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1人ずつの考えが面白いのに、3人まとまったらどうなるんや?って思いながら読んでました。
幅広いテーマで日本のことを考えられるのでおすすめです。
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この本の題名は『日本の歪み』ですが、もう少し丁寧に言うと「戦後日本の歪み」です。東さんが戦後論を提示して、養老先生に意見を聞くという内容になっています。茂木さんはときどきTwitterと同じ人とは思えないくらい、養老先生の話に上手に補助線を引いています。
この「戦後日本の歪み」を簡潔に表現するなら、日本の文化の上にアメリカ主義を継木してしまったことです。そこに無理があった。しかし、経済発展によりそれが「上手く行った」と見なされ、後戻りできなくなった。そのディレンマが歪みの正体だというわけです。
もちろん、こうしたディレンマは初めてじゃない。明治維新がそうだったし、古くは中国との関係がそうでした。むしろ、それが日本という国の形を作ってきたと言ってもいい。では、どうやってそのディレンマが解消されたかというと、「天災だ」というのが養老先生の考えです。
歴史は「政治が世の中を動かしてきた」という物語を語ります。しかし、それはどこまで本当か。大正デモクラシーから軍国主義への傾倒の間には、関東大震災がありました。江戸時代の倒幕運動の前には、安政の大地震がありました。『方丈記』にも京都の大地震が描かれ、その後に武家社会が到来します。これらの歴史への影響は分析されていません。
2038年までに、70〜80%の確率で南海トラフ地震が来ると言われています。そこでこれまでのシステムが「ご破算」になることで日本は大きく変わるといいます。それが「良いか悪いか」ではなく、そうならざるを得ないだろうと。
「大事なのは平和ではなく日常」という言葉が印象的でした。右だの左だのというイデオロギーは、食べるものに困れば意味をなしません。「どうやって生き延びるか」という地に足の付いた考え方が、これからは必要なのかもしれません。
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養老先生は「はじめに」で2人の話が面白くて、老人である自分はついて行くのが精いっぱいであった、と書かれている。しかし、しかし、そんなことはまったくなく、ずいぶんといろいろな場面で養老先生が2人を引っ張って行かれているように思えた。どちらかというと東さんが話に入って行きにくいのではないかと思える場面もある。茂木さんは、タクシーでの移動中なども養老先生に議論を吹っかけているから、もう慣れているわけで、どんどん突っ込んでいくことができる。東さんにはまだ遠慮があるのかもしれない。さて、話の中身は面白かったのにすっかり抜けてしまった。残っているのは地震のことだけ。養老先生はこのところずっと言われていることだけれど(ちょっと無責任な気もするが)、都市直下型の地震とかがないと、大きく日本のシステムを変えることはできないだろうと考えられている。そしてそれは、僕が生きている間に確実に起こると僕自身も思っている(養老先生は思っていない、だから無責任な気がする)。そういうわけで、東京に行くことができない。2泊3日とかの旅行で、大災害にあう確率なんて相当低いわけだけれど、なるべく危険は回避しようと考えてしまう。東京の近くには僕の友人や親戚が何人も暮らしている。心配だけれどどうにもできない。大学受験を控えた子どもたちには、東京方面にはあまり行かない方がいいと思うけどなあ、などと言うことくらいしかできない。まあ、もっとも日本に住んでいればどこで大地震があっても不思議はないわけで、自分の身の上には何も起こらないというのは完全に楽観的な正常性バイアスがかかっているだけなのだ(その割には東京に行くことを避けようとする)。家族が飛行機で旅行をするときは大丈夫かと心配するのに、自分が飛行機に乗るときはあまり気にならない。そうか、これは1人称の死はもはや悲しむことはできず、2人称の死だけが問題になるからなのか。自分は悲しみたくないという利己的なものなのか。
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ゲンロンカフェでのトークイベントの書籍化と認識される。養老さんは抽象的形而上的な議論に乗らず徹底的に個人の実感に依拠せんとしていると感じた。国とかイデオロギーとか考えてもしょうがないから、自分の生活を考えること。ハンナアレントの真逆かもしれないが、今の雰囲気に対しては、養老先生の言葉の方がよい処方箋かもしれないと感じた。
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歪みについての考察。さくさく議論が進むので読みやすかったです。
西郷隆盛が日本の歪みを背負い、最期を迎えたという見方を興味深く読みました。
また、「何歳の時に何を経験したかという心の地層としての世代論」という整理がおもしろく、これからの自分のものの見方に活用していこうと思いました。
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非常に理屈っぽい三人の対談。意味が私には理解できない部分も多々ある。養老先生が、「日本は首都を襲った地震の度に社会変革が起こった。」とおっしゃっているが、次回、首都を襲う地震が起きたら、どうなるのだろうか?
