾げる。
    「すず……」
    「どうしたね?」
    「すずってぽろぽろした、白っぽい金属のコト?」
    「まあ、金属なんて大体白か銀色だけどね。形は確か、君の言った感じだったと思う。
     もしかして採れる場所知ってるとか?」
    「知ってるっちゅうか、前にお父やんが村の外の人と話しとる時に、そんな感じの話聞いたなーって。その人からさっき言うた金属も見せてもろたし」
    「へぇ? ドコの人って言ってた?」
     そう問われ、エリザはもう一度首を傾げ、眉間にしわを寄せる。
    「えーっと、うーん……、えーとな、……確か、西の方から来たって」
    「西、ねぇ。君のいた村が東の端の方だったし、西ってだけじゃはっきりしないね。
     ま、ある程度の目星は付くか。金属持ってきたってんなら、鉱山が近いだろうしね」
     モールはきょろ、と辺りを見回し、山を指差した。
    「道もあっちに続いてるし、あっちに向かってみるかね」
    「はーい」
    琥珀暁・錬杖伝 1
    »»  2017.05.08.
    神様たちの話、第45話。
    モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。
     その道中、モールはこんな質問を向けてきた。
    「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」
    「どう言う意味?」
     尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。
    「いやさ、あの村って排他的って言うか何て言うか、同じ村の人間じゃないヤツにゃ冷たそうな印象があったからね」
    「んー、まあ、ソコら辺は先生の言う通りって感じやね。手土産とか無しで村に来るような人は追い返されとるよ」
    「ああ、ソレは納得だね。んじゃ、何かしらの取引をしてるって感じか。
     そう言やこの辺りのカネって見たコトないんだけど、持ってる?」
    「ちょこっとやったら」
     エリザはポケットから、わずかに赤みを帯びた団栗大の粒をころころと取り出し、モールに渡す。
    「コイン、……じゃないんだね。コレ1粒でどんくらいの価値?」
    「どんくらい、って言うとー、……んー、3つでリンゴ1個くらい。
     あと、もうちょい大きいのんとか、もっと大きくて黒いのんとかもあるで。さっき言うてた取引ん時、お父やんがなんぼか受け取ってはった」
    「ふむふむ、……『黒いのん』ってのも実物を見てみたいけども、聞く感じじゃ結構値打ちが高そうだし、子供にゃ持たさないか。
     ま、村に着いたら何かしら大道芸でもやって稼いでみるかね」
    「だいどうげい?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤッと笑って返した。
    「君に見せたような、鳥とか蝶とか飛ばすアレさね。結構綺麗だったろ?」
    「うんうん」
    「そーゆー滅多に見られないよーなモノを見せて、『感動した方はそのお気持ちをお代としてお支払い下さいな』っつって、小銭を稼ぐのさ」
    「んー……? うまく行くんかなぁ、そんなん」
    「まあ、君の村みたいにしょっぱくてケチ臭くってシケたヤツらばっかじゃ、赤粒いっこだってくれりゃしないだろうけどもね」
    「うん、そんな気ぃするわ」

     そんな風に、モールとエリザは取り留めもない話を重ねつつ、のんびりと歩みを進めているうちに――。
    「……あー、と」
    「どないしたん、先生?」
     尋ねるエリザに、モールは空を指差して見せる。
    「もう日が暮れそうだね。コレ以上進むのは危ない」
    「せやね。ほな、またこの辺で?」
    「だねぇ」
     二人は辺りを見回し、野宿ができそうな場所を探す。そしてすぐ、エリザがモールの袖を引いた。
    「あの辺とかどう?」
    「悪くないね。んじゃ、準備するかね。
     エリザ、そんじゃ……」「たきぎと食べれそうなのん、やね」「ん、ソレ」
     共に旅をして何日も経つからか、それともエリザが特別聡いからなのか――モールが大して指示も与えないうちに、エリザはきびきびと動き始める。
     10分も経たないうち、二人は野宿の準備を終え、焚き火を囲んでいた。
    「魔術ってホンマに便利やね。火もカンタンに起こせるし、食べもんに毒があるかどうかも分かるっちゅうのんは」
    「ふっふっふ」
     木の枝に挿したキノコを焚き火であぶりながら、モールは得意気に笑う。
    「何でもできる、……とは言い過ぎだけども、『ほとんど』何でも、だね」
    「『ほとんど』? びみょーな言い方やね」
    「できないコトは意外と多いさ。月へ行ったりもできないし、世界中を常春にするコトだってできない。死んだ人にも会えやしないしね」
    「そら誰かてでけへんやろ、あはは……」
     程良く焼けたキノコや木の実を頬張りつつ、二人は取り留めもなく話を交わしていた。



     腹もふくれ、眠気も感じたところで、二人はそのまま寄り添い、眠りに就いた。
     エリザの狐耳の、ふわふわとした毛並みをあごの辺りに感じながら、モールは夢を見ていた。

    「この体じゃ椅子に上がるだけでも億劫だね、まったく」
     もぞもぞと卓に着こうとしたモールを、誰かが後ろからひょいと持ち上げる。
    「ま、慣れるまで付き合うよ」
    「そりゃどーも」
    「ご飯できたよー」
     と、別の誰かがのんきな声を出しながら、鍋を両手で抱えて持って来る。
    「試しにさ、外に生ってた植物を煮込んでみた。ワラビっぽいから多分食べられると思う」
    「思う、……って」
     モールはげんなりしつつ尋ねる。
    「試食とか毒味は?」
    「まだ」
    「んなもん食わすなッ!」
     モールが声を荒げるが、この茶髪の彼は、全く意に介していないらしい。
    「んじゃ、今食べてみるねー」
     彼はそう言ってひょい、と鍋の中身をひとつまみ、口の中に放り込む。
    (コイツ、こう言う時ホントに躊躇しないなぁ)
    「うん。美味しいよ。ちゃんと出汁が染みてる」
    「う、うーん」
     いつもは穏やかに笑っている、この若白髪の青年も、この時ばかりは笑顔を凍りつかせていた。
    (でも確かに、匂いは悪く無さそうだ)
     モールは箸をつかみ、そのワラビっぽいものを口へと運んだ。
    (あ、マジでうまい)



    「……むにゃ……ん……エリザ?」
     ふわふわとした感触が、いつの間にかあごの辺りから消えていることに気付き、モールは夢の中から引き戻された。
    「……どした?」
     寝ぼけた目をこすりつつ、辺りを見回したが――エリザの姿は無かった。
    琥珀暁・錬杖伝 2
    »»  2017.05.09.
    神様たちの話、第46話。
    ブローアウト。

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    3.
    「ちょっと、エリザ?」
     立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。
    「なんだよ、……ドコ行ったね?」
     傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。
    「照らしな、『ライトボール』」
     辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。
    「足跡、……もある。こっちか」
     足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込んでいるエリザを、難なく発見できた。
    「何してるね?」
    「『何してる』やないで、もう……」
     不満たらたらと言いたげな声色で、エリザが背を向けたまま答える。
    「先生、よだれだらーっとたらしとったで。おかげでアタシの耳、ぐっちょぐっちょやわ」
    「アハハ……、そうだったか。ゴメンねぇ」
    「落ちたからええけどさー」
     水面から顔を挙げ、エリザは狐耳をぷるぷると震わせ、モールの方を向いた。
     と――その顔に、ぎょっとした表情が浮かぶ。
    「……先生! 後ろ!」
     その言葉に、モールも振り返る。
     そこには数日前モールが仕留めたものと同型の、六つ目の巨大な狼が立っていた。
    「マジか」
     ぼそっとそうつぶやいたモールに応じるように、狼が「グルル……」とうなる。
    「まあいいや。ブッ飛ばしてやるね」
    「大丈夫かいな?」
     自分の背中にぴとっと張り付いてきたエリザの頭を、モールはぽんぽんと優しく叩く。
    「私を誰だと思ってるね?」
    「……大まほーつかい!」
    「ふっふっふ、そーゆーコトさね」
     モールは魔杖を掲げ、呪文を唱える。
    「撃ち抜いてやるね! 『フォックスアロー』!」
     紫色の光線が9つ、魔杖の先から飛び、尾を引いて六目狼へと飛んで行く。
     が――六目狼はその場でぐるりと回り、尻尾で光線を弾く。
    「んなっ……!?」
     その光景に、モールは唖然となる。
    「こりゃ予想外だね。そもそもケモノが弾くなんて行動を執るなんて思ってなかったし、そもそもあんな物理的に、払って弾けるようなものじゃ無いんだけども。
     となるとあの尻尾、魔術耐性があるってコトか。ミスリル化でもしてんのかねぇ、どう見ても生き物なのに」
    「何ゴチャゴチャ言うてんねんな! 来よるで!」
     狼を分析しかけたところで、エリザが服の裾を引っ張る。
    「おっとと、そうそう。考えるのは後にしないとね。……しゃーない、もっと大技かましてやるしか無いね」
     迫る狼に、モールはもう一度魔杖を向ける。
    「コレならどーだ、『ジャガーノート』!」
     魔杖の先から、今度はばぢっと電撃的な音が響く。
     次の瞬間、六目狼の体中から、ほとんど白に近い、超高温の真っ青な炎が噴き上がった。
    「ギャ……」
     六目狼が叫び声を挙げかけたが、それも途中で途切れ、バチバチと獣脂が燃え盛る音へと変わる。
    「うわあ」
     背後にいたエリザが、恐ろしげな声を上げる。
    「……やりすぎたかねぇ?」
     思わずそうつぶやいたモールに、エリザも無言で、こくこくとうなずいた。

     と――モールはどこからか、焦げた臭いが漂ってくることに気付いた。
    「ん……?」
     六目狼から臭ってくるのかと思ったが、脂のようなねばつく刺激臭ではない。もっと乾いた、木材のような臭いである。
    「先生! 先生て!」
     エリザが慌てた様子で、モールの服をまた引っ張ってくる。
    「どしたね?」
    「つえ! つえ! つえ、もえとる!」
    「へ?」
     そう言われて、モールは自分が握っていた魔杖に目を向ける。
    「……ありゃりゃ」
     エリザが言う通り、魔杖はバチバチと火花を上げながら、先端におごられた水晶ごと燃え上がっていた。
    「いくらなんでも負荷が強すぎたか。元々ピーキーな呪文の組み方してたし、そりゃオーバーロードもするってもんだね」
     モールは半ば炭化した魔杖をぽい、と捨て、エリザに向き直る。
    「ま、ソレはソレとして、どーにか倒せたね」
    「良かったけど、……つえ、無くなってしもたな」
    「あー、うん。ま、造ろうとしてたトコだし、無きゃ無いでどーにでもなるしね」
    「そうなん?」
    「あった方が便利なのは確かだけどね。……さーて、寝直しだね」
     モールはエリザの手を引き、自分たちが寝ていた場所へと戻った。
    琥珀暁・錬杖伝 3
    »»  2017.05.10.
    神様たちの話、第47話。
    鉱山の村。

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    4.
     六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。
    「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」
    「っぽいで。ほら、山あるし」
     エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。
     モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。
    「ちょいと聞いていいかね?」
    「ん?」
    「この山、何か採れるね? 人が出入りしてるっぽいけども」
     尋ねられた男は、素直に答えてくれた。
    「ああ、色々採れるよ。青銅とか錫とか」
    「へぇ?」
     これを聞いて、モールはエリザの頭をぽんぽんと撫でる。
    「エリザ、どーやらココが私らの目的地みたいだね」
    「せやね。後は原料もらえたらええんやけど」
     と、二人の話を聞いていたらしい男が尋ね返してくる。
    「原料? あんたら、ここの鉱物が欲しいのか?」
    「ああ、ちょいとね。ドコに行けば話できるね?」
    「向こうに集めてるところがある。親分もそこにいるよ。俺も用事あるから、良けりゃ案内するぞ」
    「どーも」
     男に案内され、二人は大きな小屋の中に通された。

     男は小屋の奥にいる、黒髪に銀色の毛並みをした狼獣人に声をかける。
    「親分、新しい坑道のヤツ掘ってきました」
    「おう、後で調べる。……そっちの二人は?」
     声をかけられ、モールたちは狼獣人に応える。
    「どーも。私はモール」
    「アタシはエリザ・アーティエゴです」
    「あん? アーティエゴ? ……どこかで聞いた名だな」
     狼獣人は首を傾げ、やがて「ああ」と声を上げた。
    「東の村にいた宝飾屋の名だな。そう言や、あの『狐』の親父と毛並みが同じだ。そこの子か?」
    「うん」
    「大人と一緒とは言え、よく無事に来られたな。ここまで全然、バケモノに襲われなかったのか? 運がいい」
     そう言われて、モールが首を横に振る。
    「いや、六つ目の狼に襲われたんだけどもね。燃やしてやった」
    「燃やし、……はぁ!?」
     狼獣人は目を丸くし、聞き返してくる。
    「アレを燃やしただと? どう言う意味だ?」
    「そのまんまの意味だね。跡形もなく、燃やし尽くしてやった」
    「冗談だろ?」
    「マジ」
    「……マジかよ」
     狼獣人は驚きで毛羽立ったらしい毛並みを整えつつ、こう返してきた。
    「詳しく話を聞かせてくれ。ソイツにゃ手を焼いてたんだ」
    「いいとも。……んで、アンタの名前は?」
    「ああ、そうだった。
     俺はラボ・ネール。ここいらの鉱山やら畑やら一帯を取り仕切ってる」

     場所をラボの家に移し、モールは六目狼を倒した話、エリザを自分の弟子として身柄を引き受けた話、そして魔杖を造るために原料を必要としている話を語った。
    「まじょう? まあ、何だか分からんが」
     話を聞き終えたラボは、まだ納得の行かなさそうな顔をしつつも、モールの頼みに応じてくれた。
    「マジにあの狼やらを倒せるってなら、青銅でも何でも、欲しいだけくれてやるよ。
     ただ、俺たちにもその、……何てったっけ、魔術? を教えてくれると助かるんだが」
    「使えるかどうかは別だけど、教えて欲しいってんならいくらでも。
     ついでにエリザ。今まで道すがらざっくり教えてたけども、ここらで君にもしっかり、基本を教えとこうかね」
    「はーい」



     エリザの故郷と違って、ラボが治めるこの村はよそ者に対して寛大であり、モールたちにも気さくに応じ、また、素直に話を聞いてくれた。
    (ってか、エリザんトコに馴染めなかったヤツらがこっちに流れて集まってきたって感じもするねぇ)
     モールは彼らの中にも魔術の素質がある者がいることを確かめた上で、エリザも交えて魔術の講義を行うことにした。
    「……ってワケで、基本的にゃ最後にキーワードを宣言するコトで発動するようになってるね。んじゃま、実践してみな」
     モールのざっくりとした指導に、皆それぞれ、魔術を使おうと試みる。
     が――。
    「……出ない」
    「どうやるんだ? こうか?」
    「出た? 出たのかこれ?」
     ほとんどの者が、まともに扱えないでいる。
     そんな中、一人空中に火球を浮かべていたエリザが、ぼそ、とつぶやく。
    「前から思てたけど、……先生、教えんの下手くそやで?」
    「マジで? いつも君に教えてるみたく、分かりやすく説明したつもりだったんだけどね」
    「ソコも前から言おうと思てたけど、アタシも『何やソレ? どう言う意味やろ?』って思う時、チョイチョイあるもん」
    「……マジかー」
     モールは肩をすくめ、苦笑いを返した。
    琥珀暁・錬杖伝 4
    »»  2017.05.11.
    神様たちの話、第48話。
    モールの鋳造講座。

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    5.
     モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。
    「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」
    「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」
     ニコニコと笑みを浮かべながらそう返したモールに、ラボはけげんな表情を浮かべる。
    「どうやって造るんだ? 青銅は延ばせるが、その黒いのはただただ脆くって、どう叩いてもボロボロ砕けるばかりだし、全然……」「延ばす? ……あー、なるほど。まだそーゆー加工の仕方なんだね」
     モールの言葉に、ラボは首を傾げる。
    「どう言う意味だ?」
    「ま、……私が説明下手だってのはここ最近で良く分かったから――説明するより見せた方が早いだろうね」

     モールはラボと、彼と共に青銅器を造っている仲間数名とを集め、青銅と赤黒い鉱物、薪、箱状に固めた上で穴を穿った砂塊、そして石塊2つを前にして、話を始めた。
    「今まであんたらがやってきたのは、この青銅をそのまま叩いて延ばして、棒状にしたり平らにしたりってやり方だって、ラボの親分から聞いたけどもね。
     私に言わせりゃ、そのやり方はめんどくさいし、思うようなものもできないんだよね」
    「なにぃ?」
     モールの言葉に、ラボをはじめとして、男たちが憤る。
    「だったらあんたのやり方を見せてくれよ!」
    「そのつもりで呼んだんだっつの。ま、見てな」
     モールは石の塊に向かって呪文を唱える。
    「そら、『フォックスアロー』」
     紫の光線が石を削り、すり鉢状にする。
    「おぉ……、石があんな簡単に」
    「なるほど、そうやって削って……」「違う違う、ココはまだ本題じゃないね。あくまで準備さ」
     納得しかけた一同をさえぎり、モールは青銅の塊を一つ、石の中に置く。
    「この鉱物はある程度熱を加えると、ドロリと溶けるのさ」
     モールは石の下も魔術で掘り、そこへ薪を投げ込み、別の呪文を唱える。
    「燃えろ、『ファイアボール』」
     薪に火が点き、石全体を熱し始める。
    「溶けるって……」「石がか?」
     疑い深そうに様子を伺っている一同に、モールがこう続ける。
    「勿論、ちょっとくらい熱いって程度じゃ溶けないね。だから火に空気をガンガン送り込んで、もっと熱くする。ほれ、『フィンチブリーズ』」
     石の下に風が送られ、ごうごうと勢い良く炎が燃え上がる。
     やがて石の中に収まっていた青銅は、ドロドロと溶け始めた。
    「うわ、マジだ」「溶けてる」「熱っ」
    「触るなよ? 火傷じゃ済まないからね」
     そうこうするうち、青銅はすっかり液体状になり、石の中でグツグツと煮立っていた。
    「で、同じように削って柄を付けた、こっちの石ですくい取って、この固めた砂の、穴の中に注いで、冷めるまで放っておけば……」
     しばらく時間を置いてから、モールは砂を崩す。
    「コレで青銅の棒が完成、ってワケさ。そっちの赤黒いヤツ――鉄鉱石だって、同じようにして溶かせるね」
    「へぇ~……」
     その後、何度かモールが実演を繰り返し、一同は新たな加工方法を学んだ。

    「あの重たいだけでどうしようも無かった赤いやつも、溶かせばこんな硬いのになるんだなぁ」
     モールが鋳造した鉄棒を眺めながら、ラボがうっとりした声を上げる。
    「加工の仕方さえつかめば、青銅よりよっぽど使い勝手のいい素材さ。ってワケで」
     モールはラボが持ったままの鉄棒をトンと指で叩き、ウインクする。
    「この棒、もうちょい形を整えて、綺麗に研いといてね。魔杖の柄の部分にしたいからね」
    「おう、お安い御用だ。水晶も磨いとくか?」
    「ああ。真ん丸にカットして、柄の先にくっつけてほしい」
    「分かった」
    「後、ソレからね……」
     その後もあれこれと注文を付けつつ、モールは魔杖の製作をラボに任せた。
    琥珀暁・錬杖伝 5
    »»  2017.05.12.
    神様たちの話、第49話。
    二つの魔杖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。
     そして、その結果――。
    「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」
    「ど、どうしたね、ラボの親分?」
     ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。
    「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!」
    「へぇ? そりゃすごいね」
    「ああ、すごいことだ! 今まであいつらに追い回されたり引っ掻き回されたりで、度々村を移したり坑道に逃げ込んだりしてきたが、これからはもう、そんなことしなくていいってことだ!」
     満面の笑みを浮かべているラボを見て、モールは彼を諭す。
    「ん、まあ、……でもさ、ヤバいヤツってコトにゃ変わりないんだし、危なくなったら逃げなよ?」
    「あ、ああ。……そうだな、浮かれすぎた。いや、しかし本当、あんたのおかげだ」
    「いいって、そんなの。私だって色々ご飯もらったり、杖造ってもらったりしてるんだから、お互い様さね。
     とは言え、もうそろそろ潮時かねぇ」
     モールの言葉に、ラボは一転、悲しそうな顔をする。
    「村を出るつもりなのか?」
    「ああ。元々この村にゃ、杖を造るつもりで立ち寄っただけだしね。ソレにさ」
     モールは窓の向こうに見える、壁のように高くそびえ立つ北の山々を指差し、こう続けた。
    「私は色々見て回りたいのさ。あの山の向こうとか、ね」



     モールとエリザは旅支度を整え、ふたたび旅路に就いた。
    「連れてきちゃったけども、良かったね?」
    「何言うてんの」
     心配するモールに、エリザはフン、と鼻を鳴らして答える。
    「アタシは先生に色々教わるために、いっしょに来とるんやで? そら、ラボさんトコの村はいごこち良かったけど」
    「そのつもりなら問題無いね。村を出る前も言ったと思うけど、次の目的地はアレだしね」
     北の山を指差したモールに、エリザは首を傾げる。
    「あの山登るん?」
    「そうだよ」
    「あの向こう、何も無いって聞いたで」
    「誰からさ?」
    「ラボさんの村の人とか、アタシんトコとか。みんな『山の向こうは何もない、無の世界だ』みたいなコト言うてた」
    「ふーん。でもさ、エリザ」
     モールはニヤニヤ笑いながら、こう尋ねる。
    「そいつらの中に、実際に『向こう』を見てきたヤツがいたのかねぇ?」
    「……いーひんと思う。みんな『無い』『見てくるだけムダ』って思とるやろし」
    「そんなもんさ。実際に見もしないで勝手な想像ばっかりして、ありもしないモノをうわさしてるってだけさね。
     いいかい、エリザ? 君はそーゆーヤツにならないようにね。自分の目で見もしないで、自分の耳で聞きもしないで、勝手な思い込みで話を創るようなヤツにはね」
    「うん」
     エリザがこくんとうなずいたところで――彼女は、顔をこわばらせた。
    「先生」
    「ん?」
    「向こう見て」
     言われるがまま、モールは道の先を眺める。
    「……ありゃ。何かいるね」
    「バケモノっぽいやんな?」
    「だねぇ。村の東によくいた六目狼じゃなく、でかいトカゲみたいなのだけども」
     モールはうなずきつつ、造ったばかりの魔杖を構える。
    「早速コイツの威力を試してみるとするかね」
     数十秒も経たないうち、そのトカゲがモールたちのところへと走り寄ってくる。
     モールはニヤッと笑い、呪文を唱えた。
    「この杖、耐えてくれるかねぇ? ほれ、『ジャガーノート』!」
     ばぢっと音が響き、六目狼の時と同様に、トカゲが白い炎を噴き出しながら炎上する。
    「ココまでは良し。で、杖の方は……」
     魔杖を確認するが、どこにも異常は見られない。
    「完璧だね。ラボの親分、いい仕事してくれたね」
    「さすがやね。ラボさんだけやなくて、先生もやけど。
     ……なあ、先生」
    「ん?」
     エリザはモールの杖の、先端におごられた水晶を指差す。
    「中、なんか入っとるよな?」
    「ああ、針状のルチル(金紅石)か何かが入ってるみたいだね。普通に透明な水晶よか、いいデザインだね。いい感じにカットしてくれたから、星みたいに光って見えるし」
    「思てたんやけどソレ、何て言うか、しっぽみたいやない?」
     そう言われ、モールはしげしげと水晶を眺める。
    「言われてみりゃ、そうも見えるね。九尾の尻尾って感じ。……そうだ、いいコト思い付いたね」
    「ええコト?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤニヤと笑いながら答えた。
    「コイツの名前さ。名付けて『ナインテール』。いい名前だと思わないね?」
    「『ナインテール』、……うん、ええ感じやね。
     あ、ソレやったら」
     エリザも自分の魔杖を取り出し、モールに見せる。
    「アタシのつえも、何かええ名前付けてーや」
    「おう。……うーん、君の方の水晶は、なんか花って言うか、……そう、蓮みたいな感じだね。放射状に伸びてるのがソレっぽい」
    「はす?」
    「水の上に咲く花さ。この辺は水場が多いから、もしかしたらドコかで見られるかも知れないね。
     ってワケで君の魔杖の名前、私のと揃えて――『ロータステイル』ってのはどうかね?」
    「うん、ええよ。……えへへ」
     突然エリザが笑い出し、モールはぎょっとする。
    「どうしたね、いきなり?」
    「ううん、何やちょっとうれしいなーと思て」
    「何がさ?」
    「先生から初めて、モノもろたし」
    「あー、そう言やそうか。かれこれ3ヶ月近く一緒にいたってのに、贈り物はコレが最初だったっけね。
     ま、コレからも何かしら機会があれば、プレゼントしたげるさね」
     モールの言葉に、エリザはさらに嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「楽しみにしとるで」
    「ふっふっふ……」
     二人はじゃれ合いながら、北の山へと進んで行った。

    琥珀暁・錬杖伝 終
    琥珀暁・錬杖伝 6
    »»  2017.05.13.
    神様たちの話、第50話。
    「壁」を登る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」
     エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。
    「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」
    「は、はーい」
     二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。
     とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こんな山を登ることは無謀な挑戦、いや、自殺行為にも等しい行いである。
     登山開始から1時間も経たないうち、彼女は息も切れ切れに、師匠を呼んだ。
    「せ、先生ぇ、も、もうアカぁン……」
    「お、んじゃここいらで休憩しようかね」
     モールはそこで立ち止まり、造ったばかりの魔杖「ナインテール」で少し上を指した。
    「あそこに平らなトコがあるね。あの辺りまで行った方が安全だね。もうちょい頑張って」
    「はぁー……い」

     3分後、エリザはその平らな場所に着くなり、ぺちゃりと座り込んだ。
    「はぁっ、はぁっ、……きっついわぁ」
    「ゆっくり休みな。無理していい道じゃないからね」
     モールもエリザの横に座り、こう続けた。
    「とは言え、のんびりし過ぎてもあんまり良くないけどね」
    「なんで?」
    「1つ。朝方に登山を始めたけども、どう考えたって今日中に登頂ってワケにゃ行かないからね。必ず何日かは、夜を過ごさなきゃならない。
     だから日のあるうちに、十分休める場所を確保しなきゃ危ない。ココいらはまだ標高が低いから、昼間はそこそこあったかいとしても、夜中になったら確実に寒くなるだろうからね」
    「ココやったらアカンのん?」
     尋ねたエリザの頭をぽんぽんと撫でつつ、モールは説明を続ける。
    「悪くはないけどさ、登山はまだ序盤も序盤だよ? こんなトコで一晩明かしてたら、とてもひと月やふた月じゃ登り切れないね。
     ソレにさ、ココはテントとか張るにゃちょこっと狭いね。どうせ一晩休むなら、ゆっくり足を伸ばせる場所の方がいいさ。
     んで、理由の2つ目。今まで観察してきた経験からなんだけどね」
     言いつつ、モールは立ち上がり、魔杖を構える。
    「どうもコイツら、人間の生活圏ギリギリに棲息してるっぽいんだよね。ココじゃまだ、ヤツらの棲息圏内なのさ」
     次の瞬間、魔杖の先からぱぱぱ……、と光線が飛ぶ。
     九条の光線は、いつの間にかモールたちの足元十数メートルまで迫っていた、そのトカゲと鳥の中間のようなバケモノたちを串刺しにした。
    「だからココでのんびりしてたら、おちおち寝ても休んでもいられないってワケさね。
     さてエリザ、そろそろ息は整ってきたかね?」
    「あ、うん」
    「じゃ、再開。頑張ろうね」
     モールに手を引かれ、エリザは立ち上がった。

     その日は5回休憩を挟み、太陽がエリザの目線より下に落ちてきた頃になって、ようやくモールが告げた。
    「今日はもう、この辺りがいい加減ってトコだね。今晩はココで野宿するか」
    「はぁ~……い……」
     エリザが相当疲労していることは、顔を見れば明らかだった。と言うよりも――。
    (声が『もうアカン~、死にそう~』って感じだね)
     モールは苦笑しつつ、辺りを見回す。
    「よし、本格的に暗くなってきちゃう前にテント張るか」
    「はぁ~い」
     間延びしたエリザの声に、モールは今度こそ噴き出した。
    「ふっ、ふふふふ……。いや、エリザ。疲れてるだろ? 君はソコで休んでな。私がチョイチョイとやってやるよ」
    「ええのん~……?」
    「その代わり、やり方はしっかり見てなよ。明日は君にもやってもらうつもりだしね」
    「分かったぁ~」
     くたっと座り込んでいるエリザが手を挙げたところで、モールは呪文を唱え、テントを組み立て始めた。
    「……」
     心底疲れ切った表情を浮かべつつも、エリザはじっとモールの一挙手一挙動を見つめている。
     それを横目で確認しつつ、モールは、今度はエリザに分からないよう、うっすらと笑っていた。
    (ふっふふ、真面目だねぇ)
    琥珀暁・鳳凰伝 1
    »»  2017.05.15.

    新連載。
    "He" has come to "our world"。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はじめに、大地有りき。
     その方は、大地を訪れた。

     次に、人有りき。
     その方は、人のうちの一つを訪ねた。

     三に、言葉有りき。
     その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。

     その方の名は、あらゆるものの始まりである。
     その方の名は、あらゆるものの原点である。
     その方の名は、無から有を生じさせるものである。

     その方の名は、ゼロである。

     ゼロは初めて出会ったその人の手を握り、祝福した。

    (『降臨記』 第1章 第1節 第1項から第6項まで抜粋)」



     その土地は、古来より交易の要所であったと伝えられている。
     北と西に港があり、一方で東と南には牧草が生い茂っている。自然、農産物と海産物の輸送はそこで交わることとなり、自然に物々交換、即ち商売の元となる活動が生まれた。
     いつしか人は、その土地を交点の中心、「クロスセントラル」と呼ぶようになった。

     その日もいつもと変わらない、活気に満ちた一日であった。
     遠くから産品を持ってきた男たちが、それを掲げて大声を出し合っている。
    「いい鮭を持ってきてるぞー! 誰かいらんかー!」
    「羊肉と交換でどうだ!?」
    「羊はいらん!」
    「山羊ならあるが……」
    「野牛だ! 野牛の肉を寄越せ! じゃなきゃ交換しない!」
    「野牛なんてそんな……」
     しかし取引の大半が、上滑りしている。鮭を持ってきた男の要求に適うものを、誰も持ってきていないからだ。
     結局鮭を持ってきた狼獣人の男が折れ、要求を下げていく。
    「分かった! じゃあ水牛でもいい!」
    「ねーよ」
    「……豚」
    「ねーっつの」
    「チッ、仕方無えな。じゃあさっきの羊で……」「悪い、もう交換した」「何ぃ?」
     散々自分の要求を通そうとしていた狼獣人が憤り、羊を持ってきていた猫獣人の男に絡み出す。
    「なんで手放してんだよ、おい」
    「だって交換してくれないし」
    「今なら交換するつってんじゃねーか」
    「もう無いって」
    「ふざけんな! もうちょっとくらい待つって考えがねーのか?」
    「あ? 何でお前の都合で待ってなきゃいけないんだよ」
     狼獣人も猫獣人も互いに憤り、場は一触即発の様相を呈し始める。
     その隙に、何も持ってきていない男たちがそろそろと、鮭の詰まった樽に群がり始める。狼獣人の気が相手に向いているうちに、盗もうとしているのだ。
     その雑然とした状況を眺めながら、一人の短耳がぼそ、とつぶやいた。
    「……なんでこう、うまく行かないんだろうなぁ」

     と、その男の肩を、とんとんと叩く者が現れた。
    「ん?」
     振り向くと、そこには白髪の、しかしまだ顔立ちが若く、優しい目をした、ひげだらけの短耳の男の姿があった。
    「なんだ?」
     男が尋ねたが、白髪男はきょとんとする。
    「**?」
     白髪は何か言ったようだが、それは男が聞いたことも無い言葉だった。
    「なんだって?」
    「**? ……**、……***」
     白髪は困ったようにポリポリと頭をかいていたが、やがて何かを思い出したように、ポンと手を打ち、何かをつぶやきつつ、手を忙しなく組み合わせる。
    「『*********』、……通じる?」
    「ん? ああ、通じるが、今あんた、何て?」
    「あ、ちょっと魔術を使ったんだ。やっぱあいつの術は使い勝手いいねぇ。応用性と即効性が段違いだ。
     えーと、それでちょっと教えてほしいんだけど、……ここはどこ?」
    「クロスセントラルだ。あんた、どこから来たんだ?」
     男に尋ねられ、白髪は困った顔をした。
    「えーと、どう言ったらいいかな。********なんて言っても分かんないよね。まあいいや、遠くからってことにしといて」
    「ああ、うん……?」
     戸惑う男に構わず、白髪はこう続けた。
    「僕の名前はゼロって言うんだ。君は?」
    「え、ああ……、ゲートだ」
    「そっか。よろしく、ゲート」
     白髪――ゼロは嬉しそうに笑って、ゲートの手を握った。

    琥珀暁・彼訪伝 1

    2016.07.01.[Edit]
    新連載。"He" has come to "our world"。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「はじめに、大地有りき。 その方は、大地を訪れた。 次に、人有りき。 その方は、人のうちの一つを訪ねた。 三に、言葉有りき。 その方は神の言葉で、人の一つに尋ねられた。 その方の名は、あらゆるものの始まりである。 その方の名は、あらゆるものの原点である。 その方の名は、無から有を生じさせるものである。 その方の名は、...

