松井高志さんのレビュー一覧
投稿者:松井高志
蹴球神髄 サッカーの名言集 続々
2006/08/14 11:36
あまりにもお手軽
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古今東西、サッカーにまつわるプレーヤー、指揮官などの名言集。正・続に次ぐ第三弾。一応、ドイツワールドカップ関連本のひとつ。
この本の章題のひとつに、「フィールドの向こうに人生が見える」とある。これはご存じ「オシムの言葉」(集英社インターナショナル)のサブタイトルと同じである。
「オシムの言葉」の担当編集者は私の古い友人である。だからこういう臆面もない「パクリ」は看過できない(編集道として節操がないと思う)。このほかにも、書籍のタイトルにはパロディかオマージュか何のつもりかよく分からないが、よくこういう浅ましいケースがある(「人生に必要なことはすべて〜から学んだ」とか)。いや、それ以前に、雑誌の企画などはあからさまな「アイディアのパクリ」が常態化している。出版人にとって、プランやタイトルは「知的財産」ではないということらしい。自分も編集だったが、こういう軽薄さが過去の自分の醜さを見せつけられる感じで、実に嫌である。
大江戸豪商伝
2003/06/16 16:00
でも通勤電車とかで読まれてる気がする
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江戸の経済小説集。江戸という街が生んだ11人の大商人を取り上げ、その半生をサクセス・ストーリーとしてわかりやすく読ませ、今日、混迷する経済状況下、惑い多き企業人に希望とヒントを提供するのを目的とした短編小説集(多分ね)。
であるから、細かい考証がどうのこうのと重箱の隅をつつくのはいかにもヤボである。江戸の話だからヤボは言いっこなしだ、それは分かるが、ディテールでひっかかる点がいっぱいあると、物語というのは素直に頭に入ってこないので、時代物を書くときには、一応ディフェンスをしっかりしておかないとまずいと思う。
このうち、自分はたまたま「夢の居酒屋」の主人公についていくらか調べたことがあり、ざっと読んだだけでも次の点が疑問である。
1.主人公が居酒屋を発想するのは、江戸城の濠浚えの普請があって、彼の酒屋の前を大勢の人が通行するのに目をつけたからというのが定説だが、それをあっさり無視して、単純にあくまでも消費者本位のサービス業のはしり、みたいに捉えるのはどうか。
2.主人公と妻が、湯屋で仕切越しに仲良く会話する場面があるが、こういう昭和30年代みたいな銭湯風景が享保の江戸にあったのか。
3.八代将軍吉宗が庶民の娯楽のため、飛鳥山に桜を植えたということを、彼の善政の例としているが、将軍家御廟所近くである上野(東叡山)で庶民が花見をして騒ぐのが迷惑だったので、それを遠ざけるためだったとも聞く。これも少し調べれば出てくる話。
こんなことばかりあげつらっていても、ちっとも生産的ではないが、わかりやすければ多少の問題は目をつぶる、というのは、ちょっと小説の品質としてまずいのではないだろうか。
ザ・ゴルフ
2006/06/12 14:58
「調べ学習」から一歩前へ出なければ……
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ゴルフにまつわる名言・金言を集めた本。編者は推理小説家であるというが、申し訳ないがお作品を拝読したことがないので、作風などについてはよく存じ上げない。
この版元は、スポーツの名言集といった趣の本を立て続けに出していて、「言葉の魔球」(野球)「蹴球神髄」(サッカー)などを書店の棚で見かける。「蹴球神髄」は好評らしく、続編・続々編も出ている。
自分のブログで「言葉の魔球」を紹介させてもらったりしていたこともあり、もし何か御用がございましたら、と先週ここんちへ挨拶に行って、その際おみやげに渡されたのがこの「ザ・ゴルフ」である。
ゴルフは野球やサッカーと違って、圧倒的に「誰もがプレーする機会が多いスポーツ」であり、この意味で上達の心得として名言・金言が多く伝えられているのは当然といえる。自分はゴルフをしないのでそういうものを読まず、従って詳しく調べたわけではないけれども、今までにも、類書が多くあるように拝察する。
