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#きみの体は何者か #読了
#ちくまQブックス #伊藤亜紗
新しい出版されたちくまQブックス!ちくまプリマーも好きだったので買ってみました!新書を読むと自分がいかに無知かを知る。「思い通りにならないことが、思いがけない出会いを連れてくる。」
なんで若いときもっと読書しなかったのなー
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10代のノンフィクション読書を応援する新シリーズ創刊。
これまで中高生向けととらえられてきた老舗の岩波ジュニア新書や定番になってきたちくまプリマー新書のようなものも、現実の中高生にはもはや読みきれないという現場の声を受けて、よりとっつきやすく読み切れるものを目指したつくりとのこと(中学生向け学習入門シリーズと銘打ってひとあしはやく創刊した岩波ジュニアスタートブックス(=ジュニスタ)とほぼ同じ雰囲気)。QはQuestionのQであり、Quest(探究)のQでもあり。
ということで、創刊4点のなかで、いちばん興味のある伊藤亜紗さんのを買ってみた。中学以上で習うと思しき漢語にはふりがなあり。口語体で改行多め。自らの吃音体験、そして吃音研究をしてみてわかったことをベースに、だれにとっても多かれ少なかれままならない「自分の体」との向き合い方を考えていく。
読みながら、連発、難発、言い換えといった吃音の症状は、外国語で話しているときや、たとえ母語でもうまく言葉がみつからず黙ってしまうような経験にどこか重なると気づいた。「思い通りにならないこと」こそ人間らしさの本質ではないか、と思えるようになれば、そして、自分の体の解像度が上がることで個人的な体験をメタファーにして人と共有できるようになったら、自分の体とのつきあいかたはもっと楽しくなるかもしれないという結び。
巻末には「次の読んでほしい本」として、マンガやノンフィクション4冊の紹介あり(既読1冊)。
***
入手した書店(某デパート内大型店)では、このタイトルは家庭教育の本棚にひっそりはいっていて、同時刊行の他の3点はどこにあるかわからなかった。これまでにでている<14歳の世渡り術><よりみちパン!セ>シリーズもそうだけれど、この手のノンフィクション書籍やYA小説などをまとめて揃えたYAコーナーがないとターゲット世代に買ってもらいにくいのではないかしら?(岩波ジュニア新書とちくまプリマー新書も、以前フェアで参考書コーナーに並んだことはあるけど、ふだんは児童書から離れた一般新書コーナーだし…)
学校図書館に入って、そこで出会ってもらうのが主なルートなのかもしれないけど。
追記:暮れに本屋に行ったら、学参コーナーの一角に「中学読みもの」という棚ができて、岩波ジュニスタとちくまQブックスが並んでいた。よきかな。せっかくなら「よりみちパンセ」「14歳の世渡り術」シリーズやジュニア新書、プリマー新書あたりも並べて手に取れるといいと思う。
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伊藤亜紗さんは注目している書き手で、ずっと読みたいと思っていながら機会を逸していたのだが、ちくまQブックスで出たので、これならすぐ読めると思い読んでみた。
ほんとにすぐ読めた。
タイトルと今までの著作から、思い通りにならない体について書かれた本だろうと思ったのだが、それは外れてはいないが当たったというほどでもないというか…。
このQブックスのシリーズは、プリマ―新書では難しい層(主に中学生)をターゲットにし、読みやすくわかりやすく文字数も少なくなっているので、それが書き手には制限となっている部分はあると思う。
思うこととは違う体の動き全般を語るには文字数が足りないので、著者が当事者である吃音に絞られて書いてある。そこがタイトルから私がイメージした内容には足りない感じがしてしまった。
読んでないので恐縮ですが『どもる体』を中学生向けにリライトした感じなのではないだろうか。
この本でも吃音について教えられることは多かったのだが、もっと詳しく知りたいと思った。
しかし初めて知ったことも多かった。
例えば連発について「てててててがみ」と言う時、吃音でないひとは「て」が言いにくいんだな、と考えるが、「て」は出ているから問題ない、「て」から「が」に行く行き方がわからないのだ、「てんぷら」なら言えたりする(P39)というところなどなるほど、そうだったのか、と。
