【東野圭吾】『夢幻花』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『夢幻花』を紹介します。

夢幻花

夢幻花

著者:東野圭吾

出版社:PHP研究所

ページ数:450ページ

読了日:2024年12月9日

満足度:★★★★☆

 

東野圭吾さんの『夢幻花』。

第二十六回柴田錬三郎賞受賞作。

 

あらすじ

秋山梨乃の従兄・鳥居尚人がマンションから飛び降り自殺した。

そして尚人が亡くなってからほどなくして、

一人暮らしをしていた梨乃の祖父・秋山周治が何者かに殺害される事件が発生した。

祖父の家の庭から黄色い花が無くなっていることに気付いた梨乃は、

黄色い花の写真をブログにアップすることにした。

すると、蒲生要介と名乗る人物からメールがあり、

実際に蒲生要介と会うと「あの花には関わらないほうがいい」と梨乃に忠告するのだっ

た。

納得できない梨乃はもう一度蒲生要介に会おうと、名刺に書いてあった住所を訪ねると

そこで、蒲生要介の弟・蒼太と知り合うことになる。

そして梨乃は蒼太とともに、真相解明に乗り出すことになった。

 

主な登場人物

・秋山梨乃:大学生。

      水泳のオリンピック候補選手だったが、今は水泳から離れている。

・蒲生蒼太:大学院生。物理エネルギー工学第二科(かつての原子力工学科)専攻。

・早瀬亮介:西荻窪署の刑事。

 

・秋山周治:事件の被害者。秋山梨乃の祖父。

      六年前までは久遠食品研究開発センターの嘱託として勤務していた。

 

・蒲生真嗣:故人。蒲生蒼太の父親。元警察官。

・蒲生要介:蒲生蒼太の異母兄。警察庁の刑事。

・蒲生志摩子:蒲生蒼太の母親。

 

・鳥井尚人:自宅のマンションから飛び降り自殺した男性。秋山梨乃の父方の従兄。

      『ペンデュラム』のキーボードを担当していた。

・鳥井基樹:鳥井尚人の弟。

・大杉雅哉:『ペンデュラム』のボーカルとギターを担当している。

 

・伊庭孝美:蒲生蒼太の初恋の女性。

・藤村:蒲生蒼太の友達。大学院生。

・日野和郎:久遠食品研究開発センターの分子生物学研究室の副室長。

・工藤アキラ:『KKUDO’s land』の経営者。ミュージシャン。

・早瀬裕太:早瀬亮介の別居中の息子。中学生。

 

ネタバレなしの感想

祖父が殺害され、その祖父の庭にあったはずの黄色い花の鉢植えが

無くなっていたことから、この花が縁で知り合った

秋山梨乃と蒲生蒼太の二人が黄色い花の謎を追うことになる『夢幻花』。

 

ストーリーのメインにあるのは、秋山梨乃の祖父が育てていた黄色い花の謎。

この黄色い花は、江戸時代までは存在していたと言われる黄色いアサガオで、

現在は存在しないとされている。

そこに蒲生蒼太の兄の謎や初恋の人も絡んできてということになっている。

 

もう一人の主人公とも言えるのが西荻窪署の刑事・早瀬亮介で、

被害者の秋山周治に息子が助けられた恩があることから、

事件の真相を追うことになる。

 

本書はもちろんミステリー小説でもあるけれど、

秋山梨乃と蒲生蒼太の二人の若者の成長物語としての側面もかなり強くなっている。

秋山梨乃は水泳で五輪を目指していたが、発作から泳ぐことができなくなり、

水泳から離れている。

また蒲生蒼太は、原子力工学を学んでいたが震災と原発事故の影響もあり、

原子力とは関係ない企業への就職を考えている状況。

二人が黄色い花を追い真相をしることにより、成長する姿が描かれている。

 

肝心の秋山周治殺人事件の真相に関しては拍子抜けしてしまう面は否めない。

というよりも秋山周治殺人事件よりも、

とにかく黄色い花の謎の方にどんどん話が進んでいって、

そこに蒲生家や蒲生蒼太の初恋の人・伊庭孝美も関わってくるので、

こちらの方に興味が惹かれるようにっている。

なので最後に秋山周治殺人事件の真相が語られてもかなり唐突な感があった。

 

東野圭吾さんの作品の中ではあまり知名度が高いとは言えない本書ではあるけれど、

かなり面白いものになっている。

特に二人の若者の成長物語としてはかなりの出来であるし、

黄色い花の謎に関してはかなりスケールが大きくて、

しっかりとミステリー小説になっているので十分楽しめるものになっている。

もし読んでいない方がいたら読むことをおすすめします。

 

 

ネタバレありの感想

まずプロローグ1とプロローグ2の物語の冒頭で、

読者の関心を惹くという東野さんお得意の構成は本書でもうまく機能している。

そして鳥井尚人の自殺、秋山周治の殺人事件から黄色い花の鉢植えの謎と冒頭から

次々と事件が起きる展開はテンポもよくて没入感もあり良かった。

 