この本は、古今東西のプレーヤー、有名人による名言、古くからあるゴルフの諺の集大成であるが、ともかく数で勝負、という風情がある。一つ一つの「お言葉」に編者の解釈コメントがついている(「言葉の魔球」にはこれが不足している)が、きめ細かい点で一本足りない。もっと情報を詰め込むことができたであろう、と思われる。
多分、この「名言」のたぐいはどこかから引用されたものであろうが、引用文献の一覧がない(学術書ではないから必要ないといえばないのだが)。それがないのであれば、和文翻訳をぽんぽん並べるのではまずい。プレーヤーのコメントをせめて原文併記すべきである。英語のニュアンスと翻訳和文のそれが違う場合も考えられるし、そうなると誤読の可能性が生じる。日本語の諺や名言本とはそこを区別して考えるべきである。
単純に、タイガー・ウッズやパーマーは英語で話しているんだろうが、バレステロスの発言は英語なのかスペイン語なのか、じゃ、トレビノはどうなんだ、みたいな疑問が湧いてきて、原文が見たくなるのである。
章間コラムの「ゴルフジョーク集」みたいなのは編者の「どうだ俺のセンスは」という得意げな顔が見えるようであまり買えない。名句集みたいな本では、やっぱり編者が出しゃばらない方がいいようだ。また勉強させていただきました。
ニッポン・グラフィティ19XX おじさん文化論序説
2006/04/28 12:58
じゃ、今なら80年代本か、というとそうでもない
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サブタイトルは「おじさん文化論序説」。この本が出た頃、ちょうど60年代〜70年代カルチャー(&ファッション)のリバイバルがブームになっていたので、その頃の話なら団塊世代に任せろ、というような勢いで、極めて軽いノリで出来た本らしい。よって「序説」であるはずなのに、筆者は「阪東恭一(元ジャーナリスト)とおじさん文化探検隊」(奥付にスタッフの名前が列挙してあるが、ボンバー山田、ハニー武田、ユーリー伊藤等ほぼ匿名に等しい)となんとなく腰が引けているし、「説」らしいまとめ文は巻頭にも巻末にもまるでなし。表紙には、「おじさんたちの青春、それは戦後日本の青春だった。ファッション、音楽、テレビ、映画、マンガなど、全てが青春だった時代の若者像を追い、『おじさん文化』の現在に迫る!」これが一応この本の本文全体のリードである。大体、これらの各項目について、それぞれ一冊ずつの立派な本ができるはずなのに、それを年表・用語集つき254ページにまとめようというのだから、「ざっとまとめてみた」だけの本であるのが事前に予測できる。使用図版には、明らかに別の刷り物からの引用だが、引用元が不明なものもあり、その部分のコラムの筆者は匿名であったりする。あげく、奥付には「資料の著作権・肖像権の確認先が不明のものがございました。お気づきになりましたら、当社までご連絡いただきますようお願いいたします」と来ちゃう。本文も「太陽にほえろ!」の舞台が「大曲署」になっているなど、凄絶な誤植が散見される。聞けば、この出版社は今は既に存在しないそうである。
こういう本をなぜ買ってしまったかというと、「高視聴率番組と世相」という趣のコラムの仕事で使うため、お堅い「昭和史年表」の他になんか戦後史カルチャー年表が欲しくて、この本の224ページ以降にある「流行語辞典」と「社会史年譜」目当てだったのである。だったらどこかでコピーすればよかった。まぁ、突っ込んで暇を潰すには最適な本ではある。
自由と規律 イギリスの学校生活 改版
2006/05/23 08:52
「デハノカミ」のはじまり
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岩波新書の中でも古典的名著とされているらしく、私が今回読んだのは、昭和51年の第46刷(その後改版されているかも知れない)。初版は昭和24年。
サブタイトルは「イギリスの学校生活」。しょぼい新書を出した経験がある立場から言うと、今の新書なら、版元の押しでたちどころにこっちがメインタイトルになってしまうだろう。新書のタイトルとして、「自由と規律」が許された時代が実に羨ましい。
