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好きなものについて、誰かに語りたい。 ライブ終わりの感動冷めきらない時や、本や漫画を読み切って余韻に浸っている時間など、「この気持ちを誰かに共有したい」と思うタイミングは、しばしば訪れるものではないでしょうか。 多くの人は、その気持ちを言葉にして発信する場として、XやインスタグラムなどのSNSを選びます。 しかし、そのような個人の「好き語り」があふれ、それに対して個人が簡単に意見を述べられるSNSの世界では、「自衛」が非常に重要であると、書籍『「好き」を言語化する技術(三宅香帆著)』で著者は語ります。 編集者として出版社に勤めながら、古典文学や漫画やゲームなど、数々の「好き」についての発信を続け、23万人のXのフォロワー数を抱えるたられば氏も、長年インターネットで発信を続けた経験から、この書籍には「SNSで好きを語る心得と極意」が詰まっていると語ります。 *** SNSを始めたころ、すくな
近年、「言語化」というワードをよく耳にするようになりました。 SNSなどで多くの人が自分の気持ちを発信する現代では、「モヤモヤした気持ちを、言葉でうまく表現できない」という悩みを持つ方も多いようです。そんな中で話題を集めているのが、三宅香帆さんの著書『「好き」を言語化する技術』。 10年前から、はてなブログ「kansou」を運営し、日々「言語化」に向き合ってきた大人気ブロガーのかんそう氏も、「好き」を言葉にすることの難しさを語っています。 月間240万PVの最高値をたたき出し、はてなブログ内で6位の登録者数を誇るかんそう氏が、同書を読んで「10年前の自分に平手打ち」をしたくなった理由とは。以下、そのワケを語っていただきました。 *** そもそも「好き」を言語化する必要があるのか。 SNSが異常発達し、毎分、いや毎秒のように赤の他人の感想が流れてくる「1億総批評家時代」「1億総発信者時代」と
なんか、そう、なんとなくフィレオフィッシュ好きなんだけど… 昔からマクドナルドのメニューと言えばフィレオフィッシュが好きだったのだけれど、あまり人から共感されることがなく、なぜフィレオフィッシュが好きなのか自分でもよく分かっていなかった。 なので、三宅香帆さんの『「好き」を言語化する技術』の帯に書かれていた「すごく感動したのに『おもしろかった』しか言葉が出てこない!」という悩みは、そのまま自分の悩みでもある。 すごくフィレオフィッシュのことが好きなのに「なんか、そう、なんとなく」しか言葉が出てこない! この憂慮すべき事態に立ち向かうべく、一刻も早くこの書籍を読まなくてはならない。今日こそが自分の人生のターニングポイントだ。 そんな使命感に駆られた自分は、妻子に「今日の帰りは遅くなる」と連絡を入れ、地元のイオンの微妙な階に設置されたリモートワーク用の個室ボックスに尻を落ち着けた。 決して居心
2023年に来日した韓国の尹錫悦大統領(首相官邸HPより) なぜ韓国で戒厳令? たった6時間で解除、国民からは「恥ずかしい」の声 韓国が揺れている。12月3日22時25分ごろ、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は1980年以来となる非常戒厳令を宣言したが、たった6時間で解除された。 宣言時のテレビ演説で、尹大統領は「北朝鮮の共産勢力の脅威から大韓民国を守るため」、「親北朝鮮の反国家勢力を根絶するため」、「自由な憲法秩序を守るため」に戒厳令を発したと述べていた。 戒厳令を宣言するほど差し迫った国家転覆の危機があるのかと思いきや、共感の声は多くなさそうだ。本来は尹大統領の味方であるはずの与党・国民の力からも激しい反発が起こり、韓東勲(ハン・ドンフン)同党代表は戒厳令を「違憲、違法」だと切り捨て、尹大統領の脱党を要求。 親北朝鮮の反国家勢力として尹大統領が非難していた野党・共に民主党は、戒厳令の布