問題としては、黄色い花の謎と蒲生蒼太の周辺の謎に向かっていってしまって、

秋山周治の事件がどうしても印象が薄くなるというか、

事件の真相が唐突な感が強かった。

おそらくこのために西荻窪署の刑事・早瀬亮介のパートが必要だったんだろうけれど、

ここだけはいまいちだった。

 

蒲生家と黄色い花に関しては想像以上にスケールの大きい話で、

真相を知った蒲生蒼太が原発と一生付き合っていくという決断をするラストも

含めてかなりかっこよかった。

秋山梨乃が水泳に戻るというのも含めてラストは素晴らしかったし、

読後感も良いものになっている。

 

黄色い花(アサガオ)関係のミステリーと人間ドラマがうまく融合して

非常に面白いものになっていた。

【綾辻行人】『黒猫館の殺人』についての解説と感想

本記事では綾辻行人さんの小説『黒猫館の殺人』を紹介します。

館シリーズ』の第六弾です。

黒猫館の殺人

黒猫館の殺人〈新装改訂版〉

著者:綾辻行人

出版社:講談社

ページ数:464ページ

読了日:2024年12月6日

満足度:★★★☆☆

 

綾辻行人さんの『黒猫館の殺人』。

館シリーズ』の第六作目になる。

 

あらすじ

一九九〇年六月、稀譚社の編集者である江南孝明のもとに、

鮎田冬馬という人物から手紙が届く。

内容は「鹿谷門実先生とお会いし、お話をお聞きしたい」というものだった。

鮎田は二月に滞在していたホテルで大火災に会い、

その影響で記憶喪失になってしまったという。

分かることと言えば、

鮎田という名前が鮎田自身が書いたと思われる手記に書かれていたということ。

そして鮎田は去年の九月まで中村青司が建てた「黒猫館」という家の

管理人をしていたということだった。

江南は友人で推理作家の鹿谷門実に連絡を取り、

手掛かりとなる手記を読むことになったが、

そこには「黒猫館」で鮎田が遭遇した殺人事件が綴られていた。

 

主な登場人物

・鮎田冬馬:「黒猫館」の管理人。(60)

・風間裕己:「黒猫館」の現在の持ち主の息子。M**大学の学生。

      ロックバンド〈セイレーン〉のギタリスト。(22)

・氷川隼人:その従兄。T**大学の大学院生。〈セイレーン〉のピアニスト。(23)

・木之内晋:裕己の友人。〈セイレーン〉のドラマー。(22)

・麻生謙二朗:同。〈セイレーン〉のベーシスト。(21)

・椿本レナ:旅行者。(25)

[( )内の数字は、一九八九年八月時点の満年齢。]

 

・天羽辰也:「黒猫館」の元の持ち主。元H**大学助教授。生死不明。

・  理沙子:その娘。生死不明。

・神代舜之介:天羽の友人。元H**大学教授。(70)

・橘てる子:天羽の元同僚。H**大学教授。(63)

・江南孝明:稀譚社の編集者。(25)

・鹿谷門実:推理作家。(41)

[( )内の数字は、一九九〇年六月時点の満年齢。]

(4~5Pから引用)

 

ネタバレなしの感想

館シリーズの六作目は、風見鶏の「鶏」の代わりに「猫」が

取り付けられていることから「黒猫館」と呼ばれている館を舞台にしている。

この「黒猫館」の管理人・鮎田冬馬による人里離れた洋館で起きた奇妙な事件が

描かれている「手記」パートと、

鹿谷門実と江南孝明が「黒猫館」を探すパートが交互に進行して

いく構成になっている。

 

物語の本筋としては、鮎田冬馬が書いた手記を手がかりにして、

鮎田冬馬の記憶を取り戻すものになっている。

作中で語られている殺人事件に関しては一応謎解き要素もあるけれど、

かなり地味なものになっている。

また伏線の張り方などは分かりやすくフェアな部分も多く、

ある程度ミステリーを読みなれた方なら分かる部分も多いはず。

しかし本書はそれだけではなく、

最後に明かされる真相を読めば驚くこと必至の真実を目の当たりにするはず。

 

十角館の殺人』のようなインパクトはないけれど、

綺麗にまとまった作品でミステリー小説としての出来はかなりのもの。

問題はシリーズものだから本作から読むのはおすすめしにくいこと。

実際前作『時計館の殺人』のネタバレ要素があるので、読む際は注意が必要。

 

 

ネタバレありの感想

まず鮎田冬馬が天羽辰也であることはある程度想像しやすい。

そして手記の中に「全内蔵逆位症」であることが伏線として

散りばめられていることが非常に巧い。

私は胃の話では全く気付かなかったけれど、

胸を左手で押さえたの記述で流石に違和感を覚えた。

 

本作の最大の驚くべき真相は、

天羽辰也が中村青司に依頼した館が「黒猫館」と「白兎館」の二つあったというもの。

北海道の阿寒湖にあるのは「白兎館」で、

オーストラリアのタスマニア島にあるのが「黒猫館」になっている。

これも手記に伏線がこれでもかと散りばめられているが、

私には全く分からなかった。

「ダイヤルの0に指を掛けようとしていた」(168P)や

「まず彼女の本籍地、生年月日、そして身長。」(186P)などは、

確かに館が日本ではないこと、海外であることを示唆している。

 

