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分子生物学

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

医学 > 分子生物学


すべての生物は、外見が限りなく多様であっても、その内部は基本的に同じである。

彼らの体は階層構造:ヒエラルキーに従って、表皮系だとか骨格系だとか内蔵系といった具合に分けることができる。内蔵系を例にとると、これはさらにそれぞれの臓器系、さらには各々の臓器に分けることができ、それらの臓器は上皮,結合,筋肉,神経の各組織によって構成されている。そして、それらすべては細胞によって形作られる:つまり、細胞は生命の基本単位である。細胞にもその機能に応じて様々な種類があるが、それらはいずれもほぼ共通な分子、すなわち生体分子によって構成されている。

そして、それらの生体分子を研究するのが分子生物学 (Molecular Biology) である。

典型的な動物細胞の模式図: (1) 核小体(仁)、(2) 細胞核、(3) リボソーム、(4) 小胞、(5) 粗面小胞体、(6) ゴルジ体、(7) 微小管、(8) 滑面小胞体、(9) ミトコンドリア、(10) 液胞、(11) 細胞質基質、(12) リソソーム、(13) 中心体

遺伝子・ゲノム・DNA

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RNAとDNA、それぞれの核酸塩基

生命は、細胞が体をつくり生かすのに必要な遺伝情報を保ち、取り出し、読み取る力をもつおかげで成り立っている。生命を形づくる全ての起源となる生殖細胞が分裂することで、それが担ってきた遺伝情報は全身に行き渡り、また生殖細胞を通じて次の世代へと引き継がれていく。“gene”という英語の名称は、その遺伝子の様相を正確にあらわした言葉である: そこには“遺伝”という概念は存在しない。このように自らを複製し、継承することを至上の目的とすることから、見田宗介は、“生成子”という言葉を提唱した。リチャード・ドーキンスは、“生成子”としての遺伝子が、しばしば選択の単位として働くことに着目し、利己的遺伝子理論を提唱した。

どの生物でも遺伝情報はDNAによって担われている[1]。これは、フレデリック・グリフィスによる肺炎双球菌の形質転換実験、そしてこれに続いてオズワルド・アベリーが形質を担う物質をin vitroで追跡したことによって、証明された。遺伝情報を担う物質を遺伝子と呼んでおり、これゆえに“DNAは遺伝子の本体である”と言われる。

DNA鎖は、ヌクレオチドが長くつながることによって作られる。ヌクレオチドは糖とリン酸、核酸塩基から構成されていて、この糖はDNAではデオキシリボース、RNAならリボースである。核酸塩基はDNAでもRNAでも4種類あるが、それらは完全に同一ではない;すなわち、DNAにおいてはアデニン (A) グアニン (G) シトシン (C) チミン (T) の4種類の核酸塩基が使われるが、RNAにおいてはチミンに代わりウラシル (U) が使われる。このとき、核酸塩基の違いに従って4種類のヌクレオチドがあることになるが、それらは核酸塩基が異なるのみであるから、ヌクレオチドの種類はその塩基によって区別される。

このヌクレオチドの5’末端が、他のヌクレオチドの3’末端と共有結合することによって長いポリヌクレオチド鎖が形成され、その配列は5’側から3’側へと表記される。そして、このようにして形作られたポリヌクレオチド鎖が2本、相補的な塩基間で水素結合を形成することで、あの有名なDNA鎖の二重らせん構造が形作られるのである。この「相補的な塩基」とは、AとT,CとGの組のことで、それぞれその組の相手としか水素結合を作らない。この相補的塩基対形成は、DNAのコピーを作るうえで重要であるのだが、その詳細は3章で述べる。なお、このときどの塩基対も、らせんの二本鎖が逆平行(鎖の向きが互いに逆向き)になっているときのみ、らせんの内部にうまく収まるようになっている。

しかし、これらDNAのすべてが遺伝子であるというわけではない。これが、「DNAは遺伝子の本体である」という回りくどい表現がされる所以である。核内の全DNAをゲノムと言い、ヒトでは約30億塩基におよぶ。一方、遺伝子とはタンパク質(あるいはRNA)を作るための指令を含んだ部分であるのだが、これはわずかに30,000塩基であり、全ゲノムに対して非常に小さな部分に過ぎない。トランスクリプトーム解析[2]の結果、ゲノムの9割以上が転写されていることはわかっている。このことから、ゲノムの大半は非翻訳RNAとして転写され、miRNAsnRNA, snoRNAなどのノンコーディングRNAとして、DNAやタンパク質の何らかのプロセスを補佐している可能性が示唆されるが、DNAの機能の詳細については、まだ未知の部分が多いというのが現状である。

真核細胞の染色体

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染色体、クロマチン、DNAの関係: 左上の細胞 (cel)の核内には細胞分裂に先立って染色体 (Chromosome) が現れる。ヒストン八量体DNA分子が巻き付いた構造(クロマチン)がさらに折りたたまれて染色体の形にまとめられる。
DNAの凝縮の各段階: (1) 裸の二本鎖 DNA (2) クロマチンの鎖: DNA(青線)とヒストン(緑丸) (3) 間期の凝縮したクロマチン(青線)とセントロメア(赤点) (4) 分裂前期の凝縮したクロマチン (5) 分裂中期の染色体

真核細胞では、こうしてできた長い長いDNA鎖はに収められる。ヒト細胞の核には実に2メートルものDNAが入っているが、これはテニスボールに40キロメートルもの糸が入っているようなものである。これをうまく収容するため、DNAは染色体にきっちりと詰め込まれる。それぞれの染色体は、1本のDNA鎖とこれに結合したタンパク質でできており、このタンパク質がDNAを折りたたんで小さくまとめている。このDNAとタンパク質の複合体をクロマチンと呼ぶ。クロマチンはおおむね線維のように見えるが、これを部分的にほどく処理をすると、“糸に通したビーズ”のような形が見える。この糸はDNA,ビーズはヌクレオソームである。8個のヒストン・タンパク(ヒストンH2A,H2B,H3,H4それぞれ2分子ずつ)によって形成され、+に帯電している円盤状のヒストン八量体に、-に帯電したDNAが巻きつくことでヌクレオソームが形成され、これがクロマチンの基本単位となる。

なお、上記はすべて真核細胞についての記述である。細菌にも“染色体”と呼ばれる構造はあるが、その実態は真核生物ほどには分かっていない。

このようにしてできた染色体は細胞分裂のたびに複製され、そのコピーは2個の娘細胞に受け継がれる。この過程で、染色体は細胞周期に応じて異なった形で存在する。細胞周期の間期はG1期,S期,G2期に分けられるが、そのうちのS期においてDNAとクロマチンの複製が行われる。そして、M期に染色体が形成され、細胞が分裂する。

間期には、染色体は核内で長く伸びて絡まった細長い糸状のDNAとして存在し、これを間期染色体と呼ぶ。間期染色体が効率的に複製できるように、あらゆる真核生物のDNAには複数の特殊な塩基配列が存在している。ひとつは複製起点で、この部分でDNAの複製が開始される。次にテロメアで、これは末端の複製と保護に関与している。そして、複製されて2倍になった染色体を娘細胞に分配する際には、セントロメアという配列が使われる。

さて、分裂期においては、染色体凝縮によってDNAは高度に凝縮され、整然と配置されるのに対して、間期にはその凝縮度は小さくなる。しかし、間期染色体のすべてが同じような凝縮度ではない。そこには凝縮度の高いクロマチンと低いクロマチンが共存していて、その凝縮度の高い“きつい”ものをヘテロクロマチンと呼ぶ。ヘテロクロマチンの部分で転写は不活発で、この部分にある遺伝子は少なく、またあっても発現されず、遺伝子のサイレンシングに関係している。間期クロマチンの残りの部分は、これより凝縮度の低い“ゆるい”状態にあり、ユークロマチンと呼ばれ、活発に転写が行われる。

このように、DNAは極めて緻密にたたまれてクロマチンとして収納されているが、その一方で、DNAは必要に応じて読み出されなければならない。このため、真核細胞には、クロマチンの局所構造を調節して、必要な部分を取り出すしくみがいくつかある。その1つがヌクレオソームの構造を変化させるクロマチン再構成複合体を利用する方法で、またヒストン尾部の可逆的な修飾(アセチル化・メチル化)による方法もある。 今日では、ヒストン修飾によるクロマチン構造の変化の重要性が注目されており(epigenetics)、また、DNA修復に関わるタンパク質も、損傷によるクロマチン構造の変化を認識して機能しているようであることが報告されている。このように、染色体の構造や機能についてはまだ未解明の部分がある。

