いしわたり淳治のWORD HUNT
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懐かしさと新しさを完璧に融合。『眼差し』に感じる新しい才能

音楽バラエティー番組『EIGHT-JAM』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。この連載ではいしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。今月は次の5本。

 1 “際限ないほどに、空が眩しい”(jo0ji『眼差し』作詞:jo0ji
 2 “耳がわく” (藤波朱理)
 3 “正しいだけじゃ、楽しくないよ”(住友生命「Vitality」CM)
 4 “キダルト”
 5 “いっぱい足して、引きゃあいい”(リンダカラー∞ Den)

 

日々の雑感をつづった末尾のコラムも楽しんでほしい。

彼だからこその特別な響き

懐かしさと新しさを完璧に融合。『眼差し』に感じる新しい才能

同じ言葉でも、歌う人によって説得力が違うものである。つらい孤独の日々を過ごして来た人の愛の歌は特別な響きを持つし、何度も挫折を経験してきた人の負けるなの歌は胸に込み上げてくるものがある。それは、その曲を作ったアーティスト自身が歌う時でも、誰かがカラオケで歌う時でも言えることである。マイクを持ったその人の人生が、魂が歌に乗った時、特別な響きを持つのである。

鳥取県出身、漁師の息子で、今も漁港で働きながらアーティストとして活動しているという、異色の経歴を持つシンガー・ソングライターのjo0jiさん。彼の歌が素晴らしい。

どの言葉も彼だからこその特別な響きを持っている感じがする。新曲の『眼差(まなざ)し』は、波の音とストリングスで始まる壮大なサウンドの上で、「際限ないほどに、空が眩(まぶ)しい 反射して煌(きら)めく、水面が綺麗(きれい)」という歌詞で始まる。歌い出した瞬間、まるでそこに青い空と海が広がるようだ。毎日、海を見つめて暮らしている人にしか歌えない、何とも言えない響きがある。

これは私の想像だが、漁港という場所では、皆が働きながら演歌や歌謡曲を自然に口ずさんでいるのではないだろうか。彼の音楽はその影響もおそらくあるのではないだろうか。「眼(まなこ)に映る貴方(あなた)を焼き付けておきたいのさ」「もう、流行(はや)りのうたでは救いがない」といった、男くささみたいなものを感じる言葉遣いと、歌謡曲的な懐かしさを覚えるメロディーの取り合わせがとても新鮮なのだ。そして、彼の色気のある声には、言葉の一つ一つに作り手の体温を感じる、説得力のようなものがある。

昭和から平成、平成から令和と続く日本の音楽の最前線で、懐かしさと新しさを完璧に融合した、新しい才能だと思う。

あの特徴的な耳の呼び名

懐かしさと新しさを完璧に融合。『眼差し』に感じる新しい才能

9月4日放送の日本テレビ『上田と女が吠(ほ)える夜』でのこと。パリ・オリンピックレスリング女子53キロ級で金メダルを獲得した藤波朱理さんが「タックルとか組み合いの中で耳が擦れて(皮膚が厚くなって)しまうことを、業界では”耳がわく”って言うんですけど、自分は4歳からレスリングやっててもわいてなくて奇跡的にずっときれいにやってて」と話していた。だが、オリンピック本番の1週間前から“耳がわき”始めたらしい。

格闘家の人によく見かけるあの特徴的な耳には呼び名があって、“耳がわく”というのだと初めて知った。その業界にはその業界の人しか使わない言葉があるのだということを改めて感じた。

私は昔はギタリストだった。ギターを弾いていると、弦を抑える方の手の指先が固くなって、爪もつぶれて短くなってしまうのだが、その爪の状態に特別な呼び名はない気がする。そんな風にその業界特有の体の変化であっても、特に名前のないものもあるから不思議だ。

余談だけれど、私はギターを弾かなくなってかれこれ20年近くが経つ。10年を過ぎたあたりで指先はすっかり元のやわらかさに戻ったが、左手の爪は少し戻った気はするが、やはり今でも短いままだ。できれば完全に元に戻りたいのであるが、果たしてこの爪が戻る日が来るのか、来るとしたらそれはいつなのか、ひそかに経過観察をしている。ということを、仲間のギタリストたちに教えてあげているのだけれど、どのみち一生ギターを弾き続けるだろう彼らには、「だから何?」という顔をされるだけである。

楽しいルートは検索では見つけられない

懐かしさと新しさを完璧に融合。『眼差し』に感じる新しい才能

住友生命の保険VitalityのCM。バナナマンの2人がドライブしながら雑談をしている。運転している日村勇紀さんは上下トレーニングウェア、助手席の設楽統さんはスーツ姿だ。 「時計買った?」「そうなんだよ」といった何げない会話のあと、「毎日いろんなことあってさ」「結局、みんな人間だからさ」「なんていうのかなあ、正しいってだけじゃさぁ」「正しいだけじゃ、楽しくないよ」というセリフでCMが終わる。

正しいだけじゃ、楽しくない。この言葉を「正しいことばかりじゃなく、正しくないと思うことでも、たまには思い切ってやってみよう」と捉えるか、「正しいことは当たり前で、そこに楽しさをプラスしなくちゃつまらない」と捉えるかで、性格が分かれそうだなと思った。ちなみに私は後者のタイプである。

数年前、『うんこドリル』というのが流行した。勉強嫌いの小学生でも問題文にやたらとうんこが出てくるだけで、漢字や計算を面白がってやるようになるというものだった。問題はずーっとふざけているけれど、問題集としてはずーっと正しい知識を教えている。私はそういう考え方に賛成だ。“正しいかどうか”のところで思考を止めずに、そこにさらに楽しさをプラスすることはできないか、と考えるくせをつけることは大事なことだと思う。正しいことだけを書くのは、知識を得る上では一番の近道なのかもしれないけれど、学校の教科書がつまらないのはそのせいでもあるのだから。

近道には個性がないのだ。どこかに出かけようと思った時、ある地点から目的地までの最短ルートは検索すれば誰もが知ることができる。でも、自分にとって楽しいルートは検索では見つけられないのだ。何となく好きな道、何となく好きな景色、何となく好きな店。そういう小さな“何となく”を積み重ねた遠回りにこそ、その人の個性は潜んでいるのである。近道だけが正しいとは考えずに、休日のドライブのように、遠回りも楽しんで人生を歩いて行きたいものである。

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