フィオレンティーナをフィレンツェで 骨付きステーキの香りに心奪われる
イタリアはなんといっても愛の国! 一皿の料理にかける愛も情熱も並々ならないものです。食べてみると、美味しさの奥深くにどこか知らない隠し味がある。イタリアで暮らす俳優・渡辺早織さんがそんなイタリアの愛に溢れた料理と、とっておきの味の秘密にせまるイタリア料理紀行です。
花の都フィレンツェ。
世界中の人々を魅了しつづけるイタリアの中でも人気の観光都市。
ご多分にもれず、当時16歳だった私もこの街に憧れて、イタリアに夢を見た。
将来はフィレンツェのドゥオーモで結婚式を挙げたいな。
そんなことを考えていたのはもう随分と前の話だ。
5~6cmの厚みで1kg以上
「おいしいフィオレンティーナが食べたい!」
月日が流れフィレンツェへ向かう目的はすっかり変わってしまった。
それでも「いいね! とびきりのお店に行こう!」と張り切って、車で一緒に食の遠征に出てくれる夫と出会ったのだから、結婚式こそこの大聖堂で挙げてはいないものの、あながち夢は叶(かな)ったと言えなくもないだろう。
フィオレンティーナとは骨付きの分厚いステーキのことで、正式にはビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(bistecca alla fiorentina)。
ここフィレンツェの一番の名物料理と言える。
「フィレンツェ風(=フィオレンティーナ)」と呼ぶには特別な基準があり、伝統的にはキアニーナという種類の白い牛の肉を使うこと、最低でも2週間は熟成させること、そして5~6cmの厚みで1kg以上のかたまりにカットして焼くことなどがある。
その見た目はテーブルに運ばれてきた時にわっと歓声があがるほど迫力満点だ。
ここトスカーナ州の料理といえばやはり肉料理だ。
州都フィレンツェの中心地こそ厳かな教会や歴史的芸術品が華やかにあふれているが、少し離れればたちまちに田園風景が広がり、子供のころに絵本で見たようなそこに立つだけでゆったりと温かい気持ちになれる、そんなのどかな景色が街とは違う美しさで私たちを包んでくれる。
この豊かな緑と土壌がワインはもちろん、牛や豚の畜産業を盛んにし、今日もトスカーナの食文化を支えているのだ。
香ばしくもどこか甘い香りの秘密は?
「これこれ、これが食べたかったの!」
仏のような笑顔でにこにこ見守る夫を前にさっそく大口をあけて口いっぱいに頬張(ほおば)る。
じゅわっと口の中で音が聞こえそうなほどにあふれる肉汁と、カリッと焼けた表面に対して中心部はすっと歯がとおるやわらかな食感。
「んん~」と思わず目を閉じてうなる。なんておいしいんだろうか。
和牛とはまた違うおいしさで、脂身の少ない赤身肉だからこそパクパクと食べ進めてしまう。
この肉の持つうまみをかみしめ夢中になっていたら、ついに最後まで塩を振らずに食べ切ってしまった。
このお肉自体のおいしさにも感激しきりなのだが、もう一つ驚くのはその香りの良さだ。
力強い肉の香りというよりは、香ばしくもどこか甘く、すーっと鼻の中に入っては体全体を魅了する心奪われる香りなのだ。
きっとさくらの木や何かおいしい香りの木の炭火を使っているのだろう。
自分なりに仮説を立てて、骨についた一番おいしいであろう部分の肉もきっちりそいで食べ終えて、お店の人にたずねてみた。
「あまりに良い香りなので…何の木で炭火にしているのですか?」
そうすると店員さんは少し怪訝(けげん)な顔をして、
「普通の木だよ。普通の炭火で焼いているんだ」
そう言って忙しそうに別のテーブルへと去っていってしまった。
つまりはこの味も香りも全て肉がもつ特有のものなのだ。
何の味付けもせずにただひたすらに食べてしまったこの肉そのもののおいしさなのだ。
ふと向かう道中に見た美しき田園風景が頭をよぎる。
この地で育ち、この地の草を食(は)み、おだやかな環境で育ったあの白い牛たちを。
なんだかすごく合点がいった。
フィオレンティーナのおいしさの秘密は土地にあり。
「食べすぎちゃったね」
おなかをさすりながらも、とびきりの笑顔の夫の横顔が今日の日を物語っている。
顔に当たる夜風はひんやりと冷たいが、今日はなんだか心地いい。
すっかり暗くなった夜のフィレンツェをゆっくりゆっくり歩いた。
フィレンツェの動画はこちら
フィレンツェいいですね!
また行きたいなぁ
早織さんはマッチしてますね!