DNAの複製

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複製中のDNA
DNA複製の模式図: 空色で示したテンプレート鎖 (Template Strands) が複製時の鋳型となる。DNA複製分岐点 (Replication Fork) においてDNAがほどける。分岐点は次第に上方に移動していく。左側のリーディング鎖においては分岐点の移動に伴って緑色のDNAポリメラーゼが連続的に相補鎖を複製していく。赤い矢印は酵素の移動方向を示す。右側のラギング鎖においてもDNAポリメラーゼが働くが、本文中に説明した理由により、DNA合成は不連続となり岡崎フラグメントと呼ばれる断片になってしまう。この断片をDNAリガーゼがつなぎ合わせていく

wikipediaの記事“DNA複製”も参照

細胞が分裂するとき、それが担ってきた膨大な遺伝情報は正確に複写されねばならない:さもなければ、連続性という生命の重要な要素は失われ、複雑多様な環境のなかにあって細胞の秩序を維持することはできない。そのために、細胞にはDNAを迅速に複製し、またそれを校正するしくみが備わっている。

1章で、相補的塩基対形成は、DNAのコピーを作るうえで重要であると述べた。相補的塩基対形成のおかげで、2本鎖の双方は正確に相手の塩基配列と相補的になっているので、どちらの鎖も、新たな相補鎖を形成するためのテンプレート鋳型となる。つまり、DNAの二本鎖を分離してから、それぞれを鋳型として、それまでの相補鎖とまったく同じ新しい相補鎖を作るという単純な方法で、DNAの遺伝情報が正確に複写されるのである。この過程をDNAの複製と呼び、複製後のDNAの2本鎖は、鋳型となったDNA鎖と、新たに作られたDNA鎖からできていることになることから、これを半保存的複製と呼ぶ。

このようにして、細胞は自分の遺伝子を複製して子孫に伝えることができる。しかし実のところ、この作業は極めて困難である。複製は迅速に、正確に行なわれねばならない。ヒトの細胞では、1分間に1000のヌクレオチドがコピーされる:これは、1分につき『Essential細胞生物学』(A4変形版、本文のみで831頁)2冊分の情報がコピーされるのに匹敵する。さらに、より単純なバクテリアでは、その速度は10倍に達する。この離れ業を可能にするのは、多数のタンパク質による複合体である。

DNAの複製は、大まかに言って以下のようなプロセスによる:

  1. ヘリカーゼによるDNA二本鎖の開裂
  2. 一本鎖DNA結合タンパク質による一本鎖DNAの安定化
    ※ここまでで複製フォークが形成される
  3. リーディング鎖では、RNAプライマーゼによるプライマーRNA合成に続いてDNAポリメラーゼⅢが結合、“滑る留め金”タンパク質によって鋳型DNA鎖に保持されつつ連続的にDNA合成
  4. ラギング鎖では、“返し縫”による断続的なプライマーRNA、DNA断片(岡崎フラグメント)の合成
  5. リボヌクレアーゼHおよびDNAポリメラーゼⅠによるプライマーRNAのDNAへの置換
  6. DNAリガーゼによる岡崎フラグメントの連結

では、それぞれのプロセスについての詳細を以下に述べる。

複製フォークの形成(DNA二本鎖の開裂と一本鎖DNAの安定化)
DNAを複製するには、まずDNAの二本鎖を分離しなければならないが、二本鎖を形づくる塩基間の水素結合は極めて安定なので、熱でこれを行なうには100℃近い温度が必要となる:言うまでもなく、生体内では不可能な温度である。これを可能にするため、酵素であるヘリカーゼが使われる。ヘリカーゼは2章で触れた複製起点に結合してその部分の二重らせんを開裂し、さらに一本鎖DNA結合蛋白質:SSBが結合して、一本鎖DNAが再び二本鎖に戻ってしまわないよう安定化する。これによって、Y字形の複製フォークが2個形成され、ここに複製に関与する各種タンパク質が結合し、新しいDNAの合成を行なう。これらのタンパク質はDNA鎖上を移動しながら複製を行なうので、これに伴って複製フォークも移動する。2個の複製フォークは、複製起点を中心としてDNA鎖の両側へと進んでいく。
DNA合成
DNAの複製に当たって重要な役割を果たすのが、DNAポリメラーゼIII:DNA polIIIである。これはDNA鎖に結合し、滑る留め金とよばれるタンパク質によって鎖上に保持されつつ、DNA鎖の3’末端に次々とヌクレオチドを付加していくもので、従って5’→3’という一方向にしか動けない。
さて、ここで問題が生じる。すなわち、1章で触れたとおりDNAの二本鎖は互いに逆向きで、そして、複製フォークでの複製は2本の鎖の両方に対して同時に新しい娘鎖を合成するかたちで進んでいく。DNA鎖の1本が5’→3’の方向で動いているとき、もう一方の鎖は3’→5’の方向で動いていく。そして、DNAポリメラーゼは5’→3’の方向でしか動けない
この問題の解決法が、いわゆる“返し縫”である。つまり、DNAポリメラーゼは複製フォークの中で5’→3’方向に戻りながら、短い断片を次々と合成するのである。この断片を岡崎フラグメントと呼ぶ。
このとき、連続的に鎖が作られる側をリーディング鎖、“返し縫”によって不連続に作られる側をラギング鎖と呼ぶ。
DNAポリメラーゼが5’→3’の方向でしか動けないことは先に述べたが、これはDNAポリメラーゼが持っている校正機能による。DNAポリメラーゼは、3’末端において正確な塩基対があるときだけ、そこにヌクレオチドを付加することができる。つまり、3’末端に塩基対がなければ、DNAポリメラーゼは動けないわけで、ヘリカーゼがDNA鎖を開裂しただけでは、DNAポリメラーゼはその機能を発揮できないのだ。
そこで登場するのがRNAプライマーゼで、これには校正機能がないので、まったく新しくポリヌクレオチド鎖を作りはじめることができる。RNAプライマーゼはDNAを鋳型として、10ヌクレオチド程度の短いRNAの分子を作る。こうしてできたRNAをプライマーRNAと呼び、これが鋳型鎖と塩基対を構成すると、この塩基対を使ってDNAポリメラーゼが合成を開始する。
上記の原理より想像されるとおり、リーディング鎖においては、プライマーRNAは最初に複製起点で複製が開始されるときにしか必要ないが、ラギング鎖においてはたえず新しいプライマーRNAが必要になる。このため、複製フォークが動いて塩基対を形成していない部分が露出すると、ラギング鎖沿いには間隔を置いて新しいプライマーRNAが合成される。このプライマーの3’末端からDNAポリメラーゼがDNA鎖を作りはじめ、次のプライマーのところまでDNA鎖を伸ばしていくのである。

この結果、ラギング鎖上には多数の断片的なDNA(岡崎フラグメント)やRNA(プライマーRNA)ができる。これらを元にしてDNA鎖を作り上げるために、さらにいくつかの酵素が働く。

※ 余談だが、一本鎖DNA結合タンパク質 のように、安定化のためにタンパク質が使われることが、他の分野でもある。たとえば免疫の分野におけるMHC(主要組織適合遺伝子複合体)では、病原体由来の病原体分解ペプチドが結合する前から、MHCの安定化のために、MHCに自己由来のペプチドが結合している。ともにアミノ酸由来の物質が安定化のための材料として使われることが興味深い。また、遺伝情報や抗原の情報など、なんらかのデータを保存する役割にかかわる分子を安定化させるための材料であることも、興味深い。


プライマーRNAからDNAへの置換とDNA鎖の連結
まず、リボヌクレアーゼH: RNaseHによってプライマーRNAが除去され、DNAポリメラーゼIによってDNAに置き換えられる。プライマーRNAは校正されないままに作られたためにエラーがありうるが、DNAポリメラーゼⅠには校正機能があるから、その配列は信頼できる。これに続いて、DNAリガーゼがDNA断片をつなぎあわせて、連続したDNA鎖を作り上げる。
染色体末端での挙動
さて、上記のようにしてDNAの複製は進んでいくのだが、複製フォークが染色体の末端に近づくにつれ、重大な問題が生じる。末端においては、岡崎フラグメントの合成を始めようにも、必要なプライマーRNAを合成する余地がないため、複製のたびにDNA鎖の末端部分が少しずつ失われてしまうのである。
これを解決するために、染色体の末端にあるのが、2章で触れたテロメアである。これは特殊な反復配列で、この部分にテロメラーゼという酵素が結合し、染色体の末端にテロメア配列の繰り返しを付加するので、これを鋳型として、ラギング鎖の複製を最後まで進めることができる。

DNAの修復

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DNAを修復するDNAリガーゼ

wikipediaの記事“DNA修復”も参照

生物がこれほど多様で、あらゆる環境で繁栄しているのは、遺伝子配列の変化が蓄積することによって進化が行なわれ、環境条件の変化に適応してきたためである。しかし一方で、ごく短期的に、個々の生物のレベルで見れば、遺伝子の変化はまったく望ましいものではない。特に多細胞生物においては、多くのメカニズムがあまりにも精妙に動いているため、わずかな変異でもそれらを決定的に狂わせかねない;従って、遺伝子はできる限り安定でなければならない。前章で見たように、DNAの複製においては常に校正が行なわれているが、それでも複製装置がミスを犯すことはありうるし、また化学物質や放射線によってDNAに偶発的な損傷が生じることもある。これらによって生じた突然変異をすぐに修復する修復機構の存在も、遺伝子の安定性に大いに寄与している。

