DBさんのレビュー一覧
投稿者:DB
コンスタンティヌスの生涯
2024/03/17 20:35
司教から見た大帝
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大帝と呼ばれるコンスタンティヌス一世ですが、その伝記をコンスタンティヌスに拝謁したこともある司教の視点で書かれています。
訳者による解説で著者のエウセビオスについて詳しく書かれています。
パレスチナ出身で、ディオクレティアヌス帝時代のキリスト教弾圧を逃れ、ミラノ勅令でキリスト教が公認されてキリスト教が帝国の中枢に食い込んでいくまさにその時代を生きた人物だ。
そしてコンスタンティヌスが招集したニケイア公会議では、東方教会の高位聖職者であり著名な著作家であったエウセビオスが皇帝の右に座して開会のあいさつをしたものと思われているそうです。
コンスタンティヌスの三十年にわたる治世を見守り、皇帝の死去に弔辞を献呈し、その数年後に亡くなった。
エウセビオスによるコンスタンティヌスの生涯は、真実の神の守護により勝利に導かれ守られたものであったと称賛する文章で満ち溢れている。
コンスタンティヌスの父であり西方の皇帝だったコンスタンティウスは、東方でディオクレティアヌスがキリスト教徒を弾圧していた時代に積極的な弾圧はしなかった。
これをエウセビオスは皇帝の徳として讃え、その父親の跡を継いだコンスタンティヌスは唯一正統の皇帝と呼んでいます。
ミラノ勅令でキリスト教信仰の自由を認めたのはリキニウスも一緒だったと思うが、コンスタンティヌス帝が単独皇帝として君臨したことこそが神の意志だったという結論ありきでリキニウスもマクセンティヌスもディオクレティアヌスと一緒にまとめて断罪されている。
コンスタンティヌス帝がローマ帝国の再統一のための戦いで重要だったミルウィウス橋の戦いに挑むときに十字架の幻を見たという逸話は有名ですが、その出所はこのエウセビオスの著作のようだ。
それ以後コンスタンティヌスの軍団は十字架のトロパイオンを掲げるようになったそうですが、そのために勝利したのかどうかは神のみぞ知る。
もしも軍団の中にキリスト教徒が多かったのならそれなりの効果はあったのかもしれない。
コンスタンティヌスの三十年の治世はキリスト教徒として正しい行いをしていたためにもたらされたもので、早世したアレクサンドロス大王や女の手にかかって死んだキュロス大王と比べてコンスタンティヌスを称賛する。
当時のキリスト教徒にとってコンスタンティヌスがどのような存在であったかがよくわかる本だった。
烏の緑羽
2024/03/17 20:34
「信頼」とは何か
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八咫烏の世界ですが、今回の主人公は真の金烏の兄として生まれた長束です。
彼には影のように付き従う路近という部下がいたが、躊躇なく人を殺せる男が自分の部下としておさまっている理由がわからず苦悩していた。
長束は一番信頼できる人間である弟に「真の忠臣とは何か?」という問いを投げかける。
同じく人の上に立つ身分の者として弟の奈月彦が出した答えは「私を正しく理解し続けようとするものだ」という抽象的かつ流動的なものだった。
そもそも長束が路近との関係を悩みだしたのは、平和だと暇だという路近に対して「忠誠とはなんだ?」と問いかけると「道楽です」と即答されたことがきっかけだった。
まあ悩みたくもなる男を部下にしたのが間違いという説もあるが、主従関係が二十年にも及ぶのに部下を信頼できない主にも問題があるかもしれない。
弟の奈月彦の目からは路近は忠臣として信頼するに足る男だったようだが、だからといって長束の悩みが解消されるわけでもない。
そんな長束に奈月彦が紹介したのが、路近の師であった勁草院の教官をしている清賢という男だった。
長束の話を聞いて清賢が勧めたのは、翠寛という雪哉ともめて地方にとばされた男を部下に迎えてみてはというものだった。
こうして路近が勁草院の学生だった頃の教官の清賢と、当時は翠と名乗っていた路近の後輩となる翠寛の話が語られていきます。
南橘家という大貴族の長男として生まれた路近は、利発で文武に優れた子供だった。
最初は立派な後継ぎに満足していた路近の両親だったが、路近が勁草院に入るという頃には彼を喜んで廃嫡し、挨拶に行った清賢に「路近には死んでほしいと思っている」とまで口にするほどだった。
実際に何度か刺客が放たれたが路近はことごとく返り討ちにし、あきらめた父親が見張り役として送り込んだのが翠だった。
娼婦の息子として生まれ早くに母親を亡くして育った翠の生い立ちと、路近との殺伐とした関係が語られていく。
親の教育で歪んでしまった男と、大切に育てられすぎて普通の人間のことがよくわかっていない男という主従をまとめて蹴り飛ばしていく翠寛の言動が面白い。
