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ああた、お寿司っておいしいわね。
嫁のセツ子が5年落ちのボロ軽自動車のハンドルを握りながら言った。
ああ、そうだな。あの酢飯とキュウリと海苔のハーモニーが堪らんわ。
オレも頭の中でかっぱ巻きの味を反芻しながらそう答える。
オレ達は今夜、名古屋の金満家ご夫婦に誘って貰い高級な寿司をゴチに
なって来たのだ。
木曜の夜にその旦那からLINEが来た。
うちで寿司と言えば、おいなりさんか永谷園のすし太郎の事なので、皿とか
金色の意味はよく分からないが、土曜の夜指定された店に車で出掛けた。
格式が高い店らしいので、オレは紳士服の青山で買ったツイードの
ジャケットとパンツに高校の時に履いていたハルタのローファーを
石田純一を真似て裸足で履いて来たが、寒くて痔が出そうだ。
セツ子はユニクロで買ったトレンチコートと久々に履くヒールの減った
パンプスに100均のサングラスを頭に乗せて気取っている。
金満家ご夫婦は既に黒塗りのレクサスでお見えになっていた。
大型セダンの横にボロ車を止めると貧富の差が丸わかりだが仕方ない。
やっとかめだなも。上品な奥様からそう挨拶された。
※やっとかめとは八十日目と書いて久しぶりと言う意味の名古屋弁だ。
店の名は「にぎりの徳兵衛 」だ。なるほどこれが高級店と言う所か...
ここは名店だで、芸能人やスポーツ選手もお忍びで来るんだわ。
旦那がネイティブの名古屋弁でそう教えてくれた。
ちなみに名古屋で芸能人と言えば宮地佑紀生を、スポーツ選手と言えば
板東英二を指すのは言うまでも無い。
オレ達は選ばれた人間しか座れないと言う4人掛けのボックス席に案内
された。
旦那は慣れた手付きで湯呑みに緑色の粉を入れ、テーブルに設置された
蛇口から湯を注ぎ茶を淹れてくれる。
ああた、すごいわね。
初めてこんな高級店に来て、そのハイテク振りに嫁のセツ子が驚きの
声をあげた。
かっぱ巻き、玉子、かんぴょう巻きやコーンと納豆の軍艦巻きもおすすめ
だで、好きなだけ食えばええがや。
旦那はテーブルに置かれたタブレットをオレに手渡し、そう言ってくれた。
ああた、あたし玉子！
セツ子は子供の様にはしゃいでいる。
世間には株主優待ってのが有って、金満家ご夫婦はその優待券を期限までに
使う為に毎日名古屋中を自転車で走り回っているそうだ。
オレはかっぱ巻きを頬張りながら旦那ご夫婦の(持てる者の悲哀)の話に耳を
傾けた。
ああた、ガリはタダなんですって！セツ子が口一杯に頬張りむせながら言った。
しかし何と言っても、この日旦那が最後に、これは特別だでねと言って
頼んでくれたウニの旨さが忘れられない。
ああた、あたし袋貼りの内職頑張るから、またお寿司食べに行きましょうね。
ああ、また行けたらいいな。
オレはそう答えるがフロントガラス越しに見える名古屋の夜景が涙で
滲んで見えた。
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