普段はあまり読書だけのブログはアップしないけど、
これは一読の価値があったなぁと感じたので。
ルイーゼリンザーは波紋。
最近私のお気に入りの
岩波少年文庫です。
中学以上、となっています。
自分が鼻垂れ中学生だった時に出会っていたとしても、
私は心底理解はできなかったと思います。
ドイツの女流作家の作品です。
いくつかの章に分かれているのですが、特に
叔母さま
ヴィッキー
の章は素晴らしかったです。
恐らくキリスト教的教えがふんだんに取り入れられているのだと思われますが、
私自身宗教に疎いので、
あくまで推測です。
叔母さまは、
お金を盗んだ方に、
知らない風にしてお金を(敢えて?)渡します。
盗んだ方はその後叔母のお手伝いをして、
結局はじめに盗んだお金を置いて帰ります。
以下は抜粋。
ヴィッキーがうらやましかった。でんとそこにすわっているヴィッキーの、なんという確かさ。
この地上にまるごとでぞくしている。争う余地のない権利をもって、属している。疑いとか、恐れとか、あこがれとか、誘惑などとは一切無縁のヴィッキー。自分に関係のあることはちゃんと知っているが、知らないことには全然心をわずらわせないヴィッキー。
上記が書かれている頁。
すごくよく頷ける。同じような感覚に今ですらとらわれることがあるよ、私は。
あとは、飼っている犬を狩人に撃ち殺された時に、主人公が大伯父さまに損害を訴えるべきだというくだり。
大伯父さまの返答には深く考えさせられた。
世の中には、不正はいっぱいあるんだ。やれ裁判だ、やれ復讐だというのは、どうかと思うね。
人間がつくったきまりというものはある。正しいことと正しくないことで世の中を分けるきまりがね。人間は、役にたつことを正しいといって、害になることを正しくないときめている。しかしだよ、何が役にたつことで、何が害になることか、いったいだれが本当に知っているだろう?
ほんとうに損害かどうか、おまえ、わかるかい?どんなものでも、ひとつなくなればそれだけ、わたしたちはこの地上から解き放たれるんだ。荷物がすくなくなればなるだけ、わたしたちは身軽に動くことができる。
人間として、好きだったものがいなくなれば、嘆き悲しむ。涙が出るのを恥ずかしく思う必要はない。
泣いて、神さまがお召しになったものにしがみつこうとしたり、愛するものを泣き泣き捧げるというのは、これはすこしちがう。
抜粋なので、素晴らしい文章がかなり抜けているけれど、ほぉ!と私は目から鱗でした。
この本は今後もまた機会があれば読み返したいとおもいました。
いやぁ、
本当に岩波少年文庫、
やりおるわ。
奥が深いわ。。