2024年12月11日

アルコール依存症の真っ盛りの頃。
一体、どういう状態であったろうか。
身体の臓器の症状ではなく、衣食住・生活習慣についてである。


何が生活の第一優先かといえば、勿論、三度の飯より酒である。
仕事や、名誉や、親の死に目や、義理人情や、法律御法度や、神よりも、まずは酒。
とにかく酒に勝る価値を持ったものは、この世に存在しなくなる。

それが、末期的強度アルコール依存症である。
このレベルに到達すれば、どう抗っても、優先順位は変えられない。
唯一、小さな希望があるとすれば、医療機関に掛かろうとする自己の意識だけである。

そういう中での、酒以外の生活習慣はどうであったろうか?
常に酔っている状態なものだから、身の回りの事が疎かになる。あたりまえ。
特に家族に見放され独り身になれば、もともと几帳面だった人物も豹変する。

洗濯などは、とてもではなく満足にできなくなる。
数日前に着たものを、着回しするようになる。
冬場はまだしも、夏場は汗の成分が微生物に分解され異臭を放つ。φ(.. )

常に酒が残ってるものだから、嗅覚も鈍り、自分で自分の異臭もわからない。
どだい、衣服の臭いもさることながら、酒が発酵した呼気の方が、負けずと劣らず異臭を放つ。
仕事で人前に出る時は意識して、フリスクや仁丹を多用するのだが、一切効果なし。


面倒くさい事をするのは大儀になって、自分で調理する事もなくなる。
出来合いの総菜を買うようになる。
あるいは、すぐに食す事ができるような店を好む。

回転ずしは良く利用した。
席にさえ座れば、ものの数秒で食する事ができる。
店員さんに頼む煩わしい行為も不要である。

依存症には願ったりかなったりの店である。
もちろん飲み足りなければビールも頼める。
(言っておくが、童子はスシローの回し者ではない!)


住まいも掃除することは大儀以外の何物でもなくなる。
シンクで食器や調理具が洗われないまま山のように放置される。
見るだけで、始末する気すら失う状態と化す。

総菜の入っていた発砲スチロール容器や紙袋・ビニ袋。
ゴミ箱に入りきらず、ゴミ回収に出すのも面倒で、シンク周りを中心に散乱する。
どんどんと所要面積が拡大し、寝るところまで浸食してくる。

ベランダに出せば、カラスの襲撃に合うことも度々。
まさにゴミ屋敷の様相を呈することになる。
異臭が放たれるが、どっぷりその中に浸かれば、嗅覚が麻痺して気付かなくなる。(´・ω・`)


まあ、こういう状態に陥るのだが、
当然ながら、もともと希薄だった知的活動も、更に鈍化してくる。
細かい活字を見るのが億劫になってくる。

新聞も読まない。本も読まない。
頭が痛くなるような論理物は勿論の事、
小説の類、特に長編物は読めなくなる。

飲みながら読んでも途中で酔いつぶれてしまい。どこまで読んだのかわからなくなる。
100頁を超える中編長編は読み通すことができなくなる。
否、最期には、数頁すら持続力が持たなくなる。
勿論、その前に、図書館に行くとかの殊勝な習慣はなくなる。

もっぱら、テレビを見るでもなくチャンネルをつけっぱなし。
えも知れぬ不安感に襲われ、なにかしら音がある方が安心する。
しかし、ドラマ・映画の類は、小説同様、途中で筋書きが理解できなくなり、面倒になる。

といった感じで、童子も、アル症まっただなかの十年二十年は、
活字に積極的に触れることが皆無に近く無くなった時代がある。
”アルコール性文盲”と酒呑童子記念病院では名付けている症状である。

それが、断酒して十一年。
まったく、嗜好が変わってきたのである。
”アルコール性文盲”の鎖国時代に制限されていた活字への飢えの反動か、
やたらと活字という栄養素への摂取欲求が出てきたのである。
アルコールの替わりに活字が依存症的な病状にすりかわったのかも知れない。

その代わりに、テレビは自宅では全く見なくなった。
昨今のテレビ番組は、三流芸人のくだらない物ばかりで、通常生活では一切見ていない。
大きな地震発生時にニュースを見るため、スイッチを入れるだけである。

それも、今は、インターネットの方が情報が早いし多い。
65インチのSONY BRAVIA 4Kは、たまに、youtubeのディスプレーとして使用するだけである。
なので、独占国営帝国放送の受信料など、さらさら払う気はない。(`Д´) 

まあテレビを見る時といえば、週5日かかさず通っているセントラルスポーツの
サウナルームで、汗を垂らしながら、30分程度睨んでいるだけである。
勿論チェンネル選択権の自由はないので、止む無く時計代わりに。


それで話を戻すが、謂わば、知識欲ではなく活字欲と言った方が良いかも知れない。
その貪欲な活字欲を満たすために、重く図書館に通っているのである。
自転車で20分のところに、蔵書数100万冊以上を誇る中央図書館がある。

