yuki-chiさんのレビュー一覧
投稿者:yuki-chi
リアル 9 (YOUNG JUMP COMICS)
2009/12/07 11:03
彼らの姿、言葉が心に響き、私の心の中で化学反応が起こる
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
一年に一度発売の「リアル」。また今年も熱い涙を流しました。
野宮、高橋、戸川。
真っ暗闇の中で、心にも体にも重い枷がついている彼ら。
自分が見つけられない。進むべき「道」が見つけられない。
スタート地点にさえも立てない。
そんな3人の内面の葛藤がとても丁寧に描かれている。
展開はひたすら遅い。
傷ついた心を再生するのに要する時間は計り知れない。
何もしない止まったままのように見えたり、
やっと一歩進んだかと思えば、2歩後退、
あるいは無になって振り出しに戻ったり・・と。
今まで読んだ小説が短絡的なサクセスストーリーに思えるほど、
人間本来のリアルな姿がここには描かれている。
自分を受け入れられない人間には、他人の価値も見えない。
自分と向き合い、等身大の現在の自分を受け入れることで
他人も受け入れられる。
それが新たな力強い一歩となる。
人と関わることで個性と個性が絡み合い「化学反応」が起こるのである。
パスを連携してゴールを狙うバスケのように、人と人との連携の中で生み出されるものが必ずある。
何度も振り出しに戻って、ようやくスタート地点に立てた野宮。
未だ絶望の淵にいる高橋も少しずつ他人を受け入れ始める。
生きていくうえで一番手ごわいのが自分の弱い心。
「勝たなくていい。ただ負けるな。」
高橋父の言葉。何度読み返しても泣けてくる。
完璧ではなく、何かが欠けているからこそ前へ進める。
例え亀の歩みでもアリの一歩でも・・。
そんな彼らの姿、言葉が胸に響き、私の心の中で化学反応が起こる・・。
つむじ風食堂の夜
2009/09/28 09:29
ちっぽけな「ここ」をこよなく愛する物語
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
素朴な人々のゆるゆるとした繋がりが
火が灯ったランプのような温かな色を成している。
みんなここにいながら
頭の中は世界の果て、宇宙の果て・・遠い夢に
思いを馳せている。
だけど、それは現実逃避でも単なる憧れでもない。
ちっぽけなここ
どこでもないここ
他でもないここ
私はいつだってここにいる
そんな何てことない「ここ」で根を張り、
ちっぽけながらもしっかり生きていて、
「ここ」をこよなく愛している。
それでいて「ここ」ではない遠い町や人々のことを
思うことを最上の愉しみとしている・・。
そんな登場人物たちそれぞれの生き方が
ファンタジックなようなシュールなような
不思議な魅力を醸している。
心安らぐ大人向けお伽噺。
一日の終わりに静かに読みたくなる。
空の名前 改訂版
2009/09/11 15:25
空に名前をつけた昔の人の心を思う
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
雲の章、風の章、水の章、光の章、氷の章と5章に分かれていて、
それぞれの名称と写真が掲載されている。
雲だけでなく風にも薫風、東風、疾風、夕凪など、雨にも時雨、翠雨、樹雨などそして雪にも一つ一つに名前がつけられていて、意味がある。
夕焼け、黄昏、曙、東雲、薄明・・光の具合によってもそれぞれ
空に名前がついている。
天気や季節の移ろいを表す言葉も多くある。
農耕を糧としながらも、四季があり、雨も多い日本だから、
昔の人にとって、気温や天気の変化は、最大の関心事であり、
空を眺め、風を感じ、一喜一憂していたのであろう。
その言葉が入った和歌や俳句も引用されている。
厳しい自然と共存するとともに自然の美しさをも愛し、敬意を表し、
言葉にしてきた古来の日本人の心を感じる。
作者も、あとがきで
「私たちの祖先が名づけた美しい空の名前は、言葉の文化遺産である。」と
述べている。
自然が織り成す芸術作品とも呼べる風景写真とともに、
豊かで繊細な日本人的情緒、日本語の美しさも堪能できる写真集。
海の仙人
2009/09/09 10:01
人との繋がり
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
読み始めると、なぜだかすっとその世界に入っていける
絲山作品の不思議さ。
