第382話 ホールリハーサル一日目 宮崎美香と芹沢瑠々

 園香そのかが真美、すみれ、真理子、青葉あおばの五人が客席からロビーに出ると宮崎美香みやざきみか芹沢瑠々せりざわるるがいた。

 瑠々るるは黄色の可愛らしいリュックを背負って、初めて来るホールのロビーをきょろきょろと眺めている。宮崎はホールの前を行き交う人を眺めている。

 園香たち五人に気付いた瑠々るるが宮崎の手を引くようにして言う。

先生せんせー、真美ちゃんら来たで」

 宮崎が振り返り挨拶をする。

「おはようございます。よろしくお願いします」

「遠いところ、ありがとうございます」

 真理子と青葉が丁寧に挨拶する。隣にいた小さな瑠々るるもちょこんと頭を下げる。

「美香先生よろしくお願いします」

 真美が緊張した表情で挨拶すると宮崎が微笑んで頷く。

「真美、頑張ってるみたいやな」

 真美も硬い表情で微笑みながら頷く。

瑠々るる、頑張ろうな」

 真美が瑠々るるに声を掛けると、

「真美ちゃんもな」

 と言って瑠々るるが微笑みながらグータッチをするように手を差し出してきた。

「なんや、大先輩に向かって、その挨拶」

 と言ってグータッチをする。

瑠々るる、今日と明日は静かに見ときな」

「わかってる。真美ちゃん、月曜日から瑠々るると一緒に練習やで」

 と瑠々るるが笑顔で言う。

「どっちが先輩や」

 と苦笑いする真美の姿を見て、周りの皆に笑顔が広がる。

 その後少し真理子と青葉、すみれが宮崎と話をして、真理子が二階席に案内する。


「ここが二階席になります」

「ありがとうございます」

 丁寧に礼を言う宮崎。園香が二階席に入る扉を開けると『くるみ割り人形』の曲が聞こえてきた。

 瑠々るるが宮崎の横をすり抜ける様に二階席の一番前に走って行く。

 舞台では出演者たちが『ねずみと兵隊人形の戦い』の場面を確認していた。ゆい知里ちさとたち子ねずみもリハーサルをしている。

 瑠々るるが目を輝かせるように舞台を見つめる。

「真美ちゃん、瑠々るるもあれ踊るんやで」

「そうやな。よく知ってるやん」

「いっぱい、練習してきたからな」

「へえ」

 感心した様に瑠々るるを見つめる真美。そこにいた園香やすみれ、真理子と青葉も顔を見合わせた。

「じゃあ、私たちはここで観させて頂きます」

 と宮崎が言う。

「ゆっくり観ていってください」

 と言う真理子に、宮崎が微笑みながら、

「今回は私たち、他の出演者の人たちにあまり見られない方がいいみたいやから、リハーサル観させてもろうたら帰りますね。帰るとき、挨拶できんかもしれませんが」

 そう言うと、真理子も申し訳なさそうに言葉を返す。

「ごめんなさい。折角、来てくださっているのに、こちらも何もできず」

「明日も、また、朝から来させてもらいます」

 ここへ来る前に一度、宮崎にスケジュールを伝えていたが、もう一度、真理子が明日のスケジュールを伝える。

「明日は午前中、一通り最初から通した後、午後から本番通りのリハーサルをします。この時、知里ちゃんという子の幼稚園の皆さんにも観て頂く様にしています」

「明日は午前中から観させて頂きますね」

 宮崎が微笑みながら言う。

「それでは私たちは失礼してリハーサルに戻りますね」

 と言う真理子に、もう一度、宮崎が丁寧に礼を言った。

 園香たちも丁寧に頭を下げ舞台に向かおうとした、その園香や真美たちの背中に宮崎が声を掛けた。


「真美、踊るときは、いつでも本番やで」

「はい」

「何を踊る時でも主役やで」

「はい」

「この世の中に脇役なんておらんねん。みんな自分が主人公の物語を生きてんねん」

「……はい」

 真美と一緒にいた園香や、すみれも宮崎から何かを教えられた気がした。


 いつか大阪に行ったとき、すみれが言った、宮崎バレエのレッスン生は小さい子どもから大人まで、誰もが想像以上に上手だと……

 いつでも本番、何を踊る時でも主役、と言った今の言葉に宮崎バレエの精神的な強さや想像以上の上達に繋がる何かが秘められているような気がした。


 瑠々るるが嬉しそうに舞台の方を眺めている。

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