まずはこちらをお聴きください。
ウォルトディズニー映画「白雪姫」の挿入歌 Heigh Ho(ハイ・ホー)です。
7人の小人達が楽しく働いている様子が表現された楽曲。
一度は聴いたことがあるのではないでしょうか?
つい口ずさんでしまう明るい曲です。
そしてこの曲をトム・ウェイツが口ずさむとこうなります。
そう、違和感だらけです。
原曲のカケラも見当たらないほどのアレンジ。
何をどう解釈すればこんなアレンジに仕上がるのか?
「フランクス・ワイルドイヤーズ」シリーズがアルバム「BIG TIME」で完結し、1つの区切りを得たトム・ウェイツ。しかし休息の間もなく、音楽だけでなく、舞台、映画、俳優の仕事が舞い込み多忙を強いられます。
そしてそれは自ずとトム・ウェイツを音楽シーンから遠ざけてしまう結果になります。
そんな「空白」の期間に入る直前に作られたこの楽曲。
今思えば新たな展開への序曲だったのかもしれません。
余白の出来事
上述のトム・ウェイツが参加したアルバム『STAY AWAKE』。
1988年にリリースされたディズニー映画の名作音楽アルバムで、多彩なミュージシャン達によるコンピレーションアルバムです。
リンゴ・スター、ジェームス・テイラー、アーロン・ネヴィルス、スザンヌ・ヴェガらがそれぞれのお気に入りのディズニー楽曲をそれぞれのアレンジでレコーディングし、それらを収録したしたトリビュートアルバムでもあります。
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そしてトム・ウェイツは白雪姫の楽曲をチョイス。
アルバム・プロデューサーのハル・ウィルナー曰く、
「トム・ウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
と分析。トム・ウェイツならばあり得る納得の解説です。
そしてサウンドとしては古びてザラついた感じが、それまでのトム・ウェイツ・サウンドとはまた違った印象を与え、独特な仕上がりです。
この年1988年はトム・ウェイツにとって多忙を極めた年でした。
自身のアルバム「BIG TIME」の制作、ディズニー・アルバムへの楽曲提供、そして俳優として
『CANDY MOUNTAIN(キャンディ・マウンテン)』(ロバート・フランク監督)と
『Chicken heart blues(Cold Feet)チキン・ハート・ブルース』(ロバート・ドーンハイム監督)
の2本の映画に出演しています。
CANDY MOUNTAIN
Chicken heart blues(Cold Feet)
どちらもクセのある役柄を“怪演”。存在感ある演技を見せつけました。
俳優としての評価が高まる中、映画雑誌の記者のインタビューで
「音楽もさることながら、舞台や映画にも比重をかけられていますが?」という問いに対し、
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
と返答。いつもはジョークで煙に巻くトム・ウェイツが珍しく自身の「確信」を語りました。
トム・ウェイツの舞台「フランクス・ワイルド・イヤーズ」は自作自演の舞台でしたが、音楽、演出などを含めたトータル・アートが認められ評判となり、1989年には舞台『デーモン・ワイン』に出演。
ここでの演技も高評価を得ます。
その後ドイツ・ハンブルグを訪れ、舞台関連の仕事として演出家・劇作家のロバート・ウィルソンと共同し、彼の新作戯曲「ブラック・ライダー」の劇中歌の作曲にあたりました。
1990年4月ハンブルグのタリア劇場で「ブラック・ライダー」は初演を迎えました。
フタを開けてみると、それまでのドイツの劇場記録を塗り替えるほどの大ヒット。パリ、ウィーン、アムステルダムなどヨーロッパ主要都市を巡回公演し、各劇場ソールドアウトの大成功となりました。
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さらにこの年、アルバム『Red Hot & Blue: Cole Porter Tribute』に楽曲参加。
このアルバムは、アメリカのミュージカル・映画音楽の作曲家、Cole Porter(コール・ポーター)に向けたトリビュート盤で、同時にエイズ・チャリティ盤です。
前述のディズニー・トリビュート盤と類似するスタイルのアルバムでこちらではトムウェイツの他に、U2、シンニード・オコナー、サリフ・ケイタ、イギー・ポップなど多彩なミュージシャンが参加しています。
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こちらがコール・ポーターの楽曲「It’s Alright With Me」。
トム・ウェイツのカヴァー・ヴァージョンです。