イギリスのパブリックスクールに学んだ実体験を回顧しながら、英国人気質と同地の教育・社会の仕組みを紹介している。こうした外国滞在経験を元にした比較文化の本は、今時珍しくもなんともないが、多分、この本がその嚆矢だったんじゃないだろうかと思われる。
今でも、ニュースキャスターなどで、二言目には「欧米ではこうだ、ひるがえって日本はまだまだ意識が低く立ち遅れている」と仰る人があるが、田辺聖子さんの新聞コラムだったかによれば、こういう人を「〜では」「〜では」ばかり言うから「デハの守」といい、それを聞いて口答えも出来ず腹の中で苦々しく思っている日本人を「憮然(ブゼン)の守」というのだそうである。
書店に行けば、帰国子女の人や、海外赴任した人や、日本からはみ出して海外で働いた人などの「デハ本」が山のようにある。その大抵は、意識しようとしまいと、結局この本のエピゴーネンに過ぎまいと思われる。ただの海外習俗の紹介に徹すれば、「それがどうした」ということになってしまうし、「ひるがえって日本は」と書けばブゼンとされてしまう。よくよく工夫がなければ、こういう本は難しい。これはたとえば「江戸について」の本も同じことである。
この著者は、イギリス人が運動競技を重んじることを強調しているが、野球は運動競技のうちに含めようとしなかったようである。著者は幼時、どうも野球が下手なために劣等感を味わったことがあるらしく、野球の集団応援を激しく排撃しているし、どうも根本的に野球(アメリカのスポーツ)嫌いだったようである。著者は昭和35年の早慶6連戦(一回戦が雨天で、日曜から始まった)の時、長く休講が続いたことに、新聞紙上で遺憾の意を表明したことで知られている。この本では、母校のスポーツ応援のため学問に手がつかない学生に、温かいまなざしを送っているにもかかわらず、である。してみると著者のような英国育ちの碩学の中では、野球はスポーツではなかったのだ。野球がまず害毒と思われたり、やがて戦時下に統制されたりした背景が、このあたりから偲ばれる。
雑誌記者
2006/09/28 14:07
雑誌は編集長のもの、という定義をこの本で覚えました
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「文藝春秋」の名編集長であり、同社の社長でもあった池島信平さんの回顧録(昭和33年「中央公論」に連載)であり、代表的著作である。多分、編集者たるもの、これぐらいは読んでおかなければまずい本の一冊だろうと思われるが、かつて私が月刊誌編集者だったころ(バブル直前)、勤務先では、「早く老けこむので、本なんか読むんじゃない」ということが真顔で語られていたので、私はこの本を同僚に隠れて読み、さらにその後、とうとう我慢できなくなって勤務先を辞めた。
その時以来の再読なのだが、前回気づかなかった面白い記述が新しくいくつかみつかった(章によって主語が「私」であったり「わたくし」であったりと、表記が揺れているが、多分私のような無教養な者には分からない何か深い理由があるのだろう。それはさておき)。
まず、戦争中の出版統制について。当時は、現在のように校了してもそれで編集は一安心という時代ではなかった。それは軍の検閲があったからである。もし、誌面でコードに抵触する表現があるということになると、発売前であれば、編集部員たちが総出で製本所に駆けつけて、何十万部、山と積まれた雑誌から、問題箇所のあるページを人力でいちいち破り取っていたのだという。
実はこれと同じような作業を、私もしたことがある。もう休刊した雑誌だからいわば「時効」なのだが、表紙の価格表示と奥付のそれが異なっていた(その月は附録がついて特別定価だったが、奥付をいつもの通り前号流用してしまったのであった)。これがどうも戦争中の軍の検閲に匹敵する事故だったらしく、社員の半分ほどが三月末の夜、薄ら寒い製本所に召集され、徹夜で奥付の定価表示をマジックで塗りつぶし続けたのだった。まるでタイタニック号の浸水をバケツでくみ出しているようなもんだな、とその時思ったものである。
