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優里『おにごっこ』から見る、ラブソングの通な楽しみ方

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。

 1 追いかける番になって初めて分かったよ”(優里『おにごっこ』/作詞:優里)
 2 “誰が負けるか”(横山やすし)
 3 “男ってのは誰かの作品なの”(平成ノブシコブシ 吉村崇)
 4 “合法的に人とぶつかりたかった”(オードリー 若林正恭)
 5 “青春ってすごく密”(仙台育英学園高校野球部 須江航監督)

日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。

優里『おにごっこ』から見る、ラブソングの通な楽しみ方

恋心を何かに喩(たと)えたラブソングはこの世にたくさんある。恋というのは何とも不思議なもので、全く関係のない言葉でも、その前に「恋の〜」とつければ、それなりに物語が立ち上がってくる。

試しに、ものすごく堅い言葉、例えば「内閣不信任決議案」はどうだろう。『恋の内閣不信任決議案』と、ただ「恋」とくっつけて書いただけで、仲の良い友達に恋の相談をしたらそんな男は別れた方がいいという結論が出てみんなでダメな彼氏に今から言いに行く、みたいなストーリーが何となく立ち上がって来る感じがしないだろうか。『恋のバリアフリー』、『恋の大雨洪水警報』、『恋のぐるぐるバット』……いま思いついたものを適当に恋とくっつけてみたが、やはりどれも恋のメタファーになっているような気がしてくるから不思議だ。

優里さんの大ヒット曲『ドライフラワー』も、うまくいかない恋を色褪(あ)せていくドライフラワーと重ねた歌だった。そして、新曲『おにごっこ』は、幼なじみの男女の淡い恋心をおにごっこと重ねた歌である。サビで「おにごっこ」と「恋心」で綺麗(きれい)に韻を踏み、そこからの自分が追いかける番になって初めて恋心に気づいたという展開が秀逸だ。

ラブソングを聴く時、「次は誰が何に恋を喩(たと)えるだろう」という視点で聴いてみるのも、また通な楽しみ方のひとつではないかと思う。

優里『おにごっこ』から見る、ラブソングの通な楽しみ方

9月6日放送の日本テレビ『ザ!世界仰天ニュース』でのこと。伝説の漫才師、横山やすしさんの壮絶な人生を取り上げていた。極度の負けず嫌いな性格で、芸人のマラソン大会で一位になれなかったからと、当時の日本陸上のトップアスリートにコーチを依頼して毎日走り込んで、リベンジするまで頑張るような人だったという。

そんな性格ゆえに、不祥事を起こしても「大人しゅうしとったら、横山やすしは終わったと思われる。まだまだいけるっちゅうことを見せつけたらなあかん」と、謹慎期間中も毎日飲み歩いていたという。その素行の悪さはエスカレートする一方で、とうとう二十年以上所属した吉本興業に契約を解除されてしまう。

その時の実際のインタビュー映像がすごかった。肩を落としたやすしさんが「相方(西川きよしさん)には申し訳ないと思ってるなあ。極端な話、あいつに殴られても蹴られても何も文句言われへんな……」と力なく言うと、女性リポーターが「やっさん、もう漫才はしません? やらない……?」とやさしい声で聞いた。彼は顔を思いっきりゆがめて、涙をこぼした後、「やめる……」とつぶやいた。その直後である。「誰が負けるかぁ……」とつぶやき、トレードマークのメガネを外して手のひらで乱暴に顔を二度三度拭うと、「すまんすまん、泣いてすまんかった」と言ったかと思うと、次の瞬間には目つきが変わっていて「誰が負けるかぁ、くそったれ。誰が負けるか、ボケ」と数十秒前とはまるで別人のトーンで言い放った。

これほどの負けず嫌いを私は見たことがない。本物の負けず嫌いな人間が、負けてたまるかのスイッチがガチッと入る瞬間、こんな表情になるのかと、息を呑んだ。

きっと、彼は「勝ちたい」のではなく「負けたくない」のだ。負けの反対は勝ちだからその辺を混同してしまいそうになるけれど、多分この世の負けず嫌いには、「勝たなければ気が済まないタイプ」と「とにかく負けたくないタイプ」がいるのだ。そして、後者こそが、文字通り真の「負けず嫌い」なのかもしれない。彼の魂の底から滲(にじ)み出したような鬼気迫る「誰が負けるか」を聞いて、そう思った。

優里『おにごっこ』から見る、ラブソングの通な楽しみ方

8月21日放送のテレビ朝日『あざとくて何が悪いの?』でのこと。あざとい男女の恋愛ドラマをスタジオで見ていたゲストの鈴鹿央士さんが、登場人物の男性の言動について、「メイク変えた? かわいいねってサラッと言える人って、彼女じゃない人にもそうやって言える、でも彼女がいる、しかも何年か長い彼女がいる男です」と自身の考察を述べた。田中みな実さんが「えー、その彼女に育ててもらったのを他の女の子に使ってんだ?」と言うと、吉村さんが「男ってのは誰かの作品なの、必ず」と笑顔で相槌(づち)を打った。

たしかに、性別に関わらず人というのは誰もが誰かの作品だと思う。こと恋愛については恋人の影響を受ける部分は大きいと思うけれど、その人の性格の大部分はやはり親の影響が大きいような気がする。

私は音楽プロデューサーという職業柄、たくさんの若いミュージシャンと触れ合ってきたけれど、子供が生まれた時、今までやって来たプロデュース仕事など比じゃないほどに、子育てこそが壮大なプロデュースなのだなと思い知った。

衣食住にまつわる生活の基本から、人との関わり方、言葉づかい、文字、計算、世の中のルールとマナー……。どれもゼロから教えていく必要があるけれど、だからと言って教えすぎてもいけないのである。一見、何をしてあげるかが大事なようで、実は、何をしてあげないかの方が大事だったりする。そう考えると、自分の親は素晴らしいプロデューサーだったなと思う。今になって、小さい頃の私がどんな子だったのかを親にたずねると、決まって「育てた記憶がない」と笑う。

たしかに、私には何でも自由にやらせてくれた。幼稚園を辞めた日、野球を諦めた日、親元を離れて寮に入った15歳のあの日、珍妙な金髪にして帰って来た日、彼女を家に連れてきた日、ミュージシャンになると言った日、よくもまあ何も言わずに好きにやらせてくれたと思う。親なら口出ししたいことも沢山(たくさん)あったろうに。

木に立って見ていると書いて「親」とはよく言ったものである。失敗する前に手や口を出すのは簡単だ。まんまと失敗するところを遠くで見守る方が何十倍もストレスがある。でも、人は誰しも失敗をしないと成長もしないものだ。

人は誰もが誰かの作品である。もしも自分は誰の影響も受けていない、と言う人がいたとしても、それはきっと誰かの「ただ見守る」というプロデュースを受けた結果なのではないかと思う。

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