修復機構にはいろいろあり、歴史的には細菌に見られる光回復[3]が最初期に発見された修復機構であるが、高等動物では光回復機構が見出せず、その代わりに歴史的には暗回復と呼ばれていた機構がDNA損傷の修復を担っている。暗回復には複数の機構が存在し、ヌクレオチド除去修復 (NER) 、塩基除去修復 (BER)、相同組換え (HR) 、非相同末端再結合 (NHEJ)、損傷乗越え複製 (TLS:Translesion synthesis) が知られている。これらの大部分は、遺伝情報が2本の鎖に二重に存在するおかげで成立している。一方の鎖が損傷しても、他方の鎖に相補的な塩基配列として予備があるので、致命的な損害にならずにすむ。NERは、損傷塩基周辺のヌクレオチドを切り出し、生じたギャップに新たにヌクレオチド鎖を合成し、新生鎖と元の鎖を連結することで達成される。真核生物では、具体的に、次のような段階からなっている。

  1. XPA (高等動物における出芽酵母Rad14のホモログ) が損傷した一本鎖DNA (ssDNA: single-stranded DNA) を識別し結合する。
  2. RPAがssDNAに結合し、XPAの結合している損傷部位周辺のヌクレオチド鎖を一本鎖の状態に保つ。
  3. そこにXPCが結合する。(TCR (転写と共役した修復) では必要とされない)
  4. hHR23BがXPCに結合し、NER活性を亢進する。
  5. TFⅡFとDNAヘリカーゼ (DNA二本鎖を巻き戻して一本鎖に乖離させる酵素) であるXPB, XPDが損傷部位にリクルートされ、損傷部位周辺のヌクレオチドをオープンにする。
  6. XPGがオープンになったヌクレオチド鎖の3'側、ERCC1とXPFの複合体が5'側をカットする。
  7. ヌクレオチド鎖上に生じたギャップに、RFC、PCNA、RPA、複製DNAポリメラーゼ (Polδ or ε) がリクルートされ、姉妹鎖を鋳型として、前過程によって生じた3'末端からヌクレオチド鎖の合成を行う。
  8. DNAリガーゼが前過程で合成されたヌクレオチド鎖の3'末端と前々過程で生じた5'末端を連結する。

DNA修復機構が欠損していても、DNA複製自体は行えるため、正常に発生することがあるが、環境中の化学物質やUVによって生じるDNA損傷を修復できないため、損傷や変異が蓄積し、細胞死やがん化が頻繁に起こる。紫外線に極端に感受性を示し、高頻度で皮膚がんを生じる遺伝病である色素性乾皮症は、NERによるゲノムワイドな修復 (GGR) が正常に働かないことが原因であることがわかっている。また、知能発育不全や身体的な発育不全、早老症などの臨床症状を呈す遺伝病であるコケイン症候群の原因も、転写と共役した修復(TCR)におけるNER機構が正常に機能しないことが原因である。 NERが健常であれば、この機構によって多くの損傷は取り除かれるが、全ての損傷をこれのみで修復することは困難である。例えば、培養細胞をつかったin vivoでの研究により、紫外線が惹起する損傷であるCPD (シクロブタン型) は24時間かかっても50%以下しか修復することができない。それゆえ、損傷を十分に取り除き、損傷・変異の蓄積を防ぐには、NER以外の修復機構も重要となる。

DNAの組換え

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さて、上記の修復機構は二本鎖のうち片方のみが損傷している場合についてのものだったが、二本鎖の両方が損傷を受けている場合、話は厄介になる。このときには、相同組換えなる機構が働くことになる。

相同組換えにおいては、塩基配列が似通った部分で組み換わる。塩基配列が似通った部分がそろうようにして2組の二本鎖DNAが並ぶと、それらが同時に切断され、続いて類似部分で交差する。これによって、2組のDNA分子は二本鎖のうち1本ずつの交差によって、物理的に結びついた状態になる。相同組換えにおいて重要なこの中間体をホリデイ連結と言い、切断点によってそれぞれ異なった1対の組換え分子2本に分離する。また、相互的構造転換も可能である。

これまで相同組換えについて見てきたが、相同でないDNA配列間でも組換えは起きる。それらは、動く遺伝因子: トランスポゾンと呼ばれる特殊な塩基配列の移動による。これらは、組換えに必要な酵素: トランスポザーゼの遺伝子をそれ自身に持っており、その働きでゲノム内を移動する。トランスポザーゼは、ある配列を認識し、その配列に挟まれたDNAを切り取り(もしくはコピーし)、それをゲノム上の他の場所に移動させる。この際、いったんRNAに転写されてから移動するものをレトロトランスポゾン、そういったプロセスを経ずにDNAとして転移するものをDNA型トランスポゾンという。

生物のDNAのかなりの部分をトランスポゾンが占めていて、例えばヒトゲノムでは45%がこの種の配列である。ただそれらは長い間に変異が蓄積したために、動く能力を失っているものが大半である。

ウイルス

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これらのトランスポゾンは、宿主とする細胞から離れる能力を本質的に欠いている。しかしはるか昔、おそらくある種のトランスポゾンが自分の核酸(つまりRNAかDNA)を外被に包み、細胞の外に出られるようになったのだと考えられている。これがすなわちウイルスである。ウイルスのゲノムはあまりに少なく、自らを複製して増殖するのに必要な酵素などを作ることができないので、細胞に感染し、その生合成装置を乗っ取って利用しなければならない。ウイルスが細胞に感染すると、その複製装置を使ってゲノムを複製し、外被タンパクを合成し、細胞膜を破って宿主細胞を融解させつつ外部に出ていくことになる。

細菌に感染するウイルスと真核生物に感染するウイルスには類似点が多いが、レトロウイルスは真核細胞にしか見られない。それらはRNAのゲノムを持ち、多くの点でレトロトランスポゾンに似ている。両者において重要なのは、通常の流れ、つまりDNAをもとにしてRNAが合成されるセントラルドグマが成立していないということである。これは、レトロウイルスが持つ逆転写酵素の存在による。

レトロウイルスが細胞に感染すると、いっしょに入った逆転写酵素が、RNAゲノムを元にして二本鎖DNAを合成する。ウイルスゲノムが持つインテグラーゼによって、それらの配列は宿主細胞のゲノムの任意の位置に組み込まれる。この状態では、ウイルスは休眠状態にある。宿主細胞の分裂のたびに、そのゲノムに組み込まれたウイルスのゲノムも複製され、娘細胞に伝えられる。やがて、宿主細胞のRNAポリメラーゼによって、組み込まれたウイルスDNAが転写され、元のウイルスゲノムとまったく同一の一本鎖RNAが大量に合成される。次に、これが宿主細胞の装置を使って翻訳され、ウイルスの外殻タンパクや逆転写酵素などが作られ、これらがRNAゲノムと集合して、新しいウイルス粒子を作るのである。

転写:DNAからRNAへ

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セントラル・ドグマの流れ。

遺伝情報とは、端的に言えばタンパク質のアミノ酸配列を暗号化したものである。しかし、DNAが直接にタンパク質の合成に関わるわけではなく、そこにはRNAが伝令・運搬役などの仲介者として存在している。タンパク質を合成する際には、それに関わるDNAの塩基配列がRNAに写しとられ、これをもとにして合成が行なわれる。このRNAをメッセンジャーRNA: mRNAと呼ぶが、このとき、情報はDNAからRNAを介してタンパク質に流れていく。このような流れはあらゆる細胞で普遍的なもので、これを前述のようにセントラルドグマと呼ぶ。

DNAの情報をRNAに写しとるとき、DNAとRNAの違いはあってもヌクレオチドであることに変わりはないので、これを転写と呼ぶ。転写を行なう酵素はRNAポリメラーゼと呼ばれ、その機能はおおむねDNAポリメラーゼと同様だが、違いが2つある;言うまでもなく、DNAでなくRNAを合成することがその1つである。もうひとつの相違点とは、RNAプライマーゼと同様に、プライマーRNAなしで合成を開始することができるという点である。

RNAには多くの種類があるが、タンパク質合成に関して主要なものは3つ挙げられる。1つは上述のメッセンジャーRNA:mRNAだが、残る2つはリボソームRNA: rRNAトランスファーRNA: tRNAである。これらの機能については後述する。

さて、ゲノムDNA上にはRNA合成開始を指示するプロモーター領域と、その終了を指示するターミネーター領域があるが、原核細胞においては、RNAポリメラーゼのサブユニットであるσ因子がプロモーターを識別する。RNAポリメラーゼはDNA鎖にゆるく結合し、鎖上を滑っていくが、プロモーター領域に達すると、ポリメラーゼはσ因子を放出するとともにDNA鎖に固く結合し、転写を開始する。やがてターミネーターに達すると、RNAポリメラーゼはDNA鎖より離れ、遊離していたσ因子と再結合する。なお、原核細胞においてmRNAはそのまま“翻訳”され、また1分子のRNAが複数のタンパク質をコードする(ポリシストロニックである)という特徴がある。