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    * 

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    神様たちの話、第2話。
    「すごい遠いところ」から。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
    「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
     初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
     このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
    「それで、さっきのケンカは?」
    「ケンカ?」
    「ほら、なんかケモノっぽい人たちが、殴り合いしてただろ?」
    「ケモノって……、お前、あいつらが人でなしとでも言ってんのか?」
     呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
    「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
    「そうなのか? ふーん……」
     まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
    「片方が猫獣人、もう片っぽが狼獣人だよ。猫獣人は猫っぽいの、狼獣人は狼っぽいのだ。
     狼獣人の方は魚を何樽も持ってきてたから、多分北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
    「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
    「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
    「あ、そりゃそうか」
     どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
    「肉はどこから運んでくるの?」
    「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
    「じゃああの野菜は?」
    「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
    「西には何があるの?」
    「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
    「なに?」
    「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
    「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
    「ふーん……」
     と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
    「あ、そう言えば聞いて無かった」
    「ん?」
    「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
    「ああ……。
     いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
     そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
    「……んー?」
     事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
    「どうした?」
    「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
    「……か……ね?」
     今度はゲートが首を傾げる。
    「なんだそれ?」
    「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
     じゃあ魔術って、知ってる?」
    「まじゅ、……なんだって?」
    「無いと思うけど、****は?」
    「何て言った?」
    「……いや、何でも。大体把握した。
     とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
    「水なら、近くに井戸があるぜ」

     二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
    「どうした?」
     ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
    「いやね、何か変なんだよ」
    「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
    「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
    「マジかよ」
     人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
    「痛い……腹が痛い……」
    「気分が悪い……また吐きそう……」
    「ううぅぅぅぅ……」
     と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
    「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
    「え、やだ」
     が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
    「移ったらどうすんだ」
    「触りたくない」
    「呪われるかも……」
     否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
    「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
    「え?」
    「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
     よし、じゃやるか」
     人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
    「『********』」
     唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
    「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
     全員が20歩分は飛び、どさどさと木陰に送り込まれる。
    「よし。じゃ、診てみようかな。あ、井戸の水は飲まないでね。お腹痛くなっちゃう原因かも知れないし」
     何が起こったのか分からず、ゲートも含めて全員が唖然と見ている中、ゼロは悠々と歩いて行った。

    琥珀暁・彼訪伝 2

    2016.07.02.[Edit]
    神様たちの話、第2話。「すごい遠いところ」から。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」 初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。 このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも...

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    神様たちの話、第3話。
    井戸端騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。
    「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」
    「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」
     ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。
    「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」
    「は?」
    「治療する。ゲート、君は井戸の水を誰かが飲んでしまわないよう、見張ってて」
    「お、おう」
     命じられるが、ゲートはそれを不相応と思うことも無く、素直に従った。
    「おーい、井戸の水は飲むんじゃねーぞ! ヤバいらしい!」
    「えっ、なにそれこわい」
    「ヤバいって、何が?」
     口々に尋ねられ、ゲートはしどろもどろに答える。
    「いや、俺も良く分からんが、あいつがそう言ってた」
    「あいつ? あの白髪のヒゲじいさん?」
    「じいさんじゃ無かったぞ。結構若そうだった」
     皆の視線が、ゼロの背中に向けられる。
    「……怪しくない?」
    「言われたら怪しいけど……、なんか」
    「うん、なんか」
    「なんか、だよなぁ。なんか信じたくなる」
    「うーん」
     話している間に、ゼロが井戸へと戻ってくる。
    「みんな落ち着いたよ。30分もすれば元気になる」
    「さんじゅっぷん、……って?」
    「え、……あー、どう説明したら良いかな、ちょっと昼寝するくらいの間って感じかな」
     答えつつ、ゼロは井戸の縁から身を乗り出し、底に目を向ける。
    「みんな、飲んでないよね」
    「ああ」
    「ちょっと、調べてみるか。……『*********』」
     ごぽ、と音を立てて、ずっと下の水面から水が一塊、ゼロの元へと浮かんでくる。
    「み、水が……!?」
    「なにあれ!?」
    「あいつ、何を!?」
     ふたたび全員が騒然とする中、ゼロだけは平然とした様子で水を眺める。
    「濁ってる。土の色じゃないな。……うーん、あんまり考えたくないけど、これは多分、あれの色だよなぁ」
     ゼロは空中に浮かんだ水を一度も触ること無く地面に捨て、周囲にとんでもないことを尋ねた。
    「今朝か夜中くらいに、ここで用を足した人はいる?」
     その質問に、周囲は一斉に顔をひきつらせた。
    「はぁ!? 井戸を便所代わりに使う奴がいたってのか!?」
    「うん。水の濁った色が、どう見てもあの色だし。で、それを飲んであの人たち、腹痛起こしたみたいだよ」
    「お、俺じゃないぞ?」
    「やるわけねーだろ」
    「そうよ! 皆で使ってる井戸なのに……」
     周囲が騒ぐ中、一人、こっそりと輪を離れようとする者がいる。
     ゲートはそれを見逃さず、彼の腕をつかんだ。
    「おい」
    「あっ」
    「まさか、お前か?」
    「……よ、酔っ払って、そんなことしたような気が、するような、しないような」
    「てめぇ!」
     あっと言う間に囲まれ、彼は袋叩きにされた。

     散々殴られたその短耳が縛られたところで、ゼロは苦い顔をしつつ、皆に告げた。
    「このままこの井戸を使ったら、間違い無くお腹を壊す人が続出する。だから、この井戸は埋めた方がいいよ」
    「えぇ!?」
    「無茶言うなよ!」
    「そうよ、これが埋まっちゃったら、水が飲めなくなるわ!」
     騒ぐ皆を、ゼロは慌ててなだめる。
    「あ、いやいや! ちゃんと別のを掘るから! ご心配なく!」
    「『掘る』だって!? 簡単に言うなよ!」
    「どれだけ苦労したと思ってんだ!」
    「あ、あ、すぐできるから! ちょっと探すから、待ってて!」
     ゼロはぱたぱたと手を振って皆を制しつつ、その場から離れた。
     残った皆は、それぞれ顔を見合わせる。
    「待っててって言われたけど……」
    「どうするつもりなんだろう?」
    「なあ、結局この井戸ってもう飲めないのか?」
    「お前、飲む気になれるか?」
    「……うん、無理」
     と、そうこうしているうちにゼロが戻ってくる。
    「お待たせー! いいところがあったよ!」
    「へ?」
    「みんな来て! とりあえず、穴を開けるだけ開けるから、その後の作業を手伝って欲しいんだ」
     ゼロに言われるがまま、皆は彼の後に付いて行った。

    琥珀暁・彼訪伝 3

    2016.07.03.[Edit]
    神様たちの話、第3話。井戸端騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ぼんやりゼロの背中を見ていたところで、ゲートははっと我に返り、慌てて彼の側に寄った。「おい、おい、ゼロ! 今お前、何したんだ!?」「魔術だよ。僕の腕力じゃ4人も5人も動かせないもの」 ゼロは倒れた者たちの額や首筋を触り、何かを確かめる。「やっぱり食中毒っぽいな。じゃあ解毒術と治療術で治りそうだ」「は?」「治療する。ゲート...

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    神様たちの話、第4話。
    神の御業。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。
    「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」
     誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。
    「ん、まあ、別にいいんじゃない?」
    「大して違わないし、さっきのとこと」
    「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」
    「あ、それは思った。あっちの方、市場に近くて埃っぽい気がしてたし」
     そして続いて、当然の質問も投げかけられる。
    「でもどうやって掘るの?」
    「道具も何にも無いぞ」
     これに対し、ゼロはあっけらかんと答えた。
    「あ、大丈夫、大丈夫」
     そう返すなり、ゼロは地面に視線を落とす。
    「この辺りかなー。あ、みんな離れてて。土とか石とか飛ぶから」
    「お、おう」
     周囲が10歩ほど離れたところで、ゼロがまた、ぶつぶつと唱えた。
    「『********』!」
     次の瞬間、地面が勢い良く盛り上がり、大量の土が噴き出す。
    「うわあっ!?」
    「ちょ、え、なにあれ!?」
     あっと言う間に地面には大穴が空き、底の方には既にじわじわと、水が溜まり始めている。
    「よし、これでいいかな。後は周りを固めれば……」「ゼロ」
     と、周囲の人々と同様に、遠巻きに成り行きを見ていたゲートが、明らかに警戒した様子で尋ねる。
    「お前、何者だ?」
    「僕?」
     しかし依然として、ゼロは平然とした様子のままである。
    「なんだろね?」
    「ふざけんな。今の今までずっと気にしちゃいなかったが、お前、おかし過ぎるだろ」
    「そうかなぁ」
    「そうだよ。なあ、みんな?」
     ゲートの問いに、周りもぎこちなく応じる。
    「う、うん」
    「変だよね……」
    「さっき人を投げ飛ばしたのも、今、地面を掘ったのも」
    「一体何をどうしたんだ……?」
     周囲からいぶかしげな視線をぶつけられても、ゼロはまだ、けろっとした顔をしていた。
    「何って、魔術を使ったんだってば。
     あ、そっか。魔術って言うのはね、人ができる以上のことをできるようになる技術なんだけどね。皆も知りたかったら教えるよ。どうする?」
    「どう、って……」
     あまりにも険や邪気、その他どんな悪感情を微塵も感じさせない、飄々とした態度のゼロに、次第に人々の警戒が薄れていく。
    「うーん、どうって言われても」
    「怪しいけど、なんかなー」
    「便利そう」
    「それってすぐ使える?」
     問われたゼロは、これもあっけらかんと答えた。
    「才能次第かなー。使える人と使えない人はいるし。でもまあ、教えるだけならいくらでも教えるよ。
     あ、でも……」
    「でも?」
    「お腹空いたから、誰かご飯食べさせてほしいな、……って。ダメかな?」
    「……」
     全員が唖然とし、沈黙が流れる。
    「……ぷっ」
     その沈黙を、ゲートが破った。
    「変な奴だな、お前。まあいい、俺が恵んでやるよ」
    「ありがとう、ゲート」
    「その代わり、俺にも教えろよ。まあ、俺には使えんかも知れんが」
    「うん、教える、教える」
     結局この間、ゼロは最後まで笑顔を崩すことは無かった。



    「ゼロの前に、病に倒れた人と、毒に侵された井戸があった。
     ゼロは病に倒れた人を助け、新たな水をもたらし、村を救った。

     ゼロは村人たちに、『わたしの知識を授けよう』と言った。
     村人たちは皆、教えを乞うた。

     ゼロは人々に知恵と知識を授けた。
     これが我々の、礎である。

     ゼロは無と闇の中にあった我々に、標と光をもたらした。
     ゼロこそが我々の、神である。

    (『降臨記』 第1章 第2節 第1項から第4項まで抜粋)」

    琥珀暁・彼訪伝 終

    琥珀暁・彼訪伝 4

    2016.07.04.[Edit]
    神様たちの話、第4話。神の御業。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 元の井戸から100歩以上は歩いたところで、ゼロが立ち止まる。「ここならさっきの井戸から十分離れてるし、汚染されてる心配は無い。ここでいいかな?」 誰へともなく尋ねたゼロに、周囲からチラホラと返事が返って来る。「ん、まあ、別にいいんじゃない?」「大して違わないし、さっきのとこと」「俺、むしろこっちの方がいい。家と近いし」「あ...

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    神様たちの話、第5話。
    原初の情報処理。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「えーと」
     ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。
    「お?」
     と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。
    「……うぇ」
     途端に、ゲートは顔をしかめた。
    「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」
    「ううん。いや、僕もできるかどうか半信半疑なんだけどね」
    「は?」
    「大昔に聞きかじっただけだし、本当にできるのかなーって」
    「ってことはお前、何か分からんものを作ってるってことか?」
    「そうなる」
     ゼロの返答に、ゲートは呆れた声を漏らした。
    「お前って、本当に変なヤツだよな」
    「うん、良く言われる。……これくらい茹でればいいかなぁ」
     ゼロは鍋をかまどから上げ、中身をざるに開ける。
     すっかりどろどろになった内容物をすくい取り、今度は網を張った木枠の中に詰めていく。
    「……これがどうなるんだ?」
    「んー」
     ゼロは木枠を見つめながら、ぽつりぽつりと説明する。
    「繊維ってあるよね、木とか草とかの、ほら、糸みたいになったところ」
    「ああ」
    「それを****性の、……あー、まあ、灰だね。それと一緒にお湯に入れてしばらく煮込んで、こうやって水を切るとね、**ができるらしいんだ」
    「**?」
     聞き返したゲートに、ゼロはもう一度、ゆっくりと説明した。
    「紙だよ、か・み」
    「かみ、……って何だ?」
    「後で分かるよ。じゃ、今度は**を作ろうかな」
    「なんだって?」
     ゲートは何度も聞き返すが、その度にゼロは、うっとうしがるようなことをせず、丁寧に答えてくれる。
    「筆だよ、ふ・で。
     人にモノを教えるには、その教えたことを覚えさせなきゃ意味が無いだろ?」
    「そりゃそうだ」
    「だから覚えやすくさせるために、筆と紙を作ってるんだ」
    「はあ……」
     ゼロは前掛けを脱ぎながら、ゲートにこう尋ねた。
    「この辺で毛の長い動物っている?」
    「ああ」
    「どんなの?」
    「羊とか山羊だな」
    「その毛ってすぐ手に入るかな」
    「俺の友達にフレンって羊飼いがいる。気前いいヤツだから、聞けばくれると思うぜ」
    「案内してもらっていいかな?」
    「ああ」

     ゲートはゼロを伴い、友人の羊飼いの元を訪ねた。
    「おーい、フレン、いるかー」
     が、羊が放牧されている野原を見渡しても、友人の姿が見当たらない。
    「変だなぁ。いつもこの辺りにいるのに」
    「そうなの?」
    「ああ。もう市場も閉まってる頃だし、そっちに行ってるってことも考え辛いんだが……?」
    「他にこの辺りで仕事してる人はいる?」
    「おう、大抵知り合いだ。そっちに聞いてみるか」
     二人は放牧地を回り、他の羊飼いに話を聞いてみた。
    「フレン? あー、なんか慌ててたな」
    「どうも、羊が逃げたっぽいぜ」
    「どこ行ったか分かるか?」
    「朝はここから西の方を探してたし、昼くらいにはぐったりして株に座ってたのを見た」
    「じゃあ多分、今は東を探してるんじゃないか?」
    「そっか、ありがとな」
     そこでゲートとゼロは、顔を見合わせる。
    「どうする?」
    「僕らも探してみようか」
    「だな」
     と、まだ近くにいた他の羊飼いが、さっと顔を青ざめさせた。
    「おいおい、ゲートよぉ? 知ってるだろ」
    「何を?」
    「最近、変なのがこの辺りに出るってうわさをだよ」
    「変なのって?」
    「見た目は一見、でけー狼だって話だ。だが『変なの』ってのがな……」
     そこで羊飼いたちは言葉を切り、異口同音にこう続けた。
    「8本脚で、頭は2つ。しかも人を喰うって話なんだ」
    「ま、マジかよ」
     これを聞いて、ゲートも不安を覚える。
    「最近じゃ、東に出るってうわさだ。だからフレンのヤツ、『俺の羊が食われるかも』つって探し回ってたんだ」
    「でも西を探しても見つからないから、仕方無しに東へ、……ってことだろうな」
    「下手すると、あいつも……」
    「やべーな。……な、なあ、ゼロ?」
    「うん?」
     ゲートは後ろめたい気持ちで、ゼロにこう提案した。
    「このまま、待つって言うのは、まずいか? 他のヤツに言えば、毛は手に入るし」
    「ええっ!?」
     対するゼロは、目を丸くする。
    「危ないって話なのに、放っておくの?」
    「仕方ねーだろーが。俺もお前も、そんなバケモノに対抗できるような腕っ節は無いし、武器も無いだろ?」
    「でも魔術はあるよ」
    「……い、行く気なのか、ゼロ?」
     一転、今度はゲートが驚かされた。
    「行くよ。危ないって言うなら、なおさらだ」
     ゼロはいつも通りののほほんとした笑顔を浮かべて、そう断言した。

    琥珀暁・遭魔伝 1

    2016.07.07.[Edit]
    神様たちの話、第5話。原初の情報処理。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「えーと」 ゼロが悩み悩みと言った様子で、粗く削った木屑と草の束、そして灰を、湯がたぎった鍋の中に入れている。「お?」 と、その様子を見ていたゲートが、くんくんと鼻をひくつかせたが――。「……うぇ」 途端に、ゲートは顔をしかめた。「すげー青臭え。お前、それ何作ってんだ? なんかの薬か?」「ううん。いや、僕もできるかどうか半...

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    神様たちの話、第6話。
    遭遇。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。
    「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」
     呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。
    「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」
    「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」
    「そうだよ。お前、本当にどうにかできるのかよ?」
    「できると思うよ」
     あっけらかんとそう返され、ゲートは返事に詰まる。
    「できる、って、なんで、……うーん」
     あまりにも気負い無く答えられてしまい、強く反対できなくなる。
    「魔術ってのは、そんなこともできるのかよ?」
     どうにかそう尋ねてみたが、これに対しても、ゼロはしれっと返す。
    「色々できるよ。人の怪我や病気を治すことも、地面の奥深くから水を掘り出すことも、****より高い火力で森を焼き払うこともできる。
     本当に長けた人が魔術を使えば、不可能なことなんかこの世には無いさ」
    「……お前の言うことだから信じるけどさー」
     口ではそう言いつつも、ゲートはまだ、心の中では半信半疑の状態だった。

     やがて二人は草原を抜け、森へと入っていた。
    「おい、おい、ゼロって!」
    「どうしたの?」
     きょとんとした顔で振り返ったゼロに、ゲートは冷や汗を額に浮かべながら、引き返すことを提案した。
    「これ以上はまずいって、マジで。もう日も暮れかけてるし、森の奥に入っちまったら、真っ暗だぜ?」
    「あ、そっか。そうだね」
     そう返し、ゼロはぶつぶつと何かを唱えた。
    「『******』」
     途端に、二人の間にぽん、と光球が生じる。
    「これで明るくなったろ?」
    「……お、おう」
     十数歩程度歩いたところで、またゲートが声をかける。
    「な、なあ、ゼロ」
    「どうしたの?」
    「は、腹減らないか?」
    「ちょっとは。でもフレンが危ないかも知れないし、帰ってご飯を食べるような暇は無いんじゃないかな」
    「……だよな」
     また十数歩ほど歩き――。
    「な、なあ」
    「今度は何?」
    「しょ、正直に言う。怖い」
    「大丈夫だよ。僕がいる」
    「……勘弁してくれよぉ」
     しおれた声でそう返したが、ゼロはこう返す。
    「きっとフレンだって、同じ気持ちだよ? しかも一人だ。
     算術的に、フレンの方が2倍は怖い思いをしてるはずだよ。それを放っておくの?」
    「……そ、そう言われりゃ、……我慢するしかねーじゃねーか」
    「うん、よろしく」
     ゲートはゼロを説得するのを諦め、渋々付いて行った。

     と――。
    「あれ?」
     突然、ゼロが立ち止まる。
    「ど、どうした?」
    「何か聞こえなかった?」
    「な、何って?」
    「犬っぽいうなり声。今にも襲いかかってやるぞって言いたげな感じの」
    「よ、よせよ。こんな時に、悪い冗談だぜ」
    「いや、本気。……あ、やっぱり聞こえる。後ろ斜め右くらい」
    「え」
     言われて、ゲートがそっちを振り向くと――。
    「グルルルルル……」
     確かに、犬のような何かが、そこにいた。
     ような、と言うのは、「それ」はゲートの知る形をした犬では無かったからだ。
    「あ、頭が2つ、……脚が、8本、……しかも尻尾が2本ある!
     で、で、ででで、……出たあああぁぁ!」
     その異形の怪物を目にするなり、ゲートはその場にへたり込んでしまった。
    「あ、ちょっと、ゲート! ゲートってば!」
     これには、流石のゼロも慌てたらしい。彼は両手をゲートの腋に回し、勢い良く引っ張る。
    「立って! 重くて上がらないって!」
    「あ、あわ、あわわわ……」
     一方、ゲートは目を白黒させ、泡を吹いている。
    「……もう。見た目に似合わずって感じだなぁ、ゲートは」
     ゼロは短くぶつぶつと唱え、魔術を使う。
    「『********』! そこらで休んでて!」
     途端にゲートの体が宙を舞い、近くの木の枝に引っ掛けられた。
    「おわっ!? ちょ、や、うわっ、近いって!」
     引っ掛けられた場所は、ちょうど怪物の前だった。
    「あ、……ごめん、方向間違えた。まあ、でも、すぐ終わるから」
     ゼロはそう弁解し、またぶつぶつと唱えだした。
    「……吹っ飛んで! 『*******』!」
     次の瞬間、ゲートの目の前が真っ赤に染まり――そのまま、彼は弾き飛ばされた。

    琥珀暁・遭魔伝 2

    2016.07.08.[Edit]
    神様たちの話、第6話。遭遇。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 一応、護身用にひのきの棒を持ち、二人は放牧地の東にある草原へと向かっていた。「見渡す限りの大草原、ってこう言うところのことだねぇ」 呑気そうに歩を進めるゼロに対し、ゲートは恐る恐る、警戒しつつ歩いていた。「おい、ゼロ。いつ襲ってくるか分からんぜ?」「さっきみんなが言ってた、狼みたいな化物のこと?」「そうだよ。お前、本当にどうに...

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    神様たちの話、第7話。
    魔物騒動、一段落。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「……はっ」
     気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。
    「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」
     傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。
    「さっきのは?」
    「やっつけた」
    「生きてるのか?」
    「死んでる」
    「俺、死んだのか?」
    「君は生きてる。僕も生きてるし、フレンもさっき見つけたけど、無事だった。木の上でやり過ごそうとしてたらしい。あと、羊はあっちにいた」
    「……あ、見つけたのか?」
    「うん」
     ようやく意識がはっきりし、ゲートは上半身を起こした。
    「よお、ゲート。助けに来てくれたんだって?」
     と、友人の羊飼い、猫獣人のフレンと目が合う。
    「あ、……ああ」
    「俺はこの通り無事だよ。このゼロって人があの化物を倒してくれた、……って、今説明されたばかりだったっけ。すまんすまん」
    「……ゼロ。マジでお前、何者だよ」
     ふたたび仰向けになったゲートに対し、ゼロは無言で首を傾げる。
    「だから、何者なんだって」
    「何者って言われてもなぁ」
     ゼロは肩をすくめ、一言だけ返した。
    「この世界じゃ、ただの居候だよ」



     既に夕暮れが迫っていたが、ゼロの光球を放つ魔術のおかげで、三人とフレンの羊は無事に帰路に着くことができた。
    「うわさにゃ聞いてたけど……、アンタがゼロなんだって?」
    「うん」
    「不思議なことができるって聞いてたけど、本当なんだな」
    「僕には不思議じゃないけどね」
    「是非教えてもらいたいね。この光を出すのだって、俺が使えるようになりゃ、夜通し歩くことだってできるしさ」
    「でも一人起きてたって、みんな寝てるしつまんないよ? 羊だって寝てるだろうし」
    「そりゃそうだ、ははは……」
     すぐに打ち解けたフレンに対し、ゲートはまだ、いぶかしんでいる。
    (こいつ……、このまま放っておいていいのか?
     ワケ分からん術を使うってのが、俺にとっちゃ最大の恐怖だ。その気になりゃ、クロスセントラルのど真ん中でさっきの爆発を起こすことだってできるだろうし。
     周りと相談して、こいつをこっそり縛るなり何なりした方がいいんじゃ……)
     と、そこまで考えたところで、フレンと楽しそうに話すゼロの横顔が視界に入る。
     その途端、ゲートの中の猜疑心は、呆気無く溶けてしまった。
    (……あほらしい。こいつがそんなに、危険なヤツかよ? こんな無邪気に笑ってるようなヤツが)

     一方、ゼロはフレンから根掘り葉掘り、怪物のことを聞いていた。
    「じゃ、あの化物って、ここ最近この辺に現れたって感じなのかな」
    「らしいな。俺もうわさを聞いたのは、5日前か6日前か、それくらいだった」
     話の輪に、ゲートも入る。
    「バケモノが出たって話が?」
    「ああ」
    「確かイーストフィールドとかにも羊を飼ってる人たちがいるって聞いたけど、市場とかでは聞かなかった?」
     そう問われ、フレンは尻尾を撫でながら、おぼろげに答える。
    「あー……、いや、大分前に聞いたかも」
    「それって、いつくらい?」
    「うーん……、はっきりとは覚えて無いが、20日前だったか、30日前だったか」
    「半月以上前?」
    「はんつきって?」
    「あ、いや、まあいいや。じゃあもしかしたらイーストフィールドにいたのが、こっちに来たのかもね」
    「かもな。……なあ、ゼロ? それが一体、何だって言うんだ?」
     尋ねられたゼロは、珍しく真面目な顔をする。
    「さっきの化物とイーストフィールドのが同じ個体だったなら、やっつけたんだし、話はこれで終わりだけどさ、もし別の個体だったなら、被害はもっと増えるかも知れない。
     2体以上いるってことは、殖える可能性があるってことになるもの」
    「あ……!」
     ゼロの説明を受け、フレンも、そして傍で聞いていたゲートも顔を強張らせた。
    「もうちょっと詳しく調べた方がいいみたいだね。下手すると、クロスセントラルの中にまで入られるかも知れないし。
     そしたらもっと、被害が出る。人を食べるってうわさもどうやら、本当らしいしね」
    「そうだな」

    琥珀暁・遭魔伝 3

    2016.07.09.[Edit]
    神様たちの話、第7話。魔物騒動、一段落。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「……はっ」 気が付くと、ゲートは木の根本に寝かされていた。「ごめん、思ってたより爆風の範囲が大きかった。でも怪我は治したから」 傍らでそう説明するゼロに、ゲートはまだ呆然としたまま、ぽつぽつと尋ねる。「さっきのは?」「やっつけた」「生きてるのか?」「死んでる」「俺、死んだのか?」「君は生きてる。僕も生きてるし、フレン...

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    神様たちの話、第8話。
    対策と教育。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。
    「あ、できてるできてる」
     ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。
    「これが紙?」
    「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。
     あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」
    「アンタの頼みだし、断るつもりは無いが」
     そう前置きし、フレンは腹に手を当てる。
    「腹減った。先にメシ食いたい」
    「同感」
     ゲートにもそう告げられ、ゼロも同様に、腹に手を当てる。
    「そう言えば、僕もお腹空いてた。じゃ、先にご飯食べようか」

     フレンが持ってきた羊肉のおかげで、その日の夕食は豪華なものになった。
    「はぐはぐ……、いやー、こんだけ肉食ったのは久々だなぁ」
    「ゼロにゃ命を助けてもらったんだ、こんくらいしなきゃ吊り合わないぜ」
    「別にいいのに……。
     っと、そうだった。今のうちに、対策を考えておこうか」
     ゼロは肉を刺していた串を使い、テーブルに図を描く。
    「僕の認識だと、ここと周りの街ってこんな位置関係なんだけど、合ってるかな」
    「って言われても、良く分からん」
    「この交差点の真ん中がここ、クロスセントラル。で、僕から見て右の方に行くと、イーストフィールド。こんな感じだよね」
    「あー、なるほど。ああ、大体そんな感じだ」
    「で、イーストフィールドで20日以上前に化物を見かけたって話だったよね」
     尋ねられ、フレンはこくこくとうなずく。
    「ああ、そうだ」
    「そこから西にずーっと行って、6日前にこの近くでも見かけた、と」
    「ああ」
    「こことイーストフィールドって、どれくらい離れてるの?」
    「徒歩だと5日か6日かかる」
    「ふむふむ、……単純計算したら人間より大分遅いなぁ。まあ、一直線に来るってわけじゃないか。
     でも、まあ、それなら対策する時間はたっぷりあるかな」
    「対策?」
     まだ串にかぶりついていたゲートに尋ねられ、ゼロはにこっと笑って返した。
    「あんなのが大勢来たら、魔術抜きじゃとても勝ち目は無い。少しでも使える人を増やしておかなきゃ」



     翌日、ゼロはゲートを手伝わせ、筆と紙を大量に造り始めた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
     しかしゲートは納得がいかず、ゼロにこう尋ねる。
    「なんで俺まで手伝わなきゃ行けないんだよ」
    「人手が足りないから」
    「そんなに作るつもりなのか?」
    「できる限りね」
    「でもさ、お前こないだ、『魔術は素質がある奴しか使えない』みたいなこと言ってなかったか?」
    「うん、言ったよ」
     ゼロは鍋をかまどから上げつつ、こう返す。
    「だからできるだけ多くの人に試してもらわないと。見た目や性格だけじゃ、その人が使える人なのかどうかって分かんないし」
    「ああ、なるほどな。……俺はどうなのかなぁ」
    「うーん」
     ざるに鍋の中身を移しながら、ゼロはぼそ、とつぶやいた。
    「ホウオウなら見ただけで分かるんだけど、僕にはそんなことできないからなぁ」
    「ほう、……何だって?」
    「僕の友達の名前。見ただけでその人の魔力がどのくらいあるのか分かる、すごい奴だよ。
     実は攻撃魔術の大半は、ホウオウから教えてもらったんだ。多分だけど、あいつと勝負したら8割方、僕が負けるだろうな」
    「そんなに強いのか? じゃあさ、そいつに助っ人に来てもらえば……」
    「あー、無理無理」
     鍋の中身が空になったところで、ゼロはまた鍋に水を入れる。
    「あいつ、今すごく大変なことをしてるところだから。そりゃ、僕だって助けてほしいけど」
    「大変なことって?」
    「一言で言うと、世界を支えてるところなんだ」
    「は?」
    「いや、なんでも。……じゃあ僕の生徒第一号になってみる、ゲート?」
     ゼロは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ゲートに筆と紙、そして木炭の粉と膠(にかわ)で作った墨を手渡す。
    「ええと、まず、何から言おうかなぁ」
     鍋が煮詰まるまでの間、ゲートはゼロから魔術の講義を聞くことになった。
    「あー、と」
     が、始まる直前にゲートが手を挙げる。
    「ん、何?」
    「これ、どうすりゃいいんだ?」
    「僕が言った内容を書けばいいじゃないか」
    「書くって、……んん、まあ、うん」
     ゲートが逡巡したのを見て、ゼロははっとした表情を浮かべる。
    「えーと、……今更だけど、僕、この辺りの文字って知らないんだよなぁ」
    「もじ? ……って?」
    「……そっか、そこからか」
     ゼロは自分でも筆を取り、紙にいくつか絵のようなものを書きつける。
    「じゃあ、まず、第一。文字を教える。魔術はその後」
    「おう」
     こうしてゼロの最初の授業は、人に文字と数字を教えることから始まった。

    琥珀暁・遭魔伝 終

    琥珀暁・遭魔伝 4

    2016.07.10.[Edit]
    神様たちの話、第8話。対策と教育。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. フレンと、彼からもらった羊毛と共にゲートの家に戻るなり、ゼロは台所に向かう。「あ、できてるできてる」 ゼロは楽しそうに、昼間煮詰めていたものを木枠からぺら、ぺらと取り出す。「これが紙?」「そう。うまく行ったから、多めに作れるよう準備しないとね。 あ、そうそう。筆も作らないと。手伝ってもらってもいいかな?」「アンタの頼みだ...

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    神様たちの話、第9話。
    授業は順調。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。
     元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。
    「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」
    「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」
     なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり書き取りをやらせるようなことはせず、世間話から入っていく。
    「こないだフレンって人から羊肉をご馳走になったんだけどね、実は僕、それまで羊肉ってあんまり好きじゃなかったんだ。独特の臭いがあるなーって思ってて。
     でも全然、臭みが無かったんだよね、フレンが持ってきたお肉。もう一発で好物になっちゃったよ。また食べたいなぁ、あれ」
    「あはは……」
    「じゃ、今日は動物の名前を書いて行こうかな。まず僕が挙げたこれ、『ひつじ』。書いてみて書いてみて」
    「こう……、かな?」
    「そうそう、大体そんな感じ。じゃ、僕からも質問。シノンは何が好きなの? 食べ物に限らなくてもいいんだけど」
     ゼロに尋ねられ、長い耳に銀髪の女の子、シノンが答える。
    「あたしはー……、猫かなぁ。あ、ヒトの方じゃなくて、ケモノの方の猫ね」
    「ああ、可愛いよね、猫ちゃん。僕が前に住んでたところでも一杯いたんだけど、こっちでも会えて嬉しかったなぁ。……で、『ねこ』は、こう。あ、書いてくれてるね」
    「合ってる?」
    「ばっちり。みんなも書けた? ……うん、書けてる書けてる。
     でもキュー、君の字はなんか独創的過ぎるね。ちょっと判り辛い」
    「そっか?」
    「君らしい、ご機嫌な字なんだけど、もうちょっと丁寧に書いた方がいいかな」
    「んー、……こうか?」
    「あ、いいね、いい感じ。さっきより読める。じゃあキュー、今度は君の好きな動物を書こうかな。何が好き?」
     ゼロからの講義を聞くと言うより、彼と世間話をしているような感覚で、授業はのんびり進んでいく。
    「ふー……、話し疲れちゃった。今日はこのくらいにしよっか。明日もよろしくね、みんな」
    「はーい」
     基本的に、ゼロが休みたくなったところで授業は終わりとなる。
    「……時計作んないとなぁ。疲れるまでやったらそりゃ、疲れちゃうし」
    「とけい?」
     ゼロの独り言を聞きつけ、まだ教室に残っていたシノンが尋ねる。
    「時間を計る道具だよ。ま、近いうちに用意しとくから」
    「うんっ。楽しみにしてるね」
    「……あ、そうだ」
     と、ゼロはポン、と手を打つ。
    「良かったら作るところ、見に来る?
     ゲートは仕事あるって言ってたし、一人で行こうと思ってたんだけど、一人じゃ寂しいし。君、明日ヒマかな?」
    「うんうん、ヒマヒマ。全然ヒマだよっ」
    「なら良かった。じゃ、明日の朝にね」
    「はーい」



     そして、翌日。
    「ゼロ、ゼロっ! もう起きてるーっ?」
     早朝、まだ太陽が地平線から姿を表すか表さないかと言う頃に、シノンがゲートの家の戸を叩いてきた。
    「ふああ……、なんだよ、こんな朝っぱらから」
     眠たそうに目をこすりながら玄関に立ったゲートに、シノンは顔をふくらませる。
    「違うっ。ゲートじゃなくてさ、ゼロ。ね、もう起きてる、ゼロ?」
    「まだ寝てるっつーの。ふあっ……、お前そんなに、ゼロと出かけんのが楽しみだったのか?」
    「うんっ!」
    「……まあ、起こすわ。ちょっと待ってろ」
    「はーい」
     数分後、やはりゼロも眠たそうに顔をこすりつつ、玄関に現れた。
    「おひゃよぉ……、ふあ~あ」
    「おはよっ、ゼロ!」
     満面の笑顔で挨拶するシノンに対し、ゼロとゲートは揃って欠伸する。
    「……本当に、早めに時計作んないとダメだなぁ。
     僕、どっちかって言うと遅く起きるタイプだし。9時まで寝かして、とか分かってもらえるようにしないとなぁ、……ふあ~」
    「遅起きしたいってのは、俺も同感。……くあ~、眠みいなぁ」

    琥珀暁・魔授伝 1

    2016.07.13.[Edit]
    神様たちの話、第9話。授業は順調。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 意外にも、ゼロの「授業」は好評だった。 元々、ゼロはうわさの渦中となっていたし、その彼と話ができると言うのならと、興味津々の者たちが集まったからだ。「今日も集まってきてくれてありがとう、みんな。じゃあ今日は、何の話をしようか?」「じゃーさ、ゼロの好きなものって何?」 なので「授業」と言っても、ゼロは受けに来た者にいきなり...