性に関する議論の難しさ 性に関する議論は、真面目にやろうとしてもさまざまな困難に直面しやすい。 「いやらしい」と生理的な反発を買うこともある。本来の主旨からはずれて「いやらしい話をしたいのかな」と誤解をされることもある。キワモノ扱いされるのも珍しくない。 さらには「あなたの立場はどうなのだ」と政治的なスタンスを問われ、うかつに答えると糾弾されるリスクもある。 日本史の研究者、高木まどか氏(東京都公文書館専門員)もこうした問題に常に向き合っている一人だ。高木氏の研究テーマの一つは、江戸時代の吉原遊廓。当然、文献資料の研究がメインとなるのだが、テーマならではの苦労があるようだ。 「あなたはこういう制度を許容、肯定するのか」 ある種の人達は、現在の価値観で過去を裁こうとする。そして時に研究者に対しても何らかの潔癖性を求めるのだ。これは対象が「戦前の日本」の場合でも見られることだろう。 こうした問
移民は世界的な問題だ。世界全体の移民数は、最新の統計では2億8千万人に達する。日本は公式には移民政策を採用していない。しかしそのおかげで“事実上の移民”として論じられることが多い在留外国人は340万人を超える。2070年には日本の人口の1割が「移民」になるという推計がある。 当然、移民はさまざまな社会的、経済的な影響を移住国に与えるだろう。移民について従来の経済学の本は、だいたいは労働問題に焦点を置くものが大半だった。移民が雇用を奪うのかどうか、というのは古典的な論争点だ。本書のユニークな点は、文化の移植をテーマにしたことにある。移民は自分たちの文化を持ち込む。例えば、イタリアのスパゲッティは、移民が米国に持ち込んだ食文化だ。だがいまや米国では定番の食事になっている。ただし米国風にアレンジされてだ。文化の移植は、移民の文化と居住先の文化がおたがいに影響し合うことで、多様な姿をとる。食事だけ
小川哲さん ガルシア=マルケスの代表作『百年の孤独』の快進撃が止まらない。NHKのニュースでも「続く酷暑」「五輪まとめ」と並んで取り上げられるなどして社会現象と化している。「同じ名前の人物が大量に登場する」「登場人物が何の前触れもなく生き返ったり、また死んだりする」などと都市伝説的に語られた作品だが、『地図と拳』で直木賞を受賞した作家・小川哲さんはこれを「ツッコミなきボケ」と表現している。書評家の長瀬海さんとの対談をお届けする。 *** 長瀬 コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの代表作『百年の孤独』がこの夏、文庫化されました。小川さんが作家として強く影響を受けた作品ですよね。 小川 そうですね。でもね、よく考えてみると不思議な話なんですよ。『百年の孤独』は単行本としては書店にずっとあったわけだから。それがこんなに売れる世界が到来するとは思いませんでした。コロナ
もうかなり昔のことですが、アメリカの出版社クノップあたりが中心になって、黒人文学を大きくクローズアップした時期がある。それと並行してユダヤ系作家にも力を入れた。そのあと、次は中南米、とクノップの編集長が言っていたのが今から十何年か前。その頃からアメリカは中南米作家に注目しはじめていた。ところで、それに先行する黒人文学とユダヤ系文学のブーム、この両者のあいだには似ているようでいて本質的な違いがあった。黒人文学のほうはブームが終ったとたんにひどく影が薄くなってしまった。ところが逆にユダヤ系の文学のほうは、いまさらユダヤ系と括弧をつけるまでもない、アメリカ文学の主流の一つになってしまったわけです。すると、アメリカでの中南米文学ブームはどっちのタイプだと考えるべきだろうか。いずれにしても動機はコマーシャリズムかもしれない、アメリカの出版社は大資本ですからね。中南米文学は黒人文学のような広がりかたを