次に、著者が新人編集時代、昭和の政治家が侠客ものの講談本(国定忠治や大前田英五郎)を愛読しているのを嘆いて、「昔の伊藤博文は、宋の『名臣言行録』を愛読していた」と述べ、そこに古今の政治家の気品の違いがある、と言った点である。すでにこのあたりで、講談はエリート(総合雑誌の編集者やその読者といった、著者のいう「中流」層)から軽んじられ、見下されていて、芸能として凋落しかけていたことが看取できる。著者がこう書いてから70年経って、今や、「名将言行録」はおろか、下世話でくだらない大衆文化だったはずの講談の内容すら、いい大人に聞いてもほとんど分からない時代になってしまった。
文学といい、教養といい、まだ若い人が素朴にまっとうにその力を信じていられた幸福な時代に書かれた回顧録であるといえる。
江戸前で笑いたい 志ん生からビートたけしへ
2006/06/11 19:01
笑いたい、でも笑えない
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放送作家・高田文夫氏による東京演芸の本。96年ごろ編集され、97年初頭に刊行されたものの文庫化である。タイトルは「笑いたい」だが、この本を読んで笑おうと思うのは、多分間違いである。この本には笑える(面白いこと)ことそのものは書いてない。笑いとはなにか、を様々な人物が真面目に、力一杯蘊蓄を傾けて語り倒した(のを高田氏がまとめた)本なのである。ここに集められた文章の多くは、雑誌「東京人」に掲載されたもので、それに書き下ろし、語りおろしを加えて一冊の「演芸美学の本」としている。
だから、この本の中に、寄席の長所として、セコい芸人の後に名人が出てくる、というような、「息を抜く」ところがある、とあるのだが、当のこの本にはそういう客をゆったり休ませるところがなく、まるでオールスターゲームの継投を見るようで、贅沢なのだが一冊の本としてプロポーションが悪く、トータルの印象としてごてごて重すぎて面白くない。面白いと思う人は演芸マニアであり、分かる人だけが買って読んで面白がれば編集と著者は満足かも知れないが、版元と多数の読者(お客)はそうは思わないのである。
お笑いについて名のある人が真面目に語る、ということが、90年代まではまだ新鮮だったことが、この本を見れば分かる。今はこの本に書いてあるようなことを、エッセイストはおろか、この本や高田さん編集の雑誌「笑芸人」などに影響された演芸ファンがブログなどで書き散らしているから、相対的に古典化したこの本自体が退屈に読めてしまうのも仕方がないかも知れない。
「江戸前」であることがどういうことで、それが本当に演芸を聴いたり語ったりする上でいいことなのかどうか、かねてから私には今ひとつ分かってないのだが、この本を読んでも分かったフリすらできない。おそらく一生分からないような気がする。
水戸黄門漫遊記
2006/06/07 19:32
位山登りて辛き老いの坂麓の里ぞ住みよかりける
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水戸黄門の諸国漫遊を描いた講談速記の復刻版。「よみがえる講談の世界」と名づけられた三巻シリーズの第一巻で、シリーズの編者は上方講談の三代目旭堂小南陵師。今時、講談速記を新刊で出そうという狂気、もとい侠気にファンとして拍手したい。
ただし、おなじみの「水戸黄門」のお話とは味わいが異なっているので、テレビドラマの黄門ファンがうかつに読むと、あまり面白く感じなかったりするかもしれない。
具体的には、まぁ黄門主従(助さん・格さんのみ、しかも格さんは「厚見角之丞」で「角さん」である。もちろん芸妓になったりお風呂に入ったりするおねえさんは同行しない)はともかく、いざご隠居の正体が先の副将軍、中納言従三位光圀公と明かされる場面で三つ葉葵の印籠が出ないということである。これは、講談の水戸黄門漫遊記というのがそういうものであるのだから仕方がない(テレビドラマ特有の演出なのである)。
徳川光圀は、実は漫遊なんかしなかったのだ、と歴史通を気取り、史料をタテにつまらない茶々を入れて一人で得意になっている人は論外として、印籠が出る「水戸黄門」と出ない「水戸黄門」があり、たしかに後者の方が芸能として先行してはいるが、だからといって必ずしも後者が正統でかつ優れているとは限らないところに、講談がどうも廃れてきてしまったわけがありそうである。
