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不思議に、ぎゅっと、摑まれる。
「センチメンタル・ジャーニイ」、〈チグリスとユーフラテス〉外伝などの未収録作と初文庫化作を中心とした短篇集。
(竹書房公式サイトより)
短編集をさらに集めたような一冊、このページ数で様々な新井素子ワールドが詰まっていて読み応えがあった。
恒例のあとがき収録もあり、巻末の編者による作品解説、補足が豊富な収録内容をさらに充実させている。お得感たっぷり。
目当てだったチグリスとユーフラテス外伝について
「馬場さゆり チグリスとユーフラテス外伝」
レイディ・アカリとキャプテン・リュウイチの親しい友人、明…の嫁視点の物語。
医者になるまでその仕事の「生々しさ」に気づかないのはいくらなんでも現状認識がおかしいのではないかとも思うけどまあ素子ワールドなので。
産めよ増やせよが諸手を上げて賛美される世界に追い込まれないと妊娠へのリミッターが外れないというのもなかなか難儀な。
わりとシンプルに『チグリスとユーフラテス』の核心に触れている気もしますがあの熱量物量を過ごしてたどり着くとまた味わいも違うのでネタバレ感はそんなには無い。
「あした チグリスとユーフラテス外伝」
レイディ・アカリの妹がコールドスリープ研究・実験に挑む話。
という体の、眼の前の問題を先送りにして数年単位で放り投げてしまえという、『チグリスとユーフラテス』第一章マリア・Dを思わせる話。
物語をそのまま読んでいけば直接この後につながるのがマリアの話というのがなかなか趣深い気がする。
「あー姉ちゃんが、移民船の中で、"普通"に生きているのなら、あー姉ちゃんは、コールド・スリープなんて、絶対、しない。」
コールドスリープに関するここと、この前後の文章、物語的に笑える部分は全く無いのですが笑ってしまった。
普通の人には、普通の生活をしていたら絶対に必要のない技術、と何度も繰り返し念押しされればされるほど、この後の穂高灯さんのとんでもない人生が想起されて。
逃げたり、時間を飛び越したり、大事なことを他人に押し付けてはいけない、というのは表題作「影絵の街で」にも通づるものがあります。「大きなくすの木の下で」もある意味そうかな。
この話単品だと正直なんのこっちゃですが、チグリスとユーフラテスの外伝ということを加味するととてもおもしろかったです。標は無事に目覚めるだろうし、目覚めた後にあー姉ちゃんの後を追って行ったりはしなかったんだな。しかし長女は二度と会えない星の旅路に出て、その10年くらい後には次女も命の保証のされていない実験に参加するとか、穂高夫婦は生きた心地がしなかっただろうな…。無事に孫を抱けたのでしょうか。
短編の中では
桃 虹 かあてん くものいと
が好きです。桃ってほんと足が速いけどあれは気が早かったんだな…。かあてん の走馬灯(?)の中でも実母とその男だけはなんのフォローもないとこも好きです。