一般に中南米作家の精神の底を流れているものは、第二次大戦直前の革命と反革命という大きな揺らぎのなかをくぐり抜け、第二次大戦後になってそれを芽吹かせた歴史感覚ではないかと思う。マルケスの場合も同じです。こういう時代背景を抜きにして、単に中南米という一つの地域の文化として考えたのでは分らない。マルケスをとらえるときには、国際的な視点というものが重要なんです。それはマルケスの作品が世界中に翻訳されているとか、コロンビア大学で名誉博士になったとかいうことで国際的なんじゃない。ひとえにローカルな視点を越えたという意味で国際的なんです。『百年の孤独』という作品はとにかく驚くべき作品です。背景とか登場人物の風習、習慣、そういうものはたしかに中南米的かもしれない。日本人なんかとは違ってあくが強いし、食ってるものだって、恐らくそれ食ったら三日ぐらいは体臭が抜けないだろうというようなものばかりだ。しかしそれに
どうもマルケスから話がそれちゃったけど。つまり日本人の活字離れとか、劇画の流行というのも、日本人の左脳に負担がかかりすぎた結果じゃないかと思うんだけど。だとしたら、これは宿命だね。たしかに左脳、デジタル脳の優勢は技術的な作業なんかするのにはいいかもしれない。だから自動車作るのはうまいけど、右脳が閉塞して左脳だけになっているから、読むのは劇画だけ、小説はだめ、というふうに、まあこれは避けがたいことかもしれないね。絶望的な日本人の不幸と思ってあきらめるべきかもしれない。だとしたら日本でマルケスは売れない。カネッティも売れない。ごく少数だけが小説読んで、理解できる人は孤独に悩むしかないんじゃないか。そうしたら、ここで話していることも意味がなくなってしまう。あきらめるか、それとも多少の努力はして、脳の調整をしてみるか。作曲なんていう仕事は右脳なしにはできないらしい。日本の作曲家で国際的な高い評価を
「文庫化されると世界が滅びる」と噂され、発売後も話題騒然の『百年の孤独』。作者は魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与えたガルシア=マルケスだ。 そのマルケスと『百年の孤独』について、日本のみならず海外でも高く評価される作家・安部公房が語った貴重な談話がある。1982年、ノーベル文学賞を受賞したマルケスを、日本文学史に輝く天才作家は、どうみていたのか? 安部公房生誕100年を記念して、新潮社から8月28日に刊行される『死に急ぐ鯨たち・もぐら日記』に収録されたその談話「地球儀に住むガルシア・マルケス」を全文公開する。 *** マルケスについて、すでにノーベル賞を受けてしまった今となっては、あらためて僕がなにか言う必要もないような気もするけど。これまでたまっていた言いたいことを一応棚ざらいするくらいのつもりで……。ところで、どういうふうに話をもっていったらいいのかな。皆さんがマ
長年、「文庫化したら世界が滅びる」と噂されてきたガルシア=マルケスの『百年の孤独』。昨年末の文庫化発表以来、ひとつ情報解禁するたびにSNSでトレンド入りし続け、ついに6月末、新潮文庫版が書店に並びました。発売後半月にしてたちまち7刷、累計26万部に達しています。日本国内のみならず、スペインやラテンアメリカ諸国のテレビや新聞でもニュースとして報じられたほどの爆発的売れ行き。 原著がアルゼンチンの出版社から刊行されたのは1967年、邦訳の刊行は72年のこと(99年に改訳版刊行)。スペイン語圏では刊行当初から「ソーセージのように売れた」そうですが、日本語版は初版4000部で、重版がかかるまでに5年かかり、その2刷もわずか1000部(アルゼンチンでは初版8000部が2週間で売り切れた)。世界中で46の言語に翻訳され、発行部数が累計5000万部に及び、いまや神話になろうとしているこの作品、日本語版担
本が読みたくても読む時間がない、「積読」が増えていく一方という人は少なくない。 この夏の読書界隈ではガルシア=マルケスの代表作『百年の孤独』が話題だが、「アウレリャノ」という名前の人物が大量に登場するなど難解な作品とも言われ、積読必至と尻込みする人も多い。 芥川賞作家の高瀬隼子さんも、そうした読者のひとりだったという。誕生日に「かっこいいから」というだけで手に取ったが、アウレリャノが多すぎて、それから13年間も積読していた高瀬さん。それでも、いつか必ず読める時が来て、それは本が教えてくれるのだとか――。 文芸誌「新潮」(2024年8月号)の特集「『百年の孤独』と出会い直す」に、寄せた高瀬さんのエッセイを紹介する。 *** わたしがどうして小説を好きになったのか。かっこいいからだ。 本を読んでいる人がかっこいいし、そもそも本がかっこいい。ぎゅうぎゅうの電車の中でなんとか隙間を見つけて文庫本を