この本の「漫遊記」は、いままで私が個人的に読んだり聴いたりしてきた講談の「水戸黄門」に比べて、古拙の味わいがあり、プロットが古めかしい。主従が遭遇する事件にはドラマの情感が乏しく、単なる活劇の連続にすぎない。ご老公のキャラクターもこのままでは現代に通用しないであろう。仇討ちの助太刀をしたり、御家騒動を処置したりという筋には行かず、どこまでもドタバタである。
昭和初年の「講談全集」(大日本雄弁会講談社)第一巻所収のものになると、もっとエピソードが練られてくる。巻末のもう一人の編者・島田先生の解説文は、そのあたりのツッコミがなく、やや物足りない。
原典をそのまま新たなテキストに起こしたのであろうが、昔の講談速記はルビが怪しく、それもそのまま復刻してしまったふしがある。「刑部」は「おさかべ」ではないか、「桜庭」は「さくらば」ではないか、「禅師」は「ぜんじ」ではないか、と思う。また、23頁「備前守様は」の「様」はトルべきである。96頁「悟りましたが」は「悟りましたか」であろう。
お艶殺し
2006/09/17 12:44
既視感を伴うお話
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谷崎潤一郎が大正3年に発表した、設定を江戸時代とする小説。この本には、同時期に発表された(当時の)現代物作品「金色の死」を併載している。
物語はシンプルな構成である。さる質屋の一人娘と手代が道ならぬ恋に落ちる。娘が積極的に唆す形で手に手を取っての駆け落ち。まるで芝居の筋書きだが、娘は芝居の筋を自分が実行してみせることに酔いしれているようである。二人は一癖ありそうな男にかくまわれるが、両方の親にかけあって話をつけてやる、と約束したこの男は、当然の如く二人を騙して甘い汁を吸おうと企む。娘・お艶は家出するや、たちまち生来の妖婦ぶりをあらわし、手代・新助をはじめ、彼女の色香に迷う男たちを踏み台にし、辰巳芸者として売れっ妓となる。そして邪魔になった男どもを噛み合わせて抹殺し、自らは新たな情夫を拵える。
と、まぁ、たとえば「妲妃のお百」だの「白子屋政談」だのといった世話講談を読み、聴き馴れている人には、特に新味のない(途中で先の展開が読める)プロットである。それを読ませるのは、物語の視点となる手代があまりにもナイーブ(ウブ)で、彼があれよあれよという間に道を踏み外していくテンポと、ラストに象徴される近代小説の非情さによってであろう。講談だったら、お艶は因果が身に報いて殺害されるのであるが、ここではそうではない。勧善懲悪の退屈なお話なんかではないのである。
前述の通り、この話は基本的に手代・新助の経験する物語であるはずである。だが、視点が必ずしも新助に固定されておらず、必要とあれば適宜全知描写にスイッチされる。本来、新助の見えないものは、描けないのが近代小説のルールである(去っていく人間は後ろ姿しか描けない)。このあたりの「ルール破り」は、いかにも日本の小説らしい。「いけない」というのではない。これが「ローカル・ルール」であるということなのだ。
それよりもこの小説に問題があるとすれば、文庫本100ページを費やしながら、文庫本20ページ相当の古典落語「夢金」の方が、同じ家出娘と彼女を巡る男どもの思惑を描きつつ、お話として数段面白い(イマジネーションを刺激する)のはなぜか、ということなんである。それは、やがて果たして日本に小説というものは必要なのか、という問いに連続するであろう。私は、「お艶殺し」を1回読む時間があれば、「夢金」を5回聴くべきであると思う、今のところ。
成功物語 ボロ着のディック
2006/08/30 13:19
落語でいうと「甲府い」みたいな感じの違和感
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アメリカ文学についての本をいくつか読んでいると、必ずいくぶん揶揄をこめてこの作者についての言及に突き当たることになる。
アルジャーは、19世紀アメリカの通俗小説(ダイム・ノヴェル)界でベストセラーとなった紋切り型の「成功物語」群を手がけた人物で、よくいわれる「アメリカン・ドリーム」の典型をそこにみることができる、とされるが、あいにく容易にその翻訳を読むことができない。