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    神様たちの話、第10話。
    天文学と時間。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」
     そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。
    「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」
    「カンソク?」
    「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。
     それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれていくんだ。一番分かりやすいのは、月だね」
    「ん、……うーん?」
    「今日と明日で、月が空に浮かんでる位置がちょっとだけずれてるってことさ。
     で、このずれもある一定の周期がある。ある程度時間が経てば、元の位置に戻ってくるんだ」
    「へー、そなの?」
     明らかに要領を得なさそうな様子のシノンに、ゼロは昼の空に浮かぶ赤い月を指差した。
    「例えばあっちの月は、およそ28日で元の位置に戻る。もういっこの白い方は、およそ26日で戻ってくるんだ。
     で、まず考えたのが、赤い月の方を『1ヶ月』と言う単位として定めようかなって」
    「いっかげつ?」
    「そう、月が一周してくる期間。月ひとつ単位ってこと。まあ、後々もうちょっと細かく観測して、一ヶ月を何日にするか考えることにするけどね」
    「ふーん……」
     話が難しくなってきたためか、シノンはつまらなそうに返事をする。
     それに構わず、ゼロは話を続ける。
    「で、太陽の軌道も日が経つにつれて、少しずつずれてきてるんだ。
     僕が村に来て100日近く経ってるんだけど、軌道全体がずっと南寄りになってきてて、それにつれて日照時間、つまり一日のうちで明るい時間帯も短くなってきてる。
     それでね、ちょっと計算してみたら、面白いことになりそうなんだ」
    「なになに?」
     面白い、と聞いてシノンの顔がほころぶ。
     しかし次の説明を聞くうちに、またつまらなそうな顔になる。
    「月が両方とも満月になる頃に、太陽の位置も一番南に来そうなんだ。面白い偶然だろ?」
    「……そーだね」
    「でね、こうしようかなって思ってることがあるんだけど」「ねーえ、ゼロぉ」
     飽き飽きと言いたげな顔をして、シノンが話をさえぎった。
    「まだその話、続くの? つまんないよー」
    「……そっか、ごめん」
     ゼロは肩をすくめ、話題を変えた。
    「そうだ、前から聞こうと思ってたんだけど」
    「なーに?」
    「シノンって、一人で暮らしてるの?」
    「うん」
    「お父さんとかお母さんは?」
    「いないよ」
    「そうなの?」
     と、シノンは表情を曇らせる。
    「ずっと昔に死んじゃった。おばーちゃんがまだ生きてた頃に教えてくれたんだけど、バケモノに食われちゃったんだって」
    「あ、……ごめん、本当」
    「いいよ」
     気まずい空気になり、ゼロはそれ以上、自分から何も言わなくなってしまった。

     丘の上に着き、ようやくゼロが口を開いた。
    「えーとね、何しようかって言うとね」
    「うん」
     朝と打って変わって憂鬱そうな表情を浮かべているシノンに、ゼロは恐る恐ると言った様子で説明し始めた。
    「ここから村が見渡せるよね」
    「見渡せるね」
    「で、太陽が僕たちの後ろにある。と言うことは僕たちの前側、つまり村の方に向かって影が伸びるわけだ」
    「そうだね」
    「そこで、ここに長い棒か何かがあれば、村に影が差す。その位置で、時間を決めようかって」
    「ふーん」
     明らかにつまらなさそうに返事するシノンに、ゼロの歯切れも悪くなる。
    「あー、と、……まあ、ここまで一緒に来てくれたからさ、お礼するよ」
    「お礼? なになに?」
     尋ねてきたシノンに、ゼロはこんな提案をした。
    「そろそろ魔術をみんなに教えようと思ってたんだけど、一番先に、君に教えてあげる。僕の授業で一番成績がいいのは、君だし。もしかしたらすんなり使えるかも知れない」
    「マジュツって、ゼロが水を引っ張り上げたり、人を放り投げたりしてたヤツのことだよね? あれちょっと、やってみたかったんだー」
    「期待に添えると良いんだけどね。……っと、この辺りが丁度いいかな」
     村全体を見下ろせる位置で立ち止まり、ゼロは辺りをきょろきょろと見回す。
    「手頃なのは、……んー、無さそうだな」
    「そだね」
    「じゃ、作るか。シノン、僕の後ろにいて」
    「はーい」
     シノンが自分の背後に回ったところで、ゼロはぶつぶつと唱え始めた。
    「……『グレイブピラー』!」
     途端に地面がごそっと盛り上がり、ゼロの背丈の3、4倍ほどの石柱がゼロたちの前方、村の方に向かって伸びていく。
    「お~、すっごーい」
    「はは、どうも。……よし、いい感じ」
     村の方にできた影を眺め、ゼロは満足気にうなずいた。
    「ここで数日観測したら村の皆と相談して、あの影がどこら辺に差したら何時だ、って決めることにしよう。
     さて、シノン。約束通り、魔術を教えてあげるよ」

    琥珀暁・魔授伝 2

    2016.07.14.[Edit]
    神様たちの話、第10話。天文学と時間。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「まあ、元々ある程度は準備してたんだよね」 そう前置きしつつ、ゼロはシノンを連れて近所の丘に向かっていた。「僕がこの村に来た時くらいから、星の動きとか月の動きとか、できるだけ観測してたんだ」「カンソク?」「どんな風に動いてたか、詳しく眺めてたってこと。 それでね、星の動きと言うか、公転軌道は少しずつ、日によってずれてい...

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    神様たちの話、第11話。
    最初の生徒。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。
    「なにそれ? ピカピカしてる」
     尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。
    「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」
    「うん」
    「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思ってもらえば」
    「ふーん」
    「……っと、これこれ。基礎中の基礎、一番簡単な魔術。いい? 見ててね」
     そう言って、ゼロは右手の人差し指を立てる。
     と、その指先にぽっ、と火が灯った。
    「おわっ」
     それを見て、シノンは驚いた声を上げる。
    「これ、火?」
    「そう。魔力を熱エネルギーに、……あー、と、まあ、火を起こせる術だね。見たまんまだ。
     魔術は呪文と魔法陣で組み上げる、一つの『装置』みたいなもんなんだ。流れとしては、呪文や魔法陣を使うことで、何を媒体にして、どれくらい魔力を使って出力するか決定する、って感じになるかな。
     今、僕が見せたこの『ポイントファイア』は、僕自身の魔力を原動力とし、僕の指先を媒体として、こうして火として出力させた。その手順を、今から説明するね」
    「う、うん」
     ゼロの話が理解しきれなかったらしく、シノンの顔に不安そうな色が浮かぶ。
     しかし丁寧に魔術の使い方を繰り返し説明され、太陽が二人の頭上に来る頃には、シノンの指先にも火を灯すことができるようになった。
    「……不思議。熱くない」
    「また今度詳しく説明するけど、呪文には大抵、自分に跳ね返ってこないように保護する構文が加えられてる。熱く感じないのは、そのせいなんだ」
    「ふーん……」
     自分の指先に灯った火を見つめながら、シノンはこう尋ねた。
    「これ、もっと大きくできる?」
    「できるよ。さっきの構文の、魔力使用量の辺りをいじれば」
    「どれくらい大きくできるの?」
    「いくらでも。でも、さっきの構文そのままだと、自分の魔力をガンガン使うことになっちゃうから、そんなに大きくはできない。
     もっと大きなものにするには、別の魔力源がいる」
    「ゼロが持ってる、そのピカピカした本とか?」
     火を灯していない方の手で「目録」を指差され、ゼロはうなずく。
    「うん。でも君には使えないかな」
    「なんで?」
    「1つ、これは僕の友達が僕のために作ってくれたモノだから。僕以外には使えないように設定されてる。
     そしてもう1つの理由は」
     ゼロは諭すような口調で、こう続けた。
    「君は魔術師としてはひよっこ中のひよっこ、まだ卵の中から出て間もない雛だからさ。
     いくら便利だからって、子供に刃物や棍棒を持たせたりなんかしないだろ?」
    「……そだね」
     シノンは素直にうなずくが、こう続ける。
    「他にその、魔力源になるものってある?」
    「色々。純度の高い石英とか、錫と金とか銀とかを合わせた合金とか。それも近いうち、探さなきゃね」
    「どうして?」
    「君が思ってることの、延長の話」
    「え?」
     驚いた顔をしたシノンに、ゼロはいたずらっぽく笑いかけた。
    「分かるよ。そんな顔で『もっと強い術はあるの?』って聞いてきたら、そりゃもう丸分かりだ。
     君もあのバケモノたちに対抗したい、倒したいと思ってる」
    「……うん」
     いつの間にか空は曇りだし、ぽつ、ぽつと雨が降り始めていた。
    「ありゃ、降ってきちゃったな。しばらくここで、じっとしてようか」
    「うん」
    「良かったらその間、君の話を聞かせてほしいな」
    「……うん。分かった」
     大きな木の下にゼロがしゃがみ込み、シノンは彼の懐に入るように、彼の前に背を向けて座り込む。
    「おいおい、猫じゃないんだから……」「あのね」
     シノンはゼロをさえぎって、自分の過去を、静かに話し始めた。
    「あなたがやっつけたバケモノと同じかどうか、分からないけど。
     あたしのお母さんとお父さんと、もしかしたら弟か妹も――バケモノに、食べられたの」

    琥珀暁・魔授伝 3

    2016.07.15.[Edit]
    神様たちの話、第11話。最初の生徒。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 場所を木陰に移し、ゼロは懐から何かを取り出した。「なにそれ? ピカピカしてる」 尋ねたシノンに、ゼロが言葉を選ぶように、ゆっくりと答える。「これは友達からもらった、『黄金の目録』って言う、……えーと、何て言ったらいいかな、ほら、授業で僕が皆に使わせてる紙があるよね」「うん」「あれがものすごく一杯束ねられたやつ、って思って...

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    神様たちの話、第12話。
    人、なのか?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。
     それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。
     でもその途中で、バケモノに襲われて……」
     そこまで話したところで、シノンは自分の膝に顔を埋める。
    「そっか。……それで、君とおばあちゃんだけが助かった、と」
    「うん。……いやなこと、言う人もいた。あたしのこと、『両親を食わせて自分だけ助かった卑怯者』って」
    「ひどいことを言うなぁ」
    「でも、本当のことだもん。あたしは、お母さんたちが襲われてる間に逃げたから、生き延びたんだし」
     顔を埋めたままのシノンの頭を、ゼロは優しく撫でる。
    「本当だとしてもさ。そんなこと言う奴は人間が腐ってるってもんだよ。それに、その時はそうするしか無かったんだろう。
     ねえ、辛いことを聞くかも知れないけど、そう言う話って、昔からずっとあったのかな」
    「分かんない」
    「ま、そりゃそうか。襲われて死んだ人間が『襲われた』って言って回ることなんかできないし。
     となると、……やっぱり、気になるところだな」
    「なにが?」
     顔を挙げずに、シノンが尋ねる。
    「襲われ過ぎな気がする。それも、明らかに人が多い地域を襲ってる節がある。
     まるで人が増え過ぎないように、誰かが謀ってるような……」
     言いかけて、ゼロは首を横に振った。
    「……まさか、だな。いくらなんでも、バケモノがそんな意志を持ってるとは思えない。
     ただ、でも、……この手の話を、『授業』を受けてたみんなから聞いてるんだ。村の半分くらいの人が来てる中から、そのみんなに、だ」
    「珍しい話じゃないもん。
     隣の家のテオさんは西の村にいたけど、バケモノから逃げてこの村に来たって言ってたし、向かいの家のメイだってそう。友達もみんな、親や兄弟、友達の誰かを失って、逃げて、この村に来てる。
     みんな、親しい人を襲われて、自分が襲われかけて、……そして明日にでも襲われて、食われるのよ」
    「……させるもんか」
     ゼロの、いつも通り明るい口調の、しかし力強い言葉に、シノンはようやく顔を上げる。
    「ゼロ?」
    「僕たちはバケモノにとって丁度いい食べ物なんかじゃない。僕たちは知恵と自我と希望を持った、れっきとした人間なんだ。
     僕がいる以上、もうバケモノから逃げ回る生活なんて、誰にもさせやしないさ」
    「……」
     雨音が止み、雲間から太陽の光が切れ切れに届き始める。
     シノンはくる、と向きを変え、ゼロと向き合う形になった。
    「シノン?」
    「ゼロ」
     と、シノンはゼロに顔を近付け――静かに、口付けした。
    「え、ちょ、……もごっ」
     顔を真っ赤にしたゼロからすっと離れ、シノンは彼の耳元でつぶやく。
    「ゼロ。あたし、あなたのこと、……あなたのこと、不思議な人だって思ってる。
     ううん、あなたは『人』なのかな? もっと、すごい、人を超えた何か。そんな気がする。ねえ、そう言うの、何て呼んだらいいの?
     人よりもっとすごい、人を超えたもののことを」
    「……あんまりそんな風に呼ばれたいとは、思わないけど」
     そう前置きして、ゼロはこう返した。
    「僕のいたところじゃ、そう言うのは『神様』って呼んでたよ」
    「じゃあ、神様」
     シノンはもう一度、ゼロに口付けした。
    「お願い。あたしたちを、助けて」



     2時間後、ゼロとシノンは丘を下っていた。
    「……」「……」
     二人とも何も言わず、手をつないで、黙々と歩を進めている。
    「あれ?」
     と、村人が二人に気付き、手を振る。
    「おーい、ゼロじゃないか。それとシノンも。
     どうした二人とも? そんなぼんやりした顔して」
    「ぅえ? あっ、あー、どうも、リコさん」
    「あっ、えっと、ども」
    「……んー?」
     声をかけてきた村人は、そこで半ばけげんな、しかしどこか納得したような顔をする。
    「まあ、なんだ。寒くなってきてるから、風邪には気を付けろよ、二人とも。ひゃひゃひゃ……」
    「ああ、うん。気を付ける」
    「は、はーいっ」
     そのまますれ違ったところで、ゼロがぽつりとつぶやいた。
    「……どう思われたかなぁ」
    「多分、あなたが思ってる通りじゃない?」
    「だよなぁ……」
     恥ずかしそうに頭をポリポリとかくゼロに、シノンは耳元でささやく。
    「ねえ、ゼロ。明日から、あたしの家で住まない?」
    「うひぇ?」
     素っ頓狂な返事をしたゼロに、シノンは噴き出した。

    琥珀暁・魔授伝 4

    2016.07.16.[Edit]
    神様たちの話、第12話。人、なのか?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「元々、お母さんたちは東の村に住んでたらしいんだけど、元々そこが、バケモノに襲われて半壊したらしいの。 それで、あたしの弟か妹が生まれるかもって話があったし、このままいたらまた襲われるかもってことで、家族で真ん中の村に越してきたんだって。 でもその途中で、バケモノに襲われて……」 そこまで話したところで、シノンは自分の膝に...

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    神様たちの話、第13話。
    時間の制定者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「別にいいぜ。俺は全然構わない」
     ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。
    「いいの?」
    「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。
     あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」
    「それは本当、ごめん」
     ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲートは苦笑しながらこう続けた。
    「ま、これからも俺ん家に来てくれよ。流石に授業やられるのはきついけど」
    「ありがとう、ゲート」
    「にしても急だな? なんかあったのか、あいつと」
    「……色々ね」
     そう答えたゼロに、ゲートはニヤニヤした笑みを浮かべた。
    「ほーほー、そーか。ま、俺から見てもあの子は可愛いし、いい子だ。大事にしてやれよ」
    「うっ、うん」

     ゼロの住まいがシノンの家に移されて以降、彼の授業もそこで行われることになった。
     それと並行し、魔術の素質があると見た者には、シノンにやったように「集中講義」を行い、魔術の基礎を身に付けさせた。
     さらに丘の上に建てた石柱から伸びる影と、月の動きを基本として、彼は時間と日付を定め、皆にその「ルール」と見方を広めた。
    「で、あの影の先が丁度、広場の真ん中に差すくらいを『正午』と呼ぶことにする」
    「分かった、『タイムズ』」
    「たい、……え? なに、タイムズって?」
     きょとんとした顔でそう尋ねたゼロに、時間の説明を受けていた村人の一人が答える。
    「あんたは『神様』だって、あんたの奥さんが言ってた。『人よりすごい人』だって。俺たちはみんな、そう思ってる」
    「お、奥さんって、まだシノンは、そんなんじゃ」
     顔を赤くし、しどろもどろになるゼロに構わず、村人はこう続ける。
    「だけど一方で、『神様』とは呼ばれたくないとも聞いてる。
     でも俺たちはあんたに色々教えてもらったし、いっぱい助けてくれてる。『神様』は間違い無く、あんたなんだ。俺たちは是非ともあんたに、敬意を表したいんだ。
     だからせめて、その『時間』って言う決まりを定めるあんたを、『時間(タイムズ)』って呼びたいんだ。駄目か?」
     この願いに、ゼロは依然として顔を赤くしながら、かくかくとうなずいた。
    「ああ、うん、まあ、その、……呼びたいなら、……いいよ、……どうぞ」
    「ありがとう、ゼロ・タイムズ」
     こうしてゼロは「時間の制定者=『タイムズ』」とも呼ばれるようになり、より一層の支持を集めるようになった。



     そんな生活が、一月、二月と続き――やがてゼロの元に、2つの情報が飛び込むようになった。
    「おい、タイムズ。もう魔術を覚えた奴は20人を超えてる。『もっと強い術を知りたい』って奴も出てきてるんだが、どうする?」
    「ねえゼロ、またバケモノのうわさを聞いたの。南の村から逃げてきた人が教えてくれた」
     一つは、彼の魔術指導が着実に実を結び、より高次の指導を求める声が上がっている話。そしてもう一つは、怪物を目撃した、あるいは襲撃された話である。
     そしてその両方に対応するため、ゼロはある決断を下した。
    「分かった。何とかする。
     でも、どっちも準備する内容は一緒だけど、時間と手間がかかる。だから、人を一杯集めておいてほしいんだ。できるかな?」
    「ああ、請け負うぜ」
    「分かった。何すればいいの?」
     尋ねる村人たちに、ゼロはこう命じた。
    「まず第一に、強い魔術を使えるようにするために、道具を作らなきゃならない。二つ目は、その原料集め。
     この近くに水晶とか、金属が掘れるところはある?」
    「それは……」
     と、南の村の件を報告した村人が苦い顔をする。それを見て、ゼロは察したらしい。
    「南、か。丁度、バケモノが出たって言う」
    「う、うん。そこが鉱床に一番近い」
    「そうか……」
     ゼロは一瞬表情を曇らせ、そしてすぐ、こう返事した。
    「分かった。僕が採りに行こう」

    琥珀暁・魔授伝 終

    琥珀暁・魔授伝 5

    2016.07.17.[Edit]
    神様たちの話、第13話。時間の制定者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「別にいいぜ。俺は全然構わない」 ゲートの家に戻り、ゼロがシノンの家に移ることを相談したところ、ゲートは快諾した。「いいの?」「正直、騒がしいのは勘弁だったんだ。 あ、いや、お前が騒々しいって言うわけじゃない。だけど俺の家でワイワイやられるのは、ちょっとな」「それは本当、ごめん」 ゼロがぺこっと頭を下げたところで、ゲー...

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    神様たちの話、第14話。
    南へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。
     でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。
     だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」
     ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。
     しかし、誰もが目をそらし、応じようとしない。
    「……分かった」
     ゼロは表情を堅くし、そう答えた。
     と――。
    「ま、……待てよ」
     ゲートの手が挙がる。
    「ゲート。もしかして、来てくれるの?」
    「お、おう。人手がいるんだろ? じゃあ行くさ。お前の役に立てるって言うなら、なおさらだ」
    「俺も行くよ」
     続いて、羊飼いのフレンも挙手する。
    「もし羊が食われたら敵わんし。ただ、羊毛刈るハサミより重いの持ったこと無いから、役に立てるか分からんが」
    「すっごく助かる。他にはいない?」
    「あ、あたしも!」
     シノンも手を挙げる。
    「ゼロに教えてもらった人たちの中だったら、あたしが一番、魔術をうまく使えるもん!」
    「うん、君にはお願いしようと思ってた。嬉しいよ、シノン」
     3人集まったところで、他の村人たちも続き始めた。
    「俺も行っていいか?」
    「わ、わたしも!」
    「あー、と。やる気になってくれてすごく嬉しい。嬉しいんだけど」
     が、そこでゼロが両腕で☓を作る。
    「あんまり多過ぎてもダメなんだってば。人数が多いとバケモノに気付かれちゃう危険が大きくなる。
     僕はあくまでも、バケモノをこの村から追い払いたいんであって、無理にバケモノを見付けて殲滅(せんめつ)する気は無いんだ。今はまだ、そこまでできそうにないし」
    「う……、そうだよな」
    「タイムズ、理想は何人くらいなんだ?」
     尋ねられ、ゼロは即答する。
    「僕も含めて、5人が限度。ゲートとフレンとシノンは連れてくつもり。
     あと一人、腕っ節に目一杯自信があるって人がいてくれたら嬉しい」
    「そんなら俺の出番だな」
     と、手を挙げていた村人たちの中から、黒い毛並みをした、筋骨隆々の狼獣人の男性が一歩、前に出る。
    「このメラノ様は腕自慢で通ってる。その力、あんたに貸してやるぜ」
    「大助かりだ。よろしく、メラノ」
     こうして南の鉱床へ向かうメンバーが決まり、他の村人たちはそれを支援することになった。

     その準備を進めるため、村中で作業が進められた。
    「タイムズさーん、馬は2頭でいいー?」
    「ありがとー、十分だよー」
     南までの道を行く馬車を用意する村人たちに手を振りつつ、ゼロは付いてきたゲートとシノンに計画を説明する。
    「元々南の村にいたリズさんたちから聞いた話だと、鉱床は村からさらに南、大きな山の麓にあるって話だ」
    「その山なら知ってる。『壁の山』だな」
     そう答えたゲートに、シノンが続く。
    「誰もその向こうを見たことが無いって言う、あれ?」
    「そう、それだ。あれが世界の端っこだなんて言う奴もいるが、真相は未だ謎。
     他には死後の世界と俺たちの世界とを隔ててる境目だとか、あの向こうはずっと壁が続いてるだけだとか、色々言われてる」
    「何があるにせよ」
     ゼロはそう返し、にこっと笑う。
    「いつかあの向こう、見てみたいね」
    「ん?」
    「もしも僕たちがバケモノを全部倒しちゃって、どこまでも自由に行けるようになったら、きっとその謎も解き明かせるはずさ。
     海だってきっとそうだ。これも聞いた話だけど、海にもバケモノがいるらしいね」
    「うん。あたしも人から聞いただけだけど、でっかいタコとか、ながーいヘビとか」
    「それもきっと、僕たちは倒せる。倒して、その向こうに行くんだ。
     楽しみだろ?」
     そうゼロに問われ、二人は顔を見合わせる。
    「……そんなこと、考えもしたこと無かったな」
    「うんうん。でも、……行ってみたいね。山の向こうとか、海の向こうとか」
     二人の顔にわくわくとした色が浮かんでいるのを見て、ゼロもにっこりと笑った。
    「すべては、近隣のバケモノ退治がうまく行ってからさ。
     さ、次はお弁当作りしてるところに行こう。美味しく出来てるか、味見もしたいし」
    「あはは……」

    琥珀暁・南旅伝 1

    2016.07.21.[Edit]
    神様たちの話、第14話。南へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「僕が南の鉱床に行って、原料を採ってくる。 でも一人じゃそんなに多くは運べない。となると作れる武器の数も減ることになる。と言ってむやみに人員を増やしても、バケモノたちに気付かれる危険性が増すだけだ。 だから希望する人だけ、一緒に来てほしい」 ゼロは滅多に見せない真剣な顔で、集まる村人たちに頼み込んだ。 しかし、誰もが目をそらし...

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    神様たちの話、第15話。
    寒くて温かい旅路。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。
    「さむ……」
     ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。
    「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」
     御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。
    「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」
     フレン自身ももこもこと重ね着しながら、自分のところで作ったマフラーや帽子を袋から取り出す。
    「手袋あるか?」
     尋ねたメラノに、フレンがごそごそと袋に手を入れながら応じる。
    「あるぜ。耳当てはどうする?」
    「欲しい。尾袋は?」
    「大きめのが欲しい」
    「あるある。アンタみたいなフサフサめの尻尾でも十分入るぜ、メラノの旦那」
    「おう、助かる」
     と、二人のやり取りをぼんやり眺めていたゼロが、ぼそっとつぶやいた。
    「尾袋って言うのもあるのか……」
    「何言ってんの? そりゃあるって」
     それを聞いていたシノンが、けげんな表情になる。
    「無かったら『猫』とか『狼』とかの人、凍えちゃうよ」
    「それもそうだ。いやさ、前に僕がいたところには、あーゆー感じの耳や尻尾を持ってる人がいなかったって話、したよね」
    「そう言ってたね」
    「だから、あーゆーのも見たこと無くって」「ゼロ」
     ゼロの話をさえぎり、シノンが口をとがらせる。
    「もしかして、まだ村に馴染んでないの?」
    「えっ?」
    「ゼロの話の半分、前にいたとこの話なんだけど」
    「そうだっけ」
    「そーだよ。それともさ、村が好きじゃないの?」
     そう尋ねたシノンの頭を撫でながら、ゼロはこう返す。
    「もし村のことが好きじゃなかったら、こうして寒い中、バケモノがいるってところにわざわざ行こうなんて思わないよ」
    「……だよね。でも、やっぱり村の話、少ない気がする」
    「んなことねーって」
     話の輪に、ゲートが入ってくる。
    「最近のこいつ、俺と会う度に村の話ばっかしてんだぞ。リンのばーちゃんが畑を耕すのを手伝ったとか、ロニーが逃がした馬を一緒に追いかけたとか、よくもまあそんなに色々、人助けしてるもんだよなって思うよ。
     ま、実を言うと村の話って言うより、お前の話の方が多めなんだけどな」
    「ちょ」
     顔を赤くするゼロに構わず、ゲートはゼロから聞いたシノンの話を、彼女に聞かせる。
    「料理、苦手って聞いたけど本当か?」
    「え、そんなこと言ってた?」
    「フレンからもらった肉、焦がしたって」
     それを聞いて、シノンはゼロの耳をつねる。
    「ちょっと、ゼロ! 言わないでよ、もお!」
    「ごめんごめん」
    「あと聞いたのは、同じくフレンからもらった毛糸で編み物したけど、手触りがゴワゴワ、チクチクしてて痛かったって」
    「それも言ったの!? やめてよぉ」
    「おいおい、俺から贈ったヤツ、全部ダメにしてんじゃねーだろーな?」
     フレンも渋い顔をして、話に加わる。
    「もしかして、こないだのヤツもか?」
    「あ、いやね、その話はあくまで、『一緒に住み始めた頃は』って前置きしたんだよ」
     ゼロは苦笑しつつ、弁解する。
    「今はとっても美味しい料理を出してくれるし、今被ってる帽子だって、シノンが作ってくれたものなんだ。ほら、ふかふかだろ?」
    「ああ、そうだったのか。道理で見覚え無いと思った。上手いじゃん」
    「えへへっ」
     フレンにほめられ、シノンは嬉しそうにはにかむ。
    「今夜のご飯も頑張っちゃうよ。楽しみにしててねっ」
    「いいねぇ、若奥様の手料理か」
     ニヤニヤしながらそう返したメラノに、ゼロは顔を赤くしてうつむき、一方でシノンも、恥ずかしそうに笑った。
    「……えへへー」
    「ってかな、話を戻すとだ」
     と、ゲートが続ける。
    「俺もそこそこ、ゼロとは親しくしてるつもりだけど、こいつの故郷の話は数えるくらいしか聞いてないんだ。
     それを聞けるってことは、やっぱお前に、自分のことを知ってほしいと思ってるんだよ」
    「そっか、……そうだよね」
    「相思相愛だねぇ、お二人さん」
     フレンに茶化され、ゼロとシノンは、今度は揃って顔を赤くした。

    琥珀暁・南旅伝 2

    2016.07.22.[Edit]
    神様たちの話、第15話。寒くて温かい旅路。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. すべての準備が整い、ゼロたちは早速、南に向けて出発した。「さむ……」 ガウンを重ね着しているにもかかわらず、シノンが両腕をこすって寒がっている。「確かに寒みいな。ここ数年で一番の寒さかも知れん」 御者台に座るゲートも、白い息をもくもくと吐いている。「防寒着ならいくらでもある。もっと欲しかったら言ってくれ」 フレン自...

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    神様たちの話、第16話。
    「知る」を知る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。
    「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」
     ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。
     そしてゼロも、それに応じた。
    「大丈夫、大丈夫。準備するからちょっと待ってて」
     そう言って、ゼロは持ってきた青銅のスコップで、辺りに円を描く。
    「その間にご飯の準備もお願い」
    「はーいっ」
     シノンがにこにこと笑いながら、馬車の中から道具を取り出す。
    「俺は馬を見とくよ」
     ゲートも馬車に戻り、馬たちにえさをやり始める。フレンとメラノもかまどを作るため、周りの石や枝を集めに行った。
     その間にシノンが箱を抱えて馬車から戻り、ゼロに声をかける。
    「ここ、置いていい?」
    「いいよ。円の中なら大丈夫」
    「それも魔術?」
     尋ねたシノンに、ゼロはスコップを肩に担ぎながらこう返した。
    「そう。どんな術か、分かるかな? こないだ教えたところだけど」
    「んーと」
     シノンは箱を地面に置き、ゼロが引いた円と線、文字を観察する。
    「これはー、……火の術?」
    「そう」
    「効果範囲は、この円の内側」
    「うん」
    「効果は、燃やすとか火が出るとかじゃなくて、空気をあっためる?」
    「正解。時間も設定してるけど、どのくらいか分かる?」
    「えーっと、半日と、それと8時間?」
    「足して、足して」
     苦笑するゼロにそう言われて、シノンは指折り数えて答える。
    「20時間」
    「ばっちり。それくらいなら朝まで持つ」
    「でもゼロ、ここに時計無いよ? 明日の朝まで大丈夫って、どうして分かるの?」
    「多少曇ってるけど、日が落ちるのは後30分ってところだ。村での最近の日没時間は、おおよそ14時を20分くらい過ぎた辺りだった。まだ村を離れてそんなに経ってないし、日没の時間は同じくらいだろう。
     と言うことは――結構おおまかな計算になるけど――今の時刻は14時ちょっと前くらい。保温時間が20時間なら、明日の10時まで大丈夫ってことになる」
     ゼロの説明を聞き、シノンはぱちぱちと、楽しそうに拍手する。
    「そっかー。やっぱりすごいね、ゼロは」
    「そんなにすごくないさ。使ったのは魔術の基礎だし、後は観測と、簡単な算数の結果ってだけ」
    「それができるのが、すごいんだよ」
     シノンは唇をとがらせ、こう続けた。
    「あなたが簡単だって言ってること、5ヶ月前には誰にもできないことだったんだよ。時間を計ることも、一日の昼と夜がどれくらい続くのかって知識も、魔術のことも。
     それを教えてくれたのは、全部、あなた」
    「……うん、そうだったね」
     スコップを地面に差し、ゼロは肩をすくめる。
    「僕が、全部。何もかも」
    「そう、全部。あなたのおかげで、あたしたちは賢くなれた。あたしたちは、『知れた』」
     シノンはゼロに近付き、ぎゅっと抱きついた。
    「あなたはそう呼ばれたくないって何度も言ってるけど、やっぱりあたしたちには、あなたが神様だよ。
     あなたはこの先もきっと、あたしたちをもっと賢くしてくれる。あたしたちはもっと、色んなことを知られるようになる。……よね?」
     耳元で尋ねられ、ゼロはシノンを抱きしめ返して答えた。
    「勿論だよ」
    「何がだ?」
     と、いつの間にか背後に立っていたゲートが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。
    「わあっ!?」「きゃっ!?」
    「なんだよ、今更愛の告白でもしてたのか?」
    「いや、そう言うのじゃなくて、……ああ、まあいいや」
     ゼロはシノンに抱きつかれたまま、ゲートに顔を向けた。
    「もうそろそろフレンとメラノが戻ってくる頃だし、座る場所作ろっか」
    「おう。……で?」
     そう尋ねたゲートに、ゼロたちはきょとんとする。
    「なに?」
    「二人とも、いつ離れるんだ? まさか抱き合ったまま料理も食事もするのか?」
    「……あはは」「……えへへ」
     二人は照れ笑いを浮かべながら、急いで離れた。

    琥珀暁・南旅伝 3

    2016.07.23.[Edit]
    神様たちの話、第16話。「知る」を知る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 馬車を進めるうち、辺りが段々と暗くなってきたため、ゼロたち一行は馬車を途上に停め、野宿することにした。「おい、ゼロ。このままここで一晩過ごすのか? 寒くてたまらんぜ」 ゲートは口ではそう言っているものの、表情にはある程度、「また何かすごいこと見せてくれるよな?」と期待している色が浮かんでいる。 そしてゼロも、それに...

