刑事ヴァランダー・シリーズ
著者 ヘニング・マンケル(著) , 柳沢由実子(訳)
雪の予感がする一月八日の早朝、小さな村から異変を告げる急報がもたらされた。駆けつけた刑事たちを待っていたのは、凄惨な光景だった。被害者のうち、無惨な傷を負って男は死亡、虫の息だった女も「外国の」と言い残して息を引き取る。片隅で静かに暮らしていた老夫婦を、誰がかくも残虐に殺害したのか。ヴァランダー刑事を始め、人間味豊かなイースタ署の面々が必死の捜査を展開する。曙光が見えるのは果たしていつ……? マルティン・ベック・シリーズの開始から四半世紀――スウェーデン警察小説に新たな歴史を刻む名シリーズの幕があがる!
手/ヴァランダーの世界
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目くらましの道 上
2008/06/22 13:57
シリーズ最高傑作
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:佐吉 - この投稿者のレビュー一覧を見る
背骨や頭部を斧で叩き割り、さらに被害者の頭皮を剥ぎ取るという、常軌を逸した連続殺人事件。その犯人がわずか14歳の少年だとしたら、それはかなりショッキングな結末と云えるだろう。しかしこの作品では、そのことがはじめから読者に明かされている。物語の冒頭、最初の殺害の場面が、犯人と被害者の視点で描かれるのである。舞台はスウェーデン南部の小都市イースタ。少年は自宅の地下室で、神聖な儀式と入念な化粧によってアメリカ先住民に「変身」すると、フルフェイスのヘルメットに顔を包み、モペットで現場に向かう。そして周到に準備された「任務」を、淡々と「遂行」するのである。
このように最初に犯人の側から犯行の様子を描き、その後、捜査陣が真相を究明する過程を綴ってゆく推理小説の形式は、一般に「倒叙(とうじょ)」と呼ばれ、マンケルの得意とする手法の一つである。マンケルは、サイコスリラーさながらの身の毛もよだつ殺害シーンの描写によって、読者をいきなり物語世界に引きずり込み、同時に犯人の異常な性格を強烈に印象づける。少年はなぜそんな犯行を重ねるのか、捜査陣はどうやってこの思いも寄らない結論に辿り着くのか。そう思った瞬間、読者はマンケルの術中にはまっている。あとは彼の巧みなストーリーテリングに導かれるまま、最後まで一気にページを繰り続けるしかない。
本書は、風采の上がらない中年刑事クルト・ヴァランダーを主人公にした、マンケルの警察小説シリーズの5作目にあたる。CWA(英国推理作家協会)ゴールドダガー賞を受賞し、スウェーデン人作家マンケルの名を、一躍ヨーロッパ全土に知らしめた作品でもある。ヴァランダー・シリーズは、1991年から1999年にかけて9作が発表され、うち本作までの5作が邦訳されているが、この『目くらましの道』をもってシリーズの最高傑作とする声が高い。
美しい初夏の訪れに、夏の休暇を心待ちにしているイースタ署の面々。と、そこに、ある老農夫から自宅の畑に不審な人物がいるとの通報が入る。どうせ思い過ごしだろうと高を括っていたヴァランダーだったが、現場に着いてみると、確かに菜の花畑に一人の少女が立っている。何かにおびえている様子のその少女に、ヴァランダーは声をかけながら近づいてゆく。すると少女は、やおら頭からガソリンをかぶり、手にしたライターで自らに火をつけ、焼身自殺を遂げてしまう。
そうして平和な夏が一瞬にして悪夢に変わる。署員たちはすぐさま少女の身元を調べはじめるが、目の前で事件を目撃したヴァランダーはショックを隠せない。するとそこへ、署員たちの動揺に追い討ちをかけるように、殺人事件の一報が入る。政界を引退し、今は隠遁生活を送っている元法務大臣が、何者かによって惨殺されたというのである。イースタ署に戦慄が走る。しかしそれは、さらなる惨劇の序章にすぎなかった……。
犯人が最初からわかっている倒叙小説においては、多くの場合、いわゆる神の目線で見た主人公の推理の冴えと、追う側と追われる側の心理的駆け引きが大きな見どころになる。本書はもちろん、その点において一級品である。加えて本書には、すべての手がかりを読者にフェアに提示し、読者が主人公と平行して推理を進めてゆくことのできる本格ミステリの興趣がある。決して、犯人の些細なミスから足がつくなどといったチャチな捕り物ではない。自身到底信じられない結論にヴァランダーが辿り着くとき、読者は、そこに仕掛けられた伏線の巧妙さに思わず唸らされるに違いない。
マンケルは、あくまで警察小説のプロットにおいて、普遍的な人間の懊悩と現代スウェーデン社会の暗部とを鮮明に提示してみせる作家である。身辺にさまざまな悩みを抱え、捜査の過程においても、凶悪犯罪に我がことのように心を痛めるヴァランダーの姿は、シリーズを通じて読者の共感を誘ってきた。本書ではさらに、殺人者たる少年の背負った十字架も激しく胸を打つ。二人の息詰まる対決は、最後まで読者を惹きつけつつ、哀しい余韻を残してゆく。本書は、警察小説というジャンルを超えて、永く記憶されるべき一冊である。
