弾けるスペインの泡、カヴァの世界へ①
クリスマス、正月とイベントが続く年末年始はスパークリングワインを飲む機会が増える時期だ。近年「泡」は我々の暮らしに定着しつつあり、輸入数量が2022年までの10年間で約6割増えたという数字もある(財務省関税局調べ)。今回取り上げるのはスペインの泡、カヴァ(注①)。フランスのシャンパーニュ、イタリアのプロセッコに次ぐ出荷量を誇り「世界3大スパークリングワイン」の一角を占める。その特徴は? 楽しみ方は? シャンパーニュとの違いは? 最新の動向は? それらに対する解答を求め、「発祥の地」であるカタルーニャ地方を訪ねた。
写真:浮田泰幸
取材協力:カバ原産地呼称統制委員会(Consejo Regulador de la Denominacion de Origen CAVA)
フランスのシャンパーニュに学んだ製法
麦わら色を帯びた黄金色の水色(すいしょく)、きめ細かな泡、心浮き立つような溌剌(はつらつ)とした香り、クリスプかつふくよかな味わい……。カヴァはシャンパーニュと同じ「瓶内二次発酵」(注②)で造られる優美なスパークリングワインである。主要産地はスペイン北東部カタルーニャ州で、この州だけで全生産量の95%が造られている。中でもよく知られるのが奇岩の山モンセラートの南に広がるペネデス地域だ。
まずカヴァの歴史から簡単に眺めておこう。19世紀後半のある日、ペネデス地域の町サン・サドゥルニ・ダノイアのボデガ(ワイナリー)、「コドルニウ」のホセ・ラベントスが自らのワインを売り込むためにフランスに行き、シャンパーニュと出会う。自分たちの土地でもシャンパーニュのようなワインを造りたいと切望したホセは、その製法を学んで持ち帰る。そうして1872年にスパークリングワインを造ったのがカヴァの始まりである。
しかし「カヴァ」という名称が使われるようになったのは誕生から80年以上経った1959年のこと。それまでは「チャンパン」(シャンパンのカタルーニャ語読み)と呼ばれていた。カヴァ(cava)とはカタルーニャの言葉で洞窟。ワインの熟成を洞窟で行ったことに因(ちな)む命名だった。
1986年、スペインがEUに加盟すると、ワインの世界にもEUの制度が適用されるようになり、カヴァは原産地呼称制度(DO)の認定を受ける。これにより、生産地域、使用品種、製法、格付けなどが厳しく規定されるようになった一方、「カヴァ」の名称が守られ、品質が保証されることになった。
現在、180社余りのボデガがカヴァを生産。年間2億5千万本以上出荷されるボトルの約7割が国外に輸出されている(日本は輸出相手国ランキングの7位/2023年)。ただし、輸出されているのは主にコストパフォーマンスに優れたベーシックなカヴァ(日本のスーパーマーケットや酒販店で1200円前後のレンジで売っているスタンダード品)であり、長期熟成を経た格付け上位の上級品はもっぱらスペイン国内で消費され、国外ではまだ認知されていないのが現状である。
19世紀の災禍を経てカヴァの使用品種が決まった
カヴァに使用される主なブドウは、在来の白ブドウ品種のマカベオ、チャレロ、パレジャーダの三つ。この三つで総栽培面積の82%を占める。これにフランス生まれの国際品種シャルドネなどが加わる。カヴァにはロゼもあり、そちらにはモナストレル、トレパット、ガルナッチャといった在来の黒ブドウ品種やフランス生まれのピノノワールが用いられる(黒ブドウを白ワイン仕立てで造る「ブラン・ド・ノワール」という種類のカヴァにもこれらのブドウが用いられる)。
主要3品種が絞り込まれた背景には19世紀終盤の災禍があった。19世紀後半、ヨーロッパ全土をフィロキセラという虫害が襲い、ブドウ畑に壊滅的な打撃を与える。1887年にはカタルーニャにもこの虫害が蔓延(まんえん)。ゼロからの再出発に際し、生産者たちは土地に古くから伝わる白ブドウ品種で自分たちの持ち味を出すことを選ぶ。それ以前は意外にも黒ブドウの方が多く植わっていたそうだ。
参考までに、シャンパーニュでは7種類のブドウ品種の使用が許されているが、大半を占めるのはシャルドネ、ピノノワール、ムニエの3品種である。
シャンパーニュとカヴァの味わいの違いが使用品種の違いによって生じることは想像に難くないだろう。また、シャンパーニュ地方がブドウ栽培の北限に近い寒冷な地域であるのに対し、カヴァの生産地域は比較的温暖で乾燥していることもそれぞれのキャラクターに影響を与えている。概してシャンパーニュは酸がキリリとして引き締まり、タイトだがニュアンスに富んだ味わいである。他方、カヴァは果実味に富みふくよかで、穏やかな味わいである。
