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三冬にとっての「陽炎の男」
2011/11/16 13:34
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
『剣客商売一~剣客商売~』が、安永六年(1777年)十二月~安永七年(1778年)梅雨明けの頃、『剣客商売二~辻斬り~』が、安永七年(1778年)文月~安永八年(1779年)如月、そして、本作『剣客商売三~陽炎の男~』が、安永八年(1779年)三月~梅雨明けの頃までの話である。
安永八年二月下旬、将軍徳川家治の長男・家基が急死する。表題作『陽炎の男』は、それから二週間ほどたった、三月中頃に三冬の身に起こった異変を扱ったものである。三月といっても旧暦で、桜も散ってしまったと冒頭に書いてある。
秋山小兵衛は、前作『剣客商売二』で、鐘ヶ淵の隠宅が焼失し、未だ再建ならず、おはるとともに不二楼に寄宿している。相変わらず、いたずら小僧ならぬいたずら爺いで、不二楼の主人所有の、池大雅の絵に執心し、主人の弱みにつけこんで恩を着せて謝礼として手に入れている。このように『剣客商売』では田沼時代の実在の芸術家や作家の作品が短編のモチーフに使われるのも楽しみの一つで、前作『剣客商売二』では、鳥山石燕の〔画図百鬼夜行〕から小雨坊がフィーチャーされ、ために隠宅を焼かれてしまった。
『陽炎の男』で小兵衛は、三冬から異変を知らされると、大治郎に駆けつけるように割り振る。三冬の住む根岸の寮の下僕の嘉助も、そのほうがうれしそうである。だいじなお嬢様の危難に際して小兵衛のような(スケベ)爺いが駆けつけてくるよりも、若くたくましく独身の男性が来る方がいい、と思うのは、家族も同然の老僕の抱く親心というものだ。
家基の急死について、後になって、田沼意次が毒を盛ったなどという噂が流れたが、このときはまだそんな噂はなかった、と池波正太郎は述べている。かえって、意次自身も暗殺される危険があるとみなされて警固が厳しくなり、三冬も田沼邸に泊りこみ、江戸城への往復にも付添い、父を守った。娘ながら三冬、かっこいい。
山本周五郎の『栄花物語』でも、意次の若い側室が、意次を守るため、男装して鷹狩りに随行するくだりがあるが、彼女は武芸の心得が無いため、かえって敵に付け込まれ、意次の立場を困難にしてしまう。ドジ!と思ったものである。
その点、三冬は、『剣客商売一』の第一作『女武芸者』から、颯爽と登場し、強く、勇ましく、しかも……やっぱりドジを踏んで秋山小兵衛に助けられるけど、その御蔭で男性への愛に目覚め、やがて大治郎とも知り合えたのだから、いいとしよう。大治郎のことはまだ、ただの友達としか思っていないけど……。
初めは父意次に反発していた三冬も、小兵衛の御蔭で、だんだんと父を理解するようになり、父を守ることにかけては、ドジを踏まない。りっぱである。
『剣客商売』シリーズでは、三冬のファッションチェックも登場するたびに抜かりなく、季節ごとに、冬は薄紫の小袖と袴に黒縮緬の羽織、または黒の小袖と茶宇縞の袴にむらさき縮緬の頭巾を着用、夏は白麻の小袖に夏袴と、衣更えしているし、足元は冬でも夏でも素足に絹緒の草履である。
そして、本作の、『陽炎の男』では、春らしく、「若草色の小袖」である。髪も、いつもの若衆髷ではなく、
>洗い髪をうしろで束ね、紫の布をもって結んである。いつもよりは女らしい。
「若草色の小袖」も最初は下着も付けずに手を通して帯を巻きつけただけだった。どうしてそうなったかというと、入浴中に曲者が侵入したからで、曲者にとっては、
>全裸の若い女性が悲鳴もあげずに、むしろ、襲いかかるつもりの自分たちを迎え撃つかたちで飛びかかって来ようとは、おもいもかけぬことだったにちがいない。
仮に勇ましい女性が「迎え撃つかたちで飛びかかって」いったとしても三冬でなかったら違う意味だっただろうが、三冬だから文字通りの単純な意味で、曲者を撃退する。かっこいい!
