新型コロナの回復期血漿療法、米FDAが緊急使用許可
8月23日、米食品医薬品局(FDA)は、新型コロナウイルス感染症患者の回復期血漿を使った治療法に関する緊急使用許可を発表した。同治療法について判明している潜在的メリットの方が、潜在的リスクを上回るとしている。
FDAによると、これまでに7万人以上の患者が、新型コロナウイルス感染症から回復した人の血液を利用した血漿治療を受けてきた。
ホワイトハウスで記者会見したトランプ大統領は、「チャイナウイルスとの闘いにおいて真に歴史的な発表を行う。これで無数の命が救われる」「致死率が35%も低下することが証明されている。驚異的な数字だ。これで多くの命が救われる」と強調した。
FDAは3月末の時点で、研究者が回復期の患者の血漿を使った試験的な治療をできるようにしており、既に新型コロナウイルス患者7万人以上に対してこの治療法が使われている。
◆ 血漿療法とは
血漿療法は、新型コロナウイルスから回復した人の血液を採取して、血液の55%を占めているのが血漿成分を機械で分離。血漿には、ウイルスを攻撃する「抗体」が含まれ、血漿を直接、患者に投与することで、患者の体内に抗体を生成させるという治療法である。
中国では、血漿療法はすでに公式に認められている治療法の一つで、臨床研究では酸素投与が必要だが、人工呼吸器までは必要ではない中等症の患者に有効性があるとしている。発症してからなるべく早く投与することで、重症化の阻止に繋げられる可能性があるとされている。
また日本をはじめ、各国でも研究が進められている。
日本では、国立国際医療研究センターなどのグループが、回復した人の血液約40人分を採取して、冷凍保存をし、臨床研究の開始の備えて準備を進めている。
ウイルスや細菌に感染すると、血液中の白血球の一種である免疫細胞が抗体を生み出す。抗体は「免疫グロブリン」というたんぱく質で、ウイルスに対しては結合して無力化したり、感染した細胞の破壊を促したりする。血液の上澄みの血清や血漿にはこの抗体が含まれ、別の感染者に投与すると治療効果がある。日本の近代医学を築いた北里柴三郎とドイツの医学者エミール・ベーリングが1890年に破傷風とジフテリアで初めて開発し、ベーリングは第1回ノーベル医学生理学賞を受賞した。
◆ 血漿療法の問題点
(1) 血漿中の抗体量が不明
血漿療法の問題点の一つは、新型コロナウイルスから回復した人から採取した血漿中に、中和抗体がどの程度あるのか測定できないままにで、臨床試験が行われていることだ。中和抗体の力価不明のまま、その時入手できた血漿を1単位(200mL)以上投与するというやり方で行われている。
最新の研究では、血漿を提供した回復期患者の血漿中の抗体(特に中和抗体)のレベルは患者ごとに大きく異なり、血漿中にほとんど抗体が検出されていないにもかかわらず、回復する患者がいることが明らかになっている。多様な重症患者に、中和抗体の力価不明のまま(中にはほとんど抗体が含まれないまま)に投与しても血漿療法の効果は分からない。
(2)血漿を使用するというリスク
最大の問題は、新型コロナウイルスから回復した人の血漿を使用するというリスクである。
血漿療法は、輸血と基本的には同じなので血液型の適合が必須となる。
また人の血漿には未知の病原菌が潜み、別の感染症が発症する懸念やアレルギー反応や肺障害などの副作用が起きる可能性があるとされている。また、患者の症状回復に本当に効果があるのか、逆に症状を悪化させる可能性はないのか、安全性の確認検査は慎重に行うことが必須である。 次に新型コロナウイルス感染症から回復した人の血漿を大量に確保するのは不可能である。重篤な患者など極めて限定的な治療法に留まる。
(3) 血漿の供給量
問題はドナーを必要とする血漿の供給量は限られているである。
国立国際医療研究センターでは、十分に抗体があると確認された回復者から、献血と同じ量の400ccの血液を提供してもらい、血漿を分離して冷凍保存して、後に点滴して投与することを想定している。
◆ 血漿療法のデータは脆弱
血漿療法については、一部では有望な兆候が見られるが、多数の患者を対象とした二重盲検でのデータは存在せず、まだ臨床試験が進行中だ。
米紙ニューヨーク・タイムズが複数の政府高官の話として19日に伝えたところによると、FDAの緊急使用許可に対しては、米国立衛生研究所(NIH)の当局者が介入して待ったをかけていた。NIHのコリンズ所長や、米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長などは、この治療法に関して浮上したデータはあまりにも弱すぎると指摘していた。
◆ WHO 血漿療法の緊急使用に慎重な見方
一方、8月24日、世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルス感染症から回復した人の血漿療法の効力を裏付ける確証は依然不十分として、同療法の緊急使用に慎重な見方を示した。
WHOの主席科学者は、血漿治療が有効であることを示す臨床試験データは限られており、決定的でないと指摘。「現時点で示されている証拠の質は依然低い」とし、「血漿治療は実験的治療で、引き続きしっかりと計画された無作為化の臨床試験で評価される必要がある」と述べた。
WHOのシニアアドバイザーも、血漿治療は軽度の発熱から重度の肺損傷や循環過負荷まで「多くの副作用を伴う」と警鐘を鳴らし、「臨床試験の結果が極めて重要だ」と強調した。
検証 回復期血漿療法
血漿とは、血液から赤血球などの血球成分を取り除いたもので、さまざまな抗体が含まれる。そこで、感染症から回復した者の回復期血漿を患者に投与して、病原体の撃退に役立てようとする治療法である。