椿本レナと麻生謙二郎の死の真相については鮎田冬馬の最後の手記によるもので、

椿本レナは絞殺ではなく、心臓麻痺か何か。

麻生謙二郎の死についてに密室トリックの真相は氷を使ったというもの。

しかし家の外に積もっていた雪をアイスボックスに入れたという手法は、

そもそも「黒猫館」の場所が叙述トリックによって八月の北海道だと

読者には思い込まされているので、

まず叙述トリックそのものを解き明かす必要がある。

なので密室トリックそのものがありきたりであったとしても、

叙述トリックと合わせると非常に巧いものになっている。

 

最後の鹿谷門実による解決篇は読んでいて圧巻の一言。

それもしっかりと伏線が張られているからこそで、

伏線回収の見事さでもかなりのものになっている。

 

あとは何といってもタイトルにある「黒猫館」自体は手記にしか登場せず、

中村青司と因縁のある鹿谷門実と江南孝明は「黒猫館」を

訪れることができなかったというオチになっているのも良かった。

2024年面白かった小説ベスト10

こんにちは。

本記事では2024年(12月2日までに)に読んだ小説の中から、

面白かった小説ベスト10を発表します。

過去に発売された本や一度読んだこともある本も含めて、

私が2024年に読んだ小説の中からベスト10を選んでみました。

ただ今年初めて読んだ本をできるだけ上位に、既読再読を下位にはしています。

1位『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』増田俊也

『七帝柔道記』の待望の続編の『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』。

作者の増田俊也さんの自伝的小説で北海道大学柔道部が舞台になっている。

今作では北海道大学三年目、四年目の柔道部上級生時代が描かれていて、

特に四年目の七帝柔道は感涙必至。

柔道に詳しくなくても、青春小説を読みたい方にはおすすめの一冊。

もっとも、もし読む場合は一作目から読むことをおすすめする。

 

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2位『琥珀の夏』辻村深月

辻村深月さんの『琥珀の夏』。

「ミライの学校」というカルト的団体を舞台に、

関わった人間たちの成長と失敗が描かれている。

一応ミステリー要素いうか物語のフックとして、

冒頭で見つかった白骨死体は誰のか?というものがあるけれど、

何よりも素晴らしいのは登場人物たちの繊細な心理描写が特に素晴らしかった。

 

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3位『冬期限定ボンボンショコラ事件』米澤穂信

四季四部作のラストを飾る米澤穂信さんの『冬期限定ボンボンショコラ事件』。

今作では小鳩常悟朗が轢き逃げ事件に遭い、病院に入院してしまう。

そしてこの轢き逃げ事件の犯人を小鳩に助けられた小佐内ゆきが捜すことになる。

しかし小説で主に描かれているのは三年前に同じ堤防道路で

轢き逃げ事件にあった日坂祥太郎の話。

三年前ということで小鳩と小佐内の中学時代の活躍が描かれている。

推理小説としてはロジカルさは相変わらずで、

中学時代の小鳩と小佐内の活き活きとした一面を楽しむことができる。

 

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4位『ちぎれた鎖と光の切れ端』荒木あかね

本書は二部構成で、

第一部の物語の舞台は島原湾の孤島で、クローズドサークル

島に渡った八人のうちの一人である樋藤清嗣は、全員を毒殺するつもりだったが、

何者かが樋藤に先駆けて殺人を犯していく。

その樋藤が探偵役として真犯人を探し出そうとするのが第一部で、

第二部は当然ながら第一部と関係性があるけれど、

これは読んでのお楽しみということで、

この構成の巧さも含めてかなり面白かった。

 

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5位『体育館の殺人』青崎有吾

青崎有吾さんのデビュー作であり、裏染天馬シリーズの第一弾。

基本的には完全に推理に特化した小説で、

小説を読んで文章からロジカルに事件を推理したい方向けの一冊。

最後の推理パートの前に「読者への挑戦」があるのも、

テンションが上がる要素としてかなり良かった。

 

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6位『ラッシュライフ伊坂幸太郎

小説の群像劇で検索すると結構おすすめされることが多いのが

伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』。

五人の登場人物たちの群像劇で、不思議な登場人物たち、ウィットに富んだ会話、

先の読めない展開になっている。

伊坂さんらしい仕掛けもあっておすすめの一冊。

 

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7位『奪取』真保裕一

真保裕一さんの『奪取』。

こちらは1996年に発売された本なので、かなり古いけれどそれでも面白かった。

偽札作りが本作のテーマで、

特に第一部の偽札作りのアイデアはかなり面白いものになっている。

コンゲームの要素もあって、上下巻とボリュームはたっぷりだが、

テンポよく物語は進むので非常に読みやすいものになっている。

 

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8位『天空の蜂』東野圭吾

高速増殖炉に巨大ヘリを墜落させられたくなければ国内にある原発を全て止めよという

要求が出され、巨大ヘリの設計者や警察、自衛隊員の活躍を描いた

東野圭吾さんの『天空の蜂』。

原発を扱っていることから社会派的な要素もありつつ、

アクションやミステリー要素もあり、

しかもスケールが大きい小説は東野さんの中でも珍しい部類になっている。

こちらもかなり古い本だけれど、今読んでも十分楽しめるはず。

 