そして、注目すべきはフィルムを回したのがJim Jarmusch(ジム・ジャームッシュ)。
かつてトム・ウェイツが出演した映画『 Down by Law 』(ダウン・バイ・ロー)の監督でした。
映画出演を機に親交があったトム・ウェイツとジム・ジャームッシュ。この関係がフランクス・ワイルド・イヤーズ以来5年ぶりとなるオリジナルアルバムのリリースへと繋がっていきます。
1992年、ジム・ジャームッシュの新たな映画「NIGHT ON THE EARTH」(邦題:ナイト・オン・ザ・プラネット)が公開されました。
音楽はもちろん、トム・ウェイツでした。
NIGHT ON THE EARTH
ロサンジェルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ。
地球上にある5つの都市。
そしてその5つの都市の同じ夜の街を走るタクシー。
言葉も人種も違う5人のタクシードライバーと乗客の物語を描いた「NIGHT ON THE EARTH」。
ジム・ジャームッシュ監督の長編第5作目となる映画で、短編小説の映画のようですが、オムニバスではなく5つの章で成立する映画です。
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ニューヨーク映画祭のプレミア公開では
「ジム・ジャームッシュの創作活動が新たな段階に入った最高傑作。」
と絶賛され、その映像とともに重要な役割を担ったトム・ウェイツの音楽にも注目が集まりました。
そして1992年に発売されたサウンドトラック盤は、トム・ウェイツにとっても「フランクス・ワイルド・イヤーズ」以来5年ぶりとなるオリジナルアルバムとなりました。
NIGHT ON THE EARTH (1992)
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- Back In The Good Old World (Gypsy)
- Los Angeles Mood (Chromium Descensions)
- Los Angeles Theme (Another Private Dick)
- New York Theme (Hey Can You Have That Heart…
- New York Mood (A New Haircut And A Busted Lip)
- Baby I’m Not A Baby Anymore (Beatrice Theme)
- Good Old World (Waltz)
- Carnival (Brunello Del Montalcino)
- On The Other Side Of The World
- Good Old World (Gypsy Instrumental)
- Paris Mood (Un De Fromage)
- Dragging A Dead Priest
- Helsinki Mood
- Carnival Bob’s Confession
- Good Old World (Waltz)
- On The Other Side Of The World (Instrumental)
映画の音楽を担当したのは厳密に言うと、トム・ウェイツと妻のキャサリン・ブレナンで、本アルバムのほとんどがインストゥルメンタルでヴォーカルは数曲のみの構成になっています。
そしてこちらが「NIGHT ON THE EARTH」のテーマ曲でもある1.「Back In The Good Old World」です。
ジム・ジャームッシュ監督の作品の中でも根強い人気があり、近年再評価もされている「NIGHT ON THE EARTH」。独特の映像とストーリー、そしてこれらを印象付けるトム・ウェイツの音楽。
そこにはジム・ジャームッシュとの信頼関係に加え、トム・ウェイツ自身が俳優として学んだ経験が生かされていました。
ジム、君も映画を作る時は、まさに音楽を感じさせるような作品を作るじゃないか。だから俺は映画でも音楽でも誰と関わって何をやるにしてもそのすべての経験がお互いにバランスよく係わりながら、活かせるよう、輝きを持てるようにって思ってるわけさ。」
Switch 「Tom Waits Meets Jim Jarmusch」より抜粋
そして何よりトム・ウェイツの音楽も新たなステージに入ったことを証明するアルバムです。
「トムウェイツ 酔いどれ天使の唄」より抜粋
アルバム制作の休止期間中にこう語っていたトム・ウェイツ。
この「NIGHT ON THE EARTH」はいわば序章。
同年その全容が明らかになるモンスター・アルバムがリリースされました。
ご視聴はこちら↓
トム・ウェイツ、怒涛の勢いでアート・ミュージックシーンを席巻していきます。