前節では原核細胞について述べたが、真核細胞での転写にはいくつかの相違がある。まず、真核細胞には核があり、転写は核内,翻訳は細胞質で行なわれる。このため、翻訳前にmRNAは核の外に移送されねばならない。そしてまた、真核細胞においては、mRNAはRNAプロセシングなる種々の加工処理を受けなければ、mRNAとして機能しないのである。

RNAプロセシングにおいて、主な処理は3種類ある。

1つめはキャップ形成で、これは7-メチルグアニンという特殊なヌクレオチドをRNAの5’末端に付加するものである。

2つめはポリアデニル化で、mRNAの3’末端にある特定配列(ポリA配列付加シグナル)を認識しこれを切断、そこにアデニン (A) の反復配列であるポリA尾部を付加する。

3つめはスプライシングで、これはタンパク質をコードする部分: エクソンを残して、それ以外の部分: イントロンを除去するものである。

スプライシングにおいて重要なのは、これまでは主としてタンパク質による作業だったのに対して、この作業の中核となるのがRNA:つまり核内低分子RNA:snRNAであるということである。スプライシングは、まず、snRNAがエキソンとイントロンの境界を識別することによってはじまるのである。また、このsnRNAにタンパク質が結合したものを核内低分子リボ核タンパク粒子:snRNPと呼ぶ。そして、snRNPが中心となるRNAとタンパク質の巨大な複合体であるスプライソソームが実際にスプライシングを担当する。

複数のイントロンをもつRNAがスプライシングを受ける場合、遺伝子によってはイントロンとイントロンに挟まれたエキソンが一緒に切り出され、結果的に構成エキソンの異なる複数種の成熟RNAができることがある。これを選択的スプライシングと呼び、これによって、真核生物のゲノムは、その指令能力をさらに増強されている。ヒトの遺伝子の実に60%がこの選択的スプライシングを受けると言われており、これこそが、スプライシングという一見ムダに見えるプロセスが行なわれる理由であろう。

さて、このようにして成熟したmRNAは核外へと移送される。mRNAが核膜孔を通るとき、mRNAに結合していたRNPは取り除かれ、同時に、mRNAはその後の“翻訳”作業を行なう能力を与えられる。

このようにして送り出されるmRNAだが、mRNAは一般に安定ではない。その寿命は様々で、通常は3分程度だが、たとえばβ-グロビンmRNAのように10時間を越えるものもある。同じmRNAが何回も翻訳されるので、mRNA分子が細胞内に存在する時間によって、合成されるタンパク質の量は左右される。

翻訳:RNAからタンパク質へ

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リボソームは、伝令RNA(Messenger RNA)に転移RNA(TRNA)を当てはめて、タンパク質を合成する。

さて、これまで何度か“翻訳”という言葉を使ってきた。分子生物学において、それはRNAによって伝えられる情報を設計図としてタンパク質を作ることを意味する。DNAからRNAへの転写のときとは違い、この作業は、ヌクレオチドとは化学的にまったく別物であるアミノ酸にその情報の担い手が変わるために、この呼び名がある。

20種のアミノ酸を指定するのに、遺伝子が使うのはわずかに4種の塩基に過ぎないが、これは塩基配列においては遺伝暗号の形で記録されているためで、これはほとんどの生物で共通である。塩基配列においては、塩基3つの組み合わせ(トリプレット): コドンがそれぞれ1つのアミノ酸を指定している。しかし、コドンが直接アミノ酸を識別し、結合するわけではなく、そこには介在するアダプターが存在する。これがつまり転移RNA: tRNAで、これらはmRNAのコドンと相補的塩基対を形成する3つのヌクレオチド: アンチコドンを持っている。そしてその3’末端にはアンチコドンに対応するアミノ酸が結合しているのである。つまりmRNAの各コドンは、一義的にはそれと相補的な関係にあるアンチコドンを持つtRNAを指定していて、それを通じて、それらのtRNAに対応するアミノ酸を指定していることになる。

そして、それぞれのコドンに対応するアンチコドンを持つtRNA を識別し、そのアミノ酸をつないでタンパク質を合成するのがリボゾームである。リボゾームはリボゾームRNA:rRNAとリボゾームタンパクによって構成される複合体で、真核生物でも原核生物でも大小1つずつのサブユニットより構成されている。小サブユニットはtRNAをmRNAのコドンに結合させ、大サブユニットはアミノ酸間にペプチド結合を形成してポリペプチド鎖を形成させる。タンパク質合成の中心となるこの反応を触媒する酵素をペプチジル基転移酵素と呼ぶが、その触媒部位はもっぱらRNAで出来ている。このように、触媒活性を持つRNA分子を特にリボザイムという。リボザイムの存在などから、タンパク質やDNAが登場する前の生命の最初期には、遺伝子も触媒も全部RNAだけに頼っていた時代があったと考えられており、これをRNAワールドと言う。

さて、コドンがアミノ酸を指定していることから、mRNAのタンパク合成開始点は、指令全体の読み枠を決める非常に重要な存在であることが分かる。塩基ひとつでもずれようものなら、そこから後のコドンがすべて間違って読み取られてしまうのである。mRNAの翻訳は、mRNA上の開始コドン(塩基配列はAUG)によって開始される。これと対応する特別なtRNAは開始tRNAと呼ばれるが、これはメチオニンと翻訳開始因子というタンパク質を運ぶ。

真核生物ではメチオニルtRNA:tRNAmetが開始tRNAとなり、これはまず遊離しているリボソームの小サブユニットに結合する。これによって、小サブユニットは5'キャップ構造を目印としてmRNAを探して結合し、鎖上を移動して開始コドンを探す。開始コドンを見つけると、小サブユニットは翻訳開始因子の一部を放出して大サブユニットと結合し、これによって完成されたリボソームがタンパク合成を開始する。

原核生物ではN-ホルミル-メチオニル-tRNA:tRNAfmetが開始tRNAとなるが、真核生物とは異なり、mRNAには目印となる5'キャップ構造がない。そのかわり、開始コドンの数塩基上流にリボソーム結合配列: RBSがあり、これを利用してリボソームはmRNAに結合する。

タンパク質の翻訳領域の終わりには終止コドン(塩基配列はUAA,UAG,UGAのいずれか)がある。リボソームが終止コドンにさしかかると、終結因子と呼ばれるタンパク質がリボソームのRNA結合部位に結合し、この結果、ポリペプチド鎖はtRNAから離れて細胞質に放出される。

ほとんどのタンパク質の合成は20秒から数分で終了するが、その間にもmRNA上では次々と新しい翻訳がはじまるのが普通である。1つのリボソームでの翻訳が進み、十分な距離が開くとすぐに次のリボソームがmRNAに結合する。この結果、1つのRNA上でリボソームが数珠繋ぎになっていることが多く、この状態をポリリボソームと呼ぶ。

このようにして合成されたタンパク質は、働き終わると種々のタンパク質分解酵素: プロテアーゼによって分解され、過剰反応が起こらないように制御されている。真核細胞の細胞質で働くプロテアーゼは、プロテアソームと呼ばれる大型の複合体である。プロテアソームによって分解されるべきタンパク質はユビキチンという小さいタンパク質によってマーキングされており、この分解システムをユビキチン-プロテアソーム系と言う。

遺伝子発現の調節

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個体において、そのほぼ全ての細胞は同一のゲノムを持っている。しかし一方で、個体はあまりに多様な細胞によって形成されていて、それらの多様性はもっぱら遺伝子発現の相違に由来している。それらの細胞の運命は、どの細胞で、どの遺伝子を、いつ発現させるかによって決定されるのである。

細胞において、多くのタンパク質は全ての細胞において同様に発現している。これをハウスキーピングタンパクと呼び、DNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼ、リボソームタンパクなどがそれである。しかしその一方で、細胞の種類に応じて特有なタンパク質も確かに存在する。それらは、遺伝子の発現が適切に調節されることによって生産されるのである。

遺伝子の発現調節は、DNAからRNAを経てタンパク質に到る経路のあらゆる段階で行なわれる。しかし大多数の遺伝子においては(おそらく不要な中間体の生成を避けるためであろうが)第1段階、つまりDNAからRNAへの転写に際しての調節がもっとも重要である

前述したとおり、転写はゲノムDNA上にあるプロモーター領域によって開始せしめられる。しかし大部分の遺伝子においては、それ以外にも、遺伝子のスイッチのオン・オフに必要な調節DNAが存在している。それらは転写開始を決めるシグナルを出すが、転写を左右するスイッチとして機能するには、DNAに結合する遺伝子調節タンパクによって認識されねばならない。

遺伝子調節タンパクはいくつかのDNA結合モチーフを持っている。DNA結合モチーフとは、DNAとの結合に関与する特定のアミノ酸配列からなる部分のことで、これによって、遺伝子調節タンパクはしっかりとDNAと結合する。ジンクフィンガーロイシンジッパー,また発生学でお馴染みのホメオドメインなどがその例である。