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この三人の鼎談は、奥行きもしなやかさもあって実に面白い。
不快なものは不快。
関係ないものは無理をして理屈をこねることもない。
黙っていてもいいが、態度 行動で表すには、腹を据えたり超越する必要があるな。
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養老先生の人生観は時代から来るものだとしみじみと感じました。三者三様ですが鼎談で多岐に渡る分野をこんなにも深くわかりやすい形で言葉に出来るのは素晴らしいです。示唆に富む素晴らしい鼎談です。編集も良さそうです。注釈の配置は常に左のページにあるので読みやすいです。
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大半の日本人は,目立つのを忌避する村社会的立場から行動原理が決定する.対談者3名は奇しくも?目立つことに無頓着で,あるいは忌避せず言動を決めるため,その意思決定のための沈思黙考が行われる.その行為を行うに足る能力を磨き,さらに成長する行為者ともいえる.この考えを理解する人は(本書を手に取るか否かに依らず)始めから理解しているだろうとは思う.
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日本で生きるなかで「これって違うんじゃない?」と思うような違和感や歪みが、指摘・言語化されてるから読んでいてスッキリする。
3者それぞれの思想や主張も強いが、客観的に見た意見もしっかり入ってるからバランスが良く読み易い。そして読み応えもある。
議論の余地がある話題が多いからこそ、読みながら自分の意見を考えたり、思考を深めることが出来る、とても考えさせられる本。
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東大卒3人による対談。時々小難しいことを言う笑。
養老さんみたいに、あいつなら何言っても許される。その域に達したいもんです。
だって日本に大地震がきて、復興するには中国の属国になるしかないなんて言ったら「炎上」間違いなし。
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養老孟司、茂木健一郎、東浩紀による鼎談。3人の議論は噛み合っているようで噛み合ってないような。東さんだけが何とか議論を前に進めようとしている感じだけど、養老さんは超然としていて受け流す感じ。自然のように捉える姿勢が徹底していて人為的なものに対する価値が著しく低いのだろう。
このあたり、いまの新自由主義とリベラル的な価値観の狭間での行動の難しさを表現してしまっているような気がした。
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独特の視点で論理を組み立てる3者による鼎談。
脳科学者の茂木健一郎が、解剖学者の養老孟司、評論家の東浩紀の意見を引き出しながら、日本がどんよりと浸かっている諸問題に切り込んでいく。3者3様の取組み、話し方に考え方の基盤が垣間見える。共通点を求めることでなく、自由に持論を披瀝し合うことで、お互いの理解を深めていく。読者は、その雰囲気のなかで共鳴するなり、反発するなり、自由な読み方で臨める。諸外国と比べたときの我が国の独自性が感じられてくる。
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p30 方丈記に書かれている地震 1185 文治地震
平安時代が急に戦乱の夜に変わるのは、地震のせい
p61 満州からの引き上げもの 国なんてのは儚い
戦後左翼運動は全く逆で、国家権力は盤石なものという前提がある
p91 本当の問題は、日本という国家が日本のために死んだ人を慰霊する場所をきちんと作っていないことだと思います。
p134 言葉には事実確認的機能と、行為遂行的機能があると言われます。そこで日本語は行為遂行的機能がとても強い、だから事実確認の言葉として使いにくい
p174 恒産なきところに恒心なし
p248 トラウマへの接し方には抑圧すると解離するの2つのモデルがある
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何でこの本を手に取ったか忘れてしまったが、軽快に読め、たくさんの教養から導き出される会話が興味深く面白かった