手の込んだ構成や長々しい状況説明があるわけでもないのに、
ただシンプルな文が淡々と続くだけなのに、
気付いたら、ファンタジーと呼ばれる神様と
福井県の海辺で仙人のような生活を送る河野の
すぐ傍にいてた。
河野と恋人のかりん。元同僚の片桐と澤田。
たまにしか会わないのに、強い結びつき、絆がある。
離れていてもいつも心の中に棲んでいる。
「距離」を持つ大切さ、
恋人、友人の本来の関係に気付かされる。
人は孤独から逃げ出すために人と繋がる。
何かの集団に帰属することで、自分は一人じゃない!って安心する。
しかし、絲山さんの言葉を拝借すると、
孤独というのはそもそも心の輪郭なのである。
外との関係じゃなくて、自分のあり方。
逃げるのではなくて、自分の孤独を見つめて引き受けないと
他者との良好な関係も築いていけないわけである。
一人になるのが嫌で、ベタベタと人にもたれてるのではなく、
キリッとした人間関係を築く人物がどの絲山作品にも描かれてる。
スプートニクの恋人
2009/10/19 09:25
絶対的な孤独と向き合う小説
6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
舞台は、日本からギリシャのロードス島に飛び、
そして、はるか大気圏の外にまで思いを馳せる・・。
ぼくの目を通して描く、小説家志望のすみれ。
ぼくはすみれに片思い。すみれは17才年上の女性ミュウに恋している。
交わることのない行き場のない想い。
心に孤独を抱え生きる3人の姿が
地球の引力を唯一つの絆として、
周回し続ける人工衛星の孤独な姿と重なり合う。
引力という見えない絆。
確かにそこに在るのではあるが、実際は自分を繋ぎとめている大切なものなのに「見えない」という不安。
絆がちぎれて、いつか宇宙の闇の彼方に消えていくのではないか・・・と。
こんなに多くの人が込み合って、生きている地上でも
多かれ少なかれ、皆そんな思いを抱えて、孤独に苛まれながら生きている。
もし自分が消えてしまったら、どうなるか・・
悲しんでくれる人はいるのか、探し回ってくれる人はいるのか・・。
そんな思いが「あちら側の世界」を創り出す。
自分の人生を俯瞰して眺めることができる場所があれば、
もう孤独ではないのだろうか・・・。
普段は蓋をしてあまり見ないようにしている自分の心の一番奥深くにあるもの・・。
村上春樹は、個々が向き合って、考えるようにとそれを目の前に置いてみせる。
答えも出さず、ヒントも最小限で去っていく・・。
村上作品を読んでいると、
生涯かけてでも、向き合い、答えを見つけねばならない・・そんな人生の課題がたくさんできる。埋もれそうになる。
まほろ駅前多田便利軒
2009/11/02 11:56
気づいたら胸の内を占領されていた!
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
三浦しをんは、
男性間にそこはかとなく漂う「情」を描くのが上手い!!
行天という男、一風変わっている。
自分のことは一切語らないから、いまいち得体が知れない。
他人のことなどお構いなく、自分の意のままに行動する。
行動は突飛だけど、型破りな痛快さがあるでもなく、
愛嬌があるわけでも、筋が通った自分流哲学があるでもない。
小説キャラとしても、瞬時に心を捉えられて、好きになるタイプではない。
そんな行天に振り回され、うんざりしている多田視点で物語は進む。
しかし、読むほどに行天の持つ魅力が胸の中にじわじわじわ~と入り込んでくる。
好き勝手なことばかりして、他人のことなんて興味ないって感じのなのに、
「本当は誰よりもやわらかく強い輝きを、胸の奥底に秘めている。」
本人はもちろん気付いてない。
そんな彼の心の輝きを周りの人物みんなが受け取っている。
ひどく傷つけられた自分の過去があるからか・・
人の傷みにとても敏感な行天。
人の傷みを自分が被って自分の傷にしようとするかのような行天の優しさが切ない。
「愛情というのは、与えるものではなく、
愛したいと感じる気持ちを相手からもらうこと。」
凪子さんの言葉に心が震えた。
まさに私は行天からそんな「愛情」をもらった。
停電の夜に
2010/02/01 16:29
「異文化交流」
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
インド系アメリカ人を描いた9つの短編。
主人公たちは、アメリカで生活しながらも心の奥ではいつもはるか遠い故郷やそこにいる人を思っている。