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9位『火車宮部みゆき

宮部みゆきさんの代表作の『火車』。

休職中の刑事・本間俊介が、突如失踪した人物の行方を捜すことになったが、

その人物は実は別人が入れ替わってっていたというもので、

彼女たちの人生を本間たちが追跡することになる。

カードローンや自己破産などの社会派的要素もありつつ、

徹底的に「人」を描いたミステリー小説で、

まだ読んだことがない方には是非読んで欲しい一冊。

 

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10位『64(ロクヨン)』横山秀夫

警察の管理部門の人間が主人公で、広報室と記者クラブの対立が描かれている。

しかしそれだけではなく、ロクヨンと言われている昭和64年に起きた

未解決の幼女誘拐殺人事件が大きく関わってくる。

管理部門の主人公なのでどうしても地味な小説になってしまうところを、

未解決の幼女誘拐殺人事件が関わってくることによって

人間ドラマと謎が融合した最高傑作の警察小説になっている。

 

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【東川篤哉】『謎解きはディナーのあとで』についての解説と感想

本記事では東川篤哉さんの小説『謎解きはディナーのあとで』を紹介します。

謎解きはディナーのあとで」シリーズの一作目。

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

著者:東川篤哉

出版社:小学館

ページ数:352ページ

読了日:2024年12月2日

満足度:★★★☆☆

 

東川篤哉さんの『謎解きはディナーのあとで』。

謎解きはディナーのあとで」シリーズの第一弾。

文庫版にはショートショート『宝生家の異常な愛情』が収録されている。

2011年本屋大賞受賞作品。

 

主な登場人物

・宝生麗子:国立署の刑事。『宝生グループ』の総帥・宝生清太郎のひとり娘。

・影山:宝生家の執事兼運転手。三十代半ば。

・風祭:国立署の刑事。警部。愛車はシルバーメタリック塗装のジャガー

    父親は中堅自動車メーカー『風祭モータース』の社長。三十二歳。

 

第一話 殺人現場では靴をお脱ぎください

あらすじ

アパートの一室で住人の吉本瞳の絞殺死体が発見された。

部屋は散らかり、洗濯物は干されたままになっていた。

死体は玄関の近くにうつぶせの状態で、

外出用の服装とブーツを履いたまま倒れていた。

吉本瞳の元交際相手の田代裕也に接触し、

田代の部屋に新しい恋人のものと思われる白い靴を発見する。

 

ネタバレありの感想

室内でブーツを履いたまま殺された事件の謎。

靴を脱がずに四つん這いの姿勢で部屋を進んだところを殺されたというのが

事件の真相。

そして犯人は田代裕也の新しい恋人。

事件の真相からして、お嬢様の宝生麗子には推理するのが難しいというのも含めて、

一話目に相応しかった。

 

第二話 殺しのワインはいかがでしょう

あらすじ

動物病院の院長の若林辰夫が青酸カリ入りのワインを

飲んで自殺したと推定される事件が発生した。

しかし家政婦の藤代雅美の証言から、雅美の名を騙って毒入りワインを

辰夫に差し入れて殺したという見解が浮上するが、

ボトルやグラスなどから青酸カリは検出されなかった。

 

ネタバレありの感想

どうやって青酸カリ入りのワインを飲ませたかという謎。

金属キャップには穴が開いており、

伸縮性のあるコルクなら注射針を通すことも可能というもの。

雄太の証言からジッポーのオイルライターを持っている修二が犯人と

分かるというもの。

一応犯人を当てることはできたけれど、

青酸カリ入りのワインを飲ませた方法は分からなかった。

 

第三話 綺麗な薔薇には殺意がございます

あらすじ

老舗『藤倉ホテル』の創業家・藤倉幸三郎の豪邸の薔薇園で、

居候の高原恭子の死体が発見された。

犯人は恭子を屋敷の別の場所で殺害した後に、薔薇園に遺体を運んだようだったが

その理由は分からなかった。

しかも恭子の住んでいた離れは明らかな乱れが見て取れ、

さらには車椅子で死体を運ぶ犯人の人影を見たという目撃証言まで出てくるのだった。

 

ネタバレありの感想

なぜ薔薇園に被害者の遺体を運んだのかという謎。

犯人は猫に引っかかれてしまっためというもので、

藤倉幸三郎は普段から薔薇の栽培が趣味なので傷があったところで目立たないので

除外される。

物置にあったベビーカーを利用して遺体を運んだということで、

十二年ぶりに訪れた寺岡裕二ではなく、

ベビーカーがあったことを知っている藤倉雅彦が犯人。

これはミステリーとしてはかなり分かりやすかった。

 

第四話 花嫁は密室の中でございます

あらすじ

大学の後輩・沢村有里の結婚式に招待された宝生麗子。

披露宴が始まってから有里が姿を消したために、麗子が有里の部屋に向かったところ、

有里の悲鳴が聞こえたので駆けつけると有里が背中を刺され重傷を負っていた。

犯人は有里が悲鳴を上げてから、

沢村家の関係者が有里の部屋に集まるまでの短時間のうちに姿を消してしまっていた。

 

