「インネパ店」の敏腕経営者 食卓いっぱいのネパール昼食
インド、ネパール、バングラデシュ……、日本で出会うことが多いインド亜大陸出身の人たち。日本では普段、どんな食事をし、どんな暮らしをしているのでしょうか。インド食器・調理器具の輸入販売業を営む小林真樹さんが身近にある知られざる世界の食文化を紹介します。
野菜たっぷりのおかずに豆スープ、干し肉炒め……
ステンレス製のターリー(皿)からはみ出さんばかりの大きなナン。オレンジ色のドレッシングがかかったキャベツのサラダと、表面に生クリームでクルクルと円が描かれたカレー。黄色く色付けされたライス。これこそインド・ネパール料理店、通称「インネパ店」でおなじみのセットメニューであり、われわれ日本人の多くがイメージするインド料理像の一つでもある。
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よく目立つネパール国旗と派手なメニュー入りの看板。インネパ店は、首都圏ならば1駅に最低でも1軒、多いところだと5~6軒もあって、ランチ時ともなれば熾烈(しれつ)な商売合戦を繰り広げている。そこで日々出されているのが、上記のようなセットメニューなのだ。大きなナンは食べ応え十分。これに食後のラッシーがつけば申し分ない。
東京都江東区東陽町にあるサッカールも、そんな典型的なインネパ店である。オーナーとして切り盛りするのはネパールのバグルン出身のケーシーさん。東陽町のほか都内2店舗を持つやり手の経営者である。
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「自宅はすぐ近くにあるので、昼も夜もウチに戻って奥さんと一緒に食べているんですよ」というケーシーさんに案内してもらい、永代通りを渡った先の大きな団地内の一室でお昼ごはんのご相伴に与(あずか)らせてもらった。
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玄関を開けると、奥さんのプラティクサさんはアチャール作りの真っ最中だった。インド料理で「主に野菜や果物などの油漬け」を意味するアチャールは、ネパールに行くと茹(ゆ)でたジャガイモなどの根菜類や青豆類を具材にした、酸味のあるスパイシーな和え物も指す。
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そのアチャールと共に、鍋の中で既に出来上がっていたのはナスや人参、ジャガイモなど、こちらも野菜たっぷりのタルカリ(炒めたおかず)と、ネパール人の食卓には欠かせないダル(豆のスープ)である。ダルはやっぱりケーシーさん宅でも圧力鍋で作っている。
「ネパールから持参した道具の中で、コレが一番よく使っていますね。やっぱり日本製よりも使い慣れたネパール製がいいんです」
プラティクサさんが手慣れた様子で圧力鍋の中のダルをかき回す。
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インネパ店のメニューとしてすっかりおなじみとなったモモを作る蒸し器ももちろんネパール製。モモを蒸すだけでなく、カボチャやジャガイモもネパールではよく蒸して食べるという。油を使わないからヘルシーだ。
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「今日はちょっと特別に、スクティ(干し肉)炒めも作ってみました」
ケーシーさんはそういうと、ベランダ側の窓を開けてくれた。物干し竿(ざお)にかけられた洗濯物のとなりに、3段式の干し網がぶら下がっている。ネット通販などで売っている、家庭用の干物網である。中を覗(のぞ)くと、干してちょうど3日目というマトンの肉片が入っている。
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「こうして天日に晒(さら)して3~4日するとちょうど食べごろになるんです」
干し肉は玉ねぎなどと共に炒めものにする。肉のうまみが凝縮されて実に美味(うま)いおかずになるのだ。
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さらにもう一品。ケーシー家ではごはんと共に飲むドリンクがある。モイーである。本来モイーとは、ミルクを攪拌(かくはん)してバターを取り出したあとに残る汁のことを指す。英語でバターミルクと呼ばれるこの飲み物は、岩塩や香草などを加えたインドやネパールではポピュラーなドリンクである。ケーシー家ではそれに近い風味を出すためヨーグルトに水を加えてプレーンのまま飲む。このヨーグルトは自家製で、家族で毎日消費するため冷蔵庫の中には牛乳パックが5本も入っていた。
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「ボクはお酒を飲まない代わりに毎日モイーを飲んでいます。健康にいいので、娘にも飲ませていますよ」
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