Bookeater's Journal

洋書の読書感想文

" The Breast " Philip Roth

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*へ〜んしん!*

夏休みに大阪に行って大阪大学国語学部の図書館で涼をとった…と"How to Kidnap the Rich"という本の感想に書いたが、その時出会ったもう1冊がこれ。私が見つけたのは日本語版でタイトルは「乳房になった男」。!?!!だ。

作家はアメリカ人のフィリップ・ロス。昔「さようならコロンバス」という彼のデビュー作を日本語で読んでかなり好きだった記憶がある。「Goodbye Columbus」というのは、実際にある歌のタイトルで、その後「 Cafe Apres-midi Roux」というコンピーレションアルバムにその曲が入ってるのを見つけて思わず買ってしまい、歌ったりしてみたのだった。

はい、誰とも話が合わない変わり者ですね…。

こんな売れそうにない(失礼!?)本を翻訳した人も出版した会社もほんとすごいなーと思う。

誰が読むんかい!?と思いつつ、早速Amazonで購入した次第です。

カバーがピンクでかわいい。

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フィリップ・ロスピューリッツァー賞を受賞したこともある現代アメリカを代表する作家らしいのだけれど。2018年没。ウィキペディアによると、ソウル・ベローとも知り合いで、「ベローに会わなければ作家にはなっていたかわからない」と言っていたそうだ。ベローファンの先輩に報告しなければ。

英文学教授のデビッド・ケペシュはある朝目が覚めると155ポンド(約70kg)の人間の女性の乳房になっていた。

お察しの通り、これはカフカの「変身」のパロディなのだが、この場合変身したのは虫ではなく人体の一部なのだった。

このブログを初めて間もない頃、イアン・マキューアンの「The Cockroach」という本について書いた。それも「変身」の話だったけど、「とりかえばや物語」のように人間とゴキブリの位置関係に工夫があって、その点が斬新だった。

今回の作品はそもそもの変身した物体自体がとてつもなく奇抜だ。

第一に、乳房というのは通常2つ1組である。

第2に、それは独立した物体としては存在しない。人間の体の1部である。

大きな目玉おやじみたいな感じかな。でも、目玉おやじと違う点は、手も足もなく自分で動くこともままならない、自分ではお風呂にも入れないというところ。視界も狭く、話し声もくぐもっている。

気づいた時には病院に運び込まれ、ハンモックに寝かされていた。

ハンモックに入れられた球体の乳房のおじさん。想像してみてください。

冒頭のの数行が好きだったので紹介したい。

It began oddly. But could it have begun otherwise, however it began? It has been said, of course, that everything under the sun begins oddly and ends oddly, and is odd. A perfect rose is "odd," so is an imperfect rose, so is the ordinary rosy good looks growing in your neighbor's garden. I know about the perspective from which all that exists appears awesome and mysterious.

それは奇妙に始まった。しかし、それがどのように始まったとしても、他の始まり方があっただろうか? もちろん、太陽の下にあるすべてのものは奇妙に始まり、奇妙に終わり、奇妙であると言われている。完璧なバラは「奇妙」であり、不完全なバラも、隣人の庭で育つ普通に美しいバラもそうだ。存在するすべてのものが素晴らしく神秘的に見えるという物の見方を私は知っている。

 

その後、変身する前の主人公の下半身に起こった変化について長々と述べられる…はは。「もういいよ。そんなに知りたい訳でもないし。」と言いたくなるほど詳細。おそらく一生使う機会のなさそうな身体の部位の名称などを学べた。

本書によると、1971年の2月18日午前0時から4時にかけて、変身は起こったという。日時がいやにはっきりと特定されている。作家というのはどうやってこういう細かい日時を設定するのかな。ダーツとか?

主人公は学者だし、本人にとってはかなり深刻な問題だろうから、真剣なわけだけれども、真面目になればなるほど笑えてくる。

例えば、ゴードン医師と主人公の会話。

Two fine long reddish hairs extend from one of the small elevations on the rim of my aerola. "How long are they?

"Seven inches exactly."

"My antnnae."

"Will you pull one, please?"

"If you like, David, I'll pull very gently."

乳輪の縁にある小さな突起の 1 つから、細く長い赤みがかった毛が 2 本伸びている。

「長さはどれくらい?」

「きっかり7インチ。(約18cm)」

「私のアンテナだ。」

「1本引っぱってくれませんか?」

「そうして欲しいなら、デイビッド、そうっと引っぱってみよう。」

 

ふざけてる?

この医者と患者の会話がおもろい。乳房氏は医者には何でも打ち明ける。動けない患者にとって考える時間はいくらでもあり、考えすぎてだんだんと会話は哲学問答のようになっていく。

全部で88ページの本の半ばまでは、ただ可笑しくてニヤニヤしながら読んでいた。でも、だんだん主人公が可哀想になってきたのだった。

世界とは多かれ少なかれ不条理なものなのではないだろうか。

ちょうどその時私はたちの悪い風邪をひいてしまい、3日間声が出なかった。全ての予定をキャンセルして、家に籠るしかない。

結果としていつもより内省的となり、主人公に同情し始めた。この前読んだ本の中のハリウッド女優よりも、この本の中の乳房になった男に共感できるのだった。

彼としてはもう気が狂ってしまいたい。でも、できないんです、と医者に訴える。医者はそれは男が「生きるという強い意志」を持っているからだという。男はそうじゃない。右足を出したら左足を出してしまう、それだけなんだ、と。

To be putting one foot in front of the other is maddness―especially as I have no feet!

片足をもう一方の足の前に出すなんて狂気の沙汰だー特に私には足がないのに!

 

可笑しくて哀しい。

その後、主人公の思考は迷走を極めて、最後はよくわからんけど楽観的な感じでかっこよくリルケの詩の引用で幕を閉じる。

ん?と思って最後の10ページくらい2回読んでみたけど、ちょっと私にはよくわからない。文学なのかな?

おまけに、これを書いたあと、この作家は同じ人物を主人公にして2冊の小説を書いていて、その中ではケペシュ教授は人間の形をしている模様。

全てが壮大なジョークなのだろうか?

大人のためのナンセンス童話?

そんな軽い気持ちで読むといいと思う。

楽しかったです。

短い小説なので、何かバカバカしいものが読みたい方、または長〜い小説(「戦争と平和」とか?)を読んでて、途中で息抜きしたい方におすすめします。

明日の朝起きても、人間だよね?

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