殺人者の顔
2002/03/25 20:46
スウェーデンの社会派ミステリー
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ケルレン - この投稿者のレビュー一覧を見る
冬の嵐が近づく夜、片田舎の村で老夫婦が襲われた。男は惨殺され、女の方は最期に「外国の」という言葉を残して息絶える。ヴァランダー刑事らイースタ署の面々は、犯人が外国人である可能性も含めて捜査を進めるが、手がかりはほとんどなく、犯人の動機さえつかめない。迷宮入りの様相を見せる中、外国人容疑者の線がマスコミに漏れ、外国人排斥運動に関わる人々を刺激してしまう。そして、移民逗留所でさらなる殺人が起こる。
スウェーデンのミステリーは初めて読んだ。天候や風景の描写からは、荒涼として半端じゃない寒さがよく伝わってくるが、何よりも興味深かったのは、その社会状況だ。スウェーデンが移民を積極的に受け入れてきたとは知らなかったし、あんな寒そうな国に東南アジアやアフリカから渡ってきた人々までいるとは意外だった。移民をめぐる記述には、生活を脅かされるのではないかという不安と人種差別を否定する良識との葛藤がうかがえる。
一方で、やはりと感じる馴染の問題も出てくる。老人問題、熟年離婚、世代につれた価値観の変化などだ。これらのスウェーデン版が、ヴァランダー刑事の私生活に踏み込んでじっくりと描かれている。
本書を読んだ後、スウェーデンの映画監督ベルイマンに触れた新聞記事で、思いがけず著者の名前を見つけた。なんと彼はベルイマンの娘婿で、隣人でもあるという。ほとんど人づきあいをしないベルイマンだが、著者とは日常的に話をする間柄だとあり、ベルイマンとの交流を可能にした著者の魅力の一端が、この小説にも表れているのではないかと思う。
刑事ヴァランダー・シリーズは、本書を皮切りに九作出ている。是非とも二作目以降を早く翻訳して出版して欲しい。
目くらましの道 下
2016/06/30 19:31
私を北欧ミステリブームに引きずり込んだ記念すべき作品
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かしこん - この投稿者のレビュー一覧を見る
よさげなタイトルと表紙の装丁に、思わず手に取った。
なんと舞台はスウェーデンである。 ヴァランダー警部が電話で呼び出された先で、少女が謎の焼身自殺をとげる。 その後、斧で割られ、頭皮をはぎとられた死体が連続して発見される事件が起き・・・そんな警察小説。
上下巻だし、長いなぁと思ってしばらくほうっておいたのだが、読み始めたらえらく面白くてやめられない。
スウェーデンの警察といえばマルティン・ベックだが(以前ドラマで見た)、ヴァランダー警部シリーズはそれよりも少し時代は後になるらしい。 そう、シリーズ物の5作目だったのである。
うわっ、こりゃ1作目から読まねば!
スウェーデンというよく知らない国に対する理解が深まる、という意味でも面白いのです。
油断して日焼けしすぎて病院に行く人がいたり(緯度が高いんだな)、一週間の休暇ぐらい普通にとれる環境だったり、福祉が手厚いイメージだけどそれなりに貧困層が存在したり、通貨単位がクローネだったり(マルティン・ベックのときも思ったな、そういえば)。 ただ人の名前がなじみのない音のため、どれが誰のことだがいまいちわからない・・・。 登場人物一覧とにらめっこ。
シリーズ物だからか、キャラクターがそれぞれ魅力的。 スウェーデン人、という日本人からは身近じゃない人々の日常が示される分、親しみがわきます。
で、スウェーデンの警察組織についても詳しくなるぞ。 人物造形だけでなく、勿論、事件についてもしっかり書きこまれているので、ただの目新しさだけでは終われない。 壮絶な事件を前にもがき苦しむ警察官の、日常生活もしっかりと。
このタイトルが気になったのは、もしかしたら以前のこのミス海外部門の上位にランクされてたからかな? そう思えるほどに、硬派で骨太。
舞台は1994年なのでスウェーデンにはまだ科学捜査を本格導入していない模様、FBI的プロファイリングもあまり信憑性は見出されてない(触れられてはいるが)。 思わず、「それはきっとそういう意味だよ!」と伝えたくなってしまうのであった。 でも14年以上前なんだよね・・・。
ミステリとしては結構早い段階で犯人がわかってしまうのであるが、読ませどころはそればかりではないのでそんなに気にならない(あまりに早いのでミスリードだと思った。 裏を読みすぎるのが私の悪い癖だ)。
ヴァランダー警部はヒーローとはほど遠い人物であるが、「それが自分の仕事だから」という仕事人としての姿勢は、誰にでも起こりうること(事件に遭遇するということではなく、そのような気持ちになったり決断を下さなければならなかったり、という意味で)だと思わせてくれるのだ。
世界は広い。 文化も様々だ。 でも、まっとうな人は本質的な部分できっとわかりあえる。(2008年12月読了)