とにかくかっこいい三冬が、この事件で、小兵衛から大治郎に愛の対象が移り、夢に現に妄想も抱くようになる。めでたい。
大治郎もだんだん小兵衛に似て来て、事件のたびに「秋山小太郎」だの「橋場弥七郎」だのと変名を使って潜入し、なかなか、芝居気たっぷりにやってのける。その調子で三冬に対しても、もうちょっと色気を出せ!
三冬浪漫〈女へ…〉
2003/06/22 14:15
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る
剣術に励むのみならず、男装をし、男言葉を使い、男のようにふるまうのは、ずばり、“男に憧れている”からである。現代とは比ぶべくもなく、当時は、男の人生と女の人生が、はっきり決まっていた。そんな時代に、自分の腕を心ゆくまで磨き、自由にふるまうことのできる“男という立場”は、この上もなく魅力的である。特に三冬のように、複雑な生い立ちを持つ者にとっては、なおさらである。田沼意次の妾腹の娘として生まれ、それを知らずに他家で育ち、ある日突然、事実が知らされる。「うそ…。今までみんなで私をだましていたのね!」…現代でも、往々にして見られる光景である。「わたくしは、“佐々木三冬”でございます!」と言い張った三冬。その後、男装を始め、剣の道に一層のめり込むのである。
男でも女でもない。そんな立場に、ひとときのやすらぎを求めたのかもしれない。しかし、三冬はまぎれもなく“女”である。結婚するなら、“自分より強い男”とでないと嫌なのだ。だからまず、自分の危機を救ってくれた強い男、秋山小兵衛に惹かれたのである。しかし…陽炎の中に現れた男は、小兵衛ではない。以前、三冬を男と勘違いして、恋慕の情を抑えきれなくなった少女の手を、自らの懐に差し入れ、乳房に触れさせ、自分は女だと気付かせた三冬。だが、その乳房に、今度は“男”の手の感触を、想っているのである。小兵衛ではない、誰か別な男の手の感触を。
おはるのように、歳の離れた強い男の世話を焼きながら、守られて生きる道を選ぶ女もいる。しかし、三冬はそうではなかった。人の生き方や、異性の好みをとやかく言うわけではないが、40も離れた男との結婚というのは、不自然というべきであろう。“自分より強く、たくましい男”…そして、自分と同世代を生きていく男。自分と一緒に、自分と同じ方向を向いて、悩み、苦しみ、喜び、手を取り合って生きていく男…。そんな男を、三冬は本能的に選んだのであろう。
少女から大人の女へ、いつか脱皮するときがくる。複雑な生い立ちを持つ三冬。“男装の麗人”として飛び出していった三冬の、“女”として着陸する場所として、“大治郎”という男を用意してくれた、作者池波正太郎さんの優しさを想うと、涙が出るほどである。そして、(世の中、そうでなくちゃいけない!)と思うのである。
良いですね
2024/04/30 15:36
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投稿者:a - この投稿者のレビュー一覧を見る
生真面目で堅物の大治郎がだんだんとこなれ始めたのはこの辺りからだったようです。それに三冬が目覚めたのだとしたら、やはり彼女の理想は小兵衛なんだな、と思ったりしてしまいます。
最後の二篇がエンタメ度高し
2023/05/07 19:21
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投稿者:Haserumio - この投稿者のレビュー一覧を見る
おなじみの登場人物たちとそのキャラクターが一読者として自らの身体に馴染んできたというか、他人とは思えない親しさすら覚えはじめた第3巻。著者の筆運びも慣れてきたというか、前二巻に比べてエンタメ度が増したように感じました。
「ものごとは、すべて段取りというものが大切じゃ」(35頁)
「真偽は紙一重。嘘の皮をかぶって真(まこと)をつらぬけば、それでよいことよ」(179頁)
230頁で「三十年後の秋山小兵衛の病没」について言及されている点は、メモっておきたい。今後の展開がますます愉しみになってきた。(なお、最後の二篇はエンタメ度が高く、DVDのシリーズ1で「深川十万坪」(その第6話として収録されています)を観てしまった評者です。)