この太陽社版「ボロ着のディック」は、そんな「成功物語」群の一つの翻訳であるらしいのだが(この本には訳者・編者の解説がないので、この話がそもそもいつどこに書かれ、「成功物語」群の中でどのような位置づけになっているのかさっぱり分からない)、翻訳文が常体と敬体ごっちゃになっていたり(多分二人の訳者が適当に共同作業したのだろう)、誤植が多かったりするので、松柏社版の方を薦める。
物語は単純明快である。ほとんど「説話」といってもいいくらい古拙で、近代小説らしさはない。主人公はニューヨークに棲息する天涯孤独な靴磨きの少年で、彼が持ち前の利発さ、正直さと行動力で出会う人々に愛され、優れた友人や引き立ててきれるスポンサーを得て、学問や勤倹、信仰といった「徳」に目覚め、やがて幸運を掴んで出世していくというおめでたい(だけの)話である。彼の行く手を阻む悪役も出てくるのだが、主人公の人徳によってあっけなく敗れ去る。
主人公は明朗闊達で、いわゆる煩悩とは無縁である。うだうだ悩むより先に行動するタイプで、読んでいてつい、ダイム・ノヴェル系の後裔に相当するバローズの古典SF「火星シリーズ」の主人公・ジョン・カーターを連想してしまった。20世紀のアメリカでは、もはや靴磨きのディックが明朗に出世することが難しい。そこで火星という異世界で、ファンタジーとしてそれを再構成してみたのが「火星のプリンセス(火星の月の下で)」であったように思えてくる。20世紀の現実に疲れたアメリカ人のノスタルジーに訴えたから、火星シリーズは成功したのである。なぜカーターはいきなりテレポートした火星で、容易に親切な火星人と出会えるのか……。あまりにも不思議な展開の謎は、「ボロ着のディック」が正直者ならばこそ良い人と出会えるから、なのだ。そして、「火星シリーズ」って、アメリカ以外ではほとんどウケないのである。だって、たとえば日本ではアルジャーの「成功物語」なんてほとんど読まれていないからなのだ。
落語百選 冬
2006/05/01 09:53
これを読んだら、次は明治大正期の速記本へ進むべし
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昨年大晦日に亡くなった演芸プロデューサー・麻生芳伸氏が編んだ落語速記本。ちくま文庫からは、かつて筑摩書房から出ていた「古典落語」1期2期を、演者別に再編集したシリーズ(飯島友治氏編)が出ていて、そちらは昭和の大名人の口調を再現することを重視した編集方針だが、こちらの「麻生版」は、四季(各25編)ごと・4巻で古典落語のネタを100編網羅しようとした「百選」シリーズ(もともと社会思想社の現代教養文庫から出ていた)と、その続編(拾遺)というべき「落語特選」上下2巻、都合6巻から成る。
なぜ「冬」を持っているかというと、しみじみ聴ける噺はやはり冬の噺が多いような気がしたから。暮れや正月の噺は多く、また似かよったネタも多いので、25編選ぶのはなかなか難しかったはずである。
うどんや、牛ほめ、弥次郎、寝床、火焔太鼓、首提灯、勘定板、鼠穴、二番煎じ、火事息子、按摩の炬燵、大仏餅、文七元結、芝浜、掛取万歳、御慶、かつぎや、千早振る、藪入り、阿武松、初天神、妾馬、雪てん、夢の瀬川、粗忽長屋
それぞれに解説(原話となった噺本はなにか、誰のおはこだったかなどの蘊蓄)がついているが、それぞれの速記が誰の口演なのか(さらにいえばいつ、どこでの速記または音源を用いたか)、六代目圓生師のもの以外は明記がない。解説が落語通のエッセイになっちゃってるのである。話芸記録のテキストデータとして眺めたとき、そこがやや不安である。今の私のように、まず大ざっぱに「言語伝承」を蒐集する目的ならばまだいいのだが、一歩進んでそれが誰からどのように伝承されたかを追いたいと思った時は、残念だがこういう本は利用できないのである。
またたとえば、「湯屋番」に出てくる湯屋(銭湯)の名前は、三遊と柳では違う、などということをよく聞く。この本のように演者を明記しない場合、なぜどちらかを選択したか、それを解説でいちいち述べなければならず、その意味で無駄が多くなる。
落語にどういう筋のおはなしがあるか、これから生で聴こうというお客が予習に使いたいのなら、価値のある本かも知れない。が、そのお客さんが一旦生で聴いてしまったら、その後の復習にはあまり使えないかも知れないのである。
熱球三十年 草創期の日本野球史
