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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 渡辺えつこ個展『Who's Afraid of Bild-ing』

展覧会『渡辺えつこ「Who's Afraid of Bild-ing」』を鑑賞しての備忘録
SOM GALLERYにて、2024年12月11日~12月29日。

高層ビルの立ち並ぶ景観を捉えた写真を加工したイメージに基づく油彩画「Bild-ing」シリーズを中心とする、渡辺えつこの個展。展覧会タイトルは、バーネット・ニューマン(Barnett Newman/1950-1970)の原色を組み合わせた絵画「Who's Afraid of Red, Yellow and Blue」シリーズに因む。

「Bild-ing」シリーズは、高層ビルのガラスで覆われた壁面などの写真(Bild)をレタッチしたイメージ(Bild)に基づく油彩画で、その名称はドイツ語の"Bild"と英語の"ing"を組み合わせた作家による造語(Bildung)である。
《Bild-ing(24-1)》(1120mm×1460mm)は、夜に、ガラス張りの高層建築の2つの階層をほぼ横方向から捉えた作品。エメラルドグリーンの壁面の横の線とサッシの黒い縦の線とが格子を成している。上の階はベストにヘルメットの作業員が点検して廻る空間と、壁面に並ぶ明かりだけの無人の空間。下の階は消灯され、ガラス面の反射か黄緑の光で帯状に覆われている。《Bild-ing(24-2)》(1460mm×2280mm)は黄色と黄緑の格子越しに夜の高層ビル群を臨む作品。明かりの列の点々と並ぶシルエットとなったビル群の中に、あるビルの明かりの点いた1フロアが浮かび上がる。《Bild-ing(24-3)》(900mm×800mm)も高層ビル街の夜景で、赤い帯が格子状に配された暗い画面にペンシルビルの看板らしき色とりどりの灯りの列が眼を惹く。《Bild-ing(24-2)》同様、1フロアだけの窓の列が挿入されている。
《Bild-ing(24m1)》(240mm×330mm)は、《Bild-ing(24-1)》に描き込まれていた具体的なモティーフが消し去られ、黒とエメラルドの構成に抽象化した作品。紙に縦横の線を描き込んだ純粋に抽象的なドローイング「Strokes」シリーズとの中間的な形態である。「Strokes」シリーズでは縦方向と横方向の線と色の組み合わせが試され、とりわけ修正テープを白の描線として積極的に用いられているのが印象的である。
改めて油彩画「Bild-ing」シリーズを眺めると、縦方向や横方向に太くやや彎曲のある線が挿入されていることに気付く。それは写真をタッチパネルで加工する指の動きだ。異物感を有しながら、それでいて画面に馴染んでいないこともない。このような存在には覚えがある。絵巻物や屏風絵に見られるすやり霞だ。場面の転換や複数の空間を1つの画面に収めるために用いられる日本の伝統絵画の技法である。それでは、「Bild-ing」シリーズの「すやり霞」はどんな機能を果しているのだろうか。おそらくはイメージと鑑賞者との間のタッチスクリーンの存在を現前させる機能だろう。換言すれば、タッチスクリーンでレタッチが行われていること、イメージ(Bild)が加工されたものであることを明かすのだ。同時に、日々目にする光景(Bild)、すなわち現実は実のところモニター越しに捉えられた像(Bild)により構成されていることが暴かれる。「Strokes」シリーズで修正テープが用いられているのも、現実が修正済みのイメージにより構成されていることを暗示するためであろう。だから作家は、ディスプレイを象徴する窓ガラスの繰り返し登場する景観を画面に表わすのである。
翻って絵画とは現実そのものを表象するものではなかった。山水画然りである。林立する高層ビルの景観を描く絵画はさながら現代の山水図である。ならばレタッチはデフォルトと言えよう。"Who's Afraid of Bild-ing?"と反語であり、"Nobody's Afraid of Bild-ing"なのだ。

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