熟成を終えたカヴァは、ボトル内に残った澱(おり)を取り除き、打栓して出荷されるが、この際に糖分を加えることで甘みを調整する(これもシャンパーニュと同じ工程)。含まれる糖度の違いによって以下の四つの味わいのタイプがある。
① ブルット・ナチュレ(糖分添加なし)
② エクストラ・ブルット(極辛口)
③ ブルット(辛口)
④ セミ・セコ(やや甘口)
高温で乾燥したカヴァの産地では元々糖度の高い、果実味豊かなブドウが実るため、糖分を添加しないブルット・ナチュレでも甘みを感じるものが多い。
なお、「カヴァには焦げたゴムのような独特の香りがある」という、なかなかポジティブに受け取れない解説を見ることがあるが、これが特定の品種の特徴なのか、あるいは醸造過程で出てくるものなのか、はっきりしたことはわかっていない。また、今回の取材を通じて、この香りが出るのは主にベーシックなラインのカヴァであり、上級品で感じられることはほとんどなかった。
上級格付けのカヴァはまもなく100%有機栽培に
カヴァには四つのカテゴリー(格付け)がある。カテゴリーを分ける最も重要なポイントは瓶内熟成期間の違いだ。ベースワインに酵母と糖類を添加してボトル詰めする工程(ここで二次発酵が起こり、泡が生じる)をティラージュというが、この後、ボトルを静置し、澱と共に寝かせることでワインは風味を増していく。長く熟成をかけるほどカヴァの香りは複雑・精妙になり、泡はきめ細かになる。
① カヴァ・デ・グアルダ
最低熟成期間が9カ月。カヴァ全体の84%を占めるベースライン。
② カヴァ・デ・グアルダ・スペリオール レセルバ
最低熟成期間18カ月。
③ カヴァ・デ・グアルダ・スペリオール グラン・レセルバ
最低熟成期間30カ月。
④ カヴァ・デ・グアルダ・スペリオール パラヘ・カリフィカード
最低熟成期間36カ月。いわゆる「グランクリュのシングル・ヴィンヤード(単一畑)」に相当する格付け最高位。現在、このカテゴリーのカヴァを生産することのできるブドウ畑は6社10区画のみ。
「グアルダ」とは貯蔵する場所のこと。熟成をかけたワインであることを格付けの名前に明記しているのだ。ちなみにシャンパーニュの規定で定められた最低熟成期間は15カ月である。現在、産地では②〜④の“スペリオール”、つまり上級格付けのカヴァの認知を広めようと努めている。スペリオールに格付けされるためには、熟成期間だけでなく、畑の区画を限る、ブドウ木の樹齢は10年以上に、収量を制限する(ブドウのクオリティーを上げるため)などの規定を満たし、出来上がったワインは検査官による官能チェックをクリアしなければならない。また、スペリオールの畑は2025年までに100%有機栽培になる見込みである。
カヴァの魅力の一つはコストパフォーマンスの高さだ。グラン・レセルバでも4000〜5000円で買える。シャンパーニュだとスタンダードクラスですら8000〜10000円である。
【注】
① カヴァ
cavaの日本語表記は「カバ」と「カヴァ」の2通りが流通している。スペイン大使館商務部や一般社団法人日本ソムリエ協会は、スペイン語ではbもvも同じように「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」の発音であるため「カバ」という表記を採用している。一方、インポーターなどの中にはカバが動物のカバ(河馬)と同じで紛らわしいことなどを理由に、「カヴァ」を採用しているところが多く見られる。今回の記事では、マーケットで優勢な「カヴァ」を採用することとした。
② 瓶内二次発酵
「シャンパーニュ製法」「伝統製法」などとも呼ばれる。収穫したブドウからまず泡のないベースワインを造り、ボトルに入れる際に糖類と酵母を添加して再発酵(二次発酵)させる。これによって出る炭酸ガスを瓶内に閉じ込めて熟成させる。これに対し、密閉タンクを使って一次発酵時の炭酸ガスを生かすのが「シャルマ製法」で、プロセッコはこの製法で造られる。シャルマ製法によるスパークリングの売りがカジュアルでフレッシュ感があることであるのに対し、シャンパーニュ製法によるスパークリングは、香りや味わいの複雑み、飲みごたえを身上とする。
本連載は全4回の予定です。次回は12月9日(月)掲載予定です。