寡黙な寿司職人がコミカルに踊り出すまで 寿司の魅力をTikTokで発信するシェフヒロさん
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一見こわもての寿司(すし)屋の大将が、季節のネタを握る。自分で食べる。そして満面の笑み。「おいしそう」「面白そう」を両立した数々のショート動画を投稿するシェフヒロさんは、今や世界的な人気を誇る寿司職人の一人と言っても過言ではありません。40代後半で「TikTok(ティックトック)」を始め、新しいことに挑戦し続ける理由や秘訣(ひけつ)などについて聞きました。
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本名・竹岡広行。1974年愛知県生まれ。寿司屋の家庭に育ち、大学では経営学を学んでいたが、親の他界により家業を継いだ。伝統的な寿司屋のあり方をリスペクトしながらも、時代に合った経営を模索して2019年からSNSや動画プラットフォームの活用をスタート。21年に始めた「TikTok」のフォロワー数は約97万人(2022年10月現在)。
「自分で握った寿司のつまみ食いを載せたのが、始まりだった」
――SNSや動画プラットフォームに動画の投稿を始めたのは、いつ頃ですか?
コロナ禍が始まる少し前です。今後は5Gの時代になるし、1人のお客さまに茶碗(ちゃわん)蒸しを売るのではなくて、1万人に茶碗蒸しの作り方を売ることが社会的信頼や収入につながるのではないかと思って、SNSや動画プラットフォームの勉強を始めました。そうするうちに感染が拡大してしまい、営業できない時間をスタッフと使って、動画を撮って投稿してみようと。最初は、お寿司をきれいに映すとか、たぶん他の人がやっていたことの二番煎じで、フォロワー数も伸びませんでした。
――「TikTok」は、他のプラットフォームから少し遅れてのスタートですね。
僕の本来のキャラクターだと、「TikTok」とは距離感があると感じていました。若い人が多いイメージで、寿司屋の自分には遠いコンテンツなのかなって。それでも「TikTok」には拡散力があるからとチャレンジしてみたら、僕のように実績のない人でも均等に再生数が回りだして、同級生や先輩ぐらいの年代の方からも「見たよ」と声を掛けられるようになりました。
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――動画のダンスやコミカルな動きを拝見すると、キャラクターが遠いというのは意外です。
海外だと板前さんは怖そうなイメージを持たれているので、ギャップが非常に大事ですよね。僕はしゃべりがそんなに上手ではなく、お店でも初めは黙っていて、後半になってお客さまとしゃべるようにしています。すると、気難しそうな大将がちょっと話すだけで、面白いトークになるんですよ。お客さまが2時間座っている間に心をどうつかむか、というプレゼンをずっと考えていたから、それをショート動画に変えて追求していった結果が今にあると思います。
――動画がバズったと感じたターニングポイントは?
動画でお寿司を食べ出した時からです。お菓子を食べた時はイマイチだったのに、自分で握ったものを食べると一気に再生数が上がりましたね。実は、撮影していたスタッフの子がダイエット中で食べないから、僕がつまみ食いしたところを隠し撮りされて、それを載せたのが始まりでした。再生数が伸び出してからは海外のメディアに取り上げられたのも大きいです。
「寿司の技術はしっかり見せて、非言語の面白さを加えたクリエイターに」
――「TikTok」は、ほぼ毎日更新。仕入れや営業時間の合間を縫って、いつ撮影していますか?
金曜日と土曜日の各1時間で、6本の動画を収録しています。「TikTok」や他のプラットフォームにそれぞれ合わせて、動画の切り方や音楽も変えています。初期のころは食材をわざわざ買っていましたが、今日あるネタで何を撮ろうかと考えるのが、長く続ける秘訣だと思います。
――短い時間でまとめて撮影して、編集や企画は誰が担当していますか?