俳優の高嶋政伸さん(C)東宝芸能 昨年、NHKドラマ『大奥』で徳川家慶を演じた際の“怪演”が話題となった俳優の高嶋政伸さん(57)。高島忠夫・寿美花代夫妻の三男として生まれ、大学在学中に俳優デビューして以来、好青年から悪役までドラマや映画で様々な役を演じてきた。 その高嶋さんが、昨年最もハードだった役は『大奥』で演じた徳川家慶だと自身の連載エッセイで明かしている。自分の娘に幼い頃から性的な暴行を加える父親を演じる中で、「不意に涙が出そう」になったことも打ち明けた。 このハードな撮影現場で俳優らを支えたのが、日本にまだ2人しかいないという「インティマシーコーディネーター」だ。大反響があった『大奥』撮影の裏側と、2児の父親として加害者を演じなければならなかった胸の内とは――? ※この記事には性加害場面の撮影に関する記述があります。 *** ■出演条件は「インティマシーコーディネーター」を付ける
2022年末に日向坂46を卒業した宮田愛萌さん(26)は、19歳の頃から約5年間、アイドル活動に身を捧げてきた。大の読書好きである宮田さんは、卒業の翌年に『きらきらし』で小説家デビューも果たしている。 そんな宮田さんが、アイドル時代に髪色をピンクに染めた際に心無い言葉を投げかけられた経験を振り返りながら読み解いたのが、柚木麻子さんの短編集『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)だ。 断片的な情報だけで勝手に決めつけられて期待され、勝手にがっかりされ、批判の言葉すら浴びせられる。アイドル時代の生々しい内容のメモを見返しながら、宮田さんが語る本書への思いとは。 **** 昔、私が髪をピンクに染めた時「せっかく黒髪で清楚だったのに」「文学少女キャラやめたのかな残念」なんて色んなことを言われた。私が黒髪だったのは18才が最後で、それ以来ずっと髪は茶髪だった。だから文学少女イコール清楚イコール黒髪
1980年代以降に『無縁・公界・楽』や『異形の王権』などの著書で「日本中世史ブーム」を巻き起こし、「網野史観」を打ち立てたとも言われる歴史学者・網野善彦さん。多くの読者を獲得した一方で、「異端」のイメージを持たれることもあった。 そんな網野さんの没後20年を期に、その謦咳に接し、著作の解説も執筆する明治大学教授の清水克行氏が、イメージに反して「きわめてオーソドックス」であったという網野さんの研究を振り返り、当時のベストセラーであり今なお読み継がれる名著『歴史を考えるヒント』(新潮選書、2001年)から、網野さんの真の姿を紹介する。 清水克行・評「“異端の歴史家”の真実」 一九八〇年代からゼロ年代にかけて日本中世史ブームを巻き起こし、「日本」論や「日本人」論の脱構築を試みた歴史学者、網野善彦さん(一九二八~二〇〇四)が亡くなって、今年で二十年が経つという。このタイミングで、代表作『無縁・公界
葉真中 私は一般に社会派ミステリーを書く人間だと思われていて、自分でもある程度はその意識でやっているんだけど、小説のネタとして社会問題を掘り起こすというスタンスだと、いまいちうまく書けないんですよ。どこか「自分事」として引きつけないと、筆が乗ってくれない。『鼓動』でも自分の過去をさらけ出すみたいな書き方をしています。犯人のロスジェネ世代の男性、草鹿(くさか)は自分の実体験をベースに書いていて、だからオタク寄りの文化系男子という設定なんですよ。それこそ「小説家になれなかった俺」ぐらいの勢いで書いているんです。速水さんが『1973年に生まれて』を書かれた時はどうでしたか。 速水 僕は葉真中さんと逆で、自分のことを書きたくなかったんです。『鼓動』と『1973年に生まれて』って扱われている項目はかなり重なっているじゃないですか。ある意味、双子みたいな本といっていい。 葉真中 そうですよね。『鼓動』
