■名物教授訪問@青山学院大学 【前編】
2024年箱根駅伝で、青山学院大学を2年ぶり7回目の総合優勝に導いた原晋監督。監督就任後、5年目で大会出場、11年目で優勝を実現し、「青学旋風」を巻き起こしてきました。現在は地球社会共生学部教授としても活躍する原監督に、学生を育てる極意について、朝日新聞「Thinkキャンパス」の平岡妙子編集長が聞きました。
目標設定と、その管理
――原監督が青学陸上競技部の監督に就任して20年。チーム理念はずっと変わらず「箱根駅伝を通じて、社会に役立つ人材を育成する」ということですか。
箱根駅伝は花形スポーツとして見られていますが、あくまで教育活動のツールです。私は毎年、新入部員が入ってくると、「勝った、負けただけが重要なのではない。学生スポーツは社会に役立つ人間になるための教育活動」と伝えています。
――「勝ち負けだけが重要ではない」と言われると、強豪チームなだけに、驚く学生もいるのではないでしょうか。
実際、いまでも「何も考えずオレの言うことに従え。そうすれば勝てる」という指導をする方は少なくありません。でも私は、自分の頭で考えることが何よりも大事だと思っています。そうでなければ社会に出たときに役に立ちません。「おまえはスポーツばかりやってきたから、社会のことを知らない」と言われる人がいますが、それはスポーツが悪いのではなく、そのように仕向けた「昭和の指導法」が問題なのです。
――「社会でも通用するような指導」とはどのようなものですか。
目標設定と、その管理です。たとえば、ピッチャーのAくんが「130キロの球を投げる」という数値目標を立てたとします。それを達成するには、現状の球速はいくつで、目標とのギャップはどのくらいあるのかを知る必要があります。さらにその差を埋めるには、どこの筋肉をどう鍛えればいいかを探り、トレーニング方法を考え、計画を立てて実践します。その結果、「125キロまでしか出ない」となれば、やり方を見直さなくてはいけませんね。そうした「目標設定とその管理」は、ビジネスの世界でも同じことです。
――確かに会社員が営業成績を上げようと思ったときにも役に立ちそうなことです。
学生たちはスポーツ選手を終えた後に、長い人生があります。ベースにある「強くなるための論理」がわかっていれば、「会社が採用したい人材」になることができます。それにこの考え方は、どんなスポーツのジャンルにも生かせるものです。私は箱根駅伝で7回の優勝という実績がありますが、高校野球の監督になれば甲子園出場を、大相撲の親方になれば横綱の育成ができるだろうと思っています。
「キャッチコピー」はイメージしやすい
――チームや個人の目標は、学生たち自身に考えさせるのですか。
チーム目標は新メンバーになってすぐ、キャプテンや寮長などの学生スタッフが中心となって、みんなで話し合って決めています。目標は「箱根駅伝優勝」ですが、自分たちの思いを伝えるスローガン的なキャッチコピーを一緒に決めるんです。2024年は「大手町で笑おう」でした。
――目標のほかにキャッチコピーを作るのはなぜですか。
キャッチコピーには、広がりのある言葉、イメージしやすい言葉を使います。それがあると、一人ひとり「自分が大手町で笑うためには何ができるか」と考えやすいですよね。
作戦名は私が考えます。記者会見で聞かれるので、話題になりそうな言葉を考えます。2024年は「負けてたまるか大作戦」とつけました。ずっと考えてくると、言葉がふっと降ってくるんですよ。言葉にすることが大切です。
――全体の目標を決めたら、個人の目標を立てていくのですね。青学には「目標管理シート」があると聞きました。
1カ月ごとに個人の目標を具体的に記入して、そこに到達するためにやることを細かく記入します。これを書いて壁に貼りだすことで、一人ひとりの意欲を高めています。
①キャッチコピー
目標管理シートにはタイトルをつける。それによって周囲にも自分自身にも意思表示することになり、目標達成への意欲が高まる。
②目標を数値化する
「練習メニュー完全消化」「5000mタイムトライアル14分30秒以内」など、できるだけ具体的に数値化し、3~5項目程度書き出す。チームの目標に合わせるのではなく、自分の今の状態を客観的に見て、実現可能な目標を設定することが大事。
③具体的にやることを書き出す
目標の数字をクリアするためにやるべきことを、具体的に書き出していく。できるだけ細かく、すべて書き出すことが大切。
強みをどう引き出すか
――「目標管理シート」は、大学受験を控えた高校生にも応用できそうですね。
「A判定をもらう」などと大きく書き込み、模擬試験の目標点を記入するのもいいと思います。そして達成するためには、英単語をどのくらい覚えたらいいか、問題集をどこまで解けばいいか、やるべきことが見えてくるでしょう。
「目標管理シート」と同じくらい大切にしているのが、「目標管理ミーティング」です。ランダムに5~6人のグループをつくり、設定した目標や練習計画について話し合います。もちろん「目標が達成できたか」の振り返りもします。
――受験生の場合は、親が一緒に話し合えばいいでしょうか。
そうですね。ただし、注意してほしいことがあります。親や指導者が「あれができていない」「だからダメなんだ」「こうすればよかった」とダメ出しばかりしてしまうと、子どもたちは自分で考えることをやめてしまいます。親や指導者は、強みをどう引き出してあげるかが大事なんです。答えを示さないことです。
目標管理ミーティングは、フィードバックではなく、「フィードフォワード」です。注目すべきなのは、失敗点ではなく、どうすれば目標に到達できるかという改善点です。そのためには1人を糾弾するのではなく、チームの問題として考えることが大切です。
――受験生と親の話し合いにも応用できそうですね。
「フィードフォワード」で大切なことは、本人が自分の言葉で話すことです。話すというのは、ただ考えることより何倍もの能力が必要ですし、話すことで自分の中で腑に落ちてきます。そして人に伝えることで共感してもらえたり、さらによいアイデアをもらえたりもします。親が一方的に言い聞かせるのは避けてほしいですね。
>>後編 青山学院大・原監督が授業で伝える 「自分の人生」のつくり方
原 晋(はら・すすむ)/青山学院大学地球社会共生学部教授。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。修士(スポーツ科学)(早稲田大学)。陸上競技部長距離ブロック監督。一般社団法人アスリートキャリアセンター会長。広島県三原市出身。世羅高校から中京大学に進学し、全日本インカレ5000メートルで3位入賞。卒業後、中国電力に入社し陸上部に所属するが、5年目で選手生活を終えて会社員生活を送る。2004年に青山学院大学陸上競技部の監督になり、09年に33年ぶりの箱根駅伝出場。15年に初優勝に導き、「青学旋風」を巻き起こす。
(文=神 素子、写真=加藤夏子)
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