2006/04/26 18:41
父のハナシを聴け
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たしか中公文庫から復刊された「学生野球の父」飛田穂洲の「熱球三十年」。日本の野球が外来スポーツから日本独特の競技に変容するについて、この人物の影響を無視することはできない。早稲田野球の精神的・技術的先導者で、アマチュアリズムの象徴的存在である。
この本には、大正時代の早稲田の名選手が大勢出てくるが、プロ野球のなかった頃のこととて、今となっては彼らの名前を記憶している人は多くないだろう。忘れられかけた野球史にスポットを当てるという意味では、復刊にも意味があるだろうと思うが、なにせ六大学リーグもなかった(まだ五大学時代)頃の話ばかり、いかんせん神話か伝説を読むようでスポーツの本をひもとくときの血湧き肉躍るものがない……。ただし、早稲田野球部を陰で支えた無名の人々の逸話は面白いし、貧しい中監督を引き受けて偏見と闘ってチームを強くした飛田の回想は読ませる。
ラグビーの大西鐵之祐もそうだけど、早稲田人の文章によくある自己耽溺的なところ(読む方の心理なんぞはまるでお構いなし)もなんだかちょっとマイナス点ではある。偉人の本についてこういう事書くと怒られちゃうんだろうけど。
魂の森を行け 3000万本の木を植えた男の物語
2004/04/20 20:17
クールに行こうぜ。
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ある土地に本来生える(人為を排除した場合)木や草がどんなものであるかを示す「潜在自然植生」という概念に基づいて、土地本来の森を再生させるべく自ら植樹活動のリーダーシップをとり続ける植物学者・宮脇昭氏の半生を綴ったノンフィクション。
ちょっと楽屋ネタになるが、この本の担当編集者・集英社インターナショナルのT君は私の大学の同期生で、筆者の一志治夫さんは、元の勤務先の先輩のダンナさんである。しかも、1983年に、一志さんは、「就職ジャーナル」で出版社の新入社員の就職試験体験を取材する、という仕事をしていて、私はたまたまそのインタビューを受けて「就職ジャーナル」に載った、という因縁がある。
それやこれやで「読め」という無言の威圧のうちに手渡された本なのだが、それはまぁさておき、主人公である宮脇氏のキャラクターの熱さ、筆者と編集者の宮脇氏への入れ込み具合は、通読してみると遺憾なく伝わる。……のだが、作中、宮脇氏自ら述べるように、この本、「早すぎた」かも知れない。「森」を作るという長大な時間をかけた仕事に従事している人が見れば、場当たり的な「本作り」は気の狭いものに見えるのかも知れない。というよりも、私は単に、宮脇氏の業績は未だ途上にあり、この時点で評価を下していいものなのだろうか、また、それはこの本のトーンのように、シンプルに賞賛されるだけでいいのか、もっと人の大きな仕事には毀誉褒貶が渦巻くものではないのか、という懸念が、読み進むうちに心の中にきざして仕方がなかったからだ。
たとえば「プロジェクトX」なんかでもそうなのだが、主人公やその家族・同僚たちの脇目もふらぬ感動的な挺身・献身ぶりには、一切茶々をさしはさめない(そういう不謹慎な気分を喚起するような要素は注意深く取り除かれる)構成になっている。ディープ・エコロジーを実践しなければならない現在、お茶らけたことを言うと叱られそうな、実に真面目な本なのである。
私は脇の甘い伝記が好きであり、鴎外の「渋江抽斎」でも、奥さんが行水しているときに泥棒に入られて、それを撃退する場面が大好きで、それ以外の場面はほとんど覚えていないというありさまなのだが、そういう根っから下世話な奴にはなかなか居場所がみつからない本である。つまり宮脇センセーと筆者と編集に本の初めの方で同調できないと、最後までつきあうためには、彼らと知人であったりするという特殊条件が必要な厳しい本なのである。しかも、全体を通読して、初めて宮脇氏の偉さがなんとなく分かってくるので、途中で投げ出しては何の意味もない。
横書きにしたテキストを縦に組んだのは分かるのだが、西暦の年は縦に組んだ時に漢数字にしてもらいたかったし、データ以外の数字はやはり漢数字の方が読みやすい。また、年配者が読むことを想定すれば、西暦と年号を併記すべきであった。「45年3月10日の東京大空襲」って書かれてもピンと来ない、と思うのは自分だけかなぁ。