時間は流れて真の金烏が暗殺されるという事件を乗り越え、長束は宗家の者としてどう動いていくのか続きが気になる終わり方だった。
浦島太郎の真相 恐ろしい八つの昔話 連作推理小説
2024/03/17 20:33
昔話にかけたミステリー
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鯨統一郎のスリーバレーシリーズは歴史物の話も文学の方もそれなりに面白かったので、これも同じような系列かと思って読んでみました。
舞台となっているのは渋谷区にある「森を抜ける道」という日本酒バーで、日本酒をワイングラスで出すような気取ったお店には厄年を何年か前に過ぎた中年男が三人集う。
そして奥に独り、大学院生の桜川東子さんが静かにグラスを傾けていた。
いきなり始まるのはサリーちゃんとアッコちゃんと魔女っ子メグちゃんから懐かしのアニメのマニアックなネタの披露大会だ。
年齢的にドンピシャならいいのかもしれないけど、ちょっとずれていると読んでいてつらい。
数ページにわたってアニメネタが続いてようやく推理の話になります。
中年男のうちの一人が私立探偵で、もとは警視庁の刑事だった経歴から不可解な事件の真相を探るような依頼が時折舞い込んでくるという設定のようです。
今回の事件は献身的に認知症の母親の世話をしてきた娘が、睡眠薬の多量投与で母親を殺したとされる事件だ。
ここで桜川東子さんがおもむろに口を開き、浦島太郎の昔話を思い出したという。
竜宮城へ行って楽しい毎日を過ごした浦島太郎が自分の家に帰ると、何百年もたっていて家族は誰もいないという有名な話です。
これを漁から帰ってこなかった息子が竜宮城で幸せに暮らしていると思いたい母親の願望が形になった話だと考える。
そこから犯人の娘の心境を読み解いていきます。
他にもカチカチ山、さるかに合戦、一寸法師、舌切り雀、こぶとり爺さんに花咲爺と懐かしの昔話が登場する。
毎回中年男三人による時代懐古の前振りが入り、探偵が今抱えている事件の被害者と加害者の関係とその家族背景を語っていくと、桜川東子さんが自分の研究分野であるメルヘンに絡めて事件を推理するという流れだった。
そして所々で日本酒の話が入る。
桜川東子さんの愛飲するのは春霞オンリーですが、男たちはバーのマスターも含めいろんな日本酒を飲んでいる。
日本酒をグラスで出して気の利いたつまみを出すお店はいいなと思うが、そこで親ほどの世代の中年男たちの昔話を静かに聞きつつ一升瓶をあけて帰るヒロインの姿が一番のミステリーでした。
どうやら『九つの殺人メルヘン』という本の続編だったようですが、そっちも読むかどうかは微妙。
カラス屋、カラスを食べる 動物行動学者の愛と大ぼうけん
2024/03/11 20:36
研究者の日常
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カラス屋ことカラスの研究者である松原始のエッセイです。
「カラスを食べる」というタイトルはインパクトありますが、最初は違うタイトルをつけていたのが出版社側の意向でキャッチ―なタイトルになったようです。
食材として認識したことはないカラスですが、もしこれが美味しかったら都会のカラス問題は起きなかっただろうからその味も推して知るべし。
実食したところ、胸肉がレバーとかハツのような内臓っぽい味でモツ系のねっとりした匂いがするそうです。
肉質は硬くて噛むと血の味がするそうですが、京都の神社で凍死したハシボソガラスの若いオスの死体を拾ってきて、解剖の後に余った肉を食べたようなので血抜きしなかったせいかもとは著者の談。
ちなみにこのカラスの焼き鳥パーティーで一緒に供されたのはハクビシンの肉のスープだったそうで、山でソロキャンプしてワイルドな気分に浸っている人たちに食べさせてみたい代物だ。
研究者の対象物への愛は食べるところまで行くのかと思ったエピソードでしたが、研究対象としてどんな行動をしているんだろう、何を食べているんだろう、骨格や筋肉はどうなっているんだろうといった好奇心の一端としてどんな味なんだろうというのが出てくるのかなとも思った。
もちろんこのカラスを食べた話はいろんなエピソードがつまった本書のごく一部で、研究者の日常が面白く語られています。
院生時代に冠島という無人島でミズナギドリの調査をしたエピソードでは、ミズナギドリの繁殖地となっているため島全体が鳥臭い場所を天国と評していた。
生態調査のためにひたすらミズナギドリを捕まえてリングをつけるか、すでにリングをつけている個体のナンバーを確認していくという作業の手伝いとして呼ばれたそうです。
そこで出会った個体が二十四年前に環境庁によってリングをつけられたミズナギドリだったそうで、こういったフィールドワークのスパンの長さがわかる話でもあった。
鳥の話だけでなく同じく手伝いで行ったウミガメの産卵調査の話や、屋久島のサル調査の話も出てきます。
このサル調査の時には、マムシを食べたり肉屋に食材を買いに行ったはずが生きたヤギを渡されて解体して食べたという。