しかし、目の前にいる夫や妻や恋人とは、心が思うように通わず違和感を感じている。
「男女の出会いもまた理解と誤解が交錯する異文化の接触」なのである。
「異文化」であるからこそ、たまらなく惹かれ、憧れ、近づきたくなるのだが、いざ、接触し生活を共有するとなると、あちこちに歪が生ずるものである。
移民の彼らの故郷を思う心が、現実を生きる源ともなりそれぞれを支えているように、誰しもそんな自己アイデンティティが心の拠り所となって生きているのではなかろうか・・。
そんな何気ない日常を切り取って描かれている。
映画を見るようにリアルになめらかに流れていく物語。
軽やかな文体であるが、
時折、その人物の思いや生きる姿に心をふっとつかまれる。
そして、多くを語らずストンと幕を降ろし、
悲哀ともなんとも言えぬ余韻を残したエンディングが最高。
それからはスープのことばかり考えて暮らした
2009/10/26 12:19
豊かな心をはぐくむサンドイッチとスープ
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
穏やかなゆったりとした空気が漂う小説である。
私たちは、一体何のために毎日こんなに
慌ただしく生きているのだろうか・・そんな思いに至る。
作者曰く「昔の時間はのんびりと太っていた。」
数々の文明の利器のおかげで、昔に比べると随分時間は節約できたが
時間そのものを細らせてしまったのではないだろうか。
削られたのは「のんびり」の部分。
失われたのは「待つ」ための「ぼんやり」した時間。
様々な段階、手順を省略し、ボタン一つですべてが完了する。
人間もしだいにせっかちになってくるのも当たり前ではないだろうか。
吉田篤弘さんが描く小説は、失われた「のんびり」と「ぼんやり」を思い出させてくれる。
たまらなく懐かしいものに出会った気がして心が癒される。
2両編成の路面電車がのんびりと走るとある町の
サンドイッチ屋さん「トロワ」。
客の注文を聞いてから、作り始めるサンドイッチ。
丁寧に手順を踏んで心をこめて作られる描写が
本当においしそう。
サービスまでもが「早い!待たせない!」
それが当たり前だと思われている。
注文したものが瞬時に目の前に出てくるファストフード店が
必ずどの街にも数件あるほどに普及していることが
それを物語っている。
様々な時間を短縮することで私達の心にゆとりはできただろうか・・。
逆に更に時間に追われているような気がするのだが・・。
おいしいサンドイッチが出来上がるのをわくわくして待つ。
そんな「時間」こそが豊かな心を育むのではないだろうか。
この小説の登場人物たちが皆魅力的なのは、
相手のことを思いやり、生活を楽しむ心のゆとりに満ち溢れているからなんだろう。
田村はまだか
2009/10/09 14:48
遅いぞ、田村
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
札幌ススキノ、スナック「チャオ!」。
小学校の同窓会の三次会。
未だ姿を見せない田村久志を待ちわびる男女5人。
「田村はまだか」「遅いぞ、田村」「なにやってんのよ、田村」「走れ、田村」
田村を待ちながら、それぞれが自分の人生を語り、
或いは回想する連作短編となっている。
丙午年生まれの同級生、
人生の折り返し地点ともいうべき40歳。
決して平坦ではなかった道のりを振り返り、
今在る自分を思う。
小説らしく華やかでも波乱万丈な人生でもなく、
それぞれの身の丈に合ったような生き方がとても好感が持てた。
「努力」と「あきらめ」を半々ずつ、同分量持っているような・・。
努力もするけど、頑張りすぎず、深刻にもならず、
「ま、自分はこんなもんかな・・」ってとこで
折り合いをつけながら歩んできた道。
たくさんの夜を越えて歩んできた長い道。
しかし、これからもまだまだ道は未来へと続いていく・・。
冒頭に出てくる「夜空ノムコウ」の歌詞と彼らの心境が重なり合う。
そして最後は思い出したように、お決まりのセリフ。
ところで・・「田村は、まだか」。
読者も一緒に田村さんを待ってる気分になる。
こんなにみんなが待ち焦がれる田村とは・・?
終盤は意外な展開へ・・。
テンポがよく、歯切れのいい会話が続く文章が読みやすく、
しかも昔語りなのに湿っぽくならず、サラッとした爽やかな空気を醸している。
坂の上の雲 新装版 3
2009/11/30 15:38
日露戦争開戦!
