俺は英語ができない。中学まではそこそこの点数を取っていた気もするけど、高校のテストは赤点の常連だった。英語で話しかけられようものなら頭は真っ白。知っている単語でも意味不明に響く。
しかし2019年夏、俺はイギリスの地に立っていた。飛び交うなめらかな言葉、丸みを帯びた文字の群れ。やれやれ。全く意味が分からない。そんな俺がイギリスの『キングケバブ』で適当に注文したところ、出てきたのはとんでもないブツだった。
・ノーサンバーランドの田舎町
イギリスに渡って数日が経ったある日、俺はノーサンバーランドのモーテルの1室でベッドに寝転がっていた。窓に並べられたウイスキーの瓶がきらめく。その向こうには黄金に光る麦畑。
その時、唐突に腹の虫がうなり声をあげた。そう言えば朝から何も食べていない。だから車に飛び乗ったのさ。レストランはどこだ……ってね。
永遠なる麦畑。そんな麦畑の中を走ると海に出た。気が遠くなるほど折り重なる波、水彩絵の具で描いたみたいな水平線。世界の果てみたいな海岸線だ。
・『キングケバブ』
やがて風景が町に変わっていく。レンガ造りの建物と建物の間には、小さい旗がロープで張り巡らされ、道行く人は短パンにサンダルでサングラスの浮かれた町さ。
俺はその町「シーハウシズ(Seahouses)」の街角にあった『KING KEBAB(キングケバブ)』という店に車を滑り込ませた。どこでもよかったんだ。ただただ腹ペコだったからね。
・英語のできない俺は適当に注文した
メニューは例の丸みを帯びた文字で書かれていた。何が書かれているかなんて英語のできない俺は知ったこっちゃない。どうせケバブの種類だろ? やれやれ。仕方がないから俺はメニューを指さしながら店員に言ってやったよ。
「でぃす・わん・ぷりーず」
──この数日で俺が覚えた唯一の英語さ。指さしたのは「ドネル・ケバブ」のラップ。店頭メニューではハンバーガーもあったが、以前イギリスのバーガーキングに一杯食わされてる。
サイズ感で日本の常識が通用しないハンバーガーに対して、ケバブ屋は日本でも多くが外国人経営だ。ということは、イギリスだからと言ってそこまで内容は違わないだろ? 英語のできない俺にだってそれくらいの察しはつくさ。
・店員「OK」
幸いにも店員は意味を理解してくれたよ。「OK」と言ってケバブを作り始める。6.50ポンド(約845円)か……若干高い気もするがケバブだったらそんなもんかもしれない。俺はテイクアウト用に包まれたケバブを受け取った……
いや、デカくね?
包み紙を開けると、中から長さが20cmくらいありそうなケバブがこんにちはしやがった。まったく、お前はフランスパンにでもなったつもりか? ここはケバブ屋じゃなくてブーランジェリーだったのかな?
・このサイズしかないのか?
さらに、信じがたいことに中には肉とポテトがこれでもかと詰め込まれてやがる。おいおい、ケバブに親でも殺されたのかい? とんだハムレットがあったものだ。
こんなのはクレイジーだ。完全にどうかしてる。だが、俺はそこでふと気づいたんだ。あの店員はひょっとしたら、俺も知らない俺の中の狂気に気づいたのかもしれないと。「OK」とはそういう意味だったのかもしれない。
『キングケバブ』に狂気を見たあの日。俺はあれからまた考えている。「やっぱりガッツリ派じゃない人はどうするんだろう?」と。
・今回紹介した店舗の情報
店名 キングケバブ シーハウシズ
住所 2 King St, Seahouses NE68 7XP イギリス
営業時間 16:00~23:00
定休日 無休
Report:中澤星児
Photo:Rocketnews24.
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