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「アート脳」/「マーラーの姪」書評 生きるために必要不可欠なもの

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月26日
アート脳 著者:スーザン・マグサメン 出版社:PHP研究所 ジャンル:ビジネス・経済

ISBN: 9784569857190
発売⽇: 2024/07/01
サイズ: 18.8×2.8cm/440p

マーラーの姪: アウシュヴィッツの指揮者、アルマ・ロゼの生涯 著者:ウィルソン 夏子 出版社:音楽之友社 ジャンル:音楽

ISBN: 9784276216136
発売⽇: 2024/06/17
サイズ: 13.2×18.9cm/240p

「アート脳」 [著]スーザン・マグサメン、アイビー・ロス/「マーラーの姪」 [著]ウィルソン夏子

 芸術は、衣食足り、時間や心身、懐の余裕あってこそ楽しめる「生活の余剰」と考える人は多い。
 しかし、『アート脳』は、生きていくためにアートがいかに役に立つかという事例の数々を科学的根拠と共に挙げ、日常に積極的にアートをとりいれるべしと説く。
 たとえば、うつ病や認知症、発達障害、ストレスなどが、音楽を聴く、歌う、踊る、絵を描く、美術館訪問、おままごと(一種の作話演劇)などの「アート活動」で軽減や回復の促進をみたという。子どももアート活動を通して、コミュニケーション能力、批判的思考、独創性、自信などの「学ぶべきもの」を養える。アートは「脳の回路をつなぎ直して育て、さまざまな能力を補強し、人を変革する」のだ。
 アート、美学、美的体験がすべて同一かのように扱われている点や冒頭のテストなど、疑問の残る些(いささ)か強引な言説もないではないが、なるほどと思い当たることも多い。
 『マーラーの姪(めい)』であるアルマ・ロゼの波乱の生涯も、「アートが生存に必要不可欠」な一例といえるだろうか。作曲家、指揮者として著名な伯父と兄、ウィーン・フィルのコンサートマスターの父をもつアルマは、20歳でヴァイオリニストとしてデビュー。当代随一の世界的ヴァイオリニストと結婚した幸せも束(つか)の間、結婚生活は破綻(はたん)。彼女は楽器を弾きながら指揮をする「弾き振り」を始め、父や兄の協力も得て「ウィンナー・ワルツ女性アンサンブル」を設立、自立の道を切り拓(ひら)く。
 その成功もむなしく襲い掛かるナチスの台頭。強制収容所に送られた彼女は、「最後に楽器を弾かせてほしい」と頼み、それをきっかけに収容所内の女子オーケストラの指揮者となり処刑を免れるのだが……。
 芸術とは現実を変容させる力だと言ったのは環境芸術家のクリストだが、「アートの効用」(『アート脳』帯文)など空々しく響くアルマの悲運に言葉を失う。
    ◇
Susan Magsamen アートや美的体験への反応を神経生物学的に研究する。Ivy Ross グーグル副社長▽ウィルソン・なつこ ノンフィクション作家。

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