どんな環境でもサバイバルできそうな研究室ですね。
他にも笑ってしまうエピソードが満載の面白いエッセイでした。
ミトラの密儀
2024/03/11 20:33
忘れられた神
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ミトラ教は古代ローマ帝国が取り入れた神々の中の一柱として名前は知っていたが、どのような宗教なのかは知らなかった。
ミトラはイラン文化で生まれたマズダー教の一宗派で、イランの古い自然崇拝という性格を保持したアーリア人の神だった。
ミトラはその名が古代ギリシアでよく知られていた唯一のイラン神で、バビロニアからインド、アッシリアに至るまで広まっていた。
ヘレニズムの影響を受けながらもオリエント的な性質を保ち、小アジアを経てローマへやってくる。
ミトラは「天の光の精霊」であり、「広い牧場の主」で悪の精霊たちと戦う軍神で、ミトラ崇拝はマズダー教の典礼に従った厳格な儀式があった。
ミトラがローマ帝国にやってきたのは遅く、エジプトのイシスやセラピス、カルタゴのアスタルテやカッパドキアのベロナ、シリアの女神デア・シュリナがローマで信者を獲得するもペルシアの密儀はローマの外にあった。
カッパドキアやポントス西部、コマゲネと小アルメニアがローマの支配下にはいることでアジア億千と西方の人や物資、そして観念の交流を引き起こす。
ローマにミトラを持ち込んだのはウェスパシアヌス帝の治世の第十五軍団で、軍人たちに信仰されるようになり彼らの移動に伴って勢力を拡大していった。
ミトラの軍神という性質を考えればこれも当然だろう。
ゲルマニアに最も多くのミトラ神殿が出土しているのも、軍団の移動と引退後の入植による人の動きで説明できるそうだ。
コンモドゥス帝の時代からミトラは皇帝崇拝と結びついて繁栄していく。
それまで行政長官という地位だった皇帝の権力をさらに高めるために宗教が利用されたのだろう。
岩から短剣で武装し帽子をかぶった姿で生まれたミトラですが、同じくアジアで生まれたキリスト教とぶつかり消えていく。
だが12月25日は冬至の後の太陽の復活を祝うミトラ教最大の祭儀であったり、善悪二元論や終末思想といった教義はキリスト教にも受け継がれたのだろう。
ミトラの後継者はマニ教だそうです。
表紙のミトラ神像は大英博物館にあるそうですが、牛を殺すミトラの図像が多数残されているそうです。
宗教観についてはよくわからないことも多かったが面白かった。
イランで始まりオリエントからローマへと広がったミトラ教の成り立ちや教義、伝播と後の宗教への影響について詳しく書かれた本だった。
鏡地獄
2024/03/11 20:32
怪奇の極み
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乱歩の怪奇・幻想小説の中から8編をえりすぐって収録されています。
まず最初に登場するのは「人間椅子」だ。
主人公は女流作家で、ファンレターにしては分厚い手紙が送られてきたことで始まります。
作家に素人が自分の原稿を送りつけてくることはままあるらしく、たいていは恐ろしくつまらない作品だがそれでも目を通しておこうと開封する。
「奥様」という呼びかけから始まるその手紙は、送り手が自分の犯した世にも不思議な罪悪を告白しようとしたためたものだった。
見にくい容貌に生まれついたが椅子職人としていい仕事をしてきたと自らを紹介し、最近手掛けた高級な革張りの椅子のセットの話に入ります。
その男はその椅子に空間をつくって自分が入り込むというプランを考え付いた。
最初はその方法で高級な椅子を置くような所から金品を盗もうという目的だったが、男は椅子となった自分の上に人が座るという感触の虜になる。
しばらくホテルに置かれていたが、売りに出されて買い取られた家に住む夫人に恋をしたという。
読んでいくうちにそれが自分のことだと冷や汗をかいていく作家の姿も生々しく、衝撃のラストまで作家と同じ心境を読者に与えながら引っ張っていきます。
25ページほどの短編だが、発想が怪奇すぎて印象に残る。
表題作となる「鏡地獄」は、子供の頃からレンズや鏡に憑りつかれた男の話だった。
万華鏡や顕微鏡、合わせ鏡の世界であそんでいるうちはまだよかったが、男の両親が莫大な財産を残して死ぬと鏡遊びの世界にさらにのめりこんでいく。
完全な球体の内側が鏡でその中に入り込んだらどんな姿が鏡に映るのかという謎を追求します。
歪んだ自分の姿がいくつも繰り返して見えるのではないかと思ったりもするが、上下はどうなるのだろう。
謎は謎のままに終わったが、暇な人間に大金を与えるとろくな結果にならないというのがよくわかった。
同じく巨大な財産を手にした男を主人公にした「パノラマ島奇談」は、男がその財産をつかって自分の理想の島をつくりあげていく姿を描いている。
