ささら さや
著者 加納朋子 (著)
事故で夫を失ったサヤは赤ん坊のユウ坊と佐々良の街へ移住する。そこでは不思議な事件が次々に起こる。けれど、その度に亡き夫が他人の姿を借りて助けに来るのだ。そんなサヤに、義姉がユウ坊を養子にしたいと圧力をかけてくる。そしてユウ坊が誘拐された! ゴーストの夫とサヤが永遠の別れを迎えるまでの愛しく切ない日々。連作ミステリ小説。
ささら さや
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ささらさや
2009/12/06 17:36
大切な人を亡くしてからの心の軌跡について振り返らせてくれた作品
10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:wildcat - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、新婚で子どもも生まれたばかりだったさやの夫が
不慮の交通事故で帰らぬ人となったところからはじまります。
さやの夫は、亡くなった後すぐに
意識がなくなってしまったわけではありません。
少女のようにどこかはかなげで頼りなげなさやと
生まれたばかりの赤ん坊であるユウ坊が心配だったのでしょう。
意識は残っているのです。
彼は、自分の葬式から何からを
意識があるまま見守ることになるのですが、
そのうち気づくのです。
自分の姿を見ることができる者がいることを。
そして、彼は、自分が、トランジット・パッセンジャーのようなものではないかと自覚します。
行く先が決まるまでの猶予期間として、自分はここにいるのだと。
また、彼は、自分の姿を見ることができる者に
1回だけ乗り移ることができることに気づきます。
同じ相手には2回は乗り移れず、
乗り移って抜けた後は見ることができていた相手からも見えなくなります。
そうやって、さやとユウ坊をトランジット・パッセンジャーでいる間、守っていくのです。
そうやって、夫が見守ってくれていることがわかったから、さやも生きていかれたのです。
形式は、加納作品としてはおなじみの
1章1章で解決していくミステリー仕立ての短編が織り成す世界です。
物語は、最初と最後の章が夫目線で、あとは三人称で語られます。
凶悪な事件が起こるわけでは決してなく、
ちょっとした謎が解かれ、
そっと心の荷が下りるように誰かが幸せになるような、
そんなテイストです。
今まで私が読んできた加納作品も、
どこかに死を織り込んでいるような作品が多かったように思いますが、
本書は死が真正面からテーマになっているといえます。
必要な本は、必要なタイミングで、いつも自分の前に現れるが信条なので、
本書もきっと、ふさわしいタイミングで読むことになったのだと思っています。
私自身も、1年半前に大切な人を失っています。
結婚していませんでしたし、子どももいませんでしたから、
夫を失って生活していかなければならないような気苦労はなかったですし、
義理の家族との関係や子どもを奪われるかもしれない恐怖もなかったのですが、
読みながら、さやの気持ちに、自分自身の心の軌跡を重ね合わせていました。
さやは、最初は、亡くなった夫の骨壷を手放すことができませんでした。
ですが、彼が見守ってくれているとわかってからは、
ユウ坊といるであろう彼に話しかけながら、なんとか日々を送っていきます。
ユウ坊を養子にしたいと言ってきた義姉、義父母から逃れるため、
田舎町・佐々良(ささら)に引っ越してからも、
大丈夫かなと、亡くなった夫でなくても心配になるような頼りなさなのですが、
それでも、彼女は、持ち前の彼女らしさで、
個性的な友人達に支えられながら、日々を過ごしていくのです。
でも、彼女は、きっと支えられていただけではありません。
ささやかな事件を通して縁ができた
3人のお婆さん・久代、夏、珠子やエリカとダイヤの母子。
みんな、頼りないさやを助けてくれるのですが、そんな頼りなさと裏返しである長所、
何かが起こっても、誰かを糾弾したり敵にしたりしないで、相手の事情を考えてしまう、