僕自身は超アナログな人間なので、編集は妻とスタッフに任せています。ただ、勉強するのは大好きで、他の動画や「TikTok」のレコメンドシステムを分析したり、最先端の流行を情報収集したり企画するのは主に自分でやっています。特に、コメント返しが一番勉強になりますね。皆さんの僕に対するニーズが一番わかるのがコメントですから、お風呂の中でもずっとコメント返しをしています(笑)。
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――投稿する動画へのこだわりを教えてください。
こだわりは持たないようにしています。まずはフォロワーさんに喜んでいただくことが大切。あとは、刻々と変わる「TikTok」のレコメンドシステムの要求に応えること。少し前だと、動画の最後の1秒2秒をあえて切っていました。
――他のプラットフォームと比べて「TikTok」の特徴は?
最先端で使いやすいことですね。音楽も著作権に引っ掛からず、幅広く使えます(※)。編集もスマホだけで大体のことができて、エフェクトなどもダントツに面白い。素人でも芸能人みたいなことが簡単にできちゃうのは、ワクワクすると思います。
※TikTok内ライブラリから音楽を選ぶ場合、TikTokがJASRAC/NexToneやレーベルと包括契約を締結しているため問題になることはないが、TikTok内ライブラリを通さずCD音源を使用する場合や、JASRAC/NexToneが管理していない楽曲を使用する場合は、権利者との間で個別に許諾が必要になる
――お寿司ということで、海外からの反響が大きいのでは?
「TikTok」は海外のフォロワーが約8割で、他のプラットフォームよりも多いです。最終的な僕の役割は、日本の文化やおもてなしを海外に届ける中間地点になれればいいと思っています。だから、日本のお寿司屋さんを馬鹿にされないように、技術はしっかり出しておいしそうに見せながらも、チャップリンのようなノンバーバル(非言語)の面白さを加えたクリエイターになりたいです。
「TikTokを使った社会貢献で、みんなで元気を分かち合いたい」
――「TikTok」での活動を今後どう広げていきたいですか?
社会貢献をしていきたいですね。将来的に収益化が進んだら、スタッフの給料を払って残ったお金を、フォロワーさんや地域のために使っていきたい。現在進めているのは、名古屋市の包丁専門店とのコラボで、売り上げの一部を地元に寄付しようと考えています。誰かの誕生日に僕が握るのもアリだし、子ども食堂に寄付するのもアリですね。
――「TikTokと寿司で世界中を笑顔に」のキャッチフレーズを実現していくわけですね。
僕の原点にあるのは、食べた人の笑顔かもしれません。のりもネギものどを通らなかった近所の娘さんが、僕の作った雑炊だけは毎日食べて、そのうちに他のものも食べるようになって元気を取り戻したり。寝たきりのお年寄りが、ミキサーにかけた魚のお寿司をおいしそうに食べてくれたり。そういった経験があって、僕が作ったものを食べた人から僕自身も元気をもらいました。だから、店を継いだ当時はつらいことも多かったけど、続けることができたのです。
今でも、抗がん剤で治療中で食欲がない人から、「早く元気になって寿司を食べようという気力につながった」というコメントをいただいて、また頑張ろうという気が起こります。「TikTok」を使った社会貢献を通じて、いい影響や元気をみんなで分かち合いたいというのが将来像です。
――同年代や年上世代の方に、「TikTok」を始めるにあたってのアドバイスをお願いします。
僕は特別にすごい寿司職人というわけではありません。もちろんお客さまには最高の寿司をお届けしている自信はありますが、おそらく銀座にはもっと優秀な方々がたくさんいます。違うのは、人を喜ばせようとする気持ちを、お店だけでなく「TikTok」でもさらすことです。主婦なら主婦、大工なら大工と、自分が長く携わってきたことなら発信しやすいでしょう。そして、もし一番になりたいのなら、誰もやっていないキャラクターを作るなどして、誰よりも時間と情熱を注ぐことが大切です。情熱さえあれば「TikTok」で輝くことができると僕は信じています。
その他のシェフヒロさんのTikTok動画はこちら
文:北林のぶお
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