古代研究II 民俗学篇2
著者 著者:折口 信夫
「本論を読み解く上で、これ以上に優れたシリーズは他に存在しない」(安藤礼二)折口にとって「古代」とは単に歴史の時代区分を示すものではなかった。熊野への旅で光輝く大王崎を眼...
古代研究II 民俗学篇2
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商品説明
「本論を読み解く上で、これ以上に優れたシリーズは他に存在しない」(安藤礼二)
折口にとって「古代」とは単に歴史の時代区分を示すものではなかった。熊野への旅で光輝く大王崎を眼前にし、その波路の果てに「わが魂のふるさと」を感じたことを「かつては祖々の胸を煽り立てた懐郷心(のすたるじい)の、間歇遺伝(あたいずむ)として、現れたものではなかろうか」と記す。「古代研究」はまさに彼が実感を通して捉えた、古代的要素の探求なのである。全論文を完全収録する決定版!
解説・池田弥三郎/安藤礼二
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精霊たちと暮らす国
2022/03/24 08:45
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:L療法 - この投稿者のレビュー一覧を見る
・実話怪談が近年、「憑き物」を扱うようになってきた。
映画『犬鳴村』では、”憑き物筋”のようなことを描いていてギョッとした。
元々の、犬鳴峠の怪談にはそういったことはなく、そもそも犬鳴村なんてものも存在しないのだが。
・この本、まだ読んでる途中ですが、『信田妻の話』が載っている。
安倍晴明伝説でお馴染みの葛の葉のお話。
この物語の類話をたどりつつ、神話の世界に折口の思考は伸びていく。
神々まで遡ったところで、獣姦のイメージが出てくる。
獸姦のリアルでは、猛々しき肉食の狐であってはならなかったはず。
毛皮産業でも、神経質な狐を飼うには、広い場所が必要で、なかなか難しいらしい。
しかしこれ、狐が男の場合はどうなんだろう?
象に踏み殺された男の話など思い出す。
・折口は、沖縄に「史外」古代の姿が色濃く残ると見ている。
これは巫女の文化であったり、神や死者とのやり取りのある、ある意味地続きな異界(時に水中であったりもするが)が、境界の曖昧な世界、境界を跨ぐ世界があったと捉えているのだろう。
どうも、この世界観では天皇は立場が危うい。
仏教とは別に、陰陽道の影響も強い。折口は始原の姿を追い求めているようだが、東アジアの島国で記録を残し始めた頃には、始原の姿など失われていたのだろう。
口承文化にとっては、記録すること自体が輸入されたものだったのかも。
・『翁の発生』少しばかりまとまりに欠く文章ですが、芸能の古い姿を捉えようとした文章で、囃すという言葉の成り立ちなど、いろいろ興味深い。
ある程度古典芸能や何かの知識が要求されるので、当然のごとく進められる話題についていけないところがあるが、演芸が、演じ手という、神に関わるもの、ないしは、この世の外の存在につながるものなんだろう。
ところで、なんで「手」なのか。このことは指し示すことと関係するのか。
・『ほうとする話』
とても綺麗な流れのエッセイめいた文章から、祭りについて考えていく。
考察が始まると、リズムの良さが損なわれるのが残念。
祭りといってもいろいろあるようで、今日、スポーツや音楽が受け継いでいるそれは、禊の類なのだろう。
禊らしく燃焼し尽くすか、冷水で流し切り、区切りとすべきものだろう。
どうも、神と共にいるって感覚が大事のよう。
共に飯を食い舞を楽しむ。
神事としての祭りでは、平伏して捧げ奉る、そういった大きな力の差は、長く続かないのではないか?
政治の機械が捧げ物を別のものとした。
異文化交流としての祭りもあったのだろう。
・『花の話』この文脈なら、朝鮮語の”ハナ”に触れてしかるべきではないのかとおもうが、中国はともかく、朝鮮からの影響には関心が乏しき様子。
・精霊たちと暮らす国。時に長期に渡るとはいえ、魔術師は仮初の季節労働、あるいは旅芸人のようなもので、人が時に精霊/あるいは御使であるような世界。
神々とは別に、天皇がある。天皇は神であるよりも、祭儀に関わる職能にして、権力のようですが、中世には変質してしまったようにおもえる。