あきこさんのレビュー一覧
投稿者:あきこ
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デミアン 改版
2001/08/04 00:55
自己自身への道
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
この作品は、発表当初は匿名で——エーミール・シンクレール作『デミアン、ある少年時代の物語』として出版されていました。それは、この作品が当時の宗教観や倫理観に対して批判的な内容を持つ、衝撃的な作品であったためです。
すべての人間の生活は、自己自身への道であり、一つの道の試みであり、一つのささやかな道の暗示である——はしがきにあるこの言葉は作品を通した大きなテーマとして、幾たびも作品の中に現れ、少年である主人公を、青年になり迷える主人公を、自分自身へと導いていきます。
悲哀に満ちた夢想的な前期の作品群と、東洋的な内面への回帰の道筋を描く後期の作品群の間に位置するこの「デミアン」は、作者自身の魂の軌跡を映すように、美しくもありながら同時に飢餓感とでも言うべき内面への希求を描き出します。
「すべての人間の生活は、自己自身への道」——この言葉に理由もなく心が動く方に、ぜひ、この作品を読んでいただきたいと思います。
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隠された十字架 法隆寺論
2001/07/06 22:22
陰の中の真実
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
法隆寺は美しいお寺です。しかし、その姿の中には、古いもの特有の、かすかに黴に似た香りがするような、陰の匂いが漂います。それに魅せられる人も多いでしょうし、また、反対にそれを恐怖し、拒む方もいるでしょう。この本は、その法隆寺の陰を——その陰を作り上げた歴史上の多くの人間模様を——論証とともに描き出した作品です。
法隆寺はいくつもの謎を持っています。それは、時の流れが作り上げたものであると同時に、謎とされなければならなかった真実を孕んでいます。この作品は、まず謎を提起し、解決への道を示し、論を進めることで、その謎を解いていくのです。
小説というには僅かに論が勝ってしまうので、『小説らしからぬ』という印象を抱くこともあるかもしれません。しかし、小説というものは本来『論理思考自体の面白み』をも含んだものに違いないのです。
日本史が好きでたまらなかった人よりも日本史に面白みを覚えなかった方にこそ読んでもらいたい作品です。また、謎に対するアプローチや論考は、下手な推理小説などよりずっと緊張感と説得力をもって著述されており、すべての謎を愛する方に楽しんでいただきたい作品です。
白い犬とワルツを
2001/07/14 00:36
生きるという事の優しさ
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
長年連れ添った妻を看取った彼は、でき得る限り自分の足で余生を生きようとします。その日々は、子供たちや妻や友人たちへの感謝に満ちた日々でした。やがて彼は自らが病魔に冒されていることを知ります。そんな彼の日々に寄り添っていたのは、彼にだけ特別懐く、不思議な白い犬でした——。
老いを見つめる子供たちの冷静で優しい視線と、その優しさを十分理解し、感謝しながら、自分の足で余生を送ろうとする老人の誠実さ——そして、彼を楽しませ、彼をそっと見つめる白い犬——。慈しみあい、信じあった静かで豊かな恋愛の実りは、やはり静かで豊かで優しくあるのでしょうか。夫婦愛と家族愛を豊かに謳った、優しい、この上もなく優しい童話のような小説です。
死を見つめ、老いを見つめる作品でありながら、読後感は爽やかで、静かな勇気と優しさで満たされます。
身近な死を悼んだ事のある人に、老いを迎えた家族に戸惑いを覚えている人に、この本を読んでいただきたいです。
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英語で読む銀河鉄道の夜
2001/06/15 22:42
言葉の二重奏
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
宮沢賢治という作家を語るときに、必ず話題に上がる作品がこの「銀河鉄道の夜」でしょう。生前未発表の作品であり、また、幾度も改稿を重ねられている作品であるだけに、数多くの「銀河鉄道の夜」が発行されています。この「英語で読む 銀河鉄道の夜」はその中でも、本を開いた右側に縦書きで「銀河鉄道の夜」の本文が、そして左のページには横書きで「英語の銀河鉄道の夜」が展開されるという異色作品となっています。
宮沢賢治の手による「銀河鉄道の夜」の中にある、非常に日本的で美しい、「日本語に与えられた音色」のような文章を、英語という全く文章構造の違う言語で、大胆にしかし明瞭に訳するために、訳者は実に20年以上の年月を費やしています。日本の名だたる文豪達よりも、宮沢賢治を愛し、称え、誰よりも理解しようと願い続けた訳者パルバース氏の情熱が生んだ、これは時間と空間を越えた「銀河鉄道の夜」という二重奏です。訳者パルバース氏は「戦場のメリークリスマス」の助監督であり、様々な作品の翻訳者であり、劇作家であり、そして小説家。
