呑如来さんのレビュー一覧
投稿者:呑如来
予告された殺人の記録
2001/05/23 18:28
本当の小説
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ノーベル文学賞受賞者、ガルシア=マルケスの代表的中篇である本作は、コロンビアの小さな田舎町という限定された場所を舞台に、犯行予告が事前に出されているにも関わらず予定通り男が殺されてしまうまでを描いた、極めて単純な小説である。
しかしなぜそれがこんなにも衝撃的なのか。日本の私小説を読みなれた身には、こういった、ストーリー優先の淡々とした語り口、心理や情緒は二の次である事件報告書のような小説自体が新鮮に映るということもあるだろう。だがそれだけではない。町の住人みなが殺人の予告を聞いているのに、誰一人として彼を救うことができなかったと言う現実、あらゆる偶然が彼を死に導いてしまったことへの驚愕。そう、これは不合理な悲劇なのだ。その点でこの小説はカフカのそれと同じく不条理を描いたのだとも言える。
とはいえ根底にあるのは民族的な問題だ。結婚に関しての処女崇拝であり、男性優越主義であり、家族愛である。まだ村という共同体が機能していた時代に起こりうるべき事件、そして実際起こった事件。それをモデルにガルシア=マルケスはこの作品を書いたのである。
ちょっとした嘘。十七年間思い続け、ひたすら返事の来ない相手に手紙を出し続けたある真昼時、二千通の手紙を携えて彼女の元に訪ねてくる男。このシーンの美しさは、時間がまだゆったり過ぎていた時代、待つことを恐れなかった時代への讃歌となっている。そしてこのエピソードが悲劇における一つの救いとなって物語の深みを増している。沈黙によって語られる味わい深い名作だ。
長い長いお医者さんの話 新版
2001/08/02 15:24
ビターな味わいの短篇集
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
チェコスロヴァキアの小説家、カレル・チャペックによるひねりの効いたおとぎ話は、ミルクというよりビターチョコレート。辛口の白ワインを飲みつつ味わうのに最適の短篇集といえましょう。
魔法使いや妖精、カッパが当たり前のように人々の語る話の中へ登場してくるところは、現実と非現実の境界を知らぬ間に越えさせる手法としてうまく働いています。すべてを語らず、余韻でうならせるあたりさすがチャペック。安部公房がリスペクトしていたのも肯ける話です。
7つの作品どれもが素敵なのですが、私は「長い長いお医者さんの話」「郵便屋さんの話」「小鳥と天使のたまごの話」に感銘を受けました。安部公房好きの方なら思わず微笑したくなる作品ばかりです。
賃労働と資本 改版
2001/05/22 15:15
世界を理解する手がかりとして
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ブルジョアジーとプロレタリアート、労働価値と搾取、といった用語の本来の意味を知るためにまずは読んでおかなければいけない本。労賃はいかにして決定されるか、機械の導入によって労働はどのように変化するか、などなど非常にわかりやすく説明されている。経済学というより小説として読んだ方が面白い。
『羊をめぐる冒険』もこれを読めばよくわかる。
ちいさなちいさな王様
2001/05/16 13:27
想像の世界を再び甦らせるための
6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
シュールレアリスム絵画のように幻想的な挿絵が印象的な物語。
これは幼いときのように豊かな想像の世界を持てなくなってしまった大人のために書かれたファンタジーなのでしょう。
突然語り手の前に現れたとってもちいさな王さま。王さまたちの国では歳をとるにつれてどんどん若返って小さくなってゆき、やがて目に見えないほどになってしまうことを「死」ととらえるのですが、王さまが語る「死」に対する哲学や、王女さまとのエピソードにははっとさせられます。
ラストも秀逸で何度も読み返したい作品です。
百億の昼と千億の夜
2001/07/04 19:08
すべては虚しいのか?
