混じり合う音と匂い 温かなやりとりの記憶 宇賀なつみがつづる旅(55)
フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。生放送を終えて向かったのは台湾。仲間とわいわいと楽しみながら、かつての温かいやり取りを思い出しました。
「変わらないもの 台湾」
大阪での生放送を終えて、関西国際空港へ向かった。
チェックインを済ませて、
「今から飛びます!」とメッセージを送る。
今回の目的地は台湾。
仲間の3人は既に現地入りしていて、
小籠包(ショーロンポー)を食べたとか、マッサージ中だとか、
リアルタイムでメッセージが届く。
早く合流したい気持ちを抑えながら、ゆっくりコーヒーを飲んだ。
旅の途中、つい気がはやる時には、
落ち着くために何かを飲むことにしている。
桃園国際空港を出ると、思っていたよりも蒸し暑かった。
タクシーに飛び乗ってホテルに寄り、
荷物を預けて、待ち合わせのレストランに向かう。
「お疲れー!」
ようやく会えた皆と、台湾ビールで乾杯をする。
取り急ぎ注文したしじみのしょうゆ漬けが、驚くほどおいしかった。
ショウガとニンニクが効いていて、お酒が進む。
おなかを満たした後、夜市に向かった。
週末ということもあって、すれ違うのもやっとという混雑ぶり。
甘いものとしょっぱいもの、新鮮なものと油っこいもの、
様々な匂いや音が入り混じった空間の中にいると、
異国にやってきた実感が湧いてくる。
九份(チウフェン)に行った。
台北北部の山間に位置し、海を一望できる街は、
『千と千尋の神隠し』の景色に似ていると有名になった。
細い路地をクネクネと進むと、海を見下ろせるカフェに着いた。
少しかすんだ空。
ここでもやはり様々な匂いと音が入り混じって、宙に浮いていた。
この場所に、確かに来たことがある。
9年ほど前だろうか?
バスに乗り遅れてしまい、バス停で途方に暮れていると、
家族連れに声をかけられた。
「九份に行くのですか? 相乗りしていきませんか?」
そのまま見知らぬ人とタクシーに乗って1時間。
無事に九份にたどり着いた。
料金は4分の1で済んだのでお得に感じたし、
車内でつたない英語で交わした会話が楽しかった。
「写真を撮りましょうか?」
隣のテーブルに座っていた親子が声をかけてくれた。
画角を変えて、3回4回と撮ってくれる。
最後に恥ずかしそうに笑って、カメラを渡してくれた。
台湾にいると、温かい気持ちになる。
控えめながら優しい人が多く、
忘れかけていたものを思い出させてくれる。
土砂降りの中帰ろうとする私たちに、
傘を持っていけと渡してくれたバーのお兄さん。
間違えて注文してしまったジュースを、
嫌な顔ひとつせず交換してくれたお姉さん。
現金がないと言うと、ATMまで案内してくれたおばあちゃん。
果たして私は、ただ通り過ぎていくだけの旅人に、
ここまで親切にできるだろうか?
今では世界中どこに行ってもスマホが使えるし、
uberで呼べばすぐに車が来てくれて、
日本にいるときと同じように移動できる。
世界がぐっと近くなったけれど、
便利になったぶん、何かが失われているような気もしていた。
紙の地図を片手に歩き回るような旅をすることは、
もうないのかもしれない。
最終日、仲間たちは先に帰ってしまったので、
ひとりで小さな食堂に入った。
おかあさんたちが写真を見せながら、
カタコトの日本語でメニューの説明をしてくれる。
席に着いて1分もしないうちに出てきた、
魚団子のスープと辛い麺。
あまりにおいしくて一気に食べてしまった後、
会計をしようと出口に向かうと、ひとりの女性が近寄ってきた。
「おいしー?」
私はすぐに返事をした。
「おいしい!好吃(ハオチー)!」
ちょっとしたやりとりで簡単にうれしくなったり、傷ついたりする私たちは、
この先もアップデートされることはないのだろう。
変わらないものがあるとしたら、それは人だけなのかもしれない。
古代から、人は旅をした。
どんなに世界が変わっても、人は旅をやめない。
そんなことを考えていたら、曇っていた空が晴れてきた。
今日も幸せだと思った。
あー、全てが懐かしい台湾!コロナ禍で大変だった2020年6月に5年強の駐在員生活を終えて帰国。その後は残念ながらまだ渡台出来ていない。
本場の台湾料理が食べれない代わりに、当地(大阪)で台湾人経営の台湾料理店を3店舗見つけ出し、ローテーションで順番に行くようにしている。
台湾の街の景色やグルメにとても惹きつけられましたし、宇賀さんが旅で感じた幸せを分けてもらえたような、幸福に満ちた読後感がありました。今回も素敵な旅をご紹介してくださり、ありがとうございました。
今回も「心」が動きました。
朝から、温かさとせつなさを感じました。
生のコミュニケーションで、もっとやさしく、もっとほめて、もっと笑って…。
自然とできる自分になろう!