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    神様たちの話、第17話。
    夜の番。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。
     しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。
    「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」
    「ああ、普通に美味い」
     フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。
    「ありがとっ」
    「だけどゼロ」
     と、ゲートが不安そうに辺りを見回す。
    「夜はどうするんだ? この辺りはぱーっと開けてるから、もしバケモノどもが近くまで来たら、ここにいるのが丸分かりだぞ」
    「交代で見張りをしよう。もし何か異状があったら、僕を起こしてくれ」
    「分かった」
    「5人いるから、夜は常に3人眠って、2人起きて見張りで。その間の時間を計れるように、こう言うのも作ってる」
     そう言って、ゼロは木とガラスでできた、ひょうたん状の筒を箱から取り出した。
    「中に水と油が入ってて、引っくり返すと当然、油は上に、水は下に動く。水が全部落ち切るまで、2時間かかるように作ってある。つまりこの道具で2時間計れる。
     これを一回引っくり返すごとに、1人ずつ交代しよう。で、順番はどうしようか?」
     ゼロがそう尋ねたところで、フレンが毛糸を懐から取り出す。
    「くじならすぐ作れるぜ」
    「じゃ、それで行こう」
     5人はくじを引き、最初にゼロとメラノが見張りをすることが決まった。
    「これからの旅路を考えれば、できる限り疲れを溜め込みたくない。大分早いけど、シノンとゲートとフレンはもう寝てて」
    「分かった」

     シノンたちが眠ったところで、メラノがゼロに声をかけてきた。
    「なあ、ゼロ」
    「ん?」
    「変なこと聞くようだが」
     そう前置きされ、ゼロはぎょっとした顔をする。
    「変なこと聞かないでよ」
    「あ、いや、単にだ。シノンと仲いいよなって話なんだ」
    「ああ、うん、まあね」
     恥ずかしそうに答えたゼロに、メラノは続けてこう尋ねた。
    「前にはいなかったのか?」
    「って言うと?」
    「彼女とか、奥さんとか」
    「いや、シノンが初めて。前いたところでは、僕は勉強と研究と趣味にしか打ち込んで無かったから」
    「趣味?」
     メラノに尋ね返され、ゼロは上を指差した。
    「天文学」
    「て……ん……、なんだって?」
    「星とか、月や太陽の動きを見るのが好きなんだ」
    「ほー……? そんなもん見て、何が楽しいのか分からんなぁ、俺には」
    「あはは、良く言われる」
     あっけらかんとしているゼロに、メラノも相好を崩した。
    「お前のことを変な奴だって言うのと、いやすごい奴だ、神様だって言うのとがいるが、やっぱり俺には、あんたは変な奴にしか思えん。
     いや、勿論あんたが色々やってくれてるおかげで、村の暮らしが良くなってる、良くなりそうだってことは分かってるし、感謝もしてる。
     ただ、それを差し引いてもやっぱり変だ」
    「そんなに?」
     肩をすくめるゼロに対し、メラノは腕を組み、深々とうなずいて返す。
    「ああ。何よりも俺が変だって思うところはだ。そのヒゲ面だな」
     そう言われて、ゼロは自分のあごに手をやる。
    「やっぱりちょっとくらい整えた方がいいかな」
    「って言うか剃れよ。似合わん」
    「そっかなぁ。シノンはかっこいいって言ってくれたんだけど」
    「あいつにしてみりゃ、お前の何でもかんでもがかっこいいんだろ。ベタぼれだしな。
     だけどシノンもすっかり変わったぜ。お前が来る前までは、あんなに明るい奴じゃ無かったんだがな」
    「え?」
     意外そうな顔をしたゼロを見て、メラノはくっくっと笑う。
    「まさかって顔すんなよ。お前もあいつが村に来た経緯は知ってんだろ?」
    「……ああ、まあ。聞いたよ」
    「来てすぐ、周りから散々言われたから、相当参ってたんだろう。始終うつむいててよ、家から出て来ない日すらあったんだぜ?
     何なら他の奴にも聞いてみたらどうだ?」
    「……いや、いいよ。過去の話はあんまり」
    「そっか。……っと」
     話している間に水時計の中の水がすべて下に落ち、2時間経ったことを示した。
    「次はフレンだったな」
    「うん、呼んでくるよ。それじゃおやすみ、メラノ」
     ゼロはぺらぺらとメラノに手を振り、馬車の中に入った。
     フレンが来るまでの、一人になったそのわずかな間に、メラノはぼそ、とつぶやいていた。
    「ヨメさんの悪い話してもけろっとしてやがる。本っ当に怒らねーな」

    琥珀暁・南旅伝 4

    2016.07.24.[Edit]
    神様たちの話、第17話。夜の番。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ゼロの予測通りにすぐに日は沈み、辺りは間も無く、闇と凍てつく寒さに覆われた。 しかしゼロの魔術のおかげで、今ゼロたちがいる場所は温かく、ほんのりと明るい。「はぐはぐ……、言うだけあるな、シノン」「ああ、普通に美味い」 フレンとメラノからほめられ、シノンは嬉しそうに笑う。「ありがとっ」「だけどゼロ」 と、ゲートが不安そうに辺り...

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    神様たちの話、第18話。
    予定の遅れ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。
     そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走っていた。
    「念のために、食糧を多めに持ってきてて正解だった。……それでもこれ以上時間をかけたら、帰れなくなっちゃうけど」
    「怖いこと言うなよ。このまま全員飢え死に、凍え死になんて、冗談にもなりゃしない」
     御者台に着いていたゼロの言葉に、横に並んで座っていたフレンが苦笑する。
    「俺が死んだら、かわいい羊たちは全部路頭に迷っちまうぜ」
    「そりゃ羊たちが可哀想だ。何としてでも帰らなきゃ。……そう言えばフレン」
    「ん?」
    「奥さんとかいる?」
    「いや、独り者だ。残念ながらモテないもんでね」
    「へえ? 渋いおじさんと思ってたけど」
    「思われてたんなら、俺にとっちゃ不本意だな」
     フレンはふーっとため息をつき、憮然とした目を向ける。
    「俺はまだ、おじさんってほどじゃない。コレでも若いんだぜ、俺」
    「あれ、フレンって今、いくつ?」
    「いくつって?」
    「年齢、……って言っても、そうか。暦(こよみ)――今が何年ってことも、定めてないんだもんな。
     帰ったらそれも決めないとなぁ」
    「色々やるコトだらけだな。……何もかもが変わっていくな」
     不意にそんなことを言い出したフレンに、ゼロはきょとんとする。
    「って言うと?」
    「お前が来る前まで、やるコトなんてそんなに無かった。
     俺は羊を飼って、ゲートは畑に行って、シノンは山菜取って、メラノは狩りに行って。いっぱい取れたら交換できないか、市場に持ち寄って。
     ずっと、ずーっと、何日も、何十日も、何百日も、その繰り返しだった。それ以上の変化も無く、ずーっと。
     それを打ち破るのは、バケモノだけ。バケモノが突然襲ってきて、全部食い荒らして、そこから逃げて、そしたらまた別の村で、同じような日々の繰り返し。
     俺もいつかは羊と一緒にバケモノに食われておしまい。そうなる前に奥さんもらって子供作って、……って思ってたんだが、何かお前が来てから、それどころじゃ無くなったって言うか、他のことばっか考えてて、そんなヒマ無いって言うか」
    「ごめんね。今だって、こんな南の方まで連れて来ちゃって」
     謝るゼロに、フレンはニヤッと笑って返す。
    「構わんよ。同じコトを言うようだが、同じ日々の繰り返しから、アンタは解放してくれたんだ。危険や困難はあれど、今までに無い経験ばっかりしてる。
     こんな楽しいコトは、コレまで一度も無かった。感謝してもし足りないよ」
    「そう言ってくれれば、ほっとする。僕自身もこの寒々しい旅に参ってきそうだったんだ、実は」
    「だと思ったぜ。この10日、奥さんと二人っきりになれないってのは辛いだろうしな」
    「いや……、まあ、それも無くは無いけど」
     ゼロはくる、と振り返り、馬車の中で毛布にくるまって眠るシノンをチラっと見て、前に向き直る。
    「蒸し返すようだけど、予定がずれ込んできてるせいで、食糧が心細くなってきてる。帰りも同じくらいかかるとなれば、馬が危ないかも知れない。
     冗談やからかいじゃなく、命の危険がじわじわ迫ってきてる。その上、ゲートも何度かこぼしてたけど、いつバケモノが狙ってくるかって危険も、依然として続いてる。
     これで不安にならなかったら、頭がおかしいよ」
    「違いないな、ははは……」
     一笑いして一転、フレンの顔が曇る。
    「……あと、何日かかる?」
    「計算では2日。どれだけ難航しても、流石に明日には村に到着する。そこからもう1日で、鉱床に行けるはずさ」
    「帰りはどうする? 村で食糧がもらえりゃいいが」
    「多めに原料を掘って、村で交換してもらおう。バケモノのせいで掘りに行き辛くなってるだろうから、きっと喜んでくれるよ」
    「なるほどな。流石……」
     と、フレンが話を止め、猫耳をぴくぴくと動かす。
    「どうしたの?」
    「なあ、自分のコトだからピンとは来ないんだが――猫獣人ってのは、他のヤツが気付かんような物音や匂いやら、そう言うのにいち早く気付けるらしいんだ。
     ゼロ、お前今の、グオーってのは、……聞こえなかったか?」

    琥珀暁・南旅伝 5

    2016.07.25.[Edit]
    神様たちの話、第18話。予定の遅れ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 南の村からクロスセントラルに来た人々の話と、馬の速力とをゼロが総合・計算した結果、南の鉱床までは片道で10日程度だと算出していたが、想定外の要素――厳しい冬の寒さのため、雪や凍った道に幾度と無く阻まれていた。 そのため到着予定日を過ぎた今も、ゼロたちは鉱床はおろか、その手前の南の村にすら未だたどり着けず、吹雪の中をひた走...

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    神様たちの話、第19話。
    吹雪の中の接触。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ゼロの顔から、笑みが消える。
    「……どっちから?」
    「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」
    「どれくらいで接触しそう?」
    「多分、そんなにかからん」
    「何頭いそう?」
    「1頭だけっぽい」
    「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」
     そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光る板を取り出した。
    「ちょっと場所替わって。目視できた瞬間に攻撃したい」
    「お、おう」
     御者台の左側に座っていたフレンと場所を替わり、ゼロは呪文を唱え始めた。
    「……***……***……、準備できた。馬を慌てさせないようにしてて」
    「ああ」
     やがて吹雪の音に混じり、確かに獣のような、グオオオ……、と言ううなり声が近付いて来る。
    「……来た!」
     ゼロは板を掲げ、叫んだ。
    「『ファイアランス』!」
     次の瞬間、炎の槍がぼっ、と音を立てて、馬車の左へと飛んで行く。
     間を置いて、それまで切れ切れに聞こえていたうなり声が、きゃひんと言う、泣いたようなものに変わる。
    「当たったか!?」
    「うん。でもまだ近付いて来る。
     シノン、起きて!」
    「おっ、起きてるよっ!」
     膝立ちの姿勢で、シノンが寄ってくる。
    「こっちに来て手伝って! 左にバケモノだ!」
    「分かった!」
     わずかに村に残っていた原料で作られた杖を手に、シノンも戦いに加わる。
    「『ファイアボール』!」
     先程の、ゼロが放ったものと比べて幾分小さい火球が、同じように吹雪の中へ飛んで行く。
     しかし飛んで行って数秒経っても、何の反応も返って来ない。
    「……当たってないっぽいね」
    「って言うか、聞こえなくなった?」
     3人、息を殺して気配を探るが、既にうなり声も、泣くような声も聞こえない。
    「……ひとまず、撃退したって感じか」
    「みたいだね。ごめん、寝てたのに」
     小さく頭を下げたゼロに、シノンはふるふると首を振る。
    「ううん、危なそうだから一応、起きてたよ」
    「そっか」
     そのままシノンの肩を抱き、頭を自分に寄せたゼロを横目で眺めつつ、フレンがこぼす。
    「独り者にゃ目の毒なんだがねぇ。オマケに御者台の定員は2人なワケだし」
    「あ、ごめん」
     離れようとしたシノンに、フレンは手をぱたぱたと振って制止する。
    「俺は気疲れしたから休むわ。またどっちか疲れたってなったら、交代するよ」
    「はーい」

     やがて吹雪も止み、雲間からチラホラと日が差し始めた。
    「わあ……、きれい」
     その光景を見て、シノンが嬉しそうな声を上げる。
    「でもオレンジ色がかってきてる。もう日が暮れそうだ」
    「早いね、日が暮れるの」
    「冬だからね。まだ短くなるはずだよ」
     ゼロの言葉に、シノンは目を丸くする。
    「そうなの?」
    「バケモノ対策とか色々あったから、最近は細かい観測ができてないけど、もうあと3週間もすれば、冬至――一年の中で一番、昼が短い日が来るはずだ。
     でね、考えてたんだけど、その日を一年の始まりにしようかって思ってるんだ」
    「始まり?」
    「そう。その冬至の日を、暦の始まりにしようと思ってるんだ。
     ちゃんとそれを決められて、1年を計れるようになったら、僕たちの村は、いや、世界は大きく変わる。『歴史』を作れるようになるんだ」
    「レキシ?」
    「人が生きた、証だよ。今は誰がいつ、何やったかなんて、生きてる内の分しか覚えられないし、その間しか認識できない。
     でも紙に、何年何月に何があったって書き留めて保存しとけば、きっとずっとずっと未来の人にだって、僕たちがどんな生き方をしたかって言うことは、伝えられる。
     僕たちも、僕たちがやったことも、誰かに憶えていてもらえるんだ」
    「……」
     ぎゅっと、シノンがゼロの袖を握る。
    「あたしが生きてきたことも、憶えててもらえるの?」
    「勿論さ。僕が死んで、君が死んだその後も、紙に書いておけば、僕たちのことを、ずっとずっと憶えててもらえる」
    「……いいね。考えるだけで、楽しい」
     シノンは嬉しそうにつぶやき、ゼロに寄りかかった。
    「あたしのことも、ゼロのことも。ゲートやフレンや、メラノのことも。
     みんな、憶えていてくれますように」
    「……ああ。僕も、願うよ。みんなのことを、後のみんなが憶えていてくれることを」
     ゼロも自分の頭をシノンの頭に乗せ、そう返した。

    琥珀暁・南旅伝 終

    琥珀暁・南旅伝 6

    2016.07.26.[Edit]
    神様たちの話、第19話。吹雪の中の接触。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ゼロの顔から、笑みが消える。「……どっちから?」「馬車の向きを正面として、左の方だ。足音もする。雪の上をかなりデカいのが、こっちに向かってきてる」「どれくらいで接触しそう?」「多分、そんなにかからん」「何頭いそう?」「1頭だけっぽい」「分かった。もっと出てきそうなら、また教えて」 そう返して、ゼロは懐から金と紫とに光...

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    神様たちの話、第20話。
    惨劇の名残。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。
     だが――。
    「こ、……こりゃあ」
    「ひでえな……!」
     村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。
     家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。
    「襲われた、……か」
    「血も乾いてるし、足跡もカチカチだ。襲われてから2日か3日以上経ってるみたいだね」
     唖然とする一同に対し、ゼロは冷静を装った口ぶりで、状況を分析している。
    「でも村の人は全員やられたってわけじゃ無さそうだよ。
     服とか毛布とかが残ってない家がチラホラある。バケモノたちがそんなの食べるわけ無いしね。
     それにほら、バケモノの足跡に混じって、靴っぽい足跡もあっちこっちに付いてる。大半が東の方に向かってるから、何人かはきっと生き残ってるさ。それに、えーと」「ゼロ」
     まくし立てるようにしゃべり続けていたゼロに、シノンが抱きついた。
    「分かってるよ。あなた、すごく戸惑ってるし、それにとっても悲しんでるってことも」
    「え? ど、どう言う意味かな」
     震えた声でそう返したゼロに、シノンは涙混じりの声で返す。
    「あなたが悪いんじゃない。あたしたちは全速力でこの村に来たんだもん。それでも間に合わなかったんだから、どうしようもなかったんだよ」
    「……し、シノン。いや、……僕は、……その、僕は、……ぐっ」
     ゼロはまだ何か言おうとしたが、やがてシノンの頭に被せるように顔をうつむかせ、そのまま黙り込んだ。

     ゼロたち一行にとっては幸いなことに、バケモノの姿も村跡には無かった。
    「とりあえず、ゼロのことはシノンに任せとこう」
    「ああ。俺たちじゃ何言ったって、耳に入りゃしないだろうからな」
     ゲートとフレンは食糧や使える資材が無いか、辺りを確かめることにした。
    「メラノの旦那は?」
    「見回ってもらってる。もしバケモノがまた来たりなんかしたら、今のヘトヘトな俺たちでどうにかできるか分からんし。ゼロはまだ立ち直ってないだろうしな」
    「言えてるな」
     瓦礫を転々と回り、どうにか無事に残されていた野菜や果物を袋2つ分ほどかき集めたところで、メラノが戻って来た。
    「とりあえず辺りにバケモノらしいのは見当たらねえ。多分大丈夫だ」
    「ありがとよ、旦那。んじゃゼロの気分が良くなったら、結界張ってもらおう」
    「おう。……っと、来た来た」
     3人で固まっているところに、ゼロとシノンも入ってくる。
    「ごめんね、みんな。もう大丈夫」
     ゼロは、口ではそんな風に言ってはいるものの、未だ顔色は悪い。
    「それが大丈夫って面かよ。お前のヒゲといい勝負ってくらい真っ白じゃねえか」
     単純な気質らしく、メラノがずけずけと指摘した。
    「ともかく、先にメシ食おうや。それに全員疲れ切ってるし、少しでも休めるうちに休まなきゃ、全員共倒れになっちまうぜ」
    「……そうだね。うん、君の言う通りだ」
     フレンとメラノが集めた食糧を調理する間、ゲートとシノンは、未だ蒼い顔をしているゼロに声をかける。
    「ゼロ。辛いってのは見て分かるが、それでもお前がしっかりしてくれなきゃ、この旅を無事に終わらせられない。
     まず、今後の予定を考えようぜ」
    「ああ、うん。とりあえず――僕が最初考えてた予定通りには行かなかったけど――食糧は補充できた。あれだけあれば、当初の予定プラス2日か、3日は持つだろう。
     だから今日はここで一泊して、明日の朝早くから鉱床に向かって、2日かけて原料を確保しようと思う。で、集められたらまっすぐ北に戻ろう。それならギリギリ、食糧は持つはずだ」
    「まっすぐ?」
     尋ねたシノンに、ゼロは「あ、いや」と小さく答える。その一瞬の間から、ゲートは彼が何を思っていたのかを察した。
    「ゼロ、南の村の生き残りがいるかどうか、確かめたいんだろ?」
    「……ああ。余裕があるなら、探して保護したい。それは確かに僕の希望だ。
     だけどそんなことをすれば、ほぼ確実に僕たちは、クロスセントラルに到着する前に食糧が尽きて、飢え死にしちゃうだろうから」
    「だけど俺はな、ゼロ」
     ゼロの意見に対し、ゲートはこう返した。
    「お前が人を見捨てて平然としてるようなヤツじゃないってことを、十分知ってる。
     ここで確認せずに帰ったら、お前多分、一生気になって気になって仕方無くなるんじゃないか?」
    「……僕もきっとそう思うよ」
     力なくうなずいたゼロの手を、シノンが握りしめる。
    「じゃあ行こう? あたしだって、もしそれで助かる人がいるなら、絶対行くよ」
    「でも、食糧が足りなくなる危険が……」「そう言うことなら」
     反論しかけたゼロのところに、フレンがやって来る。
    「みんなが鉱床に行ったとこで、俺が周りに何か食べ物が無いか、探してみるぜ。
     もし鉱床の方の人手が足らんってことなら、その時はそっちを手伝うが、5人もいて全員かかりっきりってこともそうそう無いだろうし」
    「うーん……」
     フレンの提案に、ゼロは考え込む様子を見せ、やがてうなずいた。
    「そうだね。往路で迷いかけたことを考えれば、復路でも同じことが起こる可能性は高い。それを考えれば、食糧は現状でも十分か怪しい。
     それを補うことを考えれば、どっちみち食糧は探さないといけないしね。頼んだよ、フレン」
    「ああ、任せてくれ。……あ、そうそう。メシできたぜ」

    琥珀暁・襲跡伝 1

    2016.07.29.[Edit]
    神様たちの話、第20話。惨劇の名残。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゼロの予測通り、バケモノと接触しかけた翌日には、南の村に到着することができた。 だが――。「こ、……こりゃあ」「ひでえな……!」 村には人の気配も、まともな建物も、何一つ残ってはいなかった。 家と思しき残骸には血の跡がべっとりと付いており、その周りを囲むように、巨大な獣の足跡が円を描いている。「襲われた、……か」「血も乾いてる...

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    神様たちの話、第21話。
    ようやくの到着。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。
    「鉱床はどの辺りだ?」
    「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」
     小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。
    「この先が多分、鉱床かな。
     じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシノンは原料を採るのに専念する。フレンは山の方に登って、食べられそうなものを集める。メラノは僕たちとフレンのところとを回って、僕たちを手伝いつつ、フレンの無事を確保して」
    「おう」
    「んじゃ早速、見てくる」
     フレンとメラノが山を登り始めたのを確認し、ゼロたちは洞窟へと入っていった。

    「こりゃいい」
     洞窟の奥、鉱床である岩壁の前に着いたところで、ゼロが嬉しそうな声を上げた。
    「一目見て高純度だって分かるね、この石英。いい素材になりそうだ」
     ゼロは早速、持ってきたつるはしでカン、カンと岩壁を叩き、掘り出した鉱物を手に取る。
    「ほら、この水晶。向こう側が見える。相当質がいいよ」
     それを見たシノンが、ゼロと反対側から水晶を覗き見る。
    「綺麗だねー」
    「掘るのはこう言う透明なやつでいいのか?」
     尋ねたゲートに、ゼロは嬉しそうにうなずいた。
    「うん。とりあえず2時間、ここで水晶を掘り出そう。それくらい掘れば、20人分にはなるだろうから」
    「よし、やるかっ」
     ゲートが袖をまくり上げ、岩壁に向かったところで、ゼロはシノンにこう指示した。
    「僕とゲートが掘る。シノンは掘ったやつを外に運び出して。坑道は暗かったけど、君なら魔術を使えるから大丈夫だよね?」
    「だいじょぶ、大丈夫ー」
    「何かあったら大声で呼ぶんだよ。ほぼ一本道だったから、呼んだらすぐ聞こえるはずだし」
    「分かってるって。ほら、掘って掘って」
     シノンに促され、ゼロも岩壁を掘り始めた。
     掘り始めて20分もしないうちに、小屋から持ってきた荷車一杯に水晶が積み上げられる。
    「じゃ、一回持って行くねー」
    「うん、お願い」
     シノンが荷車を押してその場から離れたところで、ゲートが口を開く。
    「なんつーかさ」
    「ん?」
    「シノンも子供じゃないんだから、そこまで心配しなくてもいいと思うんだが」
    「あー、うん。分かってるんだけどね、頭では」
     弁解しつつ、ゼロはこう続ける。
    「でも何か、構いたくなるって言うか、気になるって言うか」
    「はは、言えてる」
    「それに、あんなのを見た後だから、心配になっちゃって」
    「あんなの、……ああ」
     廃墟と化した村を思い出し、ゲートは小さくうなずく。
    「この辺りにゃもう見当たらんとはメラノも言ってたが、それでも不安だよな」
    「うん。それに生兵法は怪我の元とも言うし」
    「な……ま?」
     聞き返したゲートに、ゼロは岩壁を掘り続けながら説明する。
    「聞きかじったことをすぐに実践しようとすると、大抵ろくなことにならないって意味だよ。
     シノンはきっと、僕から学んだ魔術をバケモノ相手に試してみたくて仕方が無いと思うんだ。馬車に乗ってた時に襲われそうになったことがあったけど、その時もシノンは、勇んで魔術を放ってたしね。
     でも学んでからそんなに間も無いし、自分の魔力が限界になるまで使い続けたことも無いだろうし、彼女が魔術を使い慣れてるかどうかって考えると、はっきり言えばまだ怪しい。
     今のところ可能性としては微々たるものだと思うけど、もしもバケモノが戻って来て、シノンがそれに出くわしちゃったりなんかしたら、きっと良くない結果になる」
    「……なるほどな」
     とは言え、この時は杞憂だったらしく、シノンが空になった荷車を運びながら、ゼロたちの元へと戻って来た。
    「運んできたよー」
    「ありがとう、シノン。……そろそろメラノが来てもいい頃だと思うんだけど、ちょっと辺りを探して来てもらってもいいかな?」
    「はーい」
     そのままくるんと踵を返したシノンに、ゼロが付け加える。
    「あ、山に登らなくていいから。周りにいなきゃ、そのまま戻って来て」
    「分かったー」

    琥珀暁・襲跡伝 2

    2016.07.30.[Edit]
    神様たちの話、第21話。ようやくの到着。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 翌日、ゼロたち一行は南の村跡からさらに南下し、巨壁のように雄々しくそびえ立つ山脈のふもとに到着した。「鉱床はどの辺りだ?」「聞いた話だと近くに小屋とかあるらしいから、……あ、あれっぽいね」 小屋に近付いてみると、すぐ横に洞窟の入口があることが確認できた。「この先が多分、鉱床かな。 じゃあ当初の予定通り、僕とゲートとシ...

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    神様たちの話、第22話。
    人では敵わぬモノ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
    「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
     声をかけてみるが、返事は無い。
    「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
     そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
    「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
     結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
     しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
    「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
     シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
     と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
    「……え?」
     その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
    「……う……あ……」
     フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。

    「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
     前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
    「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
     そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
     しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
    「バケモノだ! 上にいやがった!」
    「あ、えっ、あのっ」
    「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
    「え、じゃ、えっと」
    「逃げろ!」
     メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
     それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
    「ひっ……」
     立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
    「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
     横で怒鳴っていたメラノが、消える。
     呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
    「あ……ひ……やあっ……」
     シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
     やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
    「……い……や……」
     一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
    「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」

     目の前が暗くなる。
    「……っ」
     双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
    「来たよ」
     だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
    「まだ大丈夫?」
     ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
    「……ぜ……ろ?」
    「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
     背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
    「そこでじっとしていて」
    「う……うん」
     うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
    「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
    「……」
     シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
     そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。

     双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
    「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
     対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
    「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
     君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
     ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
    「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
     ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
    「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
     今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
     僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
     ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
     そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
    「欠片(ビット)一粒残らず燃え尽きろ――『ジャガーノート』!」
     次の瞬間、ばぢっ、と奇怪な音を立てながら、双頭狼の背中がぱっくりと割れ、火を噴き上げた。

    琥珀暁・襲跡伝 3

    2016.07.31.[Edit]
    神様たちの話、第22話。人では敵わぬモノ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」 声をかけてみるが、返事は無い。「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」 そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」 結局、シノンは...

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    神様たちの話、第23話。
    喪失。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。
    「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」
     ゼロは魔杖をぽい、と捨て、手をバタバタと振って、焦げかけた手袋を冷ます。
    「落ち着いてきたら構文を書き直さなきゃ、危なっかしくて使えないよ。
     ……っと、シノン。大丈夫?」
     ゼロがくる、と振り返り、シノンと目が合った途端、シノンは泣き出してしまった。
    「ぜっ、……ゼロぉぉ」
    「うん、出血も止まってるみたいだね。あんまり深い傷じゃ無さそうだ」
    「きっ、きず、っ、て」
     嗚咽を上げながら尋ねたシノンのほおを、ゼロが布で優しく拭く。
    「言いにくいんだけどね、びっくりしないで聞いて欲しい。
     シノン、さっきのヤツに引っかかれたみたいだよ。右のほおに、爪痕が着いちゃってるんだ」
    「……えっ」
     言われて、シノンは自分のほおに手を当てる。
    「……あ」
     確かにびりっとした、突き刺さるような痛みがある。手のひらにも、べっとりと血が付いていた。
    「ごめんね。僕がもう少し早く、君が戻って来ないことに気が付いていれば、……メラノやフレンはともかく、君を傷付けさせることはさせなかったのに」
    「……ううん、助けて、くれたもん。ありがと。
     それで、……その、……メラノと、フレンは?」
    「これも、……言いにくいことなんだけど、その、一言だけ言うとね、……絶対、振り返っちゃダメだよ」
    「……っ」
     シノンは自分の足元を見て、自分のものでは無さそうな大量の血の跡が、雪道に残っていることを確認する。
     そのまま、その血の跡を目でたどろうとしたが、ゼロが彼女の目に手を当て、こう続けた。
    「見ちゃダメだってば」
    「……わか、った」
     背後の惨状を察し、シノンは目を覆われたままうなずいた。

     と――。
    「勝手に、殺すな……」
     うめくような声が、前方から聞こえてくる。
    「フレン?」
    「おう……」
     恐る恐る尋ねたシノンに、フレンの声が応える。
     ゼロが手を離したところで、顔を真っ青にしたフレンが、ガタガタと震えながら歩いてくるのが見えた。
    「生きてたの?」
    「ああ。いきなり背後から襲われたんだが、俺はどうにか山肌を滑り落ちて逃げた。
     メラノの旦那が叫んでる声がしたから、多分戦ってたんだと思うが、……あの様子じゃ、太刀打ち出来なかったみたいだな」
    「……」
     ゼロは答えず、シノンの肩をぎゅっと抱きしめた。



     メラノを失うと言う大きな痛手はあったものの、残った4人で2日間採掘と食料確保に努め、どうにか木箱2つ分の原料と袋4つ分の食糧を確保することができた。
    「じゃあ、出発するぜ」
    「うん」
     フレンが馬に鞭をやり、馬車を動かす。
    「最初の予定を変更して、近くに生き残りはいないか探す。それで良かったな?」
    「ああ」
     ゲートの確認に、ゼロは小さくうなずく。
    「……ごめんね」
     そうつぶやいたゼロに、シノンが尋ねる。
    「どうしたの?」
    「メラノに。助けてあげられなかったし、ちゃんとお墓も作れなかった」
    「おはか?」
    「亡くなった人が、あの世で安らかに過ごせることを願うためのものだよ」
    「あのよ?」
    「……ごめん、シノン。説明するには、ちょっと疲れたよ」
    「うん、また今度、聞かせて」
    「ああ」
     話しているうちに馬車は鉱床から遠く離れ、ふたたび真っ白な平原の中へと踏み込んでいった。

    「……」
     馬車の中の空気は重い。
     これまで明るく振舞っていたゼロが一言も発さず、ずっとうつむいたままでいるからだ。
    「……あのよ、ゼロ」
     耐えかねたらしく、ゲートが口を開く。
    「なに?」
     応じたゼロの声は、普段とは打って変わって沈んでいる。
    「お前の気持ちは分かる。……とは、言えない。きっとお前は、俺やらフレンやら、シノンが思っているよりずっと、強い決意でみんなを守ろう、みんなを助けようと思ってるだろうしな。
     だけど、そりゃ無茶ってもんじゃないのか?」
    「……」
     ゼロは答えず、真っ赤に腫れた目だけを向ける。
    「いや、お前には無理だとか、そんなことを言うつもりじゃない。お前はすげーヤツだ。俺たちの想像をはるかに超える、ものすげーヤツだってことは分かってるつもりだ。
     でも――俺なんかがこんなこと言ったって意味無いだろうが――何にだって限界はあるもんなんじゃないか?」
    「……」
    「いや、つまりさ、俺が何を言いたいかって言うとだな」「みんなでやろ、ってことだよ」
     しどろもどろになり始めたゲートをさえぎり、シノンが話を継いだ。
    「ゼロ、何でもかんでも一人で抱え込みすぎだもん。ゼロのすごさはあたしもゲートも知ってるけど、ゼロが繊細な人だってことも、同じくらい知ってるよ。
     だからさ、一人でああしよう、こうしようって突っ走らないで。あたしにできることはあたしに任せて。ゲートにできることはゲートに任せたらいいんだし」
    「……」
     ゼロはシノンにもゲートにも目を合わせず、小さくうなずいた。

    琥珀暁・襲跡伝 4

    2016.08.01.[Edit]
    神様たちの話、第23話。喪失。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双頭狼の胸の辺りから背中にかけて大穴が空き、その巨体が蒸発していくとほぼ同時に、ゼロの掲げていた魔杖が水晶ごと燃え出した。「おわっ、あっちち、……あー、やっぱり過負荷になっちゃったか。あいつの術、威力高いんだけどオーバーロードしやすいんだよなぁ。安定性が無さすぎって言うか、あいつの性格が出てるって言うか」 ゼロは魔杖をぽい、と...