厄介すぎる芸名を背負って生きてきた男が、自らのデリケートゾーンに踏み込みまくる一冊。なにしろ帯文からこの調子である。 「殿(ビートたけし)と相棒(水道橋博士)と離れ、独りになった。コロナ禍で(自ら経営する)スナックには閑古鳥が鳴いた。初孫が誕生し、母親は施設に入った。カミさんは、オレに愛想を尽かして出て行っちまった」「それでもオレは、酒を呑んで、笑って、時に打ちひしがれながら、生きてゆく――」 前作『粋な男たち』の発売から5年半の間に起きた触れづらいエピソードの数々。それを、「オレが長年にわたり心血を注いできた漫才コンビ『浅草キッド』は、正式な解散宣言こそしていないものの、実質的な“解散状態”にある」「どうしてこんなことになっちゃったのかな? 自分でもよくわからないよ」「ふたりで漫才をすることが絶対に不可能ではないにせよ、かなり難しい状況であることは間違いない」「いまの状況はボタンの掛け違
《一切の自分ていふものを捨てるのだ。》 しかしその後に自分の言葉を否定する。 《吾は死に面するとも、理想を持ちつづけん。吾は如何なる事態となるとも吾であらん事を欲する。》 芸術を志しながらも救いを仏教や基督教に求め、また哲学が芸術を支える杖となるのかと悩む。 《吾を救ふものは道徳か、哲学か、芸術か、基督教か、仏教か、而してまよふた。道徳は死に対して強くなるまでは日月がかかり、哲学は広すぎる。芸術は死に無関心である。》 《俺は画家になる。美を基礎づけるために哲学をする。単に絵だけを書くのでは不安でたまらん。》 かと思えば 《前に哲学者になるやうな絵描きになるやうな事を書いたが、あれは自分で自分をあざむくつもりに違ひない。哲学者は世界を虚空だと言ふ。画家は、深遠で手ごたへがあると言ふ。(中略)之ぢや自分が二つにさけねば解決はつくまい。》 当時の水木さんは哲学書や宗教書を読みあさっていたようだ。
二十年ほど前、見知らぬ中年女性に突然話しかけられたことがある。「昨日から何も食べていないので百円貸してくれませんか」。当時、学生だった私の中にあった“ホームレス”像と、目の前の彼女の姿はまったく重ならなかった。 昨年十月に刊行されたこの『小山さんノート』を読んで愕然とした。あのとき自分に見えていなかったもの、想像しようとしなかったものをそのまま差し出されたような気がした。 「そうやって自分ごととして考えながら、生きてきた時間や経験にひきつけて読んでくれる読者が多いんです。嬉しいし、この本の在り方が通じているような気がしています」(エトセトラブックス・松尾亜紀子さん) 2013年末、都内の公園で亡くなったホームレスの女性「小山さん」。彼女が暮らしたテントの中には、なにやら手作りのキラキラしたものと、大量の手書きのノートが遺されていた。それらを有志の女性たちで書き起こし「身を切る思いで抜粋した
昨年、NHK BS4KおよびBSプレミアムで放送された「天使の耳 交通警察の夜」(前後編)が、NHK総合の「ドラマ10」で全4回に再構成されて放送された。原作は東野圭吾の『天使の耳』(講談社文庫)。6編が収録された短編集で、1989年から91年にかけて雑誌に掲載されたものだ。うわあ、もう30年以上も前の小説なのか。 原作はいずれも交通事故をモチーフに、交通課の警察官たちが事故の裏側に迫っていく様子を描いている。東野圭吾らしいどんでん返しが仕掛けられたトリッキーな作品集であるとともに、当時の交通法規制の問題点を炙り出す社会派な物語でもあった。 原作に収録されているのは、交差点で起きた衝突事故で信号はどちらが青だったのかを盲目の少女が立証する「天使の耳」。走行中のトラックがいきなりハンドルを切って中央分離帯を乗り越えた理由を探る「分離帯」。初心者マークをつけた車が後続車に煽られて事故を起こして