細菌やウイルスの転写調節はもっとも単純で、よく解明されている。まずは、大腸菌のトリプトファン合成系を例に取る。大腸菌においては、トリプトファンをつくる生合成経路の酵素は5つの遺伝子によって指令されるが、この5つの遺伝子は染色体上の1ヶ所にまとまっていて、1個のプロモーターから転写されて1本の長いmRNA分子が作られ、このmRNAから5個のタンパク質が合成される。このように膚接して存在し、関連して発現する遺伝子群をオペロンと言うが、これは原核生物に特有の構造である。このオペロンにおいて、プロモーター内には遺伝子調節タンパクが結合する短い塩基配列: オペレーターがある。ここに遺伝子調節タンパクが結合すると、RNAポリメラーゼのプロモーターへの結合が妨げられ、このオペロン全体の転写が抑制される;すなわちトリプトファン合成酵素が作られなくなる。この遺伝子調節タンパクをトリプトファン・リプレッサーと呼ぶが、これはアロステリック・タンパクで、フィードバック調節を行なっている。つまり、トリプトファン分子と結合しているときだけオペレーターDNAと結合できるのであって、周囲のトリプトファン濃度が下がってトリプトファンと結合できなくなると、タンパクの三次元構造が変化して、DNAに結合できなくなる。するとRNAポリメラーゼはプロモーターに結合できるようになるので、トリプトファンが合成される。そしてトリプトファンがある程度生産されて濃度が高まると、リプレッサーはトリプトファンと結合して活性化し、トリプトファン合成を抑制するようになるのである。

リプレッサーはその名のとおりに反応を抑制するものだが、細菌の遺伝子調節タンパクには、これとは逆に反応を加速させるものがあり、これをアクチベーターと呼ぶ。リプレッサーと同様、アクチベーターもフィードバック調節を行なっていることが多い。例えば、細菌のアクチベーターであるCAPは、サイクリックAMP:cAMPに結合してはじめてDNAに結合できる。従って、CAPによって活性化される遺伝子は、細胞内のcAMP濃度が上昇するとスイッチが入り、転写が活性化する。

多くの場合、1つのプロモーターの活性は正負双方の制御を受ける。オペロン説の提唱のきっかけとなったラクトースオペロン:lacオペロンにしてからがそうである。lacオペロンはlacリプレッサーとアクチベータータンパク(=CAP)の両方により制御される。細胞にとって望ましい炭素源であるグルコースがないとCAPがはたらき、ラクトースなど代わりの炭素源の利用を可能にする遺伝子群が活性化する。しかしそもそもラクトースがない場合には、lacオペロンの発現を誘導しても無駄であるから、lacリプレッサーがはたらいてオペロンの転写を抑制する。

遺伝子発現の調節;真核生物において

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真核生物においては、1個の遺伝子が多数の異なるシグナルに応答するのが普通で、遺伝子調節はもっと複雑である。真核生物の転写開始は、重要な4つのポイントにおいて細菌とは異なっている。

  1. そもそも、RNAポリメラーゼそのものが違う。細菌にはただ1種類のRNAポリメラーゼがあるのみだが、真核細胞にはRNAポリメラーゼⅠ,Ⅱ,Ⅲの3種があり、それぞれ異なる遺伝子群の転写を行なう。
  2. 細菌ではRNAポリメラーゼが単独で転写を開始できるが、真核生物においては転写基本因子なるタンパク質がプロモーターのところで集合しなければ転写を開始できない。
  3. 真核生物においては、プロモーターから距離がある、複数の部位で転写調節をすることができる。
  4. 最簿に、真核生物においてDNAはヌクレオソームや、それがさらに凝縮したクロマチン構造をとっていることも考慮されねばならない。

ここで、mRNAの指令を行なう酵素であるRNAポリメラーゼⅡが転写を開始する時を例にとって、真核細胞における転写調節のメカニズムを見ていくこととする。前述したとおり、真核生物のRNAポリメラーゼが転写を開始するには、転写基本因子がプロモーターのところで集合しなければならない。その会合は、二本鎖DNA中のある短い塩基配列に転写基本因子が結合することによってはじまる。この配列は主にTとAからなるのでTATAボックス (ターター・ボックス) と呼ばれる。この転写基本因子のなかにはTATA結合タンパク:TBPなるサブユニットがあり、これがTATAボックスに結合することで、DNAは変形せしめられる。これが目印となって、次々に他のタンパク質がプロモーターのところで会合し、RNAポリメラーゼⅡを中核として転写開始複合体を形成する。その後、さらに別の転写基本因子の働きによってRNAポリメラーゼⅡは転写開始複合体から離れ、RNA分子の合成を開始するのである。

遺伝子発現と分化

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これまでは、遺伝子調節タンパクは個々に遺伝子をオン・オフするかのように扱ってきた。しかし実際は、真核生物において遺伝子調節タンパクはもっぱら複数で協働して働くのである。しかしその一方で、それらの“組み合わせによる調節”は、結局のところひとつの遺伝子調節タンパクによって左右される。そのような調節タンパクの働く部位が複数の遺伝子にあれば、その1つの調節タンパクによってそれら一群の遺伝子の発現を調節できることになる。また、“組み合わせによる調節”により、調節タンパクの種類が少なくとも、その組み合わせによって様々に調節を行なうことが可能となる。

このしくみは普段の細胞機能の調節だけでなく、細胞の分化においても重要となる。細胞の分化は特定の遺伝子の発現によって決定されるが、これは、「いつ、どこで、どの程度」が正確にプログラムされているプロモーターの組織特異性に依存するのである。

真核生物の遺伝子では組み合わせによる調節がしばしば起こり、適切な組み合わせを完成させる最後の遺伝子調節タンパクが、遺伝子群全体の発現を調節して、細胞の発生運命を決定付ける。我々はその例を既に知っている。例えば、眼を形成するプロセスのすべてはPAX-6の発現によって開始され、このように、最後の決定的な役割を果たす調節タンパクをコードする遺伝子をマスター遺伝子と呼ぶことは、先だって発生生物学で扱ったとおりである。

また、細胞の分化においては、遺伝子発現のパターンが娘細胞に受け継がれることも特徴的であり、また重要である。この特質がなければ、例えば平滑筋細胞が分裂して生じた娘細胞が肝細胞であったなどということになり、個体としての秩序は崩壊するであろう。

遺伝子とゲノムの進 化

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生命は、様々な手段を用いて遺伝子の維持および複製の正確性を保障しようとする。しかしそれがまったくの無謬であれば、そこに生命の進化は存在しえない。種の多様性は、ゲノムの複製が持つ保存的正確性と、一方でしばしば犯される創造的誤りの維持との微妙な均衡から生み出されるのである。

細胞分裂が個体を生み出し成長させ、また次の世代を生み出す。細胞分裂が系統樹を描き、個体をその祖先に結びつける。それゆえ、単細胞生物では、系統樹は単純な細胞分裂の枝分かれの図そのものである。しかし有性生殖を行なう多細胞生物においては、次の世代にゲノムを伝える細胞は一部に過ぎず、細胞分裂の系統樹は複雑になる。体内の大部分を占める体細胞は、自分自身の子孫を残さずに死ぬ運命にある。一方、生殖細胞は受精という過程を経て、次の世代にゲノムを伝える。したがって、体細胞に生じる変異はその個体限りであるが、生殖細胞に生じる変異は次の世代に伝わる。このことから、生殖細胞を生み出す細胞系譜を特に生殖系列と呼ぶ。

進化は作曲よりも変奏に近い。進化はDNA塩基配列の変化によって生じるが、それらは5種類の基本的な遺伝子変化の組み合わせに起因する。

  1. 遺伝子内変異:これは1個のヌクレオチドの変化、あるいは数個の欠失という形で生じる、いわゆる点変異である。DNA複製ないし修復の失敗によって生じるものであるが、その影響としては、遺伝子の機能を微調整するか、その活性をまったく失わせるかもしれないし、あるいは何もしないかもしれない。
  2. 遺伝子重複:これが大規模に起きたときは、重複した2つの遺伝子のうち1つが自由に変異して特殊化し、元の遺伝子から分岐することで、類縁遺伝子のファミリーを構成し、1個の細胞内に一連の近縁遺伝子群が生じることがある。また小規模におきたときは、同一エキソンの繰り返しで新しい遺伝子が生じることもある。
  3. 遺伝子欠損:これは染色体の切断が修復されないものである。個々の遺伝子、あるいは一群の遺伝子全体が欠失することがある。
  4. エキソンの混ぜ合わせ:遺伝子重複によって遺伝子内でエキソンを重複させるのと同じ組み換えが2つの異なる遺伝子間で起こり、別遺伝子由来の異なるタンパクドメインをつくる2つのエキソンがつながることがある。また、5章で触れたトランスポゾンによって、エキソンが移動することもある。
  5. 遺伝子の水平伝播:DNA断片がゲノム間を移動し、交換されるものである。前四者がゲノム内で起きるものであったのに対し、これはゲノム間で起きるもので、種の違いを超えることもしばしばである。14章で触れるプラスミドが関与することも多い。