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    神様たちの話、第24話。
    「もしかしたら」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。
    「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」
     そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。
    「厳密には寒くなるって言うより、昼が短くなるって話なんだけど、まだ後10日くらい先かな。クロスセントラルに戻る頃がちょうど、一番短くなると思う。
     まあ、日照時間が短くなるんだから、実質的には寒くなるってことは間違い無いんだけど」
    「やっぱ寒くなんのかよ。んじゃ防寒具、編み直すかなぁ。尾袋使うの、もう俺だけだし」
    「……そうだね」
     しゅんとした顔になるゼロに、フレンは肩をすくめて返す。
    「あー、しょげんなって、ゼロ。重ねて言うけどさ、アイツは自分で突っ込んだんだからよ、お前が間に合う間に合わないの話じゃなかったんだって」
    「うん、まあ、……分かってるつもりだよ」
    「まあ、そんでさ。もうひとつ気になるのは、もっと寒くなるってのに、生き残りなんかいるのかなって、さ」
    「それは、……考えてないわけじゃない」
     ゼロは表情を堅くし、フレンから目をそらす。
    「確かに徒労かも知れない。見付けてみたら手遅れだ、なんてことは十分に有り得ることだ。
     でももしかしたら、万が一、そう言う可能性も捨てきれない。僕たちが行くことで助けられる命があるかも知れない。
     それに、……話を蒸し返すようだけど、……僕はやっぱりこれ以上、人が死ぬのは見たくないんだよ」
    「そりゃ、俺もだよ。ま、変なコト言っちまったけども、俺もアンタと同じ気持ちだ、同じ意見だってコトを強調したかったんだ。
     見付けられるといいな、生き残り」
    「……うん」
    「で、ゼロ」
     フレンはどこまでも続く雪原を見回し、こう尋ねた。
    「当てはあるのか? まさか勘だのみだったり、バケモノの鳴き声を頼りにしたり、なんてバカなコトは言わないよな?」
    「ああ、勿論さ。ちゃんと考えてある。
     南の村跡を探って、村の人たちがどこへ向かったか、足跡とかである程度の見当は付けてる。その方向から、目立ちそうな木とか川とか、村の人が目印にしそうなものを追って行く感じで進もうと思ってる。
     だからフレン、まずは川まで進んでみよう」
    「おう、分かった」

     ゼロの指示通り、馬車はまず、南の村跡の近くにあった川まで進み、そこから川に沿って北東へと進んだ。
    「もし見付からなくても、この方向ならクロスセントラルに近付けるからね。無駄骨を折るようなことにはならないさ」
    「なるほどな」
     その日は吹雪も無く、一行は遠くまで見渡すことができた。
     しかし地面は一面雪で覆われており、人の足跡などは見当たらない。
    「あるのは、鹿やトナカイなんかの足跡ばかり、……か」
    「ダメ元なんだからよ、気ぃ詰めんなって」
     なだめるゲートに、ゼロは珍しく、苛立った目を向けた。
    「ゲート、どうしてそんなことばかり言うんだ?」
    「ん、……あ、いや、気にすんなよってことで」
    「見つかってほしくないのか?」
    「いや、そうじゃねえよ。そりゃ誰か生き残りがいたら、そっちの方が嬉しいさ。……だけど、……正直に聞くけどさ、お前は見付かると思ってんのか?」
     尋ね返したゲートに、ゼロは表情を曇らせる。
    「僕は元来、楽天家な方だ。大抵の物事は自分の気の持ちようで『いいことだった』と思えるはずだ、……って思って生きてきた。
     だけど世の中は、世界はそうじゃなかったってことは、今は良く分かってる。どう捉えたって悪いことにしかならないって物事も、この世には確かにあるんだ。
     今取り掛かってることは、結果的にその一つになるのかも知れない――このまま、いもしない生き残りを闇雲に探し回って、僕たちは凍死するか、あるいはバケモノに襲われるかも知れない。そう言う考えは、確かに何度も僕の頭の中をよぎってる」
    「……」
     ゼロはゲートから顔を背け、ぼそぼそとした声でこう続けた。
    「だけど、……やっぱり、僕はどこか楽天家のままなんだろう。もう一方の『もしかしたら』を、僕は捨て切れないんだ。
     もしかしたらまだ生き残りがいて、助けを待っているんじゃないかって」
    「そうかもな」
     ゲートはぽんぽんとゼロの肩を叩き、こう返した。
    「俺だってフレンだってシノンだって、そっちの『もしかしたら』を期待してるクチだよ。だからこうやって、帰りを遅らせてんじゃねーか」
    「……うん」
     ようやくゼロが振り返り、ゲートに向かってうなずきかけた。
     と――その顔が、驚愕したものに変わった。

    琥珀暁・襲跡伝 5

    2016.08.02.[Edit]
    神様たちの話、第24話。「もしかしたら」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 前述の通り、ゼロは当初、原料を確保し次第クロスセントラルへと直帰する予定を立てていたが、南の村の生き残りを探すため、2日かけて近隣を捜索することになった。「ゼロよ、お前さんこないだ、もっと寒くなるなんてコトを言ってたが、いつくらいの話なんだ?」 そう尋ねられ、ゼロは懐に入れていた紙をぺらぺらとめくりながら答える。...

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    神様たちの話、第25話。
    いのり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「ゲート!」
     驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。
    「な、何だよ?」
    「後ろ! あれ見て!」
    「後ろ?」
     言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。
    「あれ、って……、え、まさか?」
    「行こう!」
    「お、おうっ!」
     ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。
     その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から飛び降りた。
    「……やっぱり!」
     ゼロがばさばさと表面の雪を振り払い、その塊が人であったことを、ゲートも確認した。
    「生きてる、……のか?」
    「いや、……残念だけど死んでる。ひどくやつれてる。多分南の村からここまで、ずっと歩いてきたんだろう。
     外傷は無いから、恐らく凍死だと……」
     ゼロの説明が、途中で止まる。
    「どうした?」
    「……ゲート! 手伝ってくれ!」
    「え? 何を?」
    「下だ! 下に誰かいるんだ!」
    「……は?」
     ゼロに言われるがまま、ゲートは慌てて、二人で遺体を横にずらす。
     遺体の下には穴が掘られており、そこに顔を真っ青にした短耳の子供が2人、うずくまっているのを確認した。
    「こっちも死んでる、……のか?」
    「バカなこと言うな! 死にかけてるけど、まだだ! まだ生きてる!」
     ゼロは早口にそう返し、懐から金と紫に光る板を取り出して、呪文を唱え始めた。
    「助けてやる! 死ぬんじゃないぞ! 『リザレクション』!」
     魔術が発動された瞬間、辺りは温かな光に包まれる。
    「なん……だ? 何か……浴びてるだけで……心地良い……ような……」
     思わず、ゲートはそうつぶやく。
     そしてその感想は、子供たちにも同様であったらしい。みるみるうちに顔色が良くなり、同時にぱちっと目を開けた。
    「……おじいさん、だれ?」
    「おじさんじゃない?」
     二人に揃って尋ねられたところで、ゼロはボタボタと涙を流し始めた。
    「良かった……助けられた……!」

     念のため、ゼロたちはこの周辺に倒れていた人々の様子も改めたが、やはり生き残っていたのはこの子供たち、2人だけだった。
    「はい、お芋のスープ。すぐ冷めると思うけど、気を付けて飲んでね」
     シノンが作ったスープをごくごくと飲み干し、二人は同時にため息をついた。
    「はあ……」「おいしい」
    「ねえ、あなたたち、名前は?」
     おかわりを注ぎながら尋ねたシノンに、二人は揃って名前を名乗る。
    「わたしはヨラン」
    「ザリンです」
    「よろしく、ヨラン、ザリン。あなたたち、南の村の子だよね?」
     続けて尋ねたが、ヨランたちは揃って首をかしげる。
    「わかんない」
    「おとうさんが『あぶない』っていって、ここまでつれてこられたもん」
    「そっか」
     同じようにスープを受け取りながら、今度はゼロが尋ねる。
    「どうしてお父さんは、君たちを村から連れ出したのかな?」
    「なんか、がおーっていう、おっきないぬさんがいた」
    「おおかみだよ。おとうさん、すごくこわいかおであたしたちをひっぱってった」
     続いて、フレンが尋ねる。
    「お前ら、姉妹か?」
    「うん」
    「ヨランがおねーちゃん」
     最後にもう一度、ゼロが質問した。
    「君たちを穴に入れたのは、お父さん?」
    「うん」
    「さむいからここにはいりなさいって」
    「確かに、ああすれば子供たちだけでも助かる可能性は高まる。……でも、相当な決断だったろうな。
     自分の命を犠牲にしてでも、……か」
     ゼロはシノンにスープの器を返し、袖をめくり始めた。
    「どしたの?」
     尋ねたシノンに、ゼロはこう答えた。
    「お墓を作る。この子たちを身を挺して守った人に、敬意を払わなきゃ」
    「あたしも手伝うよ」
    「ありがとう。助かる」

     ゼロたちは川から離れたところにいくつもの穴を掘り、そこへ亡くなった人々を埋葬した。
    「墓石も立てて、……これでよし。後は、祈ろう」
    「いのる?」
    「お墓の説明した時に言っただろ? 『あの世で安らかに過ごせることを願う』って。その儀式さ」
     シノンにそう返し、ゼロは墓石の前に屈み、両掌を組んだ。
    「……」
     と、シノンもその横にしゃがみ、同じように両掌を組む。
    「こんな感じ?」
    「うん、そんな感じ。後は心の中で、この人たちの冥福を願うんだ。『どうか生き残った人たちのことは心配せず、安らかに眠っていて下さい』って」
    「分かった」
     シノンはうなずき、ゼロと共に、静かに祈る。
     そして二人に続いて、ヨランとザリンも座り込み、両掌を合わせた。
    「おやすみなさい」
    「げんきでね」
     その様子を眺めながら、ゲートとフレンも苦笑しつつ加わった。
    「元気でってのは何か違うよな……」
    「だなぁ」
     そのまま6人で、黙々と祈りを捧げ続けた。

    琥珀暁・襲跡伝 終

    琥珀暁・襲跡伝 6

    2016.08.03.[Edit]
    神様たちの話、第25話。いのり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「ゲート!」 驚いた顔のゼロに、ゲートも面食らう。「な、何だよ?」「後ろ! あれ見て!」「後ろ?」 言われるままに振り返り、川岸にぽこ、ぽこと小さな塊があることに気付く。「あれ、って……、え、まさか?」「行こう!」「お、おうっ!」 ゲートは慌てて手綱を引き、馬車を急転回させる。 その塊のすぐ近くまで来たところで、ゼロが馬車から...

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    神様たちの話、第26話。
    ゼロの仮説。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。
    「ゼロが帰って来た!」
    「タイムズ、生きてたのか!」
    「みんな無事なのか!?」
     村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。
    「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。
     全員無事には帰れなかった。残念だけどメラノが死んだ。途中で、バケモノに襲われたんだ。
     あと、南の村の生き残りを2人連れて帰って来た。まだ小さい子たちだから、優しくしてあげてほしい。
     皆の方はどうだった? バケモノは出なかった?」
     尋ねたゼロに、村人は表情をこわばらせる。
    「出たんだね?」
    「あ、ああ。村に出たわけじゃないが、結構近くで出くわした。向こうは気付いてなかったみたいだから、何とか逃げられたけど」
    「いつ?」
    「3日前だ。西の方に」
    「それ以外には?」
    「北でも見た。4日前に」
    「じ、実は俺も見た。5日前に、東で」
    「……」
     一連の目撃報告を聞き、ゼロも顔色が変わる。
    「時系列で見れば、東、北、西とぐるぐる回ってるのか。でも南には出なかった?」
    「ああ」
    「聞いたこと無いな」
    「僕たちも南から帰って来たけど、出くわさなかった。妙だね」
     ゼロの言葉に、村人たちはさらに表情を堅くする。
    「妙って、何が?」
    「まるで偵察してるみたいだ」
    「てい、……え?」
    「僕たちをじーっと、遠巻きに見つめてきてるみたいな、そんな気持ちの悪さがある。
     連日のように目撃されてたのに、この3日ぱたっと見なくなっちゃったって言うのが、すごく不気味だ。
     もうあんまり、時間に余裕が無いのかも知れない。みんな、大急ぎで準備に取り掛かってくれ」
     真剣なゼロの眼差しと声色に、村人たちはゴクリと息を呑み、大慌てで馬車から原料を運び始めた。
     と、共に運び出そうと動きかけたゲートとフレンの肩をゼロがとん、とんと叩き、横にいたシノンの手を引く。
    「ゲート、フレン、シノン。ちょっと、話しておきたいことがある」
    「何だよ、改まって?」
    「……いや、話したいって言うよりも、どちらかと言えば自分の頭の中を整理するために、話を聞いて欲しいって感じかな。
     ともかく、4人で話せるところに行こう」

     場所をゼロとシノンの家に移し、ゼロは――穏やかで優しげな、しかしどこか盤石の自信をほのかに見せる、いつもの彼らしくない素振りで――ぽつぽつと話し始めた。
    「みんなはバケモノのことを、獣(けだもの)の延長線上のものと思っているかも知れない。いや、誰だってそう思うだろう。僕だってこの目で見るまでは、そう言うものだって思ってた。
     だから僕のこの仮説は、はっきりと、『そんなわけない』って笑い飛ばしてくれて構わない」
    「何が言いたいんだ?」
     首を傾げるゲートに応じず、ゼロは話を続ける。
    「僕は感じているんだ。バケモノに何か、単なる獣以上の意志が宿っていることを。
     いや、意志と言うよりも、それはむしろ行動規範(プロトコル)と言うべきものだろうか」
    「こうどうきはん?」
     きょとんとするシノンに、ゼロは優しく説明する。
    「『こう言うことが起これば、何があろうとも必ずこう動くべし』って言う、ものすごく厳格な命令って意味かな。
     そう、まさにそれなんだ。バケモノたちは執拗に、ヒトを襲い続けている。まるで誰かからそう命じられているかのように」
     ゼロの意見に対し、フレンは肩をすくめて返す。
    「考えすぎだろ。襲ってきてんのもハラが減ってるからとか、そーゆーヤツだろ」
    「それなら妙な点がある。南の村跡で、僕たちは食糧をかき集めただろ?」
    「ああ。……あ?」
     うなずいたフレンが、そこで首を傾げる。
    「そう、そこなんだ。もしバケモノが空腹で、手当たり次第に食い荒らしたって言うなら、何故食糧はそのまま残されてたんだろうか? 食い荒らされた跡すら――人間以外には――見当たらなかったし。
     君と初めて会った時にしても、近くをうろついてた羊には目もくれずに、君や僕らを襲ってきた。明らかに僕たちより羊の方が、食いでがあるように見えるのにね」
    「……確かにな」
    「それにもう一つ、変なことがある。
     旅の往路で、僕たちはバケモノとすれ違った。あれは今思い返してみると、南の村から逃げてきた人たちを追ってたんだろう。
     だけどフレンの言う通り、空腹を理由として襲いかかっていたと言うのなら、僕たちが見付けたヨランたちのお父さんや、一緒にいた村の人が五体無事に遺ってたってことも妙だ。かじったような跡すら無かったよね?」
    「そう……だな」
     フレンに続き、ゲートも神妙な顔になる。
    「今までの遭遇談をまとめると、バケモノは『生きてる人間』しか襲っていないんだ。そこに僕は、獣としての本能以上の『何か』を感じずにはいられない。
     あいつらはまるで、僕たち人間だけを狙って攻撃してきてるようにしか思えないんだ」

    琥珀暁・創史伝 1

    2016.08.05.[Edit]
    神様たちの話、第26話。ゼロの仮説。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ほぼ1ヶ月ぶりに戻ったゼロたちの馬車を見て、クロスセントラルの村人たちはどよめいていた。「ゼロが帰って来た!」「タイムズ、生きてたのか!」「みんな無事なのか!?」 村人たちに総出で出迎えられるが、ゼロは憔悴した顔で淡々と応じている。「原料は手に入れた。30人分くらいはある。すぐ製造に取り掛かろう。 全員無事には帰れなか...

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    神様たちの話、第27話。
    団結。

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    2.
    「……」
     ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。
    「で、でも、ゼロ?」
     と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。
    「それって、結局、どう言うことなの?」
    「どう、って?」
    「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」
    「……分からない。そうだね、確かに君の言う通りだ。
     この仮説には、現状の打破に結び付くような要素は無い。単に僕がそう言う気がするってことを、掘り下げて考えただけのことだ。
     ごめんね、変なこと言っちゃって」
    「いや」
     と、ゲートが首を振った。
    「案外、大事なことかも分からんぜ?
     要するに、お前の言うことが確かだとしたら、あのバケモノは今までずっと、俺たち人間だけを狙って来たわけだ。
     だとしたらムカつく話じゃねえか。シノンのトコみたいに家族で仲良く暮らしてた奴らは、そいつのせいで生活ブッ壊されたんだって話になる。ヨランたちだって、バケモノがいなきゃ今でも父親と一緒に、南の村で平和に暮らしてたはずだ。
     人間として、そんな話を許せる気はしねえよ。だろ、ゼロ?」
     ゲートにそう返され、ゼロは深々とうなずく。
    「ああ、その通りだ。許せない。許すわけには行かない」
    「だとするならよ、丁度良く、バケモノは俺たちの村を襲おうとしてる。
     そいつらを全部ブッ倒しちまえば、今まで殺されてきた皆の仇を、俺たちがばっちり討ってやったってことになるんじゃないのか?」
    「うん、そうなる」
     ゼロの目に、強い意志の光が宿る。ゲートの顔も、紅潮していく。
    「やってやろうぜ、ゼロ。
     今までバケモノに追われ、殺されてくばっかりだった俺たちが、逆にあいつらをぶちのめしてやるんだ!」
    「……ああ、やってやろう!」
     がしっと堅く握手を交わした二人に、フレンとシノンも続く。
    「メラノの旦那の無念は、俺が晴らしてやる。いいや、今まで死んでいった仲間や友達の分もな」
    「仇討ちなら、あたしがまず、やってやりたいもん。どこまでも付いてくよ、ゼロ」
     四人で手を合わせ、ゼロが場を締めた。
    「見せつけてやろう。
     あいつらが僕たちを蹂躙するんじゃない。僕たちがあいつらをねじ伏せてやるんだ、……ってことを」



     防衛準備は、恐るべき速さで進められた。
     まず、ゼロが武器製造のすべての工程を指示・監督し、村中が武器工房と化した。一方で防衛線も二重、三重に構築され、あちこちにやぐらが建てられた。
     その他のあらゆる指示も、ゼロがあちこちを駆け回って、矢継ぎ早に出されて行く。
    「子供たちと戦えない人たちは村の中央にいつでも移動できるようにしておいてくれ! いざと言う時は、古井戸を改造した地下壕に避難するんだ!
     バケモノはいつ、どの方向から、どのくらいの数で攻めてくるか、まったく不明だ! だから少しでも素早く確実に対応できるよう、見張りは2人で、3交代で切れ間無く続けることを徹底してくれ!」
     そしてゼロの補佐として、シノンたちも動き回っていた。
    「杖、できた!? じゃあ半分は井戸の周りに並べといて! 避難する人の邪魔になんないようにね!」
    「魔術使えるやつは杖持って俺と一緒に、村の端を巡回だ! 見付けたら迷わず即、撃ち込め!」
    「いいか、『ライトボール』の緑のヤツは異状無しの合図だからな! 異状があったら赤い球だぞ! 忘れんな!」
     クロスセントラルの村人50人余りはゼロたちの指示の下、可能な限り万全な態勢で、バケモノの出現を待ち続けた。



     そして、準備を始めてから二昼夜半を回った未明前――その時は、来た。
    「南東やぐらから赤球! バケモノが出たぞ!」
    「東のやぐらからもだ!」
     報告を受け、ゼロはシノンと村人5名を率いて走り出した。
    「行くぞ、みんな! まず南東からだ!」
    「おう!」
     すぐに現場に到着し、ゼロたちはバケモノと接敵する。
    「こないだのと違う……! 牛みたい! でっかい角あるよ、ゼロ! それに脚が6本!」
    「ああ、突進されたら防衛線が危ない。可能な限り遠巻きに攻撃するんだ!」
    「はいっ!」
     ゼロの号令に合わせ、シノンを含めた村人6人が魔術を放つ。
    「『ファイアボール』!」
     6個の火球が、六本脚の巨牛の顔面を焼く。
     しかし巨牛はぶんぶんと頭を振って火を消し、突進し始める。
    「怯まない……! みんな、第二撃用意! その間に僕が撃つ!」
     命令を出しつつ、ゼロが魔杖をかざす。
    「これならどうだ! 『フレイムドラゴン』!」
     ぼっ、ぼっと小刻みに破裂音を立てて、村人たちが放ったものより二回り大きな火球が3つ、巨牛に飛んで行く。
     立て続けに3発眉間に食らい、巨牛の動きが止まる。
    「今だ! 目を狙って当てろ!」
    「はい!」
     村人たちの第二波が巨牛の目を焼き、その奥までねじ込まれる。
     巨牛は耳と鼻、口から火を噴き、そのまま倒れ込んだ。
    「……やった?」
    「やった、……ぽいな。血がめちゃめちゃ出てるし」
    「よし、ここは抑えた! 東のやぐらに……」
     命令しかけたゼロの顔がこわばる。
     その視線の先を追ったシノンも、自分の背筋が凍りつくのを感じていた。
    「4つ、……5つ、6つ、……7、……うそ……」
     あちこちのやぐらから、続けざまに赤い光球が飛ばされていたからだ。

    琥珀暁・創史伝 2

    2016.08.06.[Edit]
    神様たちの話、第27話。団結。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「……」 ゼロの恐るべき仮説に、ゲートたち3人は顔を青ざめさせていた。「で、でも、ゼロ?」 と、シノンが恐る恐ると言った素振りで口を開く。「それって、結局、どう言うことなの?」「どう、って?」「もし本当に、ゼロの言う通りバケモノがあたしたちを目の敵にしてるとしても、それにどう言う意味があるの?」「……分からない。そうだね、確かに君...

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    神様たちの話、第28話。
    無明の夜戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。
    「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」
    「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」
     付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。
    「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」
     どうにか皆をなだめ、態勢を整えさせつつ、ゼロが攻撃する。
    「『フォックスアロー』!」
     ゼロの構える魔杖から紫色の光線が9つ放たれ、巨牛の体を貫く。
    「今だッ!」
     ゼロの号令に合わせ、火球が先程と同様、巨牛の頭を燃やす。
    「……よし! 倒せた!」
    「また来てる、ゼロ! 今度は狼みたいなの!」
     一体倒してもすぐ、新手が押し寄せてくる。
    「きりが無え! どんだけ倒せばいいんだ……!?」
    「ゼロがいるってのにこんなに苦戦してんじゃ、他のとこはもう……!」
     悲観的な意見を、ゼロが一喝した。
    「諦めるな! 確かに僕だけじゃ苦戦してるけど、でもみんながとどめを刺してるじゃないか! だったら、僕抜きだって戦えるってことだ! そうだろ!?」
    「そ、……そっか、そうだよな」
    「ああ、みんな頑張ってるさ! きっと生きてる! それにまだやぐらも倒れてないし、僕たちは村の外で全部、バケモノを倒してきてる! まだ村は無事だ!
     このまま押し返すんだ! 一匹たりとも、村に近付けるな!」
    「おうッ!」
     ゼロは何度も村人たちを鼓舞し、焚き付け、戦意を維持させる。



     だが――。
    「……ひでえ」
    「もしかして、……これ、マノかよ」
    「あっちのは、メイ、……の体、か」
    「こんなこと……!」
     村の南東から東、そして北東へと進んだところで、ゼロたちは戦闘要員だった村人の死骸をいくつも発見する。
    「もう5、6人は死んでるぞ、これ……」
    「やっぱり、……やっぱり、ダメなのか……!?」
    「なあ、タイムズ、どうなんだ……? 俺たちは、生き残れるのか……?」
     シノンも含め、村人たちは顔を青ざめさせ、または土気色に染めながら、ゼロを見つめる。
     ゼロもまた、今にも泣きそうに顔を歪めながら、こう返した。
    「生き残らなくちゃならない。ここで僕たちも死んだら、何も残らないじゃないか」
    「……でも……でも……!」
     これまでずっと、ゼロに付いてきたシノンも、既にボタボタと涙を流している。
     と――半ば棒立ちになっていた彼らの前に、またもバケモノが現れた。
    「また出てきた……!」
    「もう俺たち、10体は倒してるってのに、まだ出てくるのか……!?」
    「いつまで続くんだ……もういやだ……」
     村人たちの戦意は、目に見えてしぼんでいく。
     ゼロはもう一度鼓舞しようとしたらしく、口を開きかける。だが、迷ったような表情を見せ、そこから何もしゃべろうとしない。
    「……ゼロ?」
     シノンが泣きながら、ゼロにしがみつく。
    「どうしたの? 撃ってよ、ゼロ!」
    「……」
    「……ゼロ……」
     やがてシノンも、何も言えなくなる。
     この時ゼロの目に、この半年間で初めて絶望的な色が浮かんでいたのを見たからだ。

     その時だった。
    「ボーッと突っ立ってんじゃねえぞ、ゼロ!」
     ぼっ、と音を立て、火球がバケモノの体を、左右両方から貫く。
     火球が来た方向にきょろきょろと首を向け、シノンが叫ぶ。
    「フレン! それにゲートも!」
     バケモノの両側から、ゲートとフレンの隊が現れた。
    「こんなとこでへばっててどーすんだよ? まだどっかにいるかも知れねーだろーが」
    「あ、……ああ、うん、そうだね」
     ゲートに叱咤され、ゼロはかくかくとうなずく。
     続いて、フレンも怒鳴る。
    「ギリギリだけどもな、俺たちはまだ生きてる! ここで俺たちが踏ん張らなきゃ、みんなが生き残れねえんだよ!
     考えてもみろよ、お前ら何匹倒した? 俺んトコは7匹だぞ」
     ゲートが続く。
    「俺んとこは6匹だ。それだけで13匹も倒したってことになる。ゼロ、お前んとこはどうなんだ? 5匹くらいはやってんのか?」
    「10匹やっつけたよ」
    「すげーじゃねーか。やっぱお前はすげーよ」
     ニヤニヤしながら、ゲートがゼロの肩を叩く。
    「となりゃもう、23匹になる。まだ大勢いると思うか?」
    「……確かに、あの大きさのバケモノがまだ、20体も30体も残ってるとは考え辛い。そうだね、もしかしたらもう、峠を越してるのかも知れない」
    「だろ?」
     ゼロたちの会話に、他の村人たちも表情がほころび始める。
    「そっか、この3隊でそんだけ倒してるなら、他んとこだって結構やってるよな」
    「って言うかまだ、村で生き残ってる奴の数より多いってことは無いよな……?」
    「じゃあもうちょっと頑張ったらやれる、……かも、ってこと?」
     ゼロ自身も気力が戻って来たらしく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
    「みんな。……正直言うと、僕も参ってた。倒しても倒してもきりが無いって、打ちのめされそうになってた。
     でもゲートとフレンの言う通りだ。20体以上も倒してて、まだこの2倍も3倍も残ってるなんて思えない。ましてや無限に湧いてくるって言うなら、とっくの昔に村は滅ぼされてるはずだしね。
     あと何体いるのか、確かに分からない。でも油断せず、緊張を途切れさせず、ひたすら倒し続ければきっと、終わりは来る。明けない夜は無いようにね」
     ゼロの言葉に、その場にいた皆が大きくうなずいた。

    琥珀暁・創史伝 3

    2016.08.07.[Edit]
    神様たちの話、第28話。無明の夜戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロたちは全速力で南東から東へ向かおうとしたが、彼らもその道中で次々と、バケモノたちに出くわしていた。「ま、まただ! またあのでけー牛だーっ!」「来るな! 寄るんじゃねえーッ!」 付随していた村人たちがバラバラに火球を撃ち込むが、巨牛はビクともしない。「一斉に撃つんだ! 揃えてくれ! 僕がまず撃つ!」 どうにか皆をなだ...

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    神様たちの話、第29話。
    夜明け前の約束。

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    4.
     夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。
     あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。
    「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」
     西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える。
    「見えない! こっちにはもういないぞ!」
    「ありがとう、でもまだ警戒を解かないでくれ! 太陽が昇ってきたら、また光球で報告して!」
    「分かった!」
     上から横へと視線を変えたところで、ゼロの目に疲れ切ったシノンの姿が映る。
    「大丈夫、シノン?」
    「だいじょぶ、だいじょぶ。でもなんか、どっと疲れが来たなーって」
    「そうだね、僕も気を抜いたら倒れて爆睡しちゃいそうだ。でも、もう一頑張りしないと。少なくとも、夜明けまでは辛抱しよう」
    「夜明け……。あと、どれくらい?」
     尋ねたシノンに、ゼロは東の空を眺めながら答える。
    「1時間も無いと思う」
    「そこまで行ったら、終わり?」
    「そうしたい。夜明けと同時に緑の光球を8つ確認できたら、皆を集めて終わりにしよう」
    「うん、分かった。……ふあ、あ」
     うなずくと同時に、シノンから大きな欠伸が漏れる。
    「疲れた?」
     尋ねたゼロに、シノンはぶんぶんと首を横に振る。
    「大丈夫、大丈夫。まだ行けるよ」
    「無理しないで、……って言いたいけど、もうちょっと頑張ってくれると嬉しい」
    「うん、分かってる。……ん、と」
     シノンがわずかに顔をしかめ、右ほおに手を当てる。
    「いたい……」
    「え、ケガしたの?」
    「ううん、こないだの傷。首振るとまだ、ぴりぴり来るの」
    「そっか。……ごめんね、うまいこと治せなくて」
     ゼロは申し訳無さそうな顔で、シノンのほおに手をやる。
    「治療術は苦手じゃない、……はずなんだけど。まだこんなに、痕が残ってる」
    「治してくれた時、動揺してたからじゃない? 魔術は精神状態で効果が大きく変わるって、あなたが自分で言ってたし」
    「それはある。確かに君が血だらけになってて、ひどくうろたえた覚えがある」
    「……ふふっ」
     シノンはゼロの腕にしがみつき、ニヤニヤ笑う。
    「あたしにはそれだけで嬉しい。あなたがあたしのことで、そんなにも戸惑ってくれるんだもん」
    「いや、でも、そのままにしておくわけには」
    「いーの。あたしのことなんかより、他にもっと、あなたにはやることあるでしょ?」
    「そんなこと言ったって」
     言いかけたゼロの口に人差し指を当て、シノンはこう切り出す。
    「ね、ゼロ。今更なんだけど」
    「うん?」
     シノンは上目遣いにゼロを見上げ、尋ねる。
    「あたしのこと、どう思ってる?」
    「どうって?」
    「周りはさ、もうあたしのこと、あなたの奥さんだって言ってくれたりするけど、あなたはどうなのかなって」
    「そ、そりゃ、まあ、その」
     ゼロは顔を真っ赤にし、ぼそぼそとした声で返す。
    「思って、ない、なんてことは、無い」
    「じゃあ」
     シノンはゼロから離れ、続いてこう尋ねた。
    「この戦いが終わって、あなたが『こよみ』を作ったらさ、ちゃんとあたしのこと、奥さんにしてくれる?」
    「……」
     ゼロは依然として顔を真っ赤にしたまま、静かに、しかし大きくうなずいた。

     その時だった。
    「……っ」「な、……に?」
     村中に響き渡るようなとてつもない獣の叫び声が、ゼロたちの耳を揺らす。
    「今のは、……なに?」
    「とんでもないのが、まだ残ってるみたいだ。……でも多分、あれで最後って気もする」
     ゼロは表情を変え、毅然とした態度で全員に命じた。
    「みんな、本当に、本当に今、疲れて疲れて疲れ切ってるかも知れないけど、でも、出せるだけの元気を今、出し切ってほしい。
     あの叫び声の主を、何としてでも撃破、駆逐するんだ!」
    「おうッ!」
     村人たちは奮い立ち、魔杖を掲げて鬨の声を上げ、そのまま駆け出した。

    琥珀暁・創史伝 4

    2016.08.08.[Edit]
    神様たちの話、第29話。夜明け前の約束。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 夜を徹して行われた防衛戦にも、ようやく終わりが見えてきた。 あちこちに浮かんでいた赤の光球が一つ、また一つと消え、やがて東の空が白くなり始めた頃には、すべて消失していた。「状況を報告してくれ! バケモノはまだ、どこかに見える!?」 西のやぐらの下で尋ねたゼロに対し、見張りを務める村人がぶんぶんと首を横に振って答える...