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ロシアと日本、圧倒的な国力の差。
戦争だけは何としても避けたい日本は、
懇願するような思いで対露協商に臨む。
しかし、ロシアはわざと返答を遅らせるなど傲慢な態度で日本を焦らし、
その一方で、極東への軍事力をすさまじい勢いで増大させて、日本を追い詰めていく。
ロシア本国から次々と送られてくる巨大な軍艦が港に並ぶ。
旅順に建築された世界でも類を見ないほどの強固な要塞。
ロシアは日本を死へと追い詰め、窮鼠にした。
もはや日本は死力をふるって猫を噛むしか手がなかった。
日本存亡の崖っぷちに立つ政府首脳たちが熱く涙する。
未だ彼らの心の奥底に残る武士の魂。
自らの命を投げ打ってまでも国を守ろうと覚悟を決める。
日本国を愛する燃え滾る熱い思いに心を打たれた。
そんな政治家たちの英断によって、火蓋を切り、開戦した日露戦争。
佐世保で待機する連合艦隊に出撃命令が出された時の海軍内部の様子、
それぞれの思いが、ドラマティックに描かれている。
海軍における旅順要塞での戦い、陸軍における金州・大蓮での激しい戦い。
産業も財政も乏しい日本は、とにかく計算されつくした致密な作戦計画と
用意周到な準備で戦いに挑む。
一方、ロシアは大国の驕りからくる、
日本に対する過小評価による作戦の粗雑さや不手際が目立った。
坂の上の雲 新装版 2
2009/11/30 15:27
列強の陰謀が渦巻く時代の中で・・
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
19世紀。帝国主義時代。地球は列強の陰謀と戦争の舞台でしかなかった。
20年前に産声をあげたばかりの小さな「明治日本」は、
列強を一挙に真似て、一挙に追いこしてしまえと突っ走っていた。
そうしなければ列強の餌食になる。弱肉強食。植民地という屈辱から逃れるため。
己の過去をかなぐり捨てたようなすさまじいばかりの西洋化には、日本国の存亡が賭けられていた。
「猿まね」と西洋人に笑われた。「己の風俗を捨てた」と清国には軽蔑された。
しかし、この当時の人々の健気なほどの「猿まね」が、
かつてどの国にも支配されたことのない日本の歴史を作り、
現在の確固とした平和な日本の姿の礎となるのである。
海軍大尉となった秋山真之は、それまでの慣習どおりの日本の軍事の既成概念をひっくり返し、己の軍学を築き上げようとしていた。
また、肺結核を患い、余命幾百日もない正岡子規も万葉集の頃から続く和歌を否定し、近代俳句と短歌の確立に命を賭していた。
二人の革新精神のすさまじさ、熱い魂に心を打たれる。
特に正岡子規は病床にありながら、戦場さながらの猛々しい戦闘精神を備え持っていた・・・。
それぞれが自分の持つ能力を最大限に生かして、時代を突き動かしていく。
日清戦争の勝利により、「国家」という概念が人々の心に強く根付いた日本。
しかし、勝利に酔う暇はない。
背後には、牙から血をしたたせる肉食獣のように極東侵略の野望に燃えるロシアがいる。
小さな日本の行く手に待ち受ける運命やいかに・・・。
坂の上の雲 新装版 1
2009/11/30 15:15
熱い息吹と鼓動が感じられる物語
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
近代国家の仲間入りをした日本。
この小説の主人公はまさしくこの時代の小さな「日本」という国。
そんな日本と共に時代を駆け抜けた3人の男。
四国・松山出身の秋山好古・真之兄弟、真之の幼馴染正岡子規。
1巻では、彼らの幼少から青春時代が描かれている。
当時、日本の政治、軍事は薩長に握られていた。
非藩閥人や小藩の子弟たちは、学問を熱心に学ぶことで大成しようと努力する。
「男子は生涯一時を成せば足る」
秋山兄弟、正岡子規もそれぞれが自分の身の丈にあったもの、
自分が成し遂げるべきものは何かを模索する。
生まれたばかりの日本という新しい国が先進諸国と並ぶことができるよう
理想を掲げ、懸命に生きた明治の人々。
眩いほどにキラキラと輝いていて、勢いがある。
現代の日本の社会や若者には、失われてしまった熱い息吹きや鼓動も伝わってきて、心が震えた。
魚たちの離宮
2009/11/16 19:39
「美しく、切なく、幻想的な物語」
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「幽霊は盂蘭盆のあいだだけ、冥府を出ることを許される。」
碧く灯る狐火の迎え火で迎え入れられた魂とは・・・?