さて、ゲノムの変化を支える基本的な分子機構が理解されたことによって、ゲノム塩基配列の比較解析によって進化の歴史を解明することが可能になった。まったく偶然に左右されて自然選択の影響を受けない遺伝子頻度の変動のことを遺伝的浮動というが、これがどの程度のレベルで起きるかを知り、それによって相同遺伝子の頻度を比較することで、比較する2種がいつ分岐したかを知ることができる。遺伝子間のこのような関係をたどっていけば、異種間の進化的関係が分かり、すべての生命を1つの巨大な生命の系統樹のなかに位置づけることができるのである。

このようにして、分子生物学的手法によって進化の歴史の手がかりを得ることができる。しかし、かの有名なヒトゲノム計画は、必ずしもヒトの進化を解明するためだけに行なわれたわけではない。これはヒト]のゲノムの全塩基配列を決定し、その全遺伝子情報を解読することを目的として行なわれた国際的協同プロジェクトで、13年間の年月が費やされた。それは学術上だけでなく、実際上も多くの恩恵をもたらすものである。これによって、先天性・後天性を問わず各種の病気の予防,診断や治療が効果的に行なえるようになり、また適切な創薬も可能になるだろう。

しかしそのようにして解読されたヒトゲノムにも、多数の変動という注釈がついている。これは当然ながら個々人によってゲノムに差異が存在するためで、それこそが個性の源となる。2人の人間についてそのゲノムを比べると、ほぼ0.1%の違いがあり、これは一倍体につき実に300万塩基に相当する。それら、ヒトゲノムの遺伝的変動のほとんどは、一塩基多型: SNPと呼ばれる一塩基だけの変化のかたちをとっている。SNPは非常に高密度に存在するため、これを追跡することで、疾患感受性などの特異的形質を解析することができる。

DNAの分析 法

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細胞の働く仕組みを真に理解するには個々の構成成分を生化学的な手法で研究する必要があるが、それにはおおよそ均質で多量のサンプルが必要になる。そのためには、生体内で混在する細胞から特定の種類の細胞を分離し、培養することで、比較的均質の細胞集団を入手できる。そのようにして培養された細胞は、その由来を反映する性質を示すことが多く、これもまた研究に益する性質である。ただ、培養細胞は、細胞分裂の際に染色体末端の再生に必要なテロメラーゼを発現しないため、その分裂の回数は有限である。

組替え技術が開発されるまで、細胞の働きを理解するのにゲノムという枠を超えることはできなかった。遺伝子はゲノムのなかに散在していて、それがどこにあるのかすら分からず、機能を綿密に調べるなどというのは夢のまた夢だった。

しかし、制限酵素の発見が状況を変えた。これはDNAの特定な塩基配列を識別して二本鎖を切断する酵素で、生物界に広く分布するが、研究で用いられるのはもっぱら細菌由来のものである。これによって、ある特定のDNA分子を必ず同じ部位で切断できるので、適切な制限酵素を用いることで、DNA試料を望む大きさの断片に切断することができる。制限酵素が標的とする塩基配列は回文構造(パリンドローム)をなしていることが多く、また、制限酵素には、DNA二本鎖をまっすぐに切断して平滑末端を形成させるものもあるが、二本鎖を互い違いに切断して突出末端を形成させるものもある。突出末端を形成しているとき、同じ制限酵素で切断された塩基配列同士は、DNAリガーゼにより相補的塩基対形成を行なうことで容易につなぐことができる。また、平滑末端同士でも、DNAリガーゼによって連結することができる。

制限酵素によって切断されたDNA断片を分離し、分析するためには電気泳動が用いられる。これはいわばDNA断片をゲルのふるいにかけるようなもので、DNA断片はその大きさによって分離される。ゲルの平板をつくり、その一端にDNA断片の混合物を置くと、DNA断片は負に帯電しているので、断片は陽極に向かって移動する。断片が大きいほど、ゲルの網目に引っかかりやすいので、移動速度が遅くなり、この結果、DNA断片は大きさに従って分離されて、はしご状のバンドを形成する。それぞれのバンドは長さの等しいDNA断片の集合なので、その部分を取り出すことで、特定のDNA断片を単離できる。また、あらかじめDNAに放射性元素を取り込ませておいた上で電気泳動し、そのゲルにフィルムを重ねておけば、DNA断片が集合している部分でフィルムが感光するので、分離結果を容易に検出することができる(これをオートラジオグラフィーと呼ぶ)。

DNA断片が分離されたら、次はその配列を決定しなければならない(DNAシークエンシング)。それに用いられるのは基本的にジデオキシ法である。この手法では、塩基配列を求めたいDNA断片の部分的なコピーを作るのだが、その際、コピーを作るためにつかうデオキシヌクレオチドのなかに、DNA伸長阻害剤であるジデオキシヌクレオチドを少量加えておくと、これが取り込まれた所でDNA鎖の伸長が停止する。ジデオキシヌクレオチドはランダムに取り込まれるので、いろいろな長さのDNA鎖が生成することになる。4つの塩基をそれぞれ使った4種のジデオキシヌクレオチドを個別に加えて合成させた反応生成物を、電気泳動法で分析して塩基配列を読み取るのである。現在、泳動から塩基配列の読み取りまでが自動化されたDNAシーケンサーが開発され、多用されている。

このようにしてゲノムの塩基配列が決定されても、それはまだ始まりにすぎない。それが含む遺伝子を同定し、その発現を調べなければならないが、それは遺伝子の基本的性質を利用することによって達成できる。DNAは通常二本鎖を形成しているが、これは相補的な塩基間での水素結合によるので、熱や酸によって解離する。その後、ゆっくりと温度を下げ、あるいはpHを中性に戻すと、相補鎖同士は再び水素結合により二本鎖を再形成する。これをハイブリッド形成あるいは再生と言い、これを利用して、特定の塩基配列を効率よく検出することができる。DNAプローブは任意の塩基配列を持つある程度の長さの一本鎖DNAで、これと二本鎖構造を形成させることによって、相補性のあるDNA断片を識別することができるのである。この手法をサザン・ブロット法と呼ぶ。通常、DNAプロープは放射性物質で標識され、オートラジオグラフィで検出されることになる。なお、同様の技術をRNAに適用する場合はノザン・ブロット法と呼ぶが、ハイブリッド形成はDNA同士でもRNA同士でも、DNA鎖とRNA鎖の間でも起きる。

ハイブリッド形成の最大の使い道は遺伝子発現の決定であるが、ここで使用されるのがDNAマイクロアレイである。発現を決定するためにはmRNAを検出すればよいのだが、mRNAは操作が難しいので、細胞から抽出されたmRNAは、逆転写酵素によって、相補的なDNA(cDNA)に変換される。DNAマイクロアレイは多数のDNA断片を貼り付けた顕微鏡用スライドグラスで、それぞれのDNA断片がDNAプロープとして使用される。cDNAを蛍光プロープで標識した上でマイクロアレイと反応させ、ハイブリッドを形成させる。そしてアレイを洗浄して反応しなかったcDNA分子を除去すれば、どのcDNAがどのDNAプロープと反応したかを知ることができるのである。

クローニング

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細胞と同様、染色体についても実験を行なうためには多くのサンプルが必要である。従って、研究の対象となる特定のDNA塩基配列を増幅する必要が生じるが、ここで多用されるのがポリメラーゼ連鎖反応:PCR法である。PCR法においてはまず、標的とする領域の始めと終わりで鋳型DNAとハイブリッド形成するヌクレオチド鎖を合成し、プライマーとする。次に鋳型DNAを加熱して解離させ、これにプライマーを加えてから温度を下げると、プライマーは鋳型DNA鎖とハイブリッド形成するので、これにDNAポリメラーゼと4種類のデオキシリボヌクレオチドを加えれば、各々のプライマーからDNA合成が行なわれる。合成されたDNA鎖を熱処理して解離させると、この一連の反応が繰り返される。

しかし上記から類推できるとおり、PCR法を適用するには、その始めと終わりの塩基配列が既知でなければならず、また大きな遺伝子を扱うには適さない。そのようなときにはDNAクローニングという手法が依然として用いられる。

この手法は、増幅したいDNA鎖を細菌などに組み込むことによって、その宿主細胞が分裂するときに、細胞自身のDNAと同時に組み込んだDNA鎖も複製させるものである。従って、まずは増幅したいDNAを細菌に組み込まなければならない。そのための運び屋:ベクターとして多用されるのがプラスミドである。プラスミドは自己複製する能力を持った小さな環状二本鎖DNAで、遺伝子の水平伝播にも関与する;実際、クローニングは原理的に遺伝子の水平伝播と同様である。クローニングしたいDNA断片をプラスミドに挿入するには、プラスミドDNAを1ヶ所のみで切断する制限酵素で処理し、クローニングしたいDNA断片を挿入し、DNAリガーゼにより共有結合でつなぐ。こうしてできた組換え体DNAを宿主細胞に導入して培養させたのち、細胞を溶解する。プラスミドDNAは細胞の他の成分より小さいため、分離精製することでこれを得ることができる。DNA断片を回収するには、適切な制限酵素で処理したのちに電気泳動を行なえばよい。