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    神様たちの話、第30話。
    最後の巨敵。

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    5.
     咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。
    「ゼロ、今の聞こえたか?」
     合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。
    「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」
    「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」
     言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの顔にも同様に、緊張が走っていた。
    「……かなりまずい」
    「ああ。やべえかも」
     二人の予想は当たっていた。
     やぐらは既に横倒しになっており、見張りたちは血まみれで転がっている。
    「あ……うあ……」
    「ひい……ひっ……」
     しかしまだ、辛うじて息はある。
    「クレイとバクは二人を助けて! 残りはあいつに集中攻撃の準備だッ!」
     ゼロの命令に、見張りを助けに行った2人以外は魔杖を構え、距離を取る。
     その全員の目に、やぐらの半分ほどの巨躯の、「獰猛」をそのまま形にしたような、誰も見たことの無い、異形の怪物が映っていた。
     いや――一人だけ、「それ」を形容できた者がいた。
    「まるで……獅子(ライオン)みたいだ」
     ゼロがぽつりと放ったその一言に、ただシノンだけが反応した。
    「ら……い……おん?」
    「あとで……、説明する。とにかく、今はあいつを倒すことに集中して!」
    「う、……うん!」
     ゼロたちが迎撃準備を整えている間に、「ライオン」もはっきりと、ゼロたちを標的として認識したらしい。
    「グウウウ……グオオアアアアアッ!」
    「群れ」の中心にいるゼロに向かって、大気がびりびりと震えるほどの叫び声を上げた。

    「ライオン」はゼロを見据え、一直線に飛び掛かってくる。
    「『マジックシールド』!」
     しかしそう来ることを見越していたらしく、ゼロは魔術の盾を「ライオン」との距離、50メートルほどのところで展開した。
     その直後、がつん、と硬い物同士がぶつかり合う音が響き、「ライオン」は額から血しぶきを上げる。
    「うおぉ!?」
    「やったか!?」
     魔杖を構えて待機していたゲートとフレンが驚きと、期待の混じった声を上げる。
     だが「ライオン」は痛みを感じる素振りも見せなければ、泣き声も上げていない。そのまま後退し、ふたたび突進して、ゼロの「盾」に体当たりを繰り返す。
    「マジかよ……!」
    「頭潰れんぞ!? ……い、いや、それより」
    「ゼロの『盾』が、割れる……!」
     五度、六度と頭突きを繰り返したところで、「盾」にひびが走る。
    「こ……れは……きつい……っ!」
     魔術が力技で押し返され、さしものゼロもダメージを受けているらしい。ぼたっ、と彼の鼻から血がこぼれ、白いひげを赤く染める。
    「攻撃するか、ゼロ!?」
    「やらなきゃお前が潰されちまうぞ!」
     焦る周囲に対し、ゼロは落ち着き払った声で応じる。
    「大丈夫、まだ貯めてて!
     可能な限りの、最大限のパワーで撃ち込まなきゃ、こいつは絶対倒せない! 僕が時間を稼ぐから、みんなチャージに集中するんだ!」
    「わ、分かった!」「おう!」
     ゼロに命じられるがまま、村人たちは自身の魔術に魔力を込め続ける。
     その間に――どうやってそんなことができるのか、横にいたシノンにすら分からない、そんな方法で――ゼロは「盾」以外にもう一つ、魔術を発動した。
    「『ジャガーノート』!」
     バチバチと気味の悪い音を立てて、「ライオン」の周囲に黄色がかった、白い火花が散る。
    「グオ……オ……」
     ここで初めて「ライオン」の喉奥から、苦しそうな声が漏れた。
    「まだまだあッ!」
     さらにゼロは魔術を重ねる。
    「『フレイムドラゴン』! 『フォックスアロー』! 『テルミット』!」
    「む、無茶だよゼロ!? そんなに術、使ったら……!」
     立て続けに放ったゼロの魔術により、「ライオン」の全身が炎に包まれる。
    「……グウ……ギャアア……」
    「ライオン」の絞り出すような鳴き声が、悲鳴じみたものに変わっていく。
     しかし一方で、ゼロの方も限界に達したらしく――。
    「……っ、……ここまで、……かっ」
     ゼロが膝から崩れ落ちる。「盾」も粉々に砕け散り、火花や炎も消失する。
    「ゼロ!?」
    「……」
     ゼロは倒れ伏したまま、答えない。
     一方、「ライオン」も相当のダメージを受けたらしく、その場から微動だにしない。
    「ど……どうする……?」
    「俺たち……撃つべきなのか……?」
    「ゼロ……ゼロ!」
     一様にうろたえつつも、村人たちはゼロに命じられたまま、魔力の蓄積を続ける。
     やがて「ライオン」の方も、よたよたとながらも、ゼロの方へと歩み始めた。

     突如、ゼロが顔を挙げ、大声で叫ぶ。
    「チャージ完了だ! 一斉放射アアアッ!」
    「……っ!」
     村人たちは動揺しつつも、ゼロの言葉に従った。
    「は、……はいっ!」
     その場にいた、魔杖を手にした村人23名が一斉に魔杖を掲げ、魔術を放つ。
    「『ファイアランス』!」
    「ライオン」の前方二十三方向から、炎の槍が発射される。
     先んじてゼロが傷付けていた「ライオン」の毛皮、皮膚、爪や牙を、煌々と赤く輝くその槍は次々刺し、削り、貫き、千切って行く。
    「グアッ、グ、ギャアアアッ……」
     ふたたび炎に包まれ、「ライオン」は絶叫する。
    「シノン」
     まだ横になったまま、ゼロがシノンの裾を引く。
    「とどめは、君が刺せ」
    「……分かった」
     シノンは魔杖を構え直し、ゼロから教わった最も威力の高く、そして最も難しい術を発動させた。
    「『エクスプロード』!」

    琥珀暁・創史伝 5

    2016.08.09.[Edit]
    神様たちの話、第30話。最後の巨敵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 咆哮が上がった方へと急ぐうち、ゼロの隊に他の村人たちが次々合流していく。「ゼロ、今の聞こえたか?」 合流してきたゲートの問いに、ゼロは走りながらうなずく。「ああ、……かなり大きな叫び声だったみたいだね。あっちこっちから人が集まってきてるし」「だな。光球を確認しちゃいないが、……っ!」 言いかけたゲートの顔がこわばる。ゼロの...

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    神様たちの話、第31話。
    「歴史」の第1ページ。

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    6.
     その一晩中を、井戸を改造した避難壕の中で過ごしていた村人たちは、朝の気配を感じて恐る恐る、外に出始めていた。
    「バケモノは……?」
    「さあ?」
     きょろきょろと辺りを見回し、やがて村人の一人が、西の方が明るくなっていることに気付く。
    「もう太陽、出てるね」
    「は?」
     その村人の言葉に、もう一人が呆れた声を漏らす。
    「お前、どこ見てんだ? 日の出は東からだろ。まだ出てねーよ」
    「え? ……あ。
     じゃあ、あれ、……何?」



     シノンが放った術が直撃し、「ライオン」の上半身は爆散、蒸発していた。
    「……や、った?」
     ぺたんと座り込んだシノンと対照的に、いつの間にかゼロが立ち上がり、彼女の頭を優しく撫でていた。
    「やったよ。満点の出来だ。発動のタイミングもばっちり、制御も完璧。威力も申し分無しだし、標的だけを正確に破壊した。
     もう僕から教えることは、無さそうだね」
    「……えへへ」
     シノンは顔を真っ赤にし――かけ、ぷるぷると頭を横に振った。
    「じゃなーい!」
    「え?」
    「そーゆー態度、奥さんに取る!?」
    「あ、……あー、いや、ごめん。
     うん、その、なんだ、……えーと」
     ゼロはしゃがみ込み、シノンの肩を抱いた。
    「ありがとう。助かった。君がいてくれて、本当にうれしい」
    「……及第点にしたげる」
     と、ゼロたちのところに、他の村人たちが集まってくる。
    「おーい、タイムズ! 大丈夫かー?」
    「うわ、赤ひげになってんぞ、お前」
     周りからの言葉に、ゼロは自分の鼻とひげを確かめる。
    「……あー、本当だ。ちょっとやり過ぎたな。
     ちょっと、これは、休ま……ないと……な……」
     途端に、ゼロがばたりと倒れる。
    「ゼロ!?」
     が――倒れたゼロは、安らかな顔で寝息を立てていた。
    「……寝てる?」
    「みたい」
    「仕方ねーな。運んでやるか」
     ゲートがゼロの体に手を回し、担ぎ上げる。
    「もう他にバケモノはいないみたいだし、そのまんま寝かせてやろう」
    「……そだね」
     村人たちが辺りを見回しても、それらしいものはどこにも見当たらない。
     残ったやぐらからも、無事を報せる緑の光球が7つ昇っていることを確認し、ゲートが声を上げた。
    「誰かやぐらと避難壕のヤツらに、もう終わったって伝えてくれ。それと、メシにしようって」
    「あ、おう」
    「準備するわ」
     三々五々、村人たちが散った後には、シノンとゲート、そしてゲートに背負われたゼロが残った。
    「んじゃ、ま。とりあえず、お前ん家に運ぶぞ」
    「あ、うん」
     シノンの家に向かううちに、彼らの前に琥珀色の光が差す。
    「お、……日の出だな」
    「一晩ずーっと戦ってたんだね、あたしたち」
    「……うん、……おつかれさま」
     と、ゲートの背後でむにゃむにゃと、ゼロがつぶやく。
    「おつかれさま、ゼロ」
    「……今日はもう寝るけど、明日、……って言うか今晩は天文学的に大事な日だから……日暮れまでには……起こしてほしいな……」
    「分かった。『こよみ』の始まり、だよね?」
    「うん……それ……むにゃ……」
     また、ゼロの寝息が聞こえてくる。
    「……やれやれ。忙しいヤツ」
    「だねー」
     ゲートとシノンは顔を見合わせ、互いに苦笑した。



     こうしてクロスセントラル初の、いや、この世界初の「戦争」は、人類の勝利で幕を下ろした。
     死傷者は10名以上に及んだものの、その4倍以上もの村民が無事、生きて朝日を目にすることができた。
     後にこの戦いは、ゼロ自身によって「紀元前日の戦い」と名付けられ、世界の歴史の1ページ目に記される出来事として、後世の誰もが知る物語の一つとなった。

     ゼロは――いや、人類はこの日初めて、「歴史」を築いたのである。

    琥珀暁・創史伝 6

    2016.08.10.[Edit]
    神様たちの話、第31話。「歴史」の第1ページ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. その一晩中を、井戸を改造した避難壕の中で過ごしていた村人たちは、朝の気配を感じて恐る恐る、外に出始めていた。「バケモノは……?」「さあ?」 きょろきょろと辺りを見回し、やがて村人の一人が、西の方が明るくなっていることに気付く。「もう太陽、出てるね」「は?」 その村人の言葉に、もう一人が呆れた声を漏らす。「お前、ど...

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    神様たちの話、第32話。
    蜈句、ァ轣ォ縺ョ蠑溷ュ撰シ帶眠荳也阜繧定ヲ句ョ医k閠 。

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    7.
     夜を徹して行われた防衛戦が終息し、村人たちのほとんどは、朝から日暮れを迎える頃まで眠りに就いていた。
     しかし2名、ゲートとフレンだけは依然として、寝ずの番を続けていた。
    「ふあ~……あ……」
    「眠みいな~……」
     互いに目の下にクマを作りつつも、あちこちをうろうろと巡回し、異状が無いか探る。
    「流石に誰もいやしねーな。みんな、眠っちまってるらしい」
    「こんな時にバケモノが出たらおしまいだな。……だからこそ、俺たちがこうしてうろついてるワケだけどもな」
     眠い目をこすりつつ、二人は村を一周し終え、ゼロが掘った井戸に到着する。
    「寒いけどもよ、俺は冬に飲む冷たい水が好きなんだよな」
    「分かる分かる。味が違うよな、味が」
     井戸から水を汲み上げ、二人はごくごくと喉を鳴らして飲み込んでいく。
    「……ぷはーっ! あー、目が覚めてきた気がする」
    「気だけかよ。……いや、俺もしゃきっとした気はするけど、確かに今横になったら即、いびきかいて寝ちまうわ」
    「だろ? ……お?」
     と、村の大通りを、真っ赤な髪の若い男がひょこひょこと歩いているのにゲートが気付き、声をかける。
    「そこの変な耳したあんた。見かけない顔だけど、どこから来たんだ?」
    「*、**?」
     毛玉のようにふわふわとした、ピンク色の垂れ耳を持つその男は橙と黒のオッドアイを見開き、ぎょっとした顔をしつつ、良く分からない言葉で応じてきた。
    「ちょ、……あー、なんか前にもこんなことあったな。あんたもさ、分かる言葉で話してくれないか?」
    「*? ……ああ」
     と、男は耳をコリコリとかきながら、ようやくゲートたちと同じ言葉で話し出した。
    「ゴメンね。コレで分かるかな」
    「ああ、分かる」
    「良かった。ちょっと聞きたいんだけど」
     男は辺りをきょろきょろと見回しながら、二人に尋ねる。
    「昨日か昨夜くらいに、ココで変なコト無かった?」
     男の言葉に、ゲートとフレンは顔を見合わせる。
    「あったっつーか」
    「変なコトだらけっつーか」
    「あ、やっぱり? ココだけ妙に魔力の歪みが発生しまくってたから、何かあったんだろうなーって。
     えーと、じゃあ、キミたち。モールって知らない? 語尾がねーねーうるさい、黒髪で細目の人だったと思うんだけど。最後に見た時は」
    「……いや?」
    「知らん」
     男の質問に、ゲートたちは首を横に振る。
    「あ、そう?
     じゃあゼロって人は? 若白髪で童顔のクセにひげもじゃの人。こっちは変わってないはず」
    「そいつは知ってる」
    「昨夜の戦いのリーダーだ」
    「あ、じゃあコレ、ゼロの仕業か~。ならいいや」
     それだけ言って、男はくるんと振り向き、ゲートたちに背を向けて去ろうとする。
    「ちょ、何だよ?」
    「何って、確認だけだよ。ソレ以上のコトは何も無いよ」
    「ワケ分からんヤツだな。誰なんだ、アンタ」
    「ボク?」
     男はきょとんとした顔で、こう返してきた。
    「ボクのコトなんかどうでもいいよ? 知ってどうすんの?」
    「ゼロの知り合いだってんなら、会わせてやるぞ。家、知ってるし」
     そう答えたゲートに、男は肩をすくめる。
    「いや、安眠の邪魔しちゃ悪いよ。コレだけ歪みが出るような術を乱発したんなら、今頃ぐーすか寝てるだろうしね。
     まあ、彼が起きたらさ、鳳凰から『新しい世界で上手くやれてるか不安だったけど、案外馴染んでるみたいだから安心したよ』って伝言があったって言っといて」
    「ほ……おー? ……ホウオウ?」
    「そうソレ、そのホウオウ。んじゃね~」
     それだけ言って、男はその場からひょこひょことした足取りで去って行った。



    「え、本当に?」
     夕方になり、ゼロが目を覚ましたところで、ゲートは昼間出会った男からの伝言を伝えた。
     途端にゼロは目を丸くし、尋ね返してくる。
    「本当にホウオウ?」
    「そう言ってた。お前が言ってた、『すげー強い奴』のことだよな?」
    「多分そうだ。この世界、……と言うかこの近隣で、ホウオウなんて名前の人が他にいるはずも無いし。
     まったく、彼らしいな」
     ゼロは床から起き上がり、傍らで寝ていたシノンの肩を揺する。
    「ほら、シノン。そろそろ起きて。このまんま寝起きの時間がずれ込むと、後が辛いよ」
    「……ん~……うん……」
     シノンがゆっくりと起き上がったところで、フレンが提案した。
    「もうそろそろみんな起きてくる頃だからさ、代わりに俺たち、ココで寝ていい?」
    「あ、そっか。今まで起きてくれてたんだよね。うん、いいよ。寝てて」
    「すまん、助かるぜ」
    「こちらこそ」
     ゼロたちが床を離れるとほぼ同時に、ゲートとフレンがそこへ横になり、そのまま眠りに就いた。

    琥珀暁・創史伝 7

    2016.08.11.[Edit]
    神様たちの話、第32話。蜈句、ァ轣ォ縺ョ蠑溷ュ撰シ帶眠荳也阜繧定ヲ句ョ医k閠 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 夜を徹して行われた防衛戦が終息し、村人たちのほとんどは、朝から日暮れを迎える頃まで眠りに就いていた。 しかし2名、ゲートとフレンだけは依然として、寝ずの番を続けていた。「ふあ~……あ……」「眠みいな~……」 互いに目の下にクマを作りつつも、あちこちをうろうろと巡回し、異状が無いか探る。「流...

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    神様たちの話、第33話。
    新しい世界のはじまり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     時間はさらに過ぎ、真夜中を迎えようとしていた。
     ゼロは起きていた村人たちを集め、夜空を指差した。
    「計算と観測が正しければ、今日の正午には赤と白の二つの月が、同時に満月になっていたはずだ。残念ながらあんまりにも疲れすぎて、見逃しちゃったけど」
    「あ、俺見てたよ。どっちも確かに真ん丸っぽかった」
    「よかった。ありがとう」
    「で、タイムズ。今夜が記念すべき日だって言ってたけど、それだけなのか? 他に何かあるって言ってた気がするんだが……?」
    「説明、長くなるけどいい?」
    「分かりやすさ重視で短く説明して欲しい」
     シノンにそう注文され、ゼロは苦い顔になる。
    「じゃあ、頑張るよ。……まず、あの二つの月についてなんだけど、おおよそ364日に一度、どっちも満月になる日があるんだ。さっきも言った通り、それが今日。
     一方で、日の出が遅くなったり早くなったりしてることはみんな、何となく分かってるだろうけど、それもここ数日が、一番遅くなる頃なんだ。こっちの周期は――まだ半分程度しか観測してないから恐らくだけど――365日くらいのはず。
     364日と365日、数字としてはかなり近いよね?」
    「そうだね。1日違い」
    「だからこの365日くらいを、『1年』として数えようと思うんだ。と言ってもこのままじゃ色々ズレとか出るから、もうちょっと調整する予定だけど。
     まあ、ともかく。その1年の始まりにするには、今夜が一番丁度いいんだ。だからみんなにこうして集まってもらって、認識してもらおうと思って」
    「分かったような、分からんような」
    「まあ、とりあえず今夜はそう言う設定するのに丁度いいって話か」
     首を傾げる村人たちに、ゼロも頭をかきつつ続ける。
    「ごめんね。もっと時間をくれれば、丁寧に説明するんだけど」
    「みんな寝ちゃうよ。ただでさえ昨夜の疲れ、抜けきってないんだし」
     シノンに釘を差され、ゼロは残念そうな顔をした。
    「う、うん。まあ、そこら辺はまた今度にするよ。……んじゃ、もうそろそろ打ち上げるか。昨夜の労いも兼ねて」
     そう言って、ゼロは魔杖を掲げ、呪文を唱えた。
    「『ファイアワークス』」
     次の瞬間、夜空にぱっと、様々な色の光が散る。
    「おおっ」
    「きれー……」
     夜空いっぱいにきらめく光を目にし、村人たちはどよめく。
    「これから毎年、この日をお祝いの日にしようと思うんだ。
     だからお祝いの日にふさわしく、こうして花火を上げようかなって。……気に入ってくれたかな?」
     恥ずかしそうに尋ねたゼロに、シノンが飛びついて抱きしめる。
    「すっごくきれいだよ! すっごく気に入った!」
    「良かった、はは」
     と――村人たちが苦笑いしていることに気付き、ゼロは面食らった様子を見せる。
    「あれ? 気に入らなかった?」
    「いや、って言うかさ」
     村人の一人が、渋い顔で尋ねてくる。
    「そもそも『今夜は特別な日になるから』って言ってただろ、お前」
    「あ、うん」
    「それさー、少なくとも俺は、お前らが結婚するって話なのかなーとか思ってたんだけど」
    「え」
     他の村人たちも、うんうんとうなずいている。
    「それ、わたしも思ってた」
    「そーそー。まさか月の講義聞かされるとか思わんわー」
    「って言うか、しろよ。今ここで、結婚」
     いつの間にか、そこにいた村人全員で、ゼロとシノンを囲んでいる。
    「この数ヶ月、なし崩し的に一緒に暮らしてやがるけど、いい加減はっきりしろって」
    「そーだそーだ。俺たちが見届けてやるからさ、ちゃんとコクれよ」
    「いい機会だと思うわよ、タイムズ」
    「あー……うー……」
     ゼロは顔を真っ赤にし、村人たちとシノンの顔とを交互にチラチラ見返し、やがてうなずいた。
    「分かった。それも丁度いいよね。いや、そう言う話じゃなくてもさ、昨夜の襲撃をしのいだら、どの道その話はしようって二人で言ってたし、まあ、うん、その、えーと……。
     た、単刀直入に言うよ」
     ゼロはシノンの手を取り、彼女の目をじっと見つめて、静かに尋ねた。
    「シノン。僕と結婚してくれるかな?」
    「……ぷっ」
     が、シノンは笑い出してしまった。
    「あははは……、今更過ぎて何か、おっかしい」
    「ちょ、ちょっと」
     困った顔をしたゼロに、シノンはクスクス笑いながら抱きつき、キスをした。
    「もがっ」
    「いーよ。あたしもはっきり言う。あなたの奥さんになるよって」
    「……ありがとう」
     二人は互いに顔を赤らめつつ、もう一度唇を重ねた。



     こうしてこの夜、ゼロは「双月暦」を制定し、そして同時に、シノンを正式な伴侶とした。

    琥珀暁・創史伝 終

    琥珀暁・創史伝 8

    2016.08.12.[Edit]
    神様たちの話、第33話。新しい世界のはじまり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 時間はさらに過ぎ、真夜中を迎えようとしていた。 ゼロは起きていた村人たちを集め、夜空を指差した。「計算と観測が正しければ、今日の正午には赤と白の二つの月が、同時に満月になっていたはずだ。残念ながらあんまりにも疲れすぎて、見逃しちゃったけど」「あ、俺見てたよ。どっちも確かに真ん丸っぽかった」「よかった。ありがと...

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    神様たちの話、第34話。
    古き朋友。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦の制定以降も、ゼロは様々なものを創り、築き上げた。
     その一つが、後に国の礎の一つとなる力――即ち「武力」だった。

    「紀元前日の戦い」を契機に、彼は村を守るための自警団を組織し、バケモノの襲撃を防ぐための防壁と監視塔を築くうち、結果として戦力を手に入れた。
     それはやがて防衛だけではなく、近隣の村落に出向いてバケモノを駆除、撃退する部隊へと進化し、その活躍は近隣村落の感謝と尊敬を集めることとなった。
     それに伴って各村との連携が密になり始める一方で、物々交換を主とした取引の件数は飛躍的・幾何的に膨れ上がり、破綻しかけていた。



    「タイムズ様!」
     いつの間にか尊称を付けて呼ばれることにもすっかり慣れたらしく、ゼロは謙遜することも無く、その呼び声に応じた。
    「どうしたの?」
    「本日も市場で喧嘩沙汰があり、ここ数日、まともな取引が行えません! いくら警備団の人間を増やしても、一向に収まりが付く気配がありません!
     どうか取引が円滑に進むよう、お力を示して下さい!」
     近隣の村人からの陳情に、ゼロは深くうなずいて返した。
    「うん、うん、安心して。対策は講じてある。明日か明後日には、公布するつもりをしてる。それまでは何とか、現場の話し合いで収めてもらえないだろうか」
    「さ、さようでございましたか! ご配慮に気付かず、失礼いたしました!」
    「いやいや、僕の方こそ対応が遅れて、迷惑をかけちゃったね」
    「いえいえ、滅相もございません! では、私はこれにて失礼いたします。
     期待しておりますぞ、タイムズ様!」
    「うん、頑張ってね」
     陳情を処理し、ゼロはふう、とため息を付く。
    「早いところ、おカネを用意しなきゃな。でもなー……」
     一人になったところで、ゼロはぼそぼそと、誰に言うでもないつぶやきを漏らしていた。

     と――。
    「国、いや、文明を一から創るのは、さぞや楽しいだろうね。君が昔ハマってたゲームみたいな感じだよね。
     傍から見てる私も結構ワクワクさせてもらってるよ、君の建国譚にね」
    「……え?」
     いつの間にか、ゼロの目の前には二人の人間が立っていた。
    「君は、……君は、まさか?」
     驚くゼロの顔を見て、その猫獣人はニヤッと笑った。
    「私が誰だか、分かるよね?」
    「分からないわけが無い。そんな言葉遣い、君以外にいるもんか!
     死んだかと思ってたよ、モール! まさかこうやって会えるなんて!」
     名前を呼ばれ、モールは肩をすくめる。
    「死んだようなもんだけどね。ま、中身は前のまんまさ」
    「だよね。その姿を見ただけじゃ、君だってまったく分からないよ。猫耳生えてるし」
    「アハハ、もう私にも『元』が何だったかあやふやだね」
     二人で楽しそうに一笑いし、ゼロが真顔になる。
    「それで、その子は? 狼獣人、……じゃ無さそうだな。毛並みとか耳の形がなんか、ちょっと、違うような……?」
    「ああ、狐っ子さ。山越えたトコにゃ、わんさかいるね」
    「山? ……山ってあの、南にある山? まさかモール、君、あの山を越えたの?」
     一々驚愕するゼロの反応が面白いらしく、モールはケタケタ笑っている。
    「へっへっへ、私にかかりゃチョイチョイってなもんだね。
     とは言えちゃんとしたルートを確立、構築するにゃもうちょい時間がかかる。ソレでもあと2、3年かけりゃ、向こうとの交流ができるようになるはずさね。
     ソコでいっこ、話があるんだよね」
     そう言ってモールは、その狐獣人の少女の肩に手を置いた。
    「この子の故郷で、かなりデカそうな金鉱床を見付けたね。君の計画する貨幣鋳造計画に、大きく貢献ができるはずだね。って言うか、計画が止まってる最大の原因は、ズバリ貴金属が無いからだろ?」
    「お見通しかぁ。うん、そうなんだ」
     恥ずかしそうに笑うゼロに、モールはニヤっと笑って返した。
    「君もどうやら権力と軍隊を手に入れたっぽいし、ちょっと手を貸してくれないかね?」
    「どう言うこと?」
    「その故郷に巣食ってるのさ、バケモノがね」

    琥珀暁・邂朋伝 1

    2016.08.14.[Edit]
    神様たちの話、第34話。古き朋友。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦の制定以降も、ゼロは様々なものを創り、築き上げた。 その一つが、後に国の礎の一つとなる力――即ち「武力」だった。「紀元前日の戦い」を契機に、彼は村を守るための自警団を組織し、バケモノの襲撃を防ぐための防壁と監視塔を築くうち、結果として戦力を手に入れた。 それはやがて防衛だけではなく、近隣の村落に出向いてバケモノを駆除...

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    神様たちの話、第35話。
    千年級の会話;その椅子に座ったのは……。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「バケモノ……!?」
     三度驚く顔を見せたゼロに、モールは斜に構えて答える。
    「驚くような話じゃないはずだね。君だって散々見てきたろ?」
    「ま、まあ、そうだけど。いや、でも」
    「聡明なゼロ。君の考えてきたコト、言いたいコトは、同じく聡明なこの私にゃ、ちゃあんとお見通しだね」
     ゼロの言葉を遮り、モールはそう言ってのける。
    「皆がバケモノって呼んでた、アレ。
     あんな歪(いびつ)なイキモノが自然発生したり自然繁殖したり、ましてや何百年にもわたって生存圏を維持したりなんか、できると思うね?」
    「……いいや、思わない。あれは生物であって、生物ならざる存在だ」
     ゼロの言葉に、モールは嬉しそうに微笑んだ。
    「やはりゼロ、君は超絶級の大天才だね。ちゃんと、その点が分かってるね。
     そう、アレは結論から言えば『造られた』存在だ。何かしらの目的のためにね」
    「目的だって?」
     尋ねたゼロに、モールが平然と答える。
    「この世界を支配するって御大層な目的があったんだろうね、ソイツには。
     そのためにはまず、この世界に国だの街だのって共同体(コミュニティ)があってもらっちゃ困るワケだね。
     共同体ってヤツにゃ必ず組織だった思考、系統だった認識、お堅く言えば『文明』やら『文化』ができる。そう言う下地があるトコに、外から無理矢理武力制圧だの洗脳だのをけしかけたところで、100人中1人か2人か、あるいは5人か10人かは、絶対なびかないね。人間ってそーゆーもんだしね。
     ソイツにしてみりゃ、100人中100人が自分に心酔・心服し、未来永劫崇め奉って欲しいんだよね」
    「だからバケモノに村々を襲わせて、その共同体を形成しないようにしてたってわけか。
     そしてそのバケモノを、自分が倒してしまえば……」
    「倒したヤツは間違い無く英雄になる。100人中100人が、心服するコトになるね。
     そう、今の君のようにね」
    「……僕がその座を奪ってしまったと言うわけか」
     そう言ったゼロの額を、モールがちょんと突く。
    「ま、座っとけってね。そんなクソみたいなコト企てるヤツに、むざむざ渡したいような座じゃないからね。
     ゼロ、君こそその座にふさわしい男だね」
    「恐縮だなぁ。……まあ、僕が言うのも烏滸(おこ)がましいけど、確かに君の言う通り、そんな企みを――人間の尊厳を土台から奪うようなことをするような奴に、この座を渡したいとは思えない。
     だけどその話を聞いて、不安が一つある」
    「うんうん、なるほどね。その発案者が、アイデアと活躍の舞台を奪った君に報復するかも、ってコトだろ?」
    「ああ。こんな大それた計画を実行するような相手が本気で僕を殺しに来るようなことがあれば、僕が勝てるかどうか甚だ不安だし、交戦時の被害も計り知れない。
     せっかく築き上げた『この世界』が破壊されるようなことがあれば……」
     不安げな表情を見せるゼロに対し、モールは依然として皮肉げな笑みを浮かべている。
    「多分、無いね」
    「どうして?」
    「やるってんならとっくにやってるだろうからね。
     君が双月暦だか何だかって暦を制定して、どれくらい経つね?」
    「今年は双月暦6年だ」
    「だろ? やるってんなら元年の1月3日くらいに、……じゃないか、双月節3日だっけね、そんくらいで襲撃してくるだろうね」
    「ああ、うん。閏週を設定したから」
    「ソレさ、本当に君らしい、ロマンチックな設定の仕方だよね、アハハ。
     まあいいや、ともかく3日どころか、6年経っても何の音沙汰も無い。ってコトはだ、コレからも恐らく、襲撃なんてのは無いかも知れないよ?
     もしかしたらその発案者、うっかり死んじまったのかも知れないね。計画して、バケモノの種を蒔くだけ蒔いといて、うっかり自分がそのバケモノに襲われて……、なーんてコトになってるのかもね」
     そううそぶくモールに、ゼロは苦笑を返した。
    「だと、いいけど。
     ……あ、と。話を戻さないか、そろそろ」
    「あ、そうそう、忘れてたね」
     モールは傍らの狐獣人に、ぺこっと頭を下げた。
    「ごめんねー、エリザ。古い友達に会ったもんで、ついつい話が弾んじゃってね」
    「いえ、先生がみょんに楽しそうなん見るんも珍しいんで、アタシも見てて楽しいし」
     そこでようやく口を開いたその少女に、ゼロも頭を下げた。
    「済まなかったね、随分話し込んじゃって。……えーと、エリザちゃんだったっけ?」
    「あ、はい」
     その少女――エリザも、ゼロにぺこりと頭を下げた。

    琥珀暁・邂朋伝 2

    2016.08.15.[Edit]
    神様たちの話、第35話。千年級の会話;その椅子に座ったのは……。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「バケモノ……!?」 三度驚く顔を見せたゼロに、モールは斜に構えて答える。「驚くような話じゃないはずだね。君だって散々見てきたろ?」「ま、まあ、そうだけど。いや、でも」「聡明なゼロ。君の考えてきたコト、言いたいコトは、同じく聡明なこの私にゃ、ちゃあんとお見通しだね」 ゼロの言葉を遮り、モールはそう...

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    神様たちの話、第36話。
    変化と進化。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザを見て、ゼロが尋ねる。
    「さっきから気になってたんだけど、その子は?」
     尋ねられ、モールがニヤッと笑って答える。
    「私の弟子だね」
    「弟子だって?」
     その返答に、ゼロがけげんな顔を返した。
    「君が弟子を取ったってこと? イメージ沸かないなぁ。そう言うの、嫌いなタイプだと思ってたんだけど」
    「モノを教えてるってだけさ。かなり筋がいいんだよね、この子。私の魔術やら何やら、ひょいひょい覚えてくれるもんでね、すっかり私のお気に入りさ。
     勿論、上下関係なんかクソ喰らえってなもんだけどね。コイツにも『先生って呼ぶな』っつってんだけどね」
    「なんぼなんでもソコは大事やん。教わっとるワケやし」
     そう答えたエリザに、モールは肩をすくめる。
    「いーっての。……ま、ソコ以外は気楽にやってるけどね。妹みたいな感じで扱ってるね」
    「ああ、そう言う方が君らしい。ホウオウに対しても君、よく『おねーちゃんに任せときなってね』って言ってたし」
    「アハハ、言ってた言ってた」
    「おね……?」
     きょとんとするエリザに構わず、ゼロとモールは昔話に花を咲かせている。
    「……ああ、三人で色々やってた時が懐かしい。あの頃は本当に、楽しかった」
    「今だって楽しいね。この新しい、……いや、ドコだろうと、気ままに旅するってのが、ね」
    「そうだね、君はずっと、『気楽に放浪の旅ってのが私の夢だね』って言ってた。夢が叶ったわけだ」
    「そーゆーコトさ。ま、むしろ君の方が今、楽しくないかも知れないね。ひとつところでじっとしてたいタイプだって言ってたしね」
    「いや、今は今で楽しいよ。さっきも君が言ってた通り、こうやって現実で国造りするのは、ある意味夢だったから」
    「そりゃ良かった。アイツはどうなんだろうね?」
    「楽しんでるんじゃないかな? あの後、直接会ったわけじゃないんだけど、人づてに様子を聞いたんだ。彼は彼で、気ままにやってるっぽいよ」
    「ソレもアイツらしいっちゃらしいね、アハハハ」
    「確かにそうだ、ふふふ……」
     ゼロは椅子から立ち上がり、モールたちに付いてくるよう促した。
    「今日はもう遅い。もっと色々、ゆっくり話をしたいんだけど、僕の家に泊まっていってくれる?」
    「ああ、喜んで。魔物の話だって今日、明日で状況がガラッと変わるワケじゃないしね。ソレにもっと、エリザの話を君にしてやりたいし。
     構わないよね、エリザ?」
     モールの問いに、エリザはこくりとうなずく。
    「よっしゃ、そんじゃ行こうかね」
     モールたちを連れ、ゼロは執務室を後にした。
    「で、ゼロ」
     その途中で、モールがニヤニヤしながら尋ねてくる。
    「ココ、ただのお役所ってワケじゃないよね?」
    「って言うと?」
    「王様がお城に通って、平屋に住むっての?」
    「ああ……」
     ゼロは小さくうなずき、恥ずかしそうに微笑む。
    「まあ、そうだね。ここが僕の家だ」
    「やっぱりね」
     そう返し、モールは廊下の真ん中で立ち止まる。
    「世界初のお城ってワケだね、ココは」
    「そうなる」
    「ただ、私らのイメージするような宮殿だとか城塞だとかにゃ、まだちょっとばかし程遠いけどね。
     ま、ソレも時間の問題か。後10年、20年も経ちゃ、ソレもできあがるだろうねぇ」
    「どうだろう? まだまだやることは一杯あるから、とてもそこまで手が伸ばせないかも知れないし」
    「ソレでも30年はかからないだろうね。
     予言したげるよ。きっと30年以内に、ココにはでっかい城が建ってるね」
    「君が予言だって?」
     モールの言葉に、ゼロは苦笑して返した。
    「徹底した現実主義者のくせに、予言だの占いだの言い出すとは思わなかった」
    「新しい世界に来たんだ。どんなモノだって、色々変わるもんさね。……いや、変えていくって方が正しいかね」
    「なるほど。それもいいかも」
    「『なるほど』? 君だって変わったじゃないね」
     そう言って、モールはゼロの背中を小突いた。
    「あいてっ」
    「朴念仁だった君に奥さんがいるとか、聞いてビックリってもんだね。ソコら辺も聞かせなよ、ゼロ」
    「あ、うん、それは勿論。むしろ喜んで紹介したいよ」
    「ヘッ、ノロケちゃって」
     モールは笑いながらもう一度、ゼロを小突いた。

    琥珀暁・邂朋伝 3

    2016.08.16.[Edit]
    神様たちの話、第36話。変化と進化。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザを見て、ゼロが尋ねる。「さっきから気になってたんだけど、その子は?」 尋ねられ、モールがニヤッと笑って答える。「私の弟子だね」「弟子だって?」 その返答に、ゼロがけげんな顔を返した。「君が弟子を取ったってこと? イメージ沸かないなぁ。そう言うの、嫌いなタイプだと思ってたんだけど」「モノを教えてるってだけさ。かなり...