そんな弱そうでも強い、不思議なさやの人柄に惹かれているのかもしれません。
ただ弱いのとは違う、しなやかな強さを彼女は確かに持っています。
最初は、親戚との縁もなく、お友達もいなくて、
育児書に書いていることをきっちりと守って子育てをしているような孤独さがあります。
そして、生まれる前に双子の片割れを亡くしていたことを3歳の自分が記憶していて語ったのだと、
父に聞かされたことを思い出し、
「私は、生まれる前から身近な人を亡くしていたんだ」と回想します。
夫とはじめて会ったときに、
さやは、彼を亡くなった自分の片割れだと感じて、
人見知りが激しくて内気なのに、
最初から打ち解けて話すことができたこと、
彼がさやの現在と過去のどこかに空いた
大きな穴をひっくるめてすべてを受け入れてくれこと、
そんなことを回想しては、ひとりで泣いていたのです。
でも、気づくと様々な事件を通して、
彼女はひとりではなくなっているのです。
誰かを支え、支えられる存在として、
肉体を持ってしっかりと生きているのです。
大きな喪失を経験すると、しばらくは、
何を見ても、何を聞いても、すべてその人につながります。
幽霊でもいいから会いたいと願います。
どんな手段でもいいから交信したいと思います。
最初は、さやもそうだったのだと思います。
「ささら さや」と、
「小川のせせらぎのような、風になぶられた木の葉が立てるような、ひどく心地のよい物音」が聞こえて、
誰かに乗り移った彼が現れるのをどれほど待ち望んだでしょう。
本書のエピソードを通して、そして、きっと、ここには書かれていない日々を超えて、
彼女は確かに癒されていったのだと思います。
彼の旅立ちから時間が経つと、
彼を思い出して泣くことはあっても、それは号泣ではないはずです。
彼の声、彼の肉体、彼の意識でなくても、
もっと違う方法で「彼」と交信できるようになっていると気づくと思います。
彼の思い出し方は変わっているはずです。
そのとき彼は彼女の中で、「彼を超える者」になったのだといえるでしょう。
さやと私は、性格も経験も異なりますが、
彼女が本書の中でたどった心の軌跡は、まるで「私のもの」のようでした。
本書は、私にとって、大切な大切な1冊となりました。
ささらさや
2009/05/09 09:16
夫婦愛がしみじみと伝わってきます。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
ささら さや 加納朋子 幻冬舎文庫
若くして、赤ちゃんを抱えて、夫を亡くした女性にぜひ読んでいただきたい1冊です。“ささら さや”は、埼玉県佐々良市に住むさやさんの物語であり、交通事故で亡くなった旦那さんからのメッセージ音でもあります。8編の小さな物語が集まって1冊の本になっています。
「トランジット・パッセンジャー」和訳すると乗り換え客です。この世からあの世へ乗り換えるお客さんが、さやさんの旦那さんで、彼は霊になって、さやさんと赤ちゃんのユウ坊(ユウスケくん)を守ろうとします。素敵な文章です。旦那さんが事故死するも彼の霊魂がこの世に残る。ここまでは書ける。されど、ここからどう書くのか。読んで良かった1冊になる予感がします。女性作家なのに男言葉がうまい。次の展開が判明しました。面白い。
「羅針盤のない船」船はベビーカーを指します。さやさんが押すユウスケ君を乗せたベビーカーはどこへいったらよいのかわからないのです。桂山駅長さんとさやさんのやりとりを見つつ、読者はさやさんがんばれと声援を送るのです。
「笹の宿」125ページ、幽霊、見えないものが見える。真実は見えないところにあるものです。128ページ以下、宿の様子は、先日訪れた小豆島にあった二十四の瞳の素材となった分教場に居るようでした。
「空っぽの箱」郵便局配達員の森尾さんが登場します。時を超えて手紙が届きます。繊細で優しい文章です。
「ダイヤモンドキッズ」209ページ、エリカさんに対するさやさんのぼけた返答がいい。それから、買い物とか料理とか、日々のささやかな積み重ねが、しあわせな生活へとつながっていく啓示がいい。
