新婚旅行は黙々と
メキシコシティにある国立人類学博物館はとても気が重い場所だ。
博物館の前で夫は
「こういう博物館は、なんか行く前からしんどいな」
とため息をついた。
わたしもまったく同感だ。
なぜわれわれがこんなにどんよりしているかというと、この博物館が巨大で素晴らしすぎるからである。
今回の旅で訪れた博物館のなかでも最大規模の展示。
足が棒になり精魂尽き果てるまで集中しなければならないことは明白だ。
しかしそこにはきっと、われわれがわざわざ時間をかけて見に行った遺跡からの出土品のうち、「これは首都の博物館で展示しなくちゃ」というふうに選ばれた大型の石像や特徴のある土器がたくさんたくさん並んでいるだろう。
それを見ずしてメキシコの旅を終わることなど到底できぬ。
すごく疲れるのはわかりきっているが行かないわけにはいかない。
自由気ままに見えるバックパッカーにも、義務は発生するのである。
まず、国立人類学博物館がどのくらい広いかを説明しよう。
博物館は2階建て。
1階が考古学、2階が民族学にあてられている。
エントランスホールを抜けると巨大な柱の噴水があり、そのまわりにコの字型に展示室が配されている。
展示はおおむね地域ごとに区分されており、北部、西部、オアハカ、メキシコ湾岸、マヤ、中央高原などに部屋が分かれている。
わたしは今のんきに「部屋が分かれている」などと記しているが、部屋といってもそれは巨大な空間であり、一室だけでも中規模の博物館ひとつ分くらいはあるだろう。
出土品の展示だけでなく、神殿や墓室の再現にも余念がなく、天井の高い展示室であるにもかかわらず空間に無駄がない。
いっそ入場料がすごく高かったらいいのに……。
入場料が法外に高ければ「意地でも1日で見なくては」と割り切ることができ、実際そうした理由で妥協しつつ見終えた博物館もあった。
しかしここは一人当たり700円ちょっと。
質と量を考えると法外に格安で、じゃあもう1日来ようか、というふうに1日また1日と増え、結果3日ほど通った。
そして3日間かけても展示の7、8割しか見ることができず、メキシコ湾岸のオルメカ文明については流し見したにとどまり、2階部分にある民族学の展示は足を踏み入れる時間すらなかった。
次回はこの博物館のために5日間とっておかなくては。
われわれは3日間、メキシコシティ中心部の宿から西側へ、博物館のあるチャプルテペックまで通勤した。
着いたら粛々と写真とメモをとり、前後左右から土器を眺め、説明を読んだ。
新婚旅行とは夕日を見ながらハイビスカスが挿さったカラフルな飲み物を2つのストローで同時に飲み、
「きれいな景色だね。将来こんなところに住みたいね」
「君のほうがきれいだよ」
「もう、ばか……」
などと言い合うものではないのか。
なぜわれわれは新婚旅行の最後に、それぞれ黙々と土器を眺め、昼食や帰りの時間は疲れきって会話も少ないという状況になってしまったのか……。
しかし繰り返すがこの博物館をはずすという選択肢はないのだ。
この博物館がどんなに大変かということはガイドブックその他にはあまり載っていないように見受けられるので、今後新婚旅行で訪れるカップルの役に立てればという気持ちで、ここで起こったことを書きとめておく。
続く。
(博物館の外観。独立記念日が近いためか大きな旗がかけられていた)
(巨大な噴水。噴水の柱にも浮き彫りがある)
(展示室の様子)
(神殿や埋葬の様子の再現(以下同)。
遺物がどのような建物の中にあったのかイメージがわく。
こうした遺跡の再現が各展示室の中に何かしらあり、どうでもいい展示室がひとつもないので疲れる)
(一息つこうと庭にでると、そこにも再現があるので気を抜く暇がない)