ネタバレありの感想

タイトル通り密室もの。

犯人は西園寺琴江で、宝生麗子が部屋を開けた時に西園寺琴江も

部屋にいたというもの。

私は沢村美幸の「琴江おばさんになにかあったの?」(183P)に

違和感を覚えたけれど、真相を当てることはできなかった。

執事の吉田の「お嬢様」呼びに仕掛けがあるという巧さが際立つ短編。

 

第五話 二股にはお気をつけください

あらすじ

野崎伸一という男性がマンションの自室で殺害され、

全裸の状態で発見される事件が発生した。

隣の部屋の住人の証言から野崎が自分より十cm背の低い女性と一緒だったことが判明

する。

宝生麗子たちは四人の女性に目星をつけるが、

彼女たちは隣人の証言する女性の特徴には当てはまらず、

最後の一人が条件に当てはまると思われたが、

そこに野崎の部屋から野崎より十cm背の高い女性が出ていくのを見たという

目撃証言が出てくる。

 

ネタバレありの感想

被害者より背の高い女性と低い女性の謎。

事件の真相としてはシークレットシューズを履いてたいうもので、

澤田絵里は野崎伸一と一緒に海に行っているので除外され、

黛香苗が犯人ということになっている。

これは二択の部分も含めてかなり分かりやすかった。

 

第六話 死者からの伝言をどうぞ

あらすじ

金融業を営む児玉絹江が自宅の屋敷で頭を殴られて殺害される事件が発生。

現場には絹江が残したであろうダイイング・メッセージが犯人によって

拭き取られてしまった形跡があった。

また犯人はなぜか庭から二階の部屋に凶器のトロフィーを放り投げていた。

風祭はこれをアリバイ工作と判断するが、関係者には全員アリバイがなかった。

 

ネタバレありの感想

消されたダイイング・メッセージと二階に投げられたトロフィーの謎。

真相としては、犯人は前田俊之でダイイング・メッセージは偽装工作。

トロフィーは三階から投げ込まれたもので、

『投げられない』吾郎を里美が庇ったというもの。

里見がトロフィーを三階から投げたというのは分かったけれど、

吾郎の『投げられない』を誤解していたという理由は分からなかった。

当然真犯人の前田俊之も分からなかった。

ラストを飾るに相応しいアクションシーンで締めくくっている。

 

総評

映像化もされた超有名作品の『謎解きはディナーのあとで』。

作中で扱われている事件はほとんどが殺人事件ではあるが、

基本的にはコメディタッチというかユーモア溢れる感じで読みやすくなっている。

 

私は今回初めて読んだけれど、最初は探偵役がお嬢様の宝生麗子かと思っていたら、

宝生家の執事の影山が安楽椅子探偵であったのが意外だった。

宝生麗子と執事の影山、それに風祭警部が主要な登場人物で、

彼らのキャラクターと掛け合いが人気の一つの要素なのかなと思う。

 

個人的にはミステリー要素の方が予想以上にしっかりしてて驚いた。

作中の伏線から犯人や犯行方法が分かるようになっているので、

かなりフェアだし本格ミステリーとしても十分楽しめるようになっている。

ロジカルな推理パズルを楽しみたい方にもおすすめの一冊。

 

【東野圭吾】『パラレルワールド・ラブストーリー』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『パラレルワールド・ラブストーリー』を紹介します。

パラレルワールド・ラブストーリー

パラレルワールド・ラブストーリー

著者:東野圭吾

出版社:講談社

ページ数:450ページ

読了日:2024年11月28日

満足度:★★★☆☆

 

東野圭吾さんの『パラレルワールド・ラブストーリー』。

玉森裕太さん主演で映画化されている。

 

あらすじ

敦賀崇史には三輪智彦という中学時代からの親友がおり、

智彦は片足が不自由だったせいか、今までに彼女と呼べる人がいなかったが、

ある日、智彦は崇史に「恋人を紹介したい」と告げる。

崇史は親友のはじめての恋人に喜ぶが、

智彦が連れて来た津野麻由子という女性の顔を見て愕然とする。

麻由子は崇史がかって一目惚れした女性だったからだ。

崇史は強烈な嫉妬に苦しむようになる。

 

ネタバレなしの感想

一目惚れした女性への想いと親友との友情の間で揺れながら翻弄されていく

主人公・敦賀崇史を描いている『パラレルワールド・ラブスートーリー』。

序章と十章で構成されていて、

その一つの章の中で二つの物語が並行して描かれている。

 

序章の山手線と京浜東北線の田端、品川間が同じ方向に、

しかも同じ駅に止まりながら進んでいくというのは物語の導入としては、

出色のものになっていて、かなり印象深いものになっている。

 

殺人事件も起きず、序盤は特に大きなミステリー要素もなく、

タイトル通りの恋愛小説にようになっている。

私は本書を昔読んでいて、ストーリーそのものはある程度覚えていたけれど、

仮に知らなくても敦賀崇史や三輪智彦の仕事からある程度の真相は類推できる。

ただラストに至るまでの過程がしっかりと描かれているので、

最後は結構胸にくるものがあった。

もし読むのであれば、あまり情報を入れずに読むことをお薦めする。

 

 

主な登場人物(ネタバレ要素あり)