1918年のスペインかぜ以来、医療関係者は血漿療法で感染症と闘ってきた。
しかし、新型コロナの回復期血漿療法に関しては、もう何カ月も前から世界で70以上の臨床研究が行われているにも関わらず、重症患者への有効性はいまだに確認されていない。
◆ 承認を急いだFDA
FDAの決定は、主に米ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックが8月に発表した臨床試験の暫定的な結果に基づいている。それによると、入院から3日以内に血漿療法を受けた患者の死亡率が、3.2%低下したという。ただし、この論文はまだ専門家による査読を受けていない。
7月30日、メイヨー・クリニックのマイケル・ジョイナー氏の研究チームは、査読前の論文を公開するサイト「MedRxiv」に複数の小規模治験の結果をまとめた総説論文を投稿し、新型コロナ患者への回復期血漿療法の有効性が示唆されると結論付けた。FDAも、同じ治験と研究、そしてより広範囲なメイヨー・クリニックの「コンパッショネートユース(人道的使用)」の結果を引用して、緊急承認を決定したとしている。
メイヨー・クリニックのプロジェクトは、回復期血漿療法の開発の道筋を、通常の十分に臨床試験と合わせて、命に関わる重症患者へ例外的に未承認薬を投与する「コンパッショネートユース」のスキームを使用した。
血漿療法の治験には数百万ドルの連邦予算が投じられ、何万という患者を対象に実施されているが、大きな欠陥がある。メイヨー・クリニックが実施した治験には、治療の効果を比較するプラセボ(偽薬)対照群が存在していないことだ。回復期血漿療法の効果は依然としてエビデンスが認められていない。
◆ 「コンパッショネートユース」とは
欧米では、「Expanded Access Program」あるいは「Compassionate use」 制度として、代替治療薬の存在しない致死的な疾患等の治療のために人道的見地から未承認薬の提供を行う制度を整備している。
米国では、①利益がリスクを上回る、②有効性及び安全性が確認されているという根拠(過去の治験実績等)を条件して、さらに治験患者数に応じて厳しくなる実施条件を課している。患者個人ベースではベネフィットがリスクを上回ること、少数のCohort(グループ)では最低限の治験成績、大人数のCohortでは全ての治験が終了し、申請が計画されることが条件になっている。
日本では、「日本版コンパッショネートユース」を掲げて、「拡大治験」スキームを創設した。この制度では、欧米の制度と同様に、生命に重大な影響がある重篤な疾患であって、既存の治療法に有効なものが存在しない未承認又は適応外の治療薬の使用を条件付きで認めた。
対象は国内開発の最終段階である治験実施中か、終了後の未承認新薬である。
日本では「人道的見地から実施される治験」を「拡大治験」として定義してルール化したが、あくまで「治験」の枠組みの中のスキームとしている。
◆ 肥大化した「コンパッショネートユース」
ところが今、米国ではこの「コンパッショネートユース」が当初の予想以上に大きくなりすぎて問題が発生している。本来の臨床試験が二の次になり、予算やインフラの不足で、臨床試験の遅れが発生してことである。
「WIRED」の2020年8月21日付けの記事によると、米国でのコンパッショネートユースは急速に拡大し、2700以上の病院で実施されているが、そのうちの一部は臨床試験の十分な仕組みもノウハウも持ち合わせていないという。メイヨー・クリニックだけでも、入院患者への回復期血漿の使用に保健福祉省から4800万ドル(約50億円)の予算を受けていた。
「あまりの人気ぶりに、魔法の治療薬という印象を与えてしまっているが、それは正確ではない。全ての非無作為化試験で期待できる兆候がみられるものの、まだ自信をもって効果があるとは言えない、というのが現状だ」と、米ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの感染症の専門家ミラ・オルティゴーザ氏は話す。
本来であれば、大規模な治験を行い、無作為に分けられた被験者が本物の治療薬かプラセボ(偽薬)のどちらかを投与されてその結果を比較する。だが今のところ、世界では治験の規模が小さいか、あるいはメイヨー・クリニックのように対照群のない観察研究しか行われていない。対照群なしには、患者が自力で回復したのか、血漿なしでも結果は同じだったのかを知ることはできない。
「率直に言って、回復期血漿療法を受けた数万人の患者が、それによって回復したのか、悪くなったのか、それとも全く変わらなかったのか、最終的に判断のしようがない」と、英国の治験を率いる1人である英オックスフォード大学心臓学教授のマーティン・ランドレー氏は言う。
回復期血漿療法が、新型コロナウイルスの治療法に、本当に効果があるのか、まだ確認ができていない。
(出典 ナショナルジオグラフックス On-Line 2020年8月26日 「人道的見地から実施される治験」厚生労働省 医薬・生活衛生局 審査管理課)
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国際メディアサービスシステム研究所 International Media Service System Research Institute(IMSSR)
2020年8月24日
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廣谷 徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
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