そしてまた、クローニングはDNAの複製だけではなく、細胞DNAを保存し、また特定の領域をそこから単離するためにも用いられる。それにはまず、ヒトDNAを1種類の制限酵素で切断し、断片化する。数百万種にも及ぶ断片をそれぞれ1個ずつプラスミド・ベクターに挿入した上で、そのプラスミドを細胞(たいてい大腸菌)に導入する。このとき、それぞれの細胞に1個より多くのプラスミドが取り込まれることが無いようにしなければならない。このようにして得られた大腸菌中のDNA断片の集合をゲノム・ライブラリと呼ぶ;大腸菌に組み込むことで、ゲノムはより安定な状態で保管できるのである。ライブラリから情報を引き出したいときは、培地上で大腸菌にコロニー群を形成させ、そのなかから目的とするDNA配列を含むコロニーを識別し、抽出することで、そのDNA配列を手に入れることができる。

しかし、このようにして入手されたDNAは全てが遺伝子という訳ではなく、多くのイントロンを含んでいる。エキソン領域のみを取り出すためには、ハイブリッド形成のときと同様にcDNAを使えばよい。というのも、cDNAはmRNAを元にしているため、スプライシングによってイントロンが除去されているためである。このようにして作られるライブラリをcDNAライブラリと呼ぶ。

DNA操作

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このようにプラスミド・ベクターはDNAクローニングにおいて欠くべからざる存在であり、様々な遺伝子の研究を行なうため、多くのプラスミドが用いられている。それらの多くは、様々な制限酵素の認識する配列を1ヶ所にまとめたマルチクローニングサイトと呼ばれる領域を持っており、ここにDNA断片を挿入する。挿入された配列をインサートと呼び、しばしば何回かに分けて複数のDNA断片が挿入される。これを利用すれば、自然にはまったく存在しないDNAクローンを作ることもできる。

DNAクローニングの用途の一つが、細胞内の微量タンパク質の大量生産である。つまり、そのタンパク質を指令するDNAをベクターに組み込んで宿主細胞に導入し、タンパク質を産生させるのだが、これには発現ベクターなる特別なベクターが使われる。発現ベクターは遺伝子発現調節DNAやプロモーターDNAを含み、効率的な産生を可能にしている。

DNAクローニングに用いられる組換え技術を応用し、未知のタンパク質の機能や発現を調べることもできる。そのために用いられるのがレポーター遺伝子で、これは毒性がなく、かつ活性の測定が容易であることが条件となる。調べたいタンパク質を指令する遺伝子のプロモーターの下流にこれを連結すれば、その遺伝子とともにレポーター遺伝子も発現することになる。レポーター遺伝子は、その産物タンパクの蛍光または酵素活性を追跡して検出できるようになっていることが多いが、その代表例が、下村脩が2008年にノーベル化学賞を受賞したことで一般にも有名になった緑色蛍光タンパク:GFPである。調べたい遺伝子の一端にこれを繋ぐと、タンパク質はGFPと融合した形で産生されるが、その挙動は元のタンパク質と同様なので、細胞内や生体内でのタンパク質の分布は、GFPの緑色蛍光を追跡することで容易に検出できる。

また、ある遺伝子の挙動を知るためには、その遺伝子を変異させた変異体をつくることが有効である。そのためには正確に変異を導入しなければならないが、ここで用いられるのが部位指定変異導入である。まず、変異を導入したい領域を含む正常DNA断片をプラスミド・ベクターに組み込み,その二本鎖を解離する。次に、目的の変異塩基配列を持ったオリゴヌクレオチドを合成し、上記の一本鎖DNAとハイブリッド形成させる。変異部にミスマッチを含み部分的に二本鎖となったDNA上で、このオリゴヌクレオチドをプライマーにしてDNA合成を行い、二本鎖DNAを形成させる。このDNAを導入して生じる娘細胞の中には変異型遺伝子をもつものと野生型遺伝子をもつものとが半数ずつ含まれるので、目的の変異型遺伝子を含むものを同定して回収する。

このようにしてつくられた変異遺伝子の機能を検証するには、最終的にそれを生物のゲノムに挿入してその影響を見なければならない。細菌や酵母など一倍体生物においては導入した変異DNAと染色体DNAの相同組換えによってこのような遺伝子置換は比較的容易に可能だが、マウスなどゲノムが大きくて複雑な生物においては困難である。生殖細胞に変異遺伝子を導入すれば、子孫の少なくとも一部はそれをゲノムの一部として伝えることになる。そのようにしてつくられる遺伝子導入生物のうち、もっとも有名なのがノックアウトマウスだろう。これは特定の遺伝子が破壊されたマウスで、胚性幹細胞(ES細胞)を利用して作られるが、かなり面倒な作業である。

最近、より簡単に遺伝子を不活性化できる技術が開発された。これはRNA干渉:RNAiと呼ばれ、不活性化したい遺伝子と一致する塩基配列を持った二本鎖RNA分子を導入することによって達成される。導入されたRNAは、標的遺伝子から作られるmRNAとハイブリッド形成し、分解させてしまう。分解によってできた断片RNAは二本鎖RNAの再構成に使われ、これによって二本鎖RNAは維持され、また娘細胞にも伝えられる。さらに、RNAi機構はヘテロクロマチンの構成にも関与するらしいことが分かってきた。mRNAの分解から生じた断片RNAは核内に入って標的遺伝子そのものと直接作用し、遺伝子をヘテロクロマチン構造に閉じ込めてしまうのである。

シグナル伝達の概要

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いかなる生命も周囲の環境に適応しなければならず、それは体内環境においても、個々の細胞においてすらも同様である。そしてその際には、何らかの形で情報を伝達しなければならない。それは通常、様々なシグナル分子によって担われる。それらへの応答として、細胞の運命や行動は決定される。

細胞レベルでのシグナル伝達の方法はおおよそ4つに分類される;すなわち内分泌型,パラクリン型,オートクリン型,接触型である。

  1.  内分泌型はシグナルを最も広く伝えられる方法で、シグナル分子を血流中(植物なら樹液中)に放出して全身に伝えるものである。このときのシグナル分子をホルモンという。
  2.  パラクリン型はそれより狭い範囲の伝達に用いられるもので、このときのシグナル分子は血流中ではなく細胞外液中に拡散するために分泌した細胞周辺のみに留まり、近隣細胞への局所仲介物質として機能する。
  3. ' 神経型シグナル伝達は、シナプスで行なわれるシグナル分子の伝達自体はパラクリン型であるが、途中に電気シグナルが介在するため、長距離を高速に伝達可能である。
  4.  オートクリン型もパラクリン型と同様だが、この場合シグナルを受けるのは分泌した細胞自身である。
  5.  接触型は最も直接的な短距離間の伝達で、分泌分子は放出されず、細胞同士が細胞膜内のシグナル分子を通じて直接接触する。シグナル細胞の細胞膜に結合しているシグナル分子が、標的細胞の細胞膜に結合している受容体分子に結合することで、情報が伝達される。

シグナル伝達で最も重要なのは、情報の変換過程である。例えば電話では、声という音波が電話機によって電気シグナルに変換され、電話線を伝わる。体内では、情報発信細胞から発信されたシグナル分子はたいてい標的細胞が持つ受容体タンパクによって検出されて細胞内シグナルに変換され、遺伝子発現や酵素活性の変化など、様々な応答を返す。このときシグナル分子は受容体タンパクと特異的に結合することから、リガンドとして働いていることになる。

受容体タンパクはシグナル分子の受容によって活性化し、新たな細胞内シグナル分子を生み出す。細胞内シグナル分子は一連の反応を惹起し、その最終的な結果が細胞の応答となる。この細胞がつくるリレー系:細胞内シグナル伝達系には次のような重要な機能がある。

  1. シグナルを変型または変換して、伝達に適した、応答を引き出せる形の分子にする。
  2. シグナルを受領したところから、応答の生ずるところまで伝達する。
  3. しばしばシグナルを増幅し、大きな応答を引き起こす。
  4. シグナルを配分し、いくつかの反応系に同時に影響を及ぼす。
  5. シグナルの効果を細胞内外の条件に合わせて調節できる。

細胞外シグナル分子は大きく2つに分類できる。1つは小型で疎水性の高いもので、これは容易に細胞膜を透過できるため、直接内部に入って細胞内酵素を活性化するか、遺伝子発現を調節する細胞内受容体タンパクと結合する。もう1つは大型で親水性のもので、細胞膜を透過できないため、情報を膜越しに伝達するには標的細胞の細胞膜にある受容体に依存する。

