穏やかな日が差し込む日曜の朝だった。コーヒーを飲んでいると、東京都内の自宅マンションのチャイムが鳴った。振り返れば、充実した日常の終わりを告げる合図だった。
「役所の者です。扉を開けてください」。2016年1月10日午前9時過ぎ。当時、NHKアナウンサーだった塚本堅一さん(43)が玄関の扉を開けると、スーツ姿の十数人が一斉に室内になだれ込んできた。
15年春に念願の東京アナウンス室に異動し、夕方のニュース番組のリポーターを務めていた頃だ。「番組のドッキリかな。東京の番組はこんなこともするのか」。そんな考えが頭をよぎった数秒後、彼らは「厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部」と名乗った。
リーダー格の捜査官が「この家に怪しいものがあるだろう。素直に出して」と促した。インターネットサイトで購入し、数日前に自宅に届いたキットで自ら作った「(危険ドラッグの)ラッシュに似た効果を出せる液体」の存在が浮かんだ。菓子箱を指さすと、捜査官がキットや液体を見つけ、任意同行を求められた。
「まさか自分が捕まるなんて」
東京・九段の庁舎にある取調室に入ると、捜査官から「どこで買ったものか」「効き目はどうなのか」などと聴かれた。深夜になって告げられた。「指定薬物の亜硝酸イソブチルが検出された」。自宅で危険ドラッグを所持したとして医薬品医療機器法(旧薬事法)違反の疑いで逮捕された。
ラッシュに含まれる亜硝酸イソブチルは07年に「指定薬物」として違法となり、販売や製造が規制された。さらに14年の法改正で所持や使用も禁じられた。
学生時代にラッシュを使ったことはあったが、法規制後は「手に入らなくても困るものではなかった」。だが、03…
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