ロシアのウクライナ侵攻が始まってから2年が経った。 この間、ロシアが北海道に上陸を仕掛ける“両面作戦”がとられるのではないか、という推測を目にした方もいるのではないか。 ロシアがウクライナとの戦争中、日本に攻め入ることは物理的にまず不可能だと語るのは、防衛研究所防衛政策研究室長・高橋杉雄氏だ。 冷戦期には“現実的な脅威”だったソ連による「北海道の占領」が、今では非現実的となった理由とは。現在のロシアに欠如する能力と、日本が北海道に配置する陸自の“最精鋭部隊”について、高橋氏の著書『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』より探ってみよう(以下、抜粋は同書より)。 ■ソ連にとって最善策だった「北海道の占領」 冷戦期の主戦場はヨーロッパですし、大陸では中ソ対立もありました。そんな国際情勢の中で、日本は主要なプレイヤーのポジションにはいませんでした。にもかかわらず、ソ連の日本侵攻はありうると考
文芸評論家の細谷正充が、フレッシュな新人作家5名から、面白さ保証のベテラン作家の本までを紹介します。 *** 掲載されるのは二〇二四年三月号だが、私にとっては今年最初の「ニューエンタメ書評」である。ということなので新しい年に相応しく、新人のデビュー作から始めよう。まずは、葉山博子の『時の睡蓮を摘みに』(早川書房)だ。第十三回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作である。 一九三六年、女子専門学校の受験やお見合いに失敗した滝口鞠は、日本から逃れるように父親のいる仏領インドシナの首都ハノイに向かった。大学に入学して、念願の地学を学ぶ鞠。だが戦争へと向かう時代のうねりに彼女は翻弄されていく。 戦前から戦中をハノイで生きた、自立心旺盛な日本人女性を中心に、幾人かの波乱の人生を活写した歴史ロマンである。先に触れたように、アガサ・クリスティー賞大賞受賞作なので、ミステリーの要素はある。スパイや策略が渦巻いて
精神科医のアンデシュ・ハンセンさん ©Stefan Tell 「努力は遺伝に勝てない」「子育ての苦労や英才教育の多くは徒労に終わる」など、日本において口にすべきでないとされがちな“不愉快な現実”がある。これらのタブーを進化論や遺伝学、脳科学の知見から明かしたベストセラーが橘玲さんの『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)だ。 この橘さんが「同じことをいっている」というスウェーデンの精神科医がいる。世界的ベストセラー『スマホ脳』の著者、アンデシュ・ハンセンさんだ。ハンセンさんが遺伝や進化の観点から心の問題を解説した最新刊『メンタル脳』(新潮新書)は、スウェーデンの4000の学校に配られたという。 他国では推奨される一方で日本においてはタブー扱いされる、メンタルと遺伝・進化の深い関係について解説した橘さんの『メンタル脳』書評を以下、ご紹介する。 *** 拙著『言ってはいけない』で、「ひ
2023年6月、モーニング娘。やAKB48の振り付けを手掛けた夏まゆみさんが亡くなった。彼女の訃報を受け、多くの芸能人が哀悼の意を表した。なかでも彼女を恩師と仰ぐモーニング娘。の新旧メンバーたちの悲しみは深く、それぞれが自身のブログやSNS、お別れの会などで心からの感謝と悲痛な思いを吐露していた。 ここまで彼女たちに影響を与えたのは「振付師」という仕事の特殊性もあるのだろう。結成したてで不安を抱えた下積み時代のアイドルと向き合い、叱咤激励しながら親身になって指導をし、同じ時を過ごす。なかなか芽が出ないなかでメンタルにも問題がでてしまうアイドルも当然いるだろう。アスリート並みに歌い踊る彼女たちの健康面にも目を配り、人気が出たときの喜びもともに味わっていく。まさに“病めるときも健やかなるときも”の世界だろう。 PASSPO☆やHKT48、=LOVEなど300人ものアイドルを担当してきた人気振付