まあ、活字欲を食欲に例えるなら、総合無料レストランである。
食べつくせないだけのメニューと食材の常備量。
もっともテイクアウトしかしないのであるが。

借りる本も、活字のボリュームがある方が好ましいのである。
超長編小説数冊(特大盛どんぶりみたいなもの)。

テレビ番組がつまらないから、名の知れた映画やドラマなどでも見ようかと、
amazonのプライム会員になったりならなかったりしているのだが、
特典で付随してくるamazonプライムビデオの映画も見る気がしなくなったのである。

活字の小説の方が、自分で勝手に情景を類推し想像できるという無限大の可能性があるから、
その方が、より深く、小説の世界に埋没できるからである。
なので、そういった日常からかけ離れた類のジャンルの小説を好んでいるのだが。

ただし、小説ばかり読むと、これはこれで飽きてくるから、
他のジャンルの書物も併せて食している。
炭水化物ばかり摂取するのではなく、蛋白質やミネラルも必要となるようなものである。

炭水化物以外では、科学系が多い。相対論。量子物理。天文。宇宙生命。。。。
歴史系も。あるいは、トッピングに、投資系。財務系。。。。

ということになって、中央図書館の100万冊の内、該当分野の蔵書を読了するには、
あと何年生きていれば良いか、計算している所である。
酒呑童子にも寿命があるみたいだと、最近感じて来たので。。。( ゚∀゚)アハハ


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ctxt0475ctxt0475 at 06:11│コメント(4)

この記事へのコメント

1. Posted by のんたん   2024年12月18日 15:33
5 12月に入ったら急に寒くなってきましたね。童子さん、読書に勤しんでおられますか?私も図書館通いは、よくしていますが、以前、読んだ本を借りて来てしまい、あれっ、と思うことが多々あります。この頃、何をするにも億劫で時間もかかり、夜は眠れないし、年のせいなのかな、と思ったり、でも、まだ、そんな年でもないし、何もしていないのにエネルギー不足の感じです。童子さんは、好奇心に溢れ、フットワークが軽く、凄いです。素敵に年を重ねておられますね、酒を、辞めたからこその充実した人生ですね、時は金なり、酒で失った時間を、今からでも十分に取り戻せますね。良いお年をお迎えください。
2. Posted by 酒呑童子   2024年12月19日 21:50
>>1
のんたんさん
こんばんは。
本当に寒くなってきましたね。
秋なんか、ほんのちょっとの間。
子供の頃の季節感と変わってきたような気がします。
私も、何をするのも億劫、夜眠れない、時は、しょっちゅうあります。
何をするにも後回しになり、心に澱が蓄積していき鬱化していきそうな時も。
そんな時、好きな本を読むのが、私にも一番効果があるようです。
世離れした内容ほど良いです。
何か行き詰ってる事があっても、『まあ、これで死ぬことはないし、どうにかなるよ』
と思えば、心も軽くなり、必ず突破できるようになるものです。
まあ、”心を軽い状態に保つ”のが、なによりですね。
それでは、良いお年でありますように。
3. Posted by でるでる   2024年12月27日 21:44
童子様、いつも楽しく拝読させていただいております。人生をやり直し始めて2年半程経ちました。日記的に自己暗示も兼ねてブログも続けています。無知故に現状があります。苦しみ続けて、しっかりと頸をくくりましたが死ねませんでした。ただ、自分や生への未練や執着がなくなり生きやすくなりました。いつ死んでも構いませんが、子供達が大学卒業するまでは生きて働くと常に心に念じて淡々と生きています。犯してきた害悪や自分の狂った報酬系回路を常に認識して、仕事、勉強、償い、筋トレを生涯続けていきます。これからも童子様のブログ楽しみにさせていただきます。よいお年をお迎えください。
4. Posted by 酒呑童子   2024年12月28日 06:19
>>3
でるでるさん
おひさしぶりです。
>仕事、勉強、償い、筋トレを生涯続けていきます。
是非とも、生涯お続けください。
死ぬのは何時でも死ねます。
私は、ここ数年、公私にかかわらず困難な事態に直面すると、
「まあ、(この件で)どう転んでも、死ぬわけではないし・・・」
と考える事にしています。
どんな苦渋な事案でも、大概は、死ぬには及ばない出来事です。
そう考えると、気持ちが楽になり、物事も切り抜けられるのです。
世の中、死ぬほどの事は、そうそうあるものではないと思います。
私の論理では、正当防衛以外の殺人を意図的に行った場合、
もしくは誰かを意図的に死に追い込んだ場合は、自死すべきです。
それ以外は、自死すべきではありません。
自分に責任があるなら、生きて生涯反省すべきです。
死ぬ事で決して逃げてはいけません。
それこそ卑怯で、地獄に落ちます。
死すまでは精進あるのみ。
無神論者の酒呑童子ですが、そう考える事にしております。

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