思うようにはならない体を受け入れようというメッセージも良かったが、メタファーは中学生にはわかりにくいかな、と思ったし、わかったとしても「可能な限りきみの実感に忠実」な「しっくりくるメタファーをさがす」(p85)のは、難しいと思う。相当な言語的センスが必要。まあ、書いてある「果汁たっぷりのゼリーのふたを汁がこぼれないようにそうっとあける」というのを使わせてもらってもいいんだろうけど、それは自分の実感に忠実ではないと思う人もいるかもしれないしなあ。
でも、吃音の人の実感や、そのしくみを中学生にわかりやすく書いた本は少ないから、これはこれで良いと思う。大人は『どもる体』を読む方がいいかもしれない。
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今までは、心には個性があった方がいいけど、体は平均値に近い方がよいと思っていた。
“きみの体はきみの「こうありたい」には応えてくれない” p.62
体には、どうがんばったって平均値にはなれない部分がある。それをネガティブに捉えるのではなく、あるいは白々しい前向きな言葉で語るのではなく、自分にぴったりな表現を考えること。
考えて考えて考え抜いた先に、豊かな「わたし」が作られる。自分が嫌いな人や、別の誰かになりたいと思っている人に、本書をおすすめしたい。
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私の体には数年前からいくつかの障害があり、体の扱いにくさについては日常的に考えることが他の人より少し多めだと思う。そういったこともあり、伊藤亜沙さんの活動は気になっていて、著書も読みたいと思いながら積読が多くなかなか読めずにいました。今回出た本は児童向けで隙間に読めそうなこともあって最初の一冊として手に取りました。
内容としては、体は思い通りにならないものだということ、その上でどう向き合うかについて吃音の例をもってやさしく説明したものです。かなり読みやすい。
そこそこ知っているかもと思っていた「吃音」について、初めて知る内容が多くふむふむと読み進めました。知ってると思い込んでいたなぁ。当事者じゃないと症状に目が行きがちだけど、当事者の方々がどんなことを経験しているか、どんなことを思うか知れたのが良かった。こういう内容が自分の想像力の材料になると思う。
その上で自分の体と対峙する大切さを説いていて、すとんと腹落ちしやすいなぁと。自意識過剰な若い頃に感情的に納得できるかは難しいところですが、若い時に理解していると生きやすくなるだろうなと思います。
自分の体への解像度を上げるためにメタファーで表現しようというのも面白い提案。わたしの障害はなんと表現するとピタッとあてはまるか考え中です。
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〇身体全部についてではなく、“話す”ことに特化しています。
〇新しい視点
・吃音について知ることが、体について知ることになる。
・言葉を喋る
①声帯を震わせて音を出す
②その音を喉や口の位置を変えることで加工する
③音を出しながら次に出す音に備える
④話す内容を考える
⑤相手の反応を見て音量・言葉遣い・内容を調整する
⑥身振り、手振りを加える
⑦会話の流れを読みつつ発言権(ターン)を取りにいく
⑧その場にふさわしいキャラクターを演じる
…①から③は音を出す作業
④から⑧は伝えるための作業
話すとき、これらを同時に調整しながら行う
移民の国アメリカでは、これらは難しいことを前提にしたコミュニケーション。
日本では喋れないことの方が目立つ。
・“ん”
・体のエラー
「連発」
体が試行錯誤しながら音を出す
吃音はわたしと相手との「あいだ」で起こる
「離発」
声が出ない。体のストライキ。世界から切り離される感覚
孤独と孤立。言葉は孤独によって、磨かれる。
連発を隠すための難発。症状だけど対処法
・言い換え
離発・難発を予感したら、言い換える。
固有名詞の壁:すべての言葉が言い換え可能ではない
…忘れたふり。フィラー
…ニュアンスがずれることもある。
言い換えず敢えてどもることで、オープンにする
・何が自分にとって、その人にとってベストか
身体的アイデンティティ
自分の身体に100%満足している人はいない。
・自分の身体にはどんな特徴があるか。身体とどんな付き合い方をしているか。
…メタファーを味方にする。現実を捕らえるときに必要なもの。
例:パンデミック
←戦争 地球から撲滅することがウイルス対策
←引っ越し 環境との関わり方がウイルス対策
・自分の「言葉」を獲得する。メタファーには、自分でない人を自分にする力がある。
・思い通りにならないことが、思いがけない出会いをもたらす