人魚に模した女たちや庭園で彫像のようにポーズをとる裸体の男女、絡まり合って玉座の代わりを務める女たち。
黒蜥蜴といいこの男といい、芸術に人体を含めたがるのはなぜだろう。
「人でなしの恋」や「芋虫」、「白昼夢」に「陰獣」はどれも歪んだ愛憎に捕らわれた男女の話だ。
どれも怪奇に彩られて設定が楽しいとは思うが、危うい世界は遠くから眺めておくに限る。
妖しさに満ちた短編集でした。
ナペルス枢機卿
2024/03/11 20:32
青い毒花が見せる幻想
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バベル図書館の12巻目はマイリンクですが、今まで読んだバベル図書館の中で最も幻想的な話だった。
マイリンクの作品は『ワルプルギスの夜』とその本に収録されていた短編を読みましたが、やはり幻想の世界を漂うというよりは、幻想の世界の深い海の中から光を見てそれが水底なのか空を見ているのかわからないというような雰囲気だった。
ボルヘスは『ゴーレム』を戦争による有為転変に倦み疲れた多くの民衆の心を見事にとらえた作品だと評しているが、カバラと文字が持つ魔術的な力、そして奥義に通じるものだけが持つ人間を創造しうる可能性を持つ作品だそうです。
「J・H・オーベライト、時間-蛭を訪ねる」というタイトルだけですでに意味を計りかねるような作品が最初に出てきます。
主人公の祖父の墓石に彫り込まれた「Vivo」という文字を巡る話だが、vivoはvitroの対義語ではなく「余ハ生キテイル」という意味だそうです。
会ったことがない祖父の手記を頼りに、祖父と親交のあったオーベライトという人物の子孫と出会えないかとルンケルという町を訪れる。
そこで出会ったオーベライトという名の老人との会話が続くが、もう幻想的というよりほかに言葉はない。
表題作の「ナペルス枢機卿」はヒエロニムス・ラートシュピーラーという名の城を相続した従僕についての話だ。
ラートシュピーラーは湖に絹糸につけた金属の卵を垂らして湖の深さを測定していたのだが、科学というよりはアルケミストの世界のようだ。
宗教に救いを求めすべてを捨て去り残されたものはナペルス枢機卿の遺した地球儀だけだったが、その中に隠されたものを見て狂気の沼へと沈んでいく。
青いトリカブト「アコニトゥム・ナペルス」の花が印象的だった。
「月の四兄弟」はある人物に従僕として仕えた男の手記だが、満月の夜に行われた不思議な会合について語っている。
鉄の怪物が殺人の快楽をみなぎらせて戦争舞踏会へ雪崩れ込み、死の天使の翼の音が聞こえる世界。
それは月遊病の発作で屋根から墜落した患者の抱いた妄想ということになっているが、第一次世界大戦をマイリンクの幻想の世界に閉じ込めたらこのような表現が生まれてくるのかと思った。
今の世界をマイリンクが表現したらどんな幻想の世界が生まれてくるのだろう。
ローマ人の物語 13 最後の努力
2024/03/11 20:31
帝国の分割と再統一
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前半はディオクレティアヌス帝の政策について論じます。
雷に打たれて死んだヌメリアヌス帝の跡をついだディオクレティアヌス帝は、キリスト教徒を弾圧したことから後世の評価はネロやカリグラ並みの暴君とされている。
しかしこの弾圧で殉教したのはローマ全域でも数千人だった。
その数が多いのかどうかは置いておいて、本著を読めばキリスト教徒だから弾圧したのではなくローマの政策に反対したため処罰されたという方が近い。
もちろんキリスト教徒側からすればその政策が異教徒のものであり受け入れられるものではなかったのだろうけれど。
ディオクレティアヌスは皇帝の持つ力を絶対王政並みに高めたが、ローマ帝国を一つの共同体としてその中にいるすべての人は義務と役割を負うというローマの伝統は守っていた。
そんな皇帝にとって共同体を守る義務よりも神の言葉に従うキリスト教徒は邪魔だったのだろう。
しかしローマを脅かす外敵に対しては、ディオクレティアヌスの導入した四頭政がそれなりに機能したようです。
自身を含めた2人の正帝に2人の副帝で広大なローマ帝国を分割し、それぞれの守備範囲を定めて守るという。
案としては悪くなかったのだけど、それによる軍備の拡張と増大した経費の転換先としての重税が問題となる。
さらに在位20年であっさりとディオクレティアヌスが引退した後は、帝位の円滑な譲渡などあるわけもなく激しい権力争いへと再び逆戻りしていった。
6人もの皇帝が乱立するレースを制したのが、後半の主役となるコンスタンティヌス帝です。
キリスト教の繁栄をもたらすとともに暗黒の中世の始まりともなった皇帝だ。
コンスタンティヌスがキリスト教を認めて優遇したのには、それまでのローマの精神が瓦解しかけていた時期に取って代わるのに便利だったからなのだろうか。
皇帝の権威を絶対的なものに強化するための方便だったというのが一番近いだろう。
