ときに数億円もの値がつき、「黒いダイヤ」とも呼ばれるクロマグロ。なかでも「大間のマグロ」といえば高級食材の代名詞だ。

その多くが都市部の飲食店や高級旅館に卸され、回らない寿司屋にも銀座の料亭にも行ったことがない筆者は一度も食べたことがない。

それどころか、おごってくれる上司も、接待をしてくれる取引先もいないフリーライター。おそらくこのまま一生「銀座の料亭」などとは縁がなく人生を終えそうだ。ちくしょう。

しかし「大間のマグロ」と呼ぶくらいなのだから大間で獲れるのだろう。現地へ行ったら安く気軽に食べられるんじゃないか? と思い立ち、本州最北端の地へ行ってみた。そこで筆者を待っていた出会いとは……


・本州最北端の地、大間崎

やってきたのは青森県下北郡大間町。恐山などがある下北半島の突端で、北海道からのフェリー発着地ではあるが、高速道路網も届かず交通至便とは言えない。

晴れた日には函館の五稜郭タワーまで目視できるというが、折しも天気は雨。荒ぶる津軽海峡は、まさに最北端の地にふさわしい寒々とした印象だ。

というか、印象だけでなく本当に寒い。写真はだいぶ明るく加工しているが、風も強く、長くは留まりたくない状態だ。

おおっと、これは有名な「まぐろ一本釣の町 おおま」モニュメント! きっと誰しもテレビや雑誌で見たことがあるだろう大間のシンボル的存在だ。


無事に写真も撮ったので、今回の主目的である「マグロが食べられる」飲食店を探したい。とはいえ、人口5000人弱の小さな漁師町である大間町。大型観光施設やチェーン店はない。個人経営の店を探すことになるだろう。

古くからある個人店だと「駐車場がない・狭い」「ホームページやSNSアカウントがない」「不定休」など入店のハードルが高いことが多いのだが、こちらはどうだろうか? 漁船の名前を冠した「まぐろ長宝丸」だ!

広々とした駐車場を有し、マグロのオブジェが出迎えてくれるなど、初めてでも入りやすい雰囲気だ。ここに決めた!



・「まぐろ長宝丸」の赤身丼

店内には漁船の写真や大漁旗など、漁場直送であることを示すものがたくさんあった。これは期待が高まる。“漁師宿” や “漁師レストラン” と名のつくところにハズレはない。

マグロの漁期は例年8月から1月くらいまでだというが、現在では保存技術の進歩により1年中食べられるそう。

かつて大間のマグロはほとんどが築地に直送され、地元では流通しなかったという。風向きが変わったのが2000年のNHK連続テレビ小説『私の青空』。

漁師の娘を主人公にした同ドラマで大間の知名度が高まり、地元でもマグロを食べられるようにしようという取り組みが始まったのだとか。

そうこうしているうちにテーブルに届けられたのがこちら! 筆者がオーダーしたのは「赤身丼」(2680円)だが、もし脂がのったものがお好みなら「中トロ丼」(3980円)や「大トロ丼」(4860円)もある。


てっきり丼だけかと思ったらセットになっていて……


茶碗蒸し


煮つけの小鉢


味噌汁が盆に並ぶ。


主役の丼にのっているのは鮮やかな光を放つ厚切りのマグロ! これは大当たりの予感……!!

余計なスジがまったく見られず、ツヤツヤと輝いている。まるで絵のような澄んだ赤だ。

口に運んでみると、生臭さや水っぽさのまったくない、ただただ純粋なるマグロの味!



筆者はもともと海産物が苦手で、生で食べられる数少ない魚がマグロなのだが、安価な回転寿司店などでハズレにあたるとマグロでさえ「気持ち悪い」と感じてしまうことがある。スジばっているものはもちろん、生温かいものや、脂っぽいものは苦手。

しかし同店のマグロは、まっっったく雑味や癖がなく、それでいてマグロの旨味が濃厚に出ていて美味しい。筆者の理想とする、さっぱりしているのに奥深い旨味があるマグロ。

ご飯が進みまくる。マグロ、醤油、わさび……この黄金の組み合わせに勝る料理がこの世にあるだろうか。

それでいて価格は2680円! 東京で食べたら倍はするのではないだろうか。

長宝丸では自社で水揚げしたマグロを自社で解体し、そのまま食材として提供するため、通常では考えられない価格で200キロクラスの本物の大間産マグロが食べられるのだそう。

どんぶりメシが秒で消える、あっという間の時間だった。もう一度、入店の時点からタイムリープしてやり直したい。というか、ここに住みたい……。

食事が終わるのが残念な気持ちと、満ち足りた幸福な気持ちとを行ったり来たりしながら店内を見回していると、あることに気づいた。

先ほど大間崎で見た「まぐろ一本釣の町 おおま」モニュメント。実はモデルが存在し、ここ長宝水産の船「長宝丸」が平成6年に水揚げした440キロのマグロだそう! レジェンドじゃないか!!


往年の大女優に憧れてゆかりの地を訪ね、ふらりと入ったバーのママが「それは私よ」と微笑んでいるような……!


あるいは美術館で至高の逸品を見学してから街の工房に立ち寄ったら、「あれかい? オレが作ったのさ」と言われたような……!


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満喫した。実に満喫した。新幹線の発着する青森市や八戸市からは車でおよそ3時間、まさに最果ての地だが、素晴らしい食文化がそこにあった。

同店では地方発送も行っているが、ぜひ当地で食べて欲しい。大間で食べる大間のマグロ、最高である。


・今回ご紹介した飲食店の詳細データ

店名 まぐろ長宝丸
住所 青森県下北郡大間町大字大間字奥戸下道22-6
時間 11:00~14:30
休日 不定休(電話で要確認)


執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.