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”メタファーは感じ方に形を与える”。読後これが私に一番響いたことでした。著者は一例に三島の『金閣寺』をあげています。やっぱり言葉は重要。語彙は悩める人を救う力を持つ。そんなことを想いました。このシリーズは中学生くらいの人々を対象にしているちくまのQブックスです。筑摩書房は優れた青少年向けのレーベルを多く出していますね。私のような、成人でも読解力が貧弱な者にもありがたい。伊藤亜紗さんの著作は、何気ないことに気づきを与えてくれるものが多いです。
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中学生、高校生を対象にしたシリーズだが、大人が読んでも考えさせられる1冊。
「自分の身体は思い通りにならない」ということを考える内容。前半では著者自身の経験を中心に、吃音について説明されている。同じ音を繰り返す「連発」、言葉が出てこない「難発」の状態について語りながら、そんな身体とどう付き合うのかという視点で考える。吃音についての知識が自分になかったのもあるが、「言い換え」をするという回避法があるということ、しかし、言い換えをすることで自分のアイデンティティに影響が出る、と考える人もいるということが非常に興味深かった。
後半、最後の2章は「言葉を獲得しよう」と言い、自分の身体のままらならなさについて、メタファーで表現することで他者とつながることができると述べている。三島由紀夫の『金閣寺』を例にとりながら、自分がしっくりくるメタファーを見つけることへと話が展開していくのはとてもおもしろく、納得感もあった。
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さくさくぱらーと読める。「恥ずかしいのはやだ」の章が面白かった。
なぜ恥ずかしいと思うのは、人の目を気にするからで、他人から見てこうありたいという自分をうまく演じられない時、恥ずかしいという気持ちが出てくる。それはとても自然なことで,自分をつくるということ。
に唸らされた!たしかに!
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〈自分の体の感覚を言葉にする〉
『どもる体』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』などを執筆し、本人も吃音当事者である筆者による、「吃音」を例にしながら体と世界の関わり方について記した一冊。
そもそも「吃音」とは、しゃべろうとしたときに同じ音を連続して言ってしまったり、言葉につまったりする症状のことです。「どもり」とも言われています。
第1章で筆者は、自分の「体」というものは「思い通りにならないもの」だと言っています。
どんな顔になるのか、どんな運動が得意なのか、どんな障害を抱えるのかなど。化粧、美容整形、トレーニングなどで理想に近づくことは可能ですが、思ったままにすることは不可能です。
けれど「思い通りにならないこと」が「思っても見なかったこと」を連れてくると筆者は言っています。では、どのような「思ってもみないこと」を連れてくるのか。筆者は吃音の経験と研究を通じて学んだことを教えてくれます。
第2章から第5章までは主に吃音に関する解説です。
筆者はそもそも「しゃべれるほうが変」だと言っています。
声帯から出てくる音をなめらかな喉や舌、口の動きで新たな音に変えて、その後に続く音との連続を想定しながらスムーズな音の運びにして言葉にしていくことは、当たり前ではあるけれど簡単なことではないと言っています。
吃音の人はそれらの口周辺の体の動きにエラーが起き、体と心が連動しなくなり、それらをなんとかしながら言葉にしている。つまり、その試行錯誤の結果が吃音の症状として出ているのだそうです。
本書の中では吃音の以下の症状を紹介しています。
「ててててててがみ」のように最初の音を続けて言ってしまう「連発」
「連発」を隠そうとして、体が石のように固まってしまって言葉が出なくなる「難発」
「難発」を対処しようとして、ある言葉がつまりそうになったら、その言葉を似た意味の言葉に換える「言い換え」
吃音の症状でイメージしやすい、最初の音を繰り返す「連発」が、実は体がリラックスした状態で起こると答えている人が多いと筆者は紹介しています。つまり、体が先行してしまっている、言い換えれば体が開放されている状態で起こっているということです。それを隠そうとして「難発」が起こり、「難発」をごまかそうとして「言い換え」が起こるということでした。