実は帝政時代からの遺跡を貼り合わせて建てられたというコンスタンティヌスの凱旋門の詳細も述べられていて面白い。
軍人皇帝時代には属州出身の皇帝たちにとって首都ローマの重要性は低下していたが、コンスタンティヌスはそれをさらに推し進めて首都をコンスタンティノープルへと移してしまった。
ビザンツ帝国のはじまりですね。
ということは初期キリスト教ってカソリックよりも東方教会のカラーの方が強かったのだろうか。
宗教会議で皇帝が臨席していても、東方教会つまりはギリシャ人の司祭たちが議論に紛糾していたというくだりに笑ってしまった。
よって件のごとし 三島屋変調百物語八之続
2024/03/11 20:30
怪異と人の絆
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江戸の商家で語られる百物語、今回は三篇の話が語られていきます。
話の間にも貸本屋の瓢箪古堂へ嫁に行ったおちかが妊娠して、三島屋では皆がその心配をして女中のおしまが押しかけていくことになったり、百物語の聞き手である富次郎の兄が三島屋に帰ってくるというので縁談が持ち上がったりとほのぼのとした商家の様子も出てきます。
そんな生活感ある話と百物語で語られる異次元の話が対比されているのも面白い。
最初の語り手は餅太郎と名乗る年齢不詳の不機嫌そうな男だった。
足が弱いらしくよろけていたし髪も薄くなっているが、声を聞くと実はずっと若いのかもしれない。
そんな餅太郎は「十一の時に笑い方を忘れました」と自己紹介して、その笑い方を忘れるような出来事を語っていきます。
餅太郎の故郷は上州の畑間村という麻と木綿で布を織る産業が盛んな山中の村だった。
餅太郎の自慢の姉は糸繰歌が上手い働き者の美人だったが、そんな姉に玉の輿の縁が持ち上がる。
だが姉は虻の呪いにかけられたとやせ細って返されてきた。
その呪いを引き受けようと虻を飲み込んでしまった餅太郎が迷い込んだのが、畑間村の「ろくめん様」という神様がつくった賭博場だった。
そこで下働きをしながら村へ帰れる日を待つ餅太郎が目にする不思議な出来事が語られていきます。
続く「土鍋女房」は、三笠の渡しの船頭の家系に生まれたおとびという名の女性が語る話だった。
一年前に亡くなったおとびの兄は腕利きの船頭だったが、どうしても嫁をとろうとしない。
弟のところに子供がいるからもういいと本人は言っていたが、なかなか断れそうもない縁談が持ち込まれる。
それでも首を縦に振ろうとしない兄の秘密に気づいたおとびの語る話に引き込まれます。
三話目は富次郎の父親くらいの年齢の風格ある男性と、その妻らしい盲人の女性がつれだって三島屋を訪れた。
彼らが語るのは、奥州で紙作りや染料となる草木の栽培、鱒や鯉の養殖といった産業を興してまっとうに稼いでいた結果豊かに潤っていた藩の中の村での出来事だ。
男がまだ少年から大人になろうかという年齢の頃、立冬の日にいつもは凍らない池が凍るほどの寒波が来た。
池が本当に凍り付いているのか確かめるために竿でかき回してみると、見知らぬ男の死体が上がってくる。
しかもどう見ても死体だったはずの土左衛門が立ち上がって襲いかかってきたのだった。
土左衛門に噛みつかれた若者が化け物変化してしまうに至り、村は緊急事態となる。
池の底からやってきた少女の話を聞いて池の向こう側の世界を助けに行った男たちの武勇伝が語られていきます。
どの話も妖しさに満ちていて面白かった。
次の巻ではおちかに子供が生まれるだろうし、どんな話が語られていくのかも楽しみだ。
潮風の下で
2024/03/11 20:30
海に生きるもの達
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環境保護活動で有名なレイチェル・カーソン女史が、海にすむ生き物たちを絵本のような紹介した本です。
最初に登場するのはクロハサミアジサシのリンコプス、根元が赤くて先が黒い嘴を持った鳥だ。
外界の荒波を遮ってくれる小さな島の海辺で、満ち潮になると潮にのってくる小魚を食べて過ごしている。
同じ浜では小さなミユビシギやチドリやユキコサギがあるものは餌をさがしあるものは翼を休めながら過ごしている。
鳥に捕まらないように穴に逃げ込むシオマネキや、海に群れるシャッドの姿も生き生きと描かれていて賑やかな海辺の様子が伝わってくる。
そこから舞台は海の中へと移り、サバのスコムバーが登場します。
春になるとサバはいっせいに大陸棚の上の浅い海へと集まってきて、大量の卵を海へと託す。
芥子の粒より小さい卵は漂うプランクトンとなって、クシクラゲやヤムシに食べられて数を減らしながらも細胞分裂を繰り返す。
夜になるとプランクトンは小さな星のようにきらめいてまるで星空のように見えるそうです。
一週間もするとサバの卵は孵化して稚魚となり、海流に流されながら小さなプランクトンを食べて成長していきます。