「待っている女」わたし自身の子育てをしていた頃を思い出します。いいときもあったし、そうではないときもありました。ふりかえってみて、選択を誤ったこともあったと反省することもあります。されど、とりかえすことはできません。もうあの瞬間は戻ってきません。そういったことを帳消しにしてくれるいいお話でした。
「ささら さや」親族ほどわずらわしいものはありません。当事者でもないのに口出しをしてきます。この物語全体を見渡すと、作者自身の体験もいくつか織り込まれているのだろうと推察します。ヘルパンギーナという病名をわたしも覚えています。高熱が出る風邪のような症状でした。
「トワイライト・メッセンジャー」重松清著「その日の前に」文芸春秋とこの本を重ね合わせて読むと特段の感慨が湧きます。妻を亡くした夫と、夫を亡くした妻の物語となります。
ささらさや
2005/06/11 20:17
続編が出たので読み返したが何度読んでも読者の心に響く名作である。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:トラキチ - この投稿者のレビュー一覧を見る
最新作『てるてるあした』は本作の姉妹編にあたる。
最新刊を読む前に読み返したのであるが、本シリーズ(“ささらシリーズ”)は“駒子ちゃんシリーズ”と並ぶ看板シリーズとなったと言っても過言ではないであろうと再認識した。
トリックもさりげなく描かれていてそれでもってハートフル。
加納朋子の描く世界は“ミステリー”ではなくて“ミステリ”である。
加納さんの作品のいいところは、読者にさりげなく「頑張れ!」とエールを贈ってくれている点である。
これは加納作品に共通していることと言えそうであるが、本作においては特に顕著にその特徴が表れているような気がする。
夫を交通事故で失って生まれたばかりの赤ん坊(ユウスケ)と2人っきりになったサヤ。
今回再読して、ちょっと表現がどうかなとは思うが、たとえばデビュー作の『ななつのこ』や本作なんかはいわば“名作”といえる範疇に入れてもいい作品なのかなと思ったりする。
通常、ミステリー作品って風化されるのが早いと言うのが一般的な見方であるが、加納さんの描くミステリって“何年経っても繰り返し読み返したい衝動に駆られる”独特の世界を構築している。
このいわば加納ワールドの心地よさは他の同じジャンルの作家の追随を許さないと言えるであろう。
私は熱心な加納ファンではないが、加納朋子の熱心なファンってきっと“気くばり上手な人”なんだと思う。
本作の主人公のように不幸があって配偶者が亡くなってしまった場合は稀有な例であろうが、いやがうえにも、私たち読者のまわりで現在生きている人間、例えば家族・恋人・夫・妻・友人・過去の恋人などを強く思い起こさせてくれるのである。
どんな形でさえあれ、支えられて生きている姿って健気で美しいなと思う。
個性派ぞろいの脇役たち、久代、夏、珠子、エリカにダイヤ・・・
彼女たちとの触れ合いを通して立派に自立して行くサヤ。
忍び寄る悪意に立ち向えたのは彼女たちとの友情を育んでいった結果だと思います。
私的には本作のテーマは“尊大な愛”だと思う。
ラストの夫のモノローグが特に素晴らしい。
さすがに胸が熱くなりますが、夫が作中で人物に乗り移った如く、“ささら”の地が夫に乗り移ったと読み取った。
そう、サヤが佐々良に住み続ける限り、夫はいつもそばにいるのであろう。
そのように感じれば感じるほど感無量となるのである。
少し男性読者側からの視点かもしれないが、2人の愛情を比べてほしい。
敢えて書きたいのは“亡き夫のサヤに対する愛情”の方がより勝ってたのではないかという思いが強いのである。
いや、女性読者が読まれたら逆なのかな。
男女間の心の機微ってむずかしいですね(笑)
読み終えたあと、はたしてサヤ親子はこれからどんな人生を送っていくのだろうかと考えてみた。
でもサヤって幸せ物ですよね。
成仏した後もずっと見守ってくれる人がいるのだから・・・
なんとも羨ましくて切ない物語でした。
活字中毒日記