紅白歌合戦に現れた「海」の裏側。巨大衣装もサステイナブルに

2020年の大みそかに生放送された第71回NHK紅白歌合戦。誰しもが忘れられない年になったこの一年の締めくくりに、「歌」を通じて衣装からも壮大なエンターテインメントを届けたいということでNHKさんよりご依頼を受け、演歌歌手の水森かおりさんの衣装デザインを担当させていただくことになりました。このオファーをいただいた時は本当にうれしく、創ることを続けてきてよかったという素直な喜びとともに、大役を仰せつかった責任を感じ、全力で取り組もうと心に決めました。
今回はコロナの影響で無観客での開催。客席の一部も舞台とし、広さを活用した巨大な衣装で視聴者の方に楽しんでいただきたいというリクエストがありました。これまで大掛かりな演出で華やかに歌唱を届けてきた水森さんの資料を拝見しながら、どんな世界観にしてゆくか、まずはアイデアをまとめます。楽曲である「瀬戸内 小豆島」をテーマに衣装のイメージを膨らませました。

デザイン画やカンプ資料、生地の指示書など
まず仕上げたのは一枚絵。緩やかに波打つドレスの海と、浮かび上がる山々の稜線(りょうせん)を活(い)かしたシミュレーションコンテを提案しました。こうしたカンプ制作は昨年立ち上げたデザイン会社STUDEOのスタッフと一緒に。私が届けたい今回の大事なこだわりは、「故郷の海(自然)を想起させたい」「繊細な手仕事でものづくりの素晴らしさを届けたい」ということ。同時に素材を決め、頭に浮かんだシルエットをスケッチしてゆきます。
今回のドレスは、私が近年取り組んでいる「シカクい生地を余すことなく使い切る(残布を出さない)」というコンセプトともつながっています。小さなシカクパーツをつないで、サステイナビリティーも意識しながらデザインしました。生地をなるべく無駄にしないように、材料には短くなり使わなくなってしまったものや、売り物にならない余剰の生地を利用。布をたくさん使うドレスだからこそ、余すことなく使い切るというプロセスを徹底しました。

ogawamineLABさんにてレーザーカットされる生地
パーツを作り出すカット作業は、生地の加工なども手掛けているogawamineLABさんの工房にて。レーザーカッターで四角くカットしていきます。カットしたパーツはなんと3万枚……! 小さなパーツなので最終的にはほとんどの生地を使い切ることができたのですよ。
シカクパーツの色や大きさもシルエットによって細やかに変化させています。小さなもので一辺2cmほどのシカクパーツをグラデーションになるよう並べ、ピンで留めてゆきます。この作業がデザインのポイントでもあり、時間のかかる工程でしたが、ひとりで気持ちを研ぎ澄まし組み立てていくのは至福の時間でもありました。

制作風景
そして制作中、常に私を後押ししてくれたのは「歌」でした。水森さんの繊細で、かつ、力強い歌唱音源を聴いていると、その想(おも)いに呼応するように、私自身もドレスで創作の力やあふれる情熱を届けたいと、自然と手が動いてゆくのでした。
「歌」は私にとって創作のアイデアをくれる重要な世界です。歌手としてデビューし、今こうして衣装デザインに携わる立場になっても「歌」からインスピレーションをいただけるのは、その世界とずっとつながってきたからかなぁと、そんな思いを巡らせながら針を進めていきました。

ドレス部分は手作業で縫い付け
ピン留めしたパーツの縫製はすべて手作業で縫い上げました。画面越しでは4Kという高精度の映像でも放送されるので、アップになった時も美しいドレスでありたいという想いから、5人の縫製チームで毎日少しずつ縫い付けてゆきました。
根気のいる作業でしたが、その手間や時間が形となって現れる感動は何ものにもかえがたく、今回それを共有できるチームがいることがまたうれしかったです。タイトなスケジュールの中、年末のゴールに向け協力くださった縫製のみなさんには感謝しかありません。

全体を見ながら調整
海のイメージでもあるこのドレスは、全長およそ20mの海部分にダイナミックに波打つ動きも加わり、こちらは本体の縫製とは別のチームが製作を進めました。

製作途中の海部分
クラフトマンシップを尊重しながら、どのようにシカクパーツを組み合わせ壮大な海を出現させるか。かねて舞台幕の製作などを手掛けていらっしゃるファイバーワークさんという美術チームをご紹介いただき、衣装の海の部分を一緒に作り上げていきました。
製作期間は1カ月もありませんでしたが、細やかな手作業で海のドレスの全貌(ぜんぼう)が見えてきた時は、とてもワクワクしました。本番は照明やカメラワークも加わり、一つのエンターテインメントを作り上げていく過程で、チームワークの大切さと協働する楽しさを実感しました。

リハーサル風景
水森さんの「歌」をまず大切に、そこに今回私が衣装や演出でどのようにその世界観を汲(く)み取り、盛り上げていくことができるのか。真っすぐ向き合った結果、番組側と意見を交えることもありました。すべてを反映していただくことは叶(かな)いませんでしたが、それでも、まだ完成前、最初にドレスをご覧いただいた時に水森さんが流した涙や、すべてが終わった後、お互いをねぎらうように涙した製作スタッフさんとのやり取りはかけがえのないもので、多くのことを学ばせていただいた貴重な経験となりました。
今回の体験は、クリエーションやエンターテインメントの届け方、自分の中のこだわり、一貫性などを再認識させられた時間でもありました。そして、その部分を感じ取り、創作の本質を見てくださった方からのメッセージが届くたび、デザイナーを続けていこうという自信にもなりました。ご覧いただきましたみなさまには心より感謝申し上げます。
まだまだ大変な状況が続く不安の中だからこそ、創造力を豊かに、クリエーションを通じて今年もみなさまへ元気や希望を届けてゆければと思っています。