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    神様たちの話、第37話。
    ゼロの家族。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ゼロの住む部屋に通されたところで、モールたちは赤ん坊を抱えた長耳の女性から、挨拶を受けた。
    「ようこそいらっしゃいました。わたしがゼロの妻、シノン・タイムズです」
    「どーも。私はモール。こっちのはエリザ」
    「ど、ども」
     師弟揃って頭を下げ、すぐにモールがシノンにすり寄る。
    「可愛い子だね。何ヶ月?」
    「え? ええ、ありがとうございます。4ヶ月になります」
    「男の子? 女の子? お名前は?」
    「男の子です。名前はバルトロ」
    「ほうほう。概ね、奥さん似だね」
    「あら、そうかしら」
     元々から人懐こい性格のためか、二言三言交わす間に、シノンとモールは親しく会話し始めていた。
    「で、もう一人は?」
    「えっ?」
     が、モールの一言に、シノンは目を丸くする。
    「どうして子供が2人だと? ゼロからお聞きに?」
    「違うね。後ろ、後ろ」
     モールに示され、シノンは背後を振り返り、「ああ」と声を上げる。
    「こっちにいらっしゃい、アロイ。お客さんにご挨拶して」
    「はい」
     とてとてと歩み寄ってきた子供を見て、モールは満面の笑みを浮かべた。
    「やぁやぁアロイ、君の方はお父さん似だね。耳だけ長いけど」
    「うん」
    「私はモール。よろしくね」
    「よろしく」
     モールがアロイの前にしゃがみ込み、とろけそうな笑顔で握手を交している間に、ゼロはエリザに声をかけていた。
    「エリザちゃん、そう言えば君は今、いくつなのかな」
    「さあ……? 先生に会うまでアタシ、年の数え方とか全然知りませんでしたから」
    「あ、そっか」
    「先生と会うてから8年経ちます。ソレ以外は、アタシの年数はさっぱりですわ」
    「そうか……。
     良かったら色々聞かせてもらえるかな? 君のお師匠さん、僕の子供たちに夢中みたいだから、君のことをじっくり話してもらいたいな」
    「はあ……」
     きょとんとした顔を見せたエリザに、シノンも寄ってきた。
    「わたしも興味あるわ。毛並みが『狼』とちょっと違うし、この辺りの子じゃないわよね?」
    「ええ、山の向こうに住んでました」
    「本当に?」
    「らしいよ。お師匠さんと一緒に、山越えしたんだって」
     夫の言葉を聞いて、シノンはさらに興味深そうな目を、エリザに向ける。
    「すごく聞きたいわ、その話。ね、エリザちゃん。お菓子は好きかしら」
    「はい」
     素直にうなずいたエリザを見て、シノンは嬉しそうに微笑んだ。
    「じゃあ、用意するわね。お菓子食べながら、ゆっくりあなたのこと、ゼロと一緒に聞かせてね」
    「は、はい」
     と、いつの間にかモールが、エリザの側に立っている。
    「お菓子? 随分文化的だね。砂糖も作ったっての?」
     モールの問いに、ゼロが答える。
    「ああ。あと、小麦粉も作れるようになってきた」
    「そりゃすごいね。……ねえ、エリザ」
     モールはエリザの頭をぽんぽんと撫で、こう言った。
    「こっちでも色々、勉強しといた方がいいね。
     どんなコトでも学んでおいて損は無いってコト、ちょくちょく言ってるけども、この街では特に覚えといた方がいいコト、一杯あるだろうからね」
    「はい。確かゼロさんも、魔術教えてはるんですよね?」
    「あ、うん」「いや、そんなのよりもだ」
     ゼロがうなずいたところで、モールがそれをさえぎる。
    「人と街を治める方法、美味しいご飯を毎日食べられる秘訣、その他いくらでも、魔術以外に学べるコトはいっぱいあるからね。
     私からは魔術くらいしか教えられないけど、ソレ以外はこの街で、たっぷり修めて覚えときな」
    「はいっ」
     話している間に、シノンが皿いっぱいに焼菓子を持ってくる。
    「お待たせしました。さ、聞かせてちょうだい、エリザちゃん」
    「あ、はい。……えーと」
     戸惑う様子を見せたエリザに、シノンがにこっと笑みを返した。
    「そうね、まず山の向こうのお話から、……ううん、あなたの故郷の話から、聞かせてもらえるかしら?」

    琥珀暁・邂朋伝 終

    琥珀暁・邂朋伝 4

    2016.08.17.[Edit]
    神様たちの話、第37話。ゼロの家族。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ゼロの住む部屋に通されたところで、モールたちは赤ん坊を抱えた長耳の女性から、挨拶を受けた。「ようこそいらっしゃいました。わたしがゼロの妻、シノン・タイムズです」「どーも。私はモール。こっちのはエリザ」「ど、ども」 師弟揃って頭を下げ、すぐにモールがシノンにすり寄る。「可愛い子だね。何ヶ月?」「え? ええ、ありがとうござ...

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    神様たちの話、第38話。
    大魔法使いの登場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。
    「ひっ、ひっ、ひいっ……」
     腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。
    「アカンてアカンてアカンて……ッ!」
     男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明らかだったからだ。
     男の背後には、異形の獣が迫っていた。一見、狼にも見えるその姿は、良く確認すればあちこちに、奇形じみた特徴が見られる。口に収まりきらぬ牙、明らかに脚先より長い爪、そして他の動物にはまず見られない、6つの爛々と光る、真っ赤な目――それは正に、「バケモノ」と呼ぶにふさわしい、恐るべき獣だった。
    「助けてえええ! だっ、誰かあああ……ッ!」
     そう叫んでも何の助けも来ないことは、明らかであるように思えた。

     その時だった。
    「ほい」
     ボン、と音を立て、六つ目の狼の片脚が爆発、四散する。
    「……お、……え、……な、何?」
     来ないはずの助けをうっすら期待しつつ逃げ回っていた男も、そんな光景が実際に繰り広げられるとは想像しておらず、思わず足を止める。
    「あんた、助けてって言ったじゃないね」
    「え? ……え? 誰?」
     声のした方を向くと、そこには三角形でつばの広い帽子を深く被った、猫獣人らしき男の姿があった。
    「い、今の、アンタがやったん?」
    「ああ。……あーっと、まだ動くなってね」
     猫獣人は杖を掲げ、残った脚をガクガクと震わせて立ち上がろうとする六目狼の前に立ちはだかる。
    「きっちり燃やしといてやろうかね。『フレイムドラゴン』!」
     ぼ、ぼっ、と音を立て、人の頭ほどもある火球が5つ、六目狼の頭と胸を刺し貫く。
    「ゴバ、……ッ」
     六目狼は残った口から大量の血を吐き、どしゃっと水気を含んだ音を立てて、その場に崩れた。
    「……な、何なん? アンタ、何者や?」
     死の危険が去ったことはどうにか理解したものの、男は別の恐怖を、その三角帽子の「猫」に抱いていた。
    「何者って? まあ、んー、何て言えばいいかねー、……じゃあ、大魔法使いとでも」
    「大、……まほ、……う?」
     猫獣人の言っている言葉が――意味が、ではなく、単語そのものが――分からず、男は呆然としながら聞き返す。
    「あー、何でもいいね。説明、めんどいしね。
     ともかくさ、助けてもらったヤツに対してさ、何か言うコト無いね?」
    「……あ」
     男はそれを受けて、どうにか平静を取り戻した。
    「ありがとうございます、……えーと」
    「ん?」
    「あの、お名前は」
    「あ、私の? んじゃ、モールで」
    「モール……、モールさん、ですか」
     名前を繰り返した男に、モールは口をとがらせる。
    「人の名前聞いたんだから、あんたの方も名乗ってほしいんだけどね」
    「え、わし? ……あ、そうですな、ええ。わしはヨブと申します。ヨブ・アーティエゴです」
    「ん。よろしくね、ヨブ」
     そう言ってモールは、ヨブと名乗った狐耳の男に笑いかけた。

     そのまま二人で下山しつつ、モールはヨブから色々と話を交わしていた。
    「へー、砂金ねぇ」
    「そうなんですわ。さっき会うたとこからもうちょい上の方に洞窟みたいなんがあるんですけども、そん中に川がちょろっと流れとりましてな」
    「地下水脈か。そん中で採れるってコト?」
    「ええ。割りと適当にざばっと掬(すく)うても、結構キラキラっと採れるんですわ」
     そう言ってヨブは腰に提げていた袋を開き、モールに中身を見せる。
    「確かにキラキラしてるね。で?」
    「で、……ちゅうと?」
    「キラキラしたの取れましたー、わーい、……で終わりじゃないよね?」
    「そら、まあ。後は鉛を混ぜて溶かして、より大粒の金を取り出します。
     ほんで、それを指輪とかピアスとかに飾り付けするのんを生業にしとります」
    「宝飾屋ってワケか。……にしちゃ、飾りっ気無い格好してるね」
     モールにそう評され、ヨブは反論する。
    「いやいや、砂金採りするのんに小洒落た格好してどないしますねん」
    「ああ、そりゃそうだね。じゃ、自宅じゃソレなりにカッコ付けてるワケだね」
    「そら、もう」

    琥珀暁・狐童伝 1

    2017.05.01.[Edit]
    神様たちの話、第38話。大魔法使いの登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. その巨大な山々の北から先で闊歩していたように、その山の南でも、「バケモノ」が人を襲っていた。「ひっ、ひっ、ひいっ……」 腰に提げた袋からぽろぽろと、眩く光る砂をこぼしながら、男は山道を転がるように走っている。「アカンてアカンてアカンて……ッ!」 男は叫び、喚き散らしながら全力疾走していた。そうしなければ、死ぬのは明ら...

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    神様たちの話、第39話。
    砂金と宝飾屋。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「うん、いいね。かっこいいデザインだ」
     ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。
    「ですやろ?」
    「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」
     砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもらったお礼にと、自分が造った腕輪を渡した。
     モールはその腕輪がすっかり気に入ったらしく、右腕に付け替えたり、左腕に戻したりして、ずっといじくり回している。
    「正直言や、こんな原始スレスレの世界じゃろくなものも手に入らないだろって思ってたけど、なかなかどうして、こんなにいい逸品をもらえるなんて思ってもなかったね。
     いやいや、見直したよ、ヨブ」
    「ほめられとるんかけなされとるんか、よお分かりませんなぁ」
     苦い顔を向けたヨブに、モールは「いやいや」と肩をすくめて返す。
    「ほめてるさ、素直にね。
     ……ってか、そうだ。ちょいと色々聞いてもいいね?」
    「なんでっしゃろ」
    「いやさ、私ゃコレまであちこち回ってきたんだけどもね、ココみたいに大きな村は初めて見るんだよね。ざっと見た限りじゃ、商売してたりおめかししてたり、かなり文化的なコトしてたみたいだしね。
     他んトコはもっとちっちゃくまとまってるか、さもなくばグチャグチャに引っ掻き回されて壊滅してるかって状態だったんだけどもね」
    「さっきのんみたいなバケモノが時々出る、みたいな話はわしもよお聞きますな。
     ただ、ここは狡(こす)い奴が仰山おりまして、落とし穴掘ったり落石使うたりとか、罠を仕掛けて撃退しとるんですわ」
    「はっは、すごいねぇ。なるほど、ソレでこの村は他に比べて文化的だってワケか」
    「ちゅうても万全、盤石っちゅうわけには行きませんけどな。さっきのわしがええ見本ですわ。恥ずかしながら、わしは昔っから鈍臭い、鈍臭いとよお言われとりまして」
    「センスはいいのにねぇ」
     モールにそうほめられたものの、ヨブは肩をすくめ、こう返す。
    「それだけで生かさせてもろてるようなもんですわ。正直、装飾具造る腕あらへんかったら、カネも手に入りませんやろし、飯も住むとこもさっぱりでしたやろし」
    「あん?」
     モールは納得が行かない、と言いたげな表情を浮かべる。
    「君、卑屈になりすぎじゃないね? 宝飾屋だって立派な仕事だね。君がいなきゃ、その腕の立つ奴らはみんな、クソダサいまんまだろ?」
    「……ぷっ」
     モールの言葉に、ヨブが噴き出した。
    「はは……、そうですわ。言うたらそうですな」
    「だろ? 後ろめたく思う必要、全然無いってね。そんな風に自分を卑下してばっかじゃ、女も寄ってこないね」
    「あー……、いや、わしにはもう、十分ですけどな」
     そう返したヨブに、モールはけげんな表情を浮かべる。
    「って言うと?」
    「わし、昔おったんです、奥さん。今はもう、亡くなってしもたんですけども」
    「ありゃ、そうだったか。ゴメンね、変なコト言って」
    「いやいや、そう思うんも無理は無いですわ。こんなしょぼくれたおっさん……」
     言いかけたヨブの鼻を、モールがつかむ。
    「ふひゃっ!?」
    「だーから言ってるじゃないね、卑屈になるなって。君の腕は確かだ。私がバッチリ保証してやるね」
    「は、はんはひほひょうひゃれひぇひょ……(アンタに保証されても……)」
    「なんだよ、私じゃ不満だっての? えっらそうにしちゃってねぇ」
     モールは鼻をつかんでいた手を、ぴっと離す。その拍子に、ヨブの口と鼻から妙な音が漏れた。
    「ぷひゃっ!」
    「アハハ、『ぷひゃ』だって、アハハハハハハ」
     モールは顔を真っ赤にするヨブを見て、ゲラゲラと笑い転げていた。

    琥珀暁・狐童伝 2

    2017.05.02.[Edit]
    神様たちの話、第39話。砂金と宝飾屋。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「うん、いいね。かっこいいデザインだ」 ヨブからもらった腕輪を早速身に付け、モールは嬉しそうな声を漏らした。「ですやろ?」「山で見た格好からじゃ、こんないいセンスしてるおっさんだとは思わなかったね。いや、私の見る目もまだまだって感じだね」 砂金の採れる山を降り、麓の村に戻ったヨブは早速モールを自分の家に招き、助けてもら...

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    神様たちの話、第40話。
    二人の邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     と、玄関の戸が開く気配がする。
    「おう、おかえり」
     玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。
    「ただいまー」
    「ん? 君、子供いたの?」
    「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」
    「ああ、そっか、そうだっけね」
     程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。
    「……お客さん?」
     きょとんとした顔で尋ねた女の子に、モールは手を振る。
    「ああ、お邪魔してるね」
    「は、はじめまして」
     女の子の陰に隠れつつ、その子の弟らしき男の子が挨拶する。
    「はーい、はじめまして」
     そう返したモールを見て、ヨブが苦笑する。
    「モールさん?」
    「なんだよ」
    「子供、お好きなんです?」
    「なんで?」
    「顔、めっちゃニヤけてますで」
    「……」
     恥ずかしかったのか、モールは三角帽子を深めに被り、ぷいっと顔を背けてしまった。
     しかし子供たちは意に介していないらしく、モールが顔を背けた方向へぐるっと回り込む。
    「モールさんて言うのん?」
    「ん、ああ。モールだ。よろしくね」
    「よろしゅう、モールさん」
     女の子はにこっと笑い、こう返した。
    「アタシはエリザ。後ろのんが弟のニコルです」
    「ああ、うん。どうもね、エリザにニコル」
     顔を隠していてもモールが赤面しているのを察したらしく、ヨブはこの間、くっくっと声を漏らし、笑いをこらえていた。

     ヨブがにらんだ通り、やはりモールは、子供に対して非常に好意的であるらしかった。
    「ほーら、今度はちょうちょだ」
     会って30分もしないうちに、モールはすっかりヨブの子供たちと仲良くなっていた。
     モールが魔杖の先にぽん、と光を浮かべ、それを鳥や兎、猫など様々な形に変えて天井高く飛ばすのを、子供たちは目をキラキラと輝かせて眺めている。
    「なぁ、なぁ、モールさん! 次は? 次は?」
    「ふっふ、お次はー……」
     言いかけて、モールは「おっと」とつぶやいた。
    「もう日が暮れる時間か。そろそろお暇しなきゃね」
    「えー」「もっと見せてーな」
     去ろうとするモールを、子供たちが引き止める。
     そしてヨブも、子供たちに続いた。
    「モールさん、今日はウチに泊まらはりませんか? ちゅうか、そのつもりで用意しとったんですけども」
    「え? ……あー、君がいいってんなら、お言葉に甘えちゃおうかね」
     モールの返事を受け、ヨブは嬉しそうに笑みを浮かべる。
    「ええ、是非。もうそろそろご飯の用意もできますんで、もうちょっと待っとって下さい」
    「あいあい。んじゃエリザ、お次は何が見たいね?」
    「えーと、えーと……」
     エリザは口ごもり、手をパタパタさせている。どうやら見たいものが、言葉でうまく表現できないらしい。
    「なんだろ? 動物かね?」
    「うん、あのー、おっきいやつで、しっぽがあって、あしが長くて、かおも長くて、……何て言うたらええんやろ、えーと」
     そう言って――エリザはくい、とモールの魔杖をつかみ、引っ張った。
    「こんなん」

     直後、笑っていたモールが目を見開き、絶句する。
     自分の魔杖の先から、光る馬がひょい、と飛び出し、天井に向かって走り去ったからだ。
    「……え?」
    「あ、コレ。コレやねん」
    「ちょ、……君? 今、どうやったね?」
     モールは血相を変えて、エリザに尋ねる。
     が、エリザはきょとんとした顔で、何の裏も悪気も無さそうな口調でこう返した。
    「どうって、今モールさんがやらはったみたいな感じで、でけるかなー思て」
    「でけるかなー、……じゃないね。確かに呪文は口で唱えてはいたけども、ソレを全部覚えたっての? しかもアレンジまでして」
    「うん」
    「じょ、冗談じゃないね!」
     モールは唖然とした様子を見せ、エリザの頭をぺちっと叩く。
    「あいたっ?」
    「んなコト、チョイチョイっとできるもんじゃないね!
     呪文の構文からして、この世界の言葉じゃないんだよ!? しかも『こっち』の言葉で応用利かすなんて、とんだ離れ業だね! あまつさえ、魔術はマフ持ちじゃなきゃ、……いや、こんなコト君らに言ったって何が何やらだろうけどもね、……ああ、いや、いいや。
     エリザ、ご飯前に何なんだけどね」
     モールは慌てた素振りでエリザの手を引き、屋外へ連れ出した。

    琥珀暁・狐童伝 3

    2017.05.03.[Edit]
    神様たちの話、第40話。二人の邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. と、玄関の戸が開く気配がする。「おう、おかえり」 玄関に向かってヨブが声をかけ、幼い子供の声が2つ、重なって返って来る。「ただいまー」「ん? 君、子供いたの?」「ええ。さっきも言いましたやん、奥さんおったって」「ああ、そっか、そうだっけね」 程無く、狐獣人の子供が2人、居間に入ってきた。「……お客さん?」 きょとんとした...

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    神様たちの話、第41話。
    MUAF(マフ)。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「どないしたん、モールさん?」
     家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。
    「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」
    「何が?」
    「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」
     モールは説明しつつ、呪文を唱え始める。
    「魔術使用可能因子(Magic Using Available Factor)、その頭文字を取ってマフ(MUAF)。
     コレはヒトだとか、多少脳みその進化した生き物の中に含まれるコトがあるモノなんだけどもね」
    「……?」
     モールの説明に、エリザはきょとんとするばかりである。
    「あー、いいや、ともかく魔術が使える素質だね。逆に言えば、ソレを持ってないとまず、魔術は使えない。
     何で私がこんなにビックリしてるかって言うとね、元々私がいた世界じゃ、生まれながらにしてコレを持ってるヤツは、100万人に1人だとか、1000万人に1人だとか言われてたからさ。
     ソレなのにさ、今日偶然会った君がマフ持ちだなんて、誰が予想するかってね。……いや、でもこの世界は、私の世界とは大きく在り様が異なってるもんねぇ。君みたいにふわふわで超可愛い耳と尻尾を持ってるヤツなんて、私のトコじゃ一人も見かけなかったしね。
     だから逆に、ココはそーゆー世界なのかも、……っと」
    「えーと……?」
     話に付いていけていないらしく、エリザは戸惑った様子を見せている。しかしモールはそれに構わず、話を続けていた。
    「検査終了だね。やっぱりエリザ、君はマフ持ちだった。しかもコレは、……いや、……もしかして……だとすると……」
     それどころか、モールは一人でぶつぶつと独り言を始めてしまい、エリザは完全に放置されてしまった。
    「……んもぉ、何やのん?」
     エリザは唇をとがらせながら、モールの尻尾をぐにっと握り締める。
    「……つまりこの世界は派生型の……うぎゃあ!?」
     尻尾を締められ、モールは大声を出して飛び上がった。
    「いてててて……、うー、尻尾ってこんなに敏感なんだね、……じゃないや。
     何すんのさ、エリザ?」
    「こっちのセリフやん。何やワケ分からんコトぎょーさんブツブツ言うて、何なんっちゅう話やん?」
    「あー、そうだったね。ゴメンゴメン。……えーと、まあ、ともかく。
     結論から言うとエリザ、君には魔術を使える素質があるね。ソレもかなりの素質だ。ちょっと修行すれば、私みたいにひょいひょいっと扱えるようになるかも知れないね」
    「え、ホンマに?」
     モールにそう聞かされ、エリザは目を輝かせた。
     と、家からヨブが出てくる。
    「どないしはったんです、モールさん? ウチの子に何かありました?」
    「ん? ああ、まあ、色々ね。
     んじゃ、詳しいコトはご飯の後に話そうか、エリザ」
    「はーい」

     そして夕食を終えた後、モールはヨブたち一家を並べ、こう切り出した。
    「ヨブ、君の娘さんには稀有な才能があるね。私が君を助けるのに使った、魔術の才能がね」
    「はあ」
    「でもコレは、放っといて伸びるような才能じゃないね。誰かが使い方を教えなきゃ、一生埋もれたままの才能だ。
     だからヨブ、私はこの子に色々教えてやりたいんだけど、構わないかね?」
     そう問われ、ヨブはけげんな顔になる。
    「教える、……ちゅうのんは、モールさんがこの村に住んで、っちゅうことですか?」
    「ソレか、私の旅にこの子を連れていくかだね。
     勿論、まだ10歳にも満たなさそうな幼子をウロウロ連れ回すなんてかわいそうだし、できれば前者がいいよね。
     だけどもし、この村が私を受け入れないってコトになったら、その時は私に預けてほしいんだよね」
    「無茶言わんで下さい」
     モールの提案に対し、当然ヨブは渋る。
    「今日会ったばかりのあんたに、娘を預けろと?」
    「分かってる。無茶だってコトは、十分承知さね。
     でもソレだけの価値がある。だからお願いするのさ」
    「うーん……」
     ヨブは眉間にしわを寄せ、うなるばかりである。
     その後もモールは熱心に説き続けたが、結局ヨブは、首を縦に振ることは無かった。

    琥珀暁・狐童伝 4

    2017.05.04.[Edit]
    神様たちの話、第41話。MUAF(マフ)。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「どないしたん、モールさん?」 家の外に出たところで、モールはエリザに魔杖を向けた。「検査だね。今の今までそんな可能性をまったく考えもしなかったから、今めちゃくちゃビックリしてるんだけどもね、よくよく考えりゃ、有り得る話ではあるんだね」「何が?」「マフって私らが呼んでるモノがあるんだけどね」 モールは説明しつつ、呪文を...

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    神様たちの話、第42話。
    モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。
    (ダメだこりゃ)
     村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。
     そればかりか、彼らの中にはモールへいきなり殴りかかってくるような者さえおり、そうした粗暴で野蛮な人間を嫌うモールは、この村に留まることをあきらめるしか無かった。
    (あーあ……、残念だね。折角アレほどの逸材を見付けたって言うのにねぇ)
     モールは渋々、村から出る支度を整えることにした。

     その日の昼過ぎには旅支度が終わり、モールはヨブたちへの挨拶もそこそこに、村を出て行った。
    「あー……、エリザのコトでちょっとウキウキしてたけど、その他で全部帳消し、って言うよりマイナスだねぇ。
     もう二度とあんな居心地悪い村に来るコトは無いだろうね」
     そんなことを一人、ブツブツとつぶやきながら、モールは村から北へと進み、やがて海岸へ行き着く。
    (そー言やハラ減ったねぇ。魚とか捕れるかなぁ)
     モールは荷物を木陰に下ろし、魔杖に紐と針を付け、釣りを始めた。
    「……ふあぁ」
     が、始めて10分もしないうち、モールは眠気を覚える。
    (ちょっと寝るか。自動で釣れるように魔術かけときゃいいし)
     モールは魔杖に魔術をかけ、その前でごろんと横になった。



     うとうととし始めたその刹那、モールは一瞬だけ、夢を見た。

    「無いコトは、無い」
     そう返した彼に、モールは問いかける。
    「ドコ?」
    「北中山脈。ボクたち一門がもしものために作ったモノがあるんだ」
    「行こう」
     もう一人が立ち上がる。
    「これ以上、じっとしてはいられないよ」
    「賛成」
     モールも続く。
     が、彼は苦い顔をする。
    「問題が3つある」
    「3つ? 何さ」
    「第1。モール、キミの……」



    「……ん、あ?」
     はっと目を覚まし、モールは上半身を起こす。
     と同時に、視界に金と赤の、ふわふわした毛並みが映った。
    「……あ?」
     モールが間の抜けた声を上げた途端、その毛玉がふわっと震え、持ち主が振り返った。
    「あ、おはよう、モールさん」
    「……いや、おはようじゃなくってさ、エリザ」
     モールは上半身を起こし、エリザをにらむ。
    「君がなんでココにいるの? もう村から大分離れたはずなんだけどね」
    「こそっと付いてきてん」
    「付いてきてん、……じゃないね」
     モールは呆れつつ、エリザにデコピンする。
    「あいたっ」
    「さっさと帰るよ。私ゃ旅に出るつもりなんだし、コレ以上村に滞在する気も無いしね」
    「あ、ソレなんやけど」
     エリザはにこっと笑い、こう続けた。
    「アタシも旅、一緒に行きたいなーって」
    「は?」
     モールは再度、エリザにデコピンする。
    「あいたっ、……何やのん、さっきからアタシのおでこ、ぺっちんぺっちんしよって」
    「そりゃするさ。寝ぼけたコト抜かしてるからね。
     いいかいエリザ、君のお父さんと話し合って、連れてけないし私も住めないって結論になったってコト、横で聞いてたろ?」
    「そんなん、お父やんとモールさんが勝手に話しとったコトやん。アタシは行く気満々やし」
    「アホか。君みたいなちっちゃい子が勝手に行きたいだの何だの言って、ソレが通ると思ってるね?」
    「通すもん」
    「どーやら3回目のデコピン食らいたいみたいだね、このアホは」
    「アホ言うなや、……ていっ」
     言うが早いか、今度はエリザがモールにデコピンした。
    「うわっ!? ……こんのおバカっ」
    「アホ言う方がアホやもーん。……まあ、このまんま出てったら、確かにお父やんもニコルも心配するやろし、いっぺん帰ろ?」
    「君が決めるコトじゃないっての。……とは言えだ。君の言う通りだし、帰るけどもね」
     モールはエリザの手を引き、渋々村へと引き返した。

    琥珀暁・狐童伝 5

    2017.05.05.[Edit]
    神様たちの話、第42話。モールの夢;荳也阜蟠ゥ螢翫↓轢輔@縺滉ク芽ウ「閠?→縲∽ク峨▽縺ョ蝠城。後? 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 翌日、モールはヨブたちの住むこの村に自分も滞在できないかと調べてみたが、3時間も経たないうちに、その案が実現できそうにないことを悟った。(ダメだこりゃ) 村の人間はかなり猜疑心が強く、「よそ者」のモールに対し、敵意を剥き出しにして接してきたからだ。 そればかりか、彼...

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    神様たちの話、第43話。
    強情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。
    「何のつもりですか、モールさん」
    「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」
     モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。
    「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」
     そう言って踵を返しかけたところで、エリザが言い放った。
    「帰らへんよ」
    「は?」
     ヨブが振り返ると同時に、モールがエリザの頭をぺちんと叩いた。
    「アホっ」
    「いったー……、もう、ええかげんにしてーな。ホンマにアホになるやんか」
    「もうとっくにアホだっつーの。なんべん言えば分かるね!?」
    「……大体察しました」
     と、ヨブは呆れた顔を見せる。
    「エリザ、お前が行きたい行きたい言うて、モールさんとこに付いて行ったっちゅうことで間違い無いな?」
    「うん」
    「やっぱりか」
     そう言うなり、ヨブはエリザの側に寄って、ばしっと彼女に平手打ちした。
    「いたあっ……!?」
    「わがまま言うんも大概にせえ! モールさんがどんだけ困っとるか、分からへんのか!」
    「……分かってへんのはお父やんやろ」
     真っ赤になったほおに手も当てず、エリザは言い返す。
    「アタシはモールさんに付いてって、ベンキョーしたいねん。
     このまんま村にいとっても多分、お父やんのアトついで、お父やんみたいに村中から『どんくさいヤツ』って後ろ指さされるだけやん」
    「んなっ……」
     ヨブの顔に怒りの色が差すが、エリザは止まらない。
    「アタシはそんなん、だれにも言わせへん。『エリザはすごいヤツやで』って言わせたるんや」
    「……~っ」
     ヨブは顔を真っ赤にし、ついにこう言い捨てて、背を向けてしまった。
    「そんなら勝手にせえ! もうお前なんか知らん!」
    「……」
     そのまま歩き去っていくヨブを眺めつつ、モールがエリザの手を引く。
    「ホントにおバカか、君。ちゃんと謝れって」
     対するエリザは、キッとモールをにらみ返す。
    「アタシがあやまるコトなんか何もない。周りから言われとるコト、そのまんま言うただけや」
    「んなコト言ってるうちは、絶対連れてかないよ」
    「せやったら勝手に付いてく」
    「なら蹴っ飛ばす」
    「ならけり返す」
    「……」「……」
     そのまま、二人でにらみ合い――。
    「……この強情娘め」
     モールは杖の先で、エリザの頭をがつんと殴った。
    「あだっ……!」
    「最後通牒だ。私に付いてって殴られまくるか、お父さんのトコに謝りに行くか、今選べ」
     エリザの頭から、血がポタポタ流れている。
    「じゃあね」
     モールも踵を返し、そのまま村の外まで歩き去った。

     村の外に出て、モールは振り返る。
    「……とことんまでアホか、君は?」
     そこには血と涙を流しながら付いて来る、エリザの姿があった。
    「アホでもっ、なんでも、……グスっ、行くって決めたんや、……ひっく、死んでも付いてくで、……ひっく、モールさん」
    「ああそうかい、分かったよ」
     そう言ってモールは、魔杖を振り上げた。
    「……っ」
     それを見てエリザは頭を抱え、しゃがみ込む。
     が――モールは魔杖の先をとん、とエリザの頭に置き、呪文を唱える。
    「『キュア』」
    「……え?」
    「治療術の初歩だね。実演は今の一度きり。呪文は今日だけ教えてやる。後は自分で練習しろ。明日までにできなきゃ今度こそ帰れ。
     分かったね?」
    「……」
     エリザはぽかんとした顔で立ち上がり、綺麗に傷が消えた自分の頭を撫で、それからうなずいた。
    「……うん。分かった」



     ここから「大魔法使い」モールと少女エリザの旅が――即ち、歴史上最初の大英雄と称される、彼女の物語が始まる。

    琥珀暁・狐童伝 終

    琥珀暁・狐童伝 6

    2017.05.06.[Edit]
    神様たちの話、第43話。強情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 村に戻ったところで、苦い顔をしたヨブが出迎えた。「何のつもりですか、モールさん」「私が誘拐したって思ってんなら、ソレは不正解だね。エリザが勝手に付いてきたのさ。だから連れ戻したってワケだね」 モールからそう説明されるが、ヨブは依然として、表情を崩さない。「……まあ、そうやろなっちゅう気もしてましたわ。ともかく、家に戻りましょ」...

