いつか、誰かの思い出になる。あたたかなファミリーレストラン「cook knoll」
子どものころ、家族で外食に出かけた国道沿いのレストラン。チェーン店ではなく、内装やインテリアに店主の偏愛がうかがえつつも、大通り沿いならではのポピュラーな雰囲気で次々と家族連れが訪れる。そんなレストランの記憶が、誰しも一つ二つ、あるのではないでしょうか? 今回訪れたのは、懐かしくて親密な思い出をくすぐる洋食店、「cook knoll(クックノール)」。大人も子どもも心躍る、みんなの「ファミリーレストラン」です。
■京都から毎月、季節の便りを出すように。連載「京都ゆるり休日さんぽ」では、いま訪ねたい今昔の人気店、季節の味覚や風景を、さんぽのみやげ話とともにお届けします。
なくしたくない場所を自分たちらしく残す
イチョウ並木が折々の景色を見せる紫明通りに、カクカクと折れ線状の形が特徴的な建物が一軒。店名が小さく記されたドアを開けると、ヘリンボーンのタイル床にウッディーな壁、ところどころにアールの曲線を取り入れた独特の空間が広がります。今っぽさがありつつもどこか、ノスタルジック。新鮮さと懐かしさが入り混じる空気感は、この建物が元々持ち合わせていたものです。
「郊外のロードサイドにある、個人経営のレストラン。そういうところって、今の時代ではできないような凝った内装や、変わった建築物だったりするんです。小さいころ親が外食に連れていってくれたレストランもそんな感じで、かつて個人の飲食店だったおもしろい建物を見つけると、なくなって欲しくないなとつい思ってしまって」
そう話すのは、店主の飯田勇人さん。パートナーの帆波さんと今年夏、「cook knoll」をオープンしました。ひと目で気に入ったこの建物は、1960年代に建てられ、高度経済成長期の未来的なムードと木やタイルのぬくもりが同居する、ちょっと不思議な空間。時代とともになくなりつつあるこうした建物は、飯田さんにとって思い出を起動するスイッチであり、自分たちらしく残したいと思う場所でもありました。
「この建物は昔、喫茶店で、地域の集会所としても使われていたようです。ここをよく知るご近所の方が、床やアールの壁が残る空間を見て『こうしてまたたくさんの人に見てもらえて、きっと喜んではる』と言ってくれたりして、うれしかったです」
その店の物語が、いつか未来の思い出に
喫茶店や居酒屋ではなく「ファミレス」を掲げているのも、子どものころのあたたかくて親密な、家族の外食の思い出がベースにあります。
「お酒が飲めなくても、小さいお子さま連れでも、気軽に誰でも来られる。席数が少ないので予約が限られてしまうのが現状なのですが、本当はそんな、親しみやすくて自由度の高いレストランでありたい。だから、家族連れのお客さまを見るとうれしくなります」
「ファミレス」らしく、メニューは老若男女に愛される洋食を基本に、「どんな料理だろう」と想像がふくらむ、聞きなれない料理名も混じります。例えば、ドリンクの「カリフォルニアウィンディー」は、大阪で45年間喫茶店を営む90代のおじいさんから譲り受けたメニューだとか。
外国の料理の名前を見て、食べたことのないごちそうのような気がしてワクワクしたあの気持ち。大人は子ども時代のそんな気持ちを思い出し、子どもは初めての体験に心躍らせて、メニューを開いて選ぶあいだもあたたかい時間が流れます。
「僕が家族で出かけた外食の記憶を覚えているように、この店も、来てくれたご家族のいつかの思い出になれたらと思うんです」
クリスマスやお祝いごとの日に、お出かけの帰り道に、連れていってもらったレストラン。ちょっと不思議なインテリアだったこと。しゃれた料理名にドキドキしたこと。おもちゃを選ぶのに何分もかかったこと。思い返すと映画の一場面のように再生される理由は、あのころは気づかなかったけれど、料理や空間にその店にしかない物語が流れていたからに違いありません。いつか、未来の思い出になる、あたたかなレストランの扉を開いてみてください。
【取材協力】cook knoll
フォトギャラリー(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
BOOK
大橋知沙さんの著書「もっと、京都のいいとこ。」(朝日新聞出版)が2024年1月に出版されました。「京都のいいとこ。」の続編。ひとり旅でも、満たされる、自然体の京都の楽しみかたを提案。定番からひみつの場所まで、選りすぐりの約100軒をご案内します。&Travel「京都ゆるり休日さんぽ」の中から厳選、加筆修正、新たに取材しました。「京都のいいとこ。」に引き続き、この本が京都への旅の一助になれば幸いです。1430円(税込み)。