そこんとこはきっちりキメて欲しいが、内容的にはもっと読む方を遊ばせてくれてもいいんじゃないか、そう思えた。
太閤と曾呂利
2003/05/28 18:58
ゴマすり行進曲
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明治の末から大正にかけて、大阪の「立川文明堂」が出版した子供向け文庫本「立川(たちかわ・あるいはたつかわ)文庫」の傑作選として、角川ソフィア文庫から4冊出ている復刊ものの一冊。いまどき、新刊で講談の本が安価で手に入ることは珍しい。上方講談師・旭堂小南陵師の解説がついている。
立川文庫といえば、「猿飛佐助」が代表作で、これも今回の4冊のうちに含まれている。清水義範さんがその文体模倣をして「猿取佐助」(さるとるさすけ)を書いているが、娯楽に乏しい昔の子供たちの基本的常識は、主にこうした読み物で形成されていて、時代劇映画やドラマが隆盛を極めた背景には、立川文庫や、後の少年倶楽部、講談倶楽部などの読み物の浸透が与って大きいものと考えられる。あらかじめこうした、一種荒唐無稽な通俗的娯楽読み物が充分に行き渡っているのを前提として、外国映画が新鮮に受け入れられ、純文学が真剣に読まれ、演劇が作られ、やがて梶原マンガなども描かれたわけなのである。
しかし、いまどき、立川文庫といっても読んだことのある大人は少ない。自分は、講談で「曾呂利新左衛門」ものを聞いていて、そのネタ本として読んでみたが、明らかに実際に話芸として聴く方が優れている。
曾呂利は機知に富んで太閤秀吉の機嫌を取った(時々諫言もするが)という、それだけで立身した(日本一のゴマすり男?)というキャラクターなのだが、便佞利巧すれすれで、暗い求道者の千利休とはソリが合わない。どっちが好きかは読者それぞれ。
結局、とんち小話集にもかかわらず、それとなく秀吉の孤独、豊臣家の幸薄さみたいなものが行間に漂う読み物である。
東京大学応援部物語
2003/09/06 16:23
アポロンの子、東大!
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東京大学の応援部を描いたノンフィクション。2時間半で読めた。自分は神宮球場の六大学野球に通い始めて24年、東大とはあいにく縁もゆかりもないが、東大を敵に回したことは何十回もあって、いつも反対側のスタンドから、その不屈の応援ぶりにはあきれかえって、もとい感動してきた。いつもいつも大抵の試合に負けるのに、彼らはなぜいつもそこにいるのだろう。いつも声が出るのだろう。あんなに元気なのだろう。その答えが書いてあるのが本書である。
自分は一度、身分を偽って東大の学生席に入ったこともある。東大の学生席は客の数が少ないため、リーダー一人あたりが面倒を見る客の数が他の大学より少ない「少人数制の行き届いた応援指導」で、客にしてみれば声の出し惜しみができず、手の抜けない厳しい場所である。自然、東大の応援学生は代々とんでもない少数精鋭で、たとえばサークル新歓イベントの一部と化した春の早慶戦なぞの、エール交換で起立することもできないような、ふざけたはんちくな応援学生とは仕込みが違う。
学生応援席は応援をする場であって、観戦する場ではない。雨が降っても傘をさしてはいけない。こんなことは70年代までは常識であったが、今はいちいち言って聞かせても実行できない。てゆーかそもそも学生席に学生自体が来ない。大学の応援は一種の伝統芸の世界(芸人の風情がある、と筆者も本書で述べている)なのだが、その継承が厳しくなっているのはよその伝統芸と似たようなものであろう。
本書の内容自体は、大学で応援団関係の友人知人を持った経験のある人にとっては、特に目新しいものではない。逆に、フリの読者に、東大の応援団の言いしれぬ凄さというものがこれで伝わるのかどうか、やや心許ない気がする。対立教戦で勝ち点を取るところがクライマックスではあるが、試合の雰囲気をうまく書き切れているかとなると、60点くらいですかねぇ。こんなもんじゃないっすよ。情景を使い、緩急をつければもうちょっと良くなるでしょうに、惜しい。