病気がちな友人夏宿(かおる)を見舞いに彼の家を訪れる市郎。
兄である夏宿を敬愛する弟の弥彦。
8月12日から15日まで、盂蘭盆の4日間の少年たちを描いた
美しく、切なく、幻想的な物語。
無駄がなく、研ぎ澄まされた言葉。
美しく流れるような情景描写を中心に物語は進む。
映画を見ているよう。
耳をすませると聞こえてくる微かな音。
葉ずれの音、雨の音、池の水面を鯉が跳ねる音、
あの世から旅立った魂を呼び戻すために、時折啼く鏡暮鳥(ほととぎす)の声。
人物の心理描写や状況の一切の説明はない。
噛み合わない会話はミステリアスな含みを持たせている。
水の面に映る月のようにゆらゆらとすべてが曖昧で儚く、
夢の中にいるよう。
紅い送り火とともに去り行く魂。
少年の儚い心、燃え尽きた命が切なく泣けた。
仏果を得ず
2009/10/02 13:58
「文楽とともにある日常」
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
大夫である健を主人公に、個性豊かな師匠、兄弟子たち。
健の相三味線を努める変人兎一郎。
そこに小学生のミラちゃんと母親の真智との奇妙な三角関係も絡んで、
愉快でハチャメチャな日常が繰り広げられる。
高校卒業とともに人間国宝笹本銀大夫に弟子入りした健。
一人前の大夫となる為に、
芸一筋で精進する情熱も
表現者としてのストイックさも魅力的である。
演目を語るうえで、物語の主人公の心情や男女の機微を
健は自分なりに悩んで解釈し、感情移入して演じる。
そして、300年前の物語と、
現在の健の日常の出来事がどこかリンクして、
そこから解釈のヒントをもらったりする。
そんな時代を超えた繋がりがとても温かくて、
文楽が身近に感じられる。
大きな展開や事件が起きるわけでもないけど、
この個性豊かな魅力が溢れる登場人物たちの輪の中に、
いつの間にか自分も溶け込んでいて、
家族のような愛着を持って、読み進めていけるのが
三浦しをんの小説のいいところである。
三匹のおっさん 1
2009/09/11 15:32
俺たちのことはじじいと呼ぶな!おっさんと呼べ!
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
アラ還の清一、重雄、則夫。かつての悪がき三人が町の自警団を結成。
剣の達人キヨ、柔道家のシゲ、メカにつよい頭脳派ノリ。
ゲームセンターを食い物にするチンピラ、痴漢、風俗スカウト、動物虐待、詐欺商法。
町に起こる様々な事件から、夫婦、家族の問題まで、彼らが次々と解決していく。
まさしく地域限定正義の味方!おっさんたちの活躍が痛快で胸をすく。
しかし、おっさん活劇ものではない。
清一の孫、祐希視点では青春小説ともなり得る。
こんなに人間の機微が分かる男子高校生なんていないよ~
って思うんだけど、口は悪いけど、大人以上に達観している祐希が、
この小説のもう一つの柱ともなっている。
祐希と則夫の娘早苗との恋。有川さんお得意のラブロマも楽しめる。
三人の中で最も危ないおっさんであるノリが、
娘の恋に嫉妬して拗ねたり、
心配してハラハラしたりしているのも愉快な一面である。
親友の孫という気安さから、祐希をいじって楽しんだり・・
身内、ご近所を巻き込んでの地域密着恋愛!
ヒューマンな関係が何とも微笑ましい。
清一の家の嫁姑、夫婦、親子間の辛らつな物言いには、ドキっと
させられるが、
昔のホームドラマってこんな感じだったな~なんて思い出す。
嫁姑、近所のいざこざが必ずあって、時には泥仕合にもなったり!!
そう思うと、今は現実もドラマも人間関係が希薄なのかもしれない。
近づきすぎず、深入りせず、自分がいい顔をしていられる距離をきちんと測って
付き合っている。みんな「いい人」の自分を保って生きている。
言わなくていい一言も言ってのける清一。
本音同士のキャッチボールのお相手、ヘタレの息子健児と
お嬢様育ちの妻貴子もいいキャラとして存在する。
有川さん、恋人たちの甘い関係だけでなくて、
家族や地域丸ごとの人間の繋がりの温かさに気付かせてくれた!