透光の樹
著者 高樹のぶ子 (著)
「心に決めていたんです……わたし、郷さんの娼婦になるって」加賀平野の清冽な自然に抱かれる鶴来町で、25年を経て再会した男女。テレビ業界駆け出しの青年は制作会社社長となり、...
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商品説明
「心に決めていたんです……わたし、郷さんの娼婦になるって」加賀平野の清冽な自然に抱かれる鶴来町で、25年を経て再会した男女。テレビ業界駆け出しの青年は制作会社社長となり、セーラー服ではにかんでいた少女は、母となりやがて離婚、借金をかかえる病床の父のもとへ戻っていた。迸る性愛に突き動かされながらも、魂の奥底を求めあい、逢瀬を重ねる二人。人生の後半で燃えあがる奇跡の恋愛を描き、第35回谷崎潤一郎賞受賞を受賞。秋吉久美子主演で映画化の話題作。
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四十代女性にお薦めの性愛小説
2002/11/03 15:35
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:pipi姫 - この投稿者のレビュー一覧を見る
物語の舞台となる石川県の美しい風景も、老いた刀工の職人魂も、鶴来(つるぎ)という町の縁起も、すべてが悲恋を盛り上げる為のお膳立てにしか過ぎない。描かれているのはただ、恋のみ。
女は山崎千桐(ちぎり)42歳。男は今井郷(ごう)47歳。25年ぶりに再会した中年男女が、互いの存在をえぐるような恋に取り憑かれた2年間の濃厚な性愛の世界を、作家は白い蛇がぬたくるような妖しく美しい文体で描いていく。『花嵐の森ふかく』のときに感じた修辞の見事さがいっそう技巧の粋を凝らして、火花を散らすような繚乱のときを迎えている。筆を入れすぎて少々描写が食傷気味になるところや、説明がくどいと感じる部分もあるのだが、恋する中年男女の心の奥深くに分け入る心理描写は作家の円熟を感じさせて感動を誘う。
どんな恋物語も時代を映し出すし、恋人達は社会の構成員であるのだから、その社会背景を背負った存在であるはずなのだが、高樹のぶ子の手にかかると、時代も社会背景も悲恋のためだけに存在するかのようだ。男と女が東京と鶴来に離れていることも、男に妻子がいることも、女に病気の父がいて子どもがいることも、すべてはただ二人の恋を燃え立たせるためのお膳立てなのだ。
互いの気持ちを探り合い読み合い、傷つくことを恐れながらもどうしようもなく惹かれ合う、その恋のプロトコルを、作家は、これでもかとばかりに渾身の筆で描き尽くす。とりわけ二人の情交場面は読者に恥じらいをもたらすほどの迫力だ。
不思議なほどに現実味のない不倫の恋。女は男の妻に嫉妬も抱かないし、男に妻と別れてほしいと泣きついたりだだをこねたりなど、一切しない。男にも妻の陰が見えない。ほとんど逢えないにもかかわらず、女も男もその状況にじっと耐える。「愛している」という陳腐な言葉は決して口にしない男。その代りのものなら、幾万も女に与える。それは二人の肉の交わりが、あらゆる言葉を超えて達した高みの感情だ。
こんな恋は小説の中にしか存在しないだろう。純愛物語だ。そして、深い悲しみはその深さの分だけ、男がいなくなった後の女の体に幸福を刻み込む。物語のエピローグで語られる千桐の恍惚のときは、読者に深いカタルシスを与える。
四十代女性にお薦めの一冊。ラストだけは決して電車の中で読まないように。一人で部屋に閉じこもって思い切り泣いてください。こんな恋ができれば、こんな風に愛されたら、死んでもいいと思うかどうかは人それぞれですが。