実家への近道は、地元民しか知らないような裏道を使う。鬱蒼とした竹藪と高い塀に挟まれた長い坂道で、塀の上は雑然と木が生えた雑木林のため人気はなく、静かで薄暗く不気味な急坂。未だに昔の雑なコンクリ塗装のままで、所々ヒビ割れしたり削れてボコボコしている古い道だ。
夜は怖くて絶対に通らない。近郊で路上強盗があった時は真っ先にその道を思い浮かべ、あそこで襲われたら昼間でもひとたまりもないから通るまいと決めたほど。
しかし時間と共に警戒心が薄れ、安全より時間短縮を選択し、最近昼間はまたその道を通ることが多くなった。
昨年末のこと。午前中で大掃除を切り上げ、昼から実家へ向かった。一応頭の片隅に、裏道への危険信号は薄っすら点っているものの、まあ大丈夫だろうと近道ルートを選んだ。
急坂のふもとに着き、何気なく坂を見上げると、見慣れたいつもの風景にはないはずの大き目な物体が見えた。何となく人のようにも見える。
え、人が道に座ってる?まさかね…
老眼で良く見えず少し坂を上りながら目を凝らすと、やっぱり人だ。男性が坂の上の方で下向きに地べたに座っている。
ゾッとした。
え、なんでなんで?何してるの?
進むのを躊躇し引き返そうかと思ったが、ここから戻ったらかなりの大回りになり相当な時間のロスだ。
え、どうすればいい??
でも戻ったらまたここから30分近くかかるのだ。私の老脚が絶対的にそれを拒否した。そして希望的観測で、変な人じゃないかも、ただ休んでるだけなのかも(そんなわけあるか)と、そのまま行くことにした。
その間も男は動かずじっとしている。距離はあるが向かい合った構図なのでこちらに気づいている。状況が理解できないままとりあえず進むが、内心パニックだ。
男はなぜ道に座ってる?目的は?どういうこと?考えても出ない答えが頭の中でグルグル。何にしてもヘタに刺激しないよう何も見えてません風に歩いた。
距離が縮まるにつれ恐怖心が大きくなってきて、こんな一か八かの賭けに出た自分を後悔した。でも今から引き返して追いかけられたらどうしよう。そ、そうだ、武器を持ってる素振りをしよう!と大袈裟にポケットに手を突っ込み膨らませ猿芝居。
ジッとしていた男が携帯を見始めた。これは一体…。
俺は地べたに座って携帯いじってるだけの普通の人だから大丈夫ですアピールなのか。それとも油断させといて急に襲撃する魂胆なのか。。いや、そもそもこの真冬の寒いさなかに、こんな人けのない地べたに座って携帯いじってるのは充分怪しいのだが。あの時は現実逃避モードに入っていた自分。
男はもうすぐそこ。恐怖がピークに達し心臓バックバク。通り過ぎる時が勝負だ。何かあったら、この上り坂を私の足で逃げられるだろうか。天国の父よ、お守り下さい。もし次に同じ状況になったら絶対に引き返しますから。
視界に男を留め、横目に見ながら足早に通り過ぎた瞬間、私は見てしまった。突然男がこちらを振り返り立ち上がる姿を。
…!!万事休すか!?
ダッシュしようとしたその時、背後に微かなガタガタという物音が聞こえた気がした。気が動転してるせいかとも思ったが、現実にさっきまでの静寂を破って、音が段々近づいて大きくなってくるのがわかった。神の助け?と涙目で振り返ると、偶然にも1台の車がこのボコボコ道をゆっくりと上ってくるのが見に入った。めったに車など通らないこの道を。
すると男はそのまま坂道を下っていった。
助かった(悪者と勝手に断定)
ありがとう車の運転手さん。偶然とはいえあなたは私の救世主です。安堵感と感謝で思わず会釈する私を運転手さんはどう思っただろう。
それにしてもあの男性は何をしてたのか。謎すぎた。
強盗する獲物を待っていたのか。それとも竹と木の生い茂る道でマイナスイオンでも浴びていたというのか。
真相は藪の中である。竹藪だけに。