ドラマのタイトルをダイレクトに歌詞に引用した『星月夜』

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の6本。
1 “星降る夜に”(由薫『星月夜』/作詞:由薫)
2 “永六輔”(寺井広樹)
3 “17.5テラバイト”(名古屋大学教授 脳神経学者 澤田誠)
4 “隣のじじいの犬逃がす”(レギュラー)
5 “ラベル裏におみくじあり〼。”(サントリー『伊右衛門』パッケージ)
6 “肩ペチ”(エルフ はる)
日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。

テレビ朝日のドラマ『星降る夜に』の主題歌、由薫さんの『星月夜』を聴いて驚いた。何に驚いたかというと、この曲はタイトルこそ『星月夜』ではあるが、サビの入り口の歌詞が「星降る夜に ただあなたに会いたい」というフレーズになっていて、つまりドラマのタイトルがそのまま入っているのである。
これは星野源さんの『ドラえもん』を初めて聴いた時以来の衝撃である。私自身、これまで何度もドラマや映画やアニメの主題歌の歌詞を書かせて頂いたけれど、タイトルをそのまま歌詞に入れた経験はまだない。不思議なもので、なぜか主題歌のオーダーというのは、「あまりドラマに寄せ過ぎないで」と言われることの方が多いのである。
それが「はちみつきんかんのど飴」のCMなら、「はーちみーつー、きんかんのどーあめっ!」と、商品名をはっきと歌う方が絶対的に正義であるように、私としてはドラマの主題歌もまた、タイトルをはっきりと歌うことがあってもいいのではないか、そのほうが聴き手にとっても親切なこともあるのではないか、と日頃から思っていた。
ドラマ『星降る夜に』は、15秒のTVスポット(CM)でも冒頭から『星月夜』のサビが大音量で流れており、歌の方がタイトルをはっきりと歌い上げているため、15秒の限られた時間の中でナレーションの声でタイトルを読み上げる必要がなく、他のドラマのTVスポットとは質感の異なる仕上がりになっていた。 もしかしたら、タイトルを歌詞に入れるのがスタンダードになる将来が来るのではないか、と期待させてくれる一曲である。

3月5日放送のテレビ東京『あなたの研究みせてください〜身近なアレから世界に飛び出すアレまで大調査SP〜』でのこと。世界100カ国以上の文具売り場のペンの試し書きの紙を収集・分析した研究家の寺井広樹さんいわく、試し書きで書かれる文言には流行語から、人気ドラマ、アイドル、心の叫びまで、その時代のすべてが集約されているという。そして、研究を続けるうちに時代や流行と関係なく頻繁に書き込まれる “試し書き四天王”とも呼ぶべき4人の名前を発見したのだそう。それが「剛力彩芽」「壇蜜」「グレート義太夫」「永六輔」で、特に「永」は、永字八法と呼ばれる、とめはねはらいといった、書に必要な技法8種がすべて含まれている文字なので、試し書きで書きたくなる名前なのではないか、という考察だった。
それにしても年々、文字を書く機会が減って行く。この原稿だって、当然パソコンで書いているし、スマホに至っては親指一本を画面に滑らせているだけである。もしかしたら去年の一年の間に、手で書いた文字は自分の名前と住所くらいではないかという気がしてくる。それではつまり、自分がもしも今新しくペンを買おうと思っても、実際に名前と住所を書いてみないことには「書きやすいか書きにくいか」の判断もろくにつかない、ということでもある。しかし、それでは個人情報がダダ漏れだ。普段から私も「剛力彩芽」「壇蜜」「グレート義太夫」「永六輔」を書く練習をしておこうと思った。

2月21日放送の日本テレビ『カズレーザーと学ぶ。』でのこと。テーマは「記憶の正体」で、名古屋大学教授で脳神経学者の澤田誠先生によると、「記憶は大脳新皮質に蓄えられ、そこに少なく見積もっても140億個の神経細胞がそれぞれ10000個のシナプスでつながっている。計算すると(脳の記憶容量は)17.5テラバイトになる」のだという。それがどれくらいかというと、地上波テレビ約143日分(起きている時間を1日16時間として)に相当するらしい。実際の記憶は音と映像だけでなく、匂いや味や感情みたいな要素もあるのだから、半年どころか、あっという間に容量が一杯になってしまうということである。覚えておくべきことと、忘れるべきことを効率よく取捨選択しなければ、とてもじゃないがやっていけない。番組ではその少ない記憶容量をどうやりくりしているかの説明が展開されていて興味深かった。
先日、我が家の長男に「ねえ、お父さん、なんでかわからないんだけど、ポケモンの名前が最近、急に出てこなくなるときがあるんだけど、どうして?」と聞かれた。どうやら、いわゆる“ド忘れ”というものを経験したことがなかったらしいのである。それまでは一度覚えた人や物の名前はいつだってすぐに言えるのが当たり前で、覚える気がなかったものや初めから興味のないもの、以前は興味があったけど今は興味がなくなってしまったものなどに関しては、思い出せなくてもまあ当然、という感覚で暮らしていたらしい。
今までは心のデスクトップに覚えておきたいことを適当に乱雑に並べておいても、そもそもの数が少なかったからすぐに見つけられたけれど、色々と知識や経験も増えて、もう流石にそうもいかなくなった、ということなのだろう。私自身が初めて“ド忘れ”を経験したときのことなど覚えていないから、ド忘れの様子をいかにも不思議そうな顔で一生懸命説明する息子の顔がとても新鮮だった。
この先もきっと君の17.5テラは何度も上書きされて行くだろう。本能的に人間はつらく苦しい経験の方が忘れにくいらしいよ。その方が、もし次に似たような状況が訪れた時、その危険を回避できるからなんだそうだ。けれど、親心としては君の脳に楽しい記憶が一つでも多く刻まれる人生を願っているよ。

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いしわたり淳司さんのワードハントを(今回はちゃんと意識して)読ませていただきました。短いタイトルに続く文章を読み進めていくと、頭の中に次々と映像が立ち上がってきて、初めて感じた不思議な現象です。
歌詞がドラマタイトルで溢れる楽曲、永遠の永六輔、愛おしい息子から教えられる心のデスクトップ、四四五のリズムに新発見、距離近めのクラフトマン、肩ペチからのエアペチ、恥ずかしいのは親ばかり、文章を読む間に浮かび上がり見える映像は写実の動画で、しかも総天然色。実に楽しい体験で、リフレッシュになり、やっぱり読んで良かったです。
星月夜は、たしか「鎌倉」の枕詞だったと思います。あまり知られてはいませんが…
こんにちは
外国田舎暮らし、日本語感覚の鋭さ、繊細さを感じたくて愛読しています。
いしわたりさんの感性の老女ファンです。