カタクチイワシやクラゲの餌になってしまうものも多いが、カーソン女史はそこに海の生命の循環を見る。
サバの稚魚は大きくなってもイカや海鳥、スズキやイルカやサメに食べられ、また漁師の網にとらえられていく。
それでも食べられて終わりではなく、食べられることで新たな生命として生き続けるものもいれば、食べられることなく成長し次の世代を産むことで生命を循環させていくものもいる。
第三部ではウナギのアンギラが十年過ごした川から旅立ちの時を迎えていた。
夜に狩りをして池の底の泥のベッドで眠る生活から、川を下って海を目指すのだ。
川の色が海に近づいて茶色くなってくると、川を下ってきたウナギの体色は光沢のある黒と銀色に変化し、鼻は細長く硬くなって目は二倍くらい大きくなる。
そして旅を終えるまでに必要なエネルギーを脂肪として蓄え、他の川から下ってきた何千匹ものウナギと合流して深い海を目指して泳いでいく。
大西洋の深海の暗黒の中で新しいウナギが生まれ、旅を終えたウナギは死んで海へと還っていく。
そして深海で生まれたウナギは再び川を目指して大きな回帰の旅へと泳ぎ出していくのだった。
カーソン女史の生命への興味と慈しみがつまった本だった。
マリアビートル
2024/03/11 20:28
新幹線のごとく疾走する話
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殺し屋三部作の第二作目です。
前作の『グラスホッパー』から数年、闇社会の入れ替わりは激しい。
今回は東北新幹線はやてを舞台にした走る密室サスペンスだ。
だが犯人が誰かと探す推理小説ではなくて誰が生き残るのかというのがテーマかな。
七尾は洗車をすれば雨が降り、町を歩けば誰かにコーヒーをこぼされ、レジの列に並べば彼の前でトラブルが起きて待たされるという不運の星を背負ったような男だ。
それでいて殺し屋というのも向いてない気がするが、土壇場の集中力に長けているようで呼び寄せてしまった最悪のトラブルの中でも生き残れるというのが身上だ。
そんな七尾が仲介業のマリアから受けた今回の依頼は、東京駅から東北新幹線に乗り込み、トランクをひとつ奪って上野で降りるというシンプルなものだった。
しかもトランクは荷物棚においてあるという。
「絶対にうまくいくはずがない」と呪いのように思いこむ七尾の予測通り、指示されたトランクを手に上野で降りようとしたら新幹線に乗り込んで来ようとしていた男が因縁ある相手だった。
「狼」という通り名の男は別件でその新幹線に用があったが、七尾に出合ったのを幸いに過去の恨みを晴らそうと襲い掛かってくる。
それを返り討ちにして首の骨を折ってしまったのももとはといえば新幹線が揺れたせいだった。
死体とトランクを抱えてパニックになった七尾は、マリアに上野で降りれなかった事情を説明する羽目に。
しかもトランクの持ち主だった檸檬と蜜柑という通り名の二人組に追われ、さらには何の因果か毒針を使う殺し屋と死闘を繰り広げる。
同じ新幹線に王子というこれは本名の中学生と木村という名の男が乗り込んでいたが、こちらもなにやら曰くがあるようで。
グラスホッパーで生き残った殺し屋たちも登場しつつ、トラブルがトラブルを呼び込み新幹線のように疾走する話だった。
原作を読む前に映画「ブラッド・トレイン」を見ていて、映画ではわけわかんない部分もあったけど、原作の方がすっきりまとまっていた。
檸檬のトーマスネタはそのままだが、登場人物たちの性別が変えてあったり狙いが違ったりと映画との脚色が違う部分もあったので結局どうなるのかわからず楽しく読めました。
七尾のちょっと情けない部分も含めてブラッド・ピットは名演だった。
引退した伝説の殺し屋も映画のように日本刀を振り回したりはしないが、ハリウッドってどれだけ刀が好きなんだろう。
次は『AX』ですね。
フロスト日和
2024/03/11 20:28
もつれた事件のほどき方
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『クリスマスのフロスト』が面白かったので、続きを読んでみました。
前作で名誉の負傷と引き換えに犯人を逮捕して事件を解決したフロストですが、デントン警察でのフロストの立場はかわらない。
マレット署長と真面目なアレン警部から見ればフロストは頭痛の種だったが、ジョージ十字勲章をもらっているフロストは簡単に追い出せない男だった。
書類仕事と規則と規律が大嫌いなフロストと、出世が一番のマレット署長の微妙な関係は続いています。
だがフロストのパートナーは前作の新米刑事クライヴからウェブスター巡査にかわっています。
フロストに「坊や」と呼ばれるのは前任者と同じだが、ウェブスターはもともと警部だったのが暴行事件を引き起こして降格のうえデントン警察署に送られてしまったという曰く付きの人物だ。
だがそんな経歴を気にするようなフロスト警部ではない。
ちゃんとウェブスターをこき使いながらも、拳を治めることの大切さを教えていきます。