一九五九年、ウラル山脈北部の雪山で若者の登山チーム九名の遺体が発見される。テントから一キロ以上離れた場所で皆散り散りになり、服や靴は脱げ、三人は頭蓋骨折などの重傷、一人は舌を喪っていた。一部の衣服からは濃度の高い放射線が検出された─。 「世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相」とサブタイトルが付けられた『死に山』(安原和見訳)は、フロリダ出身の映像作家ドニー・アイカーが現場へ足を運び、チームに何が起きたのかを探った渾身のルポルタージュ。冬山登山の模様、遺族ら関係者への取材、九人の当時の足取りを再現する時間軸を交互に配置し、写真や図解などの資料も豊富に盛り込みながら真実に迫ってゆく。 殺人説、陰謀説、宇宙人の仕業説などのあらゆる仮説を取りあげ、導かれた結論は驚きの一言。しかし荒唐無稽ではなく、専門家による詳細な裏付けも記されていて、こんなこともあるのかと唸らずにはいられない。そし
世界的な人気を誇るサイエンス・ライター、サイモン・シンの邦訳著作は、なんと累計120万部を超える。数学の天才たちの人間ドラマを追う過程で数学の真髄を伝えるノンフィクションの名作『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)は、いまも、ロングセラーの記録を伸ばしている。サイエンス翻訳の名手として知られ、サイモン・シンの全著作を手掛ける翻訳家、青木薫さんが、『フェルマーの最終定理』訳出の舞台裏を振り返る。翻訳の過程で起きたドラマのような出来事、その時、あの著名な数学者はなんと言ったのか――。(本文・青木薫) 「数学を伝える」ために、翻訳者として日頃努力していることを書いてほしいというお申し入れがあった。しかし、あらためて考えてみると、数学を伝えるために翻訳者にできることは、ごくごく限られているように思う。訳語を工夫するといっても限度があるし、妙に砕けた言いまわしは、かえって内容を伝えにくくする面もあると
第20回「女による女のためのR-18文学賞」受賞作「ありがとう西武大津店」を含む短編集『成瀬は天下を取りにいく』。その舞台は滋賀県大津市の膳所駅周辺だ。刊行を祝し、著者の宮島未奈さんが〈ぜぜさんぽ〉に繰り出すと、そこでは物語の主人公・成瀬あかりが待ち構えていて……? 発売後即重版の超話題作「成天」の世界を、お楽しみください。 *** 滋賀県大津市の難読地名、「膳所」。その昔、宮中に届ける食事を作っていた場所だったから膳所と名付けられたというが、読み方の由来には諸説ある。 しかし我々だって、たとえば「今日」と書いてなぜ「きょう」と読むのか、いちいち考えないだろう。それと同じで「膳所」と書いたら「ぜぜ」なのだ。 わたしのデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』の主な舞台は膳所である。すでにお読みになった方々からは、膳所の読み方を一生忘れないだろうとの感想をいただいている。 JR膳所駅の改札を抜け、
8月末、Xで「#ペドフィリア(小児性愛)差別に反対します」なるハッシュタグがトレンド入りした。 何事かと思っていたら、小出版社「ころから」が、「ペドフィリアを含むあらゆる内心の自由について、いかなる制限もなく保障されるべきだと考えております」との告知を掲げた。目を疑うべき事態である。 あらましはこうだ。昨年8月、ころからは『イン・クィア・タイム』というアジア系クィア作家アンソロジーを翻訳出版し、作家の王谷晶に帯文を依頼した。ところが、王谷がペドフィリア差別発言をしていると本書訳者の村上さつきとその連帯者が指摘し、帯文の撤回を要求したのである。王谷の「『LGBTQのQにペドフィリアが含まれる』はデマだ」というツイートが糾弾されたようだ。 王谷には、トランス差別を指摘されて長文の反省文を書き、熱心なアライ(支援者)に転じた過去があった。王谷は今回も自らの差別意識を自覚反省し、ペドフィリア差別反
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