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
純文学のように味わいのあるマンガは数多い。しかしこのマンガのように哲学の粋に達してしまったマンガはそれほど多くはないだろう。原作があるから、というわけではない。絵それ自体の表現力が素晴らしいのである。しかも題名からして壮大だ。気の遠くなるような永い時間。それは死を想起させるのに十分すぎる時であろう。むしろ無と呼ぶべきかもしれない。
ストーリーはそれほど単純ではない。
天地創造からはじまって、キリスト教の歴史も仏教の歴史も同次元で語られてゆくのだが、そこには今まで描かれてきたシッダータやユダとは別の、恐ろしいまでに神(存在)への懐疑に満ちた彼らがいる。戦いに明け暮れる阿修羅の語る言葉は実に切ない。そしてキリスト教自体が仕組まれた罠だったという下りは物語にしても強烈で、しばし頭を抱えさせられる。
未読の作品について詳しく語られるのは、未見の映画について語られるのと同じくらい不快だと思うので内容はここまでに。
とにかくカルチャーショックという言葉ではまったく足りないようなショックを与えてくるマンガであり、何度読んでもメッセージを受け止めるだけでぐったりしてしまう。これを読んだあとは文字通り世界観が一変してしまうのだ。
続き
ニーチェ
2001/05/31 14:21
批評が芸術になる瞬間
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「力への意志」「超人と弱者」、などの用語でなにかと誤解されがちなニーチェの哲学を鮮やかに読解し、ポスト構造主義に強烈な一撃を放ったのが本書。ニーチェはナチスとは正反対の位置に立っていたことも、力への意志が権力への意志とはまるで違うベクトルを指していたことも、これによってよくわかります。『ツァラトゥストラ』で暗澹たる気持ちになった人も、これを読めば英気が回復するでしょう。哲学者ゆえの華麗な読解です。
漱石書簡集
2002/07/27 14:58
誠実な思いと真摯な言葉
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
漱石ほど真摯に人と人との関係や国の将来を考えている小説家は現在の日本ではどこにも見当たらない。一般人の間でも"癒し"がブームになって以来、「ダメな自分もそのままでいいんだ」という妙な開き直りが横行してしまい、自分自身を客観的に分析し、悪いところは改善していこうとする克己心すら失われているようだ。
そんなとき、漱石の残した言葉を読むと、本当の意味での優しさとにふっと手を触れられたような感じがして、心が洗われる。
気に入らない事、癪に触る事、憤慨すべき事は塵芥のごとく沢山あります。
それを清めることは人間の力で出来ません。それと戦うよりも、それを赦すことが人間
として立派なものならば、出来るだけそちらの方の修養をお互いにしたいと思います
が、どうでしょう。私は年に合わせて気の若い方ですが、近来ようやくそっちの方角に
足を向け出しました。
(大正四年六月十五日付・武者小路実篤宛て書簡)
このような言葉の深さは、いつの時代になっても変わることはないだろう。
死にぎわの台詞
2002/04/23 02:41
年寄り笑うな、行く道だもの
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
人は誰でも歳をとり、やがて死ぬ。しかしそのことを常に頭に置いている者は少ない。老人を無用の長物と蔑みながら、自分がその蔑まれる立場になることを想像しもしない愚か者のなんと多いことか。だがレジナルド・ヒルはそのことを大仰に嘆きもしないし、若者を啓蒙しようと熱弁をふるうこともない。ただその悲しい現実を客観的に描写するだけだ。そしてその態度こそ、作者の生に対する誠実さの表れだと言ってよい。
3人の老人の死を扱う本書では、老人ホームの実態、痴呆と介護、独り暮らしの老人の寂しさ、といった重いテーマが取り上げられており、読んでいて身につまされる場面も多い。また、ダルジール警視が飲酒運転及び過失致死の罪を犯したのかと気を揉まされもする。そんな中、パスコー警部と彼の妻のエリーの存在は救いであり慰めだ。やはりこのシリーズでの真の主役はパスコーなのではないだろうか。
私は本作を読んでこのシリーズを最後まで見届けたいと心から思った。
壁 改版
2001/09/20 17:31
あと何回再読することになるだろう
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
何度読んでもこれほど新鮮に感じられる小説は他にない。この小説を読むたび、やはりカフカの精神を後継することができたのは安部公房だけだ、と実感する。真知夫人による挿絵も効果的に小説世界へ誘ってくれる。
カルマ氏については島田雅彦が『僕は模造人間』の中で共感を示しているが、私もカルマ氏やアルゴン君が他人とは思えない。
爬虫類と両生類の写真図鑑 完璧版 オールカラー世界の爬虫類と両生類400種
2001/07/02 17:29
好きな人は大感激、嫌いな人は大絶叫、そんな楽しい写真図鑑
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ヘビ、カエル、トカゲ、カメ類等の珍しい写真が満載なので、好きな人にはとても楽しめる画期的な図鑑。
イエアメガエルやトルキスタンスキンクヤモリの愛らしさは犬や猫に少しも劣るところがありません。ただヘビ嫌いの人は絶対見てはダメ。鳥肌、失神確実ものの、原色に彩られたヘビたちがこれでもかというくらいでかでかと載っているのですから。
ミルクヘビやサバクキングヘビは、何度見てもぞっとします。夏の暑さを吹き飛ばしたい時は、肝だめしよりこの図鑑を見るほうが効くかも?