デントン警察署は相変わらず事件に見舞われていて、森の中では婦女暴行魔が獲物を求めて徘徊し、公衆トイレでは浮浪者が死体となっている。
さらにひき逃げ事件で使われた車がある議員のドラ息子だったり、闇金を営む老婆からフロリン金貨盗難の訴えが出たり、質屋に強盗が入ったりストリップバーの売り上げが奪われたりと次々に未解決事件が増えていく。
手がかりを求めているのか新たな事件を求めているのかもわからない様子でフロストはデントンの町を走り回ります。
それにもれなく付き合わされる若いウェブスターの方が、睡眠とちょっとした恋愛のための時間を求めて音をあげそうになるほどのワーカホリックぶりだ。
まったく筋違いの線をたどってしまったり、おとり捜査を断行して見事に失敗したりとミスもあるが捜査そのものは悪くない。
目の付け所がいいのだろうが、ほんの少しの違和感を見逃さないでそれを追いかけた結果、追いかけている事件が解決することもあれば違う事件の糸口となることもあり。
フロスト警部に書類整理用の秘書をつけて、本人は好きなように町を徘徊させておけばデントンは平和になるんじゃないかな。
複雑に絡み合い重なる事件の輪も一つが解ければ次々に解決していくのは前作と同じだった。
一昔前の話らしくどこででもタバコを吸い放送禁止用語連発のフロスト警部ですが、時代を経ても光る個性の魅力があるのだろう。
オオグソクムシの謎 深海生物の「心」と「個性」に迫る!
2024/02/18 01:07
オオグソクムシの研究
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先日ニュースで「オオグソクムシは一度の食事で6年分のエネルギーを獲得できる」という研究結果が発表されたのを読みました。
鳥羽水族館で5年にわたって絶食していたダイオウグソクムシもニュースになっていたことがあるが、それも実は深海では不思議な出来事ではないのかもしれない。
そんなオオグソクムシのどんな「謎」を解き明かしてくれるのか、動物心理学が専門でダンゴムシの研究もしている信州大学の博士の本を読んでみました。
まず最初にカラーページがあって、オオグソクムシの正面アップの写真をはじめ側面、腹部、そして身体を丸めた姿が登場します。
ダンゴムシのように真ん丸になれるわけではなく、スリッパをちょっと折り曲げたくらいな感じなのでそれが防衛になるのかは謎だ。
そして体色が肌色なのに驚いた。
水族館でダイオウグソクムシとオオグソクムシが仲良く同じ水槽に入っているのを何度か見たことがあるけれど、赤いライトとダンゴムシのイメージで灰色だとばかり思っていました。
著者がオオグソクムシの研究をはじめたのは、江ノ島の水族館でダイオウグソクムシが飼育されているニュースを見てさっそく実物を見に行ったことがきっかけだそうです。
それまでダンゴムシの研究をしていたそうで、海の巨大なダンゴムシとくれば興味がないわけがない。
ダイオウグソクムシは無理でも一緒に飼育されていたオオグソクムシなら日本で採取できるし飼育できそうだと思って早速行動に移す。
飼育用の水槽の準備して、エビの漁の仕掛けに入ったオオグソクムシを取っておいて研究者などに分けてくれる漁師さんからオオグソクムシを手に入れると実験開始です。
オオグソクムシが寒天で作った底面に穴を掘る行動を観察したり、ゴルフボールを敷き詰めた水槽でどのような行動をするかを観察してオオグソクムシの「心」を探ろうという研究です。
先行研究というべきかダンゴムシが刺激に対して体を丸める時間と元に戻る時の動きの個体差や、障害物に対する交替性転向反応と連続T字路迷路における壁のぼり行動についても詳しく書かれていた。
一番驚きだったのは自宅の庭で実験用のオカダンゴムシ500匹を採集したという部分だったけどね。
庭が広いのかダンゴムシって実は密集しているのかは不明だった。
ダンゴムシの研究の中でもイリドウイルスに感染することで体色が青くなったダンゴムシは明るいところに出てきやすいというのが興味深い。
寄生生物による洗脳ですね。
ダンゴムシやオオグソクムシの行動と認知から、彼らの「心の機微」に迫る面白い本でした。
冬のフロスト 上
2024/02/18 01:01
寒さが沁みる話
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常に凶悪犯罪の絶えないデントン警察署ですが、今回も八歳の少女ヴィッキーが行方不明になっています。
ヴィッキーが姿を消して九週間、今度は七歳のジェニーが姿を消したと母親が警察に駆け込んでくる。
だが少女が行方不明になったのは前日のこと、放任主義の母親は自分の彼氏が止まりに来るからとジェニーを祖母の家に行かせたまま連絡もせず丸一日たってようやく娘が消えたことに気づいたのだった。
子どもには優しいフロストは、一月の寒空の中でもしジェニーが生きていたら寒い思いをしているだろうと大捜索隊を指揮します。