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    神様たちの話、第44話。
    放浪講義。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。
    「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」
    「はい」
     にっこり笑って答えたエリザに、モールはちょん、と空に向かって人差し指を立てる。
    「やってみ?」
    「はーい」
     言われるがまま、エリザは呪文を唱え、モールがやってみせたのと同じように、空中に人差し指を向ける。
    「『ファイアボール』!」
     次の瞬間、ぽん、と音を立てて、彼女の握りこぶし程度の火球が空に向かって飛んで行った。
    「おー、上出来。……いやぁ、教えがいがあるね。今んトコ、全部使えてるしね」
    「えへへ……」
     と、エリザが照れ笑いを返したところで、モールは一転、神妙な顔をする。
    「……」
    「どないしたん?」
    「いや、……君さ」
     モールはエリザの手をつかみ、たしなめた。
    「火傷してるね」
    「……バレた?」
    「バレないワケ無いね」
     エリザの指先を治療しつつ、モールは彼女の術を考察する。
    「呪文聞いた限りじゃ、保護構文はちゃんとしてたね。となると原因は、パワーオーバーか」
    「ぱ……わ?」
    「君の魔力が強すぎて、私が組んだ呪文じゃ制御しきれてないってコトさ。
     とは言え、呪文を優しく書き直すなんてのもナンセンスだしねぇ。カンタンなコトしかやらないヤツは、いつまで経ってもカンタンなコトしかできないしね。
     となると……」
     モールは自分が持っていた魔杖をひょいと掲げ、こう続けた。
    「ちゃんとした装備を整えるか」
    「そうび?」
    「君の魔力に見合うだけの武器と、後、コレからの旅を安全に過ごせるような服装だね。
     ただ、服とかそう言うのはともかく、武器ってなるとねー」
     モールは困ったような表情を浮かべ、魔杖を下ろす。
    「魔力が活かせるような武器を造るのが、この世界じゃまず無理なんだよねぇ」
    「どう言うコト?」
    「設備も素材も無いってコトさ。実を言うとさ、私も今持ってるこの魔杖じゃ満足してないんだけどもね、かと言って納得行くレベルのモノを造りたくても造れないし。
     ま、設備の不足については魔術やその他知識でカバーできなくは無いんだけども、素材ばっかりは実際に無きゃ、どうしようも無いね」
    「ほな、どうするん?」
    「どうにかするとすりゃ……」
     そう言いながら、モールは懐から袋を取り出した。
    「あちこち旅する途中で、集めるしか無いね」
    「その袋って、もしかして……」
     目を丸くするエリザに、モールはニヤニヤと笑って返す。
    「そう、金さ。と言っても、君のお父さんからもらったとか盗んだとかじゃないね。君のお父さんが教えてくれた秘密の採取場で、私も採ってきたのさ。
     そうだ、ココでいっこ教えておこうかね」
     モールは袋の中の砂金をエリザに見せつつ、講義を始めた。
    「金とか銀、あと銅なんだけどね。この種の金属は魔術、って言うか魔力との親和性が高いんだね」
    「しんわせい?」
    「平たく言や魔力を溜めやすいし、放出もしやすい素材ってコトだね。
     だからその辺りの金属を素材に使えば、かなり質のいいモノができるね。……ま、この量じゃ杖一本ってワケにゃ行かないけども。せいぜいアクセントにするくらいだね。
     そもそも金単体じゃ柔らかすぎるし、杖本体にゃ銀とか銅の方がいいけど」
    「んー……? 杖いっこ造るのんに、結局何がいるん、先生?」
     尋ねたエリザに、モールは腕を組みつつ、ぽつりぽつりと答える。
    「そうだねぇ……、先端部分はやっぱり高純度の水晶がいいねぇ。柄の部分は最悪、ソコらの木材でも十分なんだけど、できるなら金属製にしたいね。頑丈だし。
     つっても銀や銅そのまんまじゃ、やっぱり柔らかすぎて使い物にならない。錫(すず)とか亜鉛とか、亜銅(ニッケル)と混ぜて合金にしなきゃ、まともなモノにゃならないね」
     そう聞いて、エリザは首を傾げる。
    「すず……」
    「どうしたね?」
    「すずってぽろぽろした、白っぽい金属のコト?」
    「まあ、金属なんて大体白か銀色だけどね。形は確か、君の言った感じだったと思う。
     もしかして採れる場所知ってるとか?」
    「知ってるっちゅうか、前にお父やんが村の外の人と話しとる時に、そんな感じの話聞いたなーって。その人からさっき言うた金属も見せてもろたし」
    「へぇ? ドコの人って言ってた?」
     そう問われ、エリザはもう一度首を傾げ、眉間にしわを寄せる。
    「えーっと、うーん……、えーとな、……確か、西の方から来たって」
    「西、ねぇ。君のいた村が東の端の方だったし、西ってだけじゃはっきりしないね。
     ま、ある程度の目星は付くか。金属持ってきたってんなら、鉱山が近いだろうしね」
     モールはきょろ、と辺りを見回し、山を指差した。
    「道もあっちに続いてるし、あっちに向かってみるかね」
    「はーい」

    琥珀暁・錬杖伝 1

    2017.05.08.[Edit]
    神様たちの話、第44話。放浪講義。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 無理矢理に付いてきたエリザを、モールは当初ひどく邪険にしていたものの、彼女に魔術の才能があり、かつ、聡明であることに気付いたことと、何より気が合ったことから――共に旅を始めて3、4日も経つ頃には、モールは気さくに話しかけるようになっていた。「昨日のは覚えた? 『ファイアボール』」「はい」 にっこり笑って答えたエリザに、モー...

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    神様たちの話、第45話。
    モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。
     その道中、モールはこんな質問を向けてきた。
    「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」
    「どう言う意味?」
     尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。
    「いやさ、あの村って排他的って言うか何て言うか、同じ村の人間じゃないヤツにゃ冷たそうな印象があったからね」
    「んー、まあ、ソコら辺は先生の言う通りって感じやね。手土産とか無しで村に来るような人は追い返されとるよ」
    「ああ、ソレは納得だね。んじゃ、何かしらの取引をしてるって感じか。
     そう言やこの辺りのカネって見たコトないんだけど、持ってる?」
    「ちょこっとやったら」
     エリザはポケットから、わずかに赤みを帯びた団栗大の粒をころころと取り出し、モールに渡す。
    「コイン、……じゃないんだね。コレ1粒でどんくらいの価値?」
    「どんくらい、って言うとー、……んー、3つでリンゴ1個くらい。
     あと、もうちょい大きいのんとか、もっと大きくて黒いのんとかもあるで。さっき言うてた取引ん時、お父やんがなんぼか受け取ってはった」
    「ふむふむ、……『黒いのん』ってのも実物を見てみたいけども、聞く感じじゃ結構値打ちが高そうだし、子供にゃ持たさないか。
     ま、村に着いたら何かしら大道芸でもやって稼いでみるかね」
    「だいどうげい?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤッと笑って返した。
    「君に見せたような、鳥とか蝶とか飛ばすアレさね。結構綺麗だったろ?」
    「うんうん」
    「そーゆー滅多に見られないよーなモノを見せて、『感動した方はそのお気持ちをお代としてお支払い下さいな』っつって、小銭を稼ぐのさ」
    「んー……? うまく行くんかなぁ、そんなん」
    「まあ、君の村みたいにしょっぱくてケチ臭くってシケたヤツらばっかじゃ、赤粒いっこだってくれりゃしないだろうけどもね」
    「うん、そんな気ぃするわ」

     そんな風に、モールとエリザは取り留めもない話を重ねつつ、のんびりと歩みを進めているうちに――。
    「……あー、と」
    「どないしたん、先生?」
     尋ねるエリザに、モールは空を指差して見せる。
    「もう日が暮れそうだね。コレ以上進むのは危ない」
    「せやね。ほな、またこの辺で?」
    「だねぇ」
     二人は辺りを見回し、野宿ができそうな場所を探す。そしてすぐ、エリザがモールの袖を引いた。
    「あの辺とかどう?」
    「悪くないね。んじゃ、準備するかね。
     エリザ、そんじゃ……」「たきぎと食べれそうなのん、やね」「ん、ソレ」
     共に旅をして何日も経つからか、それともエリザが特別聡いからなのか――モールが大して指示も与えないうちに、エリザはきびきびと動き始める。
     10分も経たないうち、二人は野宿の準備を終え、焚き火を囲んでいた。
    「魔術ってホンマに便利やね。火もカンタンに起こせるし、食べもんに毒があるかどうかも分かるっちゅうのんは」
    「ふっふっふ」
     木の枝に挿したキノコを焚き火であぶりながら、モールは得意気に笑う。
    「何でもできる、……とは言い過ぎだけども、『ほとんど』何でも、だね」
    「『ほとんど』? びみょーな言い方やね」
    「できないコトは意外と多いさ。月へ行ったりもできないし、世界中を常春にするコトだってできない。死んだ人にも会えやしないしね」
    「そら誰かてでけへんやろ、あはは……」
     程良く焼けたキノコや木の実を頬張りつつ、二人は取り留めもなく話を交わしていた。



     腹もふくれ、眠気も感じたところで、二人はそのまま寄り添い、眠りに就いた。
     エリザの狐耳の、ふわふわとした毛並みをあごの辺りに感じながら、モールは夢を見ていた。

    「この体じゃ椅子に上がるだけでも億劫だね、まったく」
     もぞもぞと卓に着こうとしたモールを、誰かが後ろからひょいと持ち上げる。
    「ま、慣れるまで付き合うよ」
    「そりゃどーも」
    「ご飯できたよー」
     と、別の誰かがのんきな声を出しながら、鍋を両手で抱えて持って来る。
    「試しにさ、外に生ってた植物を煮込んでみた。ワラビっぽいから多分食べられると思う」
    「思う、……って」
     モールはげんなりしつつ尋ねる。
    「試食とか毒味は?」
    「まだ」
    「んなもん食わすなッ!」
     モールが声を荒げるが、この茶髪の彼は、全く意に介していないらしい。
    「んじゃ、今食べてみるねー」
     彼はそう言ってひょい、と鍋の中身をひとつまみ、口の中に放り込む。
    (コイツ、こう言う時ホントに躊躇しないなぁ)
    「うん。美味しいよ。ちゃんと出汁が染みてる」
    「う、うーん」
     いつもは穏やかに笑っている、この若白髪の青年も、この時ばかりは笑顔を凍りつかせていた。
    (でも確かに、匂いは悪く無さそうだ)
     モールは箸をつかみ、そのワラビっぽいものを口へと運んだ。
    (あ、マジでうまい)



    「……むにゃ……ん……エリザ?」
     ふわふわとした感触が、いつの間にかあごの辺りから消えていることに気付き、モールは夢の中から引き戻された。
    「……どした?」
     寝ぼけた目をこすりつつ、辺りを見回したが――エリザの姿は無かった。

    琥珀暁・錬杖伝 2

    2017.05.09.[Edit]
    神様たちの話、第45話。モールの夢;荳芽ウ「閠??鬟溷酷鬚ィ譎ッ縲 。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. エリザの記憶に従い、モールたち二人はのんびりと西への道を進む。 その道中、モールはこんな質問を向けてきた。「そう言やさ、エリザ。さっき『村の外の人と』って言ってたけど、他の村と交流があるの?」「どう言う意味?」 尋ね返され、モールは「あー、と」と声を漏らす。「いやさ、あの村って排他的って言う...

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    神様たちの話、第46話。
    ブローアウト。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ちょっと、エリザ?」
     立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。
    「なんだよ、……ドコ行ったね?」
     傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。
    「照らしな、『ライトボール』」
     辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。
    「足跡、……もある。こっちか」
     足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込んでいるエリザを、難なく発見できた。
    「何してるね?」
    「『何してる』やないで、もう……」
     不満たらたらと言いたげな声色で、エリザが背を向けたまま答える。
    「先生、よだれだらーっとたらしとったで。おかげでアタシの耳、ぐっちょぐっちょやわ」
    「アハハ……、そうだったか。ゴメンねぇ」
    「落ちたからええけどさー」
     水面から顔を挙げ、エリザは狐耳をぷるぷると震わせ、モールの方を向いた。
     と――その顔に、ぎょっとした表情が浮かぶ。
    「……先生! 後ろ!」
     その言葉に、モールも振り返る。
     そこには数日前モールが仕留めたものと同型の、六つ目の巨大な狼が立っていた。
    「マジか」
     ぼそっとそうつぶやいたモールに応じるように、狼が「グルル……」とうなる。
    「まあいいや。ブッ飛ばしてやるね」
    「大丈夫かいな?」
     自分の背中にぴとっと張り付いてきたエリザの頭を、モールはぽんぽんと優しく叩く。
    「私を誰だと思ってるね?」
    「……大まほーつかい!」
    「ふっふっふ、そーゆーコトさね」
     モールは魔杖を掲げ、呪文を唱える。
    「撃ち抜いてやるね! 『フォックスアロー』!」
     紫色の光線が9つ、魔杖の先から飛び、尾を引いて六目狼へと飛んで行く。
     が――六目狼はその場でぐるりと回り、尻尾で光線を弾く。
    「んなっ……!?」
     その光景に、モールは唖然となる。
    「こりゃ予想外だね。そもそもケモノが弾くなんて行動を執るなんて思ってなかったし、そもそもあんな物理的に、払って弾けるようなものじゃ無いんだけども。
     となるとあの尻尾、魔術耐性があるってコトか。ミスリル化でもしてんのかねぇ、どう見ても生き物なのに」
    「何ゴチャゴチャ言うてんねんな! 来よるで!」
     狼を分析しかけたところで、エリザが服の裾を引っ張る。
    「おっとと、そうそう。考えるのは後にしないとね。……しゃーない、もっと大技かましてやるしか無いね」
     迫る狼に、モールはもう一度魔杖を向ける。
    「コレならどーだ、『ジャガーノート』!」
     魔杖の先から、今度はばぢっと電撃的な音が響く。
     次の瞬間、六目狼の体中から、ほとんど白に近い、超高温の真っ青な炎が噴き上がった。
    「ギャ……」
     六目狼が叫び声を挙げかけたが、それも途中で途切れ、バチバチと獣脂が燃え盛る音へと変わる。
    「うわあ」
     背後にいたエリザが、恐ろしげな声を上げる。
    「……やりすぎたかねぇ?」
     思わずそうつぶやいたモールに、エリザも無言で、こくこくとうなずいた。

     と――モールはどこからか、焦げた臭いが漂ってくることに気付いた。
    「ん……?」
     六目狼から臭ってくるのかと思ったが、脂のようなねばつく刺激臭ではない。もっと乾いた、木材のような臭いである。
    「先生! 先生て!」
     エリザが慌てた様子で、モールの服をまた引っ張ってくる。
    「どしたね?」
    「つえ! つえ! つえ、もえとる!」
    「へ?」
     そう言われて、モールは自分が握っていた魔杖に目を向ける。
    「……ありゃりゃ」
     エリザが言う通り、魔杖はバチバチと火花を上げながら、先端におごられた水晶ごと燃え上がっていた。
    「いくらなんでも負荷が強すぎたか。元々ピーキーな呪文の組み方してたし、そりゃオーバーロードもするってもんだね」
     モールは半ば炭化した魔杖をぽい、と捨て、エリザに向き直る。
    「ま、ソレはソレとして、どーにか倒せたね」
    「良かったけど、……つえ、無くなってしもたな」
    「あー、うん。ま、造ろうとしてたトコだし、無きゃ無いでどーにでもなるしね」
    「そうなん?」
    「あった方が便利なのは確かだけどね。……さーて、寝直しだね」
     モールはエリザの手を引き、自分たちが寝ていた場所へと戻った。

    琥珀暁・錬杖伝 3

    2017.05.10.[Edit]
    神様たちの話、第46話。ブローアウト。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ちょっと、エリザ?」 立ち上がり、声をかけてみるが、返事は無い。「なんだよ、……ドコ行ったね?」 傍らに立てかけていた魔杖を手に取り、モールは呪文を唱える。「照らしな、『ライトボール』」 辺りが光球で照らされ、薄ぼんやりとだが把握できる。「足跡、……もある。こっちか」 足跡をたどって数分もするうち、モールは湖の淵に座り込...

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    神様たちの話、第47話。
    鉱山の村。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。
    「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」
    「っぽいで。ほら、山あるし」
     エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。
     モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。
    「ちょいと聞いていいかね?」
    「ん?」
    「この山、何か採れるね? 人が出入りしてるっぽいけども」
     尋ねられた男は、素直に答えてくれた。
    「ああ、色々採れるよ。青銅とか錫とか」
    「へぇ?」
     これを聞いて、モールはエリザの頭をぽんぽんと撫でる。
    「エリザ、どーやらココが私らの目的地みたいだね」
    「せやね。後は原料もらえたらええんやけど」
     と、二人の話を聞いていたらしい男が尋ね返してくる。
    「原料? あんたら、ここの鉱物が欲しいのか?」
    「ああ、ちょいとね。ドコに行けば話できるね?」
    「向こうに集めてるところがある。親分もそこにいるよ。俺も用事あるから、良けりゃ案内するぞ」
    「どーも」
     男に案内され、二人は大きな小屋の中に通された。

     男は小屋の奥にいる、黒髪に銀色の毛並みをした狼獣人に声をかける。
    「親分、新しい坑道のヤツ掘ってきました」
    「おう、後で調べる。……そっちの二人は?」
     声をかけられ、モールたちは狼獣人に応える。
    「どーも。私はモール」
    「アタシはエリザ・アーティエゴです」
    「あん? アーティエゴ? ……どこかで聞いた名だな」
     狼獣人は首を傾げ、やがて「ああ」と声を上げた。
    「東の村にいた宝飾屋の名だな。そう言や、あの『狐』の親父と毛並みが同じだ。そこの子か?」
    「うん」
    「大人と一緒とは言え、よく無事に来られたな。ここまで全然、バケモノに襲われなかったのか? 運がいい」
     そう言われて、モールが首を横に振る。
    「いや、六つ目の狼に襲われたんだけどもね。燃やしてやった」
    「燃やし、……はぁ!?」
     狼獣人は目を丸くし、聞き返してくる。
    「アレを燃やしただと? どう言う意味だ?」
    「そのまんまの意味だね。跡形もなく、燃やし尽くしてやった」
    「冗談だろ?」
    「マジ」
    「……マジかよ」
     狼獣人は驚きで毛羽立ったらしい毛並みを整えつつ、こう返してきた。
    「詳しく話を聞かせてくれ。ソイツにゃ手を焼いてたんだ」
    「いいとも。……んで、アンタの名前は?」
    「ああ、そうだった。
     俺はラボ・ネール。ここいらの鉱山やら畑やら一帯を取り仕切ってる」

     場所をラボの家に移し、モールは六目狼を倒した話、エリザを自分の弟子として身柄を引き受けた話、そして魔杖を造るために原料を必要としている話を語った。
    「まじょう? まあ、何だか分からんが」
     話を聞き終えたラボは、まだ納得の行かなさそうな顔をしつつも、モールの頼みに応じてくれた。
    「マジにあの狼やらを倒せるってなら、青銅でも何でも、欲しいだけくれてやるよ。
     ただ、俺たちにもその、……何てったっけ、魔術? を教えてくれると助かるんだが」
    「使えるかどうかは別だけど、教えて欲しいってんならいくらでも。
     ついでにエリザ。今まで道すがらざっくり教えてたけども、ここらで君にもしっかり、基本を教えとこうかね」
    「はーい」



     エリザの故郷と違って、ラボが治めるこの村はよそ者に対して寛大であり、モールたちにも気さくに応じ、また、素直に話を聞いてくれた。
    (ってか、エリザんトコに馴染めなかったヤツらがこっちに流れて集まってきたって感じもするねぇ)
     モールは彼らの中にも魔術の素質がある者がいることを確かめた上で、エリザも交えて魔術の講義を行うことにした。
    「……ってワケで、基本的にゃ最後にキーワードを宣言するコトで発動するようになってるね。んじゃま、実践してみな」
     モールのざっくりとした指導に、皆それぞれ、魔術を使おうと試みる。
     が――。
    「……出ない」
    「どうやるんだ? こうか?」
    「出た? 出たのかこれ?」
     ほとんどの者が、まともに扱えないでいる。
     そんな中、一人空中に火球を浮かべていたエリザが、ぼそ、とつぶやく。
    「前から思てたけど、……先生、教えんの下手くそやで?」
    「マジで? いつも君に教えてるみたく、分かりやすく説明したつもりだったんだけどね」
    「ソコも前から言おうと思てたけど、アタシも『何やソレ? どう言う意味やろ?』って思う時、チョイチョイあるもん」
    「……マジかー」
     モールは肩をすくめ、苦笑いを返した。

    琥珀暁・錬杖伝 4

    2017.05.11.[Edit]
    神様たちの話、第47話。鉱山の村。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 六目狼との遭遇から2日、3日と過ぎたところで、モールたちはとある村にたどり着いた。「ココが、君が言ってた村だといいんだけどねぇ」「っぽいで。ほら、山あるし」 エリザが指差した方向には、確かに山と、そのふもとにたむろする人間がいた。 モールはそのうちの一人に近付き、声を掛けてみる。「ちょいと聞いていいかね?」「ん?」「この...

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    神様たちの話、第48話。
    モールの鋳造講座。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。
    「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」
    「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」
     ニコニコと笑みを浮かべながらそう返したモールに、ラボはけげんな表情を浮かべる。
    「どうやって造るんだ? 青銅は延ばせるが、その黒いのはただただ脆くって、どう叩いてもボロボロ砕けるばかりだし、全然……」「延ばす? ……あー、なるほど。まだそーゆー加工の仕方なんだね」
     モールの言葉に、ラボは首を傾げる。
    「どう言う意味だ?」
    「ま、……私が説明下手だってのはここ最近で良く分かったから――説明するより見せた方が早いだろうね」

     モールはラボと、彼と共に青銅器を造っている仲間数名とを集め、青銅と赤黒い鉱物、薪、箱状に固めた上で穴を穿った砂塊、そして石塊2つを前にして、話を始めた。
    「今まであんたらがやってきたのは、この青銅をそのまま叩いて延ばして、棒状にしたり平らにしたりってやり方だって、ラボの親分から聞いたけどもね。
     私に言わせりゃ、そのやり方はめんどくさいし、思うようなものもできないんだよね」
    「なにぃ?」
     モールの言葉に、ラボをはじめとして、男たちが憤る。
    「だったらあんたのやり方を見せてくれよ!」
    「そのつもりで呼んだんだっつの。ま、見てな」
     モールは石の塊に向かって呪文を唱える。
    「そら、『フォックスアロー』」
     紫の光線が石を削り、すり鉢状にする。
    「おぉ……、石があんな簡単に」
    「なるほど、そうやって削って……」「違う違う、ココはまだ本題じゃないね。あくまで準備さ」
     納得しかけた一同をさえぎり、モールは青銅の塊を一つ、石の中に置く。
    「この鉱物はある程度熱を加えると、ドロリと溶けるのさ」
     モールは石の下も魔術で掘り、そこへ薪を投げ込み、別の呪文を唱える。
    「燃えろ、『ファイアボール』」
     薪に火が点き、石全体を熱し始める。
    「溶けるって……」「石がか?」
     疑い深そうに様子を伺っている一同に、モールがこう続ける。
    「勿論、ちょっとくらい熱いって程度じゃ溶けないね。だから火に空気をガンガン送り込んで、もっと熱くする。ほれ、『フィンチブリーズ』」
     石の下に風が送られ、ごうごうと勢い良く炎が燃え上がる。
     やがて石の中に収まっていた青銅は、ドロドロと溶け始めた。
    「うわ、マジだ」「溶けてる」「熱っ」
    「触るなよ? 火傷じゃ済まないからね」
     そうこうするうち、青銅はすっかり液体状になり、石の中でグツグツと煮立っていた。
    「で、同じように削って柄を付けた、こっちの石ですくい取って、この固めた砂の、穴の中に注いで、冷めるまで放っておけば……」
     しばらく時間を置いてから、モールは砂を崩す。
    「コレで青銅の棒が完成、ってワケさ。そっちの赤黒いヤツ――鉄鉱石だって、同じようにして溶かせるね」
    「へぇ~……」
     その後、何度かモールが実演を繰り返し、一同は新たな加工方法を学んだ。

    「あの重たいだけでどうしようも無かった赤いやつも、溶かせばこんな硬いのになるんだなぁ」
     モールが鋳造した鉄棒を眺めながら、ラボがうっとりした声を上げる。
    「加工の仕方さえつかめば、青銅よりよっぽど使い勝手のいい素材さ。ってワケで」
     モールはラボが持ったままの鉄棒をトンと指で叩き、ウインクする。
    「この棒、もうちょい形を整えて、綺麗に研いといてね。魔杖の柄の部分にしたいからね」
    「おう、お安い御用だ。水晶も磨いとくか?」
    「ああ。真ん丸にカットして、柄の先にくっつけてほしい」
    「分かった」
    「後、ソレからね……」
     その後もあれこれと注文を付けつつ、モールは魔杖の製作をラボに任せた。

    琥珀暁・錬杖伝 5

    2017.05.12.[Edit]
    神様たちの話、第48話。モールの鋳造講座。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. モールがエリザの助けを借りつつ魔術を村人たちに教えている間に、ラボの方でも、モールたちが魔杖を造るのに必要な原料を集めてくれていた。「青銅が拳4塊分、水晶が2塊分、後はあんたが指定した赤黒い鉱石2塊分、……こんなもんでいいか?」「ああ、私らが持ってるのと合わせりゃ、いい魔杖が造れるね」 ニコニコと笑みを浮かべながら...

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    神様たちの話、第49話。
    二つの魔杖。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。
     そして、その結果――。
    「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」
    「ど、どうしたね、ラボの親分?」
     ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。
    「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!」
    「へぇ? そりゃすごいね」
    「ああ、すごいことだ! 今まであいつらに追い回されたり引っ掻き回されたりで、度々村を移したり坑道に逃げ込んだりしてきたが、これからはもう、そんなことしなくていいってことだ!」
     満面の笑みを浮かべているラボを見て、モールは彼を諭す。
    「ん、まあ、……でもさ、ヤバいヤツってコトにゃ変わりないんだし、危なくなったら逃げなよ?」
    「あ、ああ。……そうだな、浮かれすぎた。いや、しかし本当、あんたのおかげだ」
    「いいって、そんなの。私だって色々ご飯もらったり、杖造ってもらったりしてるんだから、お互い様さね。
     とは言え、もうそろそろ潮時かねぇ」
     モールの言葉に、ラボは一転、悲しそうな顔をする。
    「村を出るつもりなのか?」
    「ああ。元々この村にゃ、杖を造るつもりで立ち寄っただけだしね。ソレにさ」
     モールは窓の向こうに見える、壁のように高くそびえ立つ北の山々を指差し、こう続けた。
    「私は色々見て回りたいのさ。あの山の向こうとか、ね」



     モールとエリザは旅支度を整え、ふたたび旅路に就いた。
    「連れてきちゃったけども、良かったね?」
    「何言うてんの」
     心配するモールに、エリザはフン、と鼻を鳴らして答える。
    「アタシは先生に色々教わるために、いっしょに来とるんやで? そら、ラボさんトコの村はいごこち良かったけど」
    「そのつもりなら問題無いね。村を出る前も言ったと思うけど、次の目的地はアレだしね」
     北の山を指差したモールに、エリザは首を傾げる。
    「あの山登るん?」
    「そうだよ」
    「あの向こう、何も無いって聞いたで」
    「誰からさ?」
    「ラボさんの村の人とか、アタシんトコとか。みんな『山の向こうは何もない、無の世界だ』みたいなコト言うてた」
    「ふーん。でもさ、エリザ」
     モールはニヤニヤ笑いながら、こう尋ねる。
    「そいつらの中に、実際に『向こう』を見てきたヤツがいたのかねぇ?」
    「……いーひんと思う。みんな『無い』『見てくるだけムダ』って思とるやろし」
    「そんなもんさ。実際に見もしないで勝手な想像ばっかりして、ありもしないモノをうわさしてるってだけさね。
     いいかい、エリザ? 君はそーゆーヤツにならないようにね。自分の目で見もしないで、自分の耳で聞きもしないで、勝手な思い込みで話を創るようなヤツにはね」
    「うん」
     エリザがこくんとうなずいたところで――彼女は、顔をこわばらせた。
    「先生」
    「ん?」
    「向こう見て」
     言われるがまま、モールは道の先を眺める。
    「……ありゃ。何かいるね」
    「バケモノっぽいやんな?」
    「だねぇ。村の東によくいた六目狼じゃなく、でかいトカゲみたいなのだけども」
     モールはうなずきつつ、造ったばかりの魔杖を構える。
    「早速コイツの威力を試してみるとするかね」
     数十秒も経たないうち、そのトカゲがモールたちのところへと走り寄ってくる。
     モールはニヤッと笑い、呪文を唱えた。
    「この杖、耐えてくれるかねぇ? ほれ、『ジャガーノート』!」
     ばぢっと音が響き、六目狼の時と同様に、トカゲが白い炎を噴き出しながら炎上する。
    「ココまでは良し。で、杖の方は……」
     魔杖を確認するが、どこにも異常は見られない。
    「完璧だね。ラボの親分、いい仕事してくれたね」
    「さすがやね。ラボさんだけやなくて、先生もやけど。
     ……なあ、先生」
    「ん?」
     エリザはモールの杖の、先端におごられた水晶を指差す。
    「中、なんか入っとるよな?」
    「ああ、針状のルチル(金紅石)か何かが入ってるみたいだね。普通に透明な水晶よか、いいデザインだね。いい感じにカットしてくれたから、星みたいに光って見えるし」
    「思てたんやけどソレ、何て言うか、しっぽみたいやない?」
     そう言われ、モールはしげしげと水晶を眺める。
    「言われてみりゃ、そうも見えるね。九尾の尻尾って感じ。……そうだ、いいコト思い付いたね」
    「ええコト?」
     尋ねたエリザに、モールはニヤニヤと笑いながら答えた。
    「コイツの名前さ。名付けて『ナインテール』。いい名前だと思わないね?」
    「『ナインテール』、……うん、ええ感じやね。
     あ、ソレやったら」
     エリザも自分の魔杖を取り出し、モールに見せる。
    「アタシのつえも、何かええ名前付けてーや」
    「おう。……うーん、君の方の水晶は、なんか花って言うか、……そう、蓮みたいな感じだね。放射状に伸びてるのがソレっぽい」
    「はす?」
    「水の上に咲く花さ。この辺は水場が多いから、もしかしたらドコかで見られるかも知れないね。
     ってワケで君の魔杖の名前、私のと揃えて――『ロータステイル』ってのはどうかね?」
    「うん、ええよ。……えへへ」
     突然エリザが笑い出し、モールはぎょっとする。
    「どうしたね、いきなり?」
    「ううん、何やちょっとうれしいなーと思て」
    「何がさ?」
    「先生から初めて、モノもろたし」
    「あー、そう言やそうか。かれこれ3ヶ月近く一緒にいたってのに、贈り物はコレが最初だったっけね。
     ま、コレからも何かしら機会があれば、プレゼントしたげるさね」
     モールの言葉に、エリザはさらに嬉しそうな笑みを浮かべた。
    「楽しみにしとるで」
    「ふっふっふ……」
     二人はじゃれ合いながら、北の山へと進んで行った。

    琥珀暁・錬杖伝 終

    琥珀暁・錬杖伝 6

    2017.05.13.[Edit]
    神様たちの話、第49話。二つの魔杖。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ラボの村に逗留してから2ヶ月以上が過ぎ、モールは様々な技術を村に広めた。 そして、その結果――。「モール! おい、モール! 聞いてくれよ!」「ど、どうしたね、ラボの親分?」 ラボが心底嬉しそうな顔で、モールに報告する。「あの六目狼、すぐそこまで来てやがったんだが、アドロたちが魔術と鉄の槍で、真正面から倒しちまったってさ!...

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    神様たちの話、第50話。
    「壁」を登る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」
     エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。
    「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」
    「は、はーい」
     二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。
     とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こんな山を登ることは無謀な挑戦、いや、自殺行為にも等しい行いである。
     登山開始から1時間も経たないうち、彼女は息も切れ切れに、師匠を呼んだ。
    「せ、先生ぇ、も、もうアカぁン……」
    「お、んじゃここいらで休憩しようかね」
     モールはそこで立ち止まり、造ったばかりの魔杖「ナインテール」で少し上を指した。
    「あそこに平らなトコがあるね。あの辺りまで行った方が安全だね。もうちょい頑張って」
    「はぁー……い」

     3分後、エリザはその平らな場所に着くなり、ぺちゃりと座り込んだ。
    「はぁっ、はぁっ、……きっついわぁ」
    「ゆっくり休みな。無理していい道じゃないからね」
     モールもエリザの横に座り、こう続けた。
    「とは言え、のんびりし過ぎてもあんまり良くないけどね」
    「なんで?」
    「1つ。朝方に登山を始めたけども、どう考えたって今日中に登頂ってワケにゃ行かないからね。必ず何日かは、夜を過ごさなきゃならない。
     だから日のあるうちに、十分休める場所を確保しなきゃ危ない。ココいらはまだ標高が低いから、昼間はそこそこあったかいとしても、夜中になったら確実に寒くなるだろうからね」
    「ココやったらアカンのん?」
     尋ねたエリザの頭をぽんぽんと撫でつつ、モールは説明を続ける。
    「悪くはないけどさ、登山はまだ序盤も序盤だよ? こんなトコで一晩明かしてたら、とてもひと月やふた月じゃ登り切れないね。
     ソレにさ、ココはテントとか張るにゃちょこっと狭いね。どうせ一晩休むなら、ゆっくり足を伸ばせる場所の方がいいさ。
     んで、理由の2つ目。今まで観察してきた経験からなんだけどね」
     言いつつ、モールは立ち上がり、魔杖を構える。
    「どうもコイツら、人間の生活圏ギリギリに棲息してるっぽいんだよね。ココじゃまだ、ヤツらの棲息圏内なのさ」
     次の瞬間、魔杖の先からぱぱぱ……、と光線が飛ぶ。
     九条の光線は、いつの間にかモールたちの足元十数メートルまで迫っていた、そのトカゲと鳥の中間のようなバケモノたちを串刺しにした。
    「だからココでのんびりしてたら、おちおち寝ても休んでもいられないってワケさね。
     さてエリザ、そろそろ息は整ってきたかね?」
    「あ、うん」
    「じゃ、再開。頑張ろうね」
     モールに手を引かれ、エリザは立ち上がった。

     その日は5回休憩を挟み、太陽がエリザの目線より下に落ちてきた頃になって、ようやくモールが告げた。
    「今日はもう、この辺りがいい加減ってトコだね。今晩はココで野宿するか」
    「はぁ~……い……」
     エリザが相当疲労していることは、顔を見れば明らかだった。と言うよりも――。
    (声が『もうアカン~、死にそう~』って感じだね)
     モールは苦笑しつつ、辺りを見回す。
    「よし、本格的に暗くなってきちゃう前にテント張るか」
    「はぁ~い」
     間延びしたエリザの声に、モールは今度こそ噴き出した。
    「ふっ、ふふふふ……。いや、エリザ。疲れてるだろ? 君はソコで休んでな。私がチョイチョイとやってやるよ」
    「ええのん~……?」
    「その代わり、やり方はしっかり見てなよ。明日は君にもやってもらうつもりだしね」
    「分かったぁ~」
     くたっと座り込んでいるエリザが手を挙げたところで、モールは呪文を唱え、テントを組み立て始めた。
    「……」
     心底疲れ切った表情を浮かべつつも、エリザはじっとモールの一挙手一挙動を見つめている。
     それを横目で確認しつつ、モールは、今度はエリザに分からないよう、うっすらと笑っていた。
    (ふっふふ、真面目だねぇ)

    琥珀暁・鳳凰伝 1

    2017.05.15.[Edit]
    神様たちの話、第50話。「壁」を登る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「はあ、はあ、……ふうっ、はあ」 エリザの荒い呼吸を背後に感じ、モールは振り向く。「しんどくなったら言いなよ。その都度、休憩取ってやるから。急ぐ旅じゃないしね」「は、はーい」 二人は今、山を登っている。これまで二人の旅路において、ずっと視界の端に在り続けた、あの壁のような山である。 とは言え、まだ幼いエリザにとっては、こ...

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