お伽草紙 改版
2001/06/22 05:29
太宰を読んで笑おう
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
太宰はおもしろい、と言うとファンには顰蹙を買うかもしれませんが、この本でもわかる通りそれはれっきとした事実。日本の昔話のパロディ集ですが、いつにも増してユーモアが前面に出ているため、読んでいて思わず吹き出してしまったり。太宰が苦手な人にこそ一読をおすすめします。
黒猫 モルグ街の殺人事件 他5編
2001/06/14 09:49
必読書とはこういう本を言う
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
古典的名作とはこの本のためにある言葉であろう。この本を読まずにミステリについて語ることはできない。
「黒猫」のモチーフは楳図かずおが、「ウィリアム・ウィルソン」は数多の小説家に踏襲されている。「盗まれた手紙」「モルグ街の殺人事件」など、全体を通しての冷然とした語り口も魅力的で、何度も読み返しても色あせることがない。
堕落論
2001/05/29 20:12
読まずに死んではいけない一冊
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
青年の時分、誰もが手にする一冊。
えっ、まだ読んでない? まだ遅くはありません。すぐ買物カゴにGOです。これを読まずに青春や恋愛について語るなかれ。相田みつおも「一生青春、一生感動」と書いていますが、その元祖は安吾なのであります。しかも実存哲学をエッセイという形式で説明してしまったすごい人。醒めてるけど熱い、絶望という希望。
安吾が示唆してくれる人生観はいつまでたっても古くなりそうにありません。
鳩どもの家
2001/05/14 10:59
濃密で空虚な時代の讃歌
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
高校時代や大学時代というものは本当のところ輝かしくもなんともない。ただ、後になって回想したときに全てが眩しく思え、その二度と戻ることのできない広漠とした時代に激しい追憶を感じるだけだ。
まだ諦めも要領のよさも身についてない不器用な若者。それでいて妙に達観し、人生の何たるかを悟ってしまったかのような頽廃感をまとわりつかせている若者。そんな彼らを理解できなくなってしまったとき、人は「大人」になる。「大人」になれなかった者はアーティストにでもなる以外ない。中上健次は死ぬまで若者のささくれだった魂をくすぶらせていたアーティストであった。
学生運動華やかかりし頃を舞台背景とした「日本語について」、老成を気取りドラッグに耽る青年を描いた「灰色のコカコーラ」、自らの家庭背景を題材にしたかのような「鳩どもの家」、この3作品からなる本書の濃度はまるでウオッカである。
アメリカ陸軍の黒人兵と一週間一緒に過ごすというアルバイトを学生統一戦線の運動家に頼まれるという設定は、今でこそおとぎ話にもなるが、あの時代においてはありえないことではなかった。革命幻想を醒めた眼で傍観している主人公だが、その思考は右翼も左翼も知らない現代の「平和」な若者のそれと比べれば格段に生の実感を伴っている。軽く書かれているようでも、読後には梅雨のように沈鬱な影を落とす。
「日本語をまったく理解できない外国人に出会った時、あなたはいったい日本語をどの単語から教えるのだろうか?」
この問いは今でも読者ひとりひとりに発し続けられている。
わたしは真悟 Volume1
2001/05/02 19:58
意志の付与、拡散する物語
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
とにかく一生に一度は読んでおきたいマンガ。
鬼才、楳図かずおが昭和58年に第1巻を発表した本作は、まだ工場のオートメーション化が目新しかった時代の工業用ロボットが語り手となっている。
その、「真悟」と名づけられ、情報を教え込まれることによって自分の意志を持ったロボットと、名付け親であるさとるとまりんの運命を軸に、物語は展開するのだが、作家が楳図かずおなだけに奇妙な世界観と脈絡の欠けたストーリーは、読む者をそこはかとない不安に陥れる。
少女まりんを誘惑しようとする気味の悪いアメリカ人青年や、反日運動で日本製のテレビが壊されている光景など、当時が偲ばれるような風刺描写は、今読むと非常に新鮮である。また、パソコンが普及しバーチャルリアリティが当たり前になるずっと昔に、このようなアンチロマンを創作した楳図かずおの想像力は国宝級と言える。
『寄生獣』や『ドラゴンヘッド』、『バトルロワイヤル』等の作品など、楳図かずおの『漂流教室』や『神の左手悪魔の右手』を前にすればかわいいおとぎ話のように見えてしまう。たぶん、書いている本人が途中から自己同一性を失ってしまっているようにしか思えないところが恐怖の原因だろう。
なお、このマンガを好きだったため、元電気グルーヴの砂原良徳が「まりん」と名乗るようになったことは有名である。