だがすべて空振りに終わってしまい超過勤務手当がかさんだとマレット署長に絞られることに。
もちろん少女たちの行方を探すだけでなく、武装強盗や枕カバーに盗品を入れて持ち去る連続窃盗犯、そして娼婦の殺人事件に死後三~四十年たっていると思われる白骨死体の事件と犯罪のオンパレードだ。
しかもアラン警部は出張中で、代理を務めていたリズまで一身上の都合で一週間ほど休みを取ってしまいます。
すべての事件の責任者になってしまったフロスト警部は相変わらず下品なジョークをとばしながら書類仕事を投げ捨てて奔走します。
今回のフロストの相棒はウェールズ訛りの「芋兄ちゃん」ことモーガン刑事だった。
この芋兄ちゃんは四十手前にもかかわらずちょっといい女がいたら口説きにかかり、しかも小犬のような表情が受けるのか痴情沙汰を何度も引き起こす。
フロストを「親父さん」と呼んで懐いているようですが、致命的なミスが多くて制服組からさえも職業に向いていないと評される有様だ。
フロストは決して「ミスをするな」とは怒らない。
「捜査上でミスをしたら隠そうとせずにすぐ報告しろ」となんとも立派な上司です。
だがフロストがモーガンを一番叱責したのは捜査でミスをしでかした時ではなく、サッカーか何かの世紀の一戦のビデオを撮り損ねた時だった。
フロスト警部が駆け回るほど事件は増える。
今回もフロストの奮闘の甲斐なく、「夜の姫君」こと立ちんぼの娼婦たちが次々に殺されていく。
しかも鞭で打たれ煙草の火を押し付けられた傷跡も生々しい拷問された遺体だった。
「よし、おとり捜査しかない」となるが、これまでの経験ではおとり捜査が成功したことはないはず。
危うく事件そのものを忘れかけていたり、おとり捜査に失敗して青くなったりと失敗を重ねつつも最後にはすべての事件に決着がついて終わるのは恒例通り。
フロストみたいな上司は欲しいがフロストみたいな上司にはなりたくないという不思議なキャラだった。
土と内臓 微生物がつくる世界
2024/02/18 01:00
微生物パワー
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地質学者の夫デイブと生物学者の妻アンが微生物について書いた本です。
まずは彼らが手に入れたシアトルの新居の荒れはてた庭を植物の生い茂る庭へと変える話で始まります。
ガーデニングの夢を持っていたアンが木を植えようと苗を取り寄せて穴を掘ると、庭の土は氷礫土という岩のように固い土だった。
表面をすべてはがして新しい土を入れるのは予算的に難しく、臭いの問題で鶏糞を撒くプランは却下された。
そこでアンがはじめたのは、木くずや落ち葉をマルチにして土中の水分を保つようにすること、そしてただでもらってきたウッドチップや落ち葉、コーヒーかす、草食動物の糞を堆肥化したものを庭に撒いて有機物を足していった。
さらに堆肥中の有益な微生物を培養して撒くことで、庭の土は濃いチョコレート色に変わりミミズや甲虫、昆虫、鳥たちと庭の住人がどんどん種類を増していく。
五年の努力が実って庭には植物が生い茂り、夏には野菜がたくさん採れるようになったそうですが、その原因となったのは微生物の働きだった。
ここで微生物の歴史をおさらいしてリンネやレーウェンフックの業績が語られる。
コッホやパスツール、ジェンナーの話も出てきて、クライフ著『微生物の狩人』を復習できました。
興味深いのは微生物が遺伝子情報を種を超えて容易に受け渡しするという性質だ。
そして化学肥料は一時的に生産性をあげることはできるが、土壌はむしろ痩せていくため長期的には有機物による肥沃化の方がよいということも知った。
まあベランダのプランターに応用できるかは別問題ですが。
後半ではアンがHPVの感染による子宮頸癌にかかり手術する話で始まります。
病気をきっかけに食生活の見直しを迫られたそうで、砂糖やカフェイン、アルコールを控えて野菜が半分、精白されていない穀物を少しと豆のような植物性のタンパクをメインに肉はなるべく控えめに、そして一日三食をきちんと取ること。
わかってはいてもなかなか難しいのが食生活の改善ですが、実行したら血糖値や血圧、コレステロールが下がって肥満が改善されるそうです。
人間はもちろん生物の内部も環境にも微生物があふれているが、本書では特に大腸に住む細菌群に注目している。
慢性の腸疾患の患者に健康な人の便を移植すると疾患が改善するという話は十年くらい前から聞いていたが、腸内フローラ移植と言葉を変えても抵抗感がぬぐえない。
微生物が主体なら必要な微生物だけ培養すればいいとも思うのですが、複雑で多種類の腸内フローラを再現するのはまだ難しいようです。
大腸に住む菌のためにもプレバイオティクスとプロバイオティクスを取ることの有用性が説明されていた。
微生物は身体を守ることもあれば病気の原因となることもある。
そんなミクロの世界にもっと目を向けて、うまく付き合っていけるようになればと思います。