私は「連発」の原因が体の緊張によるものだと思っていたため、その解説には驚きました。また前の症状をなんとかしようとして、「体」が次の症状を生み出していると知り、「体」の影響の大きさを知りました。
「言い換え」に関しては、吃音が治ったようにも思われるためにその症状を受け入れている人がいるそうです。一方で「言い換え」によって言葉のニュアンスが変わってしまい、自分の本意が伝わらないことで自分を偽っていると感じ、「言い換え」をしないようにして、あえて再び「どもり」が起こるように選んだ人もいるとのことでした。
私は、自分の体の状態を把握し、どのような体の状態が自分らしいか、つまり「体のアイデンティティ」を選択するということを知りました。
第6章では、それらの具体例を通じて「メタファー(隠喩)を味方につけよう」とまとめています。
吃音の症状がどうしてメタファーの話に?と思うかもしれませんが、筆者は、メタファーを獲得することで現実を見る見方をつくりだし、人々のふるまい方を変えると言っています。
それまでの章で、吃音の症状を説明するためにパソコンでのキーボード入力のメタファーを紹介していました。また、筆者が三島由紀夫の『金閣寺』での吃音の説明で使われているメタファーを引用して、吃音患者の方が「難発」をどのように捉えているのか紹介していました。まさに自分の言葉で体の感覚を語ることで、読者の「吃音」に対する現実の見方を変えていたのです。
また、体の反応をメタファーにして周りの人に伝えることで、知識ではなく「体」の感覚で相手に理解してもらうことができる可能性を示していました。
本書を読むと、まず吃音について理解を深めることができます。
そして、自分の体を見つめ、感覚を言葉にしたり相手に伝えたりすることで、体が発している力を信頼することができるということを学べます。
この「ちくまQブックス」シリーズに共通することですが、イラストが豊富、かつ二色刷りのため、読みやすいです。章ごとに区切られ、一冊あたりのページ数も少ないため、気軽に読めます。
自分の体って何なの?と思っている人にオススメの一冊です。
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最近気になる伊藤亜沙さんの著作。
目の見えない人は世界をどう見ているのか、も伊藤さんの著作だった。
自身のもつ吃音という現象を例に、人の体は自分の思う通りにはならないもので、その思う通りにならないところを観察して、言葉で言い表してみようと書かれている。
YA向けだからすぐ読める。
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吃音を一例に、人間に備わった、自身の身体に適応する能力が示される。思い通りにならなくても、次第にそれに順応する力が身についていく。
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2022/6/13
496.9||イ (5階自然科学・医学)
「もっと背が高かったら」
「もっと運動神経がよかったら」
「もっと視力がよかったら」
自分の体の生まれ持った特徴について思い悩んだことは、誰もが1度はあると思います。
今回ご紹介するのは、美学の研究者である伊藤亜紗さんの身体論。この本では、伊藤さん自身の「吃音(きつおん)」を例に挙げ、「吃音」である体の声に耳をすまし、その声を優しくあたたかな言葉で表現しています。自分にとって「思い通りにならないこと」が、「思ってもみなかったこと」を連れてきてくれると、伊藤さんは言います。
偶然与えられてしまった体をどう生きるか。自分の体を信頼する勇気をくれる一冊です。
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『どもる体』のライト版。
ちくまプリマーの、さらに初級版が出たというので読んでみた。30分ほどで読了。
背表紙には「14歳からの身体論」とあるけれど、読んでみた感触では小学校中?高?学年くらいでも十分読めるのでは?
読書に不慣れな子の朝読書向けかな。
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普通に暮らしていると絶対に気が付かないこと。誰もが、歳を重ねていくと、自分のカラダは、なんて思い通りにならないと思い知る事になるでしょう。
自分のカラダを研究し、自分のカラダを好きになろうという本。
考えようによっては、思い通りにならないことが、思いがけない出会いを連れてくるとまで書かれています。ここまでいければすごいね。