ステロイドホルモンや甲状腺ホルモンなどは膜を透過できるので、直接に細胞内受容体に作用する。これらは特異的に結合するので、リガンドとして機能している。それらホルモンの細胞内受容体はホルモンとの結合によって活性化され、核内に移動して直接に標的遺伝子の転写を調節する。

細胞膜上の受容体は、イオンチャネル連結型,Gタンパク結合型,酵素連結型の3種類に大別される。これらの違いは、細胞外シグナル分子がそれに結合したときに生じる細胞内シグナルにある。

  1. イオンチャネル連結型では膜を横切ってイオンの流れが起こって膜の内外での電位差に変化が生じ、電流を生じる。
  2. Gタンパク結合型ではある種の膜結合タンパク(Gタンパク)を活性化してそのサブユニットを放出し、それを通じて細胞膜のなかの標的となる酵素やイオンチャネルに作用する。
  3. 酵素連結型はシグナル分子との結合で活性化し、酵素として働いたり、細胞内酵素と共同作業をしたりする。

細胞膜上の受容体が受けたシグナルは、細胞内シグナル分子:セカンドメッセンジャーを使った巧妙な伝達系で伝えられていく。このセカンドメッセンジャーにはcGMP,cAMP,カルシウムイオンなどの小分子もあるが、その大部分はタンパク質である。これらのタンパク質の多くは分子スイッチとして機能する;つまり、シグナルを受けると活性化し、伝達経路のほかのタンパク質を刺激するのである。スイッチタンパクの大部分はリン酸化によってその活性が切り替えられる。

Gタンパクおよび酵素連結型受容体

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スイッチタンパクのもう一つのグループが、Gタンパクを含むGTP結合タンパクである。これは通常、GTP結合(活性)型とGDP(不活性)結合型という2つの形態の間で相互転換を行い、種々の細胞応答において情報の伝達・増幅因子として機能しているが、特にGタンパク連結型受容体を介したシグナル伝達において枢要な役割を担う。前述のようにGタンパクは膜結合タンパクであるが、これはα,β,γの3つのサブユニットによって構成されていて、このうちのαおよびγサブユニットが膜につながっている。

Gタンパク連結型受容体 (GPCR)には様々なシグナル分子が結合するにも関わらず、その構造はほぼ同様で、それらを7回膜貫通受容体タンパク (7TM)と称するのはまさにその構造に由来する。

前述のとおり不活性状態ではGタンパクはGDPと結合しているのだが、これは厳密にはαサブユニットがGDPと結合しているということになる。細胞外シグナル分子は受容体に結合することでこれに構造変化を起こさせ、この結果αユニットはGDPを離してGTPと結合する。すると活性化したαユニットはβγ複合体から離れ、それぞれ自由に細胞膜上を機動できるようになる。しかし一方で、αユニットにはGTPアーゼ活性があり、最終的に結合しているGTPを加水分解してGDPに戻す。そうするとαユニットは不活性化されて再びβγ複合体と結合する。通常、αユニットが離れてから再結合するまでの時間は数秒に過ぎない。

Gタンパクのサブユニットの標的タンパクは、イオンチャネルか膜結合酵素のいずれかである。標的の種類によって影響を与えるGタンパクの種類は異なり、それぞれ別種の細胞表面受容体を通じて活性化する。Gタンパクによるイオンチャネル調節においては、活性化するときにはGαs,不活性化するときにはGαiが使われる。

一方、相手が膜結合酵素の場合はさらに複雑で、細胞内でさらに別のシグナル分子が作られることになる。最も良く標的となるのはイノシトール3リン酸:IP3およびジアシルグリセロール:DAGを生成するホスホリパーゼC 、そしてcAMPを生成するアデニル酸環化酵素であるが、これらはそれぞれ別のGタンパクで活性化される。このように、細胞外シグナル分子が細胞膜上の受容体と結合することにより細胞内で新たに生成される別種の細胞内シグナル分子のことを二次メッセンジャーと呼び、一次シグナルである細胞外シグナルと区別する。 上記の二次メッセンジャーのうち、最も多用されるcAMPは水溶性であるからシグナルを細胞全体に伝達することができる。これはcAMP依存タンパクキナーゼ:PKAを活性化することで、標的タンパクのリン酸化などの影響を行使する。一方のIP3およびDAGは、細胞膜を構成するリン脂質の一種(イノシトールリン脂質)がホスホリパーゼCにより分解されることで生成される。IP3は細胞質中に放出され、小胞体のCa2+チャネルを開放してCa2+を細胞質に流出させ、その濃度を上昇させる。DAGは細胞膜に埋め込まれたままで残り、Ca2+とともに働いてタンパクキナーゼC:PKCを活性化させる。PKCの機能はPKAと同様である。

細胞質中のCa2+の影響はだいたいが間接的で、Ca2+結合タンパクと総称される様々なタンパク質との相互作用によって伝えられる。Ca2+結合タンパクのうち最も広く存在するのがカルモジュリンで、これはCa2+と結合することで、別の酵素の活性を調節する。カルモジュリンにより活性化される酵素の代表例がCa2+カルモジュリン依存タンパクキナーゼ:CaMキナーゼで、これはカルモジュリンによって活性化されると特定のタンパク質をリン酸化する。

Gタンパク連結型受容体が仲介する反応のなかで最も速いのが、目における明暗順応である。このとき、例えば光受容細胞が強く応答するとシグナル増幅に関わる酵素を阻害する細胞内シグナル(Ca2+濃度の変化)が生じ、これによって光受容細胞は飽和せずに光の強弱を感知できるのである。このような順応は化学シグナルに応答する伝達系でも起きている。

ここからはGタンパク連結型受容体に並んで重要な細胞表面受容体である酵素連結型受容体について述べる。これはGタンパク連結型受容体と同様に膜貫通タンパクだが、その細胞質側ドメインは酵素であるか、酵素と複合体を形成することになる。これらのなかで最も多いのは、細胞質側ドメインが特定のタンパク質のチロシン鎖をリン酸化するチロシンキナーゼとして働くもので、このような受容体を受容体チロシンキナーゼ:RTKと呼ぶ。

多くの場合、シグナル分子が結合すると、2個のRTK分子がいっしょになってニ量体を形成し、お互いをリン酸化する。これをきっかけにして受容体の尾部に様々な細胞内シグナルタンパクが結合し、結合によって活性化されてシグナルを送る。タンパク質チロシンホスファターゼによってリン酸化されることでそのシグナルは停止するが、食作用によって受容体ごと消化されて強制的に止められることもある。

RTKに結合する細胞内シグナルタンパクのうち、中心的な役割を果たすのがRasである。これはGTP結合タンパクの一種であるが、Gタンパクとは区別されて単量体GTP結合タンパクと通称される。RasはGタンパクのαサブユニットと似ており、ほぼ同じ作用機構で分子スイッチとして働く。活性型のRasは、一連のタンパクキナーゼが順番にリン酸化を進めては活性化するリン酸化の連鎖反応を引き起こす。

また、このような協同作業を必要とせず、より直接的な経路によって遺伝子の発現調節を行なう受容体もある。サイトカインが結合する受容体は、細胞膜に不活性状態で存在する遺伝子調節タンパクを活性化する。活性化された調節タンパクは直接核内に向かい、対応する遺伝子の転写を促進する。これらのサイトカイン受容体は酵素活性を持たないが、細胞質チロシンキナーゼJAKと結合しており、サイトカインが受容体に結合するとこれが活性化する。有名なサイトカインにインターフェロンがあり、これはウイルス感染に対して抵抗性を高めるので、遺伝子クローニングによって大量生産され、ウイルス性肝炎などの治療に用いられている。

脚注

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  1. ^ なお、ある種のウイルスは遺伝情報をDNAないしRNAによって伝えているが、ウイルスは、宿主の細胞に寄生し宿主細胞の酵素を借りて始めて自己複製を行えることから、定義上、生物とは見なされない。
  2. ^ トランスクリプトーム解析とは、細胞内のmRNAを[[w:逆転写酵素|]]によって[[w:相補的DNA|]](cDNA)に逆転写し、これを解析するというものである。
  3. ^ 光回復とは、フォトリアーゼという酵素が、可視光のエネルギーを利用してDNA鎖上に生じた塩基二量体の開裂を触媒するものである。

参考文献

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  1. ブルース・アルバーツほか『Essential細胞生物学(原書第2版)』中村桂子・松原謙一 監訳、南江堂、2005年
  2. 八杉龍一ほか 『岩波生物学辞典 第4版 CD-ROM版』 岩波書店、1998年
  3. 眠りから覚めたRNA 今明らかになるnon-coding RNAの新機能, 廣瀬哲郎(監修), 細胞工学(2009, Feb.), Vol.28, No.2
  4. Rechard D.Wood, Nucleotide Excision Repair in Mammalian Cells, J. Biol. Chem.(1997), 272, 38: 23465-23468
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