敦賀崇史:SCENEでは、総合コンピューターメーカーのバイテック社の

      MAC技科専門学校のリアリティ工学研究室の視聴覚認識システム研究班。

      無印ではリアリティシステム開発部。

・三輪智彦:敦賀崇史の中学時代からの親友。

      SCENEではリアリティ工学研究室の記憶パッケージ班。

      無印ではロサンゼルス本社。

・津野麻由子:SCENEでは三輪智彦の恋人で、記憶パッケージ班。

       無印では敦賀崇史の恋人で、脳機能研究班。

 

・桐山景子:敦賀崇史と同期入社。リアリティシステム開発部。

・小山内:MAC技科専門学校の教官。

・須藤:SCENEでは敦賀崇史の上司。

    無印ではMAC技科専門学校の教官。

・篠崎伍郎:SCENEではリアリティ工学研究室の記憶パッケージ班。

    無印ではMAC技科専門学校を退学していて、行方不明。

・直井雅美:篠崎伍郎の恋人。専門学校生。

・夏江:敦賀崇史とテニスサークルで一緒だった女性。

 

ネタバレありの感想

同じ章の中に何も書かれてない話(以下無印と表記)と、

SCENEと表記された話があるが、

無印は記憶改変後でSCENEは記憶改変前になっている。

なのでストーリーそのものは、タイトルのパラレルワールド・並行世界ではなく、

過去(記憶改変前)と現在(記憶改変後)の話になっていて、時系列が違っている。

 

物語の構成としては過去と現在の二つの世界が進行していくもので、

(物語冒頭の山手線と京浜東北線の話が伏線になっている。)

現在では敦賀崇史が親友・三輪智彦のことを

探していくにつれて過去の記憶が蘇ってきて、

過去では崇史が智彦の彼女である津野麻由子を好きになるという恋愛が描かれている。

 

恋愛小説としては、崇史がそこまで麻由子に惚れて、固執する理由が分からないのと、

麻由子の態度も曖昧な感じで理解も共感もできなかった。

おそらく両者とも物語冒頭の電車で一目惚れしていたんだろうし、

麻由子は智彦との肉体関係がないけれど、

崇史相手には(一応)記憶改変前も改変後も肉体関係があることから、

崇史のことを選んでいるんだろう。

恋愛としては悲惨なのが智彦で恋人であった麻由子を失い、

親友である崇史にも裏切られてしまう。

そして最後には篠崎伍郎を救うのと、崇史と麻由子のためにも、

友彦自身の身体を使って事故の再現実験を行い、

スリープ状態になってしまうというオチ。

 

正直崇史よりも友彦の方が主人公らしさはあって、

友彦を裏切った崇史と麻由子の幸せを願う器の大きさと、

篠崎を救おうとする自己犠牲の精神というものがある。

なので友彦の崇史への手紙は胸に来るものがあった。

 

「LAST SCENE」のラストだけ読むと、崇史は逃げてるようにしか思えないけれど、

記憶改変後は崇史も友彦のことを思い出そうと行動するわけだから、

崇史が語り手であるのは納得はできるし、

無印ラストをラストだと思えば読後感は決して悪くないどころか、

こちらをラストだと思えば読後感は良い。

 

序盤で敦賀崇史が脳の話をする時点でSFものという予想が

できてしまうのがちょっと惜しい。

一方で中盤からはサスペンス的な緊迫感もあって読みごたえはあった。

 

SCENEでは一人称が「俺」で、

無印(記憶改変後)では一人称が「崇史」になっていて、

無印(記憶改変後)では津野麻由子たちに観察されているのが示唆されている。

【奥田英朗】『噂の女』についての解説と感想

本記事では奥田英朗さんの小説『噂の女』を紹介します。

噂の女

噂の女

著者:奥田英朗

出版社:新潮社

ページ数:398ページ

読了日:2024年11月25日

満足度:★★★☆☆

 

奥田英朗さんの『噂の女』。

足立梨花さん主演でドラマ化されている。

 

あらすじ

社会人一年生の北島雄一は、会社の人間が中古車を買ったら、

その日のうちに電気系統が駄目になったので、先輩社員と一緒に

中古車ディーラーにクレームを付けに行くことになった。

その中古車ディーラーには、雄一の中学時代のクラスメートの糸井美幸が

事務員をしていた。

中学時代は地味な顔立ちだった美幸は、色香を振りまく女になっていた。

「中古車販売店の女」より

 

主な登場人物

・糸井美幸:弥生中学校→金華商業高校→短大。

      中古車ディーラーの事務員→麻雀店の店員→クラブ『美幸』のママ。

      

「中古車販売店の女」に登場

・北島雄一:商事会社勤務。二十二歳。

 

「麻雀店の女」に登場

・青木洋平:衣料品問屋「株式会社信頼堂」勤務。

 

「料理教室の女」に登場

・岡本小百合:小さな衣料品販売会社勤務。

 

「マンションの女」に登場

・秋山大輔:工務店の営業。

 

「パチンコの女」に登場

・池谷麻衣:失職中で失業保険を貰っている女性。

 

柳ケ瀬の女」に登場

・平塚博美:「キッズ・エデン」の保育士。

 