既に「銀河鉄道の夜」を読んだ事のある方にも、これから読む方にも、そして何より、英語を学び親しみたいと願っている方に、この作品を読んでいただきたいと思います。
海潮音 上田敏訳詩集 改版
2001/07/06 22:22
韻律の美しさ
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詩を訳するという行為は、単に詩の内容を翻訳するだけではなく、原文の持つリズムや詩形をも同時に移植することなのだと強く感じさせられる訳詩集です。
外国語で描かれた一つの完成形を持った詩を、日本語という全く構文の異なった言語で、その詩感を犠牲にすることなく訳するという作業は、自らが日本語の詩を描くよりも難しい事に違いありません。しかしながら、「海潮音」の日本語の響きは美しく、音の持つ韻律の響きに圧倒されます。
「海潮音」の最初の出版は明治時代ですから、訳された言葉も古い文語体などが用いられていますが、古典的でもあるその古い言葉の響きが鮮やかに美しく、日本語という言語の本来の美しさを再確認させられます。
ぜひ、詩文を声に出して吟じてもらいたい作品です。
「脳死」と臓器移植
2001/10/18 23:51
心と体の隙間に
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臓器移植法が成立し、臓器のドナーカードは私達の日常の身近な場所で見られるようになりました。臓器移植は医療の新しい扉を開いたようにも見えます。——でも、本当にそうでしょうか。ドナーカードを持ち歩いている方は、本当に「死」を考え、自分の中の全ての問いに決着をつけた後に署名しているでしょうか?
この本は、臨時脳死及び臓器移植調査会の元委員であった、哲学者梅原猛氏が中心となり、医学の立場から、法律の立場から、宗教哲学の立場から、それぞれの世界の専門家が脳死と臓器移植について述べた論文集です。寄稿していらっしゃる方が、かなりご年配の方ばかりだということが残念ですが、専門的な分析によって浮き彫りにされていく脳死と臓器移植の問題点について、深く考えさせられます。
日本という国は、心の奥に独自の宗教観や哲学を秘めながら、西洋医学の道を歩んでいます。脳死という概念は、その僅かに相容れない隙間にギシギシと音を立ててめり込む、尖った楔のようなものかもしれません。
私が壊れる瞬間 アルツハイマー病患者の手記
2001/06/24 00:17
病の迷路に射す勇気という光
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この本は1993年に発行された「LIVING IN LABYRINTH」の邦訳です。
アルツハイマー病という病を、ご存知の方も多いでしょう。ご高齢の方に見られる痴呆症状と同じような症状が、30代から64歳までの年齢に見られた場合、このアルツハイマー病という診断が下されます。実際の症状などは、老年痴呆の症状と同じものです。正確な原因や特異的な治療法はまだ確立されていません。
作者ダイアナは、50歳にさしかかろうという時に、自分の体に異変が起きつつある事に気がつきます。自分の住んでいる場所がわからない、とても親しい人だったはずなのに誰だか分からない、狭い駐車場の中でどうすれば駐車場から出ることができるのかわからない——。アルツハイマーという病の迷路の中に、彼女は入り込んでしまったのです。
彼女は自分の気持ちや症状をメモしつづけていました。この「私が壊れる瞬間(とき) アルツハイマー病患者の手記」は、彼女がそのメモをまとめた、初めてのアルツハイマー病患者自身の病の記録です。
現在、日本には150万人の痴呆老人がいると推定され、そのうちの約30%がアルツハイマー型痴呆であると考えられています。この本はアルツハイマーという病どういうものかということを教えてくれると同時に、その病が患者に与える孤独を私たちに教えてくれます。孤独の中にあってさえ、前向きに生きようとする作者ダイアナの強い信念は、私たちに勇気を与えてくれます。
ローレンツカオスのエッセンス
2001/06/15 22:44
未知へのドキドキ感
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カオス理論が発見されてから少し年月が経ちました。一時期は猫も杓子もカオスの研究というほどのブームを巻き起こした科学の場も、着実に身近な分野で研究され続け、既に様々な応用が試行錯誤されています。そんな中でカオスに関する解説書は、非常に専門的なものから、専門外の方のための易しい入門書まで数多く発行されています。
この「ローレンツ カオスのエッセンス」は、カオス理論の発見者の一人である気象学者ローレンツ氏自身が、大学で講義した「カオスの本質」の講義内容に即して著した本であり、非常に明解にしかも特別な数学の知識に依存することなくカオスを解説した、初学者に理想的な入門書です。その内容は単にカオスの解説だけに留まらず、科学を学び研究する時に感じる、未知のことに対するドキドキ感・ワクワク感をも読者に伝えてくれます。
カオスという単語に興味はあっても他の解説書の難解さゆえになかなか踏み込むことが出来なかった方や、科学の道に進む事を考えている大学生に、ぜひ読んでいただきたいと思います。
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