「和服の女」に登場

・竹内:従業員二十人程度の建設会社のオーナー社長。

    「躍進連合会」の世話役。

 

「檀家の女」に登場

・和田:矢来寺の檀家の世話役。米屋。

 

「内定の女」

・鹿島尚之:西警察署の刑事課一係の刑事。

 

スカイツリーの女」

・星野美里:稲越誠二県議の秘書。

 

ネタバレなしの感想

中古車ディーラーに毎日クレームをつけに通う会社員三人組、

麻雀に明け暮れるしがないサラリーマン達、

料理教室の講師の態度や料理に使われる食材の悪さに文句がつのる女達、

義父が二十四歳の女と再婚すると言いだし再婚相手に会うことになった男、

パチンコで時間をつぶす失業保険受給中の女達、

寺への寄進の要求があまりにも酷いので文句を言おうとする檀家、

柳ケ瀬という地方都市で暮らし、鬱屈した日々を送る彼らと

「噂の女」糸井美幸に連なる十の物語。

 

章ごとにわかれていて語り手はそれぞれ別人になっているけれど、

糸井美幸という女性に関する長編になっている。

縦軸は「噂の女」糸井美幸で、美幸がいかにのし上がっていくかで、

横軸として地方都市で鬱屈とした心情を抱えた人物たちが描かれている。

この地方都市に住む人物たちの心情に関しては、

奥田英朗さんの得意するところで、地方都市特有の人間関係と

そこに根差す人間たちの感情が非常にリアリティあるものになっている。

一方で糸井美幸に関しては、糸井美幸視点ではなく、

他者の視点を通して、美幸がいかにのし上がったかが描かれている。

ただ登場人物によって糸井美幸を見る目が違うという面もあるのかもしれないけれど、

作品としてはシリアス路線なのかコメディ路線なのか、どっちつかずの印象を受けた。

 

最初の「中古車販売の女」と「麻雀荘の女」を読み終わった段階では、

オチもなくあまりにも掴みどころのない内容なので困惑したけれど、

「料理教室の女」あたりからはひきこまれて一気に読んでしまった。

「料理教室の女」「柳ケ瀬の女」「和服の女」あたりは特によかった。

ただメインストーリーそのものは特に秀でたものはないので、

ストーリーを期待して読む方は注意が必要になっている。

 

 

ネタバレありの感想

2009年から2012年に書かれたということで、

当時話題になっていた首都圏連続不審死事件や鳥取連続不審死事件を

モデルにしていると思われるが、

直接的に事件そのものが書かれているわけではないので、

そこまでの重さやリアリティはなかった。

 

糸井美幸に関しては、あくまで他の人の視点から語られているので、

そこまで具体的に語られるわけじゃなく、読者の想像の余地もあり、

粗も目立たず良かった。

最後の「スカイツリーの女」では読後感自体は悪くは無く、

地方で女性であることを利用してのし上がっていくという話であれば、

最後は爽快感があったかもしれないけれど、

糸井美幸は三人殺してる可能性があるので、かなり無理やりなオチな感もあった。

 

地方都市での鬱屈とした人たちを描かせたら奥田さんの右に出る者はいないと

思っているのでこの点では非常に満足度は高かった。

地方特有のしがらみと、それによる人間関係の煩わしさに

もがきながら生きている人々が描かれている。

基本的には暗く重いけれど、語り手たちが章ごとによって変わるので、

そこまで一人の人物が追い込まれていくわけではないので、

読んでいてそこまできつさは感じなかった。

「料理教室の女」と「柳ケ瀬の女」では鬱屈とした人物とは対照的な存在や

影響を与える存在として糸井美幸が描かれていて、ここは非常に良かった。

特に「柳ケ瀬の女」では平塚博美が吹っ切ったラストになっているので、

妙な爽快感や興奮があった。

 

糸井美幸に関してはシリアス路線かコミカル路線かどっちつかずな印象で、

メインストーリーは何とも評価しにくい。

一方でそれぞれの章の登場人物たちのリアルさ、

どうしようもなさは私は好きだけれど、それだけでは人にはお勧めしにくいのも事実。

【綾辻行人】『時計館の殺人』についての解説と感想

本記事では綾辻行人さんの小説『時計館の殺人』を紹介します。

館シリーズ』の第五弾です。

時計館の殺人〈新装改訂版〉

時計館の殺人

著者:綾辻行人

出版社:講談社

ページ数:上巻:372ページ

     下巻:420ページ

読了日:上巻:2024年11月18日

    下巻:2024年11月21日

満足度:★★★★☆

 

綾辻行人さんの『時計館の殺人』。

館シリーズ』の第五作目になる。

このミステリーがすごい!』1992年版国内編11位。

第45回日本推理作家協会賞受賞作品。

 

あらすじ

稀譚社の新米編集者・江南孝明は、

三年前の角島の「十角館」の事件で知り合った駆け出しの

推理作家・鹿谷門実の元を訪れる。

そこで江南は担当しているオカルト雑誌『CHAOS』の取材のために、

二人と因縁がある中村青司の建築した通称「時計館」に行くことを伝える。

目的は三日間泊まり込みで、館に棲むという少女の亡霊と降霊会をするためだった。

しかし閉ざされた「時計館」の中で恐るべき殺人事件の幕が開ける。 

 

主な登場人物

[( )内の数字は、一九八九年七月時点の満年齢。故人の場合は享年を示す]

・古峨倫典:「時計館」の先代当主。古峨精計社の前会長。(63)

・  時代:その妻。故人。(28)

・  永遠:その娘。故人。(14)

・  由季弥:その息子。「時計館」の当主。(16)

・足立輝美:倫典の妹。由季弥の後見人。(58)

・馬淵長平:倫典の親友。(70)

・  智:その息子。永遠の許婿。故人(22)

・野々宮泰斉:倫典が信頼を置いていた占い師。(84)

・伊波裕作:「時計館」の使用人。故人。(40)

・  紗世子:その妻。「時計館」の現在の管理責任者。(46)

・  今日子:その娘。故人。(9)

・寺井明江:看護婦。故人。(27)

・  光江:その妹。(32)

・長谷川俊政:古峨家の主治医。故人。(52)

・服部郁夫:倫典の部下。故人。(45)

・田所嘉明:「時計館」の使用人。(55)

 

・小早川茂郎:稀譚社が発行する雑誌『CHAOS』の副編集長。(44)

・江南孝明:同新米編集者。(24)

・内海篤志:稀譚社写真部カメラマン。(29)

光明寺美琴:霊能者。(32)

・瓜生民佐男:W**大学超常現象研究会の会長。(20)

・樫早紀子:同会員。(20)

・河原崎潤一:同。(21)

・新見こずえ:同。(19)

・渡辺涼介:同。(20)

・福西涼太:同。(21)

・鹿谷門実:駆け出しの推理作家。(40)

(上記は上巻4P~5Pから引用)

 

ネタバレなしの感想

館シリーズの第五作目の舞台は、

少女の幽霊が出てくるという鎌倉にある中村青司が建てた『時計館』。

 

時計館の旧館の内部にいる江南孝明の視点と、

館の外部にいる福西涼太の視点で主に物語は同時進行していく。

十角館の殺人』が角島の内部と外部(本土)であったことを考えると

構図としては『十角館の殺人』に近いものになっている。

「時計館」内部では館に棲みついているという幽霊と美人霊能者による降霊会、

そして降霊会をきっかけに過去の因縁が浮かび上がる。

一方外部では古峨家と「時計館」にまつわる話で物語の背景が描かれている。

 

本作は犯人当てだけならば比較的簡単だとは思うけれど、

最後まで読んだ時の衝撃はかなりのものになっている。

文庫本で上下巻とボリュームあるものになっているが、

物語そのものの綺麗さ、まとまりの良さはかなりのもので

新本格ミステリー好きであれば楽しめることは間違いない一冊。

 

シリーズものなので本作から読む方は少ないとは思うけれど、

最低でも『十角館の殺人』は読んだ上で読むことをおすすめする。

 

 

ネタバレありの感想

まず犯人に関しては補聴器(イヤホン)の記述から伊波紗世子が怪しいというのは

誰しもが思うだろうけれど、

殺人事件が起きた時間にアリバイがあるのでそのアリバイの謎が分からなかった。

(途中で不定時法と定時法の話があったので、

不定時法が関わってくるのか?とは思ったぐらい)

 

それが「時計館」の旧館内部にある時計は

江南孝明のポケットにあった懐中時計も含めて、

普通の時計の1・2倍の速度(外での50分が館内部だと1時間になる)で

作動してたというのが真相で、紗世子のアリバイは見事に鹿谷門実に見破られる。

 

ただこれだけだと正直そんな無理やりな設定と思うだけなんだけれど、

時計が1・2倍の速度で作動している理由が、

古峨倫典が娘の永遠を16歳の誕生日に花嫁になるという夢を

叶えさせるために「時計館」の旧館を作り時間の流れ自体を変えてしまうという

もので、しっかりした理由があるために説得力が増すものになっている。

 

時計塔の針が外れていることやレコードのジャケットが手作りだったこと、

そして十年前の永遠が瓜生民佐男たちとの何気ない会話で急に苦しみだしたことなど、

伏線や謎の回収が最後に綺麗に回収されているのは流石。

 

そして館外部の福西涼太と鹿谷門実のパートが、

ただ単に館にまつわる話やアリバイ証明だけのために存在しているわけではなく、

最後の「時計館」に関する話に収斂していく過程において

重要な役割を担っているのも含めて構成が巧い。

 

気になったのは、

中村青司と因縁のある江南孝明が時計館のからくりに気付くのが遅かったり、

秘密の通路に気付かなかったのはどうかと思う。

 

十年前に福西と瓜生が落とし穴を掘ったのを紗世子が見ていたとしたら、

流石に無関係な人を殺しすぎて紗世子に同情も共感もできない。

 

時計館自体が父親の古峨倫典が娘の永遠のことを考えて

時を早めるために作った館で、

父親が娘を想うあまり狂ってしまうほどの愛情の物語が最後の最後に語られていて、

しかもその館を作ったのがシリーズお馴染みの中村青司。

館シリーズの中